婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

50 / 175
第49章 空賊

 寒い。

 体のあちこちが凍ったと思うぐらい寒い。

 快晴の昼過ぎとは言っても季節は冬、おまけに周囲は雲が漂う天空の浮島。

 鼻水が垂れそうだし指先は寒さで小刻みに震えてる。

 乗ってるエアバイクは公爵家に譲られた払い下げ品だけど、辺境の貴族が所有するには高級過ぎる逸品だ。

 貰い受けてから傷が付いたら大変だとろくに運転しないままずっと倉庫に布を被せて保管してる。

 数ヶ月おきに点検と乗り方を忘れないように屋敷の周りを走り回る程度しか乗ってない。

 普段は空港へ向かう移動手段は徒歩か馬車だ。

個人所有のエアバイクなんて置き場所にさえ困るぐらいバルトファルト家に縁が無い代物だぞ。

 

 とにかく今は時間が惜しい、状況は悪くなる一方だ。

 情報を完璧に把握するには自分が現場に行くのが一番手っ取り早い。

 俺は天才じゃない、何も無いような場所で躓くのが珍しくもない凡人。

 そんな凡人が他の奴らに先んじる方法は相手が動き出す前に行動するしかない。

 家を飛び出しエアバイク乗り始めて数百秒、やっと空港が見えて来る。

 目的地へ地形や障害物を無視して最短距離を突っ走れるのがエアバイクの良い所だ。

 少しずつ速度を緩めて空港近くの空き地へ着陸態勢に入る。

 慌てて飛び出した挙句に怪我でろくに指揮できない領主とか笑い話にもならない。

 エアバイクを着陸させた瞬間、鍵もスイッチもそのままに空港へ向かって走り出す。

 家族とエアバイク、どちらが大切かなんて分かりきってる。

 

 冬空を飛び続けて体の感覚は麻痺しかけてるけど頭と胸だけは火が付いたみたいに熱が籠ってる。

 無理やりでも体を動かしてりゃそのうち手足の感覚も戻るだろう。

 とにかく人の声がする方角へ走り続ける。

 空港に近付けば近付くほど人だかりと驚きの声増えていった。

 

「どけッ!道を空けろ!」

 

 道を塞いでいる暇人を怒鳴りつけて強引に前に進む。

 言い返そうと振り返った奴らは俺が誰か分かった瞬間に慌てて道の端っこへ退避した。

 空港に停泊してる飛行船で周りに人が集まっている一隻に駆け寄ると顔見知りの騎士が俺の存在に気付いて敬礼される。

 定期船の周囲は異様な熱気に包まれてる。

 兵達の誘導に大人しく従っている乗客は全員憔悴した顔つきだ。

 空賊の襲撃に遭うなんて移動手段が限られて機会も少ない平民なら滅多に遭遇しない。

 資源を輸送する大型飛行船や貴族専用の豪華飛行船の方が標的にされやすくて、空賊がわざわざこんな平民ばかりの飛行船を狙う理由なんて何処にも見当たらない。

 軍人時代に学んだ空賊の行動パターンと比較して襲撃の異様さに心を掻き乱される。

 この襲撃は偶然なんかじゃない、計画されたと考えて間違いない。

 そこまで考えて頭の中が破裂しそうなぐらい怒りがこみ上げる。

 とにかく皆の安否を確認しないと。

 

「リオン!ここだ!」

 

 声の方向に顔を向けると兄さんが騎士や兵に指示を出しながら俺に近寄って来る。

 報告にコリンを向かわせたのは兄さんの指示だろう。

 この状況を纏めるにはコリンはまだ経験不足だ。

 

「状況は!?」

「飛行船の損傷は軽微、乗客に被害はほぼ無い。何人かは取り乱してるから呼んで来た医者に診せてる」

「乗客以外に被害が出てるのか」

「戦闘で乗務員が負傷した。ほとんど軽傷だけど何人かは傷が深い」

「それ以外は!?」

「ローズブレイド家の護衛が三人死んだ、生きてる一人も重傷で会話できる状態じゃない」

「そっちじゃねえ!」

 

 領主としてはひどい振る舞いだと自分でも分かってはいるんだ。

 だけど、こんな緊急事態に取り繕うなんて無理に決まってる。

 俺にとって一番大切なのは俺の家族、今一番知りたいのは家族の安否の方だ。

 言いづらそうに俯く兄さんの横から見慣れない男が割り込んで来た。

 服装から船員だと察する。

 

