婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第4章 公爵令嬢の危機●

 私がバルトファルト領に来てから二ヶ月が経過した。

 王都での漫然とした生活とは打って変わり、この地を生かすも殺すもリオンと私の判断にかかってると思えば気合が入るのも当然と言える。

 真っ白な紙と絵筆を渡された子供のような高揚感。

 屋敷の一室を借り受け、まず最初のバルトファルト領の経済状況の把握に取り掛かった。

 

 突如現れた中央貴族の小娘に出納帳の開示を要求されたら嫌がられるか?と思ったがすんなりと提出してもらえた。

 二重帳簿や脱税といった後ろ暗い部分が何も無いのだろうが、バルトファルト家の方々はもう少し危機管理意識を持つべきだと顔が引き攣る。

 数日間かけて書類を読み漁り実務を担当する男爵やリオンの兄弟と質疑応答を重ねて判明したのはあらゆる物が足りてないという事実。

 人員が足りない、物資が足りない、金銭が足りないの無い無い尽くし。

これにはリオンも頭を抱えるだろう。

 

 私を通じてレッドグレイブ家から融資を得る事は可能だが、無軌道な開拓計画を提出したら父上は即座に婚約を破棄させ私を王都へ連れ戻す。

 地図と資料を精査し続けていると一つ面白い物が見つかった。

 このバルトファルト領の浮島には珍しく湯が沸き出る源泉が存在する。

 有効に活用できるなら現状の打開策の一つになりうる。そう考え早速リオンに相談した。

 

 しかし私の提案を聞いたリオンは渋い顔をする。

 リオンもこの地へ移住した直後から調査を行い源泉の存在を確認した。

 利用できないか試行錯誤するも掘削技術の素人の集まりである領民では上手くいく筈もなく頓挫する。

 辛うじて領民が使える小さな温泉が作られた程度で終わった。

 

 この失敗がリオンの再開発に対する消極性の原因となっている。

 何より人も物の足りてない現状では再開発など夢のまた夢と彼は語った。

 その回答に対し私は思わず笑みを零す。

 リオンは素人ながらも既に私と同じ思考に辿り着いていた。決して愚かな男ではない。

 ただ彼は領地開拓の経験が足りてないから失敗してしまっただけ。失敗は敗北ではなく成功の為に必要な段階の一つに過ぎない。

 『人も物も足りないから無理』、それは『必要な人員と物資を調達できれば可能』に他ならない。

 

 そしてレッドグレイブ家は足りない物を揃えられるだけの人脈と資金を有している。

 リオンにその事実を告げると彼は疑いの目で私を見つつも開発計画の再開を検討し始めた。

 温泉施設の開発を優先するからといって領地の開拓に支障が出るのは避けたい。

 そもそも温泉施設が出来ても恒常的に稼げる保障は何処にも無いのだから。真の狙いは人材・金銭・物資・情報の流れを生み出す事。

 自給自足の生活はその場で完結している為に変化に乏しく発展性が足りない。水溜りが淀むように徐々に腐っていく。

 しかし、別の土地と繋がる事が出来れば需要と供給によって利益を生み出す事が可能となる。

 極論バルトファルト領の存在を国内に知らしめれば御の字なのだ。

 

 だからと言って開発に手抜きは許されない、悪評は好評に勝る事を私とリオンは身をもって知っている。

 レッドグレイブ家から派遣された地質調査員の報告から温泉の成分・温度・湯量が入浴に適し療養施設に用いても問題ないとの報告を受け早速開発計画の草案を練る。

 計画書には領主であるリオンの同意が必要なので逐一説明を行ったがその過程で予想以上に彼が優秀な人物だと分かった。

 そもそも軍隊の指揮官は腕っ節だけで務まらない。指令を正確に理解する為の読解力、糧秣の消耗を把握する為の計算力、士気を保つ為の話術などの総合的な能力の高さが求められる。

 もし彼が裕福な家柄に生まれたなら学園でも優秀な生徒として名を馳せたに違いあるまい。

 こうした有能な人材を発掘できない王国の制度が現在の窮状を創り上げてしまったと考えたらやり切れない。

 幾度も修正を行い完成した計画書を父上に提出するとバルトファルト領へ開発費の融資と人材の派遣を確約する契約書が送られてきた。

 

「これでバルトファルト家(おれたち)はめでたくレッドグレイブ家(おたくら)の飼い犬って訳だ」

 

