婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

58 / 174
第57章 Battle Fight

 エアバイクの速度を落として着陸態勢に移行する。

 甲板は先にクリスとブラッドが制圧に成功して俺達が攻撃される恐れは無い。

 一機、また一機と後続が追い付いているけど顔を見て確認する時間が惜しかった。

 救出作戦は速さと正確さが重要だ。

 

「撃墜された奴は!?」

「全機健在です!」

「なら着陸した奴は順次飛行船の制圧に取りかかれ!俺達は別行動だ!」

「了解しました!」

 

 部下の報告を聞いて取りあえずは一安心だけど油断は出来ない。

 一番危ない所を乗り越えたとはいえ生身での戦闘はこれからが本番だ。

 

「礼を言う、お前らが居てくれて助かった」

「これから私達も飛行船の制圧に取りかかる」

「分かった、くれぐれも部下達をよろしく頼んだ。」

「任せたまえ。そちらの健闘を祈る」

 

 二人に礼を済ませた後に父さんと兄さんに合流する。

 俺達はこれからくそったれたバルトファルト家の因縁に決着をつけなきゃならない。

 あいつらをこの場から逃がすつもりは一切なかった。

 

「行くぞ」

 

 向かうのは船尾側の甲板にある小さな扉だ。

 大型の飛行船には緊急事態に備えて幾つかの非常口を設けている。

 その中である場所に通じている非常口を選ぶ。

 人が一人通れるかどうかの小さなドアの取っ手に回そうとしたけど、ある箇所から手応えを感じて動かない。

 何度力を込めても結果は同じだ。

 

 やっぱり鍵がかかってるな。

 ドア自体は非常時に備えてそれほど強固に作られていない、ただ外側から開かないように鍵がかかっているだけだ。

 ドア自体を破壊できるような特殊爆弾を使う程じゃない。

 懐から破壊力増強の魔法を施した魔弾をショットガンに装填、取っ手を避けて鍵がありそうな辺りに照準を合わせる。

 

バァアァァン!!

 

 銃声が鳴り響くとドアの一部分に穴が空いた。

 取っ手を数回動かすと鈍い音を立てながらゆっくり開く。

 着弾の衝撃でドア自体が歪まなかったのが幸いだ。

 排莢して散弾を詰め直すと父さん、俺、兄さんの順番で非常口から侵入を開始する。

 

 正直ゾラ達が俺の思惑通りに動くのは賭けでしかない。

 あいつらは馬鹿だ、どうしようもない馬鹿だ。

 馬鹿だけに行動の予想がある程度は出来るけど、追い詰められた馬鹿は何をしでかすか分かったもんじゃない。

 それでも、ゾラ達ならこんな時にどうするか何となく分かるのは長年の付き合いがあるからだ。

 あんな悪党でも一応は身内だった、それが心の何処かに引っ掛かる。

 本心から嫌っているし、殺したいと思ったのも数え切れない。

 それでも顔を知ってる相手を殺すのは心の何処かに躊躇いが生まれるもんだ。

 ダメだな、今はみんなの救出に集中しないと。

 

 狭い非常階段を抜けると人が擦れ違える程度の広さの廊下に出た。

 船内に貼られた案内板から凡その現在位置を割り出す。

 制圧戦の為にこの船と同型飛行船の設計図を複製し配って皆に憶えさせた。

 迅速な作戦行動には事前準備が欠かせない。

 人質の心配を紛らわすにはちょうど良い暗記問題だった。

 

 灯りを放つ案内板の辿って船内を音を立てないように移動する。

 体格の良くて防御を固めた父さんが一番前、銃器を持った俺が真ん中、背後の守りを担当する兄さんの順で進み続ける。

 船内の何処かで繰り広げられる戦闘の音が小さく響いている。

 角を曲がった瞬間、俺達とは違う服装の男が二人に出くわした。

 明らかにアンジェ達以外に攫われた人質や非戦闘員の乗組員でもない屈強な男。

 頭で考えるより先に俺は手にしているショットガンの銃口を父さんの肩越しに男達へ向けて引き金を引き絞る。

 

ダァァン!!

