婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第65章 決闘しましょう 王子様

「決闘しましょう、殿下」

 

 執務室の沈黙に包まれる。

 唯一人を除き言葉の意味を理解できず呆気に取られている。

 

『こいつは何を言ってるんだ?』

 

 湧き上がる感情は憤怒でも憐憫でもなく困惑。

 何故そうなるか分からない、彼の真意が理解できず狂ったのかと不安になる。

 

 彼と知り合ってから四年が経つ。

 彼を愛して夫婦となり子を為した。

 彼が家族や我が子にすら見せない顔を見ている。

 彼の総てを知り尽くしていると自負さえしていた。

 

 なのに彼が、リオンが何を考えているか分からない。

 私達が誘拐された時からずっと不安に苛まれて続けている。

 他国の者に忌み嫌われ、自国の者にすら畏怖される男。

 他者から彼が外道騎士と謗られても気にも留めてもない。

 私はリオンを愛している。

 たとえ世界が敵に回っても私だけは彼の隣に居続けよう。

 落ち込むリオンを慰めながらそう決意した筈なのに。

 彼の真意が分からない。

 

「何のつもりだバルトファルト?」

 

 呆れとも警告とも受け取れる口調でユリウス殿下が問い詰める。

 殿下に他意だろうは無い、純粋にリオンの真意を窺がっているだけだ。

 此処で私達と争っても殿下達には何の益も無い。

 そもそも私の考えた提案は既にミレーヌ様によって極秘に準備が進行している。

 公爵家の寄子でありながら王家と通じてるのは、あくまでその方がバルトファルト領にとって有益だと判断したからに過ぎない。

 極論を言えば王都に於ける国の主導権争いをしたいのなら勝手にして欲しい、バルトファルト領で穏やかに暮らしている私達を巻き込むな。

 国を護り平和を齎せるなら支配者がレッドグレイブ公爵家だろうがホルファート王家だろうが他の貴族でも構わない。

 統治者がホルファート王家の現状がバルトファルト領にとって一番損害が少ないから手を組んだだけだ。

 ユリウス殿下と婚約破棄した時点で私の王国に対する忠誠心や愛想は尽きていた。

 今の私は実家と嫁ぎ先の利益のみを考えて行動してる賢しい小娘に過ぎない。

 

 現状に於いて一番困るのはリオンのように損得を度外視する行動だ。

 私と殿下達の会話は一種の商談であり、どちらが主導権を握って利益配分をどうするかが焦点だ。

 武器は言葉と情報と予測、そうして如何に自分が求める物を引き出せるかが勝利条件。

 そんな話し合いの場で力を武器に交渉を中断されると困る、凄く困ってしまう。

 

「何って、このまま埒が明かない話を続けても意味がありません。なら手っ取り早い解決方法で終わらせるのが一番です」

 

 ユリウス殿下に応じるリオンは皮肉な笑みを浮かべる。

 相手を挑発するような口調で動揺を誘い、軽薄な身振り手振りで挑発し判断力を奪う。

 純朴で家族との穏やかな生活をこよなく愛するリオンとはまるで別人。

 荒れ果てた裏路地で女を騙して売り捌く女衒、常に相手の懐具合を探り金を引き出そうとする詐欺師。

 目の前に居るのはそんな後ろ暗い物を感じさせる狡猾な男だった。

 

「殿下達も王都に戻らなくちゃいけないからずっとここで話し合う時間は無い。かと言ってアンジェの案を鵜吞みにするのは危ないし癪に障る。このまま続けても結論は出ませんよ」

「それが決闘だと?」

「別に王国じゃ珍しくもない方法でしょう。殿下達ならご理解いただけるかと」

 

 だからどうして挑発するような言葉を吐く!?

 私が求めているのは最善の方法であって最短の方法ではない!

