婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第62章 Instructiones

 慰霊碑の前に跪いて黙祷するユリウス殿下の顔はこちらから見えない。

 横に並ぶのも声をかけるのも躊躇われる何かがあった。

 殿下がどれだけの時間そうしてたのかは分からない。

 冬の早朝に身動ぎさえしない殿下の後ろ姿は美しい彫像みたいだ

 そんな姿を見て『この姿を像にしたら客寄せになるかな?』とつい不謹慎な事を考えてしまった。

 

 黙祷が終わったのか殿下が立ち上がって振り返った所で目が合った。

 しまった、気付かれない内に逃げ出すべきだったな。

 見てはいけない物を見たような気まずさが辺りに漂い始める。

 

「来てたのか」

「おはようございます殿下。こんな早朝に何を?」

「此処に慰霊碑があると聞いたからな。散策のついでに立ち寄ってみた」

「殿下に悼んでもらえる彼らは幸せです、ありがとうございました」

 

 歯の浮くような社交辞令だとは分かってる。

 慰霊碑に名を連ねたバルトファルト軍の兵の最期を俺は何人も見届けてきた。

 苦しんで死んだ奴、恨み言を吐きながら死んだ奴、朦朧としたまま眠るように死んだ奴。

 死に際を看取られた奴はまだマシだ。

 戦闘が終わって帰還しなかった奴や所持品は見つかったけど死体が発見できなかった奴もいた。

 ただ全員がホルファート王国の為に戦ってた訳じゃない事を俺は知ってる。

 それを殿下の前で口にしない程度の良識は俺にだってあるからな。

 

「王子がたった独りで歩き回るなんて不用心でしょう」

「いつも傍らに誰かが居る窮屈な生活を想像してみろ、旅先ぐらい放っておいて欲しくなる」

「……用意した宿がお気に召しませんか?」

「そういう訳ではない。元々ジッとしていられない性分なんだ」

 

 やれやれと首を竦める仕草は傍目じゃ俺と同年代の若者に見える。

 もっとも俺は最底辺だけど貴族の家に生まれて十代で子爵にされたし、殿下は生まれた時から王子だ。

 どうにも自分の感覚が世間一般の若い連中とは違ってるのが俺自身にも何となく分かる。

 俺は平民としても貴族としても中途半端な存在だ、平民からは良い家のお坊ちゃん扱いだし貴族からは成り上がり者と思われる。

 同年代の友達なんてほとんどいないし、貴族の集まりは腹の探り合いで気が抜けない。

 中途半端な貴族の俺だってこうなんだから、生まれた時からそんな生活をしてる王子なら旅先で独りになりたくもなるか。

 

「それじゃ、俺はこれで」

「つれないなバルトファルト、少しぐらい付き合え」

 

 出来るなら遠慮したいです殿下、この人は俺に対してやたら馴れ馴れしいから困る。

 仲の良い四人が近くに居るんだからそっちと一緒に遊んでください。

 そもそも今は早朝だから店なんて殆ど開いてない、民間用の空港じゃ労働者向けの屋台はあるけど王族に食わせて揉め事になったら一大事だ。

 

 殿下は慰霊碑から少し離れた丘に向けて歩き出す。

 小高い丘は領民が催しに使えるよう広場として整備されバルトファルト領の町並みを一望できた。

 気ままに歩く殿下の少し後ろを追うように歩き続ける。

 沈黙がやたら重苦しい、そもそも俺が無礼じゃない程度の接待をしろというのが無茶なんだよ。

 こんなド辺境の子爵領に留まらないでさっさと王都へ帰ってください、俺の胃に穴が空きそうです。

 辿り着いた広場に設置してあるベンチへ殿下が腰かける、側で突っ立っていたら隣に座るように視線で促された。

 いや、王子と同じベンチに座りながら会話しろってのが無理だろ。

 仕方なく隣に座る、相変わらず空気は重苦しいままだ。

 

 ちくしょう、こんな事になるんなら大人しく寝室で二度寝すれば良かったなぁ。

 慣れない事はするもんじゃない、この状況どうしたもんか?

