婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです 作:品☆美
「敵飛行船より鎧が多数発進!繰り返す、敵飛行船より鎧が多数発進!!」
「落ち着け!まず鎧の数を確認しろ!」
子供の頃に森でうっかり蜂の巣に近付いたらどんどん蜂が集まり慌てて逃げだした記憶を思い出す。
飛行船の側面や後部から次から次へと飛び立つ鎧は脅威って意味じゃ蜂とは桁違いだ。
出撃してすぐに襲いかかって来ないのはこっちを舐めてるか、それとも注意深く布陣を敷いてるのどっちだ?
艦橋の窓から見える夜明け前の綺麗な蒼色の空が鎧の鋼色に染まっていく。
王国軍の飛行船の周りには一定の距離を保った規則正しい円陣。
旧公国軍の飛行船の方は対照的に少し乱れた三角陣だ。
どっちも鎧を前面に出してこっちを取り囲んで一方的に攻撃する気だろう。
「敵の鎧の総数は二十四機!これ以上は無いものと考えられます!」
「二十四か、ギリギリだな」
四人は自分達なら十倍の数を相手して勝てると言った。
うちの飛行船の甲板で待機してる鎧は二機、グレッグとジルクの鎧だ。
一機当たり十二機を相手にしなくちゃいけない、しかも敵の飛行船は二隻だ。
普通に考えたら戦いにならない兵力差、この戦いに勝利するには四人の英雄が持ってる規格外の力が不可欠だ。
「敵の数は合計二十四機。グレッグ、ジルク、やれるか?」
『大丈夫だ指揮官殿、むしろ物足りないぐらいだ』
『早くしてくれ、こっちはさっきから暴れたくて体の疼きが止まらない』
「血の気が多い奴らだな。クリス、ブラッドはエアバイクでの奇襲に参加してくれ」
『了解した』
『先陣は任せたまえ』
今さら後戻りは出来ない、こっちの作戦は既に始まってる。
後は相手の裏をかいてどれだけ上手くやれるかだ。
拡声器をコリンに手渡して指揮官席から降りる。
これから俺は現場の一兵卒、船の指揮は現時点を以ってコリンに委譲された。
ヘルメット越しにコリンに目配せして格納庫に向かう。
心臓の高鳴りがうるさくて堪らない、どんな戦闘でも始まる直前の空気が一番怖くて緊張する。
『作戦、開始!!』
コリンの叫びが船内に響き渡る。
今、この瞬間から俺という存在の感情が何処か遠のいていった。
空賊達の鎧は少しずつ距離を詰めながらバルトファルト軍の飛行船に近付いて行く。
バルトファルト家が鎧を何機所有しているかの情報は未入手だ。
だが飛行船一隻に搭載できる鎧の数には限界が存在する。
ホルファート王国で普及している一般的な軍用飛行船と同型なら十機ほどだ。
単純計算してもこちらは二倍以上の数を揃えている。
操縦者の技量、鎧の種類、搭載している武器といった不確定要素は確かにある。
だが、数の差という極めて単純で原始的な力は生半可な作戦では覆せない。
そうした単純な力の差を埋める為に人は武術を編み出し、武器を発明し、策略を講じるようになった。
武とは弱者の術、武器は弱者が扱う器物、策は弱者の知恵。
我々の勝利は確実である。
暴力の愉しさに酔い続けた無法者達にとって目の前の飛行船は屈強な男に嬲られる手弱女と同じ。
狩猟者達は今日の獲物を前にして欲望を抑えきれなかった。
ヴオォォォォッ……
真冬の空に鎧の起動音が響き渡った。
水滴が凍りつく氷点下の冷気、殺意という死の匂いを放つ緊張。
その二つが混じり合い全てが静止していると錯覚する空間が形成される。
甲板の上で立ち上がったそれは大部分が汚れて所々破けた防雨カバーに覆われていた。
機体の形は把握できないが本格的に動き出す前に仕留めてやろう。
空賊達にはゆっくりと動き始めている鎧が狩られる瞬間を待つだけの恐怖に身を震わせる憐れな獲物に見えた。
バアアァァン!!
