婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第36章 嵐を呼ぶ女●

「これが今年の予想収穫量。去年より少し減ってるんだが戦争があったのを考えたらむしろこれだけの影響だけで済んだのは奇跡だな」

「アンジェは勿論、父さんやコリンも働いてくれたからな。あんがとよ」

「これが食べ物の市場価格。やっぱり不足してるし流通も滞ってるから軒並み値上がりしてるね」

「国に収める税を除いたら領民を食わせる分が最優先だな。余った分は市場に回して少しでも稼ぎたかったけどこれじゃ無理っぽい」

「餓死者を出さないのが最優先にする。何処も人手不足だから人口が減るのだけは避けたい」

「戦争で死んだ人達の家族を養わないと不味いぞ」

「いざとなりゃ弔慰金だけじゃなくて食料も渡さなきゃな」

 

 執務室のソファーと椅子に男三人が雁首揃えて座りながら書類の整理と情報交換に明け暮れる。

 慰霊祭から約半月、そろそろ秋の訪れが感じられるバルトファルト領は収穫期を迎えてた。

 実りの季節は心が浮き立つもんだけど、それはあくまで平民や商人にとってだ。

 その地を治める領主にとっちゃ収穫量に適しただけの税を算出して領民から徴収しなきゃいけない。

 

 どんなに善人でも金を取り立てる奴は嫌われるのが世の常だ。

 何も悪い事してないのに護ってるはずの領民に恨まれるから領主なんて貧乏くじ以外の何物でもないな。

 今年は凶作だけは避けられたけど、公国との戦争で金と人手を失った。

 よりにもよって農繁期に攻めて来やがって公国の馬鹿野郎。

 それも戦略の一つなんだろうけど迷惑過ぎるぞ。

 アンジェは政治には長けてるけど農業に関しては素人だ。

 俺と兄さんが居ない間に父さんが頑張ってくれたおかげでとりあえずギリギリ経営破綻だけは避けられた。

 

 だからって安心できる訳でもない。

 公爵家からの借り入れは利息を払うだけで精一杯だし、温泉施設の修理保全は常に金がかかる。

 聖女オリヴィア様の来訪でバルトファルト領を訪れる観光客は増えたけどいつまで続くか分からない。

 国内で争いが起きたらバルトファルト領の開拓と経営は間違いなく失敗に終わっちまう。

 それが分かってるから俺とアンジェは王家と公爵家の争いを止めようと思っている。

 

「どうしたの兄さん?」

「なんでもねぇ、少し考えてただけだ」

「アンジェリカさんがいないからって無理するな。そろそろ仕事より出産に備える時期だろう」

 

 俺達夫婦が王都の争いに巻き込まれてるのをバルトファルト家の皆は知らない。

 話しても混乱させるだけだし、下手に関わったら失敗した時にどんな目に会うか分からないからだ。

 申し訳ないと思いつつ巻き込まずに済んで少しだけ安心してる。

 どうやらそれをアンジェが居ないせいで空回りしてると思われたらしい。

 

「そろそろ腹も膨れて仕事に差し支える時期だ。俺も母さんを世話してたからよく分かる」

「でも僕達三人が協力するよりもアンジェリカさん一人の方が効率良いんだよね」

「それを言うなよ」

 

 アンジェは優秀だ、優秀過ぎるほど優秀だ。

 次期王妃の為の教育を子供の頃から仕込まれてただけあって政治や経済について精通してる。

 おまけに公爵家との伝手があるから大抵の無茶は押し通してしまう。

 アンジェが居なければバルトファルト領の経営はすぐに破綻していたか、或いは悪徳商人達の食い物にされてただろう。

 おまけに可愛くて美人でおっぱいがデカい。

 完璧かよ、俺の嫁。

 もうダメ、アンジェが愛し過ぎて俺死にそう。

 