 だいたいさぁ、こんな時は偉い人から話を振るのが正しい礼儀作法でしょ。

 俺から小粋で面白い話を始めると期待する方が間違いだよ。

 

「オリヴィアが来たらしいな」

 

ユリウス殿下がやっと話を始めた。

オリヴィア?と戸惑ってようやくそれが聖女様だと気付く。

 

「えぇ、慰霊祭は近隣との合同でしたが沢山の人がうちを訪ねて来ました。おかげで『聖女様が入った温泉』や『聖女様が泊まった宿』って評判で宿の売り上げが上がりました」

「彼女は亡くなった者達を分け隔てなく悼んだだろうな」

「聖女様は心優しい方ですから。遺族は感謝してましたよ」

「バルトファルト領では戦死者がどれだけ出た?」

「うちは死者が十八人、行方不明が六人ですね。他には戦傷で退役したのが五人。バルトファルト領全体の兵のうち二割近くが犠牲になりました」

 

 バルトファルト領兵の総数は二百人弱、人口の一割程度だ。

 ただ死亡した兵は軍全体から見ればニ割弱だけど、ファンオース公国との戦争では俺と兄さんが戦場に赴いて父さんとコリンが領地の守備の為に二つの部隊に分けたのが明暗を分けた。

 バルトファルト軍の死者は俺が指揮する部隊に配属された奴らだ、公国軍にとってうちの領地は重要拠点じゃなかったから被害はほぼ無かった。

 戦場で俺の部隊の三割が死ぬか行方不明か重傷を負ってる。

 他の貴族との共同作戦だったせいでうちの兵に結構な無茶をさせたせいだ。

 バルトファルト家とは関りが薄いとそいつらを見捨てりゃ被害は減ったんだろうけど、立場の弱いうちが他の貴族の恨みを買わないように立ち回るのは不可能だ。

 そんなこんなで犠牲が出ないよう俺が必死に頑張って、貴族との折衷を兄さんに担当してもらったら感謝されて陞爵するんだから皮肉だ。

 

「先日の作戦は見事だったと四人が褒めていたぞ、滅多に他人を褒めないジルクが悔しがっていた」

「たまたまです、相手がよく知ってるゾラ達だから上手くいっただけです。ただの空賊や公国軍が相手だったらあそこまで上手くいきません」

 

 敵が顔見知りで俺をナメてた、ドロテアさんが発信機を持ってた、たまたま殿下達がバルトファルト領を訪ねてた。

 こんなに偶然が重なるなんておかしい、普通なら戦死者が何人出ても不思議じゃないぐらい無理のある作戦だった。

 皆は俺を褒めてるけどあんな杜撰な作戦が認められたら昔の偉大な軍師はキレて当然だぞ。

 殿下達は十倍以上の戦力差を覆せる英雄だから気付かないんだろうな、天才に凡人の悩みは理解できないみたいです。

 

「聞きたいのは兵の連携だな、お前がこの浮島を受領してから何年になる?」

「確か十六の時に子爵位を叙爵されました。それから一年ちょいでアンジェと結婚したから、まぁ四年と少しでしょうか。騎士連中の古参は父に仕えていた奴らですけど」

「それにしては兵の練度が良い。大貴族の常備軍並みの士気の高さだったぞ」

「俺の口先に乗るような単純な奴らばっかなんですよ。あと俺が王国軍の兵士だった経験が大きいですね」

「兵士の経験か」

「はい。冒険者を神聖視する価値観と貴族を優遇する王国の風潮を俺が嫌ってるのがデカいと思います」

「詳しく聞きたいな」

「妃殿下の前で説明した時に殿下も居たじゃないですか。俺は馬鹿で口下手なんで上手く説明する自信が無いんですよ」

「あれだけの演説を兵達の前で行う奴が言っても謙遜としか思われんぞ」

「それに愉快な話じゃありませんので」

「いいから言え、焦らすな」

 

 我儘な王子様だ、どうやら退屈しのぎに俺を使うらしい。

 他の奴らが周りに居ないのが救いだ、俺の話を聞いたら呆れるかキレる可能性が高いし。

 

