婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第40章 Triangler

「話は終わったか?」

「えぇ、説得はどうにか成功しました。自分が知っている情報は全て話すそうです」

「仕方ありません。本来ならば極刑だったのを情報提供を条件に死一等を減じてもらったのですから」

「父のオフリー伯爵や嫡子だった兄が既に処刑されている、処罰後の彼女の経歴を顧みてもらった温情措置だ。これ以上の情けは法を蔑ろにした行いと受け取られかねない」

「……分かっています。殿下のお心遣いに感謝します」

 

 王宮のある一室では三人の男が頭を突き合わせながらある女性の処遇について苦慮している。

 一人は元王位継承権一位、一人は名のある宮廷貴族の元嫡子、一人は辺境伯の元嫡子。

 嘗てその全員がこの国を導く者として将来を嘱望されていた。

 

 その光輝いていた未来は既に存在しない。

 功績だけを見れば彼らは確かに類を見ない程の成果を上げてはいる。

 だからといって現在の栄光が過去の失態を贖えるとは限らない。

 地位や功績があるのならばどんな行いも許される。

 その名目が独裁や恐怖政治に繋がり民草を脅かし国を荒廃させるからこそ、人々は法を創り上げ為政者や英傑の専横を止めてきた。

 法を蔑ろにする者に法の加護が与えられないのは当然の帰結。

 力ある者が罪に問われないならばその先に存在するのは更なる強者に蹂躙される終わり無き争いしか存在しない。

 

「わざわざ辺境から出向いてもらってすまなかった。どうしても口を割らなかったのでな。拷問じみた取り調べでは情報の信頼性が怪しい。もし偽情報を掴まされたら奴らは地下に潜って何を仕出かすか分からない」

「ですが、ステファニーが組織に重用されていたとはとても思えません」

「その辺りも陛下も妃殿下も了承しています。とにかく今は僅かでも情報が欲しいのです。国の存亡がかかっているなら小娘一人の命程度は許容するでしょう」

「……それが彼女にとって幸福なのかどうかは分かりませんが」

 

 いっそ父や兄と同様に処刑された方が救いかもしれない。

 貴族としての地位を失い、父と兄は処刑され他の者は追放、頼れる者もなく飢え渇いて憎しみを抱えたステファニーが道を踏み外すなど容易く予想できた筈だ。

 確かにオフリー家は金で地位を買った商人あがりの成り上がり者と社交界で敬遠される存在だった。

 他の貴族からの蔑視が彼女の人格を歪ませたのは事実だろう。

 悪業を犯すのは本人が持つ素養と家庭環境だけの問題と断じて良いのか。

 半ば腐りきっていたホルファート王国の上層部が血と特権によって品性下劣な者を生み出しているのならば貴族とは本当に貴き者なのか。

 

 どれだけ考えても答えは出ない。

 これからステファニーは僻地でろくに人権も保障されない平民以下の存在として扱われるか、決して陽の当たらない牢獄の中を生涯に渡って身を置く未来しか残されていない。

 後で元婚約者に絆され情報を話した自らの行いを後悔する日が訪れるか、それは誰にも分からなかった。

 

「もっと早く僕は彼女と向き合うべきだった」

「それは私もです。最近になって漸くアトリー家に対して謝罪しました。尤も『今更なんのつもりだ』と手酷く罵られましたが」

 

 口を開いて微かに震えた声を漏らすブラッドをジルクが慰める。

 悔いても過去の行いを無かった事には出来ない。

 罪人は傷付けた相手に赦しを貰える為に悔恨し続けなければならない。

 いつ赦されるかも分からず悔やみ続ける事は犯した罪に対する罰の始まり。

 彼にとっても、彼女にとっても。

 

「オフリー家が裏で悪事に手を染めていた事実をフィールド家は薄々察していました。確たる証拠が無い為に黙秘を貫き、私との婚約を継続し続ける方針だったのです。フィールド家にあったのは保身と婚姻によって辺境の治安を維持する資金が目的だったので、僕とステファニーの婚約が決まってもオフリー家に対する蔑視が続いていました」

