婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第47章 邂逅

 冬の楽しみは何か?

 温かい料理を食う、温かい風呂に入る、温かい布団で寝る。

 これに勝る冬の楽しみを俺は知らない。

 雪の中を駆け回るのは風邪を引いたのに気付かないアホな子供とアホな犬だけで十分だ。

 過去を振り返るとガキの頃の俺は可愛げが欠片も無い嫌な奴だったと気付いて少し悲しくなる。

 寒い冬は寝てやり過ごすのが一番だ。

 金がかからないし、腹が減ったら眠って誤魔化せるし、何より疲れない。

 冬眠するリスとかコウモリとかクマに憧れるとか自分でも妙なガキ過ぎて頭の中身が心配になる。

 

 だから冬場に薪を割ったり保管庫へ食べ物を取りに行くのは大嫌いだった。

 そんな『裕福な平民の方がもっとマシな生活してるんじゃ?』と思っていたバルトファルト家が空調完備で源泉から引いた温泉に入れる暑さ寒さと無縁の日々を送れるなんて思いもよらなかった。

 戦争で死にかけたんだし、この程度の役得が在っても怒られないだろ、むしろ俺をもっと労って欲しい。

 具体的には綺麗でオッパイの大きな優しい嫁と可愛い子供達に囲まれて三食昼寝付きの悠々自適な田舎暮らし。

 そんな生活を送るにはあと二十年ぐらい頑張らなきゃダメです。

 

 楽をする為に一生懸命に働かなきゃいけないっておかしくないか?

 この世界を作った神様は絶対に性格が悪い。

 なのでこのまま温かい布団で寝るのは理不尽窮まる残酷な世界への抗議であり、無慈悲な神様に対して人類の尊厳を護る崇高な戦いだと俺は思うのであります。

 

「つまり、何が言いたいんだお前は?」

 

 具体的には寒くて眠いから起きたくありません。

 このまま太陽が昇って暖かくなる昼間まで布団に包まりながら寝てたい。

 出来れば一生布団から出ずにダラダラと暮らしたい。

 隣で綺麗な嫁さんが一緒に寝てくれたら尚良し。

 柔らかくて温かいオッパイに顔を埋めてずっと寝てたい。

 

「さっさと起きろ!」

 

 無理やり毛布を引っぺがされてベッドの上を無様に転がる。

 俺の嫁さん、綺麗だけどおっかない。

 

「……おはよう」

「目が覚めたか」

「嫁が優しくないから二度寝したい」

「拗ねるな、子供かお前は」

 

 拗ねてアンジェが俺の望みを聞いてくれるならいくらでも拗ねるんだけど今まで一回も叶った試しが無い。

 いっそ泣き喚いたら叶うかもしれないけど子供達に見られたら父親の威厳が死ぬ。

 俺は子供達から尊敬されるパパでいたい。

 窓の外を見るとまだ日の出前だ、冬の朝が一番気温が冷え込む。

 室内の温度は空調で常に保たれているはずだけど窓ガラスは結露して体は何処か肌寒く感じる。

 

「こんなに早く起こすなよ」

「定期船の始発はもうすぐだ、私達が家を出る前に起こさなければリオンは昼まで眠ったままだろう」

「ガキ扱いすんな」

「じゃあ一人で起きられるのか?」

「……」

「まったく」

 

 溜め息をつくアンジェを尻目にノロノロと着替え始める。

 こういう時は貧乏な昔が懐かしくなる。

 寝間着のまま家の中を歩き回っても誰も咎めなかった。

 今じゃ領主としての威厳とやらを保つためにずっと堅っ苦しい貴族の振る舞いを強要される。

 権力が増すほど好き勝手に生きる自由はどんどん減っていく、今じゃ野良着で畑を耕すのすら覚束なくなった。

 

「空港、増築するかぁ」

「その費用を何処から捻出する気だ」

「……無理?」

「現状では厳しい。せめて療養施設の収益が増える見通しがあるのなら融通できるが」

「何時かはしなきゃいけないな」

 