「……まずうちの軍に入る奴全員が新兵扱いです。貴族も平民も区別なく同じ扱いにします」

「俺が入ってもか?」

「殿下が入ってもです。そもそも実戦経験皆無な貴族のガキが指揮官に据えられたり、貴族の子供だからって苦労無しに騎士にする今の体制がおかしいんです」

 

 王国の貴族は優遇されている。

 いや、身分制度で決まってるから仕方ないんだけどあまりに優遇され過ぎてるのが問題だ。

 

「貴族の家に生まれた男はどんなに馬鹿で弱くても騎士になれるのに平民はどんなに優秀で努力してもほとんど認められない。これじゃあ貴族も平民も腐る一方になります」

「今の王国はとにかく貴族の男が足りてない。戦功を出した者は騎士や爵位を与えているぞ」

「それでも足りません、だから王家は騎士に限って領主に叙任権を委託したけど必要な水準を満たす奴は少ないのが実情です」

 

 前のファンオース公国との戦争が終わってから王国の上層部は軍の編成を見直した。

 何しろ貴族や騎士の内通や裏切りが多発したせいで軍事行動がめちゃくちゃだったからだ。

 危機感を抱いて補充する騎士の選抜を厳しくしたけど、今度は逆に厳し過ぎて騎士に任命される数は逆に減った。

 おまけに戦争で寄家や専属の騎士を失った貴族達は国の認定が無くても自分達の判断で騎士を採り立てられるように掛け合って、上層部も人手不足を理由にしぶしぶ認めるしかなかった。

 平和な時じゃ絶対に認められなかっただろうとアンジェが話してくれた。

 

 貴族が召し抱える騎士の数を増やすのはその家が持つ軍事力の増強と同じだ、そうなれば叛乱が起きる可能性が大きくなる。

 ただでさえ戦争で弱った王国でデカい叛乱が起きたらそれこそ国が亡びてしまう。

 そんな訳で上層部は貴族が持つ騎士の数を制限する代わりに任命権を与えた。

 これで貴族は自分達の判断で騎士を採り立てられるようになった訳だ。

 そうして騎士になった奴も今回の戦争で何割かが死んだけど。

 また人材を見つけて育てるのにどれだけの時間と金が必要になるんだか。

 

「うちは辺境で細々と貴族をやってた家ですけど俺自身はほぼ新興貴族でしたから。人を揃えるのは難しかった代わりに騎士の採用を見直したらすんなりいきました」

「どんな手を使ったんだ?」

「単純に新規に騎士として採用する奴らを試験しただけですよ。筆記と実技と面接で水準を満たせば合格、ただし身分に関係なく受けさせる」

「試験と身分を問わないだけか」

「正直言って上級貴族の子息は役に立ちません。傲慢な割に兵としちゃ使い物にならない奴らが多数です。俺が貴族になった当初は推薦状を持って来た奴を一人一人見てきましたけど、まぁひどいもんでした」

 

 俺が爵位と浮島を受領して開拓と同時に騎士や兵の募集をかけたけど思い出したくないぐらいひどかった。

 明らかに空賊まがいやゴロツキ同然の連中が衣食住を求めて押しかけたし、騎士希望の連中も俺を成り上がり者として見下すような奴らばっかだ。

 同じ頃の見合いに来たのもやたら高慢なお嬢様ばっかで慣れない領主に苦しんでる俺は悪夢に魘されるようになって実務を父さんと兄さんに任せて引き籠るようになった。

 公爵家からアンジェとの縁談が持ち込まれなかったらたぶんそのまま孤独に死んでたと思う。

 アンジェと相談して騎士や兵の採用は公爵家との伝手を使ったり採用試験を受けさせてどうにか収拾がついた。

 

「俺が領主になった頃に訪ねて来た奴らは俺に憧れたか俺をナメてる奴らのどっちかです。憧れた連中の何人かはうちに仕えています。見下した連中はほぼ高位貴族出身で諦めるか辞めるかでした」