 

 威力は低いが範囲の広い散弾は身を隠せる場所が無い飛行船の廊下の戦闘に最適だ。

 被弾した二人が呻き声を出しながら蹲る。

 とりあえず生きてはいる、トドメを刺すには時間が惜しい。

 運が良ければ生き残るし、死んでも悪事に加担してたから同情の余地は無い。

 必死に自分にそう言い聞かせて先に進む。

 

  現れたのは重い金属製の扉。

 これが俺達の目標地点、そして扉の中から伝わってくる声から複数の気配を察知。

 そっと扉を開けて中の様子を窺う。

 武装した奴らが一、二、三、四、五、合計五人。

 他にも物陰で見えてない可能性もあるが最低で五人は間違いないだろう。

 女の声は聞こえないから少なくてもアンジェ達はまだここに来ていない筈だ。

 ゆっくり手を開いて敵の数を二人に教える、俺の言いたい事を把握した二人は頷き返す。

 

 不意を突けば勝てる、時間はあまり無い。

 ショットガンに弾丸を二発込め、腰に差したナイフを取り出しやすいように留め具を外す。

 鼻から息を吸って口から吐く、鼻から息を吸って口から吐く。

 呼吸を整えると二人に目配せして、音が出ないようにゆっくり扉を開く。

 相手がこっちに振り返る直前、俺達は全力疾走を始めた。

 

 戦闘になると一秒が数秒に引き延ばされたと感じるぐらいに五感が研ぎ澄まされる。

 俺達の姿を発見した敵兵が驚いた顔でこっちを見た。

 そいつらの一人に銃口を向けて引き金を一回引く。

 

ダァァン!!

 

 正確に狙いをつけなくても当たる可能性が高い散弾はこんな時に便利だ。

 被弾した空賊らしき男が倒れ伏した。

 その隣にいた男に照準を合わせてもう一度撃つ。

 体勢がマズかったのか少し狙いがズレたのか今度は敵に当たらなかった。

 だけど驚いた男は思わず体を竦める。

 装填していた弾が無くなったショットガンを別の男に向けて思い切り投げつける。

 

 ショットガンが当たった男が怯んだ隙に腰のナイフを抜き放つ。

 片手剣と同程度の重量の鉄を鋳造して作られた特注の軍用ナイフ。

 間合いこそ短いが刃の厚さと重さはナイフというより研がれた鉈に近い。

 手首を固めナイフを右手で思いっきり握り締め柄尻に左手を当てた。

 刃物で人を刺殺する時は刃を寝かせて骨が当たらないように隙間を狙い胸を狙うなんて器用な刺し方は俺じゃ無理だ。

 代わりに全力疾走で刃が当たった時の破壊力を強化する。

 そのまま体当たりの感覚で体を竦めた男の腹に思いっきりナイフを突き立てた。

 

ジュッッフ…

 

「グ!ジャ#ギャバ?アォァっ?!!」

 

 柔らかい何かに刃物を突き立てた感触と人とは思えない叫びが辺りに響き渡った。

 ナイフを掻き回すように腹から引き抜いてショットガンが当たった男に向き直る。

 仲間をやられて怒った男が俺に向けて銃を抜こうとする姿がゆっくりと見える。

だけど遅い。

 左手で男の腕を押さえて動きを封じナイフを握った右手を思い切り横に振り払う。

 

ザァァピュッ

 

 何かを断つ音と湿った音が混じり合った奇音が響く。

 首から大量の血しぶきが噴出されてヘルメットを汚した。

 大きな音を立てて男は倒れた、既に命を失った死体と化している。

 周囲を見渡すと俺達の他に生きてる奴は居ない。

 兄さんはライフルで一人を射殺、父さんは剣で最後の一人を斬り殺していた。

 