「子爵様、私が船長です。全ての責任はこの私にあります」

「……お前が責任者か」

「どのようにお詫びすればよいか分かりません。如何なる処罰を下されても手向かい致しません」

「何があったか話せ、アンジェはどうした?」

「奥様は空賊に攫われましッ!?」

 

 言葉を聞き終えた瞬間、意識が飛んだ。

 気がつくと兄さんの顔が目の前にある。

 右腕は騎士に掴まれてるし腰と背中も誰かが抑え込んで動けない。

 唯一自由な左手は船長の襟首を握っていた。

 どうやら船長が吐いた言葉の意味を理解した瞬間にキレて殴りかかったらしい。

 兄さんは俺が怒り狂うと予想して備えてたみたいだ、正直かなりムカつく。

 

「誰だァ!?何処のクソ共がアンジェを誘拐したッ!?」

「落ち着けリオン、アンジェリカさんだけじゃない。ドロテアさんも誘拐された。ジェナとフィンリーも一緒だ」

 

 近くに置いてある木箱を思い切り蹴り飛ばす。

 中身が空だったのか俺の力が強過ぎたのか分からないが木箱は回転しながら宙を舞い地上へ落ちる前にバラバラに砕け散った。

 

「今すぐ兵を集めろ!非番や退役した奴らにも声をかけまくれ!飛行船を飛ばす準備を始めるぞ!」

「何をするつもりだ」

「みんなを助ける!俺に喧嘩を売ったらどうなるか空賊に骨の髄まで叩き込んでやる!こんなふざけた真似をやらかした全員の首を斬り落として道端に曝す!」

「落ち着け!」

「落ち着いてられるかッ!!」

 

 物か人に八つ当たりしないと怒りで理性が飛びそうになりそうだ。

 感情の制御が全く追いついてくれない。

 アンジェは妊娠してるんだぞ。

 姉貴とフィンリーもひどい扱いされないか心配だ。

 空賊の慰み者にされ心が壊れたり殺された女を俺は今まで何人も見てきた。

 ドロテアさんも捕まったならローズブレイド家から抗議が来るだろう、下手したら家同士が争う事態になりかねない。

 考えれば考えるほど最悪の事態を思い浮かんで眩暈がする。

 心を落ち着かせるなんてとてもじゃないが無理だ。

 

「動かせる飛行船を教えろ、俺が現場に行く。少しでも手掛かりになりそうな物を探すぞ。あと乗客に事情聴取、有益な情報が無いか全部吐かせろ」

 

 近くにいた騎士に命令を下しながら警備用に携帯していた長剣を奪って強引にズボンとベルトの間に差し込む。

 空賊の襲撃が起きた場合は初動捜査が解決の鍵だ。

 時間が経てば経つほど状況は悪化する。

 空賊事件が未解決で終わる原因の大部分は初動捜査の遅さだ。

 乗員が誰か、積み荷は何かを判明するまで面倒くさい手続きをした挙句に全貌が分かった頃に空賊は遠くに逃げて被害者は襲われ損の結末だ。

 当たり前だけど空には山も川も存在しない。

 国境も分かりづらい上に密入国できる穴は至る所にある。

 飛び続けられるだけの燃料や食料を用意して捕まらないように立ち回れば飛行船は何処までも飛んで行ける。

 どんなにデカい飛行船も空全体からみたらあまりにも小さい。

 それこそ砂漠に落とした麦粒を探すようなもんだ。

 捜査の労力が報われる事はほぼ無い。

 逃走の隙を与えないように即断即決が解決する為の最適解だ。

 

「冷静になれ、出発には時間がかかる。最低限の準備をしなきゃ二度手間になっちまう」

「俺は冷静だ、こんな事をした馬鹿野郎共をどうやって殺すかずっと考えてる」

「今のお前は暴れる事しか考えてないだろ」

「邪魔するなら相手が兄貴でも叩っ斬るぞ。大人しく道を空けろ」

 

 必死に俺を説得しようとする兄さんを押し退けバルトファルト家が所有する軍が駐在してる空港へ向かおう。

 俺の行動を阻むならたとえ家族でも俺の敵だ。

 八つ当たりの相手が兄さんでも構わねえ。

 誰かにこの怒りをぶつけなきゃ落ち着かない。

 

パァンッ!!

