婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第51章 Femme Fatale

 金属、油、木材、煙草と酒、そして人の臭いが入り混じった生温かな空気。

 空賊が搭乗している飛行船の内部は鉄骨や配管や剥き出しな上に重要な内部機構を最低限だけ隠すように板が規則性無く貼りつけられている。

 無機質な金属部品が絡み合い明滅を繰り返しながら駆動する姿は巨大生物の内臓を思わせ生々しくも悍ましい。

 居住性を優先して建造された客船とは違い空賊戦の内部は必要最低限の物しか備わっていない。

 尤も飛行船に対する空賊達の手入れは十分とは言い難いものだ。

 廊下のあちこちに紙煙草の吸殻や空になった酒瓶が無造作に放置され、誰も掃除しない床は歩く度に湿った感触で粘ついた何かが靴に纏わりつくようだ。

 

 ドロテア、ジェナ、フィンリー、そして私。

 人質一人につき空賊二人が左右を取り囲み逃走を防ぐ。

 肩が触れ合いそうなほどの狭い廊下を命じられるまま歩き続ける。

 とにかく目を動かし視界に入った物の位置を憶えられるだけ憶えた、いざという時に迷わないよう自分の位置を把握するのは重要だ。

 露骨に首を動かして空賊に疑われたら状況が不利になりかねないので必要最小限の動きで船内を見回すのはなかなかに難しい。

 

 私が飛行船に詳しかったらこの船の内部構造もある程度は把握できるだろう、この手の知識はリオンが得意だ。

 なにせ王国軍に入り空賊の捕縛や逮捕の実績が出世になった男だ。

 飛行船の種類や空賊の傾向についてリオンに匹敵する見識を持つ者はバルトファルト領は勿論、王都にすら軍の専門職がいる程度。

 意外にリオンは冒険者としての資質を備えているのではなかろうか?

 もし生きて帰れたらいつか共にダンジョンを探索してみたい。

 

「何ニヤついてる?」

 

 横を向くと空賊の一人が訝しげに私を見ていた。

 そうか、私は今微笑んでいたのか。

 いかんな、心中の不安を誤魔化すようにリオンの事をつい考えてしまう。

 

 せめて何らかの手掛かりを掴みリオン達に我々の安否を伝えなくては。

 手枷や足枷を嵌められていないのは僥倖だ、かと言って女四人で空賊を相手取るのは分が悪過ぎる。

 せめて携帯用の銃やナイフを持ち込んでいれば何らかの対処が出来たかもしれない。

 

 そこまで考えて頭を振って下を見る。

 其処には以前より少しだけ膨れた私の腹があった。

 人質四人のうち一番無理が出来ないのは私だ。

 私を気遣ってジェナとフィンリーが人質になった事実に歯噛みする。

 義姉妹は私をリオンの妻として自分達より重い存在だと思っているが、リオンにとって姉妹もまた大事な存在であり単純に比べられるものではない。

 足元を注意して歩きながら先頭を歩むルトアートと空賊の長らしきに男の後を追い続ける。

 誰も何も言わない、その沈黙が重々しい。

 角を曲がり階段を下りる事数回、分厚い扉の前で漸く男達が足を止めた。

 ノックと言うにはあまりに強い力で扉が叩かれ空賊達がゆっくり扉を開けると金属が軋む不快音が耳を震わせる。

 

「入れ」

 

 開かれた扉の奥から漏れた空気に混じる甘ったるい香りが鼻を刺激する。

 命じられるままゆっくりと部屋に入ると香気はより一層強くなり不快さを増していく。

 招かれた部屋は何とも奇妙な内装をしていた。

 内装が剥げかけた壁には奇妙な絵画が数点掛けられ、調度品は時代も作風も統一感が無くこの部屋全体の雰囲気を奇妙な違和感で覆っている。

 どれも芸術として取引されるも大した額にはならないだろう、むしろ絵画に関しては額縁の方が高く売れそうだ。

 盗品や密輸品の中から価値がありそうな物をとりあえず見繕い片っ端から部屋に持ち込んだ、そんな印象が見受けられる。

 審美眼や感性の無い者が強引に見栄え良くようとしている。

 そんな部屋の主の性根が見て取れそうな内部だ。

 