 銃弾が当たった男、腹を刺された男が苦痛で呻いている。

 その頸動脈にナイフの刃を当ててゆっくりと引くと首筋の切創から大量の血が溢れ出し男達の顔が青白くなっていく。

 人間は大量に出血すると数十秒で意識が遠のいて死ぬ、これが一番苦痛を感じず早く死ぬ殺し方だ。

 そう思っていても結局は殺した相手に対する慈悲なんて自分が楽になりたいだけだ。

 銃で撃ち殺された男、首を斬られた男、腹を刺された男。

 ほんの少し前まで生きてた相手の死体が床に転がっている。

 

 人は死んでも肉体の反応が完全に停止した訳じゃない。

 傷口から見える骨は光ってるのかと思うぐらい真っ白いし、臓器はまだ動き続けて血を垂れ流す。

 溢れ出た血は床を紅く染め続け、人体にはこれだけ血が溜まってるのかと少し驚く。

 吐き気がこみ上げて口を押さえようとしたけど自分がヘルメットを被ってた事を思い出した。

 このまま吐いたらヘルメットの中がゲロまみれでひどい有様になる所だった。

 急いで脱ぎ逆流した胃液を吐き出す。

 アンジェが誘拐されてから不味い軍用ビスケットを食べただけで胃の中は空っぽに近い。

 それでもゲロを吐いた口の中は胃液の酸っぱい味でひどい状態だ。

 

「リオン、大丈夫か?」

「相変わらず死体は苦手みたいだな」

 

 仕事を終えた父さんと兄さんが近づいて来る。

 どうやら二人も無傷らしい。

 単純な身体能力なら父さんと兄さんの方が上だ、俺が二人に勝てるのは小賢しい知恵と情け容赦なく敵の急所を抉れる割り切りだけだ。

 

「お前がもっと残虐なら歴史に名を遺す軍師になれるかもな」

「そんなもんになりたいと思った事は一度も無ぇよ」

「とりあえず皆はここに来てないようだな」

 

 来ないなら来ないで良い。

 上は英雄サマが居るからうちの兵隊の被害は少ないだろう。

 何かあれば連絡があるし、もし俺達がここに来たのが徒労で終わるならその方が良い。

 誰かを殺す俺の姿なんて家族に見せたくない、惚れた女相手なら尚更だ。

 

「しかし本当にあったな、驚いたぞ」

「こうなると予想してたのか?」

「別に、ただあいつらならこうするだろうなって考えただけさ」

 

 その予想が当たらない方が良かったんだけどね。

 戦闘服のあちこちに仕込んだ道具を取り出して二人に手渡す。

 

「じゃあ、時間も無いし始めようか」

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 船内の狭い廊下は大人で行動するには適さない。

 人質を数人引き連れ、さらに荷物を持ち運ぶなら更に速度は落ちる。

 ゾラ、メルセ、腕を掴まれた私とドロテアを剣で脅すルトアート、ジェナとフィンリーを引き連れた空賊と荷物持ちの空賊。

 計九名の団体行動ともなれば廊下を進むのも一苦労だ。

 

「さっさと歩きなさい!!」

「何をもたもたしている!!」

 

 ゾラとルトアートが悲鳴じみた命令を下すが、そう言われて速度を上げるのは無理だ。

 船内のあちこちで銃声や叫びが聞こえ始めている。

 物音がする度に戦闘に巻き込まれるのを避け目的地に向かう進路を変更している。

 時間がかかるのは分かりきった事実だ。

 そもそも逃走するならエアバイクの集団が此方に向かう前、いやグレッグの鎧が出撃した時点で始めるべきだった。

 鎧の半数が撃墜された頃、私達を拘束している空賊達は艦橋から退きゾラ一家と共に私室へ向う。

 私室に置いてある貴重品や金銭を慌ててバッグに詰め込み逃げ出す準備を始めた。

 敵に追い詰められてから逃走の準備を図る計画性の無さを私達は冷めた目で見つめ続けた。

 

