婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第55章 Noblesse Oblige

「反応が強くなった?」

「はい」

 

 部下の通信士からの報告は嬉しい反面、これから起こる戦いを否応なしに予感させて胃が痛くなる。

 俺を英雄呼ばわりする奴らはどんな時もどんな状況でも俺が落ちついて行動してると思ってるけどそんな訳ない。

 俺は戦争は嫌いだ、政争も嫌いだ。

 俺のささやかな望みはオッパイの大きいアンジェとイチャイチャしつつ一緒に子供達を育てながらのんびり送る隠居生活なの。

 だけどいつも面倒事に巻き込まれる、神様はよっぽど俺が嫌いらしい。

 

「このまま速度を維持すれば一時間ほどで追いつけるかと」

「……今日の日の出は?」

「あと二時間ほどになります」

「じゃあ、日の出に合わせて追いつけるように速度を調整してくれ。休憩してる奴は叩き起こして準備するぞ。逆にまだ休憩してない奴は今から半時間だけ休憩させろ」

「はっ」

 

 船内放送で飛行船のあちこちから人が動く音が鳴り響く。

 夜闇に紛れて奇襲しても良いけど今回は救出戦の上に混成軍ときた。

 連携を考えるなら視界良好な早朝の方が問題が少ない。

 一旦個室に戻って装備を確認、出発する前にさんざん確認したのに不安を誤魔化す為に再確認する小心者の自分が嫌になる。

 散弾銃、ライフル、ナイフの感触を確かめて手に馴染ませてると知らない間に細かく震えてた。

 俺は死にたくないし誰かを殺したくない。

 大切な家族を護る為には奴らを殺す覚悟が必要だ。

 殺し殺されの繰り返し、何時になったら穏やかな余生を送れるんだか。

 

 艦橋に戻ると既に皆が集まってた、軽口を叩いてた四人の顔からは弛んだ雰囲気が消えてる。

 うちの連中も戦いの空気を嗅ぎ取ったらしくどことなく表情が硬い。

 特に初陣と言っていいコリンは一目で緊張してると分かるくらいに青褪めてた。

 

「聞いた通りだ、あと一時間ちょいで奴らと接触する。場所はだいたいこの辺りになりそうだな」

 

 地図で指差したおおよその場所は周囲には浮島が無いし、事件発生の時間から逆算して奴らに増援は無さそうだ。

 でもこれは俺個人の見解だから違うかもしれない、実戦じゃ思いも寄らない事態が起きるなんてよくある事だ。

 ここから作戦の最終確認だ。

 

「奴らに増援があった、或いは奴らの鎧が三十機を超えるなら四人全員が鎧で対抗してもらう」

「わかった」

「これから少し速度を落とす、ジルクとグレッグは甲板の鎧の中で待機。いつでも出撃できるように今のうちに便所へ行っとけ」

「下品な物言いは止めてもらおうか」

「救出班は全員格納庫でエアバイクに騎乗したまま待機、クリスとブラッドは鎧とエアバイクのどっちに乗るか分からないから格納庫で待機してくれ」

「了解した」

「人質が船ごとに分けられてる可能性もある。敵船はなるべく撃沈させないように気を付けろ」

「承知した」

「あと、もし人質が殺されてた場合は……」

 

 考えられる最悪のケース。

 そうはなってないと思う、でも可能性は全くない訳じゃない。

 この戦いは治安維持の意味合いもあるけどバルトファルト家の私闘という部分もデカい。

 もしもそうなってたら自分を抑えられそうにない。

 怒りに我を忘れて行動して無駄に兵を死なせるのは領主失格だ。

 うちの兵はバルトファルト領の領民だ、妻子がいる連中だって多い。

 俺の嫁が殺されたからってその復讐に巻き込んで死なせるのだけは絶対に回避しなきゃならない。

 

「大丈夫、きっと無事だ」

「……そうだな、そう祈ろう」

「船への攻撃は最小限で良いの?」

「可能なら首謀者は逮捕して背後関係を洗い出したい。あくまでも可能ならだが」

「救出の必要が無いと判明した時点でお前らの領分だ、俺らは人質の救出が目的なんでそっちは任せる」

「その場合は我々の指揮下に入ってもらうぞ」

「分かってる、ただ逃走を図ったり他の連中の命が危険になったら躊躇しないからな」

「それでいい」

「近付いたらもう一度放送が流れるからそれまで各自準備をしておけ。じゃあ解散」

 

