婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです 作:品☆美
「殺しときゃよかった」
ディアドリーさんの話が終わった瞬間、溜息と一緒にそんな言葉が漏れた。
普段は滅多に人の死を望まないけどこの状況を生み出した奴らに対して情けをかけ続けるほど俺は人格者じゃない。
応接室は俺と父さんと兄さんとコリン、ユリウス殿下とその仲間、そして生還したディアドリーさんの計十人でかなり過密な状態だった。
沈黙が重々しくて誰も口を開かない、こうしてる間にも時は待ってくれない。
早急に動かないと手遅れになる。
「とっくの昔に死んでると思ったな。まさかこんな事をしでかすとは」
「最後に会ったのはどのくらい前だっけ?」
「アンジェリカさんが来る前だから五年ぐらい前だ。あん時は銃を突きつけたら慌てて逃げたから殺す暇も無かった」
「ルトアートが生きてるならゾラとメルセも生きてる。善い奴は簡単に死ぬのにクズに限ってやたらしぶといから嫌になるな」
俺達四人は口々に怨み言を吐き出す。
王子が居る前でするべき会話じゃないんだろうけど、あいつらの被害を一番受けたのは俺達一家だ。
愚痴ぐらい吐いても許して欲しい。
「あの男、バルトファルト家の係累でしたの?」
「戸籍上は数年前まで父さんの子でしたよ。血は繋がってませんし今じゃ貴族籍どころか戸籍も抹消されてる奴らけど」
ディアドリーさんの質問に答えると父さんが物凄く嫌な顔をして俺を睨む。
俺だって我が家の恥を余所様に教えたくねえよ、でも仕方ないだろ。
ルトアートが父さんの長男として扱われてたのは事実だし、戦争が無けりゃあのクズが男爵家を継ぐ予定だったんだよ。
ファンオース公国との戦争が
それからずっと関わりが無くなったから野垂れ死んだかどっかで慎ましく生きてると思ってたのにこんな狂った真似をやるとは。
限度を越えたクズには常識も法律も無意味らしい。
「……ルトアートは私の元正妻であるゾラが生みましたが私の子ではありません。本人達は先の戦争の際にそう主張していましたし、子供達も私とあまり似ていなかった。薄々気付いていましたが確証が無く相手の地位を盾にされては反論すら出来なかったのです」
「どうしてそんな事に?」
「バルトファルト家は私の父の代まで準男爵位でした、ですが王都から陞爵の命が下されました。末席とはいえ爵位は爵位、貴族の嫡男が結婚するべき相手は貴族の娘という不文律が存在します」
「要するに王都の連中が税と労役を課す為に欲しくもない地位を無理やり与える汚いやり口です。おかげで父と母は結婚の約束までしていたのに妾扱いされましたよ」
「リオン、言い方が悪い」
兄さんが俺を注意するが知ったこっちゃないね。
この際だ、この場に居る御歴々に辺境の領主貴族の実情を知ってもらいましょう。
八つ当たりもいいとこだけど王国は今まで下位貴族に対して配慮が無かった。
お陰で戦争でホルファート王国が弱った今じゃ辺境には王家を見限り独立するか裏で他国と手を結ぼうとする領主貴族は珍しくない。
「俺が言えた事じゃありませんが父さんは貴族として十分な教育を受けていません。だから家格だけでも保つ為に他の貴族令嬢と結婚する必要がありました。その相手に選ばれたのがゾラです」
「元々素行が良くないと評判で王都での縁談は絶望的な女でした。貴族になったばかりで世間知らずの私は宛がう相手としてうってつけだったのでしょう。無理やり婚約させられゾラはバルトファルト家当主の正妻となりました」
「尤もゾラは父と結婚する前もした後も人間だろうと亜人だろうと愛人を侍らすような女です。長女のメルセや長男のルトアートが本当に父の子かという疑惑は常に存在してました」
「確認はされなかったの?」
「訴えは握り潰されましたよ。当時は下位貴族の扱いが本当に酷かったのです」
父さんからすりゃバルトファルト家を誰の子供か分からないルトアートに継がせるのは嫌だったろう。
平民同然の身分とはいえ細々と受け継いできた領地の収入を殆ど奪われ、結婚を約束してた母さんは虐げられて妾扱いな上に産まれた俺達は農奴同然の扱いだ。
