婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第6章 公爵令嬢は己の過去に向き合いました●

「私を…」

 

 沈黙に耐えきれず言葉を口にする。

 

「私を襲ったのは、敵兵に見えたからなのか?」

 

 リオンは何も言わない、沈黙があまりに雄弁だった。

 

「最初に会った時に『帰れ』と言ったのは私を傷つけないようにする為か?」

「後で傷つくより最初に嫌われた方がお互いのダメージは少なくて済むしな」

 

 そう答えられて唇を噛みしめる。

 

「私がバルトファルト領に来た事で今までリオンを苦しめていたのか?」

 

 彼は首を左右に振って否定する。

 

「最近は発作が少なくなったんだ。むしろ領地の開拓に悩む必要が減って油断した。薬を飲むのを怠った俺の判断ミスさ」

 

 その声はあまりに優しかった、まるで私を労わるように。

 いや、リオンは心配するなと私に言っているんだ。

 

「俺の望みはバルトファルト領の開拓を軌道に乗せる事。領主は兄貴かコリンが継いでくれたら良い。レッドグレイブ家が協力してくれるなら大丈夫だろ」

「それはお前が本当に望んでいるものか?」

 

 薬の効き目か徐々に落ち着いてきたリオンとは反対に私の語気は荒くなる。

 

「まるで己の死が前提じゃないか。そんなのはおかしいだろう」

 

 今までの発言からリオンは生きる気力を失いかけてるのが分かる。

 

「死を誉れとする前に精一杯に足掻け。戦場で生き足掻いたから今こうして生きているのだろう」

 

 なんと尊大で嫌な物言いだ、自分で自分が嫌になる。

 

「まだ死ぬつもりはないさ。少なくとも開拓事業が成功するまではね」

 

 穏やかな口調が逆に決意の強さを表していた。

 

「…お前自身がやりたい事は?」

「え?」

 

私の出した思わぬ問いにリオンは間の抜けた声を上げた。

 

「食べたい料理、行きたい場所、読みたい本、誰かの為じゃなくてお前の為だけの欲望」

 

 欲望は生きる気力と密接な関係にある。好き放題してる老人に限って長生きなのは典型例だ。

 暫し悩んだリオンはふと何かを思い出したように顔を綻ばせる。

 

「ガキの頃から叶えたい夢があるんだ」

「何だ?言ってみろ」

 

 顔を赤く染め照れるリオンは年相応の青年だった。

 

「地味だけど心優しくて胸の大きな女の子と恋をして夫婦になりたい」

「……………ふざけているのか?」

 

 室内の気温が少し下がって弛緩したぞ。

 何だろう、真剣にリオンを心配した私がひどく愚かな女に思えてきた。

 

「本気だよ。父さんと母さんは恋愛結婚だからあんな夫婦になりたいと昔から思ってたんだ。ガキの頃は貧乏だったからほんの少しだけ贅沢が出来るぐらいの生活を送りたいのさ」

 

 逆を言えばそんなささやかな暮らしこそリオンが本当に求めている夢なのだろう。備えた能力と望む理想がアンバランス過ぎる。

 長々と話疲れたのかリオンはベッドの上で仰向けになる。だいぶ落ち着いたようで安心した。

 目を閉じるリオンに近づいて伸ばした髪に隠れた左頬の傷痕をそっと撫でる。

 

「なぁ、もし私がリオンの妻になったら嬉しいか?」

「俺にアンジェリカさんは勿体なさ過ぎるよ」

 

 その言葉にチクリと胸が痛む。今日は彼が眠るまで側に居よう。

 やがて規則正しい呼吸音が鳴り始めリオンは眠りに落ちた。

 

「おやすみリオン、良い夢を」

 

 

【挿絵表示】

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 リオンが眠った事を確めて明かりを消し部屋を出る。

 リビングを軽く掃除し火元の確認、荷物を置いたままバルトファルト家の屋敷に帰る準備を整えた。

 しかし、屋敷まで数十分の道のりがまるで永遠に続くように感じられた。

 別宅から離れるほどに手足が重く言う事を聞かない。何かに躓いて転ぶが起き上がる事すら覚束ない。

 

 ゆっくりと体を回転させて空を見ると既に夜も更けて星の瞬きが美しかった。

 この二ヶ月間、私は何をしていたのだろう?

 バルトファルト領の開拓計画に邁進していた。

 だがそれは単なる自己満足に過ぎなかったのでは?