 ここまで来ても戦いもせずに逃げ出すゾラ親子の下劣さには嫌悪感が沸々と湧き上がる。

 必死で戦う空賊や元騎士の連中を見捨てて自分達だけは助かろうとする浅ましさはどう考えても貴族に相応しい振る舞いではなかった。

 そもそも貴族とは己の言動に責任を持たなくてはいけない。

 多大な権力を有する代償に失政の責任を命で贖う。

 それが出来ぬのなら権力を持つべきではない。

 結局ゾラ達は血脈だけが拠り所の腐敗貴族の一人、ファンオース公国との戦争で民と領地を捨て逃げ出した臆病者に過ぎなかった。

 

 狭い廊下を幾度も曲がり下った先どうやら船尾にある格納庫らしいと彼らの会話で察した。

 このままではせっかくリオンが来てくれたのに逃げおおせてしまう。

 空調に火を付けたのはどうやら無駄な足掻きになってしまったようだ。

 せめて時間を稼がなくては。

 

「無様に逃げるのか?配下に戦わせて自分達だけ助かろうとは見下げ果てた連中だな」

「人質は黙っていろ!お前らは大人しく私達に従ってれば良いんだ!」

「リオンの言った通り逃げ出した所で受け入れてくれる場所は何処にも存在しない。最後くらいは潔く降伏したらどうだ」

「私達の命が薄汚い空賊や役立たずの騎士と同じ筈ないでしょうが!」

 

 よりにもよって手下の空賊の目前でそれを言うのか。

 命と金で従わせている連中だろうに、仮に此処から無事に逃げおおせた所でゾラ親子に未来があるとは思えない。

 

 溜め息を吐き出しなるべくゆっくりと歩く、せめて救助隊に気付かれる事を祈りながら。

 だが私の祈りを虚しく、ついに船尾の格納庫に到着してしまった。

 此処には緊急脱出用の小型飛行船が準備されているらしい。

 ゾラ親子は既に何人かは逃走の準備に向かわせているようだが、隙を見て始末しろと私達を拘束している者や荷物を抱えた数名の空賊に言い含めているようだ。

 褒美の取り分が増えると空賊達が思っているらしいが、ゾラ親子が同じ事をしない保証は無い。

 むしろ準備している者達に同じ事を言って同士討ちを狙っているかもしれない。

 それを教えるほど私は人格者ではない、むしろその混乱に乗じて助けを呼べないか必死に考えている。

 

 扉が開かれてそれほど広くない格納庫に無理やり入れられる。

 その中央に小型の飛行船が鎮座していた。

 違和感に気付いたのは飛行船の付近に横たわった男達を見た瞬間だった。

 床に広がる赤黒い液体、噎せ返りそうな鉄臭、そして青白く虚空を睨む男の瞳。

 一目で息絶えていると分かる数人分の死体が転がっている。

 息を飲み込み必死に叫びを堪えた、格納庫に反響する悲鳴を上げたのは一体誰か。

 死体の中央に黒い人影が佇んで手にした散弾銃を此方に向けている、それはよく知っている戦闘服。

 

 あぁ、やっぱり来てくれた。

 その姿を見て全身が喜びに打ち震えてしまう。

 いつだって彼は私の為に頑張ってくれる、どんな無理をも必死にやり通そうと努める。

 先程の愛の言葉を思い出し体が熱を帯びていく。

 早くその顔が見たい、だがここで自分勝手に行動すれば義姉妹やドロテアを巻き込んでしまう。

 必死に自制して相手の反応を待たなくては。

 

「だ、誰よお前は!」

 

 黒い人影が脱ぎ捨てたヘルメットがゆっくりと床を転がる。

 その顔を私はよく知っている、筈だった。

 

()だ?この男(・・・)は?』

 

 確かに彼は私の知るリオン・フォウ・バルトファルトその人だ。

 だが違う、何かが違う、違い過ぎる。

 彼は口が悪くて文句ばかり言う捻くれ者、だけど私と子供達に優しく家族を心から大事にする愛しい夫で。

 なのに、目の前にいる男と私の知る彼が同一人物に見えない。

 