 

 いきなり右の頬に痛みを感じて振り向いたら何度か見た顔がそこに佇んでた。

 そういやこの人が攫われたとは聞いてなかったな。

 むかっ腹が立ってる今の俺が殴り返さないのは奇跡だった。

 いつもは紳士な俺だけど今は相手が女だろうと手加減するつもりは無い。

 

「……無事だったんすねディアドリーさん」

「おかげさまで、少しは茹だった頭が冷えまして?」

「どいてください。緊急事態ですから」

「怒りに我を忘れて足元がお留守ですわよ」

「今は忙しいんで一度しか言いません、そこをどけ」

 

 怒りを通り越して殺意すら宿る瞳で睨みつける。

 相手が伯爵令嬢だろうと知った事じゃねえ。

 俺は邪魔をする相手なら国王にだって歯向かうぞ。

 もともと育ちが悪いし、欲しくもない爵位を貰って無理やり貴族やらされてるんだ。

 アンジェと子供達が無事なら地位と財産を引き換えにしても惜しくない。

 

「まず貴方が知るべきは誰が無事なのかではなくて?」

 

 ディアドリーさんが指を鳴らすと何人かの兵士が近寄って来る。

 その腕に抱かれた震えてる小さな物に気付いた瞬間によろめくぐらい膝から力が抜けた。

 金髪と紅い瞳はアンジェの生き写しだ。

 ずっと泣いてたらしくアンジェや母さんがいつも拭ってる顔は涙と鼻水と涎でビチャビチャに濡れてる。

 それでも俺の娘は世界で一番可愛い。

 俺に怯えてるみたいだから慌てて腰に差してた長剣を放り投げて近寄るとおずおずと俺の体にしがみ付いて来た。

 

「おかえりアリエル」

「ちちうえぇぇ」

「ほら、もう大丈夫だぞ~」

「ああぁあぁぁん」

 

 安心したのか堰を切ったようにアリエルの目から涙が流れ落ちる。

 いつもこれぐらい俺に懐いてくれたらなぁ、娘が素っ気なくてパパ悲しい。

 しばらくは我が儘を許そう、心の傷になったら大事だし。

 泣いてる娘を優しく抱きしめてるとおずおずと周囲に人が集まって来た。

 何だよお前ら、見世物じゃねえぞ。

 

「外道騎士も泣く子には勝てませんのね」

「俺は嫁と子の為ならいくらでも外道な手段をを取りますよ」

「……貴方を敵に回す輩の未来は真っ暗ね」

 

 失敬な、俺は恩に利子を付けてきっちり返すぐらい義理堅いぞ。

 怨みは掛け算して本人へ返した後に関係者も道連れにしてやるだけだ。

 周囲の奴らの顔が引き攣ってる最中に脚を何度も引っ張られる。

 俯くと小っちゃい手がズボンを引っ張ってた。

 

「無事だったかライオネル」

「……」

 

 何かいつもと違って息子が俺を睨んで来る、パパ泣きてぇ。

 普段は俺やアンジェからなかなか離れようとしないのに今日は近付いて来ない。

 先にアリエルを抱っこしたのがマズかったか?

 でも妹に順番を譲るのがいつものライオネルだし。

 非常事態のせいで我が子の対応が全然わかりません、お父さんはつらいよ。

 

「彼はバルトファルト領(ここ)に着くまで必死に泣くのを我慢してました。立派な御子息ですわ。褒めて差し上げなさい」

「そうか、偉いぞライオネル。よく頑張ったな」

「…………」

 

 ライオネルは俺にしがみ付いたまま肩を震わせ泣き始めた。

 うん、今まで我慢してたんだな。

 怖かったのよく頑張った、後で欲しい物を買ってやろう。

 子供達が戻って来たのが救いだ、最悪の最悪だけは避けられた。

 だけど安心は早い、まだ四人が誘拐されたままだ。

 

「お~い!大丈夫か~!?」

 

 どこか気の抜ける声が背後から聞こえて来る。

 どうやら父さんとコリンも到着したようだ。

 振り返ると色とりどりの髪が視界に入ってくる。

 何でお前らまで来るんだよ。

 

「一足先に駐屯地へ出撃の準備を命じろ、俺達もすぐ向かう」

「はっ!」

「領地の医者全員を呼んで乗客の状態を確認。拒否するなら領主の命令だと言って引きずって来い」

「あとローズブレイド家に連絡を。飛行船を出してもかまわない」

「わかりました」

「とりあえず屋敷からリュースを呼ぶ。孫が無事ならみんな安心する」

「了解」

 