 だから子供が多いのは仕方ない事なんだ、これもアンジェが魅力的なのが悪い、俺は無罪。

 立ち上がって窓の外を見ると何日か前までは実った麦穂で黄金に輝いてた場所は茶褐色に染まってた。

 これから農閑期だからしばらく領内の農作業は落ち着く。

 本当なら二毛作を試したいけどまだバルトファルト領は開拓途中だし、何より戦争の被害で疲れてる領内を無理に働かせるのは逆に生産力が落ちかねない。

 冬の期間に出来る仕事を幾つか見つけなきゃいけないな。

 足下に視線を移すと庭でアンジェが双子と戯れてるのが見える。

 今日のアンジェは休みだから代わり俺が領主として頑張るしかない。

 

「今のうちに片づけられるだけ片付けた方が良いな」

「やっぱり秘書とか代官とか事務員雇おうよ。うちの家族だけじゃ限界があるし」

「戦争で爵位を剥奪された家から大量に使用人が解雇されたけどな、出来の良い奴らは引っ張りだこですぐに再就職先が見つかってる」

「残ってるのは役に立たないか、裏で横領してる守銭奴か、人格に問題があるような輩だ。そんな連中雇ったらどうなるか分からねぇぞ」

「また公爵家から人を寄越してもらえば?」

「これ以上借りを作りたくない。下手すりゃ俺達より公爵家に忠誠を誓ってる奴が来る」

 

 公爵様(おやじさん)は頼りにはなるけど恐ろしい人だ。

 俺の地位と能力は買ってるかもしれないけど俺個人については大して期待してない。

 あの人にとって俺は単なる政争の駒であって腹を割って話す娘婿とは思ってないだろう。

 いろいろ融通してくれるのだって娘と孫達に楽をさせたいのと俺に貸しを作って縛り付ける為だ。

 下手に関わり合いが深いと何か起きた時に逆らえなくて巻き込まれる、というか既に巻き込まれてる。

 

「公爵家以外の貴族と繋がりが欲しいな。公爵家ほどデカくなくていい。いざという時に少しだけ助けてくれるぐらいの」

「そんな都合の良い話が転がってると思う?」

「兄さん、どっかの令嬢と結婚する気ない?」

「王都に行って懲りた。俺は気立てが良い平民の娘と結婚する。継ぐのは男爵位だから平民と結婚してもそんなに不都合はない」

「じゃあコリン、どっかに婿入りしないか?」

「しても良いけどさ、兄さんにそんなコネある?」

「……無い」

「ダメじゃん」

「でも結婚は良いぞ、綺麗な嫁と可愛い子供の為なら幾らでも頑張れるんだ!」

「それ、兄さんが幸運過ぎるだけだって分かってないの」

「俺がお前の年頃には婚約してたぞ!」

「半死半生だったじゃん、アンジェリカさん居なきゃ死んでたんじゃ?」

 

 弟が辛辣過ぎる、昔の素直で優しいお前は何処に行っちまったんだよ。

 

「俺達よりジェナとフィンリーを嫁入りさせるのが先決だろ。いい加減相手を見つけないとマズい」

「どっかの貴族から性格の良い次男三男が来ないかなぁ。今ならバルトファルト領の仕事も任せて出世のチャンスだぞ」

「姉さん達は貴族の正室になる気満々だよ」

「そろそろ現実を見ろよアイツら。貴族の女なんて今じゃ溢れかえって女が余りまくってんだぞ」

 

 ファンオース公国との戦争でホルファート王国の貴族男性は激減した。

 真っ当で戦争に参加した奴らは命を落とし、逃げ出したり裏切った奴らは全てを没収されるか処刑の二択。

 その結果として生き残った真っ当な貴族と結婚できる確率は軒並み上がり続けてる。

 一方で俺と同じように成り上がった奴も多いが、そんな連中は血の気が多くて最低限のマナーすら知らない乱暴者が大多数。

 そんな連中とさえ涙を呑んで結婚する令嬢が多いのにうちの姉妹は高望みが過ぎる。

 

「男は女より適齢期が長いからな。アイツらも可哀想と言えば可哀想なんだ」

「兄さんは何だかんだ言って家族に甘いから」

「あいつらの縁談についてはそのうち家族全員で話し合った方がいい」

 

 机の上の書類は二人のお陰で大分片付いてくれた。

 後は俺がしっかり目を通して判を押すだけだ。

 