 腹の奥から怒りが込み上げてくる。

 どうしてこう、今日のリオンはやたら殿下達に辛辣なのか。

 普段の彼は少なくとも礼儀を弁えている、気に食わない相手に対してもわざわざ喧嘩を売る真似はしない。

 

「……分からないな、そうまでして争う理由が無い」

「妃殿下から書状で大まかな説明を受けています。私達がするべきは話し合いであり功名争いではありませんよ」

「そんなのは俺だって分かってる。俺が言いたいのはこうしてのろのろ話し合いをしてる暇が王家に残っていると思ってんのか?って話だ」

 

 分からない、リオンが何を言いたいのか理解できない。

 国内の情勢は父上や兄上からの定期的な報告書やミレーヌ様からの手紙、王都の新聞に社交界の噂等である程度は把握している。

 普段は私が情報を教えているリオンが私の知らない情報を得ているとは考えにくい。

 今回の事件で殿下達に何かを教えてもらった、或いはあの空賊達から何らかの情報を得たのか?

 

「ゾラ達、いや奴らがいた組織はどっかの国の支援を受けてたみたいだ。ラーシェルか?それともヴォルデノワか?どっちにしても奴らは王国を耽々と狙ってる。国内を安定しないと喰われるのはこっちだぞ」

「それは俺達も掴んでいる、だからこうして動いているんだろうが」

「遅い、遅過ぎて欠伸が出て来る。お前らは良い家のお坊ちゃんで分からないかもしれないけど戦場で一番貴重な物は何だと思う」

「護るべき土地と民に決まっているだろう」

「いや、兵の命だ」

「話にならねえな、答えは時間だ。時間ってのは水や食料や弾薬、いざとなりゃ命が幾つあっても交換不可能で貴重な代物だぞ。どんなに完璧な作戦を考えても先に国が亡びたら全てが無意味だ。立ち止まってる時間なんてありゃしねえ」

 

 リオンの言葉は実感が籠っていた。

 私は戦場を経験していない。

 殿下達も簡単に死んでしまう只の一兵卒で戦場を駆け回った訳ではないし、兵站を考えて数カ月に渡り部隊を指揮した経験は無いだろう。

 この場に於いてリオンは政治に疎い、だが部隊の運営に関しては彼が一家言を持つのは間違いない。

 

「仮に王家と公爵家が仲直りしたとする。そして軍の立て直しに何年かかる?兵士は訓練しなきゃ使い物になんねえし、武器だってどっかから材料を調達して工場を稼働させなきゃ武器が行き渡らないんだぞ。ろくに訓練を受けさせず半端な武器を持たせて国が護れるか?お前らは自分達が強過ぎて嫌々戦ってる兵の気持ちを分かってないし危機感が足りてねえ」

「僕達が平和ボケしていると言いたいのか!?」

「公国との戦争、ありゃほとんど奇跡のまぐれ勝ちだろ。神殿の騎士は聖女様を護る為に半分以上死んでるし、徴兵された奴だって何万と死んでる。その穴を埋めるには何年かかるかって話だ。その間に他の国が王国を襲わない証拠でもあんのかよ」

 

 その言葉に全員が黙る。

 確かにホルファート王国はレパルト連合王国とアルゼル共和国の両国と同盟を結び、ファンオース公国を取り込んだ事で版図を広げた。

 だがそれは王国が国際社会に於いて絶対的な強者となった訳ではない。

 レパルト連合王国はミレーヌ様の故郷ではある、しかしユリウス殿下が王位継承争いから脱落同然の扱いを受けている現状ではホルファート王国に手を貸すだけの理由が足りない。

 アルゼル共和国は聖樹の成長に数十年以上の歳月を要し、内紛から復興にも時間がかかる。

 ファンオース公国に至ってはホルファート王国に対し恨みすら抱いている、もし他国が侵攻して来れば率先して離反するだろう。

 リオンの指摘は正しい、間違いなく正しい。

 

「だから段階を飛ばす為に決闘する訳か」

「どうせ明後日には王都に帰るんでしょ?ならここで結論が出ないまま会議してるよりは遥かにマシです」

「暴論過ぎるぞ」

「それに俺達が勝ったとしても得は無い、お前達もそうだろう」

「……じゃあ勝った報酬を決めときましょう。それなら戦う理由にもなるし」

「君が勝った場合の報酬は?」

「論功行賞でバルトファルト領の恩賞を優先してもらいましょうか」

「結局金かよ」

「金は大事だ、金で苦労してない坊ちゃんは黙ってろ」

「なら我々が勝った場合には何をするつもりだ?」

「ユリウス殿下、朝の話ってまだ有効ですか?」

「……何?」

「俺が負けたら殿下の部下になるってのはどうでしょうか」

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「阿呆か貴様ァ!!?」

 

ボフッ!

