婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです 作:品☆美
服良し、髪良し、化粧良し。
確認を終えて馬車から降り足早に会場に向かう。
今夜参加するのは主催者の招待状が無くても参加できるという王都じゃ珍しい夜会だ。
貴族の夜会ってのは要は金と地位の見せびらかし合いだ。
血縁や友人でもない他人に招待状をばら撒いて如何に自分が優れているかを宣伝するさもしい性根を化粧と美食と金で誤魔化す。
まぁ、男爵家を継ぐスペアとして最低限の箔が欲しいから学園に通わせてもらった俺に参加できる夜会とか学生時代には存在してなかった。
仮にルトアートの奴が居なくてバルトファルト家の嫡男として育てられたとしても辺境住まいな貧乏男爵家の長男が招待されたかは怪しいもんだ。
会場の入り口にはガタイの良い守衛が数人いるけど殆ど確認も無しに来客を通してる。
この夜会を訪れるのは貴族だけじゃなくて豪商の子供みたいな裕福な平民も含まれる。
夜会の参加条件は未婚、若しくは夫や妻を亡くした寡夫や未亡人であるのが唯一の条件だ。
それさえ守れるなら身分が何でも構わないし年齢制限も無し。
公国との戦争が完全に終わってから、いや前回の戦争以来こんな夜会が少しずつ増えてる。
今のホルファート王国は婚活ブームの真っ最中。
戦死したり王家に背いて地位を剥奪された奴が多くて貴族の男は激減した。
仕方なく戦功を上げた奴らを貴族にしたけど、成り上がり者達が貴族社会のコネなんて持っている筈もない。
国のお偉方は背に腹は代えられないとばかりに下級貴族や成り上がり者の婚活を支援し始めた。
俺の学生時代には上級クラスに在籍したようなお嬢様達が普通クラスにいた下級貴族や平民の男達に媚び諂う姿は少しばかり憐れだった。
貴族令嬢は嫁ぎ先が無ければ死ぬまで実家のお荷物になる。
もし兄弟が結婚すれば家に居続けられるかも怪しく、好色な貴族の後家や愛人にならなきゃ最悪なら身内によって密かに娼館で体を売る運命になる。
流石にうちは父さんも弟達も家族を売り払うような外道じゃない。
それより先に長男の俺が嫁を取るのが先決なんだが。
溜め息をついてふと隣に視線を送る。
本来なら此処に弟もいる筈だった。
あいつだって成り上がり者なんだから嫁取りに苦労すると思ってた。
それが今じゃ公爵家のお嬢様を嫁にして子供が二人、いや三人もいる。
同じ両親から産まれたのにこれだけ差が出ると妬むより先に諦めが来る。
いつだって優秀な弟の添え物、それがニックス・フォウ・バルトファルトという男の人生だ。
昔からリオンは要領の良い奴だった。
俺が同じ年頃に苦労して覚えた事を少しばかりコツを教えただけであっという間に習得した。
リオンに勝ってたのは早く生まれた分の慣れと体格だけ。
もし俺とリオンが双子だったら明確にその差が出て俺達の関係はもっと拗れていた筈だ。
ガキの頃からそんな劣等感を抱えたままバルトファルト家の次男という理由だけで俺は王都の学園に進学させてもらえた。
流石に普通クラスだし、家に子供全員を学園に通わせる余裕は無かったからリオンが学園に通えない。
少しだけ優越感に浸っていた俺に実家から『リオンが家出した』という手紙が届く。
ゾラ達がリオンを貴族の女に売り払おうという企みに気付いて自分の誕生日に家出したらしい。
