婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです 作:品☆美
父さんと母さんの部屋はは夫婦共同でそこそこ広い。
昔はベッドだけで部屋の大半が埋まる狭さだったけど、今じゃ下手な一人住まいの個室より大きいから随分うちも出世したと感じられる。
扉を数回ノックして中に入ると双子に絡まれながら本を読む父さんと編み物をしている母さんがのんびりと過ごしていた。
「おじいちゃま、こえあげゆ」
「ひげ、ひげ」
本を涎で汚れされたり、髭を引っ張られても耐え続ける父さんは本当に初孫が可愛いらしい。
そんな光景に慣れっこな母さんは黙々と編み物を続けている。
双子の時もそうだったけどアンジェが生む子供用の産着や小物の何割かは母さんのお手製だ。
アンジェは家事全般が苦手なのでこっちは母さんの受け持ちだ。
経費の削減もあるし、何より平民の妾扱いからいきなり貴族の正妻として扱われてもそうすぐには変われない。
貴族の奥方達に交じってお茶会に参加するより屋敷で家事をしたり畑仕事をする方がよほど気楽と呟いてた。
そんな暇を持て余してる母さんにとって孫の服を作る作業は楽しいみたいだ。
「父さん、母さん。ちょっと良い?」
「どうしたリオン」
「何かあったの」
父さんの意識が俺に向いたのを察したのか、双子は興味を失ったようにそそくさと椅子に座って玩具や菓子に夢中になる。
こういう行儀の良さはアンジェが施した教育の賜物だろう。
うちの兄弟姉妹が子供の頃はいつも騒がしてもっと慌ただしかった。
「ちょっと相談したい事があってさ」
さて、どうしたもんか?
流石に『嫁とイチャイチャしたいから何か助言してください』とか親と子供の前で暴露するほど俺も馬鹿じゃない。
そもそもアンジェと喧嘩してる訳じゃないんだ。
ただ落ち込んでるみたいだからアンジェを慰めたい。
この数日素っ気ないアンジェとあわよくばイチャイチャしたい。
言葉にすればたったそれだけ。
問題はどうしたらアンジェに元気を出してもらえるか今の俺には分からないって事だ。
アンジェがバルトファルト領に来て四年ぐらい経つけど、王都に比べたら不便な環境だし妊娠中の体調もあるだろう。
王家と公爵家の争いに加えてアンジェが考えた提案が本当に上手くいくかどうか見通しの無い不安は気分が沈むのに十分だ。
だったら夫の俺が支えなきゃいけないんだけど、悲しい事に貴族としての教育をほぼ受けてなくて未熟な領主の俺はアンジェが支えてくれないとダメな男なのである。
「アンジェの事なんだけどさ」
「疲れが溜まったから今日は部屋で休むと聞いたぞ」
「ダメよ、きちんと労わってあげないと。ただでさえ妊娠中は心と体が不安定なんだから」
分かってはいるんですよ、分かっては。
問題は分かっていても上手く行動できなくて正解が分からない部分だ。
「だからさ、どうにかしてアンジェに元気を出してもらいたいんだけど上手くいかなくて」
「いつもあれだけ仲が良いのに何したんだお前は」
「甘えっぱなしは却って夫婦仲を悪化させるわ。お互いがちゃんと相手を思い遣る心が肝心よ」
「分かってはいるんだけどさぁ……」
貴族の間じゃ期待の若手みたいな扱いをされてるけど、家族にとっちゃ俺は煮え切らない次男坊のままだ。
女の子と付き合った経験なんて殆ど無いし、夜会に出席するより畑で農作業してる方が落ち着くし、贅沢は温かい風呂に入ってフカフカのベッドで寝るだけの男。
それが俺です。
そもそも最底辺の貴族と平民の子として生まれ育った俺を高位貴族として扱おうという王家や公爵家の思惑がありがた迷惑だ。
俺がなんとか領主貴族としてやっていけてるのはアンジェが陰日向に支え続けてくれてるからだ。
そんなアンジェが落ち込んでいるとなれば今後のバルトファルト領の運営に支障が出てくる。
いや、領地経営を言い訳にしたらダメだな。
単に俺はアンジェが元気になって欲しいんだよ。
