婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第四部 誘拐編 (●は挿絵イラスト在り)
第43章 The person love, The person leave


「……如何でしょうか」

 

 リオンとの会話で思い付いた提案を全て述べた。

 正直な所、素晴らしい出来とは言えない代物だ。

 本当に偶然の思い付きだし、必要な資金や人材を何処から持って来るのかすらろくに考えてない。

 机上で考えた素晴らしい策略が現場で通用するのなら誰だって稀代の軍略家になれるだろう。

 

 沈黙が重苦しい。

 即座に否定される方がまだ挽回の余地はある。

 いざ話を進めいたのに実践する時になって欠陥が見つかれば取り返しがつかない事態となる。

 今のホルファート王国にとってこれ以上の失策は貴族や民衆の信頼を失い国家としての崩壊を意味している。

 やらないなら早々に諦め別の方法を模索する方が賢明だ。

 逆に実行するのなら急いだ方が国内の混乱を早急に食い止められる。

 為政者としての力量とは最終的に政策の優劣を推し量れる頭脳と早急に行動できる決断力に集約される。

 

 今の私は単なる辺境の領主貴族に嫁いだ元令嬢に過ぎない。

 王家や公爵家に対して大きな影響力は無い。

 精々が知恵を振り絞り献策する程度の事しか出来ない。

 ふと、考え込んでいるユリウス殿下に視線が向いた。

 王子の婚約者という立場だった頃の私なら積極的に動けていた筈だ。

 今では何をするにも各方面に働きかけ自分の考えを逐一伝えなくてはいけない。

 リオンの妻となってから煩雑な手続きに手間取るようなったが、意外とそれは苦にならず寧ろ心地良かった。

 文章で法律や各部署がどの様な目的で創られたのか知るよりも、実際に自ら労働したおかげで民の視点から必要な物事を肌で感じられる。

 現状に足りない物を推察し、為政者に訴え改善してもらう為にどのように働きかけるか。

 貴族と民の両方の視点を持つ事は決して矛盾しない。

 

「悪くはないわね。いえ、寧ろ提案としてはかなり良いと私は思うわ」

 

 ミレーヌ様が開口一番に仰ったのは否定ではなかった。

 その事実に安堵し肩から力が抜ける、無意識に緊張していたらしい。

 ゆっくりと息を吐き出すと四肢に力が戻って来る。

 

「問題は実行する為の手段ね。人材と資金が今の王国には足りていません。更に重要なのはこの提案を実行する為に貴族達を説得できる者の存在」

 

 そこまで告げ終えるとミレーヌ様はリオンの方へ向き直る。

 

「リオン君、アンジェの提案を聞いて内容を全て把握できた?」

「……すいません、半分ぐらいしか分かりません」

「差し当たって重要なのはこの案をどれだけ分かり易く出来るか、貴族達を説得できるか、財源は何処から持って来るかね」

 

 まぁそうだろう。

 私とて説明している最中にかなりの問題点を自覚した。

 考えるは易し、行うは難しだ。

 私が思い付いた案はこれまでホルファート王国にない存在を生み出そうとする所業だ。

 分からないだけならまだ良い方で、下手をすれば既得権益を守ろうとする貴族、或いはこの国の身分制度が揺らぐかもしれない。

 

「特に設立に必要な財源、これが最大の問題点ね。国庫が更に目減りするわ。ただでさえ歳出が増えるのにこれじゃ国防に必要な最低限の補填すらままならないわ」

「……財源については一つ心当たりがあります」

 

 ユリウス殿下はそう告げると懐から何かを取り出す。

 高級な生地で作られた布袋には王家の紋章が刺繍されている。

 

「……ユリウス、どうして貴方がこれを持っているの?」

「父上が俺に渡しました。同時に幾つかの仕事を秘密裏に進めよと仰せに」

 

 ミレーヌ様が布袋を取ると中から指数本分ほどの小さな金属箱が出て来る。

 

「何でしょうかそれは」

「玉璽よ。とは言っても公的に使う物じゃないわ。王が私的な要件で使う方だけどね」

 

