婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

61 / 174
第五部 決闘編 (●は挿絵イラスト在り)
第60章 My Home●


 疲れた、本当に疲れた。

 興奮が冷めると一気に疲労が押し寄せる。

 時計を見れば誘拐されてから一日も経過していない。

 たった一日で誘拐、工作、戦闘、避難を経験した。

 途中で仮眠を取ってはいるが肉体的、精神的な疲労は蓄積される。

 バルトファルト家が所有する飛行船に到着してからシャワーで軽く体を浄め着替えた後に医師の診断を受けた。

 私の負傷は殴られた頬が少し腫れた程度なので膏薬を塗る程度で済んだ。

 ドロテアは無傷だったがフィンリーは剣の鞘で殴られた箇所が青痣になり、ジェナに関しては執拗に殴られた顔が腫れていた。

 医師の見立てによれば義姉妹の傷は数日も経てば綺麗に治るらしい。

 治療が終われば空腹を覚える、船内の休憩所で出された保存食とスープを口にすると漸く助かったという実感が湧いた。

 

 こうして無傷に生還できるとは正直思っていなかった。

 幾つもの幸運によってほぼ無傷のまま帰れると思うと体が震えるほどの喜びが湧き上がる。

 早くバルトファルト領に戻りたいが急かす訳にはいかない。

 戦闘の事後処理が残っているし負傷した兵を様子も窺わなくては。

 食事を早く済ませたいが焦って食べて消化を滞らせる訳にもいかない、私は身重であり腹の子の安否を何より優先しなくては。

 温かいスープを飲み込みやや硬いパンを食べ終えるが物足りない、二人前を平らげた後に軽く船内を見回る。

 医師や兵を労いつつ向かうのは艦橋だ。

 一刻も早くリオンに会って安心させたい。

 リオンに対してついつい厳しくなってしまう私だが今日は特別に優しくしてやろう。

 思う存分に労い彼が望むどんな事もしてやるつもりだ。

 いかんな、つい顔が弛んでしまう。

 思わず駆け出したくなる衝動を抑え艦橋の扉を開き船長席に近付く。

 

「どうかしました、アンジェリカさん?」

 

 船長席に座っていたのはコリンだった。

 環境を見回すとリオンはおろか義父上も義兄上も居ない。

 この場所なら他のバルトファルト家の面々も居ると思ったのだが。

 

「あぁ、人心地ついたので報告に来た。リオン達は?」

「指揮を僕に任せて休んでますよ。父さんは姉さん達に付き添って、ニックス兄さんはドロテアさんから逃げ回ってます」

「リオンは?」

「たぶん船長室だと思います」

「そうか」

 

 報告を聞いてすぐにでも船長室に向かいたいが感謝の労いをしなくては。

 流石に感謝の言葉も述べず夫の許へ向かうのは礼を失する振る舞いだ。

 

「礼を言う。皆も私達の為に随分と無理をしてくれたらしいな。ありがとう」

 

 格式に則った振る舞いで首を垂れる。

 私達が無事生還したのは皆の働きがあってこそだ、いくら感謝しても足りない。

 

「僕は大した事してません。父さんや兄さん達の方が凄いですよ」

「それでも初陣で艦戦の指揮を執るなど普通なら出来ないだろう?」

「あの人達のおかげですよ、僕はただ船を沈めないように逃げ回ってただけです」

 

 コリンが指差す方向に王国の飛行船が浮んでいた。

 王族専用の飛行船は空賊達の飛行船の一隻を牽引し、もう一隻に砲門を向けている。

 私達が囚われていた飛行船はどうやら火災が収まったらしい。

 これから王国が主導する調査と事情聴取に向け空賊達が逃走しないように威圧する姿は英雄に相応しい姿だろう。

 私としては嘗て婚約破棄に加担した連中に命を救われたという、何とも言えぬ複雑な心境だった。

 あまり見たくはない光景から目を逸らすように扉へ向かう。

 

「それじゃあ、私はリオンの所へ向かう」

「はい、お気を付けて」

 

