婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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※注意 今章は少しだけ暴力的な表現があります。


第58章 銃弾●

 バルトファルト領の兵達は飛行船内の部屋を一つ一つ調べていく。

 エアバイクで相乗りしていた二人組でフォローし合いながら調べた終えた部屋に印を付け順々に端から制圧していく。

 部屋に誰も居なければ次の部屋へ、部屋に居た者が降伏するなら手錠を使い拘束する。

 王国軍の精兵ほどではないにしろ新興領主の軍にしてはなかなかの動きだ。

 元々グレッグとジルクの鎧によって動揺した所に司令部である飛行船を攻められ指揮系統は乱れている。

 後は負傷者を出さぬように気を付けつつ艦橋を制圧すれば良い。

 

 抵抗を試みる輩も時折いるが然したる障害にはならない。

 飛行船の内部では剣を振るには狭いし火力の高い魔法も使えないが、逆にそれが敵兵を殺さずに済む手加減として機能している。

 人質の救出に向かったバルトファルトが上首尾に終わればこの作戦も終わる。

 生け捕りにするより無慈悲に殺す方が手っ取り早く済ませられるが、手間を惜しんで無駄に命を散らせるのは忍びない。

 たとえ法の裁きで死を賜るか一生苦役に服すとしても弁明の機会は与えられても良い筈だ。

 空賊になった者達にも理由がある。

 この数年間の活動で知ったのは政治の不備によって民を賊に変えるという事実。

 切っ掛けがあれば民は容易く悪に身を堕とす、かといって苛政を敷けば民は反旗を翻す。

 自分達も嘗ては過ちを犯した、赦しは強者の傲慢ではなく他者を思い遣る優しさである。

 それに気づかせてくれたのは平民出身の聖女だった。

 

「フィールド様!アークライト様!」

 

 二人の名を呼びながら駆け寄ったのは中年の兵だった。

 バルトファルト軍の騎士であり領主からの信頼も厚い男だ。

 それほど焦っている様子ではないが、どことなく気まずそうな表情をしている。

 

「何かあったのか?」

「現在、兵八名が本船の艦橋制圧に着手しています。ですが敵の抵抗が激しく制圧に時間がかかるものと思われます」

「分かった、助勢しよう」

「感謝します」

 

 艦橋は船の操縦の為に様々な機器が並んでいる。

 下手に傷付ければ操縦不能となり人質の救出どころでではなくなってしまう。

 何より先程から船内のあちこちから煙が漏れ始めている。

 おそらく船内の混乱によって何かに引火した可能性が高い。

 下手に時間をかけては人質はおろか全員が焼死しかねない状況となる。

 一刻も早く問題を解決した方がいい。

 

 騎士に案内され艦橋に近付くと罵声と銃撃音が大きくなる。

 叫びの内容を聞いてみれば立て籠もった賊が最後の抵抗をしているようだ。

 下手に粘られては不味い。

 そう思って駆け上がった先にはバルトファルト軍の兵士達が物陰に隠れつつ降伏を促していた。

 二人の存在に気付いた兵を制止して下がらせる。

 状況の変化を察したのか賊の抵抗が一時的に弛んだ。

 

「抵抗は止めたまえ!これ以上の戦闘は無意味だ!一刻も早く投稿すれば無駄に犠牲者も増えないぞ!」

「うるせえ!」

 

ダァァンッ!

 

 返答と同時に銃弾が空気を割く音が響く。

 あくまで抵抗するつもりか、或いは投降の切っ掛けが無いだけか。

 前者なら慈悲無く屠るしかないが、後者なら説得の余地がある。

 

「既に淑女の森は崩壊している。抵抗を続けた所で無意味だぞ」

「空賊の者達に関しても投降するなら正式な裁判を設けるつもりだ。大人しく縛に付け」

「嘘つけ!信用できるか!」

「なら殲滅がお好みか?言っておくがそこに居る君達を僕達二人なら数十秒で殺し尽くせる」

「これは脅しではない、単なる事実を知らせてるだけだ」

「誰だお前ら!?」

「僕はブラッド・フォウ・フィールド」

「私はクリス・フィア・アークライトだ」

 

 相手の名を知った空賊達の動揺が艦橋の外まで伝わってくる、同時に抵抗が止まる。

 話し合いの声が落ち着くと一人の男が扉の内から現れる。

 どうやらこの男が首魁らしい。

 