 掌で転がしながらミレーヌ様が答えた。

 まるで玩具を弄ぶように些か粗略な扱いだが事態は決して軽くはない。

 玉璽は王が認可した証明であり、私的な目的に使われる物であってもその影響力は絶大だ。

 早い話が王を弑した後に偽りの遺言書をしたため玉璽を押せばそれが正式な物として扱われかねない。

 下手に使えば国が大混乱に陥り最悪亡びる代物である。

 そんな危険物がローランド陛下の実子で王位継承権が最下位に落ち込んだユリウス殿下が持っていた。

 その事実だけで王位継承について一悶着が起きる、場合によっては人が死ぬ。

 

「陛下は何のつもりで玉璽(これ)を?」

「母上とエリカをレパルト連合王国に逃がせと。他に愛妾とその子に金を渡し姿を隠すようにさせろと命じられました」

「まったく、馬鹿な事を考えてるわね」

 

 ミレーヌ様は溜め息をついて呆れかえっていた。

 事の重大さに気付いている私と殿下は動けないがいまいち状況を理解していないリオンはのんびり紅茶をカップに淹れている。

 

「公爵家に自分の身柄を差し出すから妻と子の助命嘆願でもするつもりなんでしょう。相も変わらず格好つけるのだけは熱心ね、政務もそれぐらい真面目に取り組んでくれたら私も楽が出来るのに」

「父上は母上やエリカをご心配になっています」

「あの人に護ってもらうほど私は弱くないわ。普段何もしてない陛下が働きづめの私を心配するなんて馬鹿げてるわ」

 

 あまりの物言いに何も言えない。

 ミレーヌ様にとってローランド陛下の悲壮な決意など単なる自己陶酔に過ぎないのだろう。

 

「玉璽は私が預かります、それで良いわね」

「勿論です。今の俺には些か重すぎる代物ですから」

「些かじゃないわ、貴方の存在より玉璽の方が重要だと自覚なさい」

 

 にべもない物言いに殿下が反論しようとするが言い返せないまま時が過ぎる。

 それだけ玉璽は王の意思証明として重要だった。

 

「国庫に貯めてある国家予算を数ヶ月分。そして王家秘蔵の私的財産。足りない分をどうするかは後で考えましょう」

「他には、まぁ王家が公爵家に謝罪するぐらいですかね?」

 

 それまで黙っていたリオンが口を挟む。

 あっけらかんとした口調だが内容は剣呑だった。

 だが避けては通れない。

 ホルファート王家はこれまでレッドグレイブ公爵家に対して正式な謝罪をしていない。

 フランプトン侯爵の裏切りが発覚した後に真実を公表し、侯爵派に対して大規模な粛清を行いはした。

 何とか公爵家との関係修復を試み、様々な便宜を図ってもいる。

 その施しが公爵家の台頭を許したのは皮肉としか言いようがない。

 臣下に毅然とした態度で臨めない君主はやがて専横を許し支配者の座を追われる。

 そうならない為にも早急に関係改善に努めなければならない筈だった。

 

 一方でミレーヌ様とユリウス殿下、そしておそらく私も顔を顰めている。

 王族が自らの過ちを認め謝意を露にするなど王家の権威を揺るがしかねない行動だ。

 為政者は間違わないなどとは口が裂けても言えない。

 人であるが故に必ず過ちを犯すし道を誤りもする。

 だが認めてしまえばそれは自らを王として国を統治するに相応しい器ではないと公言するような物だ。

 君主は強く賢く、故に選択を誤らず国を正しい方向へ導く絶対的な存在である。

 その前提を否定するも同然である。

 

「それは難しいわね。王家が下手に出ては国内における公爵家とのバランスが崩れるわ」

「今だって十分に崩れていると思いますけど?」

「おい、リオン」

 

 流石に言葉が過ぎる。

貴 族としての経験が少ないリオンだがこの場での発言は先程からあまりに配慮が欠ける。

 これでは反王家か非統治主義者と疑われかねない。

 