 この場で思いつく必要な命令を俺と父さんと兄さんでとりあえず下したけど今出来る事は限られる。

 とにかく時間が惜しい、今は行動が何よりの解決法だ。

 すぐに駐屯地へ向かおう、軍用の空港と隣接してすぐに出撃できる。

 この場から移動しようとした矢先に肩を掴まれる、掴んだのはユリウス殿下だった。

 

「殿下、すいませんがこの状況です。話は解決してからお願いします」

「事態は把握した、俺達も協力しよう」

「はぁ?お心遣いはありがたいんですがこれはバルトファルト領の問題です。王家がわざわざ介入するほどじゃありませんよ」

 

 本音じゃ俺はあんたらと関わり合いになりたくないだけだ。

 王家は俺に無茶ばかり押し付けるくせに欲しくもない物ばかり寄越す。

 爵位、領地、鎧、勲章とか全部要らねえ。

 俺は逃げ出しちゃいけない事からは逃げないけど、やりたくない事は積極的に増やしたくないんですよ。

 だからさっさと大人しく帰ってください。

 

「この誘拐はおそらく我々がバルトファルト領に来た理由と繋がっています。無関係ではありませんよ」

「取れる手段は増えた方が良いだろ」

 

 ジルクとグレッグが俺を引き留めにかかった。

 やっぱお前らと関わり合いがあるのか。

 いちいち王都のゴタゴタに俺達を巻き込むんじゃねえ。

 無視して空港から移動したいけど道を遮るようにデカい体で立ち塞がってきやがった。

 こいつら無駄に強いから押し退けて通るのは本当に骨が折れる。

 その力を少しは世の為人の為に使ってくれ。

 お前らの存在自体は俺にとっちゃ災厄だから関わるんじゃねえよ。

 

「意地を張るなバルトファルト、ここは協力し合うべきだ」

「だからバルトファルト家(おれたち)の問題です、口を挟まないでいただきたい」

「……」

 

 厄介ごとは御免だ。

 これ以上話が拗れるほど無駄な時間を費やしてアンジェ達の生存率は下がっていくんだぞ。

 そっちが王族として命令するならこっちだって領地の自治権を主張してやる。

 犯行の現場はバルトファルト領に近い空域だ。

 問題解決の権限はバルトファルト家が優先される。

 王都の連中に捜査を掻き乱されて後手に回ったら解決できる問題も解決できない。

 

「リオン、殿下が言われる事は尤もだ。とりあえず状況を聞いてから判断すべきじゃないのか」

「優先すべきはみんなの安否だ。お前が焦る気持ちも分かるがまずは話を聞いてから判断しよう」

 

 父さんや兄さんまで殿下達の協力を仰いでる。

 分かってる、頭ではその方が良いと俺の理性だって一応は理解してるんだよ。

 だけど俺はこいつらが嫌いだ。

 昔アンジェが婚約破棄される原因を作り、王都で俺を味方に引き入れようと付き纏って連中だぞ。

 婚約破棄のおかげで俺とアンジェが結婚して戦争中に何度か命を救われてたけどそれとこれは別問題。

 

 そこを割りきって損得で考えられないから俺はとことん貴族に向いてない。

 拳を握り締めて昂る感情を必死に落ち着ける。

 子供達の存在が俺の怒りを辛うじて鎮めてくれた。

 この怒りは空賊共の命で贖ってもらう、誰一人生きて帰れると思うなよ。

 

「……ここでは対処できません、一旦家に戻ります。乗客からの情報収集と負傷者の手当てを急げ」

「はっ!」

「すまない父さん、子供達を連れて家に戻るからこの場は任せた」

「俺も何かわかったらすぐ戻る」

「エアバイクじゃ危ないな。兄さん、頼んだ」

「わかった、お前は子供達の傍に居てやれ」

「行きましょう。ディアドリーさん、申し訳ないがご同行してください」

「もちろん、お姉様の為にも出来る限り協力しますわ」

 

 そこまで告げて馬車に乗り込む。

 動き出す馬車の振動を感じながら両脇でしがみ付く双子の頭を撫でてやると安心したのか泣き疲れたのか。

 二人は揺れに合わせて体を揺らしながら瞼を下ろす。

 疲れた、だけどこれからやる事は山ほどある。

 数日は寝れない日々が続くかもしれない。

 子供達の顔に在るアンジェの面影を想いながらもう一度拳を握り締める。

 胸の奥底に封じていた筈のどす黒い殺意だけが活発に蠢いていた。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 瞳が分厚い窓ガラスの向こうで戦う鎧の爆ぜる瞬間を捉える。