その為ならこうして家族に頭を下げるのも苦じゃない。
「実家の事とかこれからの領地の開発とかいろいろとあるんだ。兄さんのお見合いの時に昔の知り合いと会ったのがマズかったかな。かなり難しい問題の持ち込みをされんだよ」
「断っちまえ、嫁のアンジェリカさんより仕事が大事なのか?」
「意地が悪いなぁ、公爵家も絡んできてるから断れなかったんだよ」
「変な儲け話に関わっちゃダメよ。お金は大事なんだから」
むしろ問題を吹っ掛けてんのは王家なんですけど。
俺は辺境でのんびり暮らしたいのに王家は面倒ばっか押し付けやがって。
いっそ夢みたいに王家も公爵家も滅ぼして王になってやろうかちくしょう。
夢の俺は王様になってたけどその気持ちも分かる。
他人を黙らせるのに一番早くて簡単な方法が圧倒的な力でねじ伏せ黙らせるやり方だ。
やる気の無い王様もやる気が満々な公爵様もまとめて相手に出来る力があったなら既にそうしてる。
だけど現実の俺は田舎の成り上がり貴族でお偉方の無理難題に逆らえんのだ、忌々しい。
「アンジェのお陰である程度の目途は付いたんだけど、肝心の本人が落ち込んだままだから困ってるんだ」
「原因は何なの?」
「昔の知り合いに公爵との取次を頼まれたせいかな。あと俺が頼りなくて他の女に色目使ったとか思われてそう」
「浮気したのか!?」
「してねえ!ローズブレイド家のお嬢さんに社交辞令で揶揄われただけ!きっちり断ったわ!」
あんな良い女を嫁にして浮気なんか出来るはずない。
王子はアンジェとかミレーヌ妃殿下とかオリヴィア様を見て目が肥えてたんだろうな。
俺は比較対象が大らかな母さんとか性格が悪い姉貴とか我儘なフィンリー、さらに最悪なゾラとメルセだもん。
世の中は本当に不平等だ、何で偉い奴の周りにばっか金と美人が群がるんだよ。
「何としてもアンジェに機嫌を直してもらいたい。でもどうしたら良いか分かりません。どうか俺に夫婦円満のコツを教えてください」
もうなりふり構わず頭を下げる。
アンジェは貴族が気軽に頭を下げると威厳が損なわれると口酸っぱく嗜めるけど、そもそも俺は御大層なプライドなんて持ってない。
なので言いたい事は率直に言うし、必要なら軽い頭を何度だって下げてやる。
嫁の機嫌が直るなら俺の見栄なんて尻を拭く安い紙より価値が無いもんね。
「アンジェさんに贈り物でもしたらどうだ?」
「元公爵令嬢だよ?俺が何を贈っても見劣りすんじゃん」
うちにはアンジェが公爵家から持って来たドレスやら宝石が大量にある。
貴族同士の付き合いに必要な交際費として毎年一着ぐらいドレスを新調してる。
だけどバルトファルト領に来てから王都の流行り取り込んで仕立てたドレスより、やや流行りから遅れたらしい嫁入り前のドレスの方が価値が高いのが悲しい。
いざとなれば売り払って領地経営の足しに出来るってアンジェは笑ってた。
やだよ、嫁の服を売り払うとか甲斐性の無い真似は。
それじゃあ贅沢な食い物や旅行は効果的かと問われたらこれも違う。
領主としての見栄もあるから公爵家の伝手で腕の良い若い料理人を雇ってるけど、公爵家や王家と関りが深いアンジェの舌は肥えている。
アンジェからすれば貧しい食事と思っても仕方ないはずだ。
なのに料理人が作った物より俺が適当に作った飯を美味いと言って食べるんだもん。
知り合って四年、結婚してもう三年経つけど何したらアンジェが一番喜ぶか分からない。
「せめて愛情だけでもきちんとしておこうと愛してるって伝えてるんだけどさぁ、この所なんか素っ気ないんだよ」
アンジェが居なきゃ俺は今こうして生きてない。
その感謝も込めてなるべく愛してるって二人きりの時は言ってる。
父さんと母さんだって暇さえ在れば所かまわずイチャついてるんだ。
辺境で苦労してるアンジェが精神的に満たされるように愛の言葉は常に欠かしてない。
「リオン、それは違うわ。愛してるって言われ続けるのは相手にとって負担でもあるのよ」
「母さんもそうだったの?」