必死に抵抗したのに訴えを取り下げられ、かと言って逆らう事も不可能。
父さんはずっとそんな暮らしに耐えて来た。
色々とこき使ってるけど穏やかな老後を送って欲しいのが俺の正直な気持ちだ。
「俺はあいつらに無理やり王都の貴族に売り払われそうになりました。それを察して家から逃げ出したんです。あれが俺が出世した切っ掛けだったなぁ」
「相手の女は五十歳を超えてたな。見合いとは言っていたが実際は人身売買です」
「……おそらくその相手女性は淑女の森の一員だろう。奴らがよく使っていたやり口だ」
「ゾラの奴、元から犯罪組織の一員だったんですか?」
「淑女の森はホルファート王国内の貴族女性が結成した組織だ。下級貴族を狙って結婚した後に危険な仕事を行わせたり、自ら毒を盛って殺害する等の犯行を組織的に行っている」
「自分の子に跡を継がせるのはマシな犯行だ。裏で空賊と手を組んで夫を襲わせる、戦地に赴いた夫を殺させる。そうして自分は不幸な未亡人として遺産や遺族年金を手に入れていた」
「夫に前妻の子がいた場合は誘拐や消息不明扱いにして人身売買を行っていた。調査で判明しただけで被害者は百人を超え、全貌を把握するのはほぼ不可能だ」
まさかゾラの奴が俺を無理やり結婚させようとしたり、売り飛ばそうとしていたのはそんな裏事情があったとは思わなかった。
だけどあいつの行動を振り返れば心当たりが多過ぎる。
俺を結婚させようとした五十歳を超えた貴族のババアも組織の一員だったんだろう。
俺を売り払おうとしたのも人買いと繋がってなきゃ不可能だ。
ゾラは父さんと結婚してバルトファルト家を食い物にする腹積もりだったのか。
その事実に改めて気付き、怒りで吐き気がこみ上げてくる。
「転機はリオンが家を出て公国との戦争が始まった頃ですな。いつもは王都にいるあいつらが以前のバルトファルト領に来たんです。戦争が起きたから逃げる、さっさと金を出せと慌ててました」
「逃げる?どうしてまた」
「ルトアートが嫡男扱いでしたからね。国同士の戦争となれば貴族の男子は従軍の義務があります」
「あの戦争はずっと王国軍が劣勢でしたからな。連中は自分の身が危ないと王都から逃げ出したんですよ」
「俺はその場に居なかったけど、父さんは引き留めたんだっけ?」
「あぁ、領地を護る為に戦うぞと言ったら拒否しやがった」
「おまけに『野蛮人め!私に命令するな!』とか言い始めた。しかも『血の繋がってない下賤の者が私の父のはずないだろう!』と暴露しやがったぞ」
父さんと兄さんの説明と身振りだけで簡単に想像できるのがつらい。
あいつらはそう言うだろうし、そう行動するという負の信頼感がある。
つまりずっとバルトファルト家は見ず知らずの他人に搾取され続けた訳だ。
こっちはずっと妾腹の非嫡出子だったのに、あいつらは父さんの子と偽って男爵家を乗っ取る魂胆だったんだろう。
それを口にするルトアートは馬鹿だけど真実を教えるゾラも大馬鹿だ。
「真実を語ってもうちの金を奪うのを諦めなかった。バルトファルト家の財産は夫婦共同だとさ。自分は妻の義務を果たすつもりは無いが金を貰う権利はあると言いやがった」
「俺と父さんが同行してた愛人やら専属使用人を何人か殺したら慌てて逃げだしたなぁ…。そこでまだ争う気概がある奴なら父さんと一緒に公国と戦ったんだろうけど」
「何で追わなかったの?」
「戦争中だったからな、あいつらを追いかけるより領地を護るのが優先だ」
「全員殺しときゃ良かったのに」
「失敗だったな」
殿下やディアドリーさんの頬が引き攣ってるけど辺境は王都以上に命の価値が軽い。
王国の支配が及ばないから空賊は多い。
未開拓の土地はモンスターが出没する、悪天候やら凶作で飢饉が起きる。
流行り病で領民が死にまくったし、国境付近じゃ他の国がちょっかいを出す事だってある。
王都の皆さんは平民の命は軽いと思ってるみたいだけど、辺境の未開拓地じゃ命は均等に軽いんだぞ。
貴族と平民、人間と亜人、金持ちと貧乏人、どんな命も何かあれば分け隔てなく死ぬ。
本当に誰に対しても分け隔てない神様って死神だけじゃない?