「じゃ、僕はこれから商会の人と話し合いに行くね。兄さんは机に置いてある手紙に目を通して」

「分かった、しっかり頼む」

 

 退室するコリンの背中を兄さんと一緒に見送る。

 コリンも随分と頼もしい男に育ってくれた。

 兄としては弟の頑張りに対して報いたくなるってもんだ。

 

「コリンも成長したな」

「そうだな」

「せめて良い結婚相手を探してやるか、準男爵ぐらいにしてやりたいね」

「そう急ぐ必要もないだろ、まだ若いんだぞ」

「逆に兄さんは結婚しないのか?」

「相手がいない。どれだけ背伸びしても俺は次期男爵でギリギリ貴族って男だ。何でそんなに結婚を急かすんだよ」

「兄より先に結婚して子供作ったから遠慮してんの。あとバルトファルト家の家督についてアンジェにいろいろ言われた」

「アンジェリカさんが?」

 

 このバルトファルト領は俺が戦争の手柄として爵位と同時に貰った物だ。

 本来は『初代バルトファルト子爵家』として俺が全部統治する筈だったけど、戦争の論功行賞で少し厄介な部分が生まれてる。

 前の戦争は痛み分けで終わったから、王国は手柄を上げた奴らに与える褒美が足りないというなんとも情けない事態だ。

 だから裏切り者の領地は没収、無能な奴らは小さな領地に転封、有能な奴らは一族丸ごと広い領地を与えるなんて大雑把なやり方で褒美と罰を与えた。

 父さんが治めてた旧バルトファルト領は召し上げられ、未開拓のこの浮島を『バルトファルト一族の所領』として与えた。

 

 このせいでバルトファルト子爵家とバルトファルト男爵家が同じ領地を治めている状態になっている。

 国としちゃ未開拓の浮島からどれだけ税を徴収できるかも不明なんで、開拓がある程度進んだら面積やら人口で子爵家と男爵家に分けましょうという大雑把にも程がある処置を取られた。

 面倒なのは本家扱いの男爵家を兄さんが継ぐ予定だけど、分家か新しい貴族扱いな子爵家の方が家格が上で一族全体の当主が俺という事だ。

 

「アンジェは子爵家と男爵家の立ち場をハッキリさせた上で仲良くしないと後々面倒な事になりかねないって言ってる」

「この浮島はお前の手柄で貰ったもんだし、一族の当主もお前だろ。何の問題があるんだ?」

「俺達の代は仲良くても子や孫の代になったらどうなるか分からない。コリンみたいに家来同然な扱いをしてると一族が増えた時に不満に思う奴が出て家督争いが起こるかもしれないってさ」

「それと俺の結婚は関係ないだろ」

「俺の子孫と兄さんの子孫が仲良くする為に一番手っ取り早いのが結婚だってよ。上手くやれば子爵家と男爵家を併合して一つの家に出来るらしい」

「公爵家のお嬢様は俺達と視点が違うな、先の先まで考えてる」

 

 この話を聞いた時は二十年三十年先まで考えてるアンジェは途轍もなく優秀だと実感した。

 同時に自分の子供の結婚を政略に使うって考え方がどうにも納得できなかったけど。

 

「だから兄さん、さっさと結婚して子供作ってくれ」

「そんな理由で結婚すんのは断る。そもそも相手がいないって言ってんだろ」

「兄さんも高望みしてるのと大差ないぞ」

「いざとなりゃコリンに男爵家を継がせる。アイツなら喜んでお前の下になってくれるさ」

「俺としちゃ実の兄に幸せになって欲しいだけなんだよ」

「お前は自分の幸せだけ考えてろ。嫁さんと子供達を幸せにする事だけ考えてろ」

 

 やれやれとばかりに溜め息を吐く兄さんが何処となく自棄っぱちにも見えた。

 ぼんやり天井を見ながら子供時代を思い出す。

 あの頃は俺も兄さんも自分が貴族になるなんて思っていなかった。

 公国との戦争が無ければ俺達は平民に為っていた筈だ。

 