「投降すれば皆殺しはしないのか」

「あぁ、但し拘束はさせてもらうぞ」

「情報を把握する為にしばらくは生かしてもらえるだろうね。尤も、それは僕達の仕事じゃない」

「お前達は王国の法によって裁かれる。残念だが罪人の減刑できるほど我々の力は強くはない」

 

 非情な宣告ではあったが誠実でもある。

 淑女の森に属しホルファート王国の転覆を目論んだ末に空賊に身をやつす。

 本来は有無を言わさず極刑に処されてもおかしくはない。

 裁きの場を与えられてただけ人として扱っている分マシである。

 貴族籍はもちろん戸籍すら抹消された犯罪者に対しては過剰な温情と言えるだろう。

 

 その言葉を聞いた首魁らしき男の顔は何処か遠くを見ながら虚ろな笑いを湛えていた。

 身のこなしや体つきから推察するにおそらくは王国か公国の貴族階級の出身だろう。

 彼がどのような人生を歩んで来たか二人は知らない。

 

「何故だ?」

 

 男が呟いた言葉には疑問と怒りが含まれていた。

 

「どうして俺が裁かれねばならない?俺はただ主命に従っただけだ。主が公国と通じていたというだけで騎士の地位を奪われねばならない?」

 

 ホルファート王国とファンオース公国の戦争後に多くの貴族が公国との内通した罪で裁かれた。

 その中には仕える主君の命に従っただけの者もいただろう。

 追い詰められ否応なしに公国に寝返った者も多かったはずだ。

 オリヴィアの存在が無ければそうなる可能性は確実だった。

 それは確かに不幸な出来事だろう。

 だが、それが他者を傷付ける免罪符となる訳ではない。

 

「確かに人は過ちを犯す。僕達が今まで一回も間違いをしなかったと言うつもりはないよ」

「ならば何故だ、どうしてお前達はのうのうとその地位にしがみついていられる。我らがこうして落ちぶれなくてはならん」

「本当に分からないのか?貴様らが今している事を思い出せ。人々を襲い殺戮し略奪を行う。道義に悖る行いその物だぞ」

「地位や名誉を失っても人を傷付けず正しく生きる道は残っていたはずだ。それを選ばず自ら罪を犯したから君は裁かれるんだ」

 

 人は容易く悪に堕ちる。

 飢えで、貧困で、嫉妬で、憎悪で、悲憤で道を誤るものだ。

 それでも他者を慮れる心優しい者が存在する。

 楽な道を選ばず困難な道を選べるのが人の尊さであり素晴らしさなのだろう。

 

「大人しく投降したまえ、傷付きたくはないだろう」

「……そうはいかん。俺にも意地という物がある」

「そうか」

 

 クリスが剣を抜き前へ進む、男もまた神妙な面持ちで剣を抜き放った。

 男が放つ殺気が周囲に満ちて空気を微かに震わせる。

 それを受けても泰然自若のまま姿勢を崩さないクリスはその若さに反してどれ程の戦場に身を曝したのか。

 戦うまでもなく勝敗は決している、それでもなお男は笑った。

 

「最後の相手が小剣聖とはな。悪党の最期にしては上等だ」

「すまないがこちらは殺すつもりはない、無力化した後に拘束して事情聴取に協力させるからな」

「舐めるなガキ」

 

 時間にして数秒。

 放たれた二つの剣閃がこの作戦の決着を示した。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

ブォン! シャッ! キンッ!

 

 剣が空気を裂く音が格納庫に鳴り響く。

 上段からの振り下ろし、次いで胴を狙った正面突き、更に間合いを詰めて横薙ぎ。

 ルトアートの剣撃をリオンは器用に躱し続けた。

 間合いをほぼ見切っているのだろう、危なっかしい所も無く足取りも確かだ。

 

「避けるな貴様ァ!」

「いや、当たったら死ぬから避けるだろ」

 

 ルトアートの剣術がそれほど優れていない部分も大きいのだろう。

 多少は鍛えているらしいが、学生時代のユリウス殿下達と比べれば稚拙な物だ。

 手にした武器が儀礼用に近い片手剣なので装飾が動作を阻害している影響も大きい。

 それを見越してリオンは回避を続ける。

 リオンとルトアート、二人の技量差は明らかだ。

 確かにリオンは天稟が無いのかもしれない、だが幾度も戦場で死線をくぐり抜けた経験によって危険に対する洞察力が培われている。

 リオンにとってはルトアートは御しやすい相手に他ならない。

 

