婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです 作:品☆美
「父さんの正妻は嫌な奴だった。領地に来ないで王都で暮らしてるくせに金だけは強請る典型的な放蕩貴族女さ。正妻が産んだのは浮気相手との子供でバルトファルトの血筋じゃなかった。両想いなのに母さんは身分が平民ってだけで妾扱い。奴の子供達に俺と兄弟姉妹は従者か奴隷みたいにコキ使われてきた」
きちんと淹れた紅茶と何とか無事だった焼き菓子を用意してベッドの横に腰掛ける。
相変わらずリオンは横になったままだが無理をさせる訳にはいかない。
「俺が結婚できる年齢が近づいたら正妻はどこぞの貴族に俺を売り飛ばす腹積もりなのが分かった。そんなのは絶対に嫌だからどうにかして身を立てる必要があったんだ」
その辺りの話は男爵夫妻から既に聞き及んでいる。
「貧乏貴族の子供の進路は大体三つに分かれてる。機転が利く奴は商人、野心に満ち溢れる奴は冒険者、腕っぷしが強い奴は兵士になる。俺は勘が鋭くてもコネが無い、御大層な野望を抱いてない、だから兵士になった。正当な理由もなく軍に所属している兵士を家に連れ戻そうとしたら逆に咎められるしな」
大貴族の令嬢として育った私が知らない下級貴族の現実が其処にあった。
「金を貯めて退役できる年齢になったらさっさと辞めて田舎に引っ込み退職金を元手にのんびり暮らそうと思っていた。空賊相手に手柄を立てたのも少しでも多く金が欲しかっただけ。愛国心とか正義感なんて持ち合わせちゃいなかった」
リオンをバルトファルト卿と敬う者達には聞かせられない動機だった。
「状況が一変したのはファンオース公国との戦争が始まってから。金稼ぎに躍起になっていたのが仇になった。若くても多くの実績を持っていた俺は最前線行き。後悔しても今更手遅れだった」
彼の優秀さが自身を追い詰める結果になるとは何とも皮肉な話だ。
「戦闘に突入して初めて人を殺した。俺の顔を見つめながら怨み言を吐いた敵兵を撃った後にその場でゲロを吐いた。無我夢中で戦って股が気持ち悪いと下を見たら気付かない間に小便漏らしてたよ。漸くその時になって気付いた。空賊を退治する事と敵国の兵士を殺す事は全く違う。俺は兵士に向いてなかった」
喧嘩した事はあっても人を殺めた事すらない私の想像を超えた戦場の生々しい現実。
「朝飯を一緒に食った戦友が夜になっても戻って来ない。次の日の朝に荷物が片付けられて別人がその場所を使い始める。訓練の合間に紅茶をご馳走してくれた没落貴族の上官、猥談しか話さなくて俺を娼館に誘った先輩、愛国心が暑苦しい熱血馬鹿の同期。知ってる奴がまるで最初から存在しなかったみたいに消え失せた」
顔見知りの死に際を看取れなかったのは神が与えた慈悲か、それとも人を殺めた罰なのか。
「俺の隣で敵兵に撃たれた奴の死亡報告書を書いた事もある。書類に必要な事を書いたらたった数百字程度。人が死んだのにその人生の全てが薄い紙きれ一枚。命ってのはこんなにも軽く儚い代物だと分かると必死に生きる事さえ馬鹿馬鹿しくなる」
その言葉は私の胸を深く抉った。上級貴族は算術に長けている者が多い。故に領民を単なる数字として捉え人として認識しない。
「俺が出世したのは単に部隊で他の古参が死にまくって繰り上がっただけ。十代半ばの現場指揮官なんて笑えないね。死にそうな目に会っても何故か俺はいつも軽傷で済んだ。生き汚いから死んで楽になる事も出来ない。ずっと地獄から抜け出せないのさ」
死を救済と考えるのは現実があまりに苦痛だからこそ楽になりたいという当たり前の心理である。
「最悪だったのは終戦間際の戦いだった。敵軍に囲まれて指示を仰ごうと慌てて本営を訪ねたら上級士官は全員いなかった。奴らは兵士を見捨てて自分達だけ逃げ出したんだ。呆然としながら悟ったよ。『あぁ、俺は今日死ぬんだな』って」
なんだそれは?