「そりゃこの人を愛していなきゃ長い間妾扱いされ続けても添い遂げようとは思わなかったわね。ゾラ達にひどい事を言われても我慢してあんた達を育てられたのは確かに愛し合ってたからよ」
「じゃあ問題ないじゃん」
「でも疲れてる時、不安になってる時に耳元で愛を囁かれても逆に迷惑なだけなのよ。妻とか母親を止めて独りになりたい時もあるの。あんただって領主の仕事が面倒ってぼやいてたじゃない」
「そりゃまぁ、そうだけど」
子沢山な家庭で育ったせいか俺は寂しがり屋なんです母さん。
疲れたらアンジェに思いっきり甘えて心と体を癒されたいんです。
逆にアンジェが俺に甘えてくれるのもそれはそれで嬉しい。
でもアンジェからすれば俺みたいな男が疲れる度に甘えて来たらそりゃあ嫌だろう。
うわぁ、俺すっごく扱いが面倒な男だ。
おまけに子供達はまだ小っちゃいし、領地の仕事はやたらと多い。
そりゃアンジェだって独りになりたくなるわな。
ちなみに父さんは俺ほどじゃないけど少し落ち込んでる。
過去に母さんに迫ったのが迷惑と言われたのがショックらしい。
「でも放っておくのもそれはそれで心配なんだ」
「なら大人しく子守りでもしてろ。今日ぐらいアンジェリカさんを仕事から解放してやれ」
「うん……」
手渡された双子が俺の膝の上で動き回る。
俺もフィンリーやコリンの子守りを兄さんや姉貴に押し付けられたけど小っちゃい子供ってのはすぐどっかに行こうとして少しも目が離せない。
普段は暇な家族や使用人に任せてるけど、アンジェは幼い頃からの教育が重要だと出来るだけ子供の面倒を見たがる教育ママ。
その分の負担も大きいだろう。
今日一日アンジェから離れて子守りをしてアンジェの気分が良くなるとは思えない。
何か良い方法は無いもんか。
「アンジェが一緒なら気晴らしにどっか行くのも考えたんだけどな。ライオネルとアリエルが一緒ならそれも難しいか」
「どっかって何処に行くつもりだ?」
「バルトファルト領以外のどっかだよ。観光地ってのは地元じゃないから楽しいんだよ」
オリヴィア様が戦没者の慰霊に来てからバルトファルト領を訪れる観光客が増えた。
今ある宿泊施設だけじゃ足りないけど、だからって増やしても客が来なくなったら建設費が無駄になる。
需要と供給を把握しろとアンジェが常々言ってるから俺も随分と貴族の思考に染まってきた。
やっぱり温泉だけじゃこの領地の活性化は十分とは言えないな。
開拓した農地から採れる作物も今は自給自足分が大半だから売却しても大した金額にならない。
「王都とか行ってもアンジェは見飽きてるだろうし行くなら他の土地だな。ダンジョンとかは危ないから一泊二日ぐらいの手頃な辺りに行きたい」
「お前は出世したくせに欲が無いなぁ、この国の子供なら冒険者に憧れるもんだろ」
「アンジェやこいつらはそうかもしれないけどさ。俺は家族でのんびり出来る所がいい」
「じゃあこれなんかどう?」
母さんが差し出したのは父さんが読んでいた本、題名は『ホルファート王国観光名所巡り』か。
この手の案内本は俺が子供の頃には貴族の間で大量に出回ってたらしい。
公国との戦争が始まってから旅行なんて行く暇が無いし、停戦後は国内の治安が悪化してる上に侵略で荒らされた観光地に誰も見向きしなかった。
バルトファルト領が観光で設けられたのは療養施設という名目と新規参入だから他の観光地が戦争の復興に手間取っている隙に上手く入り込めたからだ。
もっとも今度の戦争でうちは領地の被害こそ無かったけど出費と人的被害が大きい。
少しずつ復興してゆくゆくはこんな観光本に紹介される程度にはバルトファルト領の評判を広めたい。
「今はお前達が働いてくれるからリュースと一緒にどっか行こうと思ってな」
「孫達と一緒に旅行も悪くないって思ってるの」
いい御身分な事で、めっちゃ羨ましくてムカつく。
王家や宮廷のお偉方め、必死に頑張ったのに金じゃなくて領地と爵位なんかくれやがって。