 定期的にバルトファルト領の空港から他領に向かう飛行船は平民向けの移動手段だ。

 近くの浮島同士を行き来して人や荷物を運搬する。

 個人で他領に行けない平民にとっては欠かせない移動手段でバルトファルト領も特定の領地する定期船、周辺の領地を巡回する定期船が往来してる。

 

 バルトファルト領の空港は三つある。

 荷物の搬入搬出を目的とした空港、療養に訪れる奴らや領地の奴らが他領に行く時に使える定期船がある空港。

 そしてバルトファルト領の戦艦と領主が保有する飛行船の離発着を行う空港だ。

 やんごとなき貴族様の飛行船が使うには貨物用は慌ただしくて無理、民衆用は狭くてこれまた停泊できない。

 仕方ないから軍事用の一部を使用しているがこれも広さに限りがある。

 聖女様御一行をお招きして慰霊祭を行った時は近隣の領地から多数の貴族が押し寄せそうになってヤバかった。

 周辺の警護という名目でうちの戦艦を飛ばして無理やり空きを作り停泊してもらった。

 けど、それでも足りないから仕方なく貨物用の空港に一時停泊してもらったが不満の声が上がっちまった。

 予定した招待客よりオリヴィア様を一目見ようとして連絡も無しに訪ねてくるお貴族様達もどうかと思う。

 でも向こうは爵位が同じか俺より下でも貴族の経験が長いから文句も言えない。

 

 だからと言ってこれからバルトファルト領を訪ねる貴族が増える見込みも無いのに空港を増設するのは無駄な出費になりかねない。

 それぐらいならまだ良い。

 現状で一番困るのはうちの領内に武装した飛行船が頻繁に訪ねて来るという異常事態が続いているという問題だ。

 

「いっそ武装しないなら来てくれて構わないんだけどなぁ」

「先方にも面目がある。大事な娘を送り出すのに非武装という訳にもいくまい」

「そもそもあの二人結婚するのか?」

「流石にそこまで我々には分からん、あの二人の関係次第だ」

「どうしたもんかねぇ」

 

 発端は兄さんとドロテアさんの交際が決まってからだ。

 本来なら家格が下の俺達がローズブレイド領を訪ねるのが筋ってもんなんだが、ドロテアさんは兄さんが訪ねてくるのをずっと待ち続けるのが我慢できないらしい。

 ついにはローズブレイド家の飛行船を使ってバルトファルト領を数日おきで訪ねるようになった。

 

 ただ、そうなると色々と問題が生じるが世知辛い世の中だ。

 バルトファルト一族(うち)は新興貴族の子爵家と長年辺境で平民同然の暮らしをしてきた男爵家の集まりだ。

 爺さんや父さんの代から仕えてくれる騎士が何人かはいるけど殆どが俺の代になって新しく雇い始めた連中ばっか。

 家督が継げない貴族の次男三男や気が荒く礼儀作法も学んでいない平民が多い。

 俺の功績とアンジェの人脈と兄さんの仲裁でどうにか成り立ってる軍だ。

 

 一方でローズブレイド家は冒険者としての実績と代々続いた名門という誇りを持って統率された軍。

 そんな騎士や兵士が顔を合わせたら揉め事が起きない訳が無い。

 うちの連中は相手を「気取って鼻持ちならないお坊ちゃま騎士」と敵視するし、向こうも「礼儀も統率も覚束ない野蛮な奴ら」と蔑んでるのがありありと分かる。

 貴族同士の婚姻ってのは人脈を広げるのに一番手っ取り早い方法だとアンジェは言ってる。

 だけど兄さんの婚約だけでこの調子なら他の三人の結婚を考えたら今から胃が痛くなる。

 

 どうしたら仲が拗れないか相談した結果、ドロテアさんが『それなら私がローズブレイド家の飛行船を使わなければ良いだけです』と平民向けの定期船を使ってバルトファルト領を訪ねて周囲を唖然とさせた。