『リオンの目的は何だ?』

 

 挑発を繰り返しゾラ達をこの場に留めておきたいのは理解できる。

 だが単独で相手をするのは得策ではない。

 人質が女性四人ともなればゾラ達だけで連行するのは困難だ、同行させる者が必ず必要になる。

 最低でも二人、多くても四人の同行者がいると予想できた筈だ。

 それをリオンが理解していない訳が無い。

 リオン達の戦いを見つつ格納庫内に注意を払う。

 こちらから見えるのは逃走用の飛行船と床に転がる空賊達の死体だけだ。

 

 ふと、死体を見た瞬間に疑問が湧いた。

 格納庫の死体は五人。

 ある死体は首を斬られ、ある死体は肩から胴までを断たれ、またある死体は銃で頭部を銃で撃たれていた。

 本当に彼ら全員をリオンが一人で殺したのか?

 確かにリオンは兵として優れてはいるのだろう。

 だが屈強な空賊を五人同時に殺められるほど突出した強さを持ち合わせてはいない。

 遠距離からの狙撃を行う、或いは爆弾を用いれば可能かもしれない。

 だが死体の損傷から銃のみで殺した訳でもないし、爆弾を用いたなら格納庫内に熱も焦げ跡も残っている筈だ。

 

 そこまで考えれば導き出される結論は一つ。

 おそらくはリオンと行動を共にした者がこの場に潜んでいる。

 義父上か、義兄上か、或いはコリンかは不明だが同行者は確実に存在している。

 リオンの目的は私達の救出、リオンの言動はゾラ達の注意を引き付ける為の陽動に他ならない。

 

 悟られないように横目でゾラ達と人質の状況を確認する。

 ゾラは武器を所持していない、メルセは人質の私に拳銃を突き付けている、ルトアートはリオンと交戦中。

 空賊の一人はジェナとフィンリーの腕を掴んで両手が塞がっている、もう一人の空賊も荷物とドロテアの拘束で武器を持っていない。

 つまり、交戦中のリオンを除いて死に直面しているのは私だけ。

 逆に言えば私の安全が確保されたならリオン達は即座に反撃に移る事が可能となる。

 

 嗜虐心を煽られたメルセはルトアートがリオンを攻撃している光景に見入って私に対する注意が散漫になっていた。

 華奢な手足は労働や鍛錬の形跡が見られない、恐らくは冒険に対して興味を抱かず他家に嫁ぐ為に育てられた典型的貴族令嬢だ。

 拳銃の持ち方にもそれが顕著に表れている。

 そもそも拳銃の大きさがメルセの掌に合っていない。

 こうした場合は両手で拳銃を保持するのが正しい姿勢だ、片手で私の服を掴んだまま撃っても反動で照準が逸れてしまう。

 何より私に銃を突き付けているせいで安全装置の解除が不完全なのがこちらに丸見えだ。

 おそらくルトアートに拳銃を渡された時そのままの状態なのだろう。

 この状態で引き金を引いても不発になる可能性は高い。

 ただ、あくまでも可能性が高いだけでそのまま銃弾が発射される可能性も存在している。

 どちらにせよ私が付け入る隙はあった。

 アンジェリカ・フォウ・バルトファルト、後はお前の決断だけだ。

 

 ゆっくりと呼吸を整えて覚悟を決めた。

 肌身離さず身に付けている御守りは念じても仄かな発光が服に阻まれて見えない。

 丁寧に丁寧に、気付かれぬように念じながら軽く掌を握る。

 形は見えずとも宿る熱さが火球の存在を掌に伝えてきた。

 不思議な事に御守りから発せられる火はどれだけ激しく見えても私の身を焦がす事は無い。

 ひたすらに念じ、私の情念を凝縮するように熱を宿す。

 そっと手を開くと爪の大きさ程度の火球が完成していた。

 さり気なくメルセの髪の房の一つに触れる。

 メルセの訝し気な視線が私に向けれられる数瞬前、

 

『爆ぜろ』

 

 心の中でそう念じた。

 

ボオォォン!