いちいち面倒な開拓やら経営やら俺はやりたいなんて一言も喋ってねえぞ。
軍の退職金で田舎に家と畑を買って優しくてオッパイの大きい嫁さんと一緒に悠々自適な生活を送る俺の完璧な人生計画が台無しだ。
アンジェと結婚してなかったら逃げ出してたぞ、王都の糞ったれ共。
いつになったら俺とアンジェは隠居できんだよ。
溜め息を本を開いて紹介されてる名所紹介を読むと観光地に加えてダンジョンも紹介されてるのは流石にどうかと思う。
何となくページを捲ると興味を引く記事が載っていた。
「父さん」
「おう」
「今日と明日だけ留守を任せていいか?」
「かまわんが何かあったか」
「ちょっと出掛けてくる、急ぎの仕事は特に無いから大丈夫だと思うけど」
「何処行くんだ?」
「秘密。母さん、アンジェの世話をお願い。ライオネルとアリエルは俺が連れてくから。明日の午後には帰る」
「急にどうしたの」
「アンジェのご機嫌取りに行って来る。ライオネル、アリエル。パパと来なさい」
「あ~い」
「わかった」
両親の部屋を出て使用人達に馬車の支度や子供達の日用品の用意を急かす。
アンジェは俺に会いたくないかもしれないから、部屋に常備してある外出用の俺専用の鞄も同時に持って来させた。
やるならさっさと済ませた方が良い。
いつまでもアンジェが落ち込んでると俺まで元気が無くなっちまう。
これも領主としての仕事、嫁へのフォロー、子供達の教育です。
何事かと驚く使用人達を尻目に子供達と鞄を馬車に乗せ、御者に領主専用の飛行船が待機する空港へ行くように命じた。
扉を数回ノックして反応を窺う。
世界中の嫁が怖い旦那達は毎回こんな気分を味わってんだろうな、俺はアンジェと仲が良いけど怖いもんは怖いんだ。
とりあえず気に入ってもらえると良いんだけど。
「入れ」
素っ気ない返事が寝室の奥から聞こえて来た。
ゆっくり深呼吸してからワゴンを押して寝室に入るとベッドの上でアンジェが寝そべっていた。
アンジェは寝ているだけなのにこの寝室を支配してるような存在感がある。
赤い寝衣を着て気怠げに体を揺する姿は大型の猛獣が自分の縄張りに不法侵入してきた人間を威嚇するみたいで怖い。
「戻ったぞアンジェ、体調はどうだ?」
「まあまあだ。随分と自堕落に過ごしてしまったな」
「アンジェは働き過ぎだから丁度いい。せっかくだから間食を持って来たぞ」
「いただこう」
ワゴンに載せていた茶器一式を広げて手際よく紅茶を淹れる。
妊娠中のアンジェ用に茶葉を少なめミルクをたっぷりにして差し出す。
お茶請けはドーナツ、これも健康を考えて豆粉を混ぜて油で揚げず焼いて作った。
甘さは控えめだけど満足感があるはずだ。
「どうだ?」
「歯応えがあるな」
「小麦粉と豆粉を混ぜて砕いたナッツも加えたんだ。ライオネルとアリエルも手伝ってくれたんだぞ」
「それは心して食さねばならんな」
朗らかに微笑んでドーナツを頬張るアンジェ、久々に笑う所を見た気がする。
普段はベッドの上で物を食べるなんて行儀が悪いと言ってるアンジェの自堕落な姿は貴重だった。
あっという間に自分の分を平らげると物欲しそうに俺の分を見つめてきた。
ドーナツを一個だけ摘まんで皿に載った残り全部をアンジェの前に置いたら黙々と食べ始めた。
『太るぞ』とは言わない、言ったら蹴られる。
前に言った時は思いっきり尻を蹴飛ばされて三日も口を聞いてくれなかった。
紅茶じゃなくてティーポッドの白湯をカップに移して差し出すと喉を鳴らして飲み込む。
姉貴やフィンリーが同じ事したら眉を顰めるけど、綺麗なアンジェは何しても絵になるからズルい。
人心地ついたのか欠伸をして寝そべり始めるアンジェ。
しまった、完全に話すタイミングを逃した。
仕方ないんで片づけを始める。
俺って領主様だよ?子爵様だよ?旦那様だよ?
完全にかかあ天下だけど惚れた弱みだから逆らえません。
「おい」
不機嫌そうな声が後ろから聞こえて振り返るとアンジェが俺を睨んでた。
何?また何かやらかしたか?