俺は死神に嫌われてるのか死ぬような目に遭遇してもなかなか死ねないんだけど。
「うちは戦争で大した被害が出さかったがそれでも全くの無傷って訳でもない」
「戦争が終わってから金が尽きて領地も荒れる一方。どうしようかと悩んでたらリオンが貴族になったと王都から知らせが届いた。まさか父さんを追い越して子爵になるとは思わなかったぞ」
「俺だって信じられなかったさ。そんな訳で一家全員とバルトファルト家に仕え続けてくれる奴らを引き連れてこの浮島に移り住んだんです」
「……そこまでがお前達と誘拐犯の繋がりか」
「いや、まだ続きがありますよ」
バルトファルト家の連中を除いた全員が顔を顰めた。
うん、嫌だよね。
クズ共の話なんて俺だって聞きたくないし話したくない。
でも話さないとあいつらがどんな連中か分かってもらえないから我慢して聞いてもらいましょう。
「俺が爵位を貰ってここに移り住んでから一ヶ月ぐらい経った頃かな、突然ゾラ達が訪ねて来たんです」
「屋敷の前でずっと怒鳴ってる奴らが居るなと窓を開けたら三人が口汚く騒いでいました。相変わらず贅沢な服やら指輪を身に付けて今まで何をしてたのやら」
「一緒に居た専属使用人は逃げられたのか解雇したのか不明です。まさ、奴らに従っても旨味なんてもう無いと知られたんでしょうな」
「あいつら、『私達が苦しいのはお前達のせいだ!さっさと領地を明け渡せ!』と言ってきました」
「ちょっと待ってくださいまし、男爵とゾラは正式に離婚したんですね?」
「えぇ。ゾラの不貞行為、私とルトアートの血が繋がってないという証言は多くの者が聞いていましたし、更に敵前逃亡と強盗未遂。当時は従軍拒否した貴族に対する風当たりが強かったので訴えたらすんなり受理されましたよ」
「ゾラ達は貴族籍を剥奪、戸籍も抹消の裁定が下されました。俺達を平民やら農奴と扱ったあいつらはそれ以下に成り果てました」
「じゃあバルトファルト家には何の瑕疵も無いじゃないか」
「どうしてお前達が恨まれるんだ?」
「頭がおかしい連中の思考はわかりませんよ」
「あいつらは貴族籍を剥奪されたのは俺達が罠に嵌めたから、自分達こそバルトファルト領を治めるに相応しい貴族と心の底から信じ込んでるんでしょうね」
「ゾラ達の戸籍は抹消されてるから殺しても罪にはなりません。銃を取り出したらまた逃走しました」
「下手に情けをかけるから」
「やっぱ後腐れないようにちゃんと始末した方が良かったんだよ」
「分かった、分かったからもういい」
六人とも頭が痛むのか額や目元を押さえてる。
クズの思考は支離滅裂で理解しようとする方が無理ですよ。
自分達は常に正しく尊い存在で世の中の悪い事は全て俺達が原因だと心の底から思い込んでるんです。
平民や身分の低い奴とは話し合いも交渉もしない、大人しく命令に従って奉仕すればいい。
そんな考えな糞貴族の典型例があいつらだ。
「だからゾラ達とは五年以上会っていませんし、何をしてたかも知りません。殿下達の方がご存知なのでは?」
「えぇ、そうでしょうね。淑女の森の活動は我々によって調査されてましたから」
「切っ掛けは俺達が学生時代に退治した空賊の素性だ。空賊は前々から貴族と繋がって周辺の領地を襲っていたらしい」
「国の調査で空賊を背後から操る高位貴族の存在が存在が確認できた。そうした腐敗貴族の最大勢力が淑女の森だ」
「空賊が貴族と裏でつるんでるとかよくある事でしょう。そんな分かりきったずっと事実を揉み消してきたのが王都の宮廷貴族ですよ」