 

 小さな破裂音と共に焔が空間に拡がる。

 紅い焔はメルセの視界を封じ髪と顔の皮膚を灼く。

 

「キャアァァァァッ!?」

 

 甲高い女の悲鳴と何かが燃える匂いが周囲に充満した。

 髪に塗っていた香油に引火したのか、メルセの髪は勢い良く燃えている。

 突然の事態に驚いたメルセは必死に腕を振り乱しながら火を消そうとする。

 混乱のせいだろう、指が完全に引き金から離れた。

 付け入る隙は此処にしかない。

 不規則に動くメルセの右手首を押さえ人差し指と中指を握った瞬間に思いっきり捻る。

 

ボギッ

 

「うぎゅあ!?」

 

 何かが壊れた感触が手に伝わり乾いた音と呻きが耳朶を揺らす。

 指は神経が集中してる上に女子供でも容易く破壊できる数少ない急所だ。

 突き指や爪の破損といった軽い怪我で激しい痛みに襲われる上に精密な動きが制限される。

 もはや保持するのが不可能になった拳銃を奪い取ると思い切りメルセを蹴り飛ばす。

 まずは拳銃を握り速やかに安全装置を解除、次に遊底を操作し撃発装置の起動を準確認する。

 ここまで何秒かかったか分からない、一秒にも十秒にも感じられる。

 空賊二人は拘束している人質に当たる可能性がある、メルセは焔が思いの外効いて床に蹲っている。

 狙うのならこの集団の頭目であるゾラだ。

 ゾラを討てば場の流れは一気に此方が支配できる。

 そのまま銃口を標的へ向けるとゾラの恐れ慄く瞳が私の視線と合った。

 初めて人に向けて発砲する、その躊躇いが銃口を揺らした。

 

 

【挿絵表示】

 

 

パァン! パァンッ!!

 

 最初の銃弾はゾラの服を掠め、二発目の銃弾は転がるように倒れたゾラの動きに追いつけなかった。

 第三射を試みたが引き金が軽い、弾切れだ。

 しくじった、人を撃つという不慣れな行動に動揺し逆転の好機を逃がしてしまった。

 おそらく私は死ぬ、傷を負わせて命を狙った私をゾラ達が許す筈もない。

 

「何をしているの!?さっさと殺しなさい!!」

 

 娘を心配する事もなく悲鳴が混じった声で命令を下すゾラ。

 呆気に取られていた空賊二人はゾラに命じられ人質よりも私の殺害を優先する。

 もはやこれまでか。

 

「なにバルトファルト家(うち)の嫁を襲ってんだお前ら!?」

 

 突如として私と空賊達の間に割って入った声が聞こえると大きな影が目の前に佇んでいた。

 何かが煌めいたと思ったとぼんやり思った直後何かが床の上に転がり落ちる。

 球体にも似たそれの中央に白い何かが二つある、その白い物が眼球だと理解するのに数秒かかった。

 此方を見つめる空賊の生首は驚愕の表情に彩られてる、おそらく彼は己に何が起こったか知らないまま死んだのだろう。

 竦んだもう一人が後退りした次の瞬間、逆方向から現れた影が空賊に密着する。

 

ドォン!ドァン!ダァン!!

 

 銃声が三回連続で鳴り響き物言わぬ屍と化した空賊が倒れ伏す。

 

「アンジェリカさん、ありがとう」

 

 憶えがある声が二つ耳に聞こえて来る。

 その声を聞いた瞬間に今まで張っていた気力が霧散し力抜けた。

 

「お待ちしていました義父上、義兄上」

「アンジェリカさんが気を逸らして助かりましたぁァッ!?」

「ニックス様~♥♥♥」

 

 突如、義兄上に何かがぶつかってよろめく。

 敵襲かと思い身構えてその存在を確認する。

 金色の髪、丸みを帯びた女性らしい体躯、地味な色合いだが高級品の服。

 ドロテアだった。

 