リオンがそこまで追い込まれたとは知らず、何も知らないでのうのうと学園生活を送っている自分に嫌気が差した。
半年ぐらい経った頃、今度はリオンが見つかったという報告が届く。
リオンはバルトファルト領から遠く離れた場所で兵士になっていた。
『心配ない』という手紙と稼いだ金の一部をバルトファルト家に送った事で分かったらしい。
弟が必死に働いて稼いだ仕送りの一部が俺の学費にも使われてると思うとやるせない気持ちになる。
遅れて進学したジェナは気にしてなかったが、俺は自分自身がクズに思えて仕方がなかった。
三年に昇級した頃に学園、いや国を揺るがす事件が続出する。
ユリウス殿下の婚約破棄騒動、上級クラスの生徒が空賊に関わり犯罪に手を染めてると発覚、ファンオース公国との開戦。
そうした事情が積み重なって学園は無期休校になる。
結局、俺は学園で何の功績も残せず嫁いでくれそうな女の子も見つけられず無為に過ごしただけだった。
戦争が始まってゾラ達が逃げ出したのを尻目に俺は実家に戻って父さんと一緒に領地を護るのに必死だった。
ちょうど同じ頃、リオンは国境へ赴任して命がけの戦場で戦っていた。
戦争が終わってしばらく経つと前触れも無く王都からの使者がバルトファルト家に訪れてうちの皆は何事かと慌てふためいた。
リオンは重傷になりながら部隊を率いて公国軍の司令官の一人を討って敵軍を撤退させたらしい。
その功績を讃えて国からリオンに爵位と浮島を与えられるのが決まった。
家族が喜んでるのに俺はいまいち喜べなかった。
やっぱりリオンは俺がどう足掻いても敵わないぐらい凄い奴だと見せつけられたようで気が重くなった。
おまけにリオンは傷だらけの半死半生の有り様で家に戻って来た。
心と体が傷付き幻覚に怯え苦しむリオンを家族全員支え、慣れない領地開拓を始めるのは地獄の日々だった。
状況が好転したのはリオンにアンジェリカさんという婚約者が出来て以来。
俺は元々学園に通っていたからユリウス殿下の婚約破棄騒動の顛末を知っている。
アンジェリカさんについてもそれとなく噂を聞いていたから、彼女がバルトファルト領に来てからは常に警戒していた。
領地経営に詳しいアンジェリカさんに頼る一方、両親にそれとなく学園での噂を報告した。
彼女の有能さを認めつつもリオンを利用しているのではという考えが抜けきらず疑いの目を持ち続ける日々が続く。
だが、俺の心配が杞憂だったようでリオンは快方に向かいアンジェリカさんと相思相愛になっていく。
面倒見の良い兄貴を演じつつも何処か暗い感情を抱き続ける自分が酷く汚れた人間に見えて身悶える。
そうこうしているうちに俺は二十歳を超え、そろそろ結婚を考えなきゃいけない頃合いになってしまった。
確かに辺境の社交場に行ってもそこそこ歓待はされる。
それだって『英雄リオン・フォウ・バルトファルトの兄』という前置きがあってこそ。
俺個人を見ている女は誰もいない。
リオンが手に入らないから俺で妥協しようと考える女ばかり。
貴族の女と付き合うのはほとほと懲りた。
貧しくていい、美しくなくて構わない、父さんと母さんやリオンとアンジェリカさんみたいに仲が良い夫婦になりたいだけだ。
いっそ爵位をコリンに譲って平民になる方がマシかもしれない。
そんな事を考えながら今日も無為な婚活を俺は続けている。
「嫌だ!絶対に嫌だ!俺はあの女と付き合わない!さっさとうちに帰らせろ!!」