「母上、姉上。只今戻りました」

 

 ルトアートが恭しく頭を下げると部屋の奥から現れた二人の女が私をねめつける。

 年嵩の女は痩せこけた顔を分厚い化粧で誤魔化し、身の丈に不釣り合いなほど過剰な装飾に彩られたドレスを身に纏う。

 若い女は整った顔立ちではあるがこれまた肩や胸元が大きく開けたドレスに加え目元や唇に陰影が濃過ぎる化粧を施していた。

 目端が利く者が見たら笑い出しかねない彼女達の装いに困惑してしまう。

 ルトアートと空賊の態度からこの二人が空賊を従えているのだろうか?

 

「遅いわ!何をグズグズしているの!下賤な奴らが乗っている船を襲うのにどれだけ時間をかけているの!?」

「相変わらず役立たずね!これだから男は嫌なのよ!」

「……」

 

 神経質な女達の罵声にルトアートは身を竦め首を垂れた、一方で空賊達は面白い物を見るような口元の歪みを隠そうともしない。

 おそらく名目では彼女達が一応の支配者なのだろう。

 だが実務を担ってるのは空賊達の方で彼女達は飾りに過ぎない。

 一目見ただけの私にすら判別できる力関係を当の本人達だけが理解していないのは滑稽を通り越して憐れだった。

 

「申し訳ありません。ですが望外の収穫があったので急ぎご報告と思いまして」

「何よ、大金を輸送でもしていたの?」

「私は服や化粧品の方が嬉しいわ、もうこんな汚い船に閉じ込められてるのは嫌よ」

「おいおいおい。そいつはひどいぜ奥様、お嬢様」

 

 空賊の長は陽気な口調で三人の会話に割って入る。

 やはり彼が実質的な指導者なのだろう、抜け目なく目を光らせて場を制す姿は狡猾な空賊その物だった。

 

「俺達の苦労も考えてくれ、略奪したもんから必死に見つけ出した上物はあんた達に納めてるだろ」

「そんなの当たり前でしょうが」

「あんた達は私達に従っていれば良いのよ」

「はいはい、仰せのままに」

「空賊風情は引っ込んでいろ。収穫はあの薄汚いバルトファルトの娘達です。こいつらが居れば我々の復権も夢ではなくなるかと」

 

 空賊に腕を掴まれ呻き声を上げたジェナとフィンリーが私とドロテアの前方に引き摺り出される。

 近寄ろうとすると空賊が壁となって立ちはだかり彼女達から無理やり離される。

 ルトアートは跪かされた二人の髪を鷲掴みして強引に顔を女達の方向へ動かす。

 相手の安全など考えていない粗略な扱いに抗議の声を上げようとするもまたも空賊に阻まれた。

 女達の顔が歪み憎悪に満ちた視線がジェナとフィンリーに降り注ぐ。

 その視線を義姉妹は真っ向から見つめ返し室内の空気が更に張り詰める。

 

「卑しい獣風情がよくもまぁ、私達を差し置いてのうのうと生きるなんて厚かましいにも程があるわ」

「本当ね、どうやって痛めつけてやろうかしら」

「……生きてたのゾラ、メルセ。とっくに死んでたと思ってた」

「本当にしぶといわね、しかも空賊になってるとか。あんた達にお似合いだけど」

「お黙り!」

「生意気な口を叩くんじゃない!」

 