「そんな奴らが何故バルトファルト家に仕えようと思ったんだ?」

「まともな家に採用されない連中が若くて経験不足な俺なら上手く懐柔できると思ったんでしょう。野心を隠しきれなくて姉か妹に手を出して家を乗っ取る気満々な奴もいましたから。そんな野郎共は丁重にお帰り願いました」

 

 不採用と分かったら唾を吐いて出て行くような連中だったな。

 ひど過ぎる奴は俺と父さんと兄さんで袋叩きにして追い返したけど。

 そんな奴だから何処にも雇ってもらえないんだよ、雇い主に最低限の礼儀を払う傭兵の方がよっぽど社交辞令を弁えてる。

 あんな連中が多いとホルファート王国の騎士は使い物にならないと他国から思われかねないぞ。

 

「妃殿下にも話しましたが冒険者や戦士に必要な才能と兵士に必要な才能は違います。王国の貴族本人は他の国と比べて精強かもしれませんが、軍全体の練度は大差ないと俺は考えてます」

「辛辣な意見だな、それほど王国兵は頼りないか?」

「貴族と平民の差があり過ぎるのが問題です、これ以上は王政批判になりそうなので口を慎みますけど」

「構わん、言ってみろ」

 

 やだなぁ、この王子様。

 悪気は無いんだろうけどさ、俺に言わせないで欲しい。

 そもそも俺に分かる事なら王都にいる賢い方々はもっと早く気付いてんだろ。

 誰も畏れ多くて指摘しないのか、それとも高位貴族はその程度の事実に気付かないぐらいバカなのか。

 殿下は楽しそうだけど関われば関わるほど王国の争いに巻き込まれてる実感が湧く。

 溜め息を吐いて諦めた、もうどうにでもなれ。

 

「うちに騎士として雇われようとした貴族令息はとにかく先祖の自慢ばっかしてました。自分の先祖がどれだけ偉大か、自分は両親はどんな家の出身か、家庭教師は誰だったか。それで戦争の時は何をしてたか訊ねたら『領地で成り行きを見守ってた』ですよ。話になりませんね」

「……ひどい話だ」

「アンジェと相談してうちの軍に雇われる為の試験や試用期間を作ってみたら平民出身者は半分ぐらい残りましたが貴族は一割以下です。残った奴は俺を慕ってるか実家を頼れない没落貴族や低位貴族出身でした」

「高位貴族は頼りにならないと」

「同僚を見下す、仕事に対し情熱が無い、文句を言う割に能力が高い訳じゃない、いざとなれば実家を頼れる。これなら居ない方がマシです」

「耳が痛いな」

「バルトファルト領はまだ開拓途中なので軍がそれを担う場合も多いです。俺も兵に混じって働きますから手伝わない奴を解雇するにはちょうど良い理由になりますんで」

「待て、領主自ら開拓作業に加わっているのか?」

「時々だけですよ、普段の開拓作業は兄と父に任せてます」

「バルトファルト家は随分と型破りな一族だな」

「もともと領主が自分で農作業や狩りをしなきゃ食っていけない極貧生活だったんで」

 

 殿下の眉間に皺が寄る。

 誇りだけじゃ食っていけなかった貧乏貴族がバルトファルト家だから偽っても仕方ない。

 今も公爵家の支援がなきゃこの生活を維持するなんて無理だ。

 少なくても俺の代じゃ公爵家に金を借りつつ開拓と経営を進めるしかないだろうな。

 せめて隠居までに借金返済の目途がつけばいけど。

 

「月数回の訓練には領主の俺が必ず参加します。領主がいると兵の気が引き締まるし、何より説得力が増すんです」

「説得力?」

「どんなに優秀でも陣幕の中から偉そうに指示して出来なきゃ努力が足りないと文句を言うだけの指揮官に兵は懐きません。俺は兵として軍に入って出世しましたからね。騎士になる為の教育なんて受けてません。自分が泥にまみれて地べたを這いずり回るやり方しか知らないんですよ」

「軍を率いる者のやる事ではないな」

「だからって実戦経験皆無な貴族のガキが親から貰った鎧に乗って『俺が指揮官だ!俺に従え!』と言われて兵が素直に従うと思いますか?」

「…………」

「俺はニ十歳を超えたばかりの若造です。兵を従わせるには体を張るしかありません」

 