 金属を加工して作られる鎧が爆発するのは爆発物や魔法で破壊された。

 内部機構に使用されている油等に引火した、施された魔法が破壊の衝撃で暴走したの何れかだ。

 鎧は高性能になればなるほど施される魔法に依存し人体を模倣した滑らかな外観となる。

 逆に性能が低ければ機械で補う影響で大型化し重量が増え武骨な形となる。

 その法則に乗っ取ればこの飛行船が常備していた鎧は最底辺の代物だ。

 動きは鈍重で武装は貧弱、おそらく貨物の積み降ろし程度にしか使われていなかったのだろう。

 

 そんな子供騙しな鎧で荒事に長けた空賊の攻撃を防ぎきるなの不可能な話だ。

 三機のうち一機は既に破壊され、もう一機は蒼い空に紅蓮の華を咲かせて散った。

 残る一機も十倍を超える戦力差で一方的に嬲られている姿は肉食獣の狩りから必死で逃げ惑う小動物を髣髴とさせる。

 子供達は茫然としたまま窓の外で行われている戦闘を凝視している。

 

 これが私とリオンの子が初めて見る戦闘であり、初めて見る人の死だ。

 破壊された鎧に乗った騎士達は最期にどんな気持ちを抱えたまま散ったのだろう。

 主君への忠義か、民を護る使命感か、それとも敵に対する怨嗟か。

 それを知る事は不可能だ、死と生の間には隔絶した壁が存在している。

 子供が無邪気に虫を甚振り笑うように空賊の鎧が護衛の鎧を射程外から攻撃し続けていた。

 既に左腕部は原型を留めずと右脚部は消失している。

 鎧用の大型槍を必死に振り回すのは死の拒絶、或いはせめて傷を負わせたいという闘志の表れだろうか。

 その姿を嘲笑うように空賊の鎧達が手にする銃を構えた。

 銃口が閃光を放った瞬間、鎧が震えるように振動を始める。

 およそ十秒、鎧は一斉射撃を受け無残な姿に変貌させられ、推力を失い落ちて行く。

 

 鉄の骸が雲海に沈み去りこの定期船は守護者を完全に失った。

 その事実を理解した乗客は恐慌状態に陥る。

 必死に船長が宥めてはいるが効果は今一つだ。

 無残に破壊された鎧がこれから空賊の獲物になった自分達が辿る未来だと思うなら無理もない話だった。

 戦闘が行われていた方向とは反対側の窓に近付く船が見える。

 

 ずっと後方から定期船を追い回していた不審船だった。

 いや、もはや不審船ではなく空賊船だ。

 一定の距離まで近づいた瞬間、大きな振動で船体が揺れた。

 おそらくは空賊船の舷梯が飛行船に架かったのだろう。

 このまま空賊達が客室を到達するまでどれだけの猶予がある?

 略奪と殺人に手慣れた空賊なら数百秒もかからないだろう。

 たったそれだけの時間に覚悟を決めなくてはならない。

 皆を生かす為に私の命を捨てる覚悟を。

 判別のつかない怒号、銃声、何かがぶつかったような衝撃音。

 考えている暇など無い。

 この場でライオネルとアリエルに私の言葉を遺そう。

 

「アリエル、貴女は心優しい娘です。もっと他者を慈しみを覚えなさい。母は貴女の幸せを願います」

「ははうえ」

「ライオネル、貴方はリオン・フォウ・バルトファルトの息子です。父の名に負けぬよう生きてください」

「……」

 

 実の子達にかける最期の言葉が貴族としての矜持とはつくづく可愛げがない女だ。

 我ながら自分自身に嫌気が差す。

 せめて、この子達が幸多からん生を歩めるよう祈りを捧げながら抱き締める。

 この子達が母の存在を忘れないように一生分の愛情を込め額にキスを施す。

 名残惜しく双子の柔らかく温かい体を手放し立ち上がる。

 この場を切り抜け家族と乗客の命を救うには私の命を賭ける必要がある。

 今の私は公爵令嬢ではなく子爵夫人だ。

 ホルファート王国に数人しか居ないレッドグレイブ公爵家の者ではなく数十人も存在する子爵夫人に過ぎない。

 私の命一つでどれだけ多くの者を救えるか、それのみに専心しなくては。

 

「ライオネルとアリエルを頼む」

 