 そう告げるとそれぞれが自分の仕事に取り掛かり始めた。

 俺はこのまま艦橋で待機、心の中の不安は誤魔化せないから仕事をしてる方が気が紛れる。

 隣を見ると相変わらずコリンの顔が青い。

 初陣で飛行船の指揮なら無理ないか。

 俺の初陣だったファンオース公国との戦争じゃ兵の指揮どころか人間相手の戦闘すら未経験の野郎が貴族ってだけで部隊の運用を任されてた。

 王国軍が公国軍に何度も追い詰められたのは公国が召喚するモンスターの援軍が主な原因だけど、未熟な貴族に部隊を任せた部分も大きい。

 兵を率いた経験が一度も無い貴族がどうしてああも自信満々に軍略家気取りで部隊に指揮できるか理解できない。

 戦場で危機感の無い馬鹿は他人を巻き込んで死ぬ。

 それに比べたらおっかなびっくりで頑張るコリンは真っ当な感性をしてるから安心だ。

 

「大丈夫だ」

「兄さん?」

「戦闘の直前まで俺は艦橋で待機してる。コリンは取り合えず生き残る事だけ考えろ」

「それ、指揮官として情けないと思うよ」

「初陣の血気盛んな若い新兵が何も出来ずに目の前で死んでくのを俺は何回も見てきた。死んだら経験は積めないぞ」

「兄さんの初陣って何歳?」

「確か十五だったな、国土防衛の最前線で地べたを這い回ってた」

「参考にならないって」

 

 何だよ、お兄ちゃんの助言を無碍にしやがって。

 けど緊張は解れたみたいだ、青褪めてたコリンの頬に少し血の気が戻る。

 これから綱渡りの話し合いだ、俺の舌でどれだけ情報を引き出せるか、それで助かる命の数が変わる。

 あぁ、胃が痛い。

 さっさと隠居してぇ。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 空調の蓋を外し様々な物を流し込む。

 その多くは煙草の吸殻、野菜の皮、床に落ちているゴミなど可燃物だ。

 次いで布を細かく千切り料理油を染み込ませてまたひたすら流す。

 飛行船にとって空調は搭乗者の命に係わる重要な設備だ。

 地表より温度が低い空を高速で飛び回る、気圧や温度の管理を怠れば死に直結する。

 一定の環境に保つ為の調節機器が配管を通し船内の隅々まで空気を送り込む。

 さながら全身に血液を送り込む心臓のように。

 故に配管へゴミを流し込んで詰まらせれば船内に異常が発生する。

 上手くいけば修理の為に航行を止めるかもしれない。

 最後に必要な物を作らなくては。

 

 小さな空瓶に料理油を少量だけ注入する。

 次に煙草の吸殻を芯にして布を巻いて栓を作れば簡易的な火炎瓶の完成だ。

 すぐに燃え始めてはいけない、本来はある程度の時間が経過してから燃えるように調節する物だ。

 今までこんな物を工作した経験が無いから随分と手間取る。

 リオンは『物資が足りなくて手頃な火薬や爆弾が無い時はよく作った』と苦笑して教えてくれた。

 何か冒険に使えそうな兵卒の知恵はないか?と尋ねてリオンに聞かせてもらった経験がこんな形で身を結ぶとは思いも寄らなかった。

 

 下準備を済ませた後は室内の物を元の位置へ戻す。

 火炎瓶は懐にしまい込むと手にした御守りを握り締めて軽く念じる。

 徐々に掌へ熱が集まりゆっくりと開けば小さな火の塊が揺らめきながら浮いている。

 

「何それ?」

 

 私以外の三人が少し驚きながら火の玉を見つめる。

 手を閉じると火の玉は消え、もう一度開くと再び姿を現す。

 

「リオンと子供達に貰った御守りの加護だ、簡易的な焔を作れる」

「普通の火や魔法の炎と違うの?」

「どうやら物を燃焼させるが焔を作るのは熱でも魔力でも無いらしい。そのおかげでバレずに済んだのは幸いだった」

「そんな便利な代物を持ってるなら早く言いなさいよ」

「発信機を常備してるお前に言われたくはない」

「ねぇ、お姉ちゃん。うちに嫁ぐ女って変な人しかいないのかな?」

「フィンリー、考えたら負けよ。しがない男爵令嬢は公爵家や伯爵家の女に文句は言えないわ」

 