「それが彼女が堕ちた原因だと?それは些か自意識過剰ですよブラッド。オフリー家もまた貴方をフィールド家の名声と軍事力を得る為の道具と認識していたのは知っていた筈でしょう」

「王侯貴族の結婚は基本的に利害関係の一致だ。まぁ、だからこそ俺達は儘ならない未来に嫌気が差して平民なのに心優しく素晴らしいオリヴィアに惹かれた。今さら言い訳にもならないがな」

 

 重苦しい沈黙が室内に漂う。

 三人の胸に渦巻いているのは言い知れぬ罪悪感と先行きが見えない未来への不安だけ。

 自分では正しい行いをしていると思っていた。

 正しいならば何をしても許されると信じていた。

 その行いの裏でどれほどの人々が怒り悲しみ傷付いたかすら理解していなかった。

 後悔した所で時の流れは不可逆であり、傷付けてしまった人々に今さら頭を下げた所で僅かに溜飲を下げるだけに終わるだろう。

 

「ステファニーがオリヴィアに敵意を剥き出しだったのは平民でありながら優秀なオリヴィアに対する劣等感です。周りの皆から内心で成り上がり者と蔑まれて孤独なステファニーを誰かが認めてやれば引き返せたかもしれない、悪の道に進まなかったかもしれない。僕は家族以外で彼女に一番近い男だったのにそれを怠った。オフリー家に対する嫌悪感そのままでステファニーを見ていた」

「ああはならないと思っていた俺達も同罪だ。いずれ学園を卒業すれば親の地位を継いで婚約者と結婚する。だから在籍中は若気の至りとして許されると思い込んでいた。上級クラスは俺達を含めて国の中軸を担う若者なのに貴族の特権を振り翳す奴らばかりだった。大人しく過ごしていた普通クラスの生徒の方が遥かに礼儀も分別もマシな連中だったと今では思う」

 

 政を執り仕切り、外敵から民を護り抜き、人々の模範となるのが本来の貴族のあるべき理想像。

 先祖の功績や血筋を理由に他者を虐げ傍若無人な行いをする者に誰が敬意を払うのか。

 貴族でありながら礼儀すら覚束ない者達を侮蔑し、心優しいオリヴィアを護る事で自分達が素晴らしい存在になっていると曲解する。

 其れは侮蔑していた平民を虐げる貴族その物だ。

 そして、漸く争いを終えたホルファート王国の影で争いを煽るのは捻じ曲がった価値観を持つ者。

 

「ステファニーの裏に居たのは貴族女性による犯罪結社、通称『淑女の森』です。加えてファンオース公国との戦争に於ける逃亡貴族、公国に通じた背信者、軍紀違反で免職された軍人、取り潰されたフランプトン侯爵派、さらに…」

「其処までしてくれ、要はホルファート王国に不満を持つ奴らの集まりだろう」

 

 開戦から休戦を経てファンオース公国が亡ぶまで約五年。

 喪われた命、消耗した物資、支払った国費は膨大な物となった。

 仮に戦前の状態にまで復興させるのに必要な資金、時間、人材は失った額の倍は必要だ。

 現状の王国にそんな力は残っていない。

 更にホルファート王家とレッドグレイブ公爵家の関係悪化に腐敗貴族や犯罪者の生き残りまで加わったら手が付けられない。

 

「お前の報告書を読んだ。辺境は随分と治安が悪化しているらしいな」

「護国の盾と為るべく一人の騎士として努めてまいりました。それでも辺境は人心が荒れ不満を抱えた者によるいざこざが絶えません」

「状況が悪いのは辺境だけではありません。クリスによると解雇された傭兵が空賊になる、グレッグの証言では王家や貴族が所有するダンジョンを荒らす冒険者が増加。取り締まろうにも人手不足で手が付けられない有り様です」

 