「あぁ、ニックス様♥やっぱり助けに来てくださったんですね♥」

「ド、ドロテアさんもご無事で何よりです」

「はい♥一日千秋の想いでお待ちしてました♥聡明なニックス様なら発信機にきっとお気付きになられると信じていたので♥」

「あ、あの体を密着させられたら動けないんですが」

「申し訳ありません♥一刻も早くニックス様にご確認していただきたくて♥」

「一体何を!?」

「下衆な空賊達にニックス様に捧げられる私の純潔が穢されてないか、直接その目でお確かめなられた方がよろしいと思いまして♥ご覧ください、私は生娘のままです♥」

「服を脱ぎ始めないでください!?」

「それよりお聞きしました?義父様はバルトファルト家(うち)の|嫁と仰いました♥つまり私は既にニックス様に嫁いだも同然です♥」

「そんな訳ないでしょう!!」

 

 ……放っておこう。

 此処へリオン達が救出に来れたのはドロテアの功績である事には紛れもない事実であり、生きて再会を喜ぶ者を妨げるつもりもない。

 義兄上には悪いが恩には相応に報いなくてはならない。

 

「ジェナ!フィンリー!パパが助けに来たぞ!」

 

 満面の笑みで手を広げ娘達との抱擁を期待する義父上は大きな熊ぬいぐるみを思わせる。

 こちらに対しても私は止めるは無い、存分に再会の喜びを堪能して欲しい。

 しかし、ジェナとフィンリーは義父上の横を素通りしてある場所へ向かった。

 二人は呻き声を出しながら這い回るメルセの前に立ち塞がる。

 

「なに逃げようとしてんの?」

「うぅぁ…、あぁぁ…」

「よくも好き勝手にやってくれたわね」

「殴られた怨みをここで全部返すわ」

「ひ、ひいぃぃ」

「ついでに今までの分も返してあげる!」

「自分のやってきた事を噛みしめなさい!」

「た、たひぃけしぇ……」

「うるせぇ!!ボコボコにしてやるから覚悟しろ!!」

「くらえ!!そのツラを修復できないぐらいにグチャグチャにしてやる!!」

「あァゲ#&ぃャ!ジぉ$ばゥ*」

 

 聞くに堪えない罵声と悲鳴が聞こえてくる。

 相当鬱憤が溜まっていたのだろう。

 フィンリーはメルセに跨って執拗に顔面を攻撃し、ジェナは腹や股間を幾度も踏みつけ始めた。

 

「助けてくれニックス、俺の娘達が怖い」

「先に俺を助けて欲しい!!ドロテアさんを止めてくれ!!」

 

 目を背けたくなる惨状?が血臭に満ちた格納庫で繰り広げられる。

 正直どう対応したら良いか判別がつかない。

 ふと手を見ると拳銃を握り締めた手が硬直していた。

 強く握りしめた影響か指に血が巡らず白くなっている。

 指を一本ずつ引き剥がし息を整える。

 これで私達は助かった。

 

「久しぶりだな、ゾラ」

「バ、バルカス……」

「逃げられると思うな、うちの連中が既に動いてる。この飛行船だって時間はかかっても必ず鎮圧されるぞ」

「そ、そんな……」

「王国の転覆に関与してるんだ。お前らは裁かれる。死刑は避けられないだろう」

「…………」

 

 反論する気力すら残っていないのかゾラは茫然自失のまま座り込む。

 従軍拒否・統治権の放棄・不貞行為で貴族籍を剥奪された上に殺人・強盗・貴族に対する誘拐と傷害まで加わったのだ。

 人生を数回やり直さなければゾラの罪状は贖えないだろう。

 

「嫌よそんなの!私を助けなさいよ!」

「お前がやってきた事だろう、素直に受け入れろ」

「どうして私が死ななきゃいけないの!こんなの理不尽だわ!」

「お前達のせいで死んだ奴らの方がよっぽど理不尽な目に会ってる、賊に慈悲をかけないのがバルトファルトだ」

「何とかして!お願いよ!」

 

 子供のように駄々をこねるゾラの姿はひどく醜悪だ。

 精神的な幼さと老けた外見が合わさり奇怪な怪物にも思える。

 だからと言って容赦はしない、この状況を招いたのはゾラ本人の行動だ。

 彼女が度々口にする貴族という存在は時に自らの命で責任を果たさなくてはいけない。

 それが出来ぬのなら人を統べる資格は無い、義務を果たすからこその貴き者である。

 