 あの人、本当に兄さんの事になると思い切りが良過ぎて逆に困る。

 王の側室にだってなれる名家のお嬢様がそこまで兄さんに入れ込む理由が本当に分からない。

 そもそも貴族同士の結婚ってのは位階や爵位が比較的近い家同士でやるもんだ。

 違うとしても一段階が限度、伯爵家のドロテアさんと男爵家を継ぐ予定の兄さんじゃ余程の事が無いと結婚は無理だ。

 

「何だ?」

「別に」

 

 そういや俺とアンジェは兄さん達以上に家柄の差がある。

 公爵家の令嬢で王位継承権すら持ってるアンジェが戦争で手柄を上げたとはいえ殆ど平民だった俺と結婚させるのは絶対ありえない。

 普通なら公爵家の連中から文句が出てもおかしくないはずだけど、公爵家の面々の俺に対する扱いはどう見ても下級貴族にするとは思えないぐらい丁寧だ。

 まぁ、使用人やらメイドから裏で『子爵はお嬢様の夫に相応しくない』と陰口を叩かれてるのは知ってるさ。

 アンジェが俺には勿体ないぐらい良い女なのは気付いてるから文句は無いけど。

 でも公爵家の親戚連中が嫌味を言う程度で積極的に反対しなかったのはどう考えてもおかしい。

 貴族になっていろんな経験を積んだ今だからこそ分かる。

 公爵は俺に何か隠してる、もしかしたらアンジェも?

 

 もう一度視線をアンジェに移す。

 怪訝な顔で俺を見つめ返すアンジェが隠し事をしてるとはどうしても思えない。

 一瞬でもアンジェを疑った自分が恥ずかしかった。

 答えの出ない思考は止めよう。

 穏やかな人生を送る秘訣は敵を作らない、深入りしない、敢えて力を抑えて余力を残すだ。

 秘訣を全く活かせない人生を歩みっぱなしで、絶賛厄介ごとに巻き込まれ中だけど。

 

「今日は本当にライオネルとアリエルも連れて行くのか?」

「たまには他の領地も見た方が良い勉強になる」

「姉貴とフィンリーが行くだろ、アンジェと子供達まで行かなくてもいいじゃん」

 

 ドロテアさんは伯爵家のお嬢様なのにバルトファルト家の連中に気安く接している。

 仕事中の兄さんに付いて回るし、父さんと母さんを見下す事もない。

 兄さんの弟妹の俺達に対して嫌う素振りすらないから本気で兄さんに惚れているみたいだ。

 ただローズブレイド家の連中の前じゃ毅然と名家のお嬢様らしく振る舞うから、あくまで兄さんの身内な俺達だから尊重しているんだろう。

 そこが少し怖い。

 ドロテアさんが兄さんに惚れて困ったのは姉貴とフィンリーだった。

 

 ただでさえ戦争で若い貴族の男が死にまくったせいで今のホルファート王国は貴族の女が余っている。

 今までなら貴族のお嬢様は何をしなくても自然と男が寄って来たもんだが、今じゃ男が女を選ぶ時代だ。

 聞いた話じゃあまりにひどい嫁と離婚しても裁判で旦那側の訴えが全面的に受け入れられたらしい。

 嫁にするなら気立てが良い女と結婚したいのは男なら当然。

 炊事・掃除・洗濯・針仕事が出来なくて血筋だけが取り柄の女なんて今じゃ誰も相手にしない。

 貴族の奥様方が子供を産みさえすれば後は悠々自適に過ごせる時代はとっくに終わった。

 公爵家のアンジェはもちろん、伯爵家のドロテアさんまで兄さんを手伝おうと躍起になったりお手製の弁当を作っている。

 やっと危機感を持った俺の姉と妹はアンジェにいろいろと学び始めたり、ドロテアさんをどうやって男に気に入られるか必死に観察してる。

 もし嫁入り出来なかったら俺か兄さんの所で狭い部屋で独り寂しく生きなきゃならないからそりゃ気合も入るさ。

 そんな訳で姉貴とフィンリーは遅まきながら淑女教育の真っ最中です。

 