「かまわないわ、続けてリオン君」

「戦場や領地の開拓で一番嫌われる上司って奴はだいたい決まってます。無能な奴、家柄や学歴を自慢する奴、自分の手を動かさず金を出さないくせに口だけは人一倍挟む奴。俺が知る限りじゃこいつらが何かの役に立った試しは殆どありません」

「そして、その殆どが貴族の令息令嬢と言いたい訳?」

「名門の当主ですらそうでしたよ。自分は貴族だからってろくに現場の報告すら聞きません。戦争が陣幕に置かれた机の上で行われてると思ってんですかね?高価な鎧を所有しても攻め込まれたら我先に逃げ出すぐらいなら部隊で操縦が上手い奴に譲って欲しかった。失敗したら部下のせい、成功したら自分の手柄。これじゃ士気は低下しますし、下手すりゃ部隊の叛逆が起きます」

「耳が痛いわね。貴族達からの戦果報告と兵士からの状況報告がまるで違う事実に私達も苦労してるわ」

「アンジェに歴史の教本をたっぷり読まされました。『賢王は部下の進言に耳を傾けた』なんて書いてますけど、そんなのは現場じゃ当たり前です。正確な情報と助言を聞かなきゃ最適の判断は出来ません。平民は愚かに見えますが貴族が考えてるよりもずっと冷静に現実を見てますよ」

 

 明け透けな態度で語るリオンの存在こそがその証明だった。

 下級貴族と平民の間に生まれ、並みの貴族なら到底出来ない功績を上げる。

 もちろん身分が上がるほど現場に行く機会は減る。

 だからこそ正確な情報を入手しあらゆる角度から検討しなくてはならない。

 思えば公爵令嬢だった頃の私はそうした観点が抜けていたように感じる。

 リオンと婚約して領地の開拓に乗り出して漸く平民が自分と同じような人間だと認識できた。

 

「理屈じゃそれが正しいって頭で分かっても、それを言う奴が嫌いなら誰も耳を貸しません。アンジェの案が正しかったとしても、俺達が裏でコソコソやってるのを公爵に気付かれたらお終いです。謝罪と和解は避けて通れないと俺は思います」

「リオン君が正しいのは理解できるわ。だからこそ難しいのよ」

「私事ですけど俺達の夫婦喧嘩もそうですよ」

「おい」

 

 突然何を言い出すんだ貴様。

 踵のヒールで思いっきりリオンの足の甲を蹴る。

 靴の革が分厚くてリオンの体が鍛えてあるせいで効果が望めないのが憎たらしい。

 

「喧嘩の切っ掛けは領地の経営だったり、子育ての方針だったり、夫婦間の問題だったりまぁいろいろです」

「アンジェ、随分と愉快な旦那様ね」

 

 ミレーヌ様がリオンの頬を抓る私を楽し気に眺めていた。

 この場で我が家の恥を晒す必要が何処にある。

 

「怒ってる相手に理屈を説いても口先で丸め込もうとしてるように見えます。だから自分が悪いと思ったら即座に謝るようにしてるんです」

「今こうして話しているのをアンジェは承知している訳?」

「してません。俺が悪いからこうして殴られてます。アンジェ、俺が悪かったから止めてくんない?」

 

 うるさい馬鹿、どうしてお前は人前で恥ずかしげもなく惚気られる。

 顔が羞恥で火照るのを隠すようにリオンの頭を殴る。

 大して力を込めてはいないがそれでも痛い事は痛いだろう。

 気が治まったのでとりあえず止めておく。

 

「アンジェ、ごめんってば。許してくれよ」

「知らん、リオンが勝手にやった事だ。私は関与しない」

「此処でアンジェが許してくれたら俺が凄く良い事言ったような雰囲気で終わるんだけど」

「人前で我が家の恥を晒すなといつも言ってるだろうが」

 

 相変わらずミレーヌ様は愉快そうに私達を見ている。

 今の王宮では面白い話題も少ないだろうから、私達の口喧嘩はさぞや楽しいだろう。

 