貴族が尊いのは領地や民を護る為の
そんな卑怯者が国の上層部にいたという事実に吐き気すらこみ上げる。
「今日が自分の命日と分かったら妙に頭が冴え出した。部隊の兵士を全員集めて『どうせ死ぬなら華々しく散ってやろうぜ!軍歌で讃えられる英雄みたいに!公国の奴らに俺達の強さを思い知らせよう!』と威勢の良い言葉を吐きまくった。完全に自暴自棄だった」
リオンを責める事は出来ない。彼は与えられた状況で自分が出来る役目を果たしただけだ。
「逃げ出した上官の情報をわざと公国軍に漏らした。追いかける公国軍が拠点を通り過ぎた直後に不意打ちをかました。命も鎧も銃弾も総てを吐き出す大盤振る舞い。部隊の全てを攻撃に回した」
おそらく部隊の全員が死兵と化したのだろう。勝ち戦に驕った公国の司令官はまんまと背後の隙を突かれ戦場の露と消えた。
「搭乗した鎧が撃沈されて顔の左側から血がドバドバ流れるのを感じながら必死で脱出した後の事はほとんど憶えてない。気が付いたら王国の野外病院に搬送されていた。俺の戦争はそこで終わり。いや、終わる筈だった」
話し終えたリオンがカップに口を付けたのにつられて紅茶を飲む。冷めた紅茶は私を温めてくれなかった。
「終わる
含む所がある物良いに眉を顰める。彼にとって未だに戦争は終わっていないのか。
「傷が癒え始めた頃に褒章授与が行われたよ。無位無官の小僧から子爵様に大出世さ。軍に残ってくれないかと乞われたけど負傷を理由に退役した。もう誰かを殺すのも誰かに殺されそうになるのも嫌だった」
リオンは兵士の才能はあったのかもしれないがその性格が余りに兵士にそぐわない。無理もなかった。
「領地を貰って漸く夢見た悠々自適の生活かと思っていた矢先におかしな事に気付いたんだ」
「何が起きた?」
「夜眠れない、静かな場所なのに騒音が聞こえる、陽の光が怖い、背後から視線を感じる」
この世界には多くのモンスターが存在する。
肉体を持たず霊体のみで活動する種も確認されているが人間の居住地に現れる事例は極めて稀だ。
「決定的だったのは家族と一緒に飯を食ってた時に突然戦場に戻った。訳が分からなくてとにかく身を護ろうとした。気を失って目が覚めたら紐で椅子に括り付けられてたよ。父さんと兄貴は体の至る所に痣が出来て、弟と女連中が泣いていた」
その異常さに絶句する。リオンに一体なにが起きた?
「皆の話じゃ俺がいきなり暴れ出したらしい。父さんと兄貴は俺を抑えてる間に家族を逃がした。テーブルや椅子が倒れてて割れた食器が床一面に散乱していた。嘘だと思いたかったけど自分の手足に付着した血や絨毯の上に残った跡から俺が暴れたのが真実だと認めるしかない状況だった」
付き合いは短いがリオンは衝動的に暴れるような性格ではない。
「その日から寝ると悪夢を見るようになった。俺が撃った敵、俺と一緒に戦ってた戦友、俺の立案した作戦を信じ戦い抜いた新兵。全員戦争で死んだ奴だった」
背中に冷たい物が走る、まさか幽霊だというのか。
「医者に診てもらったら戦争の後遺症で俺の精神は滅茶苦茶になってる事が分かった。暴れる事も症状の一つさ」
人間の精神は想像以上に脆い。
許容量を超えた怒り・悲しみ・恐怖・苦痛を感じた場合、精神が崩壊する事を避ける為に退行・忘却・人格の分裂などが起こってしまう。
そして異常事態が長引くと精神は逆に環境に対し過剰に適応してしまうのだ。
つまりリオンの精神は過酷な戦場を生き延びる為に異常な環境に適応した。
そして、今の穏やかな環境こそ戦場に適応したリオンの精神にとって異常事態となる。
「俺が暴れる度に家族みんなが傷ついていった。みんな優しいから何でもないように振舞うのを見るのがつらいんだ。最もヤバいと自覚したのは草原を開拓してる領民が戦場で俺を殺そうとする敵兵に見えた時。俺の頭はもう敵味方の判別すら覚束ない」
そう自嘲するリオンの目は虚空を見上げていた。
「俺が居ない方がみんな幸せになれると分かった時、俺に出来たのは誰も近づかない場所に閉じ籠る事だと思ってこの家を建てた。此処には俺一人しか居ない。誰も傷つけずに済む」
この別宅は城砦ではなく己を閉じ込める牢獄。
もうこれ以上聞いていられない。
私は自分の顔を手で覆うしか出来なかった。
リオンの過去回想編です
もし何のチートも持たないモブとしてリオンが従軍したら?というイメージで設定しました。
モブせかは華やかな乙女ゲー世界に見えて全体的に厳しい世界なのでけっこうキツい戦場描写にしました。
これでも「あ、これイジメ過ぎだな」と思いかなりカットしました。
現実でも帰還兵の方々がPTSDに苦しむケースが多いのでそうした記録を参考。
これで銃を持ったリオンが立て籠もり警察とバトルしたら完全にランボー(初代。
リオンもハイスペック軍人過ぎじゃね?と思いましたが本編でも攻略対象が敵国と戦って描写があるのでセーフ。
モブリオンは優秀だけどステータスは攻略対象に劣り特殊能力を持たないレベルのユニット性能の印象。
ナイツ&マジックが参戦したからモブせかもスパロボ参戦しないかな?