アンジェは何度も布団を叩きながら顎をしゃくって俺を促す。
何をすれば良いか分からないんでとりあえずベッドの上に座った俺に対してアンジェは寝そべったまま。
嫁に逆らえない光景は何とも情けない。
そう言えば獅子って実際は雌が群れを支配してて、ボスに見える雄の方が飾り物だったな。
まさか雄獅子に同情する日が来るとは思いもしなかったぞ。
ベッドに横たわってるアンジェが本当に雌獅子に見えてきたじゃん。
金色の髪、切れ長の瞳、大きな胸、艶めかしい脚、傲岸不遜な態度。
まずい、アンジェに見惚れてたらムラムラしてきた。
気まずくなって目を逸らすとゆっくりアンジェが近づいて来る、完全に狩りをする体勢です。
「何処へ何をしに行ってた?」
「疚しい真似はしてないから」
「それは私が判断する、さっさと答えろ」
いっそ弱ってたアンジェの方がまだマシ、襲われて喰われる小動物の気分だ。
「私を除け者にして自分と子供達だけで楽しんで来たか、口煩い妻が居なくてさぞや羽を伸ばせたようだ」
「妄想が過ぎるぞ。疲れてるみたいだから静かに休ませたんじゃないか」
「直接言えば納得した、私に一言も告げず出掛けたリオンが悪い」
「悪かったって、アンジェを驚かせようと思ったんだよ」
ベッドの上に座ってる俺にアンジェが体を預けて来た。
後ろからアンジェを抱える体勢のまま俺の胸にアンジェの背中が押し付けられる。
「子供連れでただ遊び行ってたのなら流石に領主の自覚が足りんぞ」
「そこはまぁ、きちんとやったつもり。行く前に仕事は殆ど片付けてから行ったし」
「目的地は何処だ?」
「南方の浮島だよ、縁結びで有名なとこがあっただろ。あそこに行って来た」
「それで?」
「バルトファルト領は温泉があるけどそれだけじゃ観光資源としちゃまだ弱い。だから今のうちに参考になりそうな部分があるかもって行って来た。後できちんと報告するから」
「言い含めるような語りだな、本心が別にあるだろう」
鋭い、流石は王妃になる予定だっただけはある。
浮気してもアンジェに一発でバレるだろうな、するつもり無いけど。
懐から目当ての品を包んだ袋を取り出すとアンジェの掌に置く。
「何だこれは?」
「これが目的の品だ、開けてみて」
袋から出たのは桃色と乳白色の稀石が連なった装飾品。
アンジェが公爵家から持って来た宝石と比べたら高価な代物じゃない。
但し、あの奇妙な格好の神官達によって神の祝福がかけられていた。
神と聖女を奉じる神殿とはまた違って武勇・勉学・開運・縁結びといろんな効果があると聞いている。
そして縁結びは子宝・安産にも通じている。
父さんが読んでいた本にそんな記事が書いてあったので子供達を連れて参拝した。
神殿に行った目的は唯一つ、アンジェの安産祈願だ。
「ライオネルとアリエルと一緒に参拝した後で特別に作ってもらったんだぞ」
「随分と手間をかけたな。わざわざそんな目的の為に南方まで赴いたのか」
「きっちり現地調査はしてきたよ、後で提出するから楽しみにしてろ」
「まったく」
口では文句を言いつつお守りを掲げるアンジェはどことなく嬉しそうだ。
これだけの為にわざわざ飛行船を飛ばし神官に頼み込んで特注のお守りを作ってもらった甲斐はあったな。
光を反射してるのか、お守りの石がキラキラ輝いて綺麗だな。
いや、本当に輝いてる?