「アンジェ、その辺りで許してあげなさい」

「……承知しました」

「悪かったって」

「こほんッ。貴方達の諫言は心に留めて置きます。」

「ありがとうございます」

「まずこの案を私と極一部の側近で検討してみます。次いで協力を仰ぐ際に連絡を取りましょう。連絡の窓口はユリウス(この子)よ」

「俺ですか?」

 

 ユリウス殿下が驚きの声を上げる。

 流石に私もこれは予想外だった。

 ミレーヌ様なりに私と殿下の関係を修復せよという御達しなのは明白だ。

 正直ユリウス殿下に恨みこそほとんど無くなったが、だからと言ってはいそうですかと仲良くやれる訳でもない。

 簡単に割り切れないのが人の心、それが王家と公爵家の諍いその物だった。

 

「俺にも任された仕事があります」

「現時点で幾つか減ったでしょう。その代わりと引き受けなさい」

「……わかりました」

「では今日の所はお開きにします。二人とも今日はありがとう」

「はっ、失礼いたしますミレーヌ妃殿下」

「ミレーヌ様もご壮健であられますよう」

 

 そうして席を立って部屋を後にする。

 この宿を訪ねてから随分と時間が経過している。

 そろそろ戻らねばバルトファルト家の皆も心配するだろう。

 宿の玄関口まで辿り着く直前、背後から足音が聞こえてくる。

 振り返ると誰かが私達を追ってきた。

 ユリウス殿下だ。

 少し緊張するが宿の前で出会った時程ではない。

 

「ユリウス殿下、まだ何か?」

「いや、挨拶を忘れたからな。体調に変わりないかアンジェリカ」

「はい」

「苦労が多いと聞いていたが」

「辺境の地なのでそれなりには。ですが充実しています」

「そうか」

 

 歯切れの悪い会話だが仕方ない。

 私達二人の関係はどうしようもない程に拗れてしまった。

 今更修復しようとしても純粋に王子を敬慕していた公爵令嬢はもう何処にも存在しない。

 ふと、自分の中に存在する何かに突き動かされ殿下に近寄る。

 相変わらず見目麗しい御人だ。

 だが、無性に苛立ちが湧き上がった。

 

「殿下、先に謝罪します」

 

 優雅に頭を垂れてお辞儀(カーテシー)を行う。

 正面から毅然とユリウスを睨み右手を振り上げる。

 

パァッン…!

 

 小さく乾いた音が廊下に鳴り響く。

 殿下とリオンが驚いた顔が奇妙な一致を見せている。

 王族に手を上げるなど不敬極まる振る舞いだ。

 平時なら弁明すら許されず牢に繋がれる。

 だが、そんな非常識な行いをした私の胸中の蟠りは不思議と晴れている。

 

「おいアンジェ」

 

 咎めるリオンが私の肩を掴む。

 そもそも殿下を頬を叩いた力はそれほど強くはない。

 先程リオンを抓り殴った時の方が力を込めていた、殿下の頬は叩いた跡すら残さず痛みもほぼ無いだろう。

 

「……満足したか?」

「はい、すっきりしました」

 

 にこやかに微笑み返す。

 嘗ての私なら殴るぐらいはしていた筈だ。

 抑えきれない激情に衝き動かされたが、思いの外冷静に応えられた。

 五年、いや六年も経って恨み辛みも薄れたのか。

 或いはリオンと結婚して幸せな現状に満足し、今は不利な状況に追い込まれているユリウス殿下の姿を見て溜飲が下がったのか。

 婚約破棄された怒りを胸にバルトファルト領を訪れた私と今の私は本当に同じ人間なのか自分でも分からない。

 

「達者でな」

「殿下もご自愛ください」

「ああ」

 

 そう告げると殿下は私達に背を向けて部屋に戻る。

 呆気なく数年ぶりの私とユリウス殿下の会話は終わってしまった。

 激情家な私の性格なら殿下の顔を見た瞬間に激昂し面罵すると思っていたがそんな事も無い。

 焦りと気まずさこそあったが意外なほどあっさりと会話は終わった。

 