 

 寝室に戻るなり思いっきり枕を頭に叩きつけられた。

 敢えて避けない、当たっても痛くないし攻撃を避けたら更にアンジェが不機嫌になる。

 素手で俺をぶん殴らないのはアンジェなりの優しさだ、そう思わなきゃこの攻撃を凌げない。

 疲れて攻撃が中断されるまで文句を言わず無言のまま立ち続けた。

 少しは気が収まったアンジェが椅子に腰かける、育ちが良いと怒ってても一挙手一投足に気品ってが滲み出る。

 

「何故あんな真似をした?」

「どれを指してるか分かんないな」

「決闘云々だ、殿下達を挑発して無理やり話を進める必要が何処にある」

「そうだなぁ。動機はあいつらの態度が気に食わなくてムカついた、かな?」

「まだ殴られ足りないのか貴様」

「いや、真面目に答えてるんだけど」

 

 アンジェが俺を名前で呼んでくれない、『貴様』とか『お前』って俺を呼ぶ時はかなりの怒り具合だ。

 まぁ、やり方としちゃ悪手なのは自覚してるよ。

 常識的に考えたら王子様御一行を挑発して決闘するなんて狂った奴の言動だもん。

 普段の俺だったらそんな野郎が身内に居たらすぐに縁を切るね、間違いない。

だからって引き下がれない理由は俺にもあるんだ。

 

「あのまま話を続けても結論は出なかっただろ。いや、結論は出てるけど条件の摺り合わせが延々と続くだけじゃん」

「話し合って互いの有益性を確認する事が重要なんだ。此方があまりに有利な条件にすれば相手側の不興を買う。気付いていない不備を後から突かれる事が無いように確認し合う意味合いもある」

「重要なのは分かってるよ。でもさ、そんな時間はあるの?」

「…………」

 

 お偉方は一つの物事を決めるのにやたら時間をかける。

 誰が責任者で、誰が実務担当で、いつどこでどんな風にやるかを延々と話し合う。

 もちろん重要な事だってのは俺も理解してる。

 失敗したら誰が責任を取るか、実行する奴の経歴はどんな感じでどの程度の成功率か。

 実行する時に不備が無いように状況を整えてやる必要があるし。

 だけど、それは作戦実行前の段階。

 今は刻一刻と状況が変化している作戦行動中みたいなもんだ。

 主導権争いとか分け前の取り決めをする段階はとっくに過ぎてる。

 机の上で理屈を捏ね回してるより今すぐに行動しなきゃ手遅れになっちまう。

 俺からすりゃ殿下達はもちろんアンジェも呑気過ぎる。

 

「春の頃になったら王都で年度末の論功行賞をやるんだろ?俺は伯爵にさせられるし、他の貴族だって何かしら動きがある。下手したら何も出来ないまま終わっちまうぞ」

「分かっている、そんなのは分かっている」

「ならグダグダ話し合いをやるより、殴り合いで決着した方が早いじゃん」

「そこで決闘という方法が出て来るのが問題だろうが!」

 

 いや、話し合いで平和的に解決するなら俺だってそうしたいよ。

 血気盛んで怖い物知らずな十代のガキじゃいざ知らず、妻子持ちの貴族になったら決闘なんて方法を選ばない。

 決闘して勝敗が決まって爽やかに終わり、なんてありえないってのはこの国の貴族じゃ暗黙の了解だ。

 もし当主が決闘で死んだら後戻りなんて出来ない、禍根は遺り続けて相手の家を滅ぼすまで止まらないなんてよくある話だ。

 それでも引いちゃいけない戦いってのが男にはあるんだよ。

 