見合い当日になっても暴れる兄さんを俺・父さん・コリンの三人がかりの力づくで無理やり飛行船に乗せたのにまだ兄さんは治まらない。
同伴した俺達夫婦と両親とコリンが常に監視してないと隙をついて逃亡を企てる。
父さんに似てガタイが良い兄さんは単純な力比べなら俺より強い。
俺が関節技で動きを封じ、父さんが力で抑え込んで、コリンが隙を見て縄で拘束して漸く飛行船に連れ込めた、猛獣か何かかよ。
「落ち着けニックス、別に付き合えって言ってる訳じゃない。取り敢えず顔合わせするだけだ」
「絶対嘘だ!あの女、俺が『見た目と家柄だけの女』って罵ったから本当に家の力で潰しに来やがった!」
「そんな事は無いと思う。向こうはニックス兄さんをご指名だし」
「リオンじゃなくて俺を指名って時点でおかしい!明らかに俺を標的にしてる!罠に決まってるだろ!この見合いは中止だ!」
「ダメよニックス。せっかくおめかししたのに台無しだわ」
「これから家同士の争いになるのに着飾ってる場合かよ!」
「兄さん、見合いも悪くないぞ。もしかしたら向こうが兄さんを気に入って縁談を持ち込んだのかも」
「お前、自分が見合い結婚して夫婦円満だからって浮かれ過ぎるぞ!兄を尊敬するなら逃げるのに協力しろ裏切り者!何とか中止になりませんかアンジェリカさん!?」
「申し訳ありません義兄上。この縁談を斡旋したのは公爵家です。断っては各方面に些か支障が出ます」
「ちきしょう!どうして俺がこんな目に!」
気の良い兄さんに面と向かって裏切り者呼びされたのが軽くショック。
お見合い写真を見せた直後、兄さんは悲鳴を上げて部屋に閉じこもった。
頑張って何とか部屋から出して話を聞けばどうやら王都で相手の女性と一悶着あったらしい。
それ以来ずっとこの調子で見合いを拒否したままだ。
「アンジェ、罠だと思うか?」
「ローズブレイド家の真意は分からん。嫌がらせ目的にしては手が込み過ぎる上にメリットが無い。レッドグレイブ家を仲介させてまで嫌がらせを行えば公爵派の貴族まで敵に回しかねない。伯爵はそんな危ない橋を渡るほど愚かではない御方だ」
ローズブレイド家、王国の貴族なら必ず一度は耳にする名門だ。
初代ローズブレイドが冒険者として功績を重ねて貴族と為って以降も数々の著名な冒険者を輩出してきた名門中の名門。
その歴史は古く僻地の戦や空賊退治で平民と貴族の間を行ったり来たりして血を繋いできたバルトファルト家とは比べ物にならない。
公国との戦争でもきちんと王国を護った数少ない真っ当な貴族だ。
そんな名門な伯爵家のお嬢様と貧乏男爵家の長男がお見合いだなんてどう見ても家格が釣り合ってない。
基本的に貴族の結婚は家格が同じ家同士、若しくは一ランク差の家でするもんだ。
男爵家なら子爵家・男爵家・準男爵家といった家と婚姻するのが普通。
準王族の公爵家、それ以外で最高位の侯爵家、高位貴族の代表ともいえる伯爵家。
この国の貴族で知らない者は居ない名門貴族様が兄さんをご指名なんて裏が有ると思って当然だろう。
そんな事を考えながら隣のアンジェを見る。
「どうした?」
「何でもない」
そうだ、俺とアンジェはそれ以上の差だった。
末席だけど王位継承権すら持ってるお嬢様が平民同然の成り上がり子爵に嫁ぐとかどんな懲罰なんだよ。
裏で公爵がいろいろと画策してるのが分かった今となっちゃ、俺も貴族の裏事情を薄々察せるぐらいには成長したけど。
そもそも兄さんは何でこんなに見合いを嫌がってんだ?