 聞くだけで頭が痛くなる情報である。

 確かに彼らは争いを治め、政に対し優れた才能を持った若者ではあった。

 同時に個人としては優れている若僧に過ぎず、乱れた国を建て直すには知恵も武勇も財力も足りていない。

 

「……最近のオリヴィアはどんな様子ですか」

 

 ブラッドの口から洩れたのは救国の聖女オリヴィアの現状について。

 公国との最終決戦が終わり祝勝パーティーが行われた後、オリヴィアと直接会っていなかった。

 聖女を傀儡にしたい神殿はオリヴィアの行動を制限し、様々な仕事を与え国民からの求心力を増そうと画策している。

 廃嫡され一介の騎士に神殿の象徴たる聖女にお目通りなど許される筈もない。

 

「彼女はよくやっています。精力的に各地を訪ねて戦火で傷付いた人々と交流し得た情報を我々に提供してくれます」

「アルゼル共和国へ視察した際に提供された資料で王国の建て直しと何者かの暗躍と示唆していた。惜しむらくはそうして得た情報を活かす術が今の俺達には無いが」

「ミレーヌ妃殿下に上申されては?」

「母上はオリヴィアの能力は信用しているが個人としては信頼していない。神殿に所属している彼女が国政に口を挟むのは王家の権威を失墜させかねないのを危惧している」

 

 神殿はホルファート王家の正統性を保障し人心を纏める為に創られた物である。

 それがいつしか奢侈の溺れ金と権力を得る為に聖女を過剰に祀り信仰を護る名目で軍事力すら有する。

 特にオリヴィアが戦争で活躍した後から神殿の行いは顕著だった。

 王家に無断で大規模な葬礼を仕切り、戦争で失った戦力を補充するとオリヴィアに惹かれた若者を兵卒に仕立て上げていた。

 国政に介入する神官など不敬の極みと切り捨てられたらどれだけ楽か。

 だが、真っ先にオリヴィアを聖女に仕立て上げたのは五人の若者。

 彼らは此処に至り己の軽率な行いが結果として王家の力を削ぎ、神殿の増長を許した事実に打ちひしがれていた。

 

「優れた献策でも母上はオリヴィアが関わっていると分かれば用いない。採用すればオリヴィアの功績として神殿が触れて回る。王家の面目は丸潰れになる上に民からの信頼を失いかねない」

「だからといって王国の危機を見過ごすわけにはまいりません」

「献策が採用されても実施するのは貴族です。平民だったオリヴィアに貴族に対する影響力は低く、嘗ての後援者はあのフランプトン侯爵。王家派と公爵派のどちらも危険視しているのが現状なんですよ」

「オリヴィアを聖女に祀り上げたのは俺達だ。それが王国の崩壊となるのならば責を負わなくては」

 

 だが解決方法は見つからない。

 既に自分達は家から見放された貴族令息に過ぎず、一個人で解決するには何もかもが足りなかった。

 

コンッコンッ コンッコンッ

 

「入れ」

 

 扉を開き入室した王宮付き使用人が恭しい首を垂れると主君にそっと耳打ちすると、何やら報告を受けたユリウスの顔が苦渋を嘗めたように歪んだ。

 

「分かった、下がっていい」

 

 使用人が一礼して退出すると同席していた二人へ視線を移す。

 その表情から何事かあったのは明白だった。

 

「すまん、急用が入った。久方という程でもないがお前達と存分に語り合いたいと思っていたがそうもいかないらしい。至急出掛けなくて行けなくなった」

「ご同行しますよ」

「そうはいかん、身内の恥を晒しかねん」

「家庭は人類最初の政治という諺もありますが」

「言ってろ」

 

 最近は友と語らう時間すら少なくなった。

 今の自分達には信の置ける仲間があまりに少ない。

 身形を整えると忸怩たる思いを抱えたまま部屋を出て格納庫に向かう。

 用意してあるのは少人数で航行可能な小型飛行船だった。

 

『場合によってはまた母上に失望されるな』

 

 終戦してから初の王宮外に外出するにはあまりに鬱々とした気分だった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「……ユリウス殿下」