我慢が出来なかった空賊の一機が弾かれるように近付いた。
「ハハハァ!もらったぞ!!」
鎧が握り締めた大剣の前には人など動いているだけの肉塊に過ぎない。
人の数倍の大きさの鎧とて直撃すれば不格好で奇怪な前衛芸術と成り果てる。
自身の嗜虐心を満たす為に空賊の鎧が腕を振り上げた瞬間、
「……あァ?」
鎧は腕を振り上げた体勢のまま空に浮かんでいた。
目の前の画面に映されたのは防雨シートの隙間から見える人ならざる存在の眼。
何が起きたのか分からない。
ただ攻撃をしようとした瞬間に強い衝撃を感じ、何故か鎧が動かなくなっている。
操縦している空賊が感じられたのはそれだけだった。
そのままの体勢でこちらを見ている無機質な眼が遠ざかっていく。
周囲の鎧や飛行船があっと言う間に遠ざかり周囲が雲に包まれる。
空賊は推進力を失った鎧が重力に引かれ地表に向かって落ち続けている事実を理解できなかった。
自身に何が起きたかさえ分からぬまま、彼の魂は俗世の繋がりから解き放たれた。
墜落する鎧を呑み込んだ雲海が数秒後に光を放つ。
撃墜された鎧が地表に落ちる前に爆発したとその場に居た者達は漸く理解する。
『何だ?』
『何が起きた?』
時間にして僅か数秒。
たったそれだけの時間に一人の仲間が死んだ。
いや、殺された。
最初に訪れたのは困惑、次に訪れたのは恐怖と怒り。
『何だお前は?』
『誰だ貴様は?』
『いったい何をした?』
場の空気が殺意の冷気ではなく仲間を殺された憤怒が放つ熱で満ちる。
仲間を仕留めた鎧が再び動く。
手にしているのは鎧が小さく見える程の長さを誇る
突撃槍を持つ手を覆っていた防雨カバーは既に破けている。
空いたもう片方の手を動かして体を覆う防雨カバーが引き千切られた。
同時に地平線から太陽が新しい一日を祝福するように空を照らし始める。
陽の光が鎧を赤く染め、反射した光が周囲を照らす。
それは大地を染める陽の光の赤ではなかった。
咲き誇る花の朱でもない。
生物の体から溢れ出す鮮血を思わせるような紅。
まるで敵が流した血で全身を染め上げるが如き紅の鎧が其処に存在する。
空賊の半数は目の前に現れた紅の鎧を見て恐慌を起こした。
残る半数は困惑と狩猟者たる己が獲物に追い詰められる予感に身を震わせる。
讃えよ、その雄姿。 畏れよ、その武勇。
彼の者こそホルファート王国の英雄。
聖女の守護者にして彼女の敵を最も屠った生きる
『さて、名乗りは必要か?』
雑音混じりに聞こえて来た男の声は死刑宣告と同義であった。
「謀られたッ!!」
悲鳴じみた怒号が旧公国飛行船の艦橋に響き渡った。
状況を飲み込めない者を除き、その場に居る総ての者が今起きた状況に困惑している。
紅い鎧に仲間の鎧が一機撃墜された。
たったそれだけの事実だけで精神的な優位が打ち砕かれる。
自分達は狩人ではなく獲物、罠に嵌った能無しの間抜け。
交渉に立った若き成り上がり者にまんまと乗せられ勝ち目の無い博打に自らの命を賭けた。
「何よ、アレは?」
状況を飲み込めないゾラが間の抜けた声を出す。
自身が追い込まれた事実に気付かない愚鈍さはある意味では救いだろう。
絶対的な死を目の前にしても狂うほどの恐怖を感じないのだから。
元騎士の苛立ちは限界に達している。
どうしてコイツはここまで無知で愚かなのか。
「あれはグレッグ・フォウ・セバーグの鎧だ!我らは外道騎士に謀られたと分からんのか!?」
「だ、誰なのそいつは?」
「ホルファート五英雄の一人だ!公国を退け組織を潰した相手すら知らんのか!」
憤懣を抑えきれず近くの椅子を蹴り上げた。
『ひぃ!』という叫びが上がったが気にしている猶予は無い。
いつからだ?いつから罠に嵌められてた?
