婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第41章 縛鎖

「中々に出来の良い御子息たちですな。バルトファルト家の将来は約束されたような物です」

「いえいえ、まだまだ至らない部分が多くてお恥ずかしい限り」

 

 さっきから父さんとローズブレイド伯爵だけが会話を続けてる。

 伯爵がやたら俺を持ち上げる度に父さんが恐縮した顔で否定するのを繰り返す。

 逆に母さんは事の重大さに気付いてないのかニコニコと相手側の席を眺めている。

 不可解なのはドロテアさんだ。

 さっきからチラチラととこっちに視線を向けるがすぐに逸らしてしまう。

 横にいる伯爵夫人が必死にドロテアさんの背を擦ってるが体調でも悪いんだろうか?

 

「そろそろ我々は退室しますかな。後はニックス君とドロテアに任せましょう」

「わかりました」

 

 そう言って立ち上がる四人、これからこの部屋に二人きりにされる。

 猛獣と一緒の檻に閉じ込められたような不安感に視線を上げると立ち上がった父さんがジッと俺を見ている。

 

『いいか、絶対に面倒な事を起こすよな』

 

 視線がそう告げていた。

 いや、無理だって。

 相手は伯爵令嬢なんだぞ。

 うちみたいな辺境の貧乏貴族が逆立ちしたって敵う相手じゃない。

 伯爵がその気になれば無理やりドロテアさんと結婚させられるんだぞ。

 断ったら今後どんな嫌がらせをされるか分からないし、そもそも結婚した後にバルトファルト家(うち)をどうにでも出来る。

 彼女が俺や家族に虐げられたと嘘をつくだけで一方的に俺達が悪者にされるのがオチだ。

 

 この見合いは最初から詰んでる。

 どう足掻いても俺に拒否権は無かった。

 一方の伯爵は何やらドロテアさんに耳打ちしている。

 口元を抑えてどんな事を言ってるか分からないがあまり期待しない方が良さそうだ。

 ようやく会話を終えたらしい伯爵が俺の顔を見る。

 何か悲し気な顔で俺を見てるけど、これはあれか?

 

『可哀想に、これから君はウチの娘に酷い目に合わされるよ』

 

 って死刑宣告か?

 退室する四人の背中が扉の外に消えていく。

 父さん母さん、お願い一人にしないで。

 ガキの頃に真夜中に一人で便所に行った時みたいな心細さ。

 腹の下で内臓が痛みを訴えてる、尿意とも便意とも違う痛みだ。

 

 ちくしょう、どうしてこんな事態に。

 何とか穏便に断らないと。

 俺の背にバルトファルト領で生きる領民総ての命が懸かってる。

 息を整えて正面からドロテアさんを見つめる。

 相変わらずの美人さんだなこの人。

 前に会った時とは違って今日は随分とお淑やかな装いだ。

 夜会じゃ夜の華みたいに遠くからでも目を惹く派手なドレスだったけど、今日は随分と落ち着いた色合いのワンピースドレスを着こなしてる。

 まぁ生地の質感やら縫い込まれた装飾と刺繍からえらい金額を費やしてるのが女性服に疎い俺にも分かる。

 アンジェリカさんもそうだけど美人のお嬢様ってのは何を着ても絵になるからずるい。

 

 ただドロテアさんの反応が前とは全然違う。

 夜会の時は俺だけじゃなく他の奴らに対しても関わるのを拒んでるみたいな見えない壁が存在してた。

 態度だって何も興味が湧かないような気怠げな雰囲気を漂わせ、全てをそこら辺の石ころみたいな視線で見ていた。

 今日の彼女はとにかく変だ。

 借りてきた猫みたいに大人しくてずっと俯いて俺の方をチラチラ窺うけどすぐに視線を逸らす。

 時々体を震わせて何かしようとするのに手を擦り合わせたまま何も喋らない。

 

 これはあれか。

 流石に夜会の行いが伯爵にバレてお叱りを受けたか。

 今日の見合いは謝罪の意味もあるのかもとアンジェリカさんが言っていた。

 なら、俺にもまだ勝機はある。

 お互いに謝ってこの馬鹿げたお見合いをさっさと終わらせ家に帰る。

 後できちんと誠意を込めたお断りの返事を送ればローズブレイド家も仕方ないと諦めるだろう。

 俺が生き残る道はこれしかない!