「この目でどれだけバルトファルト領を訪ねる者が多いか確かめたい。その数次第で今後の領地経営に変更が出るやもしれんからな」

「わざわざ貴族の奥様が自分で調査する事じゃないと思うぞ」

「なら私を屋敷に閉じ込めるな、領地の外へ出向くのを禁じなければ良い」

「心配なんだよ、ただでさえ妊娠してるんだから」

 

 優しくアンジェのお腹を擦る。

 妊娠して半年、そろそろ胎動が始まって服も妊婦用の物に変える時期だ。

 目に見えてアンジェの体の変化が分かればどうしても過保護になるのはしょうがない。

 

「昼過ぎには帰る、大人しく屋敷で待っていろ」

「やっぱ護衛を連れて行けよ、女子供だけだと不自由だろ」

「不自由だから楽しい、母子の健康の為に我慢しろ」

 

 アンジェの提案を渋々ながら受け入れる、俺はアンジェの尻に敷かれっぱなしだ。

 寝室を出ると冷えた廊下の空気に思わず身震いする。

 そろそろ空港に向かわないと定期船の始発に間に合わない。

 玄関では姉貴とフィンリーが待機して眠たげなライオネルとはしゃぐアリエルをかまってた。

 

「頼むぞ姉貴、フィンリー」

「頼まれてあげるから感謝なさい」

「じゃあ、はい」

 

 フィンリーがおもむろに俺の前に手を差し出す、つまり金を払えと。

 

「そこで小遣いを請求するからお前は嫁入り先が見つからないんだと思うぞ」

「息子と娘の面倒を見る優しい妹にお兄ちゃんは快くお小遣いをあげるもんなのよ」

「ほら、さっさと払え」

 

 まぁ、仕方ないか。

 懐から財布を取り出して紙幣を姉貴とフィンリーに、硬貨をライオネルとアリエルに手渡す。

 

「うわ、十ディアとかマジ?」

「ケチな男は嫌われるわよ」

「ライオネルとアリエルの二倍だぞ、菓子と飲み物でも買え」

 

 文句を垂れる姉妹を無視して扉を開ける、馬車の用意は済んでいた。

 ライオネルを抱き締めても半分夢の世界で反応が悪い、アリエルは露骨に嫌な顔をされた。

 パパ悲しいぞ。

 最後にアンジェを抱き締めて頬にキス、アンジェも俺を抱き返して頬にキス。

 

「早く帰って来てくれ、寂しくて死にそう」

「きちんと仕事をしろ、二度寝するなよ」

「わかった」

「早く行くよ~!」

「そこのイチャイチャしてる二人~!さっさと終わらせろ~!」

 

 せっかくいい所だったのに、あの姉妹は本当に空気が読めない。

 溜め息を吐くと息が白く染まった、冬の寒さは肺の中の空気すら凍らせそうだ。

 馬車に乗り込んだ五人を見送りながら見えなくなるまで手を振り続ける。

 地平線が紅く染まり新しい一日の始まりを告げているようだ。

 寒さに身震いしながら屋敷に戻ってベッドに入る。

 あと少しだけ、ベッドに残ったアンジェの匂いに包まれながら寝よう。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 欠伸を噛み殺しながら書類に目を通す。

 いつもなら昼飯を食った後は小休止で昼寝をしたい気分だけどアンジェが居ない穴は俺が埋めなきゃいけない。

 睡魔と闘いながら机の上に置かれた書類に目を通して判を押す。

 これでも事前にアンジェが吟味して俺の承認を待つだけの仕事を振り分けてくれた量だからありがたい。

 

 少しでもアンジェの負担を減らすには俺が成長しなくてはならないのが悩ましい。

 俺がさっさと隠居する為には真面目にコツコツと実績を積み上げて自分の子に引き継がせるのが一番手っ取り早い。

 楽をするには真面目に頑張るという本末転倒な世の中の摂理を感じながら今日も仕事に精を出す。

 今の所バルトファルト領で一番の問題はどうやって収入を増やすかだ。

 開拓して農地を広げようとしても収穫が安定するには十年以上の歳月がかかる。

 湯治に訪ねてくる温泉目当てな奴らは平民が多くて貴族の客は少ない。

 