 女達の手が動き乾いた音が鳴り響く、それでも姉妹は怯まずに睨み続けた。

 ゾラ、その名に聞き覚えがあった。

 ゾラ・フィア・バルトファルト。

 かつて義父上と結婚しバルトファルト家の正妻となっていた宮廷貴族の娘だ。

 その不品行とファンオース公国との戦時中に於ける敵前逃亡や責務放棄によって貴族籍が剥奪され行方知れずとなっていた筈だが。

 嘗てバルトファルト家の正妻だった女、その娘と息子。

 彼女達が行動を起こすなら目的はバルトファルト家の財産か、若しくは家督といった所か。

 

 いずれにしても結論は既に分かりきっている、彼女達がどう足掻こうともバルトファルト家が思い通りになる事は決してありえない。

 どれだけ訴えようが王国は貴族籍の無い者を領主にするなどありえない。

 ましてや領地と領民を見捨て自分達だけで逃げ出した輩など処罰の対象だ。

 

「私達が居ない間にまんまと家を乗っ取るなんて厚かましいにも程があるわ!これだから卑しい平民の腹から産まれた卑しい奴らは嫌なのよ!」

「あんた達にドレスも宝石も必要ないわ!それは私達の物よ!さっさと寄越しなさい!」

「ちょっと!?止めないさいよッ!」

 

 地面に落ちた菓子の欠片に群がる蟻の如くジェナとフィンリーが身に付ける装飾を毟り取るゾラとメルセ。

 義姉妹の装いはそれほど贅沢な物ではない。

 平民が乗る定期船の乗客から浮かないように材質こそ上物だが地味な色合いの服に装飾のネックレスやイヤリングは平民の娘が数ヶ月貯金すれば簡単に手に入る価格だ。

 地味な服ではなく装飾にばかり拘る彼女達の審美眼は怪しい物だ。

 或いは空賊の生活が長く続いたせいで価値基準に狂いが生じているのか?

 爛々と目を輝かせ装飾を見つめるゾラとメルセは正気には見えない。

 

「いいわ、欲しけりゃくれてやるわよ。今の落ちぶれたあんた達にはその程度がお似合いね」

「口の減らない小娘が!お前達など本来なら私達と口を聞く事さえ叶わないのよ!」

「逆でしょ?今はあんた達の方が私達に口を聞けない身分じゃないの」

「この卑しい犬っころがッ!!」

「げぁホッ!」

「お姉ちゃん!?」

 

 図星を突かれ逆上したメルセがジェナの顔を何度も殴りつけるとジェナの口と鼻から流れた落ちた鮮血が床に飛び散った。

 細い腕から不格好な体勢で繰り出される打撃は大した威力ではないだろうが何発も受けていれば損傷は重なっていく。

 十発ほど殴って気が済んだのだろう、息を切らせたメルセが頬や瞼を腫らしたジェナから遠ざかる。

 顔の骨や歯が折れてなければよいのだが。

 

「私達は奪われた物を取り戻す!貴族の地位を!栄光を!財産を!正当に受け継がれるべき物を奪い返すだけよ!」

「奪い返すって何よ!捨てたのはお前達の方じゃない!領地を護ろうとした父さんを罵って逃げ出したくせに!」

「戦争なんかで死ねるか!私は死ぬつもりなど無い!」

「それでやってるのが空賊!?どっちが卑しいのか分からないじゃない!あんた達こそ貴族の資格がない臆病者よ!」

「うるさい!!」

 

 ルトアートが腰に差した剣を鞘ごと引き抜きフィンリーを打擲する。

 鞘から剣を抜かなかったのは殺す気が無かったのか、単に抜くのを忘れただけか分からない。

 いずれにせよ、この状況が続けば私達の命の保障は著しく低いと言わざるを得ない。

 そもそも空賊達は私達を人質にして身代金を請求すると言っていたが、ゾラ達の行動はその程度では済みそうになかった。

 特に因縁が深いジェナとフィンリーに対して苛烈な攻撃を加えられるのは避けたい。

 少々至らない部分もあるにせよ彼女達はバルトファルト家の一員であり、私の義姉妹なのだから。

 