「……アンジェリカか」

 

 アンジェが驚いた声が膠着状態の空気を震わせる。

 やっぱそうか、どっかで見たような奴だなと思ったけどマジでユリウス殿下だとは思わなかった。

 同時に面倒事に巻き込まれたって確信が湧き上がって頭が痛くなる。

 何で最悪のタイミングで最悪な事態が起こるんだろう。

 戦争中にも起きて欲しくない時に限って的確に嫌な事が起きる、俺の人生真っ暗闇。

 まさか一国の王子様を睨みつける訳にもいかないし、引き攣った顔面の筋肉を何とか動かす。

 

 一方のユリウス殿下は俺達に遭遇した非常事態に動きを止めてる。

 美男子は驚いた顔も美しいんですね。

 大してモテる容姿じゃない上に顔に醜い傷痕まである俺とは雲泥の差がある。

 神様はいつだって不平等だ。

 持ってる奴はなんでも持ってるのに持ってない奴は必死に生きる為に必要最低限の物しか与えてくれない。

 イケメンで強くて賢くて王子様って人生チョロ過ぎるだろ。

 何か一つ俺にも分けてくれ。

 俺の隣に立っているアンジェは警戒しまくってる上に殿下は驚き過ぎて固まっていた。

 

 正直めちゃくちゃ居心地が悪い。

 美男美女な王子と公爵令嬢の元婚約者同士と田舎者の醜男貴族ってどう見ても俺が悪役じゃん。

 これから二人は仲直りしてアンジェは子供達を引き取ってバルトファルト家を出る、捨てられた俺は家に閉じこもり寂しい余生を過ごしましたとさ。

 そんな噂好きな貴族のご婦人方が楽しみそうな噺が思い浮かんだ。

 

 泣きたい。

 でも、この空気をどうにかしなきゃいけないだろコレ。

 此処で大人しく引き下がる腰抜けだったら俺はアンジェの旦那の資格が無いもん。

 いっつも俺は貧乏くじばっか引き当てる、神様の馬鹿野郎。

 

「お久しぶりですユリウス殿下、戦勝パーティー以来ですかね。今日はまたどんなご用件で?」

 

 敬語も礼儀も糞も無い。

 思いっきり慇懃無礼な口調と態度で二人の間に割り込む。

 妊娠中のアンジェに何か起きたらマズいから、いつでも俺が盾になるように備える。

 

「……久しいなバルトファルト。今日は何用があってローズブレイド領に?」

 

 やっと口を開いたユリウス殿下は俺達に尋ね返して来た。

 どうやら俺の質問には素直に答えてくれないみたいだ。

 正直何を言ってもボロが出そうだけど、アンジェが何も出来ないなら頑張るしかない。

 帰りてぇ。

 今すぐローズブレイド邸に戻って家族全員連れ帰りバルトファルト領に引き籠りたいよ。

 

「見合いの付き添いですよ。ローズブレイドのお嬢様とうちの兄貴がちょうど今見合いの最中でして」

「ならばどうしてその場に居ない。街へ出歩く必要が何処にある」

 

 ですよね。

 付き添いで来たのにその場に居ないのはどう考えても不自然過ぎる。

 兄さんを放り出して街をうろつく理由なんて無い。

 どうしたもんか?

 嘘で誤魔化すより正直に答えた方が良さそうだ。

 そもそも俺達は好きで出歩いてる訳じゃない。

 この先で待ってる人に呼び出されて来たんだよ。

 あれ?じゃあ俺達なんも悪くないじゃん。

 文句があるならその人に直接言ってくれ、もう知らんぞ俺。

 

「ユリウス殿下、腹を割って話しませんか?」

「いいだろう」

「見合いは本当です、ただ此処へは他の目的があって来ました。逆にお尋ねしますが、殿下が此処に来たのは偶然ですか」

「偶然と言えば偶然だ、目的地を俺は知らなかった。後を追跡したら此処へ辿り着いただけだ」

 