 まぁ、この領地はもともと未開拓だった王家の所領を俺とアンジェとバルトファルト家の皆が頑張って軌道に乗せた領地だから貴族の土地としての歴史は十年に満たない。

 ダンジョンも歓楽街も無い温泉だけが取り柄の田舎をわざわざ訪れるような物好きな貴族はそう多くない。

 おまけにフォンオース公国との戦争に参加した貴族達は損害をどう埋めようか悩んでる最中だから意外に財布の紐が固い。

 むしろ戦争で儲けた商人や恩賞を受けた下級貴族や騎士の方がうちの経済を潤してくれる。

 

 それに加えてここには戦争で亡くなった人々の慰霊碑が建てられたばかりだ。

 二度もホルファート王国の危機を救った聖女オリヴィア様が祝福したとここら一帯で評判になってる。

 平民なのに聖女になって王国の為に戦ったオリヴィア様の評判は留まる所を知らない。

 今じゃ王国の女の子の憧れは女冒険者や貴族の嫁さんじゃなくて神殿の聖女ときたもんだ。

 元気の無い貴族に比べて平民の力が徐々に増してるように感じるのは本当に気のせいなんか?

 もしかしたら、そのうち王国は貴族と平民の立場が逆になるのかもしれない。

 

「ははッ、そんな馬鹿な」

 

 頭を掠めた考えを否定するように声を出して首を振る。

 そんな事になったらおちおち隠居も出来ない、俺が穏やかな生活を送るには王国が元気でいてくれなきゃ困る。

 いずれにしても貴族より平民の客が多いならそっちを優先した方が儲かるのは分かりきってる。

 アンジェが帰って来たら相談してみよう。

 机に向かって凝り固まった肩の筋肉を揉み解しながら時計を見る。

 そろそろ定期船が到着してもいい頃だ。

 空港には兄さんとコリンが出迎えに行ってる、屋敷に居るのは両親と俺だけだ。

 普段は耳を澄ませば聞こえて来る子供達の声が聞こえて来ないのは少し寂しく感じる。

 たった半日離れるだけで落ち着かなくなるとは俺も子煩悩の仲間入りらしい。

 

トンッ トンッ

 

「入れ」

 

 扉をノックされたから入室を許可すると恭しく頭を下げた使用人が入って来る。

 どうやら待ち人が来たらしい。

 

「子爵様、来客です」

「分かった」

 

 席を立ち服装を整えて応接室に向かう。

 ドロテアさんは俺の服装なんか気にしそうにないけど、一応は体面と礼儀ってもんがある。

 来客は礼儀正しくお迎えしないと後でいろいろと面倒な事になりかねない。

 応接室の扉の前で軽く髪を整えて顔の筋肉を緩める。

 とにかく笑顔だ、愛想良く振る舞えば絡んでくる奴はそんなに増えない。

 息を整えて首を振ると使用人が扉を開けて俺は応接室へ踏み込む。

 

「やぁやぁ、これはこれ……」

 

 部屋に居たのは金髪の美女じゃなかった。

 緑、紫、赤、水色と目立つ髪色をした男が四人、備え付けのソファーに座って茶を飲んでる。

 ……根を詰めて働き過ぎたか、瞼を閉じて目元を何度も揉んでからもう一度瞼を開いた。

 やっぱり野郎四人が茶を飲んでやがる。

 使用人の肩を掴んで足早に応接室から出ると思いっきり扉を閉める。

 

「おい」

「如何いたしましたか?」

「来客って言ったよな?」

「はい、子爵様を訪ねて来られたお客様達です」

「どうしてローズブレイド家からの客じゃないんだよ!」

「そう言われましても、私は来客がいらしたと子爵様にお伝えしただけですし」

 

 何なのあいつら?

 呼んでないのに来やがって。

 正直会いたくない、何ヶ月も前に王都で殺し合いになりかけた連中なんか屋敷に入れたくない。

 アンジェ達が帰って来ない間にさっさと退散してもらうのが一番だ。

 

ドォンッ! ドォンッ! ドォンッ!