「リオン」

「何だよ兄さん」

「俺、昔からお前が苦手だったんだ」

「初めて聞いたぞ」

「一度も言ってないからな」

 

 視線を俺に移して紅茶を啜る兄さんと俺の知ってる兄さんが別人みたいに見える。

 

「うちで一番才能あるのはお前だよ。昔からそうだった。近所のガキの中心にいたのはお前だったし、同年代の女の子は皆お前に惚れてた」

「そんな事ないさ。俺より賢い奴も強い奴も大勢いたし」

「あの頃のお前が勝てなかった連中が手柄を立てて子爵になれるか?誰もなれなかった。俺だってルトアートの奴が逃げ出さなきゃ男爵家を継げなかった。お前は自分の力だけで成り上がったんだよ」

「単に運良く生き残っただけだよ」

「バルトファルト領を上手く治めるなんて俺には無理だ。もし俺がこの地を貰ってアンジェリカさんと結婚してたとしてもお前以上の成果が出せない。自己評価を低く見積もるな」

「アンジェや兄さんが助けてくれるから上手くやれてんだぞ。変な事言うなよ」

「俺はお前やアンジェリカさんの手の届かない所をフォローしてるだけだ、子爵位は勿論男爵位だって荷が重い程度の器だ」

「それでも俺にとっては兄さんが必要なんだ。頼むから出来の悪い弟を助けてくれ」

 

 どうにも話が湿っぽくて嫌な雰囲気だ。

 俺は知らない間に兄さんを随分と傷付けて来たらしい。

 

「お前が家を出たって手紙が届いた時、俺は少しだけ安心した。『もうリオンと比べられなくて済む』ってな」

「ひっでえ話だな、おい」

「心配したのも本当だから許せ。そしたら軍隊に入って辺境で空賊相手に手柄立ててるらしいって手紙が来てな。こりゃお前に勝てねえって思った」

「兄さんは学園に通ってただろ。俺みたいな事しなくても良かったじゃん」

「親に用意してもらった道を何となく歩くのと自分で道を作り出して懸命に走るのは違うんだよ。昔からお前を見てる俺が言うんだ、間違いない」

「俺は俺で兄さんが好きだったぞ。いつもゾラ達から庇ってくれたし、勉強や遊びを教えてくれたから」

「いっそお前の性格が悪かったらマシなんだけどな。『兄ちゃん兄ちゃん』って俺の後ろに付きまとうんで嫌えなかった」

「そいつは悪かった、ごめんな兄ちゃん」

「いいよ、お前が可愛かったから許してやる」

 

 苦笑してソファーから立ち上がった兄さんは愉快そうに笑ってる。

 

「弟の出来が良くても悪くても兄貴は苦労するんだよ。お前のやりたいようにやれ。俺には手助けしか出来ん」

「ありがとう。俺はまだ仕事があるんで此処に居る」

「俺は部屋で休んでるから用があったら来い」

「分かった」

 

 一人きりになった執務室で机に積まれた書類に目を通して許可、再考、却下に分ける。

 書類の内容をもう一度頭に叩き込んで判を押す。

 アンジェなら半分以下の時間で終わらせる作業を黙々と熟し続ける。

 心の何処かで兄さんの言葉を反芻する。

 あんな事を考えてるなんて知らなかったな。

 俺が思ってたよりも兄さんは深く考えて悩んでいたらしい。

 それでも俺を助けてくれる兄さんには感謝しかない。

 何処かに兄さんを幸せにしてくれる女の子がいないもんか。

 そんな事を考えながら仕事に没頭した。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 全ての書類を片付けて時計を見ると数時間経過している。

 今日の仕事はこれでお終い、よく頑張った、偉いぞ俺。

 早速アンジェに報告して褒めてもらおう。

 領主のするべき行いじゃないかもしれないがこれは俺にとって必要な事だ。

 仕事のストレスで夜眠れなくなったらバルトファルト領にどんな影響があるか分からない。

 