 ひどい言い草だがこの場は無視する。

 この作戦が成功するとは私達の誰も思ってはいない。

 冒険者としてのダンジョン探索の教育やモンスター退治の鍛錬は受けても殺人の訓練や破壊工作の学習などこの場の全員が皆無だ。

 ホルファート王国の価値観では冒険者は崇高な存在であり、兵士は他に生計を立てる道が無い者がなる物だと長年に渡って価値観が築かれてきた。

 どれだけ努力しても騎士にはなれない平民、先祖の功績だけで何の努力も無しに騎士になれる貴族。

 

 その結果が個としては優れていても群としての統率で劣りファンオース公国の侵攻により亡国寸前まで追い詰められたホルファート王国の実態だ。

 最近は身分制度の緩和などで優れた者なら成り上がる機会も増えた、リオンも領兵の育成に余念が無い。

 こんな事なら時折リオンが混ざる訓練に私も混じるべきだった。

 もし生きてバルトファルト領に戻れたならリオンに相談してみよう。

 

ヴイィィィィ ヴイィィィィ ヴイィィィィ ヴイィィィィ

 

 鼓膜を揺さぶる轟音が室内に、いや船内に響き渡る。

 早くもバレたか?

 私達全員の顔に緊張が走る。

 いくら人質だとしても飛行船の破壊工作をしてたならただでは済ませないだろう。

 緊張した面持ちで扉に耳を当てると『敵』や『戦闘』といった単語が微かに聞こえた。

 

「どうやらリオン達が来たらしいな」

 

 その言葉で一気に場の空気が弛むが安心はまだ早い。

 懐の火炎瓶の口に焔を点すと物が焦げる匂いが室内に漂う。

 何もしない方がリオン達の手助けになるかもしれない、その逆も然り。

 意を決して配管にそっと火炎瓶を置いた。

 上手くいけばしばらくして火が瓶の中の油に引火して配管の中を炎が焼き始める。

 消火活動に気を取られればリオン達の援護になってくれる筈だ。

 空調の蓋を嵌め直した直後に扉が大きく叩かれる。

 かなりギリギリだったが何とか仕掛けは終わった。

 ここから先はどうなるか見当がつかない。

 

「出ろ」

 

 数人の男達が私達を取り囲む、全員の顔が険しく何か焦っていた。

 

「何かあったか?」

「飛行船が一隻近付いている、追手かもしれん」

 

 短い言葉だが状況の確認は済んだ。

 後はリオンがどんな策を講じるかにかかってる。

 

『頼むぞ、リオン』

 

 この期に及んでリオンを信頼しきっている己が何処か愉快だった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「リオン・フォウ・バルトファルト子爵だ。そこの不審船二隻に告ぐ、大人しく減速しろ」

 

 まず通信で相手の反応を窺う、音声だけでも得られる敵の情報は貴重だ。

 指揮系統、人質の安否、士気の高さ、交渉の余地。

 それが分かるだけでも作戦が大分楽になる。

 

「発信機の反応は?」

「旧公国軍の飛行船の方から反応があります。ただ発信機と人質が別々の可能性は捨てきれません」

「そこは賭けだな」

 

 こっちの攻撃で相手の飛行船を沈めて人質は全滅なんて笑い話にもならない。

 どうにかしてアンジェ達の居場所を探り出さないとマズいな。

 俺の思考を遮るように通信用の画面が点滅した。

 

「相手よりの返信です」

「繋げ」

「了解しました」

 

 通信士が機械を弄ると一瞬画像が乱れた後に向うの環境が表示された。

 厳つい軍人っぽい奴、空賊丸出しの男、あとは操縦用の人員らしい奴らが後ろの方にチラホラ映ってる。

 

『バルトファルト子爵に告げる、こちらはただの輸送船である。誤解無きようお願いしたい』

「王国と公国の戦闘用飛行船が仲良くつるんで空の散歩?ずいぶんと洒落た運送業者だな」

『払い下げの飛行船を改造したものだ、そちらは一体何用か』

「なぁ、船長さん。その理由はあんたが一番分かっているはずだろ」

『……貴殿の仰る意味が分かりませんな』

「じゃあ、分かりやすく言おうか。とっくにバレてんだよ、さっさと人質を解放しやがれ糞野郎」

『…………』

 

 別に本心からムカついてる訳じゃない。

 相手を煽って判断を鈍らせるのとこっちが怒ってると思わせて尻込みをさせるのが目的だ。

 交渉ってのは相手を宥め賺して妥協点を探り合うのが基本の基本。

 言葉は理解しても思考が分からない馬鹿相手には通じないけど。

 

「帰還者の証言から船の特徴も確認済みだ。お前らが昨日の昼に攫った俺の嫁と姉妹といいとこのお嬢様を解放しろ。素直に返すならある程度は温情をかけてやる」

 

 この通信は船内の連中にも聞こえるように放送してるから俺が勝手に交渉を始めたのを聞いて怒ったかな?