そもそも飛行船を所有している貴族の妻女達が領地間の移動に使われている平民向けの定期船に乗っていた事自体が不自然だ。
たった半日で我々の居場所を突き止める手際の良さ。
明確な戦力差でありながら余裕な姿勢を崩さない交渉。
その全てが謀られていたとすれば?
あの飛行船に狙いを定めた時から掌の上で踊らされていたに違いない。
実際には総て偶然の産物に過ぎない状況であった。
ドロテアがニックスに発信機を贈る。
平民が乗る定期船を用いてドロテアがバルトファルト領を訪れる。
バルトファルト家の妻女達が出迎えに向かう。
その飛行船を淑女の森の残党と空賊が襲う。
ホルファート王国の五英雄がバルトファルト領を訪れる。
そのどれか一つでも欠けていたらこの状況は存在しない。
だが、あまりにも重なり過ぎた偶然は運命、或いは緻密な計算による策略として扱われる。
元騎士はそれを策略として捉えた。
勇猛な英雄達と奸智に長けた外道騎士が作った罠と錯覚する。
戦場では敵の過小評価は油断に変わり、過大評価は行動の萎縮を招く。
その隙を見逃すほど英雄は甘くなかった。
『ぎぃやぁぁああぁぁ!?』
末期の悲鳴が艦橋に響き渡りかろうじて意識を保つ。
少しだけ目を離した隙にこちら側のが鎧がまた一機屠られた。
一刻も行動しなくてはこちらの被害は増えてしまう。
確かに相手はホルファート王国に於いて最上位級の強さを誇る英雄だろう。
だが完全無欠で不滅不朽の存在ではない。
ファンオース公国との戦争に於いて五英雄自身は負けずとも戦術的・戦略的な敗北が皆無だった訳ではない。
グレッグ・フォウ・セバーグは確かに接近戦で無類の強さを誇るだろう。
それなら近づかなければ良いだけの話。
陣形を堅めず一定の距離を保ったまま射程外から攻撃し続ければ英雄とて為す術があるまい。
「各自散開!距離を保ちながら集中砲火を行え!」
勇将が名も無き雑兵に打ち取られるなど戦場では珍しくもない。
まして賊には遵守しなければならない国家間戦争の取り決めなど無意味。
欲のまま殺し、奪い、犯し、貪る為にどんな非情も行える。
悪党はこの場を生き延びる為に狡猾な手段を採った。
「奴らが動き出したな」
「思った以上に動きが良い。せめて三機は墜とすと考えたけど」
「実戦で思い通りにいくほうが稀だ。グレッグにはすまないけどしばらく囮になってもらう」
格納庫に備え付けの画面に映し出された敵軍が陣形を変えてきた。
飛行船の近くに鎧が密集する堅固な布陣からゆっくりと一定の距離を置き始める。
鳥が翼を広げるような動きに似てるから翼の陣形みたいな名前が付けられた教本に載ってる基本的な包囲陣だ。
グレッグがあの陣形の鎧を一機仕留めてる間に周囲の鎧が攻撃する。
次の鎧を墜とそうとしても攻撃が届かない距離を保ったまま上下前後左右から攻撃されてしまう。
教本に載ってる内容ってのは誰にでも使いやすく効果的だから載ってるんだ。
一対多ならグレッグがどれだけ強くてもいずれは削り殺される。
こっちの戦力が鎧一機だけならな。
「お前らが先頭だ、本当に良いんだな?」
「あれだけ隙間があるなら大丈夫さ、船とジルクのフォローもあるからね」
「作戦を立てた本人が言うべきじゃないな」
「お前らは出来るだろうけどこっちは凡人ばっかなんだぞ。こっからが作戦で一番死亡率が高い部分だ」
格納庫で待機した二十三人はこれからエアバイクで鎧の間を突っ切りアンジェ達が捕まってる飛行船に奇襲をかける。
これは鎧が無かった時代や鎧を用意できない空賊が飛行船を襲う時に使っていた戦法だ。
かつて空賊は標的の飛行船と自分達の飛行船を縄や鎖で繋いで乗り移るという命懸けの奇襲をしていた。