俺みたいに明らかな地位や財産狙いの見合いなんて今までした事は無かった筈なのに。
「何でそんなに嫌がるんだよ、いや面倒だとは思うけどさ。今まで婚活とかしてたじゃん。このお嬢様そんなに酷い女なの?」
「確かに良い噂は無い。私が学園に入学した頃には既に卒業していたが、その時点でも社交界では有名だった」
「男漁りが酷いとか、金遣いが荒いとか、平民をイジメる感じ?」
俺が思い付くひどい女貴族なんてその程度のイメージだ。
アンジェが頭を振って否定する、どうやら俺の知らないタイプのお嬢様らしい。
「とにかく縁談を断る。あの外見だからドロテアとの交際を望む男は引く手数多だった。当人が望めば王の側室すら容易に叶えられる器なのは間違いない」
「じゃあ別に兄さんじゃなくても良いって事か」
「二十代の半ばとはいえ未だに嫁ぎ先には困らないだろう」
「公爵家が絡んでるから断れなかったんじゃ?」
「切っ掛けは父上かもしれんがこうもローズブレイド家が乗り気なのが気にかかる。普通は見合い相手の爵位が低ければ難色を示す。リオンのように多大な功績を上げたのなら理解も出来るのだが」
「兄さん今回の戦争で副官やってくれたんだけど。ぶっちゃけ貴族連中との折衷は苦手だから兄さんに丸投げしてた」
「それでも理由としては弱い、やはり義兄上自身に何か原因が有ると考えるのが妥当だ」
必死に家族が兄さんを宥めてるけど顔色は悪いままだ。
このままだとヤバい状況なのは間違いない。
「なぁ兄さん、一体何をやらかした?」
「俺は何もやらかしてねえ!向こうが絡んで来たのが原因だ!」
「義兄上、せめて家族の皆には真実をお教えください。このままでは義兄上だけの問題ではなくバルトファルト家全体の危機になりかねません」
アンジェが穏やかな口調で諭すと兄さんが多少は落ち着く。
こんな時アンジェが放っている気品とか存在感ってのは相手を大人しくさせるのに実に有効だ。
やがてポツポツと兄さんはどうしてこんな状況になったのか口にし始めた。
事の発端は王都、俺が公爵家に呼ばれた帰り道に四馬鹿に絡まれたあの夜に起こったらしい。
シャンデリアの灯りに照らされた会場はそれなりに賑わっている。
色鮮やかなドレスやアクセサリーを着飾るご婦人方は野に咲く花みたいに会場を彩ってる。
昔は貴族の夜会なんて自分には縁遠い世界だと思ってた。
とは言っても田舎住まいの男爵なんてギリギリ貴族扱いされる今でもやっぱり慣れない場所だ。
取りあえず飲み物を片手に一周しながら参加者を物色する。
確かリオンと同い歳ぐらいの後輩、アンジェリカさんと同時に婚約破棄されたご令嬢みたいに知った顔がちらほらと混じっている。
王国の現状じゃいろんな理由で婚期を逃した奴らが多いから出会いを求めて夜会やらパーティーを梯子するのもよくある話だ。
俺もその一人なんだがどうにもやる気が出ない。
貴族として最底辺な俺なんかを気に入るご令嬢がほぼ居ないと分かりきってるからな。
学園で婚活に明け暮れる貴族の男を知ってるし、リオンですら成り上がり者として軽く見られたのをすぐ傍で見続け、いまいち現実が見えず嫁き遅れになりそうな妹達の愚痴を聞いてりゃ貴族の女に幻想なんか持てない。
学園に入学した男達が最終的に見た目や家柄じゃなくて性格で相手を選ぶように、俺としてもバルトファルト家に嫁ぐのを納得してくれる女と結婚したい。
軽く会場を見回り終えて壁際に控える。
宴や催しだと必ず中心になる奴が居て、その場の雰囲気に馴染めず溢れた奴も同時に出てくる。
そんな奴をフォローするように上手くお近づきになるのが俺の世渡りだ。
このせいでリオンの副官をやってた時は不満を抱えた連中との折衷を任されたりしたが。
椅子に座りながら二杯目の酒を飲む。
ふと、壁際を見ると何やら男二人が女と揉めているのが目に入った。
男達の方は最低限のドレスコードは守ってるけど何処かちぐはぐな印象を受ける。
ありゃあ、戦争や商売で成り上がった連中が身の丈に合わない服を来て酒場で水商売の女を口説くように貴族の女に迫ってるのが丸分かりだ。