 

 思いっきり扉をぶっ叩きやがって、ありゃ馬鹿力のグレッグか?

 急いで扉のノブを握りしめて体を逸らして開かないように力を込める。

 

「開けろバルトファルト!どうして扉を閉める!?」

「俺の所に客なんて来なかった、さっさと失せろ」

「王都から僕達が訪ねて来たのにその言い草はなんだ!?」

「お前らが英雄だろうと貴族のボンボンだろうと俺の態度は変わらねぇよ!そもそもお前らと俺は顔見知り以下の関係だ!」

「まず話を聞いてくれないか!」

「断る!バルトファルト領(うち)の貴族用の宿を紹介するから泊まるのはそっちに行け!金はきちんと払ってもらうぞ!」

「遊びで来た訳ではありません!」

「お前らの存在がアンジェの胎教に悪い!揉める前にさっさと出てけ!」

 

 応接室から聞こえて来る声を無視したい、何で来るんだよ四馬鹿ども。

 お前らアレか?一度喧嘩したら親友とか思う絵物語に登場する友情譚みたいなの信じてるのか?

 生憎だけど俺は受けた恩は利息込み、やられた仕打ちは死なない程度に加算して返す性分だぞ。

 それに王都でお前らと揉めたのはアンジェに報告済みだ。

 俺が傷付けられてキレたアンジェがお前らの実家襲って王都を燃やすとか言い始めて宥めるのは本当に一苦労だったんだぞ。

 どうして俺の後ろをつけ回した連中を庇わなきゃならねぇんだよ?

 何度も扉のノブが揺れて叩く音が屋敷に響き渡る。

 こんな時に限って兄さんもコリンも外出中ときたもんだ。

 

「何をしてるんだ!?」

 

 振り返ると慌てた様子の父さんの隣に見覚えがある青髪の男が立ってる。

 マジかよ、何であんたまで来るんすか。

 

「久しいなバルトファルト」

「……お久しぶりですね、ユリウス殿下」

 

 いや、確かにミレーヌ妃殿下との連絡は貴方の担当だと聞きましたよ。

 社交辞令でいずれ会いたいとか言ったり手紙に書いたりしますよ。

 だからってそれは連絡も無しに訪ねて来ても良いって許可じゃありませんから!

 あれですか?殿下は意外とお暇なんでしょうか?

 だったら帰って、今すぐこいつらと一緒に帰って。

 

「久しぶりだなバルトファルト」

「前から一ヶ月も経ってませんよ殿下、何の用ですか?」

「そう邪険にするな、俺達も遊びで来た訳じゃない」

 

 むしろ遊びで来た方がマシだ。

 どう考えても厄介事の匂いが漂ってる。

 俺が露骨に嫌な顔をしているのを見て慌てた父さんに壁際へ押し付けられた、背中が痛い。

 

「リオン、何を仕出かしたんだお前?王子だぞ王子。どうして王子がうちみたいなド田舎に来るんだ?」

「いろいろあるんだよ、いろいろ」

「いろいろって何だよ?」

「それは言えない」

 

 王家と公爵家が争っているから裏で王妃に協力して何とか仲を取り持つ為に嫁と一緒に頑張ってますとか言えるか。

 言っても信じてくれるかどうか怪しいけど。

 

「どうするんだよ、うちには王族を迎えるような用意なんて無いぜ。下手すりゃ爵位と領地を失いないかねないぞ」

「何もしなくて良いよ、話だけ聞いたら帰るだろ。さっさと済ませてアンジェが帰るまでに家から出てってもらう」

 

 そろそろアンジェ達がドロテアさんを連れて帰って来る頃なんだ。

 こいつらがアンジェの心を掻き乱す前にきっちり始末しておきたい。

 父さんを払い除けて殿下と一緒に応接室へ入って椅子に座った。

 流石に体を鍛えてる男が六人も同じ部屋にいると窮屈だ、空気も暑苦しくて汗臭くような気がしてくる。

 