 

「あの、ドロテアさん」

「ひゃっ、ひゃい!!」

 

 あ、舌噛んだこの人。

 随分と焦った様子で挙動不審だ。

 顔が真っ赤だし視線は定まってなくて本当に体調が悪いのかもしれない。

 流石に弱ってる女を自分の都合のいい様に誘導するのは後味が悪い。

 

「大丈夫ですか?具合が悪いなら誰かを呼んで来ま……」

「結構ですッ!!平気なのでご安心をッ!!」

「そ、そうですか……」

 

 凄い勢いで拒否された、そんなに嫌だったか。

 まぁ仕方ないか。

 あんな事を言われて怒らないお嬢様は居ないだろうし。

 

「ドロテアさん、先日の夜会では大変失礼しました。夜会での不適切な発言をお詫び申し上げます」

「そんな畏まった態度を取らなくても結構ですわニックス様」

「後でローズブレイド伯爵にもお詫びします。今日はわざわざ機会を与えてくださり感謝します」

「どうか頭を上げてください」

「貴女も俺みたいな男と見合いなんてしたくなかったでしょう。あの時はつい言い過ぎてしまいました。今後は酒を断とうと思っています」

「ニックス様がそこまでする必要はありません」

「両家が諍いを起こさない為にもきちんと和解すべきです。ドロテアさんからこのお見合いを断ってくれたら貴女やローズブレイド家の面目も保てます。どうかこの縁談を断ってくれてかま」

「嫌です!!」

 

 引き下がろうとしたら全力で止められたぞ。

 もしかして謝罪だけじゃ足りなかったか?

 必要なのは金か?土地か?

 公国との戦争が終わってもバルトファルト家はあんまり裕福じゃないから無茶な慰謝料は避けたい。

 何とか減額交渉して断らないと。

 

「ドロテアさん、バルトファルト家は代々辺境で細々と血を繋いできた弱小貴族です。金を稼いで何とか男爵位を貰って、弟が手柄を上げたから未開拓の浮島を授かりました。噂に名高いローズブレイド家と比べたら家格も財力も違い過ぎます。これじゃどう考えても上手くいく筈ありませんよ」

「……私との縁談はご迷惑でしたか?」

 

 『はい』という返答が喉元から出掛かったが何とか圧し留める。

 国から新しい領地を授かったと言っても未開拓の浮島だ。

 規模こそ以前のバルトファルト領より広いが発展具合を比較すりゃ下手したら前の方がマシかもしれない。

 温泉って資源があるからどうにか成り立っているけど、普段はリオンや俺が平民に混じりながら開拓の指揮を執ったり商会の連中と交渉をしなきゃいけない程度には苦労も多い。

 こんな城みたいにデカい屋敷に住んでドレスを身に纏うお嬢様に未開拓の土地で泥に塗れる生活なんてとても耐えられないだろう。

 リオンとアンジェリカさんが特殊なケースだって事ぐらい俺にも分かる。

 下手をすりゃ父さんとゾラみたいな夫婦関係になる可能性は高い。

 だったら最初から理解ある下級貴族か平民の嫁を貰った方が後々面倒にならずに済む。

 

「他に好いていらっしゃる女性がおられるのでしょうか?」

「ハハッ、そんな酔狂な女に巡り合った事は今まで一度もありませんよ」

 

 確かに学園は釣り合いの取れた相手を見つける婚活の場としては打って付けだった。

 目星い女性は何人かいてそれとなく交際を申し込んだが、うちの事情に理解がありそうな裕福な平民の女の子や下級貴族のお嬢様はあっという間に別の相手を選んだ。

 普通クラスでさえそうなんだから上級クラスに所属していた伯爵家のお嬢様なんて対象外だ。

 後から不満を口にされるよりもこの場でバルトファルト家の事情を全部話して断ってもらうのが最善策だと考える。

 

「……つまりニックス様は現状ではお付き合いされている女性は居ないのですね?」

「ええ、その通りです」

 