どれだけ外見を繕ってもその場に相応しい振る舞いをしなきゃ嫌われるのが貴族の集まりってもんだが、この夜会は身分を問わない出会いの場だ。
騒ぎが大きくなりゃ主催者側から止められるけど今の所言い争いにはなってない。
皆が関わり合いになりたくないと遠巻きに見ている。
男連中をあしらってる女をよく見ると見覚えがあった。
名前は知らないけど、確か俺が学園に入った頃に居た先輩だったと思う。
卒業してから見なくなったけどあの人も参加してたのか。
貴族の女は二十歳を過ぎると実家から早く結婚しろと言われるから大変だねぇ、うちにもそんな妹が一人いるからよ~く分かる。
そんな喧騒を肴にして三杯目の酒を呷った頃、会話の声量がこっちに聞こえるほどデカくなってきた。
どうやら先輩は見た目通りにプライドが高いらしい、男達をあからさまに馬鹿にした態度を崩さず一言文句を言われたら二言三言と遠回しの罵声を浴びせてる。
気が強い女は嫌だね、綺麗な見た目が台無しだよ。
周りの連中は巻き込まれたくないとばかりに無視を決め込んでる。
このままじゃトラブルになりかねない。
確か良い家柄のお嬢様だったと思うから、此処で揉めたら実家の介入で今後こんな催しが減って俺の嫁探しに支障が出るかもしれない。
仕方ない、知らない顔でもないから先輩に少しだけ手を貸してやろう。
「あ~~~っ、ちょっと良いですかねぇ?」
わざらしい位に馴れ馴れしい態度で距離を詰めると三人が一斉に俺を見る。
「他の皆さんの迷惑になりますんで、揉め事は勘弁願いたいんですが」
「なんだぁお前?」
敵意を剥き出しにして睨みつける男共。
見るからに金に物を言わせたチンピラ丸出しな成り上がりだ。
こんな時は敢えて遜った態度で相手を抑える。
「他のお客さんの迷惑になりますんで、ここはどうにか場を治めてもらいたいんですよ」
「この女がいちいち俺達を馬鹿にするのが悪いんだよ!」
「だからって面倒を起こしちゃせっかくの夜会が台無しですよ。あんまりひどいと今後出入り禁止になった挙句に社交界で爪弾きにされるからその辺で止めた方が…」
「なんだてめぇ!?」
逆上した男が俺の襟首を掴む。
これで正当防衛が成立、相手の手首を思いっきり握り締める。
父さんには劣るけど俺も農作業でそこそこ体が鍛えられ、単純な腕力だけならリオンにも勝てる。
思いがけない反撃に男の顔が青褪めた。
「そこで水を飲んで酔いを醒ましましょう、こんな場で揉めちゃダメですよ」
「お、おう」
男連中は少し慌てた様子で退散する。
大事にならずに済んで良かった。
安堵の溜め息を吐いてこの場から移ろう、嫁探しは始まったばかりだ。
「待ちなさい」
後ろから声をかけられた気がするが多分俺じゃない。
「待ちなさい!」
振り返ると先輩が冷めた目で俺を睨んでいた。
「何のつもりかしら?」
「え?」
「あんな奴ら私一人であしらえたわ。何のつもりで私の邪魔をしたの」
「はぁ……」
「答えなさい、何のつもりで首を突っ込んで来たの」
……何で困っているのを見かねて仲裁した俺が攻められなきゃいけないんだ?
あらためて目の前の女を見るがかなりの美人だった。
所謂成熟した女の色気を漂わせてるけど下品じゃない、むしろ清楚さすら感じる。
貴婦人とか淑女みたいな言葉はこんな女の為を表現するんだろうな。
中身は相当拗らせてるみたいだけど見た目だけで判断すれば言い寄る男は多いだろう。
「あんな雑魚を追い払って私に恩を着せる腹積もりかしら」
「そんなつもりはありません。お困りのように見受けられたので。要らない助けだったなら申し訳ありません」
「そうやって私を助けると見せかけて仲間と一芝居をうつ輩も居たわ。貴方もその御同類?」
「純粋な厚意ですよ。それじゃ、俺はこれで」
どうやらかなり面倒臭い女らしい、問題が起きる前にさっさと離れた方が安全だ。
「ちょうど良いわね。貴方、人除けになりなさい」
「言ってる意味が分かりません」
「この夜会の間だけでも言い寄ってくる男を追い払う番犬として私の傍に居なさい」
何を言ってんだこの女?