 いや、私はこんな彼を知っている。

 思い出したくないから記憶の隅に押し込めてた筈の暗い異物。

 私を戦場の敵と誤認して殺そうとした時のリオンだ。

 体が震えるほどの恐怖が足元から上がって来る。

 一度刷り込まれた恐怖を払拭するのは困難窮まる、ましてやその相手は日常的に接している自分の夫なのだ。

 そんな夫が嘗て己を殺そうとしたと怯えていてはまともに生活できない、だから記憶の奥に封じていた。

 

「久しぶりだなゾラ、メルセ、ルトアート。こうして直接顔を合わせるのは何年振りだろうな?」

 

 先程の通信の時と同じ軽口を叩くリオン。

 だが違う、普段のリオンとは決定的に何かが異なる。

 いつもなら感情豊かに口が回り相手を煽るのがリオンの軽口だ。

 今のリオンの軽口は感情が一切込められていない。

 口調は同じなのにまるで別人が喋っているような拭えない違和感。

 

「ヤバくなったら自分が真っ先に逃げ出すのは相変わらずだな、上で戦ってる奴らに申し訳ないと思わないのかよ」

「ど、どうしてお前がここに!?」

「今までの行動を考えろよ。公国が攻めて来たら逃げ出して、父さんが銃を持ち出したら逃げて、王国が組織を潰し始めたら逃げる。恥とか無いのかお前ら?まさか本当に来るとは俺も思ってなかったけど」

 

 確かにゾラ達は危機が迫れば真っ先に逃げ出す可能性が高いと義姉妹との会話や今の行動からも明らかだ。

 付き合いの長いリオンならある程度の行動予測も可能だろう。

 リオンがこの場に居るのはこれまでの戦闘経験と彼女達の人間性を把握していたから。

 

「自分達だけ真っ先に逃げるとか恥ずかしいと思わないのか?領地と民を護るのが貴族だって俺は教わったぞ」

「卑しい生まれのお前が貴族の何たるかを説くな!」

「じゃあ自分達が高貴だと?ゾラ、お前の実家取り潰されたらしいな。何でも当主がお前らと同じように戦争から逃げたって聞いたぞ」

「貴族の命は平民の命と価値が違う!生き延びれば家を再興する事だって不可能じゃないわ!」

「逃げ回ってたら手柄を立てる所じゃないだろ、そんな簡単な事も分んないの」

「命を捨てるのは馬鹿のやる事だ!」

「あとメルセとルトアートの本当の父親の父親に捨てられたらしいな。そいつも悪事に加担してたとか。お前らの血って平民以下だろ」

「成り上がり者が偉大な貴族の血脈を貶すのか!」

「その偉大なご先祖様の功績に泥を塗ってるのがお前らだけどな。ご先祖様の栄光は子孫の犯した罪で無価値になったんだぞ。申し訳ないと思わないのお前ら?無理か、そんな奴らの集まりだから取り潰されたんだし」

 

 リオンの罵倒は的確に相手の心を貫く言葉の槍だ。

 貴族としての矜持を抱く者ほどその言葉を聞いて己が行いを恥じ入る。

 ゾラ母子が真っ当な貴族としての良識を持ち合わせているのならばだが。

 

「武器を捨てなさい!人質がどうなっても良いの!?」

 

 ゾラの甲高い声が格納庫に反響した。

 指示に従ったリオンの手から銃が落ち、腰に差したナイフをベルトごと床に放る。

 その眼はずっとこちらを見つめたまま、一連の動作をしても決して視線を逸らさない。

 やはりいつものリオンと何かが決定的に異なる。

 