時代が下ってエアバイクが発明されると空賊はこれを奇襲に使い始める。
人力で危険な乗り移りをしなくてもエアバイクで襲いかかれば良いと考えたんだろう。
鎧が発明された後は徐々に廃れた戦法だけど、この方法を使い飛行船を襲っていた空賊は俺が王国軍にいた頃でも存在してる。
空賊退治を任務にしていた俺がそんな戦法を真似るなんて人生分からないもんだ。
全員がエアバイクに搭乗し起動させると船に残る兵がボタンを押す。
大きな警報が格納庫に響いた後、ゆっくり扉が開いていく。
吹き荒ぶ真冬の空気は軍服を着込んでいても肌に突き刺さる寒さだ。
でも、これからやるのはもっと恐ろしい空中レース。
敵の鎧の間を潜り抜け攻撃を避けながら飛行船に奇襲をかける。
少し間違えれば空から大地へ一直線に落ちる、飛行船や鎧の攻撃が掠めただけで簡単に死ぬ。
どんなに大金を積まれても絶対やりたくない狂った障害物競走。
だからって躊躇えば敵の態勢が整ってしまう、陣形を変える最中のこの瞬間にしか付け入る隙は存在しない。
浮遊したエアバイクのグリップを捻って前進する。
これから敵の飛行船に乗り移るまでの数十秒、俺の人生で最も危険で最も長い数十秒の始まりだ。
「何だあれは?」
バルトファルト軍の飛行船から何かが出て来た。
鎧より小さいそれを見定めようと目を凝らすと徐々にそれが大きさを増していく。
それがエアバイクと分かった瞬間、通信機に向かって声を発した。
「隙間を作るな!」
セバーグの鎧を包囲する為に陣形を広げたのが仇となる。
密集した陣形なら陣形の隙間をカバー出来た筈だ。
しかし相手はこちらが陣形を切り替える隙を狙ってきた、今もセバーグの鎧がこちらの鎧と交戦中なのもまずかった。
鎧同士が互いを支援しつつ接近戦に特化したセバーグ機の攻撃が当たらないギリギリの距離。
奇しくもそれはエアバイクが安全に通り抜けられる大きさだった。
一旦動き出した陣形を元に戻すのには時間がかかる、その間にエアバイクはこちらの飛行船に襲いかかって来る。
「何をしているの!?撃ち落としなさい!」
後ろからゾラの命令が下り、飛行船に積まれた砲塔がエアバイクの進路に照準を合わせた。
だが敵もさるもの、砲塔の動きを察知したのかエアバイクの集団は突如散開し始める。
僅かな数秒の判断の遅れが戦局を変える、元騎士が砲撃を中止させるにはあまりに時間が足りなかった。
ドオォォン!! ドォォォォン!! グオォォォッ!! ダァァァン!!
『ぎゃあァ!?』
『おいッ!』
『うわぁ!!』
砲撃の音に続いて悲鳴が通信機から次々と伝わる。
その総てが空賊達の口から洩れた悲鳴だった。
確かに飛行船の砲撃が当たれば操縦者が剥き出しのエアバイクなど一溜まりもない。
血しぶきを撒き散らしながら無残な挽き肉と化すだろう。
「何をしている!味方を巻き込む気か!?」
「私は撃ち落とせと命じただけ!当てられないこいつらが悪いのよ!」
「もういい!戦闘の指揮はこっちに任せてもらう!素人は引っ込んでろ!」
飛行船に備え付けられた砲塔は素早く照準を合わせるには熟練の技術が必要となる。
加えてエアバイクの速度と小ささを見定めて迎撃するのは至難の業だ。
さらに敵は鎧と鎧の隙間から忍び込むように飛来している。
その結果、砲撃はエアバイクの群れに命中する事無く自軍の鎧を誤射する結果となった。
「お前らはバルトファルト軍の飛行船を狙え!鎧もセバーグの奴は無視して協力しろ!奴らも船を沈められては戦い続けられまい!」
仲間の飛行船に指示を出しつつ状況を必死に状況を見定めようとする。
まさかコレを狙っていたのか?
鎧による戦闘ではなく、敢えてエアバイクを用いた奇襲を選択したのはこちらの動きを先読みしていたから?