「いいのか?」

「何が?」

「いや、元婚約者だろ。言いたい事とかあったんじゃ?」

「そうだな、自分でも驚いている。私は思いの外淡泊な女のようだ」

「淡泊な女が人前で旦那を抓ったり殴ったり、殿下にビンタするかよ」

「私以外の女に鼻の下を伸ばすリオンが悪い」

「俺が惚れてるのはアンジェだっていつも言ってるだろ」

 

 軽口を叩きあうのが心地良い。

 やはり、今の私には王子の婚約者より辺境の領主貴族の妻が性に合う。

 

「お見合いはとっくに終わっている頃だ。急いで戻らなくては」

「たぶん破談になってんだろ。さっさと帰らないとローズブレイド家に何されるか分かんないし」

「伯爵はそこまで愚かではない。まぁドロテアの縁談がまた潰れて意気消沈しているだろうが」

「そろそろ兄さんも姉貴も結婚して欲しいよ。良い人いないかなぁ」

 

 バルトファルト家の兄弟姉妹の縁談は裏で公爵家が関与している可能性が高い。

 その事実を後でリオンに伝えよう。

 私とリオンの結婚があの人の好い一家に影響を及ぼしている。

 憂鬱な気分を抱えながらローズブレイド家が用意した馬車に乗り込んだ。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「どうだった?」

 

 紅茶を飲みながら部屋に戻って来た息子に王妃は尋ねた。

 先程まで嘗ては義理の娘になるかもしれなかった女と下級貴族でありながら異例の出世を遂げた男を揶揄って楽しんでいた童女じみた快活さは存在しない。

 在るのは為政者として振る舞う生粋の貴族としての顔。

 

「何もありません。ただ頬を叩かれました」

「あら、それにしては大して顔が腫れてないわね」

「大した力は込められていません」

「つまり傷つけるほどの価値が無いと思われた訳かしら?」

「……いっそ罵られるか殴られた方がマシでした」

「自惚れるのは止めなさい。自罰的な男は大抵不幸な自分に酔っていたいだけよ」

「そんなつもりはありません」

 

 王妃はテーブルの上に置かれた玉璽を弄びながら溜息をつく。

 

「陛下にも困ったものね。こんな真似をするぐらいなら普段から政務に勤しんでくれた方が百倍ありがたいのに」

「父上が母上を案じているのは事実です」

「そうなら余計なお世話よ。いつまでも過去の男に囚われていたり、だらしない男に世話を焼いてもらうほど女はか弱くないの。もしも王国から逃げ出して実家に戻るなら正々堂々と正面きって戻ります」

 

 ローランドの気遣いをミレーヌは自己満足と切って捨てた。

 ユリウスは母の剣幕に黙るしかない。

 

「逃がすならエリカだけにしておきなさい。私は最後までこの国に残ります」

「母上が巻き込まれるのは忍びないとお考えなのですが」

「今更何のつもり、この歳になって離縁するなんて馬鹿にしてるわよ。それならあと十年早くして欲しかったわ」

 

 徐々に怒気を帯びる母の発言に息子は委縮するしかない。

 事態を悪化させたのは夫であり息子、付け加えれば自身にも責任がある。

 その事実が苛立ちを悪化させた。

 

「こうなったら意地よ。最後まで付き纏って文句を言い続けてやるわ。死後の世界で延々とあの人の隣で文句を言い続けてやる」

「母上は父上に愛想を尽かしていたのでは?」

「とっくの昔にね。でも、夫婦としての愛は無くても家族としての情は持っているわ。貴方達を授けてくださったのは事実だし」

 

 ほんの少しだけ口調が柔らかくなる。

 それが女として意地なのか、王妃としての矜持なのか、家族としての情なのかは本人でさえ分からない。

 

「親の心配より自分の心配をしなさい。公女とはどうなっているの?」

「…………」

「まったく。将来有望な公爵令嬢と婚約破棄、賢い平民の少女は聖女になって神殿行き、挙句に公女には嫌われてる。どうしてそう女の扱いが下手なのよ?」

 

 貴族にとって結婚は政略は一部である。

 故に恋愛は政務である結婚に差し障り無く行うべきという暗黙の了解が存在する。

 