 さっきの反応から俺達が来るのを想定してなかったのはマジだろう。

 わざわざ邪魔するつもりなら俺達が来る前に妨害できた筈だ。

 

「俺達を傷付ける気はありませんか?」

「そんなつもりはない。神に誓ってもいい」

 

 俺個人としちゃその言葉を信じたいんですけどね。

 アンジェとユリウス殿下の関係を知ってるとどうにも信用できないんですわ。

 今の俺は丸腰だけど、ユリウス殿下も脇下や腰回りを見た限りじゃ武装してる気配は無い。

 ユリウス殿下の肉弾戦の実力は分からないけど、不意を突いてアンジェを逃がすぐらいはどうにか出来そうだ。

 

「分かりました。俺達はこの先の宿にいる御方に会う予定です。ユリウス殿下もその方に目的でしょう」

「そうだ」

「ユリウス殿下がどうなるかはその方が決めるでしょう。俺達に決定権はありません」

 

 どうも俺達が来る事をユリウス殿下は本当に知らなかったらしい。

 なら話はここで終わりだ。

 別に俺達が協力しなくても今のホルファート王国の情勢に変わりはないだろうし。

 そもそも呼び出されたのは俺達の方でユリウス殿下が来るなんて知らされてなかった。

 つまり俺とアンジェは悪くない、うん全く悪くないな。

 

「アンジェ、大丈夫か?」

 

 相変わらずアンジェは固まっている。

 ただ顔色は良くなってるし震えてもいない。

 頬を軽く撫でてみる、スベスベした肌と指を押し返す弾力が気持ちいい。

 このままイチャイチャしたい、いっそ約束を放り出してデートしようかな。

 ユリウス殿下が来たのは向うの不手際だもん、俺は悪くない。

 

「大丈夫、私は大丈夫だリオン」

「いいのか?無理なら帰ろう。叱られるぐらい何でもない」

「お待ちさせては申し訳ない。何より此処で引くのは性に合わん」

 

 気が強いのは構わないけど無理しないか心配してるんだけどなぁ。

 追い込まれると変に意地を張るのがアンジェの悪い所だ。

 仕方ねぇ、俺が頑張りますか。

 気が強い嫁を持つと旦那は苦労が絶えません。

 

 

 受付で手続きを済ませてしばらく経つと体格の良い男が来た。

 腕の良い護衛だな、身のこなしが軍人のそれだ。

 俺とアンジェの他にユリウス殿下が同行してるのに随分と戸惑ってる。

 この国の王子の顔を知ってるんだから王宮勤めなんだろう。

 躊躇いながらも部屋まで案内される。

 

 ユリウス殿下とアンジェは相変わらず何も喋らない、沈黙が重くて気まずい。

 王子と公爵家の娘と田舎の半分平民みたいに育った成り上がり者じゃどう考えても俺が場違いだ。

 こんな場面で小粋な冗句を口に出来る奴が出世できるんだろうけど、それがやれる位のセンスと胆力は俺には無い。

 

 とりあえず不測の事態に備えてアンジェとユリウス殿下の間に立つ。

 俺達に何かしようとする気は無いだろうが念の為だ。

 一方で二人は俺越しにチラチラ互いを見てる。

 昔を懐かしんでるんじゃなくて何をどうしたら良いか戸惑ってる感じだけど。

 ここから関係修復してアンジェがユリウス殿下に再嫁するとか言い出したら死ぬ。

 俺が死ぬ。

 田舎で苦労させるより王都で王族と結婚した方が幸せってアンジェが言い出したらそりゃそうだと俺だって思う。

 俺にはアンジェが必要だけどアンジェにとって俺が必要か?と誰かに訊ねられたら何も言い返せないもん。

 

 むしろ言い争いしてくれた方が数段マシだ。

 それなら俺も気兼ねなくアンジェを庇えるし。

 アンジェとユリウス殿下が婚約破棄したのは知ってるけど、だから殿下を嫌えるかと言われると難しい。

 ゾラ達みたいに俺や家族に直接危害を与えたか。

 あの緑髪がアンジェを罵ったみたいに目の前でやったら俺だって怒る。

 