「そこまでにしろ」

 

 背筋を正し真正面からゾラ達を見据える。

 床に臥している二人の視線が大人しくしていろと訴えていた。

 それでも引く事など出来はしない。

 暴力に怖気づいて悪党の屈服するなど私が許容できるなど思わないで欲しい。

 

「我々の命を保障しないのなら交渉は不成立だ。身代金を払う義務が生じなくなるぞ」

「……誰よお前」

「アンジェリカ・フォウ・バルトファルト。リオンの妻だ」

「はぁ!?あの汚い小僧の嫁!?何でこんな女を連れて来たのよ!」

「人質として連れて来ました。生意気にも出世したあいつにとっては何よりの嫌がらせになります」

「あぁ、何処ぞの家から婚約破棄された娘を妻に迎えたと聞いたわ。なるほど、実に生意気そうな顔つきだこと」

 

 随分な言い草だ。

 確かに私がユリウス殿下に婚約破棄されたのは事実だし、私の顔立ちが少々きついのは自覚してはいる。

 私に対するこの程度の取るに足らない罵詈雑言など既に社交界で聞き飽きているので痛痒すら感じない。

 自分の優位を誇示するようにゆっくり歩み寄るゾラの余裕は逆に自身の狭量を表しているが当の本人は気付いていないのだろう。

 ゾラが近づく度に噎せ返るような香気が鼻をくすぐる。

 この環境では入浴など望めない筈だ、古から香水は体臭を誤魔化す為に使われてきた歴史を持つがゾラの体から放たれる匂いは過剰なほどの香水が使われていると察せられる。

 清涼感を出す為には植物を原料とした香水が最適だが、ゾラが使用しているのはおそらく動物由来の香水だ。

 過剰な動物性香料の匂いと汗等で濃くなった体臭が混じり合っている。

 ひたすら私を値踏みするゾラ達の視線と鼻孔を穢す臭いがとにかく不快だった。

 

「お前がどんな家の娘にせよ無事で済むとは思わない事ね」

「その顔を二度と見られない顔にしてやればあのガキはどんな顔で泣き喚くかしら?」

「まず私の相手をしてもらう、その後は空賊達に与えてやる。心が壊れるまで輪姦(まわ)されるのを覚悟しろ。もちろんそこの女もこいつらも同じだから寂しくないぞ」

 

 下卑た表情で楽し気に私達を痛めつける光景を想像し悦に入っているようだ。

 やはり早まった行動だったか。

 あの場で全員殺されない為には必要な行動と思い人質となったがそう上手くいく筈もない。

 空賊の襲撃から落ち延びた飛行船はそろそろバルトファルト領に辿り着いただろうか?

 不安そうに私を見つめる子供達の顔が目に浮かぶ、あれが今生の別れになったしまったな。

 此処で終わりを迎えるを迎えるならリオンに会いたい、お腹の子を無事に産んでやりたかった。

 そんな未練ばかりが心に押し寄せては消えていく。

 せめて最期の瞬間まで気高くありたい。

 ゾラ達を睨み覚悟を決める。

 

ドォン! ドォォン! ドォンッ!

 

 背後から空賊船の駆動音と違う大きな音が室内に反響する。

 その音は幾度も繰り返され時間を経つほど大きく小刻みに鳴らされた。

 背後の扉から聞こえて来る轟音を耳にしたゾラ達は気まずそうに顔を顰めると顎で扉を指す。

 空賊の一人がやれやれと扉を開けると屈強な男達が部屋に乱入して来る。

 鍛え上げ日に焼けた肌は彼らが戦いを生業としてる者独特と張り詰めた空気を身に纏っていた。

 男達は空賊を押し退け部屋を突き進むと私とゾラ達の間に立つ。

 体格が良い男達の威圧感に押されたゾラは扇で口元を隠すが内心の動揺は隠しきれていない。

 先程と違って露骨に怯えるゾラ達は大人に叱られる子供に見えて憐みさえ催す。

 