空賊になる経緯はだいたい三種類ある。
まず平民が食料や金に困って空賊になる場合。
この空賊は税を収められず食い物を求めて止む無く空賊になった農業従事者が殆どで凶作や疫病が流行った年に発生する事が多い。
領主としては失政の結果だし討伐すれば領民を減らす事態になりかねないから何とか穏便にすませたい。
次に没落した貴族や騎士が空賊になる場合。
この国で飛行船や鎧を所有できるのは基本的に貴族だけだ。
何らかの失態で没落した貴族や騎士が所有していた飛行船や鎧を使って商船やらを襲い始める。
最期に冒険者が空賊になる場合。
そもそも冒険者自体がダンジョンやら未開拓地の略奪で生計を立ててるような奴らだ。
奪う対象が変わっただけと言っていいだろう。
そうして空賊が集まると貴族を凌ぐ軍事力を持つ事が時々ある。
複数の飛行船、大量の鎧、略奪や殺人を躊躇しない荒くれ共。
鎮圧しようとして逆に壊滅的な被害を出すなら金を払って大人しくしてもらう、時には傭兵として働いてもらったり非合法の仕事を任せたりする貴族は多い。
貴族と空賊が持ちつ持たれつな関係なのは暗黙の了解だ。
そんな有様だから王国軍は治安を乱す空賊退治に積極的だったし、常に人材不足で十代の俺が入隊できる余地があった。
「王都の奴らはどれだけ税を毟り取る事しか考えてません。辺境の下位貴族や平民なんて虫ケラだと思ってるんでしょう」
俺は貴族や冒険者が嫌いだ。
他人や余所から何かを奪うだけの略奪者、何一つ生み出さないくせに力を理由に他人の成果を掻っ攫うのが当然だと信じてる糞野郎。
あんな奴らと同類になりたくないから家出して冒険者にならず軍人になった。
戦功で貴族にされた時も本当は辞退したかった位に貴族なんて大嫌いだ。
それなのに無理やり爵位と未開拓の浮島を与えて領主貴族やれと命令されて本当にムカつく。
アンジェが嫁になってなきゃとうの昔に死んでるか逃げ出してるぞ。
じいさんや父さんと似たような状況だった俺の人生で一番の幸運はアンジェみたいに立派なお嬢様が結婚してくれた事だ。
今だってアンジェと子供達が居なきゃ貴族やってないし。
「口を慎めバルトファルト。王国は別に下位貴族を蔑ろにしてる訳ではない」
「功績を上げた者はちゃんと取り立てるぞ」
「公国との戦争で大量に死んだからな。人員不足の解消に金と爵位と領地をばら撒いてるのと大差ないけどな」
「君が領主になれたのも功績を正当に評価されたからだ」
「オリヴィア様に対する王国の扱いを見てもそれ言えるのか?」
「「「「「…………」」」」」
意地が悪い俺の指摘に痛い所を突かれて五人が黙る。
俺はまだ半分貴族みたいなもんだから貴族に取り立てられたけど、聖女になったオリヴィア様に対してホルファート王国はほとんど何も与えていない。
いや、聖女を讃えるパーティーを開催したり銅像を建てようと計画してるらしいけどオリヴィア様の身分は今でも平民のままだ。
ファンオース公国の侵攻を食い止めて、アルゼル共和国への援軍の指導者として活躍した後に外交特使と扱われ、積極的に各地を訪ねて慈善活動を行い、今じゃファンオース公国を打倒した立役者だ。
あの人が居なきゃホルファート王国は間違いなく滅んでる。
それは貴族と平民の区別無く共通の認識なのにオリヴィア様への恩賞は少な過ぎて怒りを通り越し呆れるほどだ。
二度も国を救ったのに貴族に取り立てない、支払ったのは聖女としての活動に必要な経費がほとんどで地位も金も与えちゃくれない。