 でも俺が知ってるユリウス殿下はまぁ普通のお偉いさんだ。

 生まれと育ちのせいか多少は鼻につく部分はあったけど許容範囲内だし、戦争中にオリヴィア様と仲間達が活躍してなかったら俺は死んでた可能性が高い。

 前にアンジェの婚約破棄の原因になったオリヴィア様と話したけど綺麗で優しい女性だった。

 アンジェと対立していたからってそいつの性格や態度を見ず無条件で嫌えるほど俺は単純な頭じゃない。

 婚約破棄の現場に居なかった俺が他人から聞いた話でユリウス殿下を怨めるならこんな気まずい空気を味わってない。

 よく知らない好きでも嫌いでもない相手を憎む奴が多いから争いが悪化する。

 戦場で公国軍と戦いはしたけど、だからと言って公国の奴らを皆殺しにしたい訳じゃない。

 

 俺にとって一番大事なのは家族、家族を護る為に命を張って戦えるし卑怯な作戦も選べるけど敵だから女子供まで情け容赦なく命を奪うのは御免蒙りたい。

 アンジェや子供達を愛してるけど妻子の為に誰かを追い落として悲しませるのは躊躇する小心者が俺です。

 きっと世間の女の子は自分に味方して何でもやってくれる男が好きなんだろうな。

 つくづく俺はモテない性格をしてる。

 アンジェに見限られたらもう誰も嫁に来てくれないだろう。

 

 必死に沈黙を我慢し続けて目的の部屋まで案内される。

 長かった、此処に来るまで相当精神を擦り減らしたぞ俺。

 案内してくれた護衛がドアの前に立ってる同僚と何か会話してる。

 チラチラとユリウス殿下をチラ見してるからあいつらにもこの事態が予想外だったらしい。

 

「どうぞ」

 

 俺とアンジェは軽くボディチェックをされけどユリウス殿下は特に何もされてない。

 ユリウス殿下が先に部屋へ通された感じからどうやら同席するみたいだ。

 この後の会談が上手くいかなくても俺のせいじゃないからな。

 何故かローズブレイド邸でお見合いしてる家族の顔が思い浮かんだ。

 こっちはヤバいけど向こうも上手くいきそうにない。

 どうしてうちはいつも困難が舞い込むんだか。

 気合を入れるような素振りで息を吐く、溜め息が大量の吐息と一緒に放出された。

 アンジェの手を握ってやりたいが流石に目上の前じゃそれも出来ない。

 本当に出世なんてするもんじゃない。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 通された部屋の中はかなり豪華だった。

 まぁ、基準が田舎のバルトファルト領な上にうちの宿泊施設の上客用の部屋なんてアンジェの実家に比べたら厩みたいなもんだけど。

 案内を終えた護衛はそそくさと退室し中には俺とアンジェとユリウス殿下、そして俺達を呼び寄せた人だけが残っている。

 優雅に椅子に座っている女性へ拝礼して言葉を告げる。

 

「この度は拝謁の機会をいただき恐縮に御座います。リオン・フォウ・バルトファルト子爵、ミレーヌ・ラファ・ホルファート妃殿下のお呼び出し応じ参上仕ります」

「子爵夫人アンジェリカ・フォウ・バルトファルトも此処に。再び拝顔の機会を設けてくださった妃殿下の御慈悲に感謝の念に堪えません」

「苦しゅうない、面を上げよ」

「「はっ」」

 

 形式上の挨拶は済んだ、問題は此処から。

 ユリウス殿下が居るこの状況はミレーヌ妃殿下にとっても予想外の筈だ。

 下手に動いて勘気に触れるのはマズい、取りあえず様子見として顔を上げた。

 王都の催しで何度か遠巻きに見た事があるけどミレーヌ妃殿下の外見は随分と若々しい。

 もう四十歳に近い筈なのにユリウス殿下と年が離れた姉弟と言われてもおかしくない。

 脳裏にうちの母親のぽっちゃりした体型が思い浮かぶ。

 やっぱ環境と食べる物が若さの秘訣かね?