 俺には何も無い。

 知識も力も金も美しさも家柄も度胸すら無い。

 凡人が必死に本を読み、情報を集めて、口先で敵と味方を惑わし、反則スレスレのやり方で何とか勝ってるだけでしかない。

 外道騎士なんて称号がそうしなきゃ勝てない俺に相応しい事の証明だろう。

 

「ではバルトファルト卿に訊ねよう、卿の考える兵の育成に必要な課題とは何だ?」

 

 殿下の口調が格式ばった物に変わった。

 これは王族としての質問と思っていいのかな?

 面倒くせぇ、俺の考える育成論なんて若造の戯言だろうが。

 

「まず平等な教育ですかね、そこから始めるしかないと思います」

「平等?」

「えぇ、何度も言ってるように俺はまともな教育を受けていません。父が治めていた領地には学問を学べる場所が無かった。父と兄が俺の教師です。軍に入ってからは任務に必要な知識を得る為に暇さえあれば本を読んで、休みの間は勉強に充てました。領主になった後は経営の本を片っ端から取り寄せて、アンジェと婚約してからはずっと嫁が教師です」

「独学で成り上がった訳ではないと言いたいのか」

「平民同然の俺がここまで出来たんですよ、もっと優秀な奴だって平民にいるはずです。そいつらを見つけて育てれば必ず役に立ってくれます」

 

 王族や貴族にとっちゃ平民なんて虫か雑草程度の存在だろう。

 だけど虫が居なくなったらそれを食う鳥や小動物が飢死する、そうなりゃやがて全部の生き物が飢える事に繋がる。

 草が枯れれば牛や羊は育たない、肉も乳も革も毛も作れなくなって生活が困る。

 貴族は自分が支配してるから平民は生きていけると思ってる奴が多いけど、実際は平民に支えられてる寄生虫が貴族だ。

 別に平民は貴族が居なくなっても困りゃしない、こんな事を考える俺自身が貴族なのが皮肉だけど。

 殿下は腕を組んで唸り始めた、俺の言ってる内容がアレだから仕方ないか。

 

「平民に無駄な知恵を付けさせたくないって貴族も多いのは分かってますよ。そんな事をして貴族や騎士の立場が危なくなるって意見も理解できます」

「実際に会議で同じ事を言えば批判が出るだろうな」

「でも殿下なら既にお分かりになられると思うんですが」

「どうしてだ」

「平民出身のオリヴィア様が聖女になって国を救ったのにどうして貴族は自分達が平民より優秀だと思い込んでるんでしょうね?」

 

 平民のオリヴィア様が居たからこそホルファート王国は二度も救われた。

 お偉い貴族様はその間何をやってた?

 王都で終わりの見えない会議してたか、自分の領地だけを護ってたか、勝てないと分かった途端に寝返ってました。

 いや、真面目に頑張ってた貴族がいたのは俺だって分かってるよ。

 分かった上で血筋と家柄だけで威張りくさってる貴族が多過ぎるって話だ。

 

「兄やオリヴィア様の話だと学園は上級クラスと普通クラスに別れています。クラスを分ける基準は何だったんでしょうか?」

「……実家の爵位と資産だ」

「王国が学園を創立したのは幅広い人材を集め王国の未来を担う若者を育成するのが目的だったと聞いています。で、その王国の未来を担う為に学園に通う貴族の令息や令嬢はどんな奴らだったんですか?」

「…………」

 

 殿下の答えは無かった。

 無理もないか、そもそも学園の生徒だった殿下にこんな事を言うのは筋違いだろうし。

 単にルトアートみたいなクズが跡取りってだけで学園に通えて、俺はどこぞの女に売り払われそうになった憤りを殿下にぶつけただけだ。

 ただ、下位貴族や平民が王国に対する不満は溜まり続けてる。

 オリヴィア様に対する賞賛はその反動だろう。

 それが内乱や戦争に繋がるのだけは領主としても一個人としても避けたい。

 