 扉を開けて数十歩も行けば船長室に到着する。

 小さな仕事机とベッド、簡易なクローゼットに本棚が備え付けられ客室を除けばこの船で一番快適な作りの部屋だ。

 バルトファルト領に戻るまでこの部屋でリオンとの触れ合いを愉しみながら過ごすのも悪くはない。

 そう考えてにやけてしまう顔を誤魔化すように扉を数回ノックする。

 返事は無い、再度ノックするがやはり反応は無し。

 ノブに手を添え回してみると施錠されておらず簡単に開いた。

 不用心に少し呆れつつ入室すると照明すら点いていない。

 

 手探りでどうにか照明を点け、室内を確認する。

 軍服に靴や銃器が床に散乱し足を取られずに歩くには難しい状況だ。

 部屋の主はベッドの上で毛布に包まり身動ぎすらせず寝ているのか起きてるのか判別できない。

 仕方ないので床に落ちている衣服や銃器を片付け始める。

 服や靴には煙の他に真新しい黒い染みが付着している、おそらく血痕だろう。

 銃器を持ち上げて確認を行うとちゃんと安全装置を起動させており弾も抜いてある。

 生真面目なのか、怠惰なのか。

 我が夫の判断基準はよく分からない。

 

 ベッドの上に座り丸まっているリオンを撫でると体を動かした。

 飼い主が撫でるのを拒否する猫そのままの態度で思わず苦笑してしまう。

 撫で続けているとその度に震えるのがおかしくて何度も撫でる。

 漸く諦めたらしく被っていた毛布を脱ぎ捨てたリオンが私に顔を向け不機嫌そうに睨む。

 

「なんだよ?」

「検査が終わったので報告だ。私に異常は無い、他の者も軽傷で済んだ」

「良かった」

「それと頑張った旦那様にご褒美だ」

「要らない、放っておいてくれ」

 

 ひどく投げやりに応えるリオンの態度が気に食わない。

 この一日をどんな気持ちで私が過ごしていたと思っている。

 助けに来てくれるとは信じていたが無事に帰れるとは思っていなかった。

 誰かしら犠牲になる事は覚悟していたし、賊共に辱められる場合や足手纏いになった場合に備えて自害する覚悟を決めていた。

 まさか殿下達が来ているとは思いもよらなかったが事件の早期解決には致し方ない判断だ。

 ゾラ達の性格や行動原理から時間が経つほど私達が無事でいられる可能性は低くなる。

 それならば殿下達に助力を乞うのは決して間違いではない。

 私の実家であるレッドグレイブ公爵家と裏で対立しているホルファート王家に助けを求めた件で後から何かしら要求されるかもしれないが、それはその時になってから考えれば良い話だ。

 今はただ再会の喜びに浸りたい。

 リオンの言葉を借りるなら夫婦水入らずでイチャイチャしたいのだ。

 

 なのに愛しい私の夫はひどくつれない。

 普段は愚痴を吐きながら私に甘えてくるくせに今日に限って見向きもしないのは些か腹立たしい。

 今回の件は単なる政治や外交の失敗ではない、れっきとした事件であり犯罪だ。

 ファンオース公国との戦争以前からそうした者達が存在しているのは知ってはいた、ゾラ親子がまさか貴族女性の非合法組織の一員とは思いもよらなかったが。

 まさか彼女達もそうであり、幼いリオンが組織の闇取引の商品になりかけていたと聞いて悍ましさと怒りが同時にこみ上げてくる。

 もしも救出作戦が遅れていれば私達も犠牲者の一人になっていたかもしれない。

 そう思えば再会の喜びも否応なしに増す物だ。

 何より私を助けに来たリオンは雄々しく凛々しかった、正直惚れ直した。

 通信の会話で私に対して愛の言葉を囁いたが作戦でありつつも本心なら許す気も湧くものである。

 此処が夫婦の寝室なら私の方から閨に誘いたいぐらいだ。

 

 そんな私とは正反対にリオンはひどく元気が無い。

 私に対する態度も太々しく横柄だ。

 まるで邪魔者を扱うように素っ気ないされては私の燃え上がる情念が消え失せてしまう。

 ただ、リオンがこうした行動をするのは大抵落ち込んだ時なのだ。

 普段は口で文句を言いながら私に助けを乞うが、真面目に仕事に取り組んで失敗した時は誰にも会いたくないとばかりに閉じ籠る癖がある。

 数年間も夫婦を続けていればある程度の対処法も分かってくる。

 こんな時はひたすらに優しく慰めるのが一番だ。

 