「私は別にオリヴィアを嫌ってはいないわ。平民でありながらそこらの貴族令嬢より数段賢い。貴方が嫡子の座を捨てる覚悟があるのなら認めて良いとさえ思ったのよ。それなのに箔付けの為にむざむざ神殿の駒にするなんて。他の四人も止める気が無かったのが問題だわ」

「面目次第もありません」

「これは私の責任でもあるわね。 私はホルファート王国に嫁いだけど味方が居なくて散々苦労したから、せめて貴方の周りに王家と縁が深く頼れる側近になりそうな令息達を置いた。結果は我儘を諫めず一緒に馬鹿を仕出かす愚息の群れが出来上がり。王家の未来を案じた筈が結果として命脈を断ちかねなくなったわ」

 

 思い返せば悔恨の極みだ。

 どんなに優れた種子も植える土壌が駄目ならば立ち枯れる運命。

 せめて苦難に屈さぬようにと考え温室のような安全な場所で育てた結果がこの始末だ。

 そう考えれば、あの新興貴族のバルトファルトが台頭するのも理解できよう。

 あれは過酷な環境を生き抜く生命力と物怖じせず具申する度胸を備えていた。

 育ちの良い貴族のお坊ちゃまなど到底生き抜けない地獄から戻って来ただけはある。

 

「せめてバルトファルト卿のような者を貴方に宛がうべきだったわ。主君に対し阿るだけが忠節ではない。時に疎んじられようとも諫言する常識と度胸がある忠臣は本当に少ないのね」

 

『バルトファルト。ヴィンスを止めるつもりならバルトファルトを引き入れろ。それが公爵家の弱味になる』

 

 またバルトファルトか。

 ユリウスは内心で父の言葉を思い返す。

 幾度か見たあの男がそれほど重要なのか?

 側近であったジルク、ブラッド、クリス、グレッグと比べて見劣りするあの男。

 体力、智力、政治力に於いて確かに普通の貴族令息よりは優れている。

 だが、それもあくまで凡人が鍛えぬいた領域を出ない。

 そんな男が自分の知る多くの者に認められている状況に戸惑いを隠せなかった。

 

「貴方にも働いてもらうわよ。せめて自分の尻拭い程度はしっかり果たしなさい」

「はい」

 

 優先すべき仕事は山のようにある。

 ユリウスの脳からよく分からない成り上がり者に対する思索はとりあえず保留にされた。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「何で上手くいってんだよ」

 

 ローズブレイド邸に戻ったリオンが義兄上にかけた第一声がこれである。

 

「俺にもよく分からない。ただ、話を聞いてたらちょっと可哀想に思えちまったんだ」

「大丈夫かよ兄さん?騙されてないか?お見合いで上辺を取り繕うなんて常套手段だぞ。女の涙ほど信用がならない物はねえぞ」

「そう言われても仕方ないとは思う。まぁ婚約じゃなくてしばらく交際してみるってだけだ」

 

 ローズブレイド邸に戻った私達を出迎えた使用人達は訪れた時とは一変していた。

 葬式のように暗い表情をしていた筈が気味が悪い程に上機嫌で応対してきた。

 付き添いで来た筈なのに途中で領内に出歩くという非礼をした事すら誰も咎めない。

 伯爵に至っては終始上機嫌で義父上に握手を交わし、義兄上に抱き着いていた。

 

「たぶんドロテアさんは俺が今まで会った事の無い類の男だから初恋だと勘違いしてるだけだ。趣味が明後日の方角を向いてるから理解してくれる男が居なくて縁談がダメになってるんだよ」

「だからしばらく付き合って性癖を矯正するって?お人好し過ぎるぞ」

「あの人も二十代半ばだから婚期がヤバい。俺は男でまだ余裕あるし」

「その肝心のドロテアは何処に?真意を確かめた方が良いかと」

「お姉様は感激のあまり卒倒して部屋に運ばれました。今はお父様とお母様が看病していますわ」

「ディアドリー、何故お前が此処に居る?」

「あら、ローズブレイドの屋敷に私が居るのがそんなにおかしくて?」

 