アンジェも少し驚いた様子で見つめているとお守りから蝋燭の灯りぐらいの小っちゃな炎が宿った。
ゆらゆら揺らめていて今にも消えそうなのに寝室を照らす炎は何処か幻想的だ。
「なるほど、確かに霊験灼からしい。火が灯るとは恐れ入る」
「何でまた?」
「あそこのお守りは時折不思議な現象を起こすと耳にした。この目で見るまでは眉唾な話だと思っていたが」
「これでアンジェを護ってくれるって証明されたって訳だ」
「大切にしよう、わざわざお前が赴いて作って来たのだからな」
半月ぐらい見てなかったアンジェの笑顔。
そっと後ろから抱き締めても拒まない、むしろ体を密着させて来た。
壊れ物を扱うように手を添えると指が絡み合う。
「ずっと機嫌が悪かったのは何が原因だ?」
「悪くはない」
「嘘だ、ずっとうわの空だったぞ」
「いろいろと考え事をしているだけだ。悩みが尽きないのが困りものだが」
「王家と公爵家の争いか?」
「むしろお前だ」
なんか俺のせいにされた。
そりゃダメな旦那だけどアンジェが寝込むほどとは思ってなかった。
「もっと頑張るからさ、見捨てないでくれよ」
「リオンの努力は私が一番知っている。寧ろ、それを素直に認められない私の狭量が問題だ」
「どの辺が問題なんだよ」
「お前が成長すればするほど否応無しに様々な騒動に巻き込まれる。私と結婚した時点でリオンが隠居する機会は先延ばしになってしまった」
「覚悟はしてたさ。でもアンジェが傍に居るなら耐えられるよ」
「おまけに最近はやたらとお前に絡む女が増えている。オリヴィア、マリエ、カーラ、ディアドリー、挙句にミレーヌ様だ。こうも立て続けだと怒りを通り越して呆れる」
前のアンジェは俺が室や妾を持っても仕方ないとか言ってたのに随分な心境の変化だ。
今まで会った美人さん達が俺に絡む横で随分と手を出された。
あれ割と痛かったんだぞ、我慢したけど。
少しだけムカついたけどアンジェが嫉妬している事実を聞いたらついつい嫁を甘やかすのは仕方ないよね。
「俺に浮気する度胸は無いぞ」
「側室に追い回される夢を見た男が言っても説得力など皆無だ」
「夢です、単なる夢です」
「どうだか、胸が大きい女なら誰でも好きだろう」
「全然違います。惚れた女と大きなオッパイは別物です。愛と性欲は一緒じゃありません。惚れた女の胸が大きいなら最高じゃん」
「よく口が回るな、ミレーヌ様によると男は浮気をすると言い訳の為に多弁になるらしい」
ダメだ、何を言ってもアンジェに勝てない。
「いっそ真剣に王を目指してみるのも悪くないか。アンジェが政務を仕切るなら俺も楽が出来る。王宮の庭園で野菜を育てよう」
「王になって目指すのがそれか、玉座を何だと思っている」
「ただの椅子だろ?王って力がある奴がなるべきだと考えてんだけど」
「……それは正しい、正しいが口に出すな」
「出さないよ、アンジェの前だから言うんだ」
公爵家の娘だし、末席だけど王位継承権も持ってるんだからアンジェが女王になれば一番良いと俺は思ってる。
だけど婚約破棄のせいで王妃になる道は閉ざされた。
アンジェがこの国を支配する為には他の奴らを押し退けられる力を持ってなきゃ話にならない。
ホルファート王家とレッドグレイブ公爵家に対抗できるだけの軍事力を俺が持ってたら別だけど。
「王様かぁ……」
夢の中でバカでかいマントと金をかけた服とピカピカの王冠を被ってた俺の姿を思い出す。
どう見ても仮装にしか見えない、王より宮廷道化師の方がまだ俺に似合ってる。
溜め息を吐いてアンジェを抱き締めた。
でもアンジェと子供達を護る為なら王に為るのも悪くない。
半端な野心を持った参謀より狂って暴れ回って最後は討たれる大馬鹿の悪役の方がマシかもしれない。
アンジェの背を撫でながら胸の奥底で蠢く俺自身を灼く暗くて熱い何かを生まれて初めて感じた。
夫婦水入らず回です。
今章は成人向け回に力を入れたのでやや軽めの話になります。
この部はバルトファルト家の活躍もあるので、前章と合わせバルトファルト家の皆の深堀りと書きました。
タイトルのJunoはギリシャ神話の女神ヘラ。
ゼウスの浮気に悩む・縁結びや結婚の女神の意味合いで、原作小説で修学旅行に行った神社とリオンに対して感情を拗らせたアンジェのダブルミーニングです。
追記:依頼主様のご依頼でちーぞー様に挿絵イラスト、オカメン様、vierzeck様、柳(YOO) Tenchi様、Shedar様、酩酊ろっぱ様、Mu(ムー)様にイラストを描いて頂きました。ありがとうございます。
ちーぞー様https://skeb.jp/@chizodazou/works/6
オカメン様https://www.pixiv.net/artworks/113677436(成人向け注意
vierzeck様https://www.pixiv.net/artworks/113690959(成人向け注意
柳(YOO) Tenchi様https://www.pixiv.net/artworks/113696369
Shedar様https://www.pixiv.net/artworks/113793876
酩酊ろっぱ様https://www.pixiv.net/artworks/113740025
Mu(ムー)様https://www.pixiv.net/artworks/113870279
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