「何のつもりだルトアート」

「な、何がだ」

「貴族の女達を人質にしたらしいな。当初の計画にそんな予定は無かったはずだ」

「状況は常に変わりゆくものだ。飛行船の平民共の中に思わぬ珍客が紛れ込んでいたから当初の予定から変更した。どんな事態にも対処できるのは優れた者には容易い事だ」

「ほう、どんな事態だ?」

「こいつらはリオンの姉と妹だ。卑しい平民の血が流れているのがよく分かるだろう」

 

 ルトアートが何を以って貴族と平民を判断しているかは謎だ。

 ゾラ達のバルトファルト家に対する嫌悪と異常までの爵位に対する執着が何処から来るのか分からない。

 以前に義父上から聞いた話や義姉妹との会話から推察すると非はゾラ達が多いとは推察できる。

 或いは平民の血が流れているリオンや義兄上が爵位を継ぐ事がそれほど認め難いのか。

 いずれにせよゾラ達の思考は理解の範疇を超えている。

 

「その人質の為に計画を変更したと?馬鹿な真似をしたものだ」

「どこが悪い!こんな奴らが私達の物を好き勝手にしてるのは我慢ならんだろう!」

「貴様の安っぽい誇りを満たす為に計画が滅茶苦茶になったのにまだ気付かんのか!」

 

 後から来た者達の長らしき男が怒鳴り返すと三人は身を震わせた。

 ルトアートの癇癪じみた声など屈強な男の怒声の前には子犬の遠吠え同然の代物だ。

 

「略奪行為を継続的に行い王都の連中にバルトファルトの統治能力に疑いを持たせるのが目的だったはずだ!それを奴の親族が居たから人質に取るだと!?本気でバルトファルトが討伐に動き出したらどうするつもりだ!?」

「あんな小僧など恐るるに足りないでしょう!向かってくるなら好都合よ!」

「奴は齢十六で公国軍の司令官を討った男だぞ!正面きって戦うのは分が悪過ぎる!」

「臆病者!それでも元騎士なの!?」

「黙れ!ただでさえ組織が壊滅の状況で援軍など求められん!負ける戦など出来るか!」

「リオンなど大した奴ではない!ここに来れば私が始末してやる!」

「ならば貴様が戦えばよかろう!面倒は毎度毎度我々に押し付けおって!」

 

 どうやら元騎士と思われる長はリオンを恐れているようだ。

 それに対しゾラ達はリオンを蔑んでいる。

 妻としては夫が評価されるのは嬉しいがこの状況下では侮ってくれた方が付け入る隙が在るのだが。

 

「こいつらだけじゃない!リオンの妻も攫ってやった!他にも伯爵家の娘がいる!これで奴は叱責されて爵位を剥奪されるぞ!」

「叱責の前に我々が滅ぼされる!ただでさえ無理がある計画な上に敵を更に増やしているのも気付かんのか貴様ッ!?」

「だ、だが妻を奪われた事実が広まれば奴の評判は地に落ちる!それを私が解決したと報告すれば貴族籍を取り戻せる筈だ!」

「リオン・フォウ・バルトファルトの妻はレッドグレイブ公爵の娘だ!自分の娘を攫った男を認める訳が無かろう!」

「なッ!?」

「はぁ!?」

「嘘っ!?」

 

 元騎士の言葉にゾラ達と空賊が動揺している。

 どうやら私が元公爵令嬢だと知らないまま攫って来たらしい。

 リオンが爵位と領地を拝領した事は知っていても、その妻が何処の家から嫁いだのかさえ把握していなかったらしい。

 何ともお粗末な計画を立てたものだ、怒りを通り越して呆れる。

 