「そもそも、どうしてお前が殿下の部下になる?何故そんな話になっているんだ」

「アンジェが眠ってた朝に散歩してたら殿下と偶然会ってさ、いろいろ話をしたんだよ」

「どうしてお前は私の居ぬ間に話を進めるんだ」

「まぁ、ちょっとした世間話だったんだけどさ。王都に来て何かの役職に就かないかって誘われた」

「何故言わない、そんな報告を私は受けていないぞ」

「単なる軽口だと思ったんだよ。ただ陛下や妃殿下はどうも俺にご執心らしい」

「またあの人は……」

 

 アンジェの表情が険しくなる、どうも俺の嫁は妃殿下に対して良い感情を持っていないらしい。

 正直、俺も王妃様が好きになれない。

 俺を田舎者の成り上がり者って本心はナメてる奴も多いけどさ、そういう気配に敏感なんだよね俺。

 見た目は若々しいけど話してると俺を便利な駒として見てるのが薄々と分かる。

 今の王国は人材難だ、有能な男は誰もが欲しがってる。

 だからって金と地位で釣った後に酷使されまくって、使えなくなったら捨てられるのは御免だね。

 悩ましいのはアンジェの実家の公爵家も俺をそんな風に思ってる感じがしてるって事だ。

 王家に付いても公爵に付いてもいいように使われる未来、地獄かよこの国。

 

「王家と親しくなるつもりはないけどさ、裏で繋がってるとバレたら公爵は怒るだろ」

「それはそうだろうな」

「だからいざという時の為に保険は必要だって考えたんだ、公爵は俺を生かしておけなくても自分の血を引いてる孫は大事だろうし」

「父上は其処まで甘くはない、いざとなれば娘の私すら切り捨てる」

「そん時は全部俺がやったって言え、アンジェ達はとにかく生き残る事だけ考えろ」

 

 せっかく拾った命だから死にたくない。

 積極的に死にたくはないけどアンジェと子供達が平和に生きられる代償としてはお釣りがくるぐらいだ。

 いっそ俺の爵位を剥奪して子供に継がせてくれるなら今日にも受け入れるんだけど。

 

「……何を焦っている?」

「別に焦ってないぞ」

「嘘をつけ、お前の妻を何年やっていると思っている。こんな馬鹿げた事を考え無しにお前が仕出かす訳がない。何か理由があるんだろう」

「いや、アンジェの考えた提案に難癖つける殿下達がムカついたからちょっと痛めつけたくなって」

「冗談はいい、本当の事を話せ」

 

 それが一番の理由なんだけどなぁ、信じてもらえませんか。

 アンジェがこの数ヵ月間にバルトファルト領の仕事に加えてこの案を考えるのにどれだけ頑張ったか隣で見てる俺が一番よく知ってる。

 少しでも役に立ちたくていろいろ協力しようとしたけど、下手に関わったらアンジェの仕事を増やしかねなくて自分の仕事に集中するしかなかった。

 なのに兄さんの見合い話とか誘拐事件とか起きて肝心の仕事がどんどんおかしな方向に行って負担ばかり増える。

 そんなアンジェの頑張りを無下にした奴らを一発殴りたくなった。

 あとは諸々の事情だけど、アンジェはそっちの方が納得するんだろうな。

 

「……殿下から聞いたけど淑女の森の裏にはどっかの国が関わってる」

「それが理由か」

「たぶん神聖王国か帝国のどっちかだと思う。ゾラ達がそんな事を言ってたような気がするし」

「しかし殿下達を焚きつけたのはやり過ぎだ」

「ああでも言わなきゃ俺の意見なんてあいつら聞かねえぞ。あとムカついたから何となく煽った」

 

 本当は夢に出て来た玉っころの話が気にかかっただけだ。

 もしも本当にこれから神聖王国や帝国と戦争が起きるのなら公国との戦争以上にキツい状況になる。

 ホルファート王国が滅ぼされない為には急いで王国を纏めなきゃいけない。

 その事を分ってるくせに糞みたいな王座を争ってる王家と公爵家もムカつく。

 戦争でどっか壊れてるのかなぁ俺、夢に出て来た謎の球体の言葉を信じて王子に喧嘩を売るとか正気じゃない。

 ヤバい脳の病気だからさっきの発言を取り消せないかなぁ。

 