「そ、そうだわ!再婚しましょう!そうすれば互いの利益になるわ!」

「……はぁ」

「貴方だってこんな醜聞を広めたくないでしょう!今ならまだ揉み消せる!これは単なる一族内の争いとして誤魔化せるわ!」

「無理だ、この一件には王家も関わっている。淑女の森に関係する奴は例外なく処罰される予定だ。諦めろ」

「嫌よ!お願い助けて!リオンが出世したんでしょ!?温情ぐらいかけなさいよ!」

「ゾラ、結婚して俺が今までどれくらい尽くしてきたと思う?常に正妻だったお前を立ててきた筈だ。それでも俺を単なる金蔓としか見てなかったのはお前だ。メルセとルトアートも俺の子じゃない。確かに俺達は政略結婚だ。リュースに情を残していた俺が悪くないとは言わん。だが少なくても俺は良好な関係を築こうと努力はした」

 

 義父上の口調は聞き分けの無い娘を諭すような優しい声だった。

 もしも私がユリウス殿下の婚約に執着したままリオンと婚約したのならこうなっていたのだろうか?

 リオンに心を開かぬまま成り上がり者の領主貴族と彼を蔑み他の男に身を委ねる。

 そんな事は無い、とは言い切れない。

 バルトファルト領を訪れた頃の私は復讐の手段としてリオンとの婚約を受け入れた。

 リオン・フォウ・バルトファルトという人物に興味こそ湧いたが、リオンを一個人として心を許していた訳ではない。

 これはあり得たかもしれない私とリオンの関係だ。

 

「そうよ!あの女よ!あの下賤な女がいるから悪いんだわ!」

 

 突如ゾラが狂ったように騒ぎ出す、新しい感情の矛先が見つかったようだ。

 

「あんな平民風情が貴族の妾ですって!?子を産む位しか能がない癖に出しゃばって!挙句に正妻に収まるなんて図々しい!生まれが悪いと考える事も卑しいわね!」

「……あの女ってのはリュースか?」

「そうよ!私を正妻に戻しなさい!貴族の妻が平民なんて恥だわ!私ならもっと上手く仕事をこな」

「戯言はそこで止めておけ」

 

 義父上の声が一変する。

 それまでの優しさが嘘のように殺意に満ち、手にした剣はゾラの首に添えられていた。

 ゾラが何かを口にすれば即座に首を刎ねられる。

 これがバルトファルト家の特徴か、穏やか見えて踏み込んではいけない一線が存在するようだ。

 

「口を閉じろ、リュースを侮辱するのは俺が許さん。たとえ国王陛下だろうとリュースを侮辱するなら弓を引く。あいつはお前の数万倍良い女だ」

 

 その口振りはリオンとよく似ている。

 いかん、あまりの状況にリオンの事を完全に失念していたらしい。

 慌てて振り返ると其処には異様な光景が広がっていた。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 父さんと兄さんが空賊の二人を始末した、ゾラとメルセが無様に転がったの視界の端で確認する。

 打合せ通り上手くいった。

 俺が口で煽って注意を引き付けた間に二人が後方から隙を突く。

 その為にわざわざ死体を救命艇の近くに配置したり扉から入って来た奴らに見つからないように荷物を移動させた。

 手品ってのはどれだけ観客の注意を逸らせるかが重要だ。

 アンジェの焔だけは計算外、あの御守りあんな事できたのかよ。

 どこが安産子宝の御守りなんだ、妊婦に持たせたらいけない危険物じゃねえか。

 

「人質は助かったぞルトアート。形勢逆転だな」

「ば、馬鹿な。そんなのありえるか」

「戦場じゃありえるんだよ。お前、まだここがどこか分かってなかったのか?」

 

 この期に及んで自分達の敗北を認めないルトアート。

 気持ちが分かるがこれは現実、しかも命の価値がとっても軽い戦場です。

 戦場に安全な席なんて存在しない、お互いの命を賭け金に相手の命を奪い合う賭博場だ。

 何故か分からないけどそれが異様に達者なのが俺、何度もボロ負けしてるのに最後の最後にどうしてか首が繋がる。

 死神様はとことん俺に対して意地悪だ。

 

「降伏しろ、そうすりゃ命まで獲らねぇ。まぁ捕まった後お前らがどうなるか知らないけど」

「黙れぇぇぇ!!」

 

 剣を掲げたルトアートがこっちに迫る、極端な半身で腰を落として身構える。

 ルトアートの剣術は貴族の手習い程度の実力だ、多少素早くて力も込められてるがその程度。

 鍛錬を積み重ねた技じゃなくて単なる力押し、動きは単調で予想しやすい。

 振り下ろされた剣が届かない位置まで半歩退く、そのまま擦れ違うように外側に移動。

 これがちゃんとした剣術なら切り返しの斬撃が繰り出されるけどルトアートはそんな技術は持っていない。

 左掌を軽く開き指を握る、そのまま移動の勢いと腕の動きを連動させて相手の顎に掌を捩じり込む。

 

ダァッン!