「ほら、ちゃんとしないか」

「…………」

「眠れていないのか?最後に食事をしたのは何時だ?」

「アンジェが攫われてから殆ど寝てない、食事は携帯食を口にしただけ」

「それはいかんな、何か取って来よう」

「いい、何も喰いたくない」

 

 再び横たわるリオンを止めて会話を続ける、とにかくリオンが本音を吐き出して気を楽にしてやらねばならない。

 リオンの心の奥で澱のように沈殿した不安や後悔を取り除き、彼の心を安らかにさせる。

 これはバルトファルト家の面々や私達の子には出来ない、リオンが私にのみ晒け出す彼の弱い部分だ。

 手のかかる子供をあやす徒労感と見てはいけない物を見た背徳感がなかなかに癖になる。

 

「つらいのならきちんと吐き出した方が楽になるぞ」

「なんで助けに行った俺が助けられたアンジェに慰められるんだよ、普通は逆じゃん」

「頑張った旦那様へのご褒美だ。存分に甘えるといい」

 

 そう言って頬を突いてやると漸くリオンがまともに私を見た。

 

「……また人を殺した」

「そうか」

「ルトアートを殺す所だった、ゾラは爆発で確実に死んだだろうな」

「あの爆発で生きている方がおかしい」

「嫌な奴らだったよ。何度殺してやりたいと思ったか分かんねぇぐらい嫌いだった。それでもいざとなったら殺すのに躊躇しちまった」

「殺しても誰も罪と言わないと思うが?」

「相手を『殺そうと思う』のと『殺そうとする』んじゃ越えられない壁があんだよ。結局ゾラの始末は父さんに押し付けちゃったし」

「義父上は気に病まないだろう?」

「それでも父さんの妻だった奴だ、俺よりも関わってきた時間が長い」

 

 はぁ、とリオンが気怠げに息を吐く。

 憎んでる相手でも憎みきれないのがリオンの長所であり、それについて悩み続けるのが短所でもある。

 それについて咎める気は無い、逆にこの優しさを私だけが独占したいとさえ思っている。

 

「今日の作戦はダメな部分ばっかだ。準備はしたけどほとんど即興に近い。とてもじゃないが家族を人質に取られてやるような作戦じゃなかった」

「状況は刻一刻と変化し、不確定要素が幾つもあるのが戦場だといつもお前が言ってる事だ。上首尾に終わるのなら素直に喜べ」

「それだって殿下達がたまたまバルトファルト領(うち)を訪ねて来たからさ。自前の戦力だけじゃどうしようもない戦いだぞ」

 

 その辺りも気に病んでる原因か。

 いや、寧ろ其処がリオンにとっては重要らしい。

 

「ゾラ達がバルトファルト領を直接攻めて来たらどうしようもなかった。うちを強襲しても王国はあいつらを統治者として扱わないさ。賊として討伐すんのは分かりきってる」

「そうだな。辺境とはいえ貴族が治める土地に手を出せば周辺の領主はもちろん国も動き出す筈だ」

「貴族に戻りたいなんて思わず直接攻めればファンオース公国との戦争で軍備が足りてない俺達は負けてたはずだ。他にも逃走に徹するとか、俺のわざとらしい挑発に乗らないとかどこか一つでも注意深く行動してれば事態はもっと悪化してた」

「そうした敵の隙を突くのも立派な戦術だろう?」

「敵がこっちの思った通りに動くような馬鹿だと期待するのは戦術としては下の下だぞ」

 

 確かにゾラ達が当初の計画通り空賊活動に徹していたのなら我々の被害は増えていた筈だ。

 民間の飛行船を襲い被害者が続出したらバルトファルト領の評価は落ち、温泉に求めて訪ねて来る観光客が減り物流が滞る。

 嫌がらせとしてはなかなか有効な手段ではあるだろう。

 尤もバルトファルト領の統治権をリオンから奪えたとして、落ちた評判をゾラ達が元通りに出来るかは甚だ疑問だが。

 