王都のお嬢様達を全員集めてもオリヴィア様の命と釣り合いが取れないぐらい重要な存在なのに。
今じゃオリヴィア様の人気は王族より上、子供は国王の名前は知らなくても聖女の名前は知ってる有様。
お陰で慰霊祭にオリヴィア様が来ただけでバルトファルト領は観光客が増えて戦費の補填になってくれそうだ。
冷遇されてきた下位貴族や平民の鬱憤は溜まりに溜まってる上にフォンオース公国との戦争でそれが一気に表面化した。
オリヴィア様を旗頭にして王国と手を切ろう、辺境の自分達を軽んじた王都の連中に復讐してやると思ってる貴族は多い。
その筆頭格がアンジェの父であるレッドグレイブ公爵だ。
まぁ俺からすりゃ偉い金持ち同士の喧嘩だからバルトファルト家を巻き込まない所でやって欲しいんだけど。
王国が滅びるならそれは自分達が蒔いた種だよ。
「そこで止めとけリオン」
「流石に言い過ぎだ」
……そうだな、言い過ぎた。
アンジェ達が攫われて気が立ってるんだろうな。
殿下達の前で王政の批判なんてするべきじゃなかった。
「すいません、言葉が過ぎました」
「いや、構わない。ここまで露骨に俺達へ物申す奴は少ないからな」
「話を戻そう、フランプトン侯爵の失脚と共に宮廷の人事は刷新された。同時に多数の腐敗貴族も処断され淑女の森は徐々に衰退していった」
「連中としては頭が痛かったんだろうね。僕達が戦後に治安維持の為にオリヴィアと一緒に空賊退治に勤しんでたのも彼女達の力を削ぐ結果となっていた」
「あぁ、お前らの活動ってそんな意味があったのか。てっきり暇を持て余して空賊イジメやってたのかと思ってたぞ」
「おい!」
「俺達も戦後に増えた空賊退治と大差ないと思ってた。奴らの存在に気付いたのはここ最近だ」
「淑女の森が息を吹き返したのは俺達がアルゼル共和国の援軍に行ってからだ」
「何でまた?」
「ホルファート王国が魔石輸出の優先権を獲得したからだ。他の国にとっちゃ王国が強くなる状況は避けたいだろうな」
「フランプトン侯爵の派閥だった貴族も全員が処罰された訳じゃない。ファンオース公国への伝手は残っていたのさ」
「王国に叛意を抱く貴族、敵対する近隣諸国、稼ぎが減った空賊。そうした利害が複雑に絡んで淑女の森は暗躍を始める。目的はホルファート王国の崩壊だ」
何とまぁ、話が大きくなってきた。
辺境の成り上がり貴族には正直付いて行けそうにない。
同時に話の規模とゾラ達の行動に違和感を感じる。
「待ってください、今のゾラ達が淑女の森の指導者とはどうしても思えません。あいつらは平民から税を毟り取る事は考えても国家転覆なんて大それた行動をやれるほど賢くも強くもありませんよ?」
「だろうな、既に淑女の森の主要幹部は逮捕している。この半月の俺達は残党狩りの真っ最中だ」
「あらゆる手段を用いて逮捕者に情報を吐かせて拠点の殆どを叩き潰し構成員は逮捕した。抵抗した奴は空を舞う塵になったよ」
「ゾラ、メルセ、ルトアートは構成員だが幹部ではない。淑女の森でも役に立たないから辺境の拠点に左遷された厄介者扱いだ」
「そもそも拷問を避けたい逮捕者の自白や彼女達だけ落ち延びるのを許せない幹部の自白で存在が発覚したんです」
「拠点がある浮島の領主が踏み込んだら逃げ出た後だった。どうやら本拠地が俺達に制圧されたという情報を知った直後に姿を消したらしい」
「相変わらず逃げ足だけが取り柄か」
父さんは眉を顰めるが引き際を弁えるのは戦術に必要な技能だ。
無理に粘って損耗を増やすよりも頭を切り替えて撤退後に体勢を整えるのは俺も戦争中によくやってる。