 

 上手く入った、だけどルトアートの足元はふらついたが昏倒まではしない。

 剣を警戒したせいで踏み込みが足らなかったか?

 いや、単に俺の度胸と修練が足りないだけだ。

 それなら邪魔な剣の方から処理するまでだ。

 ルトアートがよろめいた隙に床に落としたナイフを拾いしっかりと握り込む。

 ナイフを持った俺を威嚇するようにルトアートが剣を振るう。

 だけど足元が覚束ないまま振るう剣は前にもまして大振りになる、見切るのはますます簡単だ。

 体が流れてた動きの終わりに出来た隙を狙い一気に近付きナイフを振りかぶり思いっきり剣の根本へ叩きつける。

 

ギャッキィン! カァ~~~ンッ

 

「なぁ!?」

 

 剣身が根元から折れたのを見てルトアートが信じられないと戸惑った表情を浮かべる。

 普通ならこんな真似は出来ない。俺のナイフがどれだけ鉈に近い厚みと重量を持っていても普通の剣を叩き折るのは不可能だ。

 だけどルトアートが使っていたのは貴族が鑑賞や装飾として使う細身の剣だ。

 刃の鋳造が甘く実戦に向いていない、そんな物を愛用しているルトアートの技量も相応だと一目で分かる。

 そのまま手首の動脈を狙ったが驚いたルトアートは後ろへ仰け反ったせいで切っ先が僅かに腕を斬り裂いただけで終わった。

 

「逃げるなよ、そのまま手首を斬り落としてやるはずだったのに」

「ひぃっ!!」

 

 わざと過剰な言葉で相手の恐怖を煽り戦意を削ぐのが俺のやり方だ。

 これで下準備は完了、相手を殺す作業から壊す作業に切り替える。

 怯えたルトアートが柄だけになった剣を投げるのを難なく躱す、後ろで何かが当たった金属音が聞こえた。

 こんなクズでも殺すのは気が引けるな、そっとナイフを床に置いて大股に近寄り無力化を狙おう。

 無我夢中で俺に殴りかかってくるルトアートを前に左手を上げ右手を握り構える。

 左手は距離を測る盾、右手は相手を仕留める槍。

 ルトアートが間合いに入った瞬間、踏み込むのと同時に思いきり右拳を最短距離で突く。

 

グジャッ!!

 

 右拳の先に衝撃、同時に肉の潰れた音を聞いた。

 俺の拳は正確にルトアートの鼻を潰す。

 鼻は顔の中心に位置して近くに目と口がある、上手くやれば同時に目も潰せる。

 何より鼻からの出血は呼吸を困難にするし激痛で思考を奪い確実に戦闘力を失う。

 次に片手を開いて張り手を耳に食らわせる。

 

パァン!

 

 ルトアートが耳を押さえる、たぶん鼓膜がいかれたな。

 そのまま下から上に足を蹴り上げた。

 軍靴の先には金属が埋め込まれているから鍛錬した軍人の蹴りは金槌と同じ破壊力を持っている。

 

ブチャァッ

 

「ギャアアアァァ!!!!?」

 

 ルトアートの股間に足がめり込み今までで一番大きな悲鳴が木霊する。

 血と尿と精液が入り混じる生臭い匂いが鼻を突く。

 完全に潰れたみたいだな、睾丸を潰された痛みで死ぬ奴もいるのになかなかしぶとい。

 今度は膝を狙いもう一回蹴りを放つ、股間を押さえたまま悶絶しているルトアートは蹴りをまともに食らって倒れた。

 

 その姿を見て心の何処かで充足感と一緒に何かが蠢いてるのを感じる。

 自分の中にある暴力的な部分に歯止めが効かない、戦場にいる時ずっと俺の心にある一番嫌いな部分だ。

 敵を上手く仕留めた時、罠に嵌めて大量の被害を出した時、一方的に相手を蹂躙する事でしか得られないどす黒い悦び。

 