 愛想笑いを浮かべつつ悲しい現実を肯定する。

 そうですよ、嫁になってくれる女を探してますよ。

 ただ俺に縁談を申し込む誰もがリオンが目当てだけど無理だから仕方なく俺を選んでるだけです。

 相思相愛までは求めてないけど、少なくても俺という人間をきちんと認識してくれる相手と結婚したいんだよ。

 

「あぁ、なんて僥倖でしょうか」

 

 ドロテアさんが急に変な事を言い出した。

 何処が僥倖だよ、不幸だよ。

 モテない男の辛さ悲しさなんて夜会でモテモテなお嬢様に分かるわきゃないだろ。

 俺がモテないのを喜ぶなんてやっぱり夜会の暴言を怨んでるだろ貴女。

 

「私、先日とても気になる殿方に出会いましたの」

「へ、へぇ。そうですか。それは良かった」

 

 頬に手を添え身悶えするドロテアさんはかなり色っぽい。

 こうして見ると本当に外面だけは途轍もない美人さんではある。

 悪寒がして体が震えたのは気のせいだと思いたい。

 

「その殿方は素気無く私に応対されて。あんな経験、初めてでした」

「そ、そうなんですか」

「これまで私に言い寄る殿方は伯爵家の財産や名が欲しいか、単に私の外見を気に入ったかのいずれかです。そんな愚物に傅かれても迷惑以外の何物でもありません」

「……」

「周囲の視線が少なかったとはいえ私に臆する事無く毅然とした態度を貫かれ批判なされたその御姿、とても凛々しく今も両の眼に焼き付いて消えませんわ」

 

 うっとりとした表情で俺をジッと見つめるドロテアさんが怖い。

 これアレだ、絶対に俺を怨んでるだろ。

 ちくしょう、やっぱりこんな所来るんじゃなかった。

 俺はこれからこの女に弄ばれる運命なんだ。

 

「ニックス様、理想の夫婦ってどんな関係だと思いますか?」

「理想の夫婦ですか」

 

 何か突然訳の分からん質問してきたぞ、どう答えるのが正解なんだ。

 どんな答えでも難癖を付けられそうな気がする。

 正解しても助かる見込みが無さそうなのが本当にひどい。

 

「俺は夫婦がお互いを労って協力するような関係だと思います。少なくても俺の両親はそうでした」

「まぁ、お父様とお母様はとても仲睦まじいのですね」

 

 まぁ、父さんと母さんが仲良くなきゃゾラみたいな糞貴族の糞女に長年虐げられながら子供五人も産んで育てられなかっただろう。

 成長すると両親がイチャついてる光景はかなり精神に悪かったけど。

 リオンとアンジェリカさんの夫婦もそんな感じだ、本心ではめっっっちゃ羨ましい。

 

「ですが私が理想と考える夫婦像は違うのです。世間一般から見て私の考えが些か異端なのは承知していますけど、それでも私は理想を追うのを止められないのです」

「……それはどんな?」

 

 聞きたくない。

 絶対に聞きたくない。

 どうせろくでもない答えだと理解できる。

 なのに恐怖とほんの少しの好奇心からつい尋ねてしまった、俺の大馬鹿野郎。

 

「私の考える夫婦の理想像とは相手を想いつつもどちらが夫婦間の主導権を握るか競い合う男女です。相手を屈服させる為に己を高め、互いの成長を促し常に切磋琢磨し合う存在。延いてはそうした関係こそ領地に繁栄を齎すと私は思うのです」

 

 ダメだ、この人が何を言いたいのか全然分からん。

 屈服?切磋琢磨?

 何でそんな剣呑な言葉が夫婦関係に出て来るんだよ。

 

「先程も申し上げたようにこれまで私に言い寄る男共は媚び諂って関心を得ようとする愚物、或いは私を手中に収めようと思いはすれど私と競い合い己を高めようとすら思わない怠惰。そんな輩ばかりです」

「…………」

「あの夜会の折りにニックス様が仰った御言葉!!私の耳朶を揺らし脳へ届きました!!もし録音できたなら繰り返し聞いていたい程に貴方に恋焦がれました!!ニックス様こそ私の理想とする男性だと確信しております!!」

 

『その下品な中身を取り繕ってないで少しは人間として真っ当な感性を磨きやがれ!』

『お前の取り柄なんて外見と親の身分だけだ!』

 

 アレか?あの言葉のせいか?