 そもそも領地で空賊が頻発した程度で領主の統治能力が疑われても取り潰しになるなど稀だ。

 裏で空賊と繋がり法を犯していたならまだしも空賊が討伐できないだけで領主の転封や領地の剥奪を行っていては貴族の大反発を招き王国全体の統治が揺るぐ。

 子供が頭の中で都合良く妄想した杜撰な計画、それすら全うできないゾラ達と組んだ元騎士が怒るのも致し方あるまい。

 

「どっ、どうすれば良い!?」

「知らん、計画を変えたのはそこの馬鹿共だ。もはや取り返しがつかん」

「このグズ共!何て事をしてくれたの!」

「役立たず!公爵家を敵に回す事になるなんて!」

「も、申し訳ありません!」

「貴様らが策があると言い切ったから乗ってやったのに結局この有様だ!これからの指揮権は我々に譲ってもらうぞ!」

「お黙りなさい!元騎士風情が偉そうに!」

「貴様らとて元貴族だろうが!過去の栄光に縋って主君面するのは止めていただく!」

 

 どうやらこの一味はゾラ達、空賊、元騎士の派閥が存在し主導権を争っているらしい。

 ゾラとメルセがルトアートを手酷く罵るが空賊は素知らぬふりを貫き元騎士はずっと罵っている。

 確かに私やドロテアを攫われたリオンは父上やローズブレイド伯爵に叱責されるだろう。

 私達を無事に救出したとしてもそれは避けられない筈だ。

 

 だからと言って私達を攫った空賊がそのまま見逃される訳はあるまい。

 既にローズブレイド家は何人もの騎士が討たれている、威信回復の為にも血眼で討伐に乗り出す筈だ。

 この状況で彼らが生き延びる道はほぼ断たれていた。

 

「まぁ待ちな。つまり坊ちゃまは貴族になれないのは決まったって訳だ」

「その通りだ」

「だけどよォ、身代金を頂くだけなら出来るじゃねぇか?」

 

 空賊の長が私達に目を映しながら後ろ暗い提案を持ち掛けた。

 この男の方がゾラ達より余程狡猾で頭が回る、元騎士と並んで厄介なのはこの二人だ。

 

「バルトファルトの野郎だって嫁を奪われたと評判になったら世間の笑い者だ。こっちの嬢ちゃんの家もおんなじさ。嫁や娘が無事に戻って世間にバレないなら金ぐらい払うだろ?」

「……かもしれんな」

「どうせ金と食料と水は必要なんだ、なら脅し取るのは無理じゃねえと俺は思うぜ」

「したいのなら好きにしろ、我々は関与しない」

「へへっ、分かりましたよ」

「だが令嬢達は我々が管理する。いざとなれば交渉の道具として使えるからな」

「おいおいおい!?いくら何でもそりゃ欲張り過ぎだろ!」

「人質を傷付ける貴様らに預けていたら何をするか分からん。安全を確保するのは当然だ」

「いけないなぁ旦那、あんたの魂胆は分かってるぜ。自分達だけガッポリ稼いでおさらばするつもりだろ」

「それは貴様も同じだろう、薄汚いドブネズミが」

「やんのかこの野郎!!」

 

 ついには空賊の長と元騎士は私達の扱いで揉め始めた。

 空賊達が懐から銃を取り出し、元騎士達は腰に差した剣を抜き放つ。

 唐突に始まった一触即発の空気にゾラ達はただ身を震わせ怯える。

 こいつらの間に信頼は無い、ただ利害の為に一時的に組んでいるだけだ。

 それ故に各々が自分の立場を優先し相手を出し抜こうと画策している。

 付け入る隙があるなら其処か。

 

「いい加減にして欲しいんだけど?争うなら別の場所でおやりなさい」

 

 殺意が充満した空間に凛とした声が響く。

 それまで黙っていたドロテアが突如として口を挟む。

 男達の視線が集中しても怖気づかず前を見据え傲然とした態度を貫く様は誇り高い貴族その物。

 例え命を奪われる事になってもドロテアは己が意思を決して曲げないだろう。

 