 まぁ、横から口を挟まれたくないから鎧の中や格納庫に行ってもらったんだけど。

 この場で交渉成立してもそれは俺達バルトファルト家と奴らの交渉だ、あの四人は含まれてない。

 そう突っぱねて空賊達との戦闘は止めない、最初からうちの家族に手を出し連中にかける情けなんか俺は持ち合わせちゃいない、

 

「大人しく人質を解放するなら数時間は見逃してやる、お前らがどうなろうと俺は関知しない」

『信じられんな』

「あっそ、なら戦う気か?」

 

 向こうもこちらの戦力を見定めてる最中だ。

 札遊びみたいなもんで相手の役を予想しながら捨て札や見せ札を決める。

 ハッタリや騙しは必要不可欠、見破れなかった奴の方が悪い。

 

『見逃すという話は本当なっ』

『お黙りなさいリオン!お前如きが偉そうな口を叩くんじゃないわよ!』

 

 船長らしい男より前に思い出したくもない三人が画面に映る。

 数年ぶりに見たゾラ達だ、相変わらず顔付きに性格の悪さが滲み出てるなぁ。

 前から性格の醜さが顔に出てたけど、この数年間でさらに汚くなってる。

 ゾラは痩せた鶏みたいだし、メルセは画面越しでも化粧がキツい、ルトアートは自慢の美貌がくすんでる。

 落ちぶれて醜くなったのか、それとも本性に相応しい外見に変わったのか。

 どっちにしても今のあいつらは恐れる存在じゃない。

 

「それで?人質の解放はするの、しないの?」

『ふん!お前も人質の命が大事みたいね。だったら私達の言う事を聞きなさい!』

「取り合えず安否だけは確認したいだけど」

『さぁ、昔のように私達に従いなさい!卑しいお前にはそれがお似合いよ!』

「人質の解放は全員か、それとも一人ずつ?」

『話を聞けぇぇッ!!」

「ん?故障かな?何か雑音がひどいぞ」

『貴ぃ様ぁァァァ!?!』

 

 わざと無視してんだよ、バ~カ。

 安い挑発に乗ってるからお前らはダメなんだ。

 長い付き合いで性格が分かってる上に、いちいち反応するから実にやり易い。

 空賊達と交渉する方がよっぽど難しいね。

 

「あぁ、どっかで見た事がある奴がいるな。引っ込んでろ、交渉の邪魔だ」

『私がこの一団の首領よ!そんな態度をして良いとお思い!?』

「お前が?寝言は寝てから言え。こっちは忙しいんだ」

『卑しい身分のお前が何をほざく!』

「俺は貴族だ。爵位は子爵で宮廷階位は五位中。貴族籍どころか戸籍すら剥奪された奴隷以下の存在が馴れ馴れしく話しかけてもいい存在じゃないんだよ。自分の身の程を弁えてから口を開け」

『き、貴様!私達が奴隷以下ですって!?』

「さんざんお前らが俺に言ってきた事だろう?『自分達は貴族だ!』『卑しい生まれが話しかけるな!』って。今のお前らはあの時の俺以下の存在ですから!準男爵以下!騎士以下!平民以下!奴隷以下!」

『な、なんですってぇ!!?』

「頭が高いぞ、俺の前に跪いてひれ伏せ。お前らを殺しても貴族のうちの連中はもちろん平民の子供だって罪に問われないんだよ」

 

 ゾラの顔がどんどん赤く染まるのが画質が粗い画面でもよく分かる。

 あいつらにとって血筋と身分だけが自分の存在を支える精神的な拠り所だ。

 そこを折りまくる、折りまくって空賊達全員の戦意を徹底的に削いでやるから覚悟しろ。

 