 どうやらキレた俺の暴言はこのお嬢様の心を射止めたみたいだ。

 何故そうなる?

 上級貴族は金と権力に飽かせた特殊性癖の持ち主が多いらしいが、このお嬢様はとんでもない変態のようだ。

 頭痛がしてきた、今すぐこの場から逃げ出したい。

 どうしてこうなった。

 

「誤解ですドロテアさん。あの時の俺は貴女の身分を知らなかっただけなんです。もし伯爵家の方だと分かっていたらあんな口は叩かなかった」

「謙遜しなくてもよろしいのです。例えそうであったとしてもニックス様が素晴らしい殿方である事実に変わりはありませんわ。ニックス様をお慕い申しております。どうか婚約を前提に私とお付き合いくださいませ」

 

 顔を赤らめて告白するドロテアさんはとても美しい。

 美しいけどとてもじゃないが付き合いきれない。

 俺の理想は穏やかに愛し合う夫婦、ドロテアさんの理想は激しく競い合う夫婦。

 どう考えても俺と対極で相性が悪いだろ。

 無理無理無理無理。

 絶対にこの縁談が上手くいく筈ない。

 

「細やかですがニックス様に贈り物が御座います。受け取っていただけたら嬉しいのですが」

 

 何か丁寧に包装された箱を取り出したぞこの人。

 嫌な予感がビンビンする、絶対にろくな品じゃないだろ。

 でも目上の女性からの贈り物を断ったら批難されるのは男の方だ。

 主導権争いって言ってるけどずっと俺が振り回されっ放しだぞ。

 もし結婚したらこれから死ぬまで続くのか?

 とてもじゃないが身が持たない。

 諦めて恐る恐る箱のリボンを紐解く。

 嬉しそうに見つめるドロテアさんの視線が痛い。

 ゆっくりと箱を開けると中には何やら黒い革と金属が絡んだ得体のしれない何かが入っている。

なぁにコレ?

 俺の戸惑いを余所にドロテアさんはモジモジと身悶えしながら視線を送ってくる。

 どう反応したら良いんだ。

 

「……お気に召しませんか?」

「いえ、その、何でしょうか?すいません、首輪にしか見えませんが」

「はい、その通りです。今日この日の為に最上の材料を取り寄せ専門の職人に加工して貰い、ネームプレートにニックス様の御名前を刻印済みです。さらに高性能な発信機を内蔵しているのでニックス様がホルファート王国の何処にいるかすぐに把握できます」

 

 夜会で雌犬呼ばわりしたの絶対に恨んでるだろ。

 これは『アンタなんか私の飼い犬にしてやる!』って意思表示か?

 それとも王都の上級貴族で流行ってる小粋で退廃的で冗談?

 

「もちろんニックス様だけでは御座いません。全く同じ仕様な私専用の首輪も用意しております」

 

 ドロテアさんが懐から大きさこそ違うが全く同じデザインの首輪を取り出した。

 わぁ、キラキラと光を反射する鎖がとても綺麗ですね。

 其処までにしておけよ、ドロテア・フォウ・ローズブレイド。

 見合いの場で特殊性癖を曝け出すな。

 

「私達、きっと素敵な夫婦になれると思います♥」

 

 会話は出来るけど致命的に何かが噛み合ってない。

 どう考えても俺が獲物でドロテアさんが捕食者だ。

 蕩けた表情で舌舐めずりする彼女の顔を見て俺は声にならない悲鳴をあげた。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 挨拶を済ませた部屋の奥には客間らしき別室が用意されていた。

 テーブルの上には菓子と茶器一式が並べられ、ソファーの上には柔らかそうなクッションが備えられている。

 ミレーヌ様が座るとその隣にユリウス殿下が、反対側に私とリオンが座る。

 尻下でクッションの何処までも沈み込みそうな柔らかさが心地良い。

 出来れば子供達用に同じ品が欲しいとぼんやり思った。

 リオンが茶器を使って皆に配る茶を淹れ始める。

 何処で学んだのか知らないがリオンは茶を淹れるのが上手い。

 無論、専門職や王宮付きの使用人に及ばないが普段嗜む分には遜色ない腕前だ。

 全員に茶が行き渡り改めて室内を見渡す。

 