「殿下達が強かったからこっちの損害が少なくて済んだだけだよ。どう足掻いても俺じゃ十倍以上の数の敵を相手に出来ないし。何なのあいつら?単なる個人の力で戦術とか戦略をぶっ壊すんだぞ。やってらんねぇ」

 

 リオンの声が苛立っている。

 どうやら最大の不満点はバルトファルト家が用意した戦力より戦闘に参加した四人の活躍が目覚ましく感じられた部分のようだ。

 まぁ、仕方のない感情ではあるのだろう。

 ユリウス殿下を含めたあの五人は学生時代から突出した才能を有していた。

 同年代の者では比較対象にすらならず、婚約破棄の際に私が用意した決闘代行人も一蹴された物だ。

 その力に似つかわしくない短慮や増長も相応にあったのだが、あれから経験を積み落ち着いた彼らは確かに英雄と讃えられるに相応しい者に成長したらしい。

 幼い頃の彼らを知っている私にとっては『あの悪童共が成長したものだ』と思えるが、その頃を知らないリオンにとっては『ホルファート王国を聖女と共に護った英雄』として映っている。

 

 私はリオンが彼らに並ぶ英雄になって欲しいと願った事は一度として無い。

 バルトファルト領で私と共に領地経営に勤しみながら子を育て共に老いたいと願ってきた。

 リオンとしては今回の事件の発端となったゾラ達の行動が自分の不始末であり、他の者に助力を乞わなければ解決できなかった事に忸怩たる思いなのだろう。

 

「人質にされた私達は助かった、素直に喜べ」

「嫌なもんは嫌だ。惚れた女を救うのに他の男の力を借りるとか情けないじゃん」

「私は気にしないぞ」

「俺は気にすんの、あいつらがカッコよく活躍してる横で厭らしくて地味な戦い方してるとか惨めになる」

 

 思い返すとリオンは私の元婚約者であるユリウス殿下を意識した事もあった。

 自分より優れていると思った男が現れる度に私の心が其方に靡かないか不安になるようだ。

 なんともまぁ、可愛らしくていじましい嫉妬だ。

 つい顔が綻んでしまう、拗ねるように顔を背けるリオンが愛おしい。

 リオンの両手を取り私の頬へ触れさせると火照った頬に少し冷えた手の感触が心地良かった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「そんなに私の前で格好をつけたかったのか?」

「悪いかよ」

「安心しろ、お前は私にとって英雄だ」

「世間じゃ外道騎士とか言われてるんだけど」

「好きに言わせておけ。リオンの良さは私だけが知っていればいい」

「俺のせいでアンジェや子供達が悪く言われるのは嫌だ」

「向上心があるのは良い事だ。だからといって無理をされては逆に困るな」

 

 可愛い、リオンが実に可愛らしい。

 堪らなくなって唇を塞ぐ。

 此処にバルトファルト家の面々や騎士達が同乗していなければ押し倒していたかもしれない。

 いっそ誘ってみるか?

 リオンが求めてくれるのならやぶさかではない。

 

「褒美だ、胸を揉んでいいぞ」

「遠慮しとく」

「なら抱くか?」

「そんな気になれないって」

 

 物憂げなリオンに対し私がはしたない女に思えてきた。

 戦の後だと興奮が冷めやらぬまま性交する者も多いらしいがリオンはその部類ではない。

 仕方ない、ここは妥協して大人しくしておこう。

 体勢を崩しリオンを横たえさせると頭を膝の上に置いてやる。

 頭を優しく撫でていると徐々にリオンの瞼が下りてきた。

 

「ごめんアンジェ、少しだけ寝る」

「構わん、バルトファルト領に到着するまでゆっくり休め」

 

 私の言葉を聞き終える前にリオンの呼吸は規則正しく穏やかな物に変わっていた。

 体を縮めて寝入る姿は人というよりも猫に近い。

 子供達よりも手がかかる英雄様だな。

 だが悪い気はしない、こうまで愛されたら大概の事を許してしまう。

 撫でるのを満喫した後、私にも睡魔が訪れてきたので毛布を被りリオンに抱き着く。

 身を寄せて合って同じベッドで寝る幸せを堪能しながら到着までの数時間を過ごした。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 何事も後始末が一番面倒臭い。