「それで、殿下と決闘して勝てる算段があるのか?」

 

 話し合いの末、俺の決闘相手はユリウス殿下に決まった。

 取り引き相手を殺す訳にもいかないから決闘はバルトファルト領の軍事演習の一環として領主の俺と殿下が鎧を使った模擬戦として催される。

 あの救出作戦からうちの連中はあの五人に対して熱狂的な盛り上がりを見せてる。

 公国との戦争で助けられたし、救出作戦で活躍を目の前で見たら興奮するのも仕方ない。

 ちょうどローズブレイド領から伯爵と兵も来ている。

 両家の合同演習に監督官として王都から来た英雄様にご教授いただけるという体裁のまま俺と殿下は闘う。

 

「言っておくが殿下は並みの貴族とは比較にならない。戦争のご活躍も聞いているが、多少の誇張はあれど肉弾戦の強さも鎧の操縦技能も恐ろしい強さだ」

「分かってるって、対策は考えてあるから心配すんなよ。決闘といっても殺し合いじゃないなら勝ち目はあるんだ」

「……今からでも遅くない、こんな馬鹿げた戦いは止めるべきだ」

「それさぁ、アンジェはちっっっとも俺が勝つって思ってないのかよ」

「…………」

 

 沈黙が答えだ。

 殿下達にムカついたとか、アンジェの提案にごねたとか。

 そんなのは動機としちゃ大した事ない。

 誘拐事件で俺は殿下達の手を借りなきゃ皆を無事に助けられなかった。

 俺が弱っちいのは分かってるけど、心底惚れてる嫁に頼りにされないのはつらい。

 せめてアンジェに見直される程度に強さを証明しないと俺が俺を許せなくなる。

 

「私はリオンを信頼している、それでは不服か?」

「それだけじゃ足りない、貴族ってのは家族や領地を護れないなら領主になる資格は無いだろ」

「だから殿下に挑んで強さを証明すると?馬鹿げてる、そんな事に何の意味があるんだ」

「分からないなら大人しく見てろ。俺が頼れる男だと見せつけてやる」

 

 気まずい、アンジェはもう怒ってないけど困ったように俺を見ている。

 惚れた女を悲しませるのは男として最低の行為だ。

 けど譲れない一線が、逃げちゃいけない戦いが、退いちゃいけない争いが男にはあるんだ。

 

「リオンの馬鹿」

「俺は馬鹿だよ、馬鹿だから決闘なんてするんだ」

「もういい、お前の勝手にすればいい。どうなろうと知らん」

 

 アンジェはベッドに腰掛けてふて寝を始める。

 慌てて駆け寄ったら手で払いのけられた、嫁の態度が冷たい。

 

「何のつもりだ」

「いや、寝るなら一緒に寝ようと」

「私は機嫌が悪い、お前と一緒に寝るのはお断りだ」

「……そうですか」

「ライオネルとアリエルを連れて来い。今日は子供達と寝る」

「分かった」

 

 気まずい空気のまま寝室を出る。

 愛しの嫁は完全に不機嫌だ。

 何が正しいかなんて分からない、俺に出来るのは這い蹲って泥臭く戦う事だけだ。

 正直、殿下達が羨ましい。

 血筋が良い家に生まれて、才能に満ち溢れて、最上級の教育を受けて、皆から称賛される。

 俺とは全部が違う、違うからこそ負けたくない。

 正義とか、体面とか、誇りとか、愛とか。

 理由なんてどうでもいい。

 あいつらに劣等感を抱えたまま生きるなんて御免だね。

 闘わないまま負け犬になるのなんて認められない。

 腹の中で眠ってた負の感情が噴き上がる。

 あのカッコいい王子様に勝つ為に、やるべき事は総てやろう。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「殿下は馬鹿なんですか?」

 