 王妃ミレーヌ・ラファ・ホルファート妃殿下。

 王子ユリウス・ラファ・ホルファート殿下。

 リオン・フォウ・バルトファルト子爵。

 そして私アンジェリカ・フォウ・バルトファルト子爵夫人。

 密談と言うにはあまりに各々の思惑が違い過ぎる。

 ミレーヌ様は国内情勢の殆どを把握している。

 ユリウス殿下は戦場に於いて無類の強さを誇っている。

 

 一方で私が王妃教育を受けていたのは五年以上も前であり、リオンは決して愚鈍ではないが政に関してまだまだ未熟だ。

 下手に振る舞えば容易く其処を突いて来るのがミレーヌ様の恐ろしさだ。

 失態を犯せばバルトファルト家は勿論レッドグレイブ家まで問題が波及し、最悪の結果は国を割る内乱だ。

 無論、それは双方が回避したい事態ではあるが自分にとって有利な条件という前提に於いてだ。

 妥協と譲歩は似て非なる物だから慎重に言葉を選び選択しなくてはならない。

 

「ユリウス、貴方はどうして此処に来られたの?」

 

 同席を許しはしたがミレーヌ様にとってユリウス殿下が此処を訪れたのは不測の事態らしい。

 嘗ての私から見ても殿下の政治力は王族として至らない部分が数多く存在していた。

 現在は成長なされているとは思うがミレーヌ様に匹敵するとは到底思えない。

 

「母上に贈ったペンダントに仕込んだ発信機を頼りに追跡しました。戦争中に父上が俺達を追跡する為に使用した逸品です。国内でしたら妨害されない限り正確な座標が分かります」

「まったく…、貴方が私に珍しく贈り物なんてするから何事かと思ったけれどそんな裏があったなんて」

「申し訳ありません、父上からの御命令でいざという時の為に母上の行動を把握する必要があったもので」

「今後はこのような真似は控えなさい。善意からでも相手の信頼を損なう行為です。私の行動が気になるのなら率直に尋ねなさい」

「母上とどう接したら良いか分からなかったもので。父上は戦況の把握に便利だと仰っていました」

「その結果がアレ(・・)?伊達や酔狂でそんな真似をするなら優先すべき仕事があるでしょうに」

「仮面の騎士は皆のピンチに駆けつける謎のヒーローです、謎めいたヒーローに下準備は不可欠かと」

「ローランド陛下は不審な仮面の騎士と関わり合いがあるんですか?」

「何か知ってるのかリオン?」

「戦場で何度か謎の騎士に出会った。一回目は俺達の危機に突然現れて加勢してくれた。二度目は傭兵として雇えないか交渉しようとしたけど拒否された。三回目は捕まえようとして逃げられた」

「どんな阿呆だ、そいつは」

「捕縛しようとしてからは会ってない。あんな怪しくて強い奴が敵に回ったら厄介だから取り敢えず見かけたら捕まえるように通達してから俺達の前には出て来なかった。いったい何者なんだろうな?」

 

 ミレーヌ様とユリウス殿下が何やら渋い表情を浮かべている。

 そんなに戦局をかき乱されたのが腹立たしかったのか。

 

「おほんッ、その不審者についてはどうでも良いです。アンジェ、貴女が作った草案は?」

「此方にご用意してあります」

 

 持って来たバッグから封筒を取り出す。

 入っているのはオリヴィアが提出した資料と草案を私が修整と改善を施した物だ。

 あの慰霊祭の後にオリヴィアに渡された草案を私が持っていた知識と繋ぎ合わせ修正した一部をミレーヌ様に送った。

 たった一部分の修正だが戦後復興の一助となれば良い、ホルファート王家とレッドグレイブ家の関係修復の為にミレーヌ様と会う機会を得る為の行動だ。

 

 その結果、義兄上の縁談が持ち込まれたのと同時にこの場に招待する手紙が送られて来た。

 高位貴族の婚約には王家の承認が必要となる。

 有力貴族が婚姻を重ね勢力を拡大するのを防ぐ為だ。

 バルトファルト家とローズブレイド家の縁談が持ち込まれたのと同時にミレーヌ様からの手紙が届いたのは『全て把握している』という意思表示に他ならない。

 その上で何を為せるか、何か対策があるか?