「のこのこ殺されに来るとは間抜けだな!飼い犬の分際で爵位を貰ったぐらいで調子に乗るからだ!」

「そっちこそ無駄な抵抗は止めたらどうだ?既に勝敗が決まったと薄々察してるだろ」

「うるさい!リオンの分際で私達に指図するな!」

「人質を助けたければさっさとどきなさいよ!」

 

 あくまで自分達が上位だという姿勢を崩さないゾラ母子の姿勢はある意味で感心する。

 彼女達の中でリオンは今でも平民の血が混じった卑しい奴隷なのだろう。

 その判断の誤りがこの追い詰められた状況を作り上げたとまだ理解していないのか、或いはこの期に及んでも目を逸らし続けるのか。

 

「お前のせいだ!お前みたいな輩が出たから王国は狂い始めたんだ!」

「何を言ってるか分からないな、どうやったら俺なんかが王国を乱せるんだよ?」

「薄汚い野良犬風情がちょっと戦争に行ったぐらいで子爵ですって!?そんな事が許される訳ないでしょう!」

「ならお前らも公国との戦争に参加すれば良かっただろう。父さんも引き留めたはずだ。そうすりゃ少なくても男爵家を継げたはずだ」

「ふざけるな!あんな勝ち目の無い戦争に行って死ねるもんか!」

「あの戦争は王国と公国の引き分けで終わったけどな。前のバルトファルト領は戦闘もほぼ無くて被害も軽微だった。お前らに金目の物を奪われた方が深刻だったぞ」

「あのお金は私達の物よ!」

「簒奪者が厚かましい!」

 

 どちらが簒奪者かは明白だろうに。

 それなのに歪んだ認知で己の主張が正しいと主張する彼女達が到底同じ人間に思えない。

 言葉は通じるがその思考があまりに自分本位で支離滅裂すぎる。

 

「そのまま領地に残って時々こっちの様子を窺う偵察を追い払うだけでお前の欲しい物は手に入ってた。全てを捨てて逃げたのはお前らだ。俺達は捨てた物を拾い集めてコツコツ今日までやってきたんだよ」

「偉そうに説教するな!子爵の地位は私の物だ!」

「俺の爵位は俺個人の戦働きで貰ったもんだ。バルトファルト家は関係ないだろ」

「私達から逃げたくせに!」

「結婚するか軍に入るか選べって言ったのはお前だゾラ。だからちゃんと王国軍に入っただけ」

「黙れ!口答えするな!」

「家を再興したけりゃこの前の戦争に加わりゃ良かっただろ。追放されても国の危機に馳せ参じた奴に恩赦を与えないほど王家も非情じゃない」

「そんな戯言信じられるか!」

 

 会話は何処までも平行線だ。

 リオンの主張は感情的なゾラ母子に通じずひたすら時間が流れていく。

 或いはこうした時間稼ぎが目的だろうか?

 まさかグレッグとジルクが救出に参加しているとは思わなかった。

 おそらく他の三人もこの戦場に来ている可能性が高い。

 バルトファルト家を追い詰めたと考えた彼女達は思わぬ相手に恐慌を来たしている。

 このまま時間が経てば更に状況は私達の有利になるだろう。

 

「さっさとそこを退きなさい!人質がどうなってもいいの!?」

「そうか、なら俺にも考えがある」

 

 そういうとリオンは懐から何かを取り出した。

 小さく細長い金属片が照明の光を反射して輝いている。

 金属片の両端を摘まんだリオンは力を込める仕草をし始めた。

 

「何よそれ!?」

「この飛行船の起動キーだ。これがぶっ壊れたら起動できないぞ」

「!!?」

 

 感情を込める訳でもなく淡々と説明するリオンがゆっくりと力を込め始めた。

 リオンの膂力ならあの程度の小さな金属片を曲げるのは容易い。

 そうなれば起動キーは破壊され飛行船は動かずゾラ達の逃走は不可能になるだろう。

 もし人質の私達を殺せば救出に来たバルトファルト軍はゾラ母子の殲滅に躊躇が無くなる。

 かと言ってこのまま時間を浪費すれば上階の空賊を鎮圧したバルトファルト軍が押し寄せる筈だ。

 どちらにせよ彼女達の命運は尽きている、さっさと投降した方が身の為だ。

 