まぁ『勝てないから撤退する』のと『何もせず逃げる』のは全然違うんだけど。
「問題は同じように逃げた淑女の森の戦闘部隊が奴らに合流してしまった事だ。戦闘用の飛行船が一隻、鎧も十機以上搭載しそこそこ腕が立つ騎士が搭乗している」
「たぶん私達の乗った飛行船を襲ったのはそれですわ。鎧の性能差があったとは言えローズブレイド家の騎士が討たれましたの」
「こちらの情報とディアドリー嬢の証言に齟齬があるのは付近の空域にいた空賊を取り込んだ、又は繋がりがあった空賊と連携したと推測できます」
「俺達がバルトファルト領を訪れたのは残党の検挙、或いは討伐が目的だ。その為にバルトファルト子爵に助力を要請したい」
この部屋に居る全員の瞳が俺を見つめる。
経緯は分かった、後は決断だ。
家族を助ける為に何が最善か、どう選択すべきか。
握った掌がじっとり汗ばむ。
それほど賢くない頭を必死に働かせて俺は答えを出した。
「殿下の仰ることは分かります」
「そうか、分かってくれたか」
「ですが協力する事は出来ません」
「兄さん、落ち着いて考えよう」
「俺は冷静だよコリン、断るのはちゃんとした理由がある」
さっきまで皆が誘拐された事実に我を忘れて冷静な判断が出来なかった。
誘拐を実行したのはゾラ達と空賊だけと思い込んでたけど鎧を操縦できる奴が十人以上も居るなら話が別だ。
アンジェ達をどう救出するか必死に考えると殿下達が一緒だと行動が制限されてしまう。
「……どんな理由だ?」
「殿下と俺は目的が違います。殿下の目的は淑女の森の残党の討伐ですね?」
「その通りだ」
「残党は捕縛対象ですか?」
「主犯格は捕縛したいが抵抗するなら討つのは躊躇わん」
「俺達は家族の救出が最優先です、ぶっちゃけ皆の安全が確保されるなら見逃したいとすら思ってます」
「待ってくれ、僕達は人質を見捨てるような真似はしないぞ」
「優先順位が違うんだぞ、状況がどう転ぶか分からないのに目的が違う相手を組む事は出来ねえさ」
残党は始末できたけど人質は全滅、そんな結末は御免だ。
助からないのならまだ俺達の手で救えない方がマシだ。
家族の危機を他人に委ねる気にはとてもなれない。
「そして指揮系統の問題です。この作戦の指揮官は誰になりますか?」
「俺だろうな」
「現在バルトファルト領にいる殿下の所持戦力は?」
「最新の戦闘用飛行船が一隻と鎧が十機。人員は俺達を含めて人員は三十名ほどだ」
「ユリウス殿下の指揮なら王国軍がバルトファルト軍より上の立場になります。ですが周辺の空域に詳しいのは我々です。どうしても連携に齟齬が生じてしまいます。これは救出作戦に於いて致命的な失態を招きかねません」
「……」
辺境は王国の支配力が落ちるからどうしても王家や宮廷貴族に対する忠誠心が薄くて独立独歩の気風がある。
ユリウス殿下が持って来た戦力は魅力的だけど周辺空域に詳しいのは俺達だ。
地の利を持ってない王国軍に十全な働きが出来るとは思えない。
そんな状況で王国軍の命令に従わさせられ、うちの部下の反感を買ったらまともな働きが出来なくなる。
この緊急事態にバルトファルト領の軍人と王家直属の軍人が仲良くさせるのは不可能だ。
能力が高くても使えないなら最初から使わない方が良い。
「それに初手から王国に頼ったとなればバルトファルト領の評判が落ちます。今だって腕っぷしだけの成り上がり者と周りから舐められてるのに、嫁を攫われて何も出来ないと思われたらここの統治すら覚束なくなります」
