婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです 作:品☆美
怒ってるアンジェを置いて寝室を出てから馬車で軍用空港近くの兵舎に向かった。
急に決まった合同訓練だ、一晩で間に合わせるには人手が足りな過ぎる。
非番の連中に声を掛けたら想像以上に集まって驚いた。
こんな辺境でも聖女様や英雄殿は大人気、この領地を治めてる俺より人気なのが悲しい。
集まったうちの兵達は冬の寒さや夜の闇にもめげず楽しそうに準備を始める。
普段の訓練で俺が顔を出した時と違って憧れの英雄に見てもらえると皆が張りきってた。
そんな兵達を横目に確認と偽って訓練場の隅から隅まで歩いて地形やら障害物を見て回る。
殿下達の部下が偵察に来るかと思ってたけど、そんな奴は一度も見かけなかった。
こんな辺境の常駐軍は顔見知りしか居ないんで、知らない奴が来たら一発で分かる。
偵察するなら人が多い時間帯は避けるだろう。
或いは相手が俺なら偵察も準備も必要無いって思ってるのか、それはそれでムカつくな。
準備を一通り終えた後に兵達を帰し兵舎に戻る、何となく屋敷には帰りづらい。
わかってる、俺が悪いのはわかってるよ。
でもアンジェだけには俺の気持ちを理解して欲しかった。
力が無い、知恵が無い、金が無い、家柄が無い、地位が無い。
無い無い尽くしの俺が地べたを這って泥を啜りやっと生き延びて身の丈に合わない地位を貰った。
これが単に爵位と領地だけなら問題無い。
怪我や病気を理由に隠居して兄さんかコリンに引き継がせれば良いだけだ。
その筈だったのにどんな縁だか分からないけど公爵家のお嬢様が嫁いで来て子供まで生まれた。
俺が妻子を放り出して逃げ出せるほど薄情な人間だったら自由気ままに生きていけたんだろうな。
口では愚痴を呟きながら仕事を熟せる中途半端な俺の生真面目さに自己嫌悪する。
貴族ってのは意地と体面を気にして生きなきゃいけない職業だ。
宝石や衣装で飾り、船やら鎧を掻き集め、資産の多さや領地の広さを自慢し合う。
『凄いんだ』
『自分は凄いんだ』
『だから従え』
『服従しろ』
ずっと他人の目を気にして威嚇を続けなきゃいけない人生とか疲れないのかな?
俺は嫌だね、そんな物はいりません。
そう言って妻子を捨てられる無責任男なら人生は楽だろう。
でも俺は無責任の最低男じゃないんだよ、嫁が大好きだし子供にも愛情を持ってる。
アンジェと子供達は俺が平民になりたいって言うなら賛成してくれるかもしれない。
だからってアンジェが平民として生きるのは不可能だ、どう考えても無理に決まってる。
子供達は幼いからまだ適応できるだろうけど、生まれた時から貴族として育てられたお嬢様は矯正できない。
婚約してた時と比べたらアンジェもバルトファルト領の生活に慣れてきたけど、普段の振る舞いから育ちの良さが滲み出てる。
ある程度の生活水準が無ければあっという間に弱って死ぬのが貴族の女だ。
戦後に家を取り潰されて場末の娼婦になった貴族の妻女は今の王国じゃよくある涙頂戴話か笑い話。
惚れた女をそんな末路に追い込むのは嫌だ。
俺をナメて攻撃を仕掛けてくる奴が今後現れるかもしれないのが一番の問題だ。
ゾラ達はバルトファルト家に個人的な恨みを持っていた、ひどい逆恨みだけど同じような連中が他に居ないとは言い切れない。
あんな頭お花畑で弱っちいゾラ達にさえ子爵の妻子・男爵家の姉妹・伯爵家の姉妹を襲って誘拐が出来た。
それを知って自分達ならもっと上手くやれると企む奴は絶対にいる。
バルトファルト家を狙う奴らに対する抑止力は何か?
手を出したら恐ろしい相手と周りに思わせるのが手っ取り早い。
『こいつに手を出したら殺される』
相手にこう思わせるのが一番平和で血の流れない方法なのは今の王国を見ればよく分かる。
この世界は弱肉強食、喰われない為に強くならなきゃいけない。
気付かない間にあれだけ嫌ってた貴族の仲間入りとは悲しくなる。
平和と愛が俺の行動理念なのに闘争と怨恨がずっと纏わりついてくる。
おまけに必死で護ろうとしてる嫁と喧嘩しちゃったよ。
もううんざりだ、屋敷に帰るのも気まずいし今日は兵舎で寝てやるぞ。
当直の兵が驚いた顔で俺を見てたけど無視したまま仮眠室に向かって布団に包まる。
せめて体調を整えてから決闘に臨みたい。
どこでも眠れるのが優秀な兵隊の特徴だけど、俺は気になる事があるとなかなか眠れない繊細な男なのだ。
好きな料理を食って風呂に入った後に柔らかいアンジェの体を抱きしめたまま寝たい。
何やってんだろうな俺?