「貴方達の争いに私達は無関係よ、大人しくしてるから別の場所に案内してくれない」

 

 空賊と騎士崩れの言い争いに物怖じせずに加わるドロテアの胆力は大した物である。

 戦意を削がれた荒くれ者共の間に漂う空気がほんの僅かに弛緩した。

 

「……この女は誰だ?」

「ローズブレイド伯爵令嬢のドロテア・フォウローズブレイドよ。他の三人は私の出迎えに来てくれたの。現時点で最も人質として価値が高いのは私ね」

「レッドグレイブ家だけでなくローズブレイド家にまで手を出したのかッ!?自殺願望でもあるのか貴様らは!」

「うるせぇ!話の流れでこうなっちまったんだ!」

「後先考えず行動した結果がこれだ!死にたいなら自分達だけで死ね!」

「なんだとこの野郎!?」

 

 ドロテアの発言に再び室内の空気が荒れ始めた。

 空賊も元騎士もゾラ達ですら私達に注意を払わない。

 視界の端でメルセに殴られたジェナとルトアートに叩かれたフィンリーがゆっくりと体を起こすの確認して他の者を刺激しない速さで移動しつつ義姉妹の様子を窺う。

 言い争いに熱中する男連中は私達を痛めつける思考すら抜け落ちている。

 ドロテアは僅かな発言で争いを煽りジェナとフィンリーの安全を確保した。

 その鮮やかな手並みに感心するのと同時に危機感が募る。

 

『この女は危険だ』

 

 嘗てのドロテアはホルファート王国の社交界に於いて数多の求婚を断ってきた。

 礼儀知らずな男はさておき、それなりに立場を持っている貴族を手酷く拒んで今日まで無事でいられるのは場の空気を読まないようで正確な観察と緻密な計算を行っていたからだ。

 男を翻弄する手練手管、この女がバルトファルト家に嫁いだら騒乱の火種になりかねない。

 腹の底に冷たい物を感じながらジェナを抱き起す。

 顔は腫れているが目や鼻は潰れておらず歯も欠けてなさそうだ。

 フィンリーも壁に寄りかかりながらよろよろと立ち上がる。

 取り合えず二人の状態は確認できた、後は何とかこの場を切り抜けなくては。

 誰もが言い争いに夢中で私達を後回しにしている、安全を確保するなら今しかない。

 

「話し合いが終わらないなら移動させて欲しい。ジェナが心配だ」

 

 鼻と口から血を流すジェナに肩を貸しながら訴える。

 女に手を上げる残虐性と後先考えず人質に危害を加えるゾラ達に愛想を尽かしつつある賊達は顔を顰めた。

 一旦は私達に視線を移したがぞんざいに手を振った。

 空賊ではなく元騎士の仲間らしい男三人が私達を取り囲む。

 鞘から抜かれた剣はそのまま怪しい動きを見せた瞬間に斬り捨てるという意思表示だ。

 ゾラが何か言いたげに睨むが男達に気圧されて口を噤む。

 負傷したジェナに肩を貸してゆっくり一歩ずつ足を動かして部屋を出る。

 言い争いは私達が部屋を出た後も続いていた。




ゾラ&メルセ登場。
原作ではアンジェの素性を知らなかったゾラが居丈高に振る舞ったり、ルトアートがアンジェやリビアに懸想していたような発言をしてたのを参照にしています。
ゾラ一家がかなり頭の悪い計画を立ててますが淑女の森での扱いや自らの境遇に対する不満で認知が歪んでいます。
彼らの支離滅裂な言動はもう少しだけ続きます。
ドロテアさんは原作でもけっこうおっかない女性なので魔性の女としての一面を描写しました。
次章はリオン視点、みんな大好きバルトファルト流口殺法。

意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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