 

「堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。楽にしなさいバルトファルト卿、アンジェ」

「はい」

「わかりました」

「久しぶりねアンジェ。息災かしら」

「ミレーヌ様も御変わりないご様子で」

「こっちは相変わらずよ、そっちがアンジェの良い人?」

「改めまして。リオン・フォウ・バルトファルトです妃殿下」

「活躍は聞いていますよバルトファルト卿」

 

 多少は緊張が解れる。

 妃殿下は思いの外気安い人柄みたいだ。

 プラチナブロンドの髪と碧眼が生まれついての王族らしい美しさで近寄りがたいけど、こう気安く対応されると別の意味で緊張してしまう。

 そんな事を考えてると横っ腹に何かが触れた。

 横目で確認するとアンジェが何度も肘で俺を小突いてる。

 いや、仕方ないじゃん。

 相手はこの国の女で一番偉い人だよ、無下にしたらこっちの首が飛ぶ。

 

「じゃあ、茶飲み話がてら前の続きを話し合いましょう」

「妃殿下」

「この宿の名物菓子はなかなか美味しくて王家がわざわざ取り寄せるぐらいで私も気に入ってるの」

「……妃殿下」

「流石に一人じゃ食べきれないけど三人なら丁度良い大きさになるはずよ」

「母上!!」

 

 前言撤回。

 王妃様、自分の息子をガン無視です。

 息子に一切目もくれず俺達との会話を進めた。

 怖い、この王妃様怖い。

 

「あら、いつからそこに居たのユリウス?仕事を放り出すなんて感心しないわ」

「最初から居ました。わざとらしく無視するのは止めていただきたい」

「私は所用があってローズブレイド領を訪ねました。バルトファルト卿とアンジェを呼び出したのは私です。寧ろ貴方こそ何用で此処へ?」

「私も役目があって此処に居ます。決して遊びや興味だけじゃありません」

「その役目とは一体何?」

「…言えません」

「母にも言えない役目ですか?」

「……言えません」

「ではホルファート王国王妃としてユリウス王子に問い質します。貴方の目的を速やかに述べなさい」

「言えぬと言ったら言えません」

 

 頑なに黙秘を貫くユリウス殿下、そして冷たい瞳で我が子を見つめるミレーヌ妃殿下。

 この母子に比べたら俺と姉貴や妹の関係なんて子犬のじゃれ合いだ。

 ミレーヌ妃殿下が質問に答えない息子を睨み続ける数十秒、呆れたように溜め息をついた。

 

「陛下ね、こんな事を仕出かすのはあの方しか居ないわ」

「……申し訳ありません。内密に進めよと陛下が仰られたので」

「あらまぁ、何が目的なのかしら?私の素行調査でもするつもり」

「追跡するつもりはありませんでした。母上が時折王宮から姿を消しているのが気になりまして。いざという時の為に行動を把握する必要がありました」

「あれだけ若い娘達を口説いておきながら妻の貞操を疑うなんて。まず御自身の振る舞いを正せばよろしいのに」

「母上は何用でローズブレイド領に?」

「そうねぇ。例えば若いバルトファルト卿に熱烈に口説かれて火遊びしたくなったなんてどうかしら?アンジェも交えて三人で色に溺れるのも悪くないわね」

 

 部屋中の視線が俺に向けられた。

 止めてくださいミレーヌ妃殿下、冗談にしては笑えません。

 アンジェ、俺は人妻に手を出す趣味はないからそんな目で睨むな。

 ユリウス殿下、俺は死にたくないから王妃に手を出すなんて真似はしませんよ。

 