 なのでアンジェに癒してもらって明日への英気を養うのだ。

 薬より嫁の方が効き目良いから当然だよな、俺は悪くない。

 そこまで思っていたのに別の机に置かれていた手紙の束を発見した。

 せっかく休めると思ったのに中途半端に期待させやがって。

 明日に回しても良いんだけど、アンジェに見つかったら何を言われるか分からない。

 これさえ済めば休めるから気力を振り絞って手紙を見る。

 他領からの手紙は慰霊祭への返礼ばっか、アンジェ宛ての手紙が一つ、他には商会やギルドからの取引の報告やら提案。

 最期に一番デカい封筒を手に取る。

 何が入ってるんだろうと封蠟の家紋と差出人の名前を見た途端に頭痛がした。

 

『レッドグレイブ公爵家』

 

 どう考えてもトラブルの予感しかしない。

 いっそゴミ箱に捨てて届かなかったとしらばっくれたい。

 そんな事で誤魔化せないし、バレたらもっと酷い状況になるからやらないけど。

 覚悟を決めて封を開けると装丁が豪華な冊子が入ってた。

 

 恐る恐る開いてみると丹念な細工が施されてる高級紙特有の匂いが部屋に漂う。

 中身は女性の写真だった。

 写っているのは金髪碧眼の若い女だ。

 たぶん二十代前半、いや半ばかな?

 整った顔立ちに目鼻口が絶妙の配置でかなり、いや凄い美人。

 アンジェには敵わないけど。

 手入れの行き届いた髪や色艶の良い肌は育ちの良さが滲み出てる。

 アンジェほどじゃないけど。

 服の上からでも分かるぐらい豊かな胸と丸みを帯びた尻はそこら辺の娼婦より蠱惑的だ。

 アンジェには負けるけど。

 結論、俺の嫁最高。

 

 いやいやいや、そうじゃないそうじゃない。

 何で公爵家がこんな写真を贈って来たかが問題なんだ。

 というかこれ、お見合い写真だろ。

 何でこんな物が入ってるんだ?

 

『実力がある男なら複数の妻を娶るのも常識に成りつつある。妻が一人だけでは手の届かない場所もあるだろう』

 

 あ、すげえ嫌な事思い出したぞ。

 前に王都へ行った時に公爵が言った事だ。

 貴族とコネを作る為にアンジェの以外の妻を娶れって言われた。

 まだ諦めてなかったのか、あの公爵(おっさん)

 こんな美人さんを送り込むとかどんだけ俺を手駒にしたいんだよ。

 自分の娘婿にこんな下衆い真似すんな、アンジェの気持ちも考えやがれ。

 でも見れば見るほど美人だなこの人。

 どことなく近寄りがたい雰囲気だけどそれが一種の魅力になってる。

 アンジェに出会う前だったらヤバかったかもしれない。

 子供まで生まれた今じゃ効果無いけどさ。

 公爵家には嫌味ったらしい感謝と辞退のお手紙を出させてもらいましょう。

 

「何を見ている?」

 

 ……死んだかな、俺?

 最愛の嫁の言葉が処刑執行の号令に聞こえたよ。

 俺の背後にはアンジェと双子が佇んでいた。

 手紙の処理に夢中になって注意が疎かになってたらしい。

 アンジェが持ってる金属製のトレイには紅茶と菓子が置かれた。

 どうやら午後の間食を俺と一緒に過ごすつもりで双子と一緒に来たみたいだ。

 平和な日常の細やかな幸せの筈なのに汗が次から次へと溢れてくる。

 とりあえず息を整えて何でもない素振りをして誤魔化す。

 

「別に何も」

 

 そう言って何とか机から引き離そうとしてるけど上手くいかない。

 焦れば焦るほどアンジェは俺に疑いの視線を向けてくる。

 

「今期の税収の目途はついたか?」

「あぁ、それはさっきまで兄さんとコリンで話し合ってだいたいの予想はつきそ…」

 

 アンジェが振った話題に正直答えようとしたテーブルの上に置いてあった書類に注意を向けたのが失敗だった。

 素早く動いたアンジェは机に置いたお見合い写真を手に取った。

 何も言わずお見合い写真を見つめるアンジェ、沈黙が痛くて怖い。

 

「ライオネル、アリエル。おじいちゃまの所に行ってなさい」

「え~?」

「う~!」

 