 義姉と義妹にそう告げ扉の方向へ体を向ける。

 扉は何度も殴られ蹴られいるが飛行船の内装はいざという時に備えてに堅牢な素材と設計で作られている。

 素手で壊すには些か難しいと思ったのか突如銃声が鳴り響いた。

 どうやら鍵を無理やり破壊したらしい、銃声が聞こえる度に客室の中を悲鳴が反響する。

 テーブルや椅子を積み重ねた簡易な防壁は扉が開こうとする度に崩れてゆく。

 十回ほど扉が動き完全に防壁は取り除かれると客室に数人の男達が太々しく入ってきた。

 統一感が無く解れも繕っていない服、手入れが行き届いておらず伸ばし放題の髪と髭、汚れきった体と正反対に爛々と輝き抜け目なく周囲を品定めする瞳、武骨で旧式と一目でわかる銃火器。

 

 なるほど、これが空賊か。

 思い返せば物語の挿絵や新聞の写真等で見た事はあるが実物は初めてだ。

 彼らがどんな要求をするか? どうすれば皆を救えるか?

 交渉は得意だが己の命だけでなく他人の命まで賭け金にして失敗は許されない。

 

「ご苦労な事だな、お前達の要求は何だ?」

 

 敢えて高圧的に振る舞い空賊の注意を私にのみ惹きつける。

 子を護る為に親が囮になる動物がいる、ならば人に出来ぬ道理は無い。

 私の対応が予想外だったのか空賊達顔を見合わせ戸惑っている。

 

「此処に居るのは平民が大多数で襲った所で大した稼ぎにはならんぞ」

 

 金銭目的の襲撃ならそもそも平民達を運ぶ定期船など狙わない。

 貨物の運搬を目的とした輸送船、若しくは貴族が所有する飛行船を狙う。

 バルトファルト家やローズブレイド家の女達がこの飛行船に搭乗いる時に空賊が偶然襲ってくるとは考え難い。

 狙いはおそらく私達だ、ならば其処が付け入る隙になる。

 

「全員分の金銭を必死に搔き集めても一万ディアにも届かん。貨物も手紙や手荷物が殆どで売り払っても大した稼ぎにならん」

「ゴチャゴチャうるせえぞ女ァ!」

 

 空賊の一人が怒鳴りながら銃を見せつけ始めた。

 鼓動が早まるが恐怖を顔に出さず涼し気な表情で応対する。

 感情とは正反対の表情を浮かべるのは貴族にとって必須技能だ。

 相手を殺したい程の怒りを封じて微笑みを浮かべる。

 相手を嘲笑いたいほどの喜びを必死に堪え涙を流し悲しむ素振りを行う。

 激情と恐怖に呑まれた者から敗北する、善人を装い相手を罠に嵌めるのが貴族の腹芸だ。

 

「私は交渉をしているだけだ。我々は命が惜しい、お前達は何らかの利益を求めている。双方の妥協点を探り合って穏便に話を進めたい」

「何で俺達がお前らに合わせなきゃいけねえんだ!」

「死にたくないと言っただろう、単なる命乞いをしているだけだ」

 

 この場に於いての最悪は乗客全員が空賊に虐殺されてしまう事態だ。

 護衛の鎧を破壊した時点で目の前の男達が他人の命を奪うのに躊躇いが無い連中なのは明らかである。

 だが、我々を生かした方が利になると空賊達を説得できるなら乗客の生存率は格段に上がる。

 私一人の犠牲で家族と乗客と乗務員の命が救えるのなら安い取引だ。

 

「我が家は数年前に爵位を貰った成り上がり者だがそこそこ懐が暖かい。身代金をせしめた方が諸君らの利益になると提案する」

「……お前、貴族か?」

「所用でこの船に搭乗しているが私は子爵夫人だ」

「命を助けて欲しいから金を払うと?とんだ腰抜けの貴族様だな!」

「乗客と生き残っている乗務員の命を保障しろ。その代わり私が人質になる」

「クッハハハハハ!大した度胸だなテメェ!」

 

 空賊達が肩を震わせ笑いながら私に野次を飛ばす。

 身を焦がす屈辱に堪え忍びながら少しだけ生存率が上がった事実に内心で安堵した。

 慰み者にされたり売り飛ばされる可能性が高いが少なくても家族の安全だけは確保できそうだ。

 

「良いだろう、だが金目の物は貰っていくぞ。あんたは俺達と一緒に来てもらう」

「分かった。約束を違えなければ抵抗しない」

「いい度胸だ、殺すには勿体ねえ」

「待ちなさい!」

 

 背後から声が響く、振り返ると滝のように汗を流したジェナが此方を睨んでいた。

 

「その人は妊娠してるの、手荒に扱わないで。人質なら私がなるわ」

「お姉ちゃん、無理しないで……」

「黙りなさいフィンリー。アンジェリカさんを見捨てたら私がリオンに殺されるわ。その人の夫は私の弟よ。人質にするなら私にしておきなさい」

「なら私の方が良いよ!私の方が若いし可愛いから!お姉ちゃんやアンジェリカさんよりお得だよ!」

「馬鹿な事は止めろ二人共!」

 

 まさか義姉と義妹が人質に立候補するとは思いも寄らなかった。

 何だコレは?