男に言い寄られるのが嫌ならこんな婚活目的の夜会に普通は来ないぞ。
「口煩いお父様に言われて仕方なくこんな催しに来たけどうんざりだわ。有象無象の男共が絡んで来ていい迷惑よ。私がしばらく飼ってあげるから犬になって」
「お断りする。確かに俺は身分が低いが貴族の端くれだ。犬扱いされるのは御免蒙る」
イカレてんのかコイツ。
確かに上級貴族の中には下級貴族や平民を人扱いしないような奴も多かった。
そんな連中に限って自分より上の奴に媚び諂う糞みたいな連中で大半が戦争が起きると我が身可愛さに逃げ出す根性無しだった。
戦後に王家から貴族のそうした振る舞いに対して注意が行われたけど、まだこんな価値観を持ち続ける女がいるとは思わなかった。
「私が首輪をつけて私のペットにしてあげようかしらって思っているのよ。感謝の気持ちとして受け取りなさい」
「それの何処に感謝の気持ちが含まれてる、どう考えてもコケにしてるだろう」
「何よ。どうせ貴方なんて大した家柄でもなくろくな家族だって居ないんでしょ…」
「とっととその薄汚ねぇ口を閉じろって言ってんだ馬鹿女ッ!!」
俺の中で何かが切れた音が聞こえた瞬間、怒声が会場に響き渡った。
目の前の女は事態を飲み込めず呆然としている。
あぁ、終わりだな。
冷めた頭がやっちまったと後悔がどんどん押し寄せて来る。
これでこの夜会から叩き出される、場合によっちゃ社交界から爪弾きにされる。
さっきの男連中に言った言葉がそのまま跳ね返って来た。
だが引けない、ここで引いたら俺は家族に顔向けできない。
「俺はいくらでも罵ってかまわない!だが家族を侮辱するのだけは許さん!他人にどうこう言う前にその捻くれまくった性根を直せクソ女!」
「な、な、な……」
「俺を犬扱いするならお前だって雌犬だろうが!その下品な中身を取り繕ってないで少しは人間として真っ当な感性を磨きやがれ!」
「貴方、私がいったい誰か分かっててそんな口を聞いてるの!?」
「お前の名前なんぞ知るか!身分を問わない夜会で親の爵位を持ち出すんじゃねぇよアホ女!お前の取り柄なんて外見と親の身分だけだ!さっさと家に帰ってパパに泣きついて来い!」
「~~~~ッ!」
顔を真っ赤に染めた女が駆け出し会場から消えた。
その後ろ姿をぼんやり眺めながら頭が冷えてくると周囲の皆が驚いた顔で俺を見ていた。
やっちまった。
これで噂が広まったら王都での婚活は絶望的だ。
さっさと嫁を貰って親を安心させたかったがこれじゃ無理だな。
足早に会場を抜け出して馬車に乗り込んだ。
うちが所有する飛行船の部屋に辿り着き乱暴に礼服を脱ぎベッドに寝転ぶ。
少し言い過ぎたかな?と思ったが腹の虫は治まらない。
どうせ明日にはバルトファルト領に帰還する。
貴族の女は懲り懲りだ、もう地元で平民の子と結婚して一生辺境で暮らそう。
そう結論づけて置いてある酒瓶の中身を飲み干しそのまま不貞腐れるように眠りこけた。
「やっちまったなニックス」
「やっちまったな兄さん」
「絶望的だねこれ」
「仕方ねえだろ!ちっとは庇えよお前ら!」
兄さんの叫びが室内に木霊する。
いや、本当にどうしようかなこの状況。
向うにも非があるけどこっちが完全無罪って訳でもない。
兄さんに感謝の言葉さえかけないドロテアさんが原因だけど、キレて暴言を吐いた兄さんにも過失がある。
「家同士の争いになると思うかアンジェ?」
「可能性は限りなく低い。だからこそ伯爵や父上の魂胆が読めない」
「これを期に仲直りしろって意味じゃないの」
「ならば正式に謝罪の場を設けるだけで良い。公爵家が仲介となり詫びの言葉と謝罪金の額を話し合うだけで済む。わざわざ見合いという形式を選ぶのが不自然だ」