「……またお前らと顔を合わせるとは思わなかった」

「俺達だってそうだ、用が無ければ僕達もわざわざ辺境まで来ない」

「殿下、アンジェの案をこいつらに喋ったんですか?役に立つように見えませんよ。腕っぷしだけはさすがに認めてますけど」

「まだ説明していない。そもそも今日バルトファルト領を訪ねたのは別件だ」

「何だよ、その案ってのは?」

「そもそも俺達が役立たずとはどんな了見だ」

「うるせぇ、俺は殺し合いになりかけた奴に優しくするほど人格者じゃねえんだ」

「仕掛けてきたのはお前だバルトファルト」

「付け回したのはそっちが先だろ、忘れんな」

 

 どうにもこいつらが居ると喧嘩腰になる。

 出会いが最悪だった上、俺はアンジェを侮辱されて黙ってるようなヘタレじゃない。

 嫁の為なら公爵家はもちろん王家にだって喧嘩を売る。

 険悪な雰囲気の中でユリウス殿下だけが俺と四人の間に割り込んで止めようとしている。

 この人も意外と苦労してんのか、まぁその気遣いをもっと昔にアンジェにして欲しかったけど。

 

「二十日ほど前、王都で王国の現状に不満を持った地下組織の一斉検挙が行われたのは知ってるか」

「新聞で読んだ、お前ら大活躍だったらしいな」

「通称は『淑女の森』。貴族の女性を中心とした組織で歴史はかなり長い。ファンオース公国との戦争が始まる数十年前から活動を始めていた」

「人身売買、禁制品の密輸、貴族を暗殺し家督を乗っ取るなどの違法行為を長年にわたって繰り返していました。公国との戦争が終わった後は貴族籍を剥奪された者や王国と敵対している他国の支援を受け危険な反体制組織となりました」

「流石にこれ以上は放置できないと母上が秘密裏に検挙を計画し、本拠地を調べ上げるのに大分腐心しておられた」

「途中で仮面の騎士が現れて助けてくれたんだ。何者なんだろうなあの男?」

 

 相変わらず王都は魔が潜む場所らしい。

 煌びやかに栄えてても裏じゃ足の引っ張り合いって平民や下級貴族の命を何とも思わない貴族連中が犇いてる魔境だ。

 そんな所に俺を放り込もうとするなよ。

 

「それで皆さんはそんな連中をぶっ倒して逮捕、王都は平和になりましたとさ。めでたしめでたし、じゃあ帰ってくれ」

「最後まで話を聞け!」

「聞きたくない、どうせろくでもない事だろ」

「バルトファルト家にも関係があるから来たんだ」

「金なら無いぞ、むしろこっちが欲しいぐらいだ」

「そっちじゃない」

「我々は淑女の森を一斉検挙した。王都にある主要な拠点。各地に点在する裏取引の場所や集会場も同時だ」

「相手は手広く裏で活動してたからな。王都だけ潰しても組織を叩き潰せない」

「主要な幹部はほぼ逮捕して証拠も揃えた。彼女達の処罰は速やかに行われる予定さ」

「なら話は終わりだろ、帰ってくれよ」

「頼みますから最後まで聞いてください。貴方もたった今『ほぼ逮捕』という言葉を聞いたでしょう」

 

 聞いたけど聞かなかったふりをしたい。

 面倒に巻き込まれるのは嫌だ、どうして俺達を放っておいてくれないんだ。

 俺達は大人しく田舎でのんびり暮らしたいだけなのに運命は非常です。

 