 せっかくの苦労が必死に助けようとした家族によって崩壊し始めてる。

 

「考え直せジェナ、フィンリー。リオンはお前達を責める筈がない。身内に甘いのがリオンの長所だ」

「此処で引いたら父さんと母さんにも怒られるわよ。私なら名前に傷が付いても大した痛手じゃないし」

「お兄ちゃんは本気で怒ったらうちで一番怖いから。このまま逃げ帰ったら下手すると裸で放逐されるかも」

「いざって時は私達だって盾ぐらいになれるから。ねぇ、良いでしょう?人質が増えたら身代金も増えるよ!」

 

 気遣いはありがたいがそれは逆効果だ。

 人質が増えれば増えるほどリオンは私達を助けようとして思い切った行動が出来なくなる。

 あのお人好しは私達を必死に救おうとして苦しみもがく事になってしまう。

 妻と子と姉と妹を失ったらリオンがどれだけ苦しむか、想像しただけで堪えられない。

 

「それなら私の方が良いわ。子爵家より伯爵家の方が資産は多いもの。子爵夫人一人と男爵令嬢二人なら伯爵令嬢一人でちょうど釣り合いが取れてるし」

「何を言い出てるドロテア!?」

「ちょっと!待ちなさいよ!」

「冷静に考えて!」

 

 何やらドロテアまで人質に立候補し始めた。

 ダメだ、他の二人の気持ちはかろうじて理解できるがドロテアに関しては全く分からない。

 どんな脳の構造をしていればこんな行動に出るのか。

 

「貴女達が目の前で攫われたのに何もしなかったらニックス様はきっと私を見限ってしまうわ。空賊に臆する弱い女なんてあの方に相応しくないもの。私がニックス様に相応しいと思っていただける絶好の機会を逃す訳ないじゃない」

「「「…………」」」

 

 ……ある意味ぶれないなこの女、思考の中心に義兄上のみが居座っているだけかもしれないが。

 ディアドリーが何か言いたげな表情を浮かべ私達を見つめたが睨みつけて動きを制す。

 この場で全員が人質となれば収拾がつかない。

 何より全員が人質になってしまえば誰がライオネルとアリエルをバルトファルト領に送り届けられるのか。

 確実に誰か一人を逃がしバルトファルト領に居るリオン達に報告をしなくてはならない。

 

「時化た仕事だと思ってたが運が良い。貴族様から金を分捕る機会がさっそく巡ってくるとはついてるぞ」

「お前の家は何処だ?身代金を払えるような家なんだろうな」

「こんな上玉を嫁に出来る貴族様だぜ、たんまり貯め込んでに違いねえ」

「私はアンジェリカ・フォウ・バルトファルト。リオン・フォウ・バルトファルト子爵の妻だ」

「なッ!?」

「マジかよ、外道騎士の嫁だって?」

「おい、流石にマズいんじゃないのか」

「何度も公国軍を退けた疵面の女に手を出したらヤバいぞ」

 

 リオンの名を告げた瞬間、それまで私達を侮っていた空賊達が口を噤む。

 どうやら私の夫はホルファート王国内の犯罪者や旧フォンオース公国の関係者にとって畏怖の対象らしい。

 私が居ないと拗ねて就寝しない臆病な夫と凶暴な空賊が恐れ慄く男がどうしても同じリオン・フォウ・バルトファルトに思えない。

 

「何を恐れている!さっさと殺せ!」

 

 空賊達の後方から喚くような命令が聞こえ身構える。

 私が人質になって場を収めようとしたがそうそう上手くいかないらしい。

 空賊に似つかわしくない顔立ちが整った男が現れ狂ったように私達の殺害を命じている。

 