「……ミレーヌ妃殿下、お戯れはご勘弁ください。皆が本気にしたら取り返しがつきません」

「そうみたいね、ごめんなさい。アンジェも安心しなさい。貴女から夫を奪うつもりは無いわ」

「冗談にしては悪趣味が過ぎますミレーヌ様」

「夫婦仲が良さそうだから揶揄っただけよ。これも私と陛下が上手くいっていない八つ当たりと思って我慢しなさい」

「欲求不満のストレス解消ですか?」

「そうかもしれないわね」

 

 何か男連中を差し置いて女の戦いが始まりつつある。

 これ以上話が逸れない内に軌道修正しないと変なとばっちりを受けかねない。

 

「本来はミレーヌ妃殿下と我が妻の話し合いの予定でした。私は単なる付き添いに過ぎませんから安心してください殿下」

「……信じよう。母上と卿の不貞を疑うほど目が曇っているつもりはない」

「ありがとうございます」

 

 ユリウス殿下もいろいろと苦労してるのかもしれない。

 きっちり話し合えたら友人にはなれなくても話し相手ぐらいは俺でも務まりそうだ。

 

「母上はアンジェリカと何を話し合うつもりですか?」

 

 母親と元婚約者が密談してたらそりゃ気になる。

 政治に関わる事なら尚更だ。

 俺はろくに政治も出来ない成り上がり者だけどアンジェが地獄に堕ちるなら最後まで付き合うつもりだけど、王位継承権を下げられたユリウス殿下が加わって何かが変わる可能性は低いと素人判断でも感じる。

 

「それを聞いて貴方はどうするつもり?」

「叶うなら同席を願います」

「同席しても良いけど覚悟はお在り?何の力も無い自分に絶望するかもしれないわ」

「……分かりません。ですが、知ろうともしない事は論外だと考えます。浅学非才なれどホルファート王家の者として為せる事はあるかと」

「口では何とでも言えます。聞けば後戻りは出来ません。これは王妃としてではなく母としての警告よ」

「気にするべき体面など今の俺にはありません。今ある国の危機を座視するは王族の資格無きと存じます」

「……何で今になってやる気を出すのかしら」

 

 説得に失敗したミレーヌ妃殿下が椅子の上で天を仰いだ。

 

「……同席を許可します。但し余計な口を挟むなら即座に叩き出しますから忘れないように」

「ありがとうございます」

 

 どうやら話し合いの人数は四人に増えたらしい。

 王妃、王子、元公爵令嬢、成り上がり者の下級貴族。

 ……どう考えても俺不釣合いだよな?

 何でこの場に居るんだろう。

 何かの役に立つなんて正直思えないんですけど。

 公爵令嬢を妻にしたからか?

 家族を質に取られたようなもんだ、逃げ出そうにも逃げられない。

 仕方ない、アンジェと家族の為にひと踏ん張りしますか。

 神様はいつも俺を酷い目に合わせて楽しんでやがる。

 おうち帰ってあったかい布団で寝たい。

 リオン・フォウ・バルトファルト、これよりホルファート王国の政争に参陣します。

 腹を括って俺は戦場とは違う争いに加わった。




ステファニーに関して本編やマリエルートより少しだけブラッドとの関係を深めました。
死刑より終身刑の方が救いになるのかは分かりません。
原作のリオンは目の前で婚約破棄されたアンジェに同情し謝った正義感を振り翳す五馬鹿に起こりました。
今作のリオンが出会ったのは聖女になったオリヴィアに更生され比較的真っ当に成長した五人です。
過去に親しい人へひどい仕打ちをしたけど更生した、自分が知らない所で傷付けた人を無条件に憎むのはなかなか難しい。
二重処罰の是非は過ちを犯した人に対する過剰な抑圧になりかねません。
そうしたリオン・アンジェ・ユリウスの蟠りが完全に無くなるまでもう少し時間がかかります。

追記:依頼主様のご依頼でmayoni様、ちーぞー様、tobio様に挿絵とイラストを描いて頂きました。ありがとうございます。
mayoni様https://www.pixiv.net/artworks/113019566
ちーぞー様https://skeb.jp/@chizodazou/works/23
tobio様https://www.pixiv.net/artworks/113126030(声優ネタ注意

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