「ガタガタ騒ぐんじゃねえ、こっちは戦争で骨折四回、打撲三十一ヵ所、全身打撲二回、銃創五ヵ所、裂傷熱傷は数えきれないんだぞ。玉潰されたぐらいで喚くな」

「ぁあぁぎぃぁや……」

「子爵になるまでこれだけの傷を負って死にかけた。その度胸が無いなら俺を羨まず大人しく逃げてりゃ良かったんだ」

 

 そうだ、確かに俺は戦争が大嫌いだ。

 だけど俺が殺した相手の死体を見てゲロを吐いて、命の危機に小便を漏らしながら同時に暴力を振るう快感にも酔いしれる部分が確かに存在してる。

 普段ならこの衝動を抑え込められた、だけど今の俺は確実に暴力を愉しんでる。

 ゾラ、メルセ、ルトアート。

 こいつらに俺達がどれだけ苦しめられたか、どれだけの怒りを溜め込んできたか。

 ルトアートを殴る度にその怒りを思い出し自分を制御できない。

 

 虫のように這い蹲ったルトアートはジリジリと逃げていく。

 奴の垂れ流した体液が床を濡らして跡を作り続ける。

 必死の伸ばしたルトアートの指先が何かに触れる、その瞬間と握った何かを思い切り引き寄せた。

 さっき俺が捨てたショットガンだった。

 歪んだ笑みを浮かべてルトアートは俺に銃口を向ける。

 

「死ねぇぇえぇぇ!!」

 

 引き金が引かれた。

 

カシッ カシッ

 

「オぁ?」

「銃弾はとっくに抜いてあるぞバ~カ」

 

 ショットガンは効果範囲が広くて破壊力もあり過ぎる。

 下手に撃って人質に当たったらマズいし、奪われたら一大事だ。

 脅しには使えるだろうと最初から弾を抜いておいた。

 そうじゃなきゃ最初から肉弾戦をしていない、手足を撃って無力化した方が楽だもん。

 

 ショットガンを蹴り上げて遠くに飛ばしルトアートの上に跨る。

 こいつが俺を殺そうとした、その事実に我慢できない。

 拳を握ってルトアート顔面に叩き込む、両手を握り締め何度も何度も叩き込む。

 

グチャゥ… ボォゴッ… グィシッ… ズュリュ…

 

 ひたすらに拳を打ち込む、自分でも何をしているか分からない、思考が遠退き言葉も出ない。

 黙々と狩りで仕留めた獲物を解体しているような感覚。

 怒りも殺意も消え失せて淡々と拳を打ち続ける。

 ルトアートの顔が腫れあがり前歯が折れ悲鳴さえ出なくなっても止められない。

 こんなもんじゃない、これじゃ全然足りないぞ。

 いつの間にか手は拳の形をしていない、狙っている部位は顔じゃなくて首。

 両手がルトアートの首を絞める。

 既に意識を失ったルトアートは痙攣するだけだ。

 その顔が少しずつ紫に変色していく、このままいけば確実に窒息死するだろう。

 

「死ね」

 

 熱に浮かされた自分の声が何処か遠くで聞こえる他人の声に聞こえる。

 あと数秒で命を奪えるその時、温かい何かが俺の頭に触れた。




バトル回の今章、やや暗い暴力的シーンです。
ドロテアさんだけが癒し枠、愛に生きる女は強い。
ジェナとフィンリーがメルセに追撃してますが、原作九巻でもフィンリーは同じ事してたから大丈夫。(そうか?
今作リオンは一線を越えると冷静に相手を始末する殺戮マシーン、戦場のトラウマによる一緒の適応です。

追記:今章の挿絵は依頼主様によりShedar様に描いていただきました、ありがとうございます。
Shedar様 https://www.pixiv.net/artworks/113793876

さらに依頼主様のリクエストによりKryto様、freedomexvss様、くあねろ様にイラストを描いて頂きました。ありがとうございます。

Kryto様 https://www.pixiv.net/artworks/115599966
freedomexvss様 https://www.pixiv.net/artworks/115657661
くあねろ様 https://skeb.jp/@quanero95/works/21(成人向け注意

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