 それがこの会談が設けられた理由だ。

 

「聖女オリヴィア様からの資料と草案を基に私が添削と修正を行いました。ですが、私の持っている国内の情報は五年以上前の物や辺境に齎された精度の低い物ばかりです。ミレーヌ様から見て稚拙な物を上奏し失礼いたしました」

 

 此処でオリヴィアの名前を出したのはミレーヌ様の注意を逸らす目的だ。

 ミレーヌ様とオリヴィアの関係は依然緊張したままである。

 王家と公爵家の縁談を壊した平民出身の聖女、オリヴィアの存在はホルファート王国にとって厄介極まる存在となっていた。

 能力だけに絞れば上級貴族出身で教育を施された令嬢如きでは相手にならないほど聡明。

 自らの命を顧みず戦場に赴き多くの命を救い敵の総大将を討つ。

 彼女自身の力量は万民が認めざるをえないほど高い。

だ が彼女を認める事はそのまま貴族の存在価値を貶める事に繋がりかねなかった。

 平民より優れているからこそ貴族は傅かれ政を任されているという不文律の建前が存在する。

 

 ならば平民以下の貴族は平民と同等に扱われるべきではないのか?

 威張り散らす無能ほど目障りな存在はない。

 聖女オリヴィアの評価が上がるのに反比例して王家や上級貴族全体の評価は下がり続ける。

 その上にオリヴィアが本格的に政へ参加すればそれは決して無視できない存在と為る。

 

 父上はそれを見込んでオリヴィアと兄上の縁談を企てている。

 王家、というよりミレーヌ様はなるべくオリヴィアを国政から遠ざけたい。

 双方の思惑を鑑みてこの場で私が間に入る。

 私が仲介する事でミレーヌ様はオリヴィアに対する感情を和らげる。

 公爵家としては草案はオリヴィアでも纏めたのは私という体裁を保てる。

 尤もミレーヌ様もそんな私の思惑は察しているだろうが。

 清書した草案と同時に資料も提出した。

 

「ユリウス、これはオリヴィアが貴方に提出した資料と同じではなくて?」

「拝見します」

 

 ユリウス殿下が手渡された資料に目を通す。

 なるほど、オリヴィアなりに各方面に手回しはしているようだ。

 それがどの程度かは分からない、出来れば口が堅い者に限定して欲しい。

 

「間違いないかと。ただ俺に手渡さた資料よりも情報が多く見えます」

「敢えて小出しにする事で優位性を保とうという腹積もりかしら?アンジェ、貴女の入れ知恵?」

「さぁ、一介の子爵夫人が聖女様にご意見など出来る筈もありませんが」

 

 遠慮なく私の腹を探ろうとするミレーヌ様を軽口でいなす。

 過失は小さく、成果は大きく報告するのが交渉のコツだ。

 私を見つめるリオンの視線が少し痛い。

 リオンは貴族出身の上官に手柄を横取りされたり、失敗の責任を押し付けられた過去がある。

 あまり政治に染まった私の汚い部分を知って欲しくはないが仕方あるまい。

 

「財政面での答弁は後に回します、最優先すべきはホルファート王国内の不穏分子。それが他国による干渉による可能性が高いという由々しき事態ね」

「母上、その事で新たにご報告が」

 

 殿下が口を挟み懐から何かを取り出す。

 

「先程ブラッドが捕縛していた元婚約者だった元オフリー伯爵令嬢の説得に成功しました。これで内乱を企てている組織の拠点を幾つか割り出せそうです」

「随分手回しが良いのね、私を追跡したのはそれが理由なの」

「確かに理由の一つではあります、ですが決して功を認めて欲しい訳ではありません」

「最後の一言が余計ね、それでは主張しているのと変わらないわ」

 