「例えばうちの領地は亜人や王都を追放された連中を雇い入れてます。もちろん素行に問題がある奴は外しますが、中には優秀な連中も結構混じってるんですよ」

「亜人の雇用は法律で禁止されたはずだぞ」

「あくまで亜人を貴族の専属使用人に雇うのを禁止されただけですよ。正当な評価をされて金払いが良い働き口があればやる気のある奴はきちんと働いてくれるもんです」

 

 少し前まで王国には見た目が良い亜人を使用人として雇う習慣があって、ゾラ達も専属使用人を何人も雇ってそいつらの給金がうちの財政難の一因だった。

 ところがファンオース公国が攻めて来たら貴族達だけじゃなくて専属使用人も裏切り者が続出した。

 公国と戦う気はあったのに専属使用人が裏切り情報を売ったせいで負けた貴族すらいる。

 戦争が終わってから亜人を使用人として雇うのは法律で禁止されて大量の失業者が出る事態になってる。

 同じように個人としては王国を裏切りたくなかったけど主君や寄親の命令に従ったせいで裏切り者扱いになった連中も多い。

 その殆どが王都から追放処分を受けて社会問題になってるし、下手すりゃ空賊になってさらに治安が悪くなる。

 辺境のバルトファルト領は人手が足りないし王国の監視も厳しくない。

 もちろん王都の煌びやかな生活とはかけ離れてるし賃金も安い、だけど働いたらその分の賃金を払うし評価もする。

 バルトファルト領の戸籍帳に記載されてるのは二千人に満たない、けど戸籍を抹消された元貴族やそもそも王国民として扱われていない亜人の労働者と家族を合わせたら五百人ぐらいはいる。

 うちだけでじゃなくて辺境の領主貴族は同じ事をやってるけど。

 

「貴族の中だけで優秀な奴を見つけるより平民から優秀な奴を選んで育てる方が確実だと思います」

「……それはお前の考えか」

「アンジェの考えですよ、俺は書類に目を通して判を押してるだけです」

 

 領地経営に関してはアンジェの主導で俺の意見なんて幾つか採用されてるだけだ。

 とにかく金が無い、人が居ないバルトファルト領をやりくりを必死に考えてある物を有効活用して何とか回し続けてる。

 追い詰められたら見栄とか誇りなんて尻を拭く紙にもなりゃしない。

 

「アンジェリカが変わったのか、それとも昔からそうだったのか俺には判別がつかない」

「うちに来てアンジェもだいぶ変わりましたよ。出会った頃は綺麗だけどおっかないお嬢様だったし」

 

 あの頃のアンジェは鬼気迫って怖いなんてもんじゃない。

 王都の連中を見返す為にバルトファルト領の開拓に必要な事を片っ端から手をつけてたな。

 落ち着いたのは俺と結婚して子供を産んでからだ、可愛いのは出会った頃から変わってないけど。

 

「俺は人を見る目が無い、女の扱いに関してもな。アンジェリカと婚約破棄しなければ国政に尽力してくれただろう」

 

 どう答えたら正解だよコレ?

 今更よりを戻したいとか言われても全力で拒否する。

 アンジェが居ないとバルトファルト領の経営は成り立たないし、何よりアンジェに捨てられたら俺が死ぬ。

 例え王族の命令だとしても離婚する気はありません。

 アンジェは俺の嫁です。

 ユリウス殿下と視線が合った、どことなく楽しそうな目だ。

 

「バルトファルト、宮廷貴族になるつもりはないか?」

「……戯れはお止めください」

 

 何とか返答するのが精一杯だった。

 いきなり何を言うんだよ、この王子。

 どう考えても王家と対立している公爵家の娘婿を引き込もうとするとか火種にしかならないだろ。

 そんな事になったら間違いなく公爵が妨害を始める。

 戦勝パーティーでも公爵が絡んで来たじゃん、勝手に俺の取り合いとか止めてくれ。

 俺が居る所で争うのも困るけど、居ない所で取り合いするのも困ります。

 

「父上と母上はお前を甚く評価している。お前が立身出世を考えるなら必要な椅子を用意するだろうな」

「高く評価されるのはありがたい話ですが性急だと思います」

「今年度の論功行賞でお前が伯爵位になるのはほぼ確定だ。伯爵位なら大臣になる最低条件はあるぞ」

 

 絶対に断る!!