 立場が偉くなるほど余計な気遣いやら暗黙の慣習が増えていく。

 戦場で一兵卒で駆けずり回ってた頃が懐かしい。

 確かに死ぬ可能性は高かったけど、面倒な報告に煩わされる事は殆ど無かった。

 単純に戦闘で勝利する事だけを考えりゃ良いのに、派閥だの戦功だのに拘って余計な手間暇をかけるのは貴族が統率する軍の悪い所だと思う。

 せめて勝った日の夜ぐらい好きにさせて欲しい。

 そんな事を考えながら夜も更けてきた屋敷の廊下を歩く。

 

 今回の件は表面上は単なる空賊退治で終結させると話し合いで決まった。

 王国にとっては討ち漏らした組織の奴らが貴族を襲ったのは王国に対する信用を損ねるし、ゾラ達が首謀者なのはバルトファルト領の印象も悪くなる。

 ユリウス殿下達と協議した結果、『空賊がバルトファルト領に向かう飛行船を襲った』『バルトファルト子爵が家族を救出する為に空賊を討伐した』という筋書きで公表するらしい。

 ゾラ達の行動は闇に葬られ名前が歴史に遺る事さえ無かった。

 後は細かい調整やら報告のやり取りが延々と続く。

 メルセやルトアートを含めた首謀者は事情聴取の後に刑に処され、空賊達は取り調べ後に監獄か強制労働。

 鹵獲した飛行船は王都に持って行く訳にも行かないから王家の調査に必要な物を押収したらバルトファルト家が好きにして良いと言われた。

 殿下達はバルトファルト領に数日滞在して王都に帰還、その対応に俺達は駆り出される。

 

 バルトファルト領に戻ると皆が喜んで出迎えてくれた。

 ローズブレイド伯爵はユリウス殿下が俺達を追って出撃した後に交代でバルトファルト領の防衛を担当してくれた。

 ディアドリーさんが言い包めたのか、ドロテアさんが過剰に報告したのか不明だけど兄さんと結婚させる気満々だ。

 母さんは姉貴やフィンリーの怪我を心配したけど命が無事と分かり安心してくれた。

 俺の子供達は泣きながらアンジェにずっと抱きついて離れない、パパも心配して欲しいんだけど。

 そんなこんなでローズブレイド家の皆様にも借りが出来ていろいろとやらなきゃいけない。

 

 また金が必要になる。

 空賊の飛行船は内部機構が破損して修理するのに金がかかり過ぎる、解体して資材に回した方が良い。

 淑女の森が使ってた飛行船はグレッグとジルクの援護のおかげで損傷が少ない。

 修理に出せばバルトファルト家が所有する飛行船として十分に使える。

 まぁ、その修理費用や飛行船の所有手続きで時間と金を使わなきゃいけないんだけど。

 おまけに殿下達やローズブレイド伯爵の滞在の為に宿やら食事やらの手配も必要だ。

 そっちも金がかかるし疲れるから早く帰って欲しい。

 

 止めよう、面倒臭い考えは気分が沈む。

 今はアンジェ達の無事を素直に喜べば良いんだ。

 ライオネルとアリエルはアンジェから離れようとしなくて、俺が近づいても邪魔だとばかりに除けられる。

 息子と娘が冷たくてパパ悲しい。

 帰ってからアンジェはずっと部屋に籠って休んでる。

 医者の検査を受けさせたけど体に異常は無い、しばらく安静にしていればアンジェもお腹の子供も大丈夫と言われた。

 後は俺が頑張れば良い、領主様はつらいよ。

 

 寝室に戻ると夫婦のベッドにアンジェが横たわっていた。

 子供達はアンジェに寄り添うように寝息を立ててる。

 どこから見ても幸せそうな母子の光景、絵画になってもおかしくないぐらいだ。

 綺麗な元公爵令嬢、その血を継いだ可愛らしい双子。

 この光景に俺が混じるのがひどく不釣り合いに感じる。

 空賊とはいえ人を何人も殺した俺が子供達の傍にいていいのか?