「旦那、ちょっと待ってくだせぇ。乗客に貴族が乗ってたんでさぁ。何でも自分はあの外道騎士の妻だって言ってますぜ」

「リオンの妻だとッ!?卑しい血筋の分際で美しい妻を貰うなど許されるものか!今すぐ殺してしまえ!」

「ですがね旦那、俺達も稼ぎが必要なんで。大して稼ぎにならねえ船を襲った所でこっちが先に干上がっちますぜ」

「この女達を攫って身代金をせしめた方がたんまり稼げるんで」

「むしろ嫁を奪った方が嫌がらせとしちゃ上なんじゃ?」

 

 空賊の頭目と側近らしき男達が必死に説得を試みている。

 数で勝る屈強な空賊に正面から命じているのはこの男が襲撃の首謀者なのか。

 辟易した空賊の表情に気付かぬまま狂ったように命令を続ける姿は癇癪持ちの子供に似た醜態である。

 これなら私の子供達の方がまだ行儀が良い。

 

「嘘……」

「あんた、生きてたの……」

 

 ジェナとフィンリーが驚いた顔で男の顔を凝視している。

 私がリオンに嫁いでからこの男を見た憶えは無い、二人と顔見知りというならバルトファルト家の面々があの浮島を領地として拝領する以前に関わっているのだろうか。

 姉妹に気付いたのか男は顔を歪めて笑みを浮かべる。

 そこそこ整った顔が醜悪に歪む、どうやら笑っているらしい。

 性根の悪さが滲み出たような聞く者の心を不快にさせる厭らしい笑みだった。

 

「久しぶりだなぁジェナ、フィンリー。卑しい平民のガキが貴族気取りか?」

「貴族気取りじゃなくて貴族よ。私達はちゃんと父さんの血を引いてるわ」

「アンタこそとっくの昔に貴族籍を剥奪されたじゃない!」

「黙れ!黙れ黙れ黙れェ!」

 

 狂ったように手足を動かし暴れ始めた男は唾を飛ばしながら私達を睨む。

 或いは既に狂っているのか、その瞳は爛々と暗い輝きを燈している。

 体を震わせながら言葉にならない叫びを上げ続ける姿は人の形を象ったモンスターと相違ない。

 

「知り合いなのか?」

「二度と会いたくなかったけどね」

「死んでたと思ってたわ。アンジェリカさんが来る前の話よ」

「とっくの昔に縁は切ってたのに。まさかこんな所で会うなんて」

 

 苦々しく男を見つめる姉妹の表情は暗い、下手をすればこの場に居る全員が殺されかねない。

 目の前の男の気分次第で状況が一変してしまう。

 緊張して額から滲み出た汗が床に落ちる数秒が数時間にも感じられる。

 

「いいだろう、捕まえろ。私達から総てを奪った卑しい者達に復讐してやる。私があるべき所へ返り咲くのだ」

 

 打って変わり陶酔した面持ちで男が命じると私達四人は拘束された。

 人質を傷付けない程度の分別は空賊にもあるらしい、周囲を取り囲まれ扉に向かえと促される。

 一瞬だけ振り返り視線を悟られぬよう乗客達を俯きながら見る。

 ライオネルとアリエルが私を見つめて涙を流していた。

 双子を抱いたディアドリーが必死に子供達の口を押さえて声を遮っている。

 このまま飛行船が無事に見逃されるのを神に祈り向き直り姿勢を整えた。

 これが今生の別れになるやもしれない。

 ならば、せめて美しい母の姿を我が子達に遺したかった。

 

「覚悟しておけ、私がこの数年間味わった屈辱をお前達に贖ってもらう」

「いい気になるな下衆野郎」

「死ね、ルトアート」

 

 暴言に怒った男がジェナとフィンリーの顔を殴りつける。

 ルトアート。

 それがこの男の名前のようだ。

 私はルトアートを知らない、この状況でどう対処して良いか判断が出来ない。

 せめて子供達が無事にバルトファルト領に辿り着く事を切に願う。

 目を閉じると今朝出かける前にリオンと交わしたキスの感触が唇に甦った。




あけましておめでとうございます。
年明けの初投稿にしてはバイオレンスな章です。(汗
悪党はしぶといの法則で登場したルトアート。
今作は原作キャラの性格が更生してる場合が多いですがこいつは悪党のままです。
原作より性根が歪んでるので今までにないキャラとなる予定です。

追記:依頼主様のご依頼により山田リむる様にイラストを描いていただきました。ありがとうございます。
山田りむる様https://www.pixiv.net/artworks/unlisted/bdPnn6X7F7xvrwJVEmud(成人向け注意

意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。