 何でそんな話になるんだよ!?

 陛下と妃殿下も何考えてやがる!!

 ニ十歳を超えたばかりの大臣とかおかしいだろ!!

 俺の反応を見て殿下は楽しそうだ。

 冗談にしちゃ悪質だ、本気になってたらどうするつもりだよ。

 

「許せ、廃嫡同然の馬鹿王子の戯言と聞き流せ」

「分かりました。陛下と妃殿下の御厚意に応えられず申し訳ありません」

「だがお前の意見は有益だ、おかげで楽しい時間を過ごせた」

 

 殿下はベンチから立ち上がると歩き出した。

 太陽の傾きは早朝から朝に変わっている。

 このまま殿下と別れる前に何か伝える事は無いか?

 

「お待ちください殿下」

「どうした?」

 

 思わず立ち上がって殿下を引き留めた、立ち止まった殿下は振り返って俺を見る。

 しまった、つい勢いで止めたけど何を話したら良いか考えてなかった。

 必死に頭を働かせてふと少し前に見た夢の内容を思い出す。

 

「……今回の誘拐事件の裏にはラーシェル神聖王国かヴォルデノワ神聖魔法帝国が絡んでいるかもしれません」

「ほう?」

 

 殿下は興味津々に俺の言葉を聞き入れる。

 

「どうしてそう思う」

「……アンジェを誘拐したゾラがそんな内容の言葉を呟いていました」

 

 もちろん嘘だ、あいつはそんな事を一言も話してない。

 どうやったら上手く報告できるか考えてひねり出した嘘だった。

 死人に口無し、死んで初めてゾラが役に立った。

 

「すいません、何せ記憶が曖昧なもので」

「いや、有益な情報だ。礼を言う」

「ゾラの奴を無傷で捕まえられたら良かったんですけど」

「構わん。逃亡を企てた時点で他国に情報が渡る前に始末できて良かった」

 

 何とか誤魔化せた。

 夢の内容がもし本当に起こるなら待ち受けてるのは神聖王国か帝国との戦争だ。

 俺が止めるのは無理だけど、王子のユリウス殿下なら何か行動を起こせるかもしれない。

 

「そもそも俺達が淑女の森を壊滅させたのはその背後に他国の干渉が見られたからだ。お前の証言はその判断材料になる」

「ご存知だったんですか」

「不確定な情報だがな。これで良い手土産が出来た」

 

 そのままユリウス殿下が宿がある方向へ歩いて行くのを俺は見送るしかなかった。

 ようやく殿下の背中が見えなくなった頃、ゆっくりベンチに座り直して空を見上げる。

 何か出来た訳じゃない、既に殿下が知っている情報を与えただけで状況は何も変わっちゃいない。

 結局の所、俺は国の行く末に何も影響も出せない成り上がり者だ。

 世界は聖女や英雄を中心に回ってる。

 俺は必要な情報を主役に教えるだけの端役(モブ)に過ぎない。

 俺がどんなに足掻こうと世界は何も変わらない。

 そんな無力感に苛まれながらベンチの上で体を伸ばす。

 ここから見える家の煙突から煙がいくつも昇ってる。

 今日もバルトファルト領は相変わらず平和だった。




リオンとユリウスの交流会です。
リオン本人は自分をモブと思っていますが攻略対象達が凄いだけでリオンも十分に尊敬される才能を持ってます。
ある意味で聖女や英雄に一番憧れてるのは今作リオンと言えるでしょう。
次章はギャグ回の予定、バルトファルト兄弟とローズブレイド姉妹が中心です。

追記:依頼主様のご依頼でふぇnao様と阿洛様に挿絵イラスト、鈴原シオン様にアンジェのイラスト描いていただきました。ありがとうございます。

ふぇnao様 https://www.pixiv.net/artworks/116017975
阿洛様 https://www.pixiv.net/artworks/116056216
鈴原シオン様 https://skeb.jp/@shion_suzuhara/works/41

意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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