 俺のせいでアンジェ達が苦しむんじゃないか?

 そんな疑問が事件が起きてからずっと頭の中から離れない。

 

「どうした?」

 

 別室で寝ようとしてアンジェに止められた。

 どうやら俺が寝室に来るまで待っていたらしい。

 

「……起こしちゃ悪いと思ってさ。今日は別室で寝ようと思う」

「それは認められないな。遠慮せずにこっちに来い」

「二人共帰って来たアンジェに甘えたいんだ、俺が居たら邪魔だろ」

「リオンは私の隣で寝る義務がある、これは命令だ」

 

 強引な嫁さんだ、俺の意見は却下された。

 夫婦用のベッドでも四人になれば少し狭い、アンジェは妊娠してるからぶつからないように隙間を開ける必要がある。

 双子をそっと引き剥がしてアンジェから引き離す、幸せそうな寝顔が羨ましい。

 子供達とアンジェの間に割り込むように横たわるとアンジェが俺をジッと見つめていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「何を悩んでる?」

「別に」

「夫婦の間に隠し事は無しだ」

「……人を殺した俺が自分の子供を抱いて良いのかと思ってさ」

 

 どんなに英雄と讃えられても人を殺した事に変わりない。

 自衛と言っても相手を殺すのが一番手っ取り早く解決する方法だっただけ。

 いつか子供達が俺に失望するのが怖い、人殺しと罵られるんじゃないかと思うと死にたくなる。

 悪い想像ばかりが思いついて眠れなくなる、恐怖を紛らわせる為にアンジェに頼って失望されるのは嫌だ。

 

「大丈夫だ」

 

 俺の不安を察したのかアンジェが優しく声をかけてくれる。

 

「例え世界がリオンを拒んでも私は最期までお前の隣に居続けると誓う」

「本当?」

「本当だ」

「嘘ついてない?」

「くどいぞ」

 

 聞き分けのない子供に言い聞かせるように叱られた、つくづくダメな旦那だな俺。

 屋敷に戻るまでずっと寝てたのにまた眠くなってきた。

 アンジェの体温と柔らかさが心地良い。

 きっとアンジェにとっちゃ俺と双子に大した差なんてないのかもしれない。

 世話が焼ける相手でいまいち頼りない子供みたいな政略結婚相手。

 俺はこんなにアンジェが好きなのに、この幸せを護るにはあまりに弱い。

 力が欲しい、俺の大事な人を護れる力が。

 そんな事を考えながら眠りに落ちる。

 どこかで俺を呼ぶような声が聞こえたような気がした。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 食堂で強めの酒を数杯飲み干して口元を拭う。

 嫌な事があったら飯を食うか酒を飲むか寝るに限る。

 女は抱かない、娼館で女を抱いた事は何度かあるが流石に一族の領地にあるその手の店に行けばすぐに噂になる。

 酔いが完全に回らないうちに部屋に戻って寝よう、明日も仕事をしなくちゃいけない。

 

 ドロテアさんとの婚約は一旦保留となるだろう。

 そもそも俺がバルトファルト家の兵とローズブレイド家の兵の仲裁を怠ったのが今回の事件の切っ掛けだ。

 伯爵はドロテアさんを救出した俺を実の子のように親しげに接してくれたが、あくまで無事に帰って来たからに過ぎない。

 もしもゾラ達に人質が全員殺されていたらローズブレイド家どころかレッドグレイブ家にまで責任の所在を追及された筈だ。

 そうなったら俺一人の首じゃとても足りない、一家全員が路頭に迷うだろう。

 今回の件できっちり伯爵に頭を下げてドロテアさんとの婚約を解消する。

 それしか道は無い。

 

 思い返せば最悪の形の出会いだった。

 傲慢で、厭味ったらしくて、気が強い典型的なお嬢様。

 学生時代に何度も袖にされた貴族令嬢達の罵声を思い出して腹が立ってつい言い過ぎてしまった。

 見合いの時は打って変わって殊勝な態度をして困惑したけど、性癖があまりに異常だったので引いた。

 性格に問題ありな令嬢を押し付けられたと絶望した。

 俺を騙す為に嘘をついてると思った。

 