 おかしくはない、だが客室に居るのはバルトファルト家の面々だけだ。

 なぜローズブレイド家のお前が此処に居る。

 何より私はリオンに対して馴れ馴れしいお前を好きになれない。

 

「お父様からの伝言です。ニックス様は既に息子同然ですって。もしこのままお姉様と結婚してくださるならローズブレイド家は惜しみない感謝と共に如何なる時もバルトファルト家に味方すると仰いましたわ」

「娘の縁談にしては条件が破格過ぎるぞ、何を企んでいる?」

「あら、初恋の成就が美しいとは思わないのかしら」

 

 正直、ドロテアの存在がバルトファルト家にどのような影響を与えるか未知数だ。

 ホルファート王家、レッドグレイブ公爵家、ローズブレイド伯爵家の思惑が複雑にバルトファルト家に絡みつき最適な判断が出来ない。

 人の身では変えようのない時代の流れに翻弄される感覚に眩暈がする。

 とにかく疲れた、近くに備え付けられたソファーに体を預ける。

 

「脅されてない?断ったらバルトファルト領(うち)を攻め滅ぼすとか」

「そこまでやられたら俺だって流石に断るぞ」

「だってどう考えても不釣り合いじゃん。兄さんが伯爵家のお嬢様と結婚とか」

「まだ結婚するとは言ってないだろ!」

「リオン、お前だってアンジェリカさんと結婚しただろう。ニックスだって捨てたもんじゃないぞ」

「うちの男の子は優秀だから」

「母さん、僕まだ婚約者いないんだけど」

 

 家族の団欒が微笑ましくも何処か遠い世界のように感じられる。

 私が生まれ育って世界とあまりに違い過ぎた。

 いや、世界のほとんどはこんな家庭ばかりなのだ。

 最近になってあらゆる行動が政に関わっていた公爵家の方が異常だと漸く自分の生まれが歪な事実に気付いてしまった。

 そっとお腹を撫でて屋敷で義姉と義妹に預けた子供達を想う。

 ただの平民に生まれたらこんな気苦労はしなくて済んだ。

 家族と畑を耕し、子供達を育て、愛する夫に抱かれて眠る。

 そんな風に生きられたらと思う。

 だが私は寒さも暑さも及ばない温室で水と肥料を与えられて育った花だ。

 貴族社会から外れて生きていける自信が無い。

 

「どうしたアンジェ?」

 

 私の隣にリオンが座る、どうやら落ち込む私を目聡く見つけたらしい。

 彼の優しさが嬉しいのと同時に申し訳なくなる。

 

「少し疲れただけだ、帰って休めば治る」

「そっか。じゃあ菓子でも作るか」

「ドーナツか?あれは甘いし油を使うから太る」

「砂糖を使わず小麦粉以外も使って焼いてやるから」

「……そうやって餌付けすれば私の機嫌が直ると思っていないか?」

「嫁を大事にするのは当たり前だろ」

 

 そろそろ妊娠して五ヶ月になり、お腹が膨れて日常生活に支障が出てくる頃合いだ。

 太ると出産に差し支える上に産後に元の体型に戻すのも難しくなる。

 五人産んだ母上からいろいろと教わってはいるが手の届かない所は必ず出る。

 其処へリオンがやたらと私の世話を焼くからついつい頼ってしまう。

 

「……俺はアンジェが一番大事だよ」

「家族が同じ位に大事だろう?」

「まぁ、子供達が居ない間限定だけど」

「正直でよろしい」

 

 しかし、あのドロテアが私の義姉になるのか?

 どうにも想像がつかない。

 この縁談がバルトファルト領にどのような変化を齎すのか。

 義兄上の縁談について話し合うバルトファルト家の皆をぼんやりと眺めた。




お見合い編は今章で終わりです。
アンジェの考えた案がどのような物かはまだ秘密です。
ドロテアは再登場するのでお待ちください。
次章からしばらく幕間のリオンとアンジェのイチャイチャ回。
イチャイチャ回の終わりには成人向けシーンを別に用意する予定です。(依頼主様のおかげで既に挿絵は準備済み
次章、ついに◎が登場します。

ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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