 ジルクから辛辣な言葉が投げつけられた。

 バルトファルト子爵夫妻との会談後、無言のまま用意されていた宿に戻った。

 せっかくの温泉も乱れた心を宥めるには足りない。

 皆が持ち寄ったつまみやら酒やらを俺の部屋に持ち込んで反省会という名の愚痴の吐き合いを続けている。

 少し酔ったのか、皆が口さがない言葉を言いたい放題だ、特にジルクが一番愚痴が多い。

 立場を考えれば王族に対する侮辱に相当しそうな言い草だが、あくまで臣下としての諫言ではなく乳兄弟として育った幼馴染に対する罵倒だ。

 実際、俺自身も愚かな真似をしたと今さら後悔している。

 あの時バルトファルトの言葉に乗せられて決闘をつい了承してしまったのは軽率だった。

 だからと言って時計の針は戻せない、俺とバルトファルトの決闘は避けられない。

 

「まんまとバルトファルトに乗せられたな」

「出陣前の演説もそうだったが奴は口が上手い。俺達が同じ事をやってもあれだけ人を惹き付けられるかは分からん」

「単なる口先だけの無能なら王国に腐る程いるけどね。彼はきちんと実績も上げてる。僕らと同じ年齢で子爵にまで取り立てられるのも納得だ」

「褒めている場合ですか、このまま行けばどう転ぼうとバルトファルトの狙い通りになるんですよ」

「さっきからジルクはバルトファルトを随分敵視するな」

「王都で追い詰められたのがムカついたんだろ、俺達が止めなきゃボコボコにされたし」

「そこ、煩い!」

 

 どうにもジルクはバルトファルトと相性が悪い。

 後から聞いた話だが数ヵ月前に秘密裏にバルトファルトを買収を試みたが失敗し、逆に手痛い仕返しをされたらしい。

 前もって知らせなかったのは見栄よりも汚い裏仕事を俺にさせたくなかったようだ。

 俺はとっくに王位を諦めているがジルクは違う、未だ俺を王位に据えたいと思い続けてる。

 実家のマーモリア家は息子のジルクと後援していた俺を見限っているのに今でも諦めていないのは意地というよりも幼馴染に対する友情だろう。

 その気持ちはありがたいが、ありがたいが少し迷惑でもある。

 

「そもそも何ですか?バルトファルトを部下にする話など私達は聞いていません」

「すまん、俺が勝手に進めた話だ。単なる冗談のつもりだったが向こうはそう思わなかったらしい」

「王族に勧誘されたら断れる貴族はいませんよ。今後は軽率な言動は控えてください」

「悪かった。次から出来るだけ考えて行動する」

 

 信用していないとあからさまな視線を投げつけられる。

 今までの行動が行動だから何を言っても弁明にしかならないが。

 

「だけどバルトファルトは使える男なのは間違いない。こちらに引き込んだ方が良いだろ」

「同感だね、彼の視点は僕らには無い物だ。むしろ敵に回る前に味方にした方が得策と思う」

「口が達者な貴族令息は多いが実績がある奴は稀だ。有能な若い連中が今の王国に必要なのは確かだ」

「貴方達まで何を言うんですか!」

 

 形勢としてはグレッグとブラッドとクリスが賛成、ジルクのみ反対。

 バルトファルトを引き入れた方が良いと思っているのは俺だけじゃなかった。

 確かにバルトファルトは貴族としての知識や経験が足りていないのかもしれないがそれを補って余りある才覚を持っているのは間違いないだろう。

 

「敵に回る前に潰した方が良いって考え方は今では通用しない。卑怯で使えない奴は戦争中に逃げ出すか後で家を取り潰された。使えても弱かった者は戦争で死んだ。今の王国に人材を選べるだけの余裕は無い」

 

 母上のご苦労が身に染みて分かる。

 ファンオース公国との戦争が行われる前のホルファート王国は無駄な脂肪が付いた肥満状態、今は贅肉どころか必要な筋肉すら削ぎ落し痩せ細った状態だ。

 最低限の国体は維持していても実情は芳しくない。

 それが表に見えないのは母上が王妃として采配を振るい、オリヴィアが聖女として惜しみなく働いているからだ。

 だが、それも永遠に誤魔化せる物じゃない、無理を重ねた反動はいつか必ず訪れる。

 その時ホルファート王国は、いやホルファート王家は終焉を迎えるだろう。

 結末が王家の移り変わりで済むならマシな方だ、最悪この国は内乱で衰退するか他国からの侵略で滅ぼされかねない。

 