 ミレーヌ様のお言葉にユリウス殿下が顔を顰める。

 思えばミレーヌ様はユリウス殿下を滅多に褒めなかった。

 どれだけ殿下が実績を上げようとそれを当然と見做していた。

 私に対してもそれは同じだったが、私は期待に応え続けミレーヌ様からの信頼を得た。

 期待に応えられないユリウス殿下は何時しかミレーヌ様に対して距離を置くようになる。

 ユリウス殿下と私の断絶はその頃から在ったのかもしれない。

 

「……他にもグレッグやクリスから空賊や不法冒険者の報告が上がっています。何者かが裏からホルファート王国の混乱を加速させている可能性が極めて高いと存じます」

「考えられるのはラーシェル神聖王国とヴォルデノワ神聖魔法帝国かしら?あの二国はアルゼル共和国に対する王国の支援を内政干渉だと言って来たわ。自分達だって聖樹から産出される魔石狙いのくせに、よくまぁ私達を非難できること」

 

 アルゼル共和国の内乱にホルファート王国は表向き援軍を出さなかったが、聖女オリヴィアが率いる神殿騎士達が聖樹の巫女に加勢する事で内乱が早期解決する一助になったのは事実だ。

 更に他国より多くの支援を施す事でホルファート王国はアルゼル共和国に対し大きな発言権を獲得する。

 魔石の産出が激減した現状に於いて他国と比較にならない程の優位性を保っている。

 王国を潰せばそれだけ魔石の取り分が増える、嫌がらせとしては中々の一手だ。

 

「そうした組織を潰して指導者を確保したと仮定しましょう。他国が干渉した証拠を掴んだ。では、その後どうするの?」

「無論、その国に対し抗議を行います」

「知らぬ存ぜぬで返されるのが目に見えてるわ。例え認めたとしても今のホルファート王国はファンオース公国との戦いで疲弊しています。下手をすれば開戦の切っ掛けになりかねないのが分かってる?」

「……」

 

 流石に其処まで予測しろというのは些か酷ではある。

 だが事態は内政と外交に密接な関わり合いを持っている。

 為政者は先の先まで見通せるからこそ国を統べる資格を持つのだ。

 

「バルトファルト卿」

「は、はい!」

 

 ミレーヌ様が私の隣で呑気に茶を啜っていたリオンに声をかける。

 いや、別に他人事のように思っている訳ではないだろう。

 ただ自分が口を挟んで場の空気を乱さないように努めているだけだ。

 リオン、いやバルトファルト家の男性が周囲から過小評価されがちなのは変に場の空気を読み委縮してしまうからである。

 もっと歴代当主の自己主張が強ければ早くから出世していた可能性は十分にあった筈だ。

 

「バルトファルト卿に問います、今のホルファート王国の軍をどう思いますか?」

「いや、辺境の成り上がり者が国軍について口を挟むのは些か無作法かと存じますが」

「構いません、私は貴方の同席を許可しました。この場に於いて貴方は私に意見する権利があります」

「俺に分かるならミレーヌ妃殿下は勿論、私の妻にも分かると思いますが」

「畏まらずともよいのです。ホルファート王国の貴族を代表し忌憚ない意見を述べなさい」

「承知しました」

「率直に聞きます、今のホルファート王国がラーシェル神聖王国かヴォルデノワ神聖魔法帝国と争って勝てますか」

「無理ですね、あまりに無謀だからさっさと逃げるか降伏するのをお薦めします」

 

 思いっきりリオンの頭を叩いた。

 いくら何でも率直過ぎる!

 確かにミレーヌ様は畏まるな、忌憚なく答えろとは言ったが少しは歯に衣を着せろ!