セバーグをただ一機出撃させたのは注意を引き付ける為。
今の誤射で二機の鎧が戦闘不能に陥った、下手に動けば此方の被害が増える。
ならば戦術の基本中の基本で対応するのみ。
鎧の相手は鎧にさせる、飛行船の相手は飛行船にさせる。
兵の損耗を度外視して敵の本拠を叩けば良いだけだ。
元騎士の判断は戦術的には正解である。
相手に対抗する一番簡単な方法は同じ戦力を使う事だ。
兵士の相手は兵士、鎧の相手は鎧、そして飛行船の相手は飛行船。
鎧が発明された事で世界の戦術は大きく変わった、だが未だに鎧が持てる火力で飛行船を撃墜した例は少ない。
飛行船を墜とせる火力を持ちうるのは同じ飛行船だけ。
ならば数で勝る方が勝つというの単純明快な解であるだろう。
彼が愚かだった訳ではない、ただひたすらに相手が悪かっただけだ。
『あ゛あ゛ぁぁぁ!?』
誤射されて動きが鈍った鎧の一機が突如爆発した。
内部の機械油に引火した?
いや、あの爆発は攻撃による物だ。
その直後、鎧達が断続的な攻撃によって動きを止める。
攻撃の威力は鎧を撃墜する程ではない、一時的に動きを止める程度の物だ。
だが、此処に紅き突撃槍が存在する。
攻撃を受け動きを止めた数秒、再び動き始めるまでの僅かな隙。
その隙を決して見逃さず紅の突撃槍が空を駆ける。
「何処だ!?何処から攻撃している!?」
一方的な攻撃の出所は不明、バルトファルト軍の飛行船による砲撃でない。
艦橋の窓から必死に戦場に目を凝らすと陽光を反射している何かが漂っていた。
大樹の葉より艶やかな翠緑の光を放つ鋼の巨人。
その手が携えている長い得物は槍でも剣でもなく鎧用の
ファンオース公国との戦争に参加した者なら誰もが知悉する威容。
たった一機の紅き鎧にすら手を焼いている状況に於いてその存在は絶望に等しい。
「ジルク・フィア・マーモリア……」
元騎士は自身も気付かぬまま絶望の名を口にした。
『あいつらは全員無事かなッ!?』
「こちらが確認した限り全機健在です、もうすぐ旧公国軍の飛行船に到達するでしょう」
『ならさっさとけりを付けるぞォ!』
グレッグの通信に混じる雑音は敵の鎧の破壊音。
破壊音に負けじと声を張り上げているのか、それとも破壊音がグレッグの地声に負けぬ大きさなのか。
既に敵の鎧は最初の七割にまで数を減らしている。
幾度も公国軍の精兵を退けた英雄達にとってこの程度の敵など取るに足らない存在だ。
「こちらから見て動きが良い鎧と悪い鎧が混じっていますね、その二つの連携は明らかに拙い」
『動きが良い方は淑女の森の生き残りだろうなッ!』
「ではそちらの動きは私が抑えます、貴方は弱い方の露払いをお願いします」
『了解ィ!』
通信の合間にまた鎧が一機墜とされる。
紅の鎧を押し止められる存在など武勇を誇るホルファート王国に於いても僅か数人。
もしグレッグを止められる者がいるなら軍部は諸手を挙げて囲い込むだろう。
辺境で空賊稼業に勤しむ悪党や這う這うの体で王都から逃げ出す残党にそれだけの強者は存在しない。
ジルクの仕事はグレッグが敵の数を減らすまでの抑え、操縦席に備え付けられた機器を操作し長銃から放たれる魔力を抑え速射性を上げる。
敵の残数は十五、一機墜とすのに三十秒と考えれば残り四百五十秒。
その間にバルトファルト軍の飛行船が墜とされないように注意を払わなくてはならない。
グレッグが鎧を仕留めている隙に遠距離から足止めをしているジルクを襲おうと鎧が迫る。
だがジルクの下へ辿り着く前に狙撃を受け動きが止まる、その背後からグレッグの鎧が放つ一撃によって無惨な骸を晒す。
紅の鎧から逃れようとすれば翠の鎧に動きを封じられる、翠の鎧から逃れようとすれば紅の鎧に討たれる。
もはやそれは一方的な狩りだった。
「此方ジルク機。指揮官殿、状況は?」
『な、何とか持ち堪えてます!』
「あと三百秒ほどで敵軍を壊滅させます。それまで粘れますか?」
『やれると思います!』
「結構、では此方も引き続き作戦を続行します」
『了解しました!』
幼さを残した声が通信機から伝わる。
出陣前にさんざんバルトファルトが注意を払えと命じてきた。
反りの合わない相手だが飛行船を墜とされて困るのはこちらも同じ。
性格が悪いのは自覚しているが、公私混同して味方に被害を出すほど落ちぶれていない。
『残りィ!!七ァ!!』
グレッグの声が操縦席に響き渡る。
既に敵の数は最初の三分の一以下にまで減っている。
念には念を入れて早く片付けた方が良い。
再び機器を操作して長銃から放たれる魔力を調整、先程とは反対に速射性を下げる代わりに威力を上げる。
長銃に宿る魔力が満ちると照準を合わせ狙い撃つ。
バァン!! タアァン!! バァン!!