「交渉は二日かけて行う予定だったんですよ。今日の会談で問題点を洗い出し、明日は妥協点を探り合う。その筈はまんまとバルトファルトの口車に乗せられた」

「ありゃ普通の貴族じゃないな。あいつが山師とか扇動家にならなくて本当に良かった」

「その辺は男爵達の教育のお陰だな。バルトファルトが空賊にでもなったら手に負えない」

「実際、淑女の森がバルトファルトを売り払おうと画策せず地位を与えていたら恐ろしい事になってた。彼の才能を見誤ったゾラ達が愚かで助かったよ」

 

 相手の隙を狙う狡猾さ、場を引っ搔き回し己の望む展開に持ち込む扇動力。

 その何れも俺達が持ち合わせていない才能だ。

 だからこそ恐ろしい、だからこそ欲しい。

 

「そうやってあの男を褒めてますがね、そんな男と殿下は決闘しなきゃいけなくなったんですよ!もっと危機感を持ってください!」

「ジルク、お前は俺が負けると思っているのか?」

 

 少し不満げにジルクへ言葉を投げつける。

 確かにバルトファルトは才能豊かな若者なのは紛れもない事実だ。

 だが俺も救国の英雄の一人とまで讃えられている男、負ける気は一切ない。

 

「お前達に聞いておきたい、バルトファルトの実力はどの程度だと感じた?」

「上の下、或いは中の上って所かな」

「たぶん僕達五人と比較した場合、戦闘力は確実に劣ってるね」

「正面から戦ったらまず負けないな」

「貴方達は勘違いしている、バルトファルトの恐ろしさは其処にありません」

 

 三人の評価に対しジルクだけが反論する。

 さっきからこいつはバルトファルトに関して明らかに過剰な対応をしている。

 自分でそこの事に気付いているのか、それとも気付いていないのか判断が難しい。

 

「私は王城の資料編纂室に配属されてから国内の情報や論功行賞の参考資料として様々な戦歴を見ています。その中にはバルトファルトに関する資料もありました」

「その結果はどうなんだ?」

「はっきり言います、彼は凡人です。但し限界まで鍛えた凡人です」

「……それの何処が恐ろしいんだよ?」

「彼より強い貴族令息、彼より優れた装備を持っていた貴族当主や令息は山のように居ました。その大部分が手痛い被害を受け戦場の露と消えました。そんな状況で彼はしぶとく生き残り、時に敵を撃退しているんですよ。才能に乏しい男が必ず生き残り敵を仕留めるその恐ろしさが分かりますか」

「何か裏があるのかい?」

「彼は己の弱さを誰より熟知しています。正面きって戦えば自分が敗北し死ぬ事を理解しているからです。だから己が死なず相手に最も被害を与える方法を見つけ出す。その嗅覚が異常に発達しています」

 

 身震いしたジルクはテーブルに置かれた酒瓶やつまみを除けると部屋の隅に置かれていた遊戯盤を運んできた。

 大小様々な色や形の駒が置かれていくが、遊戯盤の片側は正しい配置なのに片側は強い駒しか置かれていない。

 これでは勝敗は明らかだ、同じ実力の対局なら戦うまでもない。

 

「正々堂々とした勝負ならこちらの勝ちは揺るぎない。ですが戦争や闘争とは必ずしも正々堂々と行われる物ではありません」

「確かにバルトファルトを付け回した時は不意打ちを食らった、手加減されなきゃかなりヤバかった」

「あいつが目を潰す度胸や最初から武器を使っていたら私かグレッグのどちらかが重傷、或いは死んでいたな」

「戦場は駒数や配置が同じではないからね。初期状態が負けていても手段を問わなければ戦況を覆す方法は幾らでもある」

「天候、地形、補給、他部隊との連携の齟齬、戦況の推移。決闘や盤面遊戯には無い不確定要素が戦場には満ち溢れています。バルトファルトはそれを見抜く能力に長けている。戦場で奴を敵に回すのは得策ではありません」