「何人にも見られてたから噂を誤魔化す為にお見合いさせる可能性」
「ローズブレイド家の力を使えば揉み消しは可能だ。見合いさせる意味は無い」
「罰として嫌いな男と見合いさせるとか」
「確かにいくつもの縁談を断ってきたドロテアには良い懲罰かもしれんがもっと良いやり方があるだろう」
「じゃあ、兄さんに惚れたなんてどう?」
「あの悪名高いドロテアが?今まで王家からの打診すら断っていた女が辺境の男爵に嫁ぐなどそれこそありえん」
「うちには公爵家出身なのに子爵に嫁いだ物好きなお嬢様がいるけどな」
「わ、私は爵位や領土でリオンを選んだ訳ではない!」
慌てる俺のアンジェが可愛くてキスしたい。
「そこの二人!惚気んな!」
俺とアンジェの間に甘い雰囲気が漂い始めた途端に兄さんが横槍を入れる。
ひどいや、兄さん。
「でも伯爵家と争いにはならないんでしょ。ならお互いに謝れば解決じゃん」
「そう上手くはいかないんだぞコリン。貴族ってのは面倒なんだ」
「どうして?お互い悪いなら謝っちゃえばいいでしょ」
「身分が偉くなるほど下の連中に頭を下げるのが難しくなる。偉い奴らは間違わない、正しくて賢いから偉いと周りから思われる。間違いを認めれば、それは自分が失敗したと認めたようなもんだ」
難しそうな顔で父さんがコリンを諭す。
俺もこの辺の貴族社会の慣例やら仕来りとか面倒臭くて仕方ないけど、自分が嫌だからってそれを押し通せるほど強くも賢くもないのが成り上がり者の悲しさだ。
「俺は絶対謝んないからな!あの女に遜るぐらいなら戦って死んでやる!」
「落ち着けって。家族は兄さんの味方だよ。適当な所で手打ちになるようにするからさ」
どうやら交渉は難航しそうだ。
今日は兄さんのお見合い以外に重要な用事があるのにこれじゃあ無理っぽい。
真っ青な顔で拘束された兄さんは処刑台に移送される死刑囚そのまんま。
「弱くて善良な奴を助けてくれる神様なんていねぇ!!世の中間違ってる!!」
兄さんの叫びが室内に響き渡り、振動は飛行船の窓から晴れ渡る空へ吸い込まれていった。
窓から陽光が差し込み室内を温める。
浮島という環境に於いて陽の光は地上より更に大きな意味合いを持つ。
気温、植物の育成、気流の発生等々。
故に貴族の屋敷はより多く陽光を取り入れる為に平民の家に比べ更に大きな窓が設置させる。
尤もこの部屋の主にとって快晴の空から降り注ぐ光は何の慰めにもならない。
心は積乱雲による豪雨と雷鳴が轟く荒天と何ら変わりない。
今日になって何度目になるか分からない溜め息を吐きながら部屋の主、ローズブレイド伯爵は時計を見る。
予定の時間まであと数時間、法務官の裁定を待つ罪人のような心境で今日という日を迎えてしまった。
コンッ コンッ
扉が軽くノックされた音に怯え体が震えたが、何とか平静を取り戻し居住まいを正す。
「……入りなさい」
「失礼いたします」
部屋に入って来たのは金髪碧眼の美女。
容貌はドロテアと血の繋がりを感じさせるが、ドロテアが美しい髪をストレート伸ばしているのに対し此方は念入りに手間をかけ螺旋状に巻いて一目で別人だと認識できる。
入室したのが自らの娘と判り安心した伯爵はホッと息を吐き出す。
「ドロテアの様子は?」
「相も変わらず落ち着かないご様子、あれからまた着替えを始めて部屋の内装を変えようと騒いでいましたわ」
「次に騒ぎ出したら私を呼びなさい。流石にもう手直しする時間は無い」
「承知しました」
「……待てディアドリー」
報告を済ませ退室しようとする娘を呼び止める。