 

 リオンと出会った時からの自分の行動を振り返る。

 家柄と能力を鼻に掛けた嫌味な娘。

 優しさも思いやりも足りず不満を溜め込み自分こそ正しいと信じて疑わない傲慢女。

 バルトファルト家の皆よりもリオンに長く接してきた筈なのに彼の苦しみを欠片ほども感じ取れなかった。

 これまでリオンとの縁談を嫌がった令嬢達を愚かと思ってきた。だが私の方がもっと愚かだった。

 穴があったら入りたい、この世界から消え去りたい、死ぬに相応しいのはリオンではなく私。

 

 

 そう考えた瞬間、二年前のあの日の記憶が呼び覚まされる。

 ユリウス殿下に婚約破棄を告げられた。あの時、私は聖女を睨みつける事しか出来なかった。

 王太子妃の座を奪われた事を怒り、何故ユリウス殿下が私を嫌ったのか考えもしなかった。

 ミレーヌ王妃は私の直情的な部分を改めるように幾度も忠告してくれたのに。

 私は自分の思い描く世界こそが絶対だと信じきっていた。

 そして少しでもそこから外れた存在を許す事が出来なかった。

 私が考えるユリウス殿下と本当のユリウス殿下は違っていたはず。

 他の女に心を動かされたユリウス殿下に過失はあるが、彼との関係修復を怠った私にも責任はあった。

 あの日から止まっていた私の時計が音を立てて動き出す。

 漸く自分の至らなさを知った。溢れる涙が止まらない。私の行動で傷つけた人達を一人一人訪ねて謝りたかった。

 

「 ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい 」

 

 何について、誰に対して謝ってるかさえ自分でも分からない。ただ謝罪の言葉を吐き出し続ける事しか出来なかった。

 一頻り泣き続けると体の中に溜まっている淀んだ感情が全て流れ出したかの如き奇妙な爽快感が体に宿った。

 相変わらず空で瞬き続ける星に手を伸ばせばそのまま空を翔んで掴み取れそうな気分。

 ゆっくりと体を起こして手足に力を込めた。大丈夫、立ち上がれる。

 バルトファルト領の開拓は私とリオンの二人にかかっている。

 今の彼が立ち上がれないなら私が支える。あのお人好しがもう一度生きてみようと思える為に。この領地で生きる全ての人々の為に。

 私はアンジェリカ・ラファ・レッドグレイブなのだから。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「何なの、これ?」

 

 怪訝な顔をしたリオンが私を見る。別宅から出て来ないリオンにとっては知らない顔ばかりで戸惑うだろう。

 

「レッドグレイブ家が集めてくれた職人たちだ。これから掘削技士と協力して温泉施設の建築に行ってもらう」

「それは知ってる、質問はどうして俺の家を取り囲んでいるか?って事」

 

 不機嫌そうに体を揺するリオンを正面から見据える。

 

「開拓が進むと別宅は必要書類や資料の山で手狭になってしまう。温泉の調査や掘削が終わるまで他の職人が手持ち無沙汰なのは勿体ない。ならばこの機会に増築しようと思う。材料は予算内で手配済みだから安心して良い」

「其処じゃねえよ。家主に相談無く決めるなよ」

「私も同居するから別宅に関しては一定の権限があると思うのだが」

「ハァッ!?聞いてねえよそんな話!」

「言ってないからな」

 

 忙しなく表情を変えるリオン。少しは気分が楽になったのか調子が良さそうで何より。

 

「開拓を終えるまでレッドグレイブ家が協力するんだ。バルトファルト家の様子を把握するには近くに居た方が都合が良い」

「俺に拒否権は?」

「無い」

「即答!?」

 

 懐から契約書の複写を取り出しヒラヒラと振るう。

 

「あんな目にあったら近づきたくないのが普通だろ」

「きちんとお薬も飲めない坊ちゃまに一人暮らしは無理だ。悔しかったら早く心と体を治せ」

「うわ、凄いムカつく。王都のお嬢様ってこんなんばっか?」

「まぁ私の性格が並外れてるのは否定出来ない」

 

 そう答えるとリオンに近づいて彼の左頬を撫でる。

 

「一人で抱え込むな。お互いの足りない部分を補うのがビジネスパートナーという関係だろ?」

 

 リオンの左頬に触れる私の右手に彼の左手が重なる。

 

「分かった、俺の負けでいい。アンジェリカさんには勝てないよ」

「アンジェだ」

「?」

「アンジェリカさんでは他人行儀だ。対等な同居人として扱って欲しい」

 

 その要求を聞いたリオンは肩を竦める。

 

「分かったよアンジェ。頼りにしてる」

 

 愛称で呼ばれただけなのに、私の心臓はひどく高鳴った。




アンジェさん覚醒パート。
そして夫婦漫才開始。
本編のリビアさんは優しい娘なのでマリエルートで判明した聖女関連を抜きにして「ストーリーの関係でお互いに理解し合えなかった世界」として描写しました。
リオンの女性の好みは本編で語ってた彼の人生プランを参照。
ルクシオンが居ないのでリオンが若干ツッコミ体質。
悪役令嬢モノで報いを受けた敵ヒロインは反省してないパターンが多いので、ここは「アンジェ・ユリウス・オリヴィア各々に過失があった」「アンジェは賢くて自省できる性格」と思い成長の為に敢えて落としました。

追記:依頼主様のリクエストによってしらたま様にファンアート化していただきました。ありがとうございます。
しらたま様https://www.pixiv.net/artworks/110761667
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