 

 おかしな話だ。

 俺達五人の中で最もバルトファルトを嫌っているジルクが最もバルトファルトを評価している。

 同時に、だからこそ味方に引き入れなければならないという気持ちが湧き上がった。

 

「そもそも此処は奴の本拠地です。どんな罠が仕掛けられるか分かりません」

「バルトファルトは決闘で盤外戦術みたいな姑息な手段を取る男ではないだろう」

「油断は禁物かと。今回の決闘は演習という名目で我々の鎧を使えません。口惜しい、何から何までバルトファルトが仕切って都合の良い状況を作り出してる」

「確かにその辺は恐ろしいな。公平を期すと言いながらバルトファルトに有利な条件に持ち込まれた」

「相手は外道騎士なんですよ、鎧に爆弾を仕掛けるぐらいの事はやりかねない男と捉えるべきなんです」

「それをユリウスにやったら確実に叛逆罪だから。そこまで馬鹿な行動をしたら罪人になるのは彼の方だ」

「せめて対戦相手を変えるべきです。グレッグかクリスなら妨害が起きても対応できます」

 

 過剰なまでにジルクはバルトファルトを恐れている。

 いや、むしろ俺が負ける事態になるのが嫌なのか。

 廃嫡こそされていないが俺が王位を継ぐ可能性はほぼ無い。

 このままいけば旧公国の公女であるヘルトラウダ・セラ・ファンオースを娶り公爵となり臣籍降下するのはほぼ確定だ。

 幼い頃から俺に付き従ってきたジルクにはそれが受け入れがたいのだろう。

 

「ジルク。お前が俺に気を使っているのは感謝するが、これは対等の条件で行われる決闘だ。そうでなくては勝ったとしてもバルトファルトを納得して従う筈もない」

「殿下はホルファート王国の王子なのです。貴方の行動全てに王家の体面が繋がっています」

「今さら体面を気にするほど大層な身分ではない。王座は俺には相応しくない」

「……私は貴方が王になるのを望んでいました。貴方を重んじるならば従うだけではなく諫言するべきだったと後悔しています」

「皮肉だな、かつては王位を継ぐなどあれほど嫌っていたのに、この国を立て直すには王位が必要になるとは」

 

 手から零れ落ちた後に初めて落とした物の価値に気付く。

 かつての自分は恵まれていた。

 暖衣飽食を貪りながら貧困に喘ぐ平民の苦労も分からぬまま自由に憧れるなど烏滸がましいにも程がある。

 妥協ではないが、自分の身の丈にあった場所でこの国の為に出来る事はまだある。

 その為に逃げられない戦いがある、バルトファルトとの闘いもその一つだろう。

 

「元婚約者のアンジェリカに遠慮して手加減などなさいますな」

「そんなつもりはない」

「彼女は既にバルトファルトの妻です。貴方の元婚約者ではありません」

「気が削がれる事を言うなよ」

「これも諫言です、バルトファルトは手加減して勝てるような男ではない」

「分かっている」

 

 またアンジェリカに恨まれそうで憂鬱になる。

 俺はあいつを傷つけてばかりの男だ。

 関わり合いを避けた所で何処かしらでぶつかり合う。

 アンジェリカの怒りを正面から受け止めるのが元婚約者として最低限の務めだ。

 真正面から正々堂々と戦おう。

 そうする以外に償う方法が思いつかなかった。




タイトルは原作のセリフやアニメ3話タイトルのオマージュです。
今作リオンは原作リオンに比べそこまて悪辣じゃないので挑発がマイルド仕様になったます。(ひでぇ
5人のリオンに対する単純な実力評価は原作準拠です。
むしろ聖女オリヴィアの指導と戦闘経験値を積んで差は開いています。
なので反則にならない範囲でチクチク戦う予定となります。
あのせかコミカライズ拝読、サムネのアンジェが怖い。(汗

追記:依頼主様のリクエストでかのすき様にイラストを描いていただきました。
ありがとうございます。

かのすき様 https://www.pixiv.net/artworks/116290787(成人向け注意

意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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