「だから協力を拒むと?」
「殿下に従ってる奴らが俺達の下になってくれるなら素直に協力できます、でもそんなのは不可能でしょう?」
爵位だの、立場だの、誇りだの。
何もかもが面倒臭い。
ただ俺は俺の家族を、惚れた女の危機をかっこ良く救う騎士になりたかった。
でも悲しいほどに俺は凡人だから足りない頭と中途半端な力と欠片ほどの勇気をふり搾って泥臭く戦うしか出来ない。
いろんな事を考えて、今ある物を工夫して、相手の嫌がる部分を狙ってようやく勝てる。
いろんな奴に憎まれて付けられた仇名は外道騎士。
それが俺の正体だ。
「情報提供に感謝します、これから俺達は皆の救出に取り掛かるつもりです。殿下達は俺達と別行動で奴らを追ってください」
「何か当てはあるのか……」
「とりあえず周辺空域を調査します、運が良ければ何か見つけられるかもしれませんので」
「素直に協力した方が良いぞ、殿下の飛行船には最新式の探査装置を配備してる」
「だからって探知装置で発見できるとは限らないだろ」
「なぁ、ちょっといいか?」
「何だよ兄さん」
「もしかしたら皆の居場所分かるかもしれないぞ」
横から口を挟んで来た兄さんが凄い事を言って一瞬頭が混乱した。
兄さんはおもむろに上着のボタンを外すと蒼色のペンダントを取り出した。
確かドロテアさんからのプレゼントだった。
「これな、俺の位置を把握できるように台座の部分に発信機が仕込まれる」
「何でそんな物を持ってんだよ?」
「ドロテアさんから頂きました。向こうも同じ物を身に付けて受信機も手渡されてます」
「……おい、それって」
「おそらくお姉様の位置を特定できますわね。上手くいけば他の三人も同じ場所にいますわ」
珍奇な生き物を見る目で皆がペンダントを見つめる。
そうだよね、普通はそんな贈り物しないよね。
でもこれでアンジェ達の居場所が分かるかもしれない。
地獄みたいな状況で漸く希望が見えて来て目の前が明るくなった。
「~~~~っっしゃああぁぁッ!!」
思わず叫び声が出た。
ゾラ達が身代金を要求するまで地道に探索を続けるつもりだったけど希望が見え始めた。
ありがとうドロテアさん、感謝の気持ちとして兄さんとの結婚を全面支援します。
「今すぐ受信機で位置を辿るぞ!あと集まった兵を空港に行かせろ!準備が整い次第出発だ!」
「分かった!」
「武器庫を開けとけ、鎧の準備も急がせろ!」
「了解!」
「あと何かあった時の為に医者も必要だ!空港に居る医者を何人か同行させるから呼んで来い!」
「うん!」
三人が勢い良く応接室から飛び出して行く。
この状況判断の早さがバルトファルト家の特徴だ。
愚者の考え休むに似たり、本当なら俺も立場とか捨てて駆け出したい。
「……どうやら見通しが明るくなったみたいです。殿下達は俺達のと別行動で奴らを追ってください」
「つまり俺達の助けは必要ないと?」
「もたもたしてたら状況は悪くなる一方です、どうか任せていただけないでしょうか」
解決への道は見えた、後は俺に出来る最善を尽くすだけ。
とにかく皆の安否を確認したい、空賊に手酷く扱われてないか心配だ。
手早く頭を下げると俺も扉に向かって駆け出した。
「待ちたまえバルトファルト卿」
「……まだ何かあるのかマーモリア」
振り返ると長い緑髪の男が俺を見ている。
五英雄の一人であるジルク・フィア・マーモリア。
正直、俺はこいつが嫌いだ。
裏でコソコソとアンジェの婚約破棄に加担して、数ヶ月前は王都で俺の尾行を計画した。