「つまり捕まえ損ねた奴らが居るって事だろ、聞きたくもなかった」

「検挙を実施した日から王家が主導して捜査を続けていた。幹部連中は全員逮捕できたんだが」

「構成員までは手が届きません。末端の連中ともなれば何も知らずに関り合った商人等が大半ですし」

「俺達は王命でこの半月は各地の取りこぼしを現地の貴族と協力しながら一つ一つ潰して回った」

「お疲れさん、補給物資が欲しいなら売ってやる。特別価格で二割増しだ」

「金取るな!」

「値上げするな!」

「残っているのは戦闘要員の集団、そして元貴族の構成員数名にまで追い詰めました」

「追い詰められた武装集団が何を仕出かすか、お前なら分かるだろ」

「空賊になるか、他所に逃げるか。こんなとこか。手配書があるなら寄越せ。罪人を匿うほど俺も馬鹿じゃない」

「この辺りの治安は今どうなんだ?」

「悪くはない、と言いたい所ですね」

 

 戦争が終わったから治安が良くなるとは限らない。

 家を焼かれた連中が戦争で懐が温かい奴の家を襲うなんて日常茶飯事だし。

 解雇された傭兵や敗戦国の兵士が空賊に落ちぶれて商船を襲い始めるのもよくある話だ。

 武装集団と化して膨れ上がった空賊は地方領主じゃ対抗できない場合さえある。

 そうなると国が乱れるので空賊退治は王国軍の平時に於ける重要な任務の一つだ。

 冒険者稼業に比べて軍人は人気が無くて常に人材不足、そのおかげでゾラ達に追い詰められ家出した俺が兵役可能年齢ギリギリでも軍に入れたんだけど。

 

「戦争が終わったから即平和とはなりませんよ。空賊が時々現れて船を襲ってます」

「捕まえようとしてないのか?」

「こちらも探索はしてますが空は広い。探索用の気球を飛ばしたりしてますが目立った成果は出てないのが実情です」

「兵の数が足りていないんじゃ」

「英雄殿には辺境の成り上がり者が戦争で空いた穴を埋めるのがどれだけ大変か分からないだろ。今は領地を護るのが手一杯なのさ。周辺の領主とも相談して交易には軍を同行させたり、金を出し合って傭兵を雇ったりしてる」

 

 そもそもバルトファルト家は戦功や空賊退治でギリギリ貴族の地位を保ってたような家系だ。

 あんな連中をのさばらせるほどうちの連中は優しくないし荒事に慣れてる。

 俺の才能もそんな遺伝なんだろうな、もっと別の才能が欲しかったけど。

 

「これで話は終わりですか?」

「いや、まだお前から情報をもらっていない」

「俺が何を知って……」

 

ドンドンッ!! ドンドンッ!!

 

 突然、激しい音が扉から聞こえた。

 その音が扉をノックしている音だと気付くまで数秒かかった。

 何事かと思って扉を開くと倒れるようにコリンが部屋に入って来る。

 急いでたのか額から汗が流れてシャツを濡らしている。

 

「兄さん!リオン兄さん!」

 

 俺を見つけたコリンに思いっきり肩を掴まれる。

 手に込められた力の強さに顔を顰めるけど普段大人しいコリンが此処まで慌てるのは異常事態だ。

 

「大変だよ!」

「落ち着け、何があった?」

 

 耳を塞いで目を閉じたい、どうせまた嫌な事が起こったんだ。

 運命の神様はとことん俺が嫌いらしい。

 コリンは俺以外に殿下達が居るのに気付かないぐらい慌ててる。

 何事かと父さんまで応接室に入って来た。

 コリンの報告を聞いていく間に自分の頭から血の気が引いていくのを実感する。

 全てを聞き終えて把握した瞬間、俺は全力で駆け出した。




五馬鹿再登場。
真っ当に成長したので逆にリオンが大人げないのは好感度が低めだから。
ドロテアさんはニックスの為なら何してもおかしくないのが便利過ぎる。
この部では五馬鹿の活躍を書く予定なのでお待ちください。

追記:依頼主様のご依頼できなこ様、Ξoshiri様、ドータン様、namukot様にイラストを描いて頂きました。ありがとうございます。
きなこ様https://skeb.jp/@mzknk0/works/5
Ξoshiri様https://skeb.jp/@XI_Oshir1/works/7(成人向け注意
ドータン様https://www.pixiv.net/artworks/unlisted/UeQcvs7dQMdzBgDu5LSq
namukot様https://www.pixiv.net/artworks/114243738

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