 そう確認事項を読み込んだリオンは皮肉気な表情を浮かべたが無担保・利息がほぼ0・無期限の返済期間という破格の条件はそれだけ父上がリオンに期待している事実の証明だから我慢して欲しい。

 レッドグレイブ家には必要な人材集めに並行して入植者の募集も依頼しておいた。

 バルトファルト領の宣伝と領民の増加を狙ったものであり少しでも可能性がある事は全てやり尽くしてやる。

 

 最後の一手としてホルファート王国に対しバルトファルト領の税に対する減免と温泉が療養施設なので開発の為に国の補助金の支給を申請した。

 領地を封じたとしても即座に収入が得られない事は王国も理解している。

 まして爵位と領地を封じられてから日が浅いバルトファルト家なら尚更だ。

 無理に取り立てて叛乱の原因になる事は王国も避けたいだろう。

 バルトファルト領の財務状況は十分に減免の条件を満たしていた。

 

 追い打ちに温泉の開発が傷痍軍人の療養を目的としていると報告する事で国家プロジェクトとして補助が支給されるべきだと主張する。

 戦争が終わったからといって何の保障もなく兵を解雇する事は許されない。

 生きる術を失った兵が空賊に転じれば治安が悪化し王国の信用は失墜する。

 ファンオース公国との戦争で傷ついた軍人は多く、彼らの生活保障の為に王国は財政難の状況だった。

 だがこの状況こそバルトファルト領を発展させる為の絶好の機会になりえる。

 『バルトファルト領の療養施設は傷痍軍人の慰安が目的であり、王家は決して兵を無下に扱っていない』と広く知らしめれば人気取りに腐心する王国は首を縦に振らざる得ない。

 こうした申請は煩雑な手続きと複数回の審査を通らなけば却下されるのが通例だ。

 だが王妃になる為の教育を受け続けた私には何をどうすれば良いのかを全て把握していた。

 私を侮り放逐した事がホルファート王家にとって最大の失敗だと思い知らせてやる。

 嬉々として申請書の作成を行う私を見たリオンに「怖い女だな…」と評された、解せぬ。

 やる事は多いが一つ一つ課題を熟していくのは快感であり充実した日々だった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 太陽が傾き日が沈むまであと数時間、別宅へ至る土が剥き出しな道を歩いていた。

 近頃の私は午前中から昼過ぎにかけて屋敷でバルトファルト領内の開発推進における事務処理を行い、夕刻にリオンが住む別宅を訪ね経過報告するのがお決まりのスケジュールとなっている。

 男爵とリオンの兄弟は事務処理が早く片付く事を涙を流して喜んだ。いや、きちんと事務員を雇いましょうよ。

 リオンと計画の細かい調整を話し合うのと同時に王都より取り寄せた最新の書籍を用いてリオンの地方領主としての能力を高めた。

 相談して洗い出した問題点を持ち帰り翌日に処理する作業を繰り返す日々。

話し合いの最中にリオンが淹れたお茶を飲むのは良い息抜きだった。

 今日は書類を収納する鞄の他に男爵夫人が調理してくれた焼き菓子を入れた籠も持参している。

 私も少々手伝ったが些か形が崩れたのは愛嬌なので追及しないで欲しい。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 扉の前に立ってノックを数回するとリオンが出迎えてくれる。

 だが、今日は扉が開かれる事はなかった。

 不審に思いノブを握ると鍵がかかっておらず音を立てて簡単に開いた。

 恐る恐る別宅へ入るが奇妙なほどに静かだ。

 『何かあったのか?』と思いリビングに足を踏み入れた瞬間、私の視界が逆転した。

 強かに体を床に打ち付けた直後、私の体を猛烈な力で抑えつけられる。

 体を動かそうにも首と鳩尾に硬い何かが当たり身動きが取れない。

 これは単なる暴力ではない。体系化された技術だ。

 痛みに悶えながら私は襲いかかった影を見据える。

 

「リ・・・ オ・・・・・・  ン・・・・・・!」

 

 私を襲ったのはリオンだった。

 

『何故!?』

 

 あまりの事態に混乱するがその間に体を抑える力が強まっていく。

 私の鳩尾にリオンの左肘が置かれ体重によって標本のように床に縫い付けられる。

 そしてリオンの右手は私の喉を絞めあげた。

 ゴツゴツとした指が血管と気道を狭め意識が朦朧としていく。

 

『殺される・・・!!』

 