コイツなりにいろいろ考えてはいるんだろうがとにかく人として合わない。
出来るなら口を聞きたくないし、顔も合わせたくない。
「先ほど我々の飛行船に最新式の探査装置を配備してると言った筈だ。失敬だが兄君の持つ受信装置は探査装置より優秀なのかね?」
「……知るか、手掛かりが無いまま捜し続けるより百倍マシだろ」
「探査装置を使えばより確実だ、細君を取り戻す為に最善の行動を取るべきは君も分かっているだろう?」
「だから王国軍の下に付いてお前らの命令に従えと?」
「従属ではなく協力だ。そうだな、『我々が淑女の森の残党を捜していたら
「
「
役者じみた語りで俺を説得するジルク。
胡散臭い、凄く胡散臭いから止めろ。
「何が目的だ?」
「救出作戦に我々が参加する、残党から情報を引き出したいからリーダー格はなるべく生け捕りにしたい。細かい要求はあれどその程度だな」
「ゾラ達は譲らないぞ、あいつらは俺達が始末をつける」
「好きにしたまえ、必要な情報を持っている幹部は既に逮捕済みだ」
「指揮は俺が執るぞ。従わないなら同行させねえ」
「勿論だとも、我々はホルファート王国の為に戦っている。是非とも君にはそれを理解していただきたい」
「……正直言って俺はお前らが嫌いだ。因縁があり過ぎて今すぐ仲良く出来そうにない」
「奇遇だな、私も同じ気持ちだ。おそらく私達全員がそう思ってる」
「だがお前達の力は認めてる、悔しいけどそれが最善だ」
「分かってくれたかね」
罵声を浴びせたいがグッと堪える。
今の俺に必要なのは家族を救える力だ、こいつらにはその力が有る。
服装を正してユリウス殿下の前に臣従儀礼に則った姿勢で跪く。
家族を救えるなら悪魔にだって頭を下げてやる。
「ユリウス殿下、どうかお力添えを。私に妻と姉と妹と義姉を助ける力をお貸しください」
「面を上げよバルトファルト卿。お前の忠節と情に報いよう」
「はっ」
立ち上がるといきなりグレッグが肩を掴んで来た、相変わらず馬鹿力だなお前。
クリスとブラッドも何か生温かい目で俺を見てる。
「よし!じゃあ指揮官殿の嫁さんを助け出すか!」
「何だよ、馴れ馴れしいぞお前ら」
「この作戦の間だけでもお前が上官なんだ、よろしく頼む」
「じゃあこっちも準備しようか」
「何でお前らそんなにノリが良いんだよ?」
「一度殴り合ったじゃないか。争いで育まれる友情もある」
「私はコイツに殺されかけたぞ」
「そりゃジルクが悪い」
「行くぞバルトファルト。アンジェリカを救うんだ」
「殿下が仕切らないでください!」
何か馬鹿五人のペースに乗せられてる。
側に居るディアドリーさんに視線を送ったけど無視された。
どうなる俺?
こんなんでアンジェ達を救えるの?
作戦前から後悔で泣きたくなってきた。
リオン&五馬鹿共闘開始の今章。
原作のアンジェ救出や空賊退治は五馬鹿揃い踏みが無かったのでこうなりました。
今作のリオンは身体能力が低く知恵と戦術ステータスが高めのイメージ。
ルクシオン無しの凡人故に己の力不足を嘆くリオンの心境も今後描く予定です。
ジルクの提案はどうすればリオンをいやらしく説得できるか悩みました。
CV鳥海浩輔キャラの胡散臭さは異常。
追記:依頼主様のご依頼によりDrone様に年賀イラストを描いていただきました。ありがとうございます。
Drone様 https://www.pixiv.net/artworks/114858469
意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。