魔力が込められた弾が鎧の装甲を貫通し内部機構に壊滅的な損傷を与えた。
そのまま動く事なく重力に引かれた鎧は地表目掛けて落下していく。
『これでェ!終わりだァァ!!』
グレッグの咆哮と共に爆発音が轟き空に吸い込まれる。
空中の戦闘は音も匂いも熱も遺さない、痕跡が何一つ無いまま戦闘前と同じ青空が広がっている。
微かに遺るのは紅き鎧の槍に刻まれた細かい疵のみ。
「行きましょう、初陣の小バルトファルトを助けなければ」
『おう』
千秒も経たぬ間に二十を超える鎧が世から消えた。
取り立てて騒ぐ程でもない、英雄達にとっては数ある内の一つが人知れず終わった。
警報を聞き空賊達は甲板に向かっていた。
飛行船に備え付けられた武装では高速で動き回るエアバイクに攻撃を当てるのは難しい。
大砲や魔力砲は射角の限界が存在する、さらに同士討ちを回避する為に砲撃を禁じられている。
人が体に纏わりつく蜂を同時に叩こうとするような物だ。
ひらりひらりとこちらの攻撃を躱し、隙を見て急所に針を刺す。
当たれば一撃で仕留められるのに速さと小ささ故にこちらの攻撃が当たらない。
ならば相手が狙って来る場所を限定すれば良い。
格納庫の扉は既に閉められ侵入される可能性は無く、エアバイクから飛行船に着陸できる場所は甲板のみ。
甲板で待ち受け銃を用いてエアバイクを攻撃すれば良い。
操縦者が剥き出しな上に離着陸時にはどんな乗り物も隙が生じる。
弾丸の雨に晒されては如何に頑丈に作られたエアバイクも憐れな鉄塊と化すだろう。
既に十名近くの空賊が甲板の出入り口を目指し船内を走り回る。
扉を蹴り破るように思い切り開けると最初の一台が接近していた。
『最初に死ぬのはお前だ』
殺意が籠った照準が最初の一台に向けられた。
銃の引き金が引かれる数秒前、エアバイクから黒い影が現れる。
ズシャッ
急速に広がる影の大きさからそれが人だと理解した瞬間、空賊の一人が最後に感じたのは頭部に何かが当たった衝撃。
頭を断ち割られた空賊の骸が音を立てて転がり、溢れ出た血液が甲板を濡らす。
空賊達は何が起こったのか分からず呆然と立ち尽くした。
ズシュッ ザシャッ
銀色の光が煌めくと一人が倒れ伏す、光がもう一度放たれると更に一人。
周囲を満たす血臭と反射された陽光からそれが剣だと漸く理解する。
脳が理解を拒む、照準を定め引き金を引く数秒より速く仲間が斬り殺された。
銃という人を殺す為に最適化された最新の武器がたかが剣一本に劣ると?
だが撃たねば、目の前の存在を撃たねば此方が討たれる。
恐慌を来たした空賊達は狙いを定めず銃を乱射した。
影は甲板に置かれた物に身を潜めながら移動する。
振り下ろされる刃を止めようと思わず銃を盾にして斬撃を防ぐ。
ギャッシャ!!