 さっさと逃げろ二人とも。

 ここからこの部屋は戦場になる、巻き込まれたくなかったら今すぐ逃げるんだ。

 よちよちと部屋からゆっくり退避する双子、相変わらずアンジェは何も言わない。

 強く生きろよ二人共、パパはこれから一度も勝てた事がない強敵に挑む。

 その名はアンジェリカ・フォウ・バルトファルト、俺の妻です。

 そもそも俺は何も悪くないじゃん。

 こんな物を送って来た公爵家が悪いんだ

 恥じる事無く正面から説き伏せたら良いんだ、何も問題ない。

 ここはガツンって旦那の強さを見せてやる!

 

「離婚だけは勘弁してください」

 

 見ろ!誠心誠意を込めた力強いお辞儀を!

 声だって震えてないし内容も簡潔だ!

 俺の気持ちは確かにアンジェに伝わってる!

 ……伝わってると良いな。

 

「したいのか離婚?」

「したくない、だから最初に謝っておきます」

 

 別に負けた訳じゃないし、これはあくまで戦術撤退であり敗走では御座いません。

 

「まぁ良い。どうして彼女が選ばれたかが問題だ」

「知り合いなの?」

「王都に居た頃に少しな。彼女の妹とはそこそこ付き合いもあった」

「やっぱ良いとこの出身のお嬢様なのか」

「公爵家ほどではないがかなりの名門だ。歴史も長く王家との繋がりも深い。リオンが陞爵すれば爵位だけは並ぶがバルトファルト家とは比べ物にならない」

「そんな家が何でまた?公爵家は何考えてるんだよ」

「公爵家?これを送って来たのは父上なのか?」

 

 お見合い写真が入った封筒を指差すとアンジェはゆっくり封筒を確認する。

 すると中から小さな封筒が一つ出て来たからアンジェは封を開けた。

 そっちの方は未確認だったな、デカいお見合い写真にばっか気を取られてた。

 素早く目を通して内容を把握するアンジェ、やっぱり俺とは頭の出来が違う。

 

「バルトファルト家と繋がりを持ちたい名門貴族が居るから縁談を仲介したらしい。公爵家を通せば確実性が増すとの判断だ」

「何でまた公爵家が出張るんだ?」

「名門故に筋を通したのさ。今のバルトファルト家はレッドグレイブ家の寄子だ。勝手に縁談を結べばその力を削ぐ、或いは公爵家より深い関係を持とうとしているとトラブルになりかねない。だから公爵家に仲介してもらい悪意が無いと証明する必要があった」

「公爵家は納得したのか?」

「この家は名門だが必ずしも公爵家の派閥とは言えない。歴史が長い分人脈も広く深い。公爵家としても敵に回すには些か厄介だ」

「嫌だねぇ、何でも政治政治政治って考えるの。もっと気楽に生きたいぜ」

「今まで王家と公爵家の政争を中立に近い立場で傍観していた名家を味方に出来るかもしれない。父上からすれば派閥を強化できる上にバルトファルト家に恩を着せられる。流石は父上だ、余念が無い」

「それで?その側室候補の名前は?」

「側室?何を言ってる?縁談の相手は義兄上だ」

「え、そうなの?」

 

 あ、墓穴掘ったな俺。

 アンジェの機嫌が一気に悪くなった。

 逃げ出したいけど逃げられない、馬鹿な事言わなきゃ良かった。

 

「つまり、リオンは彼女が自分の側室になると思った訳か?」

「いや、だって話の流れ的にそうなるじゃん。王都に行った時に公爵から側室を持てって薦められたし」

「手紙にはリオンが義兄上の縁談を望んでいたからわざわざ仲介したと書いてある。私は一言も聞いていないぞ」

「何だよそれ、どうしてそんな話が…」

 

『兄は未だ婚約者も決まっていないのに私だけ何人も妻を娶るのは外聞がよくありません』

『ふむ、兄君は未婚だったな。有能な男が独り身なのは確かに外聞が悪い』

『政情が不安定では婚姻どころか婚約も覚束ないが、公国を下した今なら良縁も見込めるだろう』

 