「あぁ、でも人質はもう殺しちゃったかぁ。ジェナとフィンリーは勿論アンジェとドロテアさんもお亡くなりになっちまったみたいだな。ご冥福をお祈りします」

『人質は生きてるわ!私の話を聞けと言っている!』

「嘘だぁ。だってお前ら無能だもん、無能で臆病者のクズだもん。勢い余って人質殺しちゃいそうだし」

『ルトアート!人質を連れて来なさい!!』

 

 まんまと俺の挑発に乗らされてる事に気付いてないゾラが物や人に当たり散らして命令をしまくる。

 本当に扱い易くて助かるわ。

 俺の誘導に気付かないゾラ達の阿呆な振る舞いは笑いを通り越して憐れにさえ思えてくる。

 いや、同情の余地は無いな。うん、無い無い。

 もっとひどい事を言われたし理不尽な理由で殴られ蹴られた。

 この程度の挑発は暴言にさえならない。

 

 慌ただしい声が聞こえると画面の外から四人の姿が映される。

 ジェナ、フィンリー、ドロテアさん、そしてアンジェ。

 見た限り傷らしい傷は無い、みんな少し疲れた表情してるけど命に別状は無さそうだ。

 だからと言って安心は出来ない。

 特にアンジェは妊娠してるからお腹の子も注意しなきゃマズいから一刻も早く救出しないと。

 

『久しぶりだなぁリオン』

「ルトアートか。相変わらず、いや昔以上に醜い顔になったな」

『黙れ!これを見ろ!』

 

 ルトアートは懐から取り出した拳銃を四人に向ける。

 向うの艦橋とこっちの艦橋の両方に緊張が走る。

 だけどここで動揺したら負けだ、交渉は熱くなって我を忘れた奴が先に負ける。

 自分の感情を何処かに置いて冷静に観察し、時には勝負から降りる覚悟も必要なんだ。

 

『こいつらがどうなってもいいのか!?』

「さっきから人質を解放すれば少しの間は見逃してやるって言っただろ。話聞いてないのか?昔より頭悪くなったな」

『うるさい!そんな態度を取ったら一人ずつこいつらを辱めてやる!』

「……お前には無理だルトアート」

『こいつらは既に私の女だ!生き延びる為に喜んで私に股を開いて命乞いをした売女だ!貴様の妻は最高の抱き心地だったぞ!』

『何をぬかす貴様ァ!!』

 

 うん、殺そう。

 この場にいる全員が分かるぐらい見え見えな分かりきってる嘘だけどコイツはアンジェを侮辱した。

 俺の嫁を、俺の姉を、俺の妹を、俺の兄嫁を侮辱した。

 だけど今は救出が最優先。

 何より画面の向こうでルトアートに反論してるアンジェの気持ちを落ち着かせないと。

 

「……で?」

『貴様の妻は既に私の物だ!!』

「お前さぁ、そんなドッッ下手糞な嘘で俺を騙せると思ってんの?周りを見ろよ、お仲間が呆れてんぞ」

 

 空賊の一味が呆れてるのは本当だった。

 品性も糞も無い妄想じみた嘘を誇らしげに語るルトアートは貴族の誇りなんかとっくに捨てた下衆だと自分から宣言してるのと同じ。

 ゾラも馬鹿だがルトアートも輪をかけた馬鹿だ。

 

「だいたいな、それが事実だとしても俺がアンジェを嫌う原因にはならないんだよ」

『はぁ!?』

「アンジェは俺に勿体ないぐらい良い女だ。アンジェが生き延びる為に何しても俺は許す。その程度で俺の愛は揺るがないし」

『そんな訳あるかァ!』

「嘘じゃないから。アンジェ~!無事か~?愛してるぞ~♥』

 

 笑いながら画面に向かって手を振り愛の言葉を思いっきり叫ぶ。

 恥ずかしい、むっちゃ恥ずかしい。

 人前でイチャイチャしても気にしない俺でもめちゃくちゃ恥ずかしい。

 向こうのアンジェが空賊じゃなくて俺を睨んでるのが怖い。

 これは作戦ですから、わざと馬鹿言って相手の気を逸らしてます、だから怒らないでください。

 

「それに殺したら困るのはお前らだぞ」

『なんだと!』

『嘘おっしゃい!』

「まぁ聞けよ。アンジェはレッドグレイブ家の娘だ。この王国で一番デカい貴族な公爵家の元令嬢だぞ。そんな御家に喧嘩を売ってただで済むと考えてんのお前ら?馬鹿なのお前ら?あぁ、馬鹿なんだ。馬鹿だからこんな真似するんだなバ~カバ~カ!」