鉄を加工して作られた筈の銃は剣を阻む事すら出来ず握り締めた主ごと両断される。
影が移動する度に誰かの血が空を舞う。
死神の影を把握出来なかった者は数秒後に己を体を通り抜けた刃鋼の冷たさを感じながら骸と化した。
奸智に長けた者は壁を背にする、或いは互いの背中を合わせて死角を消す。
その行動は間違っていない、失敗は着陸したエアバイクの存在を完全に忘れていた事。
ドオォッ! ドォッ! グォッ!
身動きが取れない彼らはエアバイクの操縦席から放たれた紫紺の魔力光をまともに受けた。
ある者は倒れ伏し、ある者は壁にぶつかり昏倒し、またある者は弾き飛ばされ甲板から落ちた。
百秒に満たぬ間に二人の侵入者は十人以上の空賊を屠る。
当の本人達は汗すらかいていなかった。
「先駆けご苦労、おかげで無事に着陸できたよ」
「他の連中は?」
「今こっちに向かっている、露払いが早過ぎたかな?」
血に濡れた剣で数回振って拭い剣身を確かめる。
剣聖と讃えられる男が廃嫡される代わりに武を極めたいと願う息子に手渡した逸品は鉄製の銃器を斬っても刃毀れすら無い。
ふと視線を感じて見上げると艦橋の窓から様子を窺う何者かの気配が複数。
ゆっくりと剣をその方向へ掲げる。
『次はお前達だ』
陽光を反射して輝く名剣はまだ己が斬り裂く肉塊を求める獣の爪牙だった。
「クリス・フィア・アークライト…、ブラッド・フォウ・フィールド…」
無意識に飛行船に突入した二人の名を口にする。
その声は弱々しく絶望に満ちていた。
王都にあった組織の本拠が英雄達に壊滅されられてまだ一ヶ月も経っていない。
その場に居合わせた訳ではないが、この場にいる英雄の戦いぶりはその賞賛が決して誇張ではないと証明している。
既に鎧部隊は壊滅、敵の飛行船を仕留めに行った飛行船も英雄達の援護を得た攻撃に追い詰められていた。
さらに続々とエアバイクが甲板に着陸し始めている。
もはやこれまでか。
いや、まだ諦めるには早い。
こちらには人質がいる、この飛行船の乗員の空賊共は無駄に多い。
上手く使えば生き延びる事は可能なはずだ。
なりふり構わず動け、空賊など仲間ではない。
そのまま振り返るも其処に居る筈の者達の姿は消えていた。
状況を呑み込めず数度瞬きを繰り返すが結果は同じ。
「おい、人質とゾラ達はどうした?」
「え?」
元騎士と空賊の間の抜けた声が艦橋に響く。
目の前で繰り広げられていた戦闘に夢中になり一応の首領と人質達が消え失せた事実に気付かなかった。
あいつらがどう行動するか手に取るように分かる。
強い者に媚び弱い者を虐げる。
今までの己の所業を棚に上げ元騎士と空賊の長は怒り狂う。
「奴らめ!逃げ出したな!」
「ちくしょう!何てババアだ!」
ファーン! ファーン ファーン!
次いで警報音が鳴り響く。
運命の神は過酷な災難に苦しむ者に対して手を緩める優しさを持たない。
「今度は何だ!?」
「船内で異常発生!恐らく火災と思われる!」
「侵入者共の仕業か!?」
「分からん!!」
「くそっ!」
被害報告を口にする船員の叫びは泣き声と化していた。
四馬鹿活躍の今章です。
原作の王国編の決闘でリオンにボコボコにされた印象が強い五馬鹿ですが、原作の共和国編や終盤を参考に「強くてカッコいい英雄」「乙女ゲーにおける攻略キャラ」をイメージしています。
一般人が鍛え上げた限界のリオンと更生した天才達の間にある壁が今後の展開で大きな意味を持ちます。
次章は主にリオン視点の話になります、外道騎士の恐ろしさが伝わって欲しい。
追記:依頼主様のごリクエストによりたま様とdolphilia様にイラストを描いて頂きました。ありがとうございます。
たま様https://www.pixiv.net/artworks/115425103
dolphilia様https://www.pixiv.net/artworks/115444894
ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。