 思い出した。

 確かに公爵邸で兄さんについて少し話したな。

 

「たぶん公爵邸で半分冗談みたいに言った事を公爵が本気にしただけだと思う」

「私はその話を聞いてないぞ」

「言ってなかった?」

「言ってない」

 

 必死に記憶を探ると確かに王都から戻った時にそんな話をした憶えが無い。

 だって仕方ないじゃん。

 公爵が冗談みたいな会話を本気にするとは思ってなかったし、四馬鹿に巻き込まれたのを話したらアンジェは王都を灼き払うとか怒り狂ってたもん。

 

「つまりリオンは王都で起きた事を私に隠し、義兄上に薦められた縁談を自分の物と勘違いした挙句、私に内密にしようとした訳だな」

「それは事実を捻じ曲げ過ぎだろ!?」

 

 ちょっとしたミスが連鎖反応を起こしただけだろ、そんなに怒らないでください。

 そう言いたいけど正直に言ったら怒り狂うから言えません。

 アンジェの両手が俺の顔に添えられて動かないように固定され頬を引っ張られた。

 俺の嫁、めっちゃ怖い。

 

「私達が部屋に入った事に気付かないのは彼女に見惚れてたからか?」

「違います」

「正直に答えたら少しだけ手加減してやる」

「ほんのちょっとだけ」

 

ギュイイィィィ

 

 頬を抓られた、痛くて涙が出そう。

 

「そんなに側室が欲しいか?」

「いらないいらない。俺アンジェ一筋だし」

「彼女と私を比べてどちらが美人だと思った?」

「勿論アンジェ様です」

「私のお見合い写真と比べてどっちが良かった?」

「……ごめんなさい、アンジェのお見合い写真見てません」

 

グギュウウウゥゥゥゥゥ!!

 

 

【挿絵表示】

 

 

 思いっきり頬を捻られる、顔が変形しそうなぐらい痛い。

 アンジェとの縁談の頃はしたくもない見合いばっかさせられて辟易してた。

 公爵家からお嬢様が来るとは聞いてたけどアンジェのお見合い写真に目を通さなかった。

 その分アンジェが訪ねて来た時は凄い美人だって驚いたけど。

 こんな事になるなら素直に見とけば良かった、あの頃の俺の大馬鹿野郎。

 今も家のどっかに保管してあるかな?

 後で探さなきゃ。

 

「私はリオンと出会う前にお前の素性を詳しく調べあげたぞ」

「ひゃい」

「なのにお前は私のお見合い写真にすら目を通さなかった?」

「ひょのふぉおひえす」

「挙句の果ての他の女のお見合い写真に見惚れて自分の側室だと勘違い?お前は私にもう飽きたのか?」

「ひぃだだだだだ」

 

 最近になって漸くアンジェがかなり嫉妬深いのに気付いた。

 娘のアリエルを可愛がると拗ねたりしたけど、慰霊祭でオリヴィア様が訪ねて来た辺りから露骨に嫉妬を隠さなくなってる。

 辺境だと王都で次期王妃として育てられたアンジェに匹敵する女が居なくて油断してたらしい。

 婚約破棄の原因になったオリヴィア様と再会して嫉妬深い部分が抑えきれないみたいだ。

 そのせいで家族を除いた女が俺に近付くと途端に不機嫌になる。

 おまけに妊娠して気が立ってるからすぐにフォローしないと二・三日は拗ねたままになる。

 なので、これから反撃に入ります。

 ゆっくり両手を回しアンジェの背中で繋ぐ。

 

ギュッウゥゥ

 

 アンジェのお腹の負担にならない程度に力を込めて抱き締める。

 相変わらずアンジェは俺の頬を抓ったままだけどそれに怯まず力を込める。

 アンジェが力を抜くまで抱き締めるのを止めない。

 これは我慢比べだ、先に諦めた方が負けです。

 ずっと力を込めて疲れたのかアンジェの力が緩んでく。

 俺も力を抜くけど抱き締めるのは止めない。

 頬からアンジェの手が完全に離れると今度はアンジェが俺の背中に手を回し始める。

 俺達は無言のまま数十秒間お互いを抱き締めた。

 