「止めなさい!それを壊したら人質を殺すわよ!」

「殺したら起動キーをぶっ壊す。その上でお前らを皆殺しにしてやる」

 

 完全に状況が膠着した、もし誰かが余計な動きをすればリオンは躊躇う事なく起動キーを破壊する。

 この場から逃走したいゾラ一味は迂闊に私達を傷付けられない。

 だがリオンもまた動きを封じられてしまった。

 この状況を打開するには誰かが動く必要がある。

 しかし、その動きの如何によっては誰かが死ぬ運命になってしまう。

 緊張した空気が格納庫の中に充満し、時の流れが一秒が数倍数十倍になった感覚に陥る。

 

 場の空気を乱したのは意外にもルトアートだった。

 ルトアートが懐から拳銃を取り出した瞬間、私達の間に緊張が走る。

 間違いなく誰かが死ぬと身を竦ませる。

 私の肩を掴みメルセに押し付けると拳銃を手渡した。

 

「姉上は人質を。今から私がリオンを殺してきます」

「下衆が」

「黙れ!お前はそこでリオンが殺されるのをしっかり見ていろ!」

 

 人質四人はそれぞれメルセと空賊二人に拘束されているが、そもそもリオンを殺したいなら同行させた空賊を使えば良い筈だ。

 だが空賊は一向に荷物を手放さないし、人質の拘束に従事したままだ。

 確かにゾラ達が指導者という一面もあるのだろうがこの場合は悪手に他ならない。

 リオンは確かに一般人に比べて戦闘に慣れているが、ルトアートと空賊二人を相手に出来るほど強い訳ではない。

 武器を手放したリオンへ一斉に襲いかかる、或いは人質の拘束を緩め銃を撃てば良いだけだ。

 それをしないのは私達が人質という貴重な交渉の切り札であり、富や価値ある品に拘るゾラ母子の偏執的な性格が原因である。

 

 或いは先程のリオンの挑発が功を奏したのかもしれない。

 リオンの侮辱は貴族としての矜持を刺激する物だった。

 ホルファート王国の貴族は名誉や誇りをかけた決闘に於いては銃器を用いない。

 無論、鎧同士の決闘では遠距離武器を使用してもルール違反ではないが人同士の場合は相手を容易に殺傷する銃火器を使うのは貴族として恥じる行いだ。

 そこまで考えてリオンはゾラ母子を挑発したのだろうか?

 正直よく分からない。

 私の夫としてのリオン、周囲から外道騎士と呼ばれ恐れられるリオン。

 そのどちらが彼の真実の姿か私にも分からない。

 

「さっさと殺しなさい!こんな所に一秒だって居たくないわ!」

「これが見えないのリオン!妻の命が惜しいならさっさとキーを寄越しなさい!」

「だったらアンジェを解放しろ、話はそれからだ」

「お前と会話するつもりは無い!さっさと私に殺されろ!」

 

 ルトアートが歪んだ笑みを浮かべながらゆっくりと剣を構える。

 呪詛の言葉と同時に放たれた斬撃がリオンを襲った。




章タイトルは潮里潤先生のイラストが元ネタです。
https://twitter.com/shiosatojyun11/status/1301539015003271168
なかなかヴァイオレンスな今作リオンですが、秀才が戦場で活躍するには人間性なり遵法精神なりを犠牲しなければなりません。
リオンの煽りは半分は理性で半分は素のイメージです。
個人の中傷は口の悪い素ですが、先祖や血筋の誹謗中傷は考えて罵ってます。
ずっとゾラ一家にひどい目に合わされたからキツい挑発になっても仕方ないよね。

追記:依頼主様のごリクエストによりMAHYO様にイラストを描いて頂きました。ありがとうございます。

MAHYO様https://www.pixiv.net/artworks/115533640

ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。