 

 俺の言葉にゾラ達は口を閉じる。

 コイツらは弱い奴に残虐で身分が下の連中を蔑むクズだけど、同時に強い奴を恐れてひれ伏し偉い奴に媚び諂う小心者でもある。

 恐ろしい脅威に出会った場合は戦わずに逃げを選択するから逆に行動が予想しやすい。

 

「アンジェが攫われたからすぐに公爵に報告したよ。キレた公爵は兵一万人と飛行船百隻に乗せて今こっちに向かってるぜ」

『えっ!!』

『なぁ!?』

『ひぃィ!!』

「同時にローズブレイド家にも連絡済み。あっちも急いでドロテアさんの救出に来る手筈だ。すごいなお前ら、この国で一番怒らせちゃいけない相手に噛みつくなんて大した度胸だ」

『う、嘘よ!お前は私達を騙そうとしているだけ!』

 

 俺の時と違ってゾラの口調が途端に弱々しく変わっていく。

 確かにレッドグレイブ家の増援はバレバレの嘘だけどローズブレイド家に援軍を頼んだのは本当だ。

 相手に嘘をつく時は真実を多めに混ぜる、デカい嘘は自信満々で言うと上手く信じ込ませる確率が増える。

 案の定、画面向こうの奴らは動揺し始めた。

 

「俺は別にお前と戦う気は無い、援軍の到着までお前らを見失わない範囲で監視し続けるだけの簡単なお仕事をさせてもらう。あと半日もすれば王国全体に捜査網が敷かれるから逃げ道は無いぞ」

『戦いすらしないのか!この卑怯者!』

「確かに俺は外道騎士って呼ばれてるけど平気で人質を取るような奴らに卑怯とか卑劣って言われたくないんですけど」

『うるさい!黙れ!』

「今だって公爵家の大船団が俺達を追って来てるはずだ。あぁ、他の国に逃げようとしても無駄だから。むしろ積極的に協力して人質を渡した後お前らの首を喜んで差し出すだろうな」

『そ、そんな……』

 

 追い詰められた奴らの表情がみるみる暗くなっていく。

 後はどんな結論を出すかだ。

 

「しばらく待ってやる、話し合って結論を出すんだな」

 

 そう告げて通信の音声だけ切らせる。

 これで降伏を選ぶか、それとも戦う覚悟を決めるか、内輪揉めを起こして組織が崩壊するか。

 考える猶予は逆に余計な思考を次々生み出す。

 案の定、画面に映ってる奴らは言い争いを始めた。

 音声を切って正解だった、きっとひどい罵詈雑言が飛び交ってんだろうな。

 この隙に出撃準備を整えよう、手元に置いてある船内放送用拡声器のスイッチを押す。

 

「聞いての通りだ、奴らに抵抗の意思があったら即座に戦闘に突入する。総員準備態勢に移行せよ」

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「だから言ったのだ!誘拐などせずに強盗だけで済ませろと!」

「私のせいではない!提案したのはこいつらだ!私の責任ではない!」

「う、うるせぇ!こんな事になるとは思いもよらなかったんだ!」

「どうするのよ!大船団が来るなんて聞いてないわ!」

「あんなのハッタリに決まってるぜ!たった半日ぐらいで援軍が来るもんか!」

「相手はレッドグレイブ家の軍だ!我々と装備が違い過ぎる!楽観視は止めろ!」

「降伏すれば助かるんじゃないか!」

「リオン如きに負けを認めろと!?そんな無様な真似が出来るか!」

 

 艦橋は悲鳴や怒号や罵声に満ち満ちていた。

 誰もが『自分は悪くない』、『この状況を生み出したのはお前』だと相手を罵り合い協調や信頼は皆無。

 まだ自分は助かるのではという淡い期待はリオン・フォウ・バルトファルトの舌によって粉砕されてしまった。

 彼らを支配するのは逃れられぬ死の恐怖。

 誰も逃れられない絶対的な死という存在に直面すれば人間の最も醜い部分が露わとなる。

 

「人質を引き渡して降伏するべきだ、我々の命運はここで尽きた。一刻も早く離脱するべきだ」

「ふざけた事を言わないで!私達がリオンやバルトファルトの連中に負けたというの!?」

「嫌よそんなの!さっさとあいつらを殺しなさい!」

「ではどうしろと!?いずれにせよ公爵家や伯爵家からの援軍が来るのは間違いない!逃げるなら人質を渡し包囲網が完成する前に行動すべきだ!」

「奴らはたった一隻でこちらは二隻だ!戦えば勝機は在るはずだろうが!」

 