 ユリウス殿下が呆けたような顔を晒す一方でミレーヌ様が愉快そうに微笑んでる。

 取り敢えず無礼と咎められるのは避けられそうだ。

 

「今ある貴族の領兵を総動員しても勝てないかしら?」

「不可能だと思います。領兵はあくまで自分がいる領地の為に戦ってます。国の、王家の為に戦ってる訳じゃありません。領主が自分達の土地を護ってくれるから従ってるだけです。国に従って勝てない戦をするぐらいなら早々に寝返った方が得策と考えるかと」

「名のある冒険者を将兵として採用するのはどう?」

「冒険者と兵士の才能はまるで違います。それこそ冒険者は個人の才能が重要視されがちですが、兵士に必要なのは連携して敵を討つ協調性です。我の強い奴が手柄目当てに独走してたら勝てる戦いも勝てません」

「じゃあ歴史ある貴族達は?」

「さっきの冒険者と同じです。むしろプライドが高くて領主同士の争いが起きかねません。仲の悪い貴族を潰す為に敵軍へ情報を流す奴すら居ましたよ。領主同士の蟠りを捨てて爵位が低い指揮官の命令に従える殊勝な貴族なんて見た事がありません」

「つまり貴族や騎士は当てにならない訳ね」

「逆に平民の方が兵士に向いてます。命令に従う、粗食でも平気、過酷な環境に耐えられる。俺からすりゃ国を護りたきゃ貴族の子供を学園に通わせるより軍へ入隊させた方が良いと思います。まぁ、これは学園に通えない貧乏貴族の倅だった俺の経験則ですけど」

「貴方はファンオース公国との戦争が始まる前に軍に入ったと聞いたわ。今の王国が力を取り戻すには何年かかりそう?」

「アンジェの受け入りですけど最低でも十年は必要だと俺も思います。軍に限るなら新兵に経験を積ませて優秀な奴はどんどん出世させるなら体裁が整うまで五年か六年ぐらいですかね。軍に入隊する若い奴が毎年いるって甘い前提ですけど」

 

 私とユリウス殿下は二の句が継げない。

 リオンの意見は戦場で地を這いながら戦う兵士の視点から言っている。

 あくまで戦を政の一手段と捉えているミレーヌ様や才能を持ち幼い頃より訓練を受け高性能な鎧を与えられたユリウス殿下の視点とあまりに違い過ぎる。

 何より戦争に必要な兵に貴族や騎士より平民が向いているという意見は貴族の支配基盤を揺るがしかねない。

 下手をすれば王制を批難していると捉えられても致し方ない物言いだった。

 

「フフフッ、フフフフフ。面白い子ね貴方。粗野で愚鈍そうに見えるけど優秀じゃないの」

 

 唖然とする私と殿下を他所にミレーヌ様は肩を震わせながら笑っている。

 いつもの口元は笑っているが目の奥には相手を見定める光を湛えた恐ろしい笑いではない。

 面白い物を見た、信じられない出来事に驚くような笑顔だった。

 

「こんなに笑ったのは久しぶりよ、アンジェが惚れる訳ね。貴方のような子が今まで貴族から出なかったのがこの国が衰退した一因だと分かったわ」

「それはどうもありがとうございます」

「褒めているのよバルトファルト卿。いえ、リオン君と呼んだ方が良いかしら?貴方、自分や周りの人が思っているより遥かに有能だわ」

「自分じゃとてもそうは思えません」

「出世の意思があるなら王都を訪ねて来なさい。惜しみなく力を振るえる役職を用意するわよ」

「嬉しいお言葉ですが辞退いたします。今はバルトファルト領の復興を優先しなくてはいけないので」

 

 まただ、またこうなった。

 王都の連中が関わるようになってからリオンがどんどん評価されてゆく。

 私がリオンを癒してきたのに、リオンは私の夫なのに。

 次から次へと優秀な女がリオンに付き纏い始める。

 こみ上げる激情を必死に抑えつけながら、私はリオンとミレーヌ様の会話を見続ける。

 強く握り込んだ掌は血の気を失い今の私の顔色と同じように白くなっていた。




首輪シーンはお約束です。(挨拶
ドロテアさんは見合い第一回からフルスロットルですがきちんとニックス兄さんの好感度イベントを予定しているので想定内です。
リオンがあくまで一兵卒視点なのが原作との違いですね。
アルトリーベ世界は飛行船と鎧が発達してるので歩兵の価値は低いでしょうし、冒険者を貴ぶ風潮はさらに兵が軽んられると考えました。
「良い鉄は釘にならず良い人は兵ならない」という諺もある通り、兵はゴロツキと大差ないと思われる国は実在していたのを参考にしています。

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