 だけど交際してみるとドロテアさんは俺に尽くしてくれた。

 父さんや母さんに俺の昔話や好みを聞き出していろいろと世話を焼いてくれる。

 領地の開発や商売についても詳しく、ローズブレイド家との便宜も図ってくれた。

 男爵家を乗っ取るつもりか、それとも罠かと警戒していたが彼女は純粋に俺を手伝ってくれた。

 知り合って数ヶ月の付き合いだけど彼女が嘘をついてるかどうかぐらいは判別がつく。

 ドロテアさんは本心から俺に尽くしてくれていた。

 

 だからこそ、俺は誠実に対応しなきゃならない。

 今回の件はたまたま人死が出ずに済んだけどそもそも原因はバルトファルト家のいざこざだ。

 家の問題は身内で方を付けるのが貴族の流儀だ、責任を追及されたら誰かが泥を被らなきゃいけない。

 リオンに責任を追及されたら公爵家との関係がマズくなる、父さんはもうすぐ隠居をする予定だ。

 それなら俺が適任だろう、そもそも俺とドロテアさんの交際が発端なんだし。

 

 何杯目になるか分からない酒を飲み込む度にドロテアさんの顔が目に浮かぶ。

 思い返せば俺の人生で女性にモテた経験なんてあったか?

 あんな美人が俺を大好きって言ってくれるなんておかしいだろ。

 そこまで考えてやっと気付いた。

 たぶん俺はドロテアさんに惹かれ始めてる。

 

 だからきちんとケリをつけなきゃいけない。

 ドロテアさんは初恋で判断がおかしくなっただけでもっと良い縁談があるはずなんだ。

 俺と結婚しても苦労をさせるばかりで幸せになる保障は無い。

 立場がある人には相応しい相手が居る、伯爵家のお嬢様に貧乏男爵家の長男は相応しくない。

 甘い夢はこれで終わりだ、そろそろ現実に戻らないと。

 

 いつの間にか酒瓶は空になってた、酔いにふらつきながら何とか自分の部屋に戻る。

 適齢期になった貴族の跡継ぎが一人寝するのは見栄えが悪い。

 こんな時は既婚者のリオンが羨ましい。

 綺麗な嫁さんと可愛い子供達に囲まれて本当に幸せそうだ。

 俺の運命の相手はどこに居るんだろう?

 

 脱いだ上着とズボンを床に放り出してベッドに腰かける。

 明日も仕事だ、通常業務に加えてユリウス殿下御一行や伯爵の相手をしなきゃいけない。

 さっさと寝ようと布団を被る。

 

ムニュ…

 

 ……何か柔らかい感触が足に当たった。

 きっと気のせいだ、酔いで感覚がおかしくなってるな。

 布団の中で思いっきり体を伸ばす。

 

ムニュウ

 

「あんッ…♥」

 

 今度は肘に柔らかい感触が伝わって来た、同時にやたら艶めかしい声も聞こえる。

 どう考えても酔いじゃない、耳と肌に伝わって来る刺激はこれが実在していると警告してきた。

 思いきり布団を引き剥がしてベッドの上に存在する俺以外の何かを確かめる。

 裸、どこから見ても裸の女が俺のベッドに寝転んでいる

 

「――――――――ッ!??!?」

 

 声なき俺の悲鳴が屋敷中に響き渡った。




第四部最終話になります。
内政シーンが多めの今作ですが第四部と第五部は戦闘描写が多めのお話でした。
今作リオンはあくまで物語の主軸に絡まないモブであり、攻略対象の五人に基本スペックでは勝てません。
そうした弱さに向き合った彼がどんな選択をするのかが今後のストーリーでリオン視点の主軸になります。

今章の挿絵はKryto様とたま様に描いていただきました。
Kryto様 https://www.pixiv.net/artworks/115599966
たま様 https://www.pixiv.net/artworks/115425103

幕間として世にも珍しいニックス×ドロテアの成人向け回も同時投稿していますのでよろしければ。
https://syosetu.org/novel/312750/18.html(成人向け注意

ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。