 突如として襲いかかる死の予感に恐怖して手足をバタつかせる。

 右手に触れた何かを必死で握ると力を込めてリオンの頭に叩きつけた。

 焼き菓子を入れた籠だった。

 頭を強かに打たれたリオンが私の体から離れる。

 咳き込みながらも必死で幾度も空気を吸い込む。

 散乱した焼き菓子がこの場にそぐわぬ甘い香気を放っていた。

 漸く呼吸が整ってくるとリオンの存在を失念していた事に気付く。

 慌てて周囲を見渡すと床に伏すリオンの姿が見えた。

 駆け寄って口元に手を当て呼吸を確認する。ただ体が絶えず震え続けていた。

 頭を強打した影響か?緊急事態なのにどうしたら良いか分からずパニックに陥る。

 

「おい!リオン!大丈夫か!?」

 

 必死に呼び掛けると彼は呻きながらも体を動かした。

 

「くす・・・ り・・・・・・」

 

 消え入りそうな声を発しながら戸棚を指差す。

 急いで戸棚を開くと錠剤が入った薬瓶がいくつも置かれていた。

 どれを持って行けばいいか分からないので全て抱えて持ち運ぶ。

 虚ろな目でその内の一つを取ろうとしていたので蓋を開け手渡した。

 錠剤を数粒取り出すと口に入れ噛み砕く。

 ノロノロと這うように書斎の方へ動き出したリオンに私は肩を貸して歩き始める。

 僅か数歩の距離がひどく遠かった。

 

 リオンをベッドに寝かせてキッチンへ向かいタオルを濡らし彼の頭に置く。

 次に湯を沸かしながら散らかった部屋を大雑把に片付ける。

 ポットに沸いた湯と茶葉を同時に入れる。温度や量はこの際無視する。

 そして出来た紅茶をコップに移すと砂糖を投入した。

 甘味が人の心を落ち着かせるのは古来からよく知られた効用の一つ。リオンが早く落ち着くよう山盛りで。

 書斎に戻ると少し落ち着いた様子のリオンが申し訳なさそうに私を見つめる。

 コップを差し出すと怪訝な顔を浮かべつつ口をつける。

 

「・・・・・・甘過ぎるぞコレ。茶葉の香りが台無し」

 

 文句を言えるだけの気力があるなら平気だろう。

 

「すまなかった、今日はもう帰った方がいいよ」

 

 そう言うリオンの前に次々と薬瓶を置く。

 向精神薬、睡眠薬、鎮静剤、痛み止め。

 

「何だこれは?」

 

 どの薬剤も摂取量を誤れば人を死に追いやる事が可能な代物。医師の処方が推奨されている筈だ。

 そんな物が戸棚に幾つも納められていた。

 

「アンジェリカさんには関係ないだろ」

「関係あるさ、ビジネスパートナーの状態を知るのも取引に重要な要素だ」

 

 リオンの瞳が怒気を含んで私を睨みつける。

 先程の出来事を思い出し震えそうになる体を抑えて睨み返す。

 

「放っておいてくれ。もう迷惑をかけるつもりはない」

「きちんと答えるまで帰らないぞ」

「いいから帰れよ!!」

 

 大声を発するリオン。だがすぐ疲れ果てたように横になる。

 

「お願いだから帰ってくれ・・・」

 

 その言葉の弱々しさは同じ人間とは思えない。

 

「嘘偽りなく真実を語るなら今日は大人しく引き上げる」

 

 やがて観念したのか空になったコップを差し出した。

 

「今度はちゃんと淹れてくれ。気分が良い話じゃないし長くなる」

「わかった。」

 

 そうして再び湯を沸かす為にキッチンへ赴いた。




アンジェリカ は リオン に おそわれた !!
→なぐる(生存ルート突入
 なにもしない(死亡END

突如ハード路線乙女ゲー選択肢がアンジェリカを襲う!
このアンジェさんは婚約破棄された事をけっこう根に持ってます。(仕方ないけど
公爵家の皆はフォローしてくれたけど本人の気の強さがリベンジ方向へ向いてます。
本編のリオンは発見した浮島を献上して貴族になりましたが、今作ではその浮島を王国が発見し褒美として与えられた設定となり因果が逆になってます。
本編だと開拓が軽めですぐ学園に入学したな~、と思ったので開拓のキツさや書類手続きの面倒くささを表現しました。
アンジェさん有能過ぎだけど妃教育受けてたハイスペック令嬢だから許して。

追記:依頼主様が(公)様に今章の挿絵イラストを描いていただきました。ありがとうございます。

(公)様https://skeb.jp/@hamu_koutarou/works/73
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