躾が行き届いた立ち振る舞いで方向転換する娘は貴族の娘としては文句の無い出来栄えだ。
多少性格に難は有るが、それも誇り高きの表れと思えば許容範囲ではある。
「ドロテアの見合いだが、上手くいくと思うか?」
「……忌憚のない意見を述べてよろしいでしょうか」
「かまわない、許す」
「正直な所、まず無理だと思います。お姉様の心中がどうであれ、件の殿方がお姉様に好意を持つのはまず無理かと」
「やはりそうか……」
「おかわいそうなお姉様。初恋を自覚した瞬間、既にフラれていたなんて」
「かと言ってレッドグレイブ家に仲介を頼んでおきながら今更中止する訳にもいかない。単なる見合いで相性が悪かったなら未だしも、互いに罵り合った間柄と判ればバルトファルト家がどんな手を使ってくるか予想がつかない」
「考え過ぎではないでしょうか?如何に彼の弟がリオン・フォウ・バルトファルトと言えどもローズブレイド家に正面切って争いを望むとは思えません」
「ディアドリー、お前は公の場でドロテアを殊更に侮辱した男を許せるか?」
「……」
「そういう事だ。お前が想像した感情をバルトファルト子爵が抱いても不思議ではない」
「ローズブレイド家がバルトファルト家に負けると仰るのですか?」
「彼は十代半ばで公国の一軍を自分の部隊のみで撤退させた。そんな事は王国の他の誰にも出来なかった。無論、私にも出来ない。それが全てだ」
「争えば必ず負けると?」
「家同士の争いならば或いは。だが彼の妻は元公爵令嬢のアンジェリカなのだ。間違いなくレッドグレイブ家が関わってくる。そうなれば亡ぶのはローズブレイド家の方だ」
沈黙が重く圧し掛かる。
貴族にとって婚姻とは政、そして政とは戦の代替。
伯爵は既にこの見合いを政争の前哨戦と捉えていた。
「ディアドリー」
「はい、お父様」
「もし私がニックス・フォウ・バルトファルトと結婚せよと命じたら受け入れるか?年齢を考慮すれば寧ろドロテアよりも相応しいのはお前の方だ」
父の言葉に娘は逡巡した。
確かに条件を顧みれば相応しいのは姉ではなく自分だ。
会話した事は勿論、顔を見た事さえあるのかどうか記憶が曖昧な相手だ。
尤も貴族同士の婚姻とはそういう物だと自覚している。
「……お父様のご命令ならば従う覚悟はございます。ですが」
「だが?」
「私はお姉様を泣かせたくありません」
「……そうか」
そう告げて退室した娘の後ろ姿を見送り、椅子に体を預け力を抜く。
時代は移り変わりつつある。
その潮流の中心にいるのが彼の者ならば、その傍らに娘を置く為に頭を下げるなど軽い代償ではないか。
愛を知らぬ娘に漸く訪れた初恋ならばせめて幸せになれるように力を尽くしてやるのが父親という物だ。
悲壮な決意を胸にローズブレイド伯爵は娘を落ち着かせる為に席から立ち上がる。
「神よ、どうか我らを見捨てたもうな」
斯くして、双方が何やら相手を誤解したまま裁きを受ける罪人の心持ちで行われる珍妙な縁談の裏でホルファート王国の趨勢を決める者達もまた彼の地に集まりつつあった。
前回に引き続きニックス兄さん回。
そして登場ディアドリーお嬢様。
お互いが相手を過大評価してるアンジャッシュ状態。
貴族は面子が命です、ナメた相手をシメなきゃ示しがつきません。
リオンは関わってないし公爵家も絡んでない状況でドロテアにパーフェクトコミュニケーションを取るニックス。
やっぱあんたらお似合いだよ。
原作だとニックスと結婚して妊娠したドロテアですが、今作でアンジェの義兄嫁なのでそこそこ活躍させる予定です。
ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。