 その言葉に元騎士は逡巡する。

 確かに誘拐から半日程度で我々の場所を特定し追いついたバルトファルトの行動力は驚嘆に値するものだ。

 だが迅速な行動の反面、十分な準備と整えての出撃は到底不可能だろう。

 我々の飛行船が二隻だと情報で知っていたはずだ。

 数の不利を自覚したからこそ援軍の存在を強調し、あくまで戦闘ではなく人質の引き渡しを要求したのでは?

 

「こっちの鎧は二十を超えてるぜ。奴らの船ならどんなに積んでもそれ以下の数だ。数で攻めれば勝てるんじゃないのか?」

「そうだ!この場で奴らを全滅させれば援軍も私達を見失うだろう!リオンの醜い面をさらに酷くしてやるぞ!」

「……確かに決して勝てぬ兵力差ではない、今なら勝てるやもしれん」

 

 意見は一致した。

 だが、彼らは気付いていない。

 互いを全く信頼せず、この期に及んで尚も相手を出し抜こうと考えている己の浅ましさ。

 そして相手も全く同じ思考をしているという事実に。

 

 没落貴族は『いざとなれば元騎士と空賊を見捨てればいい』と思案した。

 元騎士は『この機に乗じ空賊の数を減らし組織の指揮権を取り戻す』と画策した。

 空賊は『ヤバくなったらこいつらを盾にして逃げ出そう』と考えた。

 

 誰か一人でも協力しようとする意思があれば決定的な破滅は回避できたかもしれない。

 彼らはそれを自ら手放した。

 後戻り出来る時はとっくの昔に過ぎ去っていたのだから。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「答えは出たか?」

 

 画面に映ったあいつらの様子が落ち着いたみたいだから通信を再開する。

 アンジェ達を解放するなら一旦は見逃してやろう。

 だけどそうはならないだろうな。

 そうなるように俺が仕向けた。

 奴らが戦いを選ぶように準備も整わないまま来たと偽装してわざと挑発を繰り返し逃げ道を塞いだ。

 相手がどんなクズだろうと人を殺すのは慣れない。

 長年うちの家族を虐げてきた奴らでも同じだ。

 未だに俺が殺した人間、戦ってきた戦場の夢に魘される。

 

 それでも俺は領主だ。

 俺の家族を、バルトファルト領の領地と民を護らなくちゃいけない。

 護る為に最悪家族を見捨てる決断をする場合だってあり得る。

 それを俺に教えてくれたのはアンジェだ。

 だからアンジェの教えに背くような真似はしない、その上で絶対に救い出してやる。

 

『えぇ意見は纏まったわ』

「じゃあどうするか教えてくれよ」

『私達の返事はこうよ』

 

 ゾラが大きく手を振りかぶる。

 その直後、相手の飛行船の格納庫の扉が開かれ次々に飛び出したのはホルファート王国の量産型を改造した鎧。

 人を模した命無き鉄の巨人、人を殺す為だけに存在する鋼の人型。

 

『お前を殺して私達は逃げるわ!!』

『覚悟しろリオン!!泣いて許しを乞え!!』

『許してなんかやらないけどね!!』

 

 あぁ、やっぱそうなるか。

 俺はお前らが嫌いだった。

 でも本気で殺したいほどじゃなかったよ。

 和解はもう不可能だ。

 お前らは俺の家族を傷付けた。

 

 だから!

 その罪をてめぇらの汚え命の贖ってもらうぞ!!

 先に喧嘩を売ったのはお前らだ!!

 今までの恨み辛みのこの場で利子付きで払わせてやる!!

 

「総員、戦闘開始ッ!!」

 

 拡声器に向けた言葉は普段聞いてる自分の声とはまるで別人だった。




戦闘前の口上戦な今章。
原作のリオンの気持ち良い罵倒はかなり難しくて再現率が低いのはご容赦を。
キレッキレの罵倒をする三嶋与夢主人公の憎たらしさが全体的に足りません。
リオンの罵倒はあと数回ある予定なのでそれまでに精進します。
次章からは戦闘シーン多め。
楽しんでもらえるか不安です。(汗

意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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