「……側室が欲しいか?」

「いらない。俺アンジェ一筋だし」

「彼女と私を比べてどちらが美人だと思った?」

「お前以外の女は眼中に無いよ」

 

 さっきと話の内容は同じだけど声色はずっと穏やかだ、どうやら気が済んだらしい。

 

「すまない、少しばかり嫉妬した。リオンが私を愛してくれているのは充分に分かった」

「俺もちゃんと報告しなくて悪かった。次から気を付ける」

 

 怒りが治まった後のアンジェは気分が落ち込んで弱々しくなる。

 普段から俺に尽くしてくれるけどこんな時はどんな要求をしても殆ど拒まない。

 その姿が堪らないぐらい可愛くてついついやり過ぎてしまう。

 アンジェの首筋にそっと口を添わせるとくぐもった声を出して震える。

 そのままわざとらしい位に音を立ててキスをしてもアンジェは拒まない。

 執務室にベッドがあったら押し倒したかもしれないけど理性が効くうちに止めておく。

 調子に乗ってまたアンジェが不機嫌になったら困る。

 顔を赤らめながら乱れた服を直すアンジェはとても魅力的だ。

 やっぱ俺にはアンジェしかいない、他の女じゃどうしても上手くいかないだろう。

 

「それでどうする?やっぱお見合いするの」

「断ったら先方と公爵家の面目に泥を塗りかねない。まず一度だけでも顔合わせした方が良い」

「まぁ、これから農閑期だし都合は付くな。とりあえず一回だけなら兄さんも見合いやってくれるだろ」

「義兄上のお気持ちも大事だが貴族の結婚は政治の範疇だ、御足労願おう」

 

 アンジェの機嫌が直ったから双子を呼び戻すついでに兄さんを呼んだ。

 リスのように茶菓子を頬張るライオネルとアリエルを眺めつつそれとなく話題を振る。

 

「なぁ、兄さん」

「ん?」

「実は見合い話が来てるんだけど」

「俺に?何でまた」

「公爵家から義兄上に縁談が持ち込まれました。バルトファルト家と繋がりを持ちたいとか」

「リオンがアンジェリカさんと結婚してるから俺で妥協するって魂胆でしょう。断れないんですか」

「断るにしても相手側の爵位が上です。一度も顔を合わせしなければ礼を失する行いと受け取られます」

「俺の顔を立てると思って一回だけでもしてくれない?流石に向こうもやってダメなら諦めるし」

「気が進まないな。どうしてもやらなきゃダメですか」

「相手側に何をされても恐れないのでしたら断わってくれて構いません」

「分かったよリオン、一度だけやるから感謝しろ。それで相手はどんな女なんだ?」

「あぁ、こっちにお見合い写真がある」

 

 アンジェがお見合い写真を兄さんに手渡すと、ゆっくりと冊子を開いた兄さんの顔が物凄い勢いで真っ青に染まって全身がガタガタ震えてる。

 

「兄さん?」

「義兄上?」

「「??」」

 

 俺達全員の視線が兄さんに集まった瞬間、

 

「~~~~~~~~~~~~ッ!!!!!」

 

 声にならない悲鳴がバルトファルト邸に響き渡った。




お兄ちゃんはつらいよ。
という訳でニックス兄さんが中心です。
兄より優れた弟がいる苦悩は原作でも語られましたが、今作のリオンはルクシオンがいないので地に足が付いた優秀さです。
その分リオンを直に見る事になってニックスの悩みも深くなってます。
なのでご褒美に兄弟揃って運命の女性を宛がいましょう。
どのルートでもニックス兄さんのお相手は同じだから是非も無いですね。(単に私がリオンとアンジェのカップリングの次ぐらいにあのカップリングが好きなだけです
次章、お兄ちゃん家族同伴でお見合いへ。金髪巻き毛のあの子も登場。

追記:依頼主さまのリクエストで今章の挿絵イラストをちーぞー様に描いていただきました、ありがとうございます。
ちーぞー様https://skeb.jp/@chizodazou/works/23

ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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