家族を大事に思ってるし領地もきちんと管理して子供に引き継がせたい。
そう思っているのに上手くいかなくて、こうやってアンジェの為と言いながらアンジェを困らせている。
空回りだってのは分かってる、だけど引けない一線が俺にもある。
男なら惚れてる女に見栄を張りたいんだよ、ましてや嫁の元婚約者なら猶更だ。
強くてカッコよくて偉い王子様とか女が考える理想の男だろ。
俺と殿下のどっちを選ぶ?って尋ねたら百人中百人が殿下って答える、俺が女でもそう答える。
どうして戦争で生き残ったか分からない。
何で貴族になれたのか気味が悪い、アンジェが結婚してくれたか理解できない。
目に見えない何かに流されてここまで来た。
川に流される葉船みたいなもんだ、いつ沈むかも分からないし何処へ流れつくかも不明。
せめて俺自身の力で掴み取った証明が欲しい、手にした幸せを護りきれるだけの力も必要だ。
そうじゃなきゃ、いったい何の為に生まれて何の為に生きてるかも分からない。
布団の中で体を丸めながら五感を遮断してそのまま眠りに落ちる。
最後まで答えは出なかった。
一夜明けて空は快晴で訓練をするには絶好の天気になった。
あれから屋敷に帰ってない、アンジェとはあれから口を利く機会が無いままだ。
いつもの夫婦喧嘩なら俺が先に折れるんだけど、今回に関しては完全に俺の意地なので謝らない。
早朝から細々と兵舎で合同訓練の準備をしてたら父さんが屋敷から訪ねて来て差し入れをくれた。
アンジェが俺の為に作ってくれた弁当だった。
愛妻弁当は形は整っていたけど俺の苦手な食材ばっか、どうやらアンジェはまだ俺を許してくれないらしい。
腹を満たした後は父さんも加わって仕事を続け、時間までに何とか体裁を整え終えた。
合同訓練の開始時間が近づくと徐々に人が集まり始める。
まずバルトファルト家の連中が最初に到着した。
兄弟姉妹はもちろん母さんまで来たのは少し意外だ、アンジェを除いた女性陣はこの訓練をお祭り騒ぎと思ってんのか?
アンジェと子供達も来たのに露骨に避けられて話しかける機会も無い、パパはとっても悲しいぞ。
次に来たのはローズブレイド家の皆さんだ。
伯爵にドロテアさんにディアドリーさん、そしてローズブレイド家の兵が数十人。
使い込まれていても手入れが行き届いた装備はバルトファルト家とは違う歴史の長さと爵位の高さを感じ取れる。
兄さんが率先して伯爵家の接待をしてたけど、前は兄さんにべったりだったドロテアさんは今じゃ逃げるように伯爵やディアドリーさんの陰に隠れてる。
これ、婚約し続けるの無理じゃね?
婚約解消で賠償金かぁ、またうちの金庫が軽くなる。
最期に来たのはユリウス殿下達五人と護衛の騎士数名。
殿下が乗って来た飛行船にはまだ兵が残ってるけど、今日はバルトファルト家とローズブレイド家の合同訓練という名目なので彼らはお留守番。
人が増えると手続きも増えるから正直助かった。
五人の英雄が訓練所に来るとあちこちから歓声が上がる。
やっぱ強くてイケメンは良いよね、俺なんか一回もキャーキャー言われた事無いよ。
いや、戦争中に俺が来たと分かったらファンオース公国の奴らはキャーキャー悲鳴を出して逃げてたな。
誰からも祝福されない俺の人生、ちょっと泣きたくなるけど慰めてくれる奴はいない。
今日の催しはバルトファルト領を来訪したホルファート王家の視察という表向きの工作だ。
たまたま空賊を退治する為に協力したバルトファルト家とローズブレイド家。
たまたま王国に対して叛逆した非合法組織の摘発をしていた五人の英雄。
アンジェ達の誘拐と淑女の森の討伐は全く別の事件ですよって偽装だ。
ホルファート王国の治安が乱れてると分かれば空賊は増えるし、他の国から見くびられかねない。
新興貴族と名門貴族が王家の前で訓練を披露しお褒めの言葉をいただく。
何の裏事情も無い健全な催しですね、ハイ。
簡単な挨拶が終わって訓練が始まった。
内容は行進、射撃、格闘、補給等々。
バルトファルト家の訓練なんて基本的に他の国からの侵略じゃなくて空賊の討伐を想定した物だ。
大型飛行船による艦隊戦や鎧同士の戦闘を想定してない。
それでもグレッグやクリス辺りは白兵戦の訓練に興味を持ってたし、兄さんが参加した訓練をドロテアさんはずっと見惚れてたからまずまずの成果だろう。
昼食会と休憩の後に鎧による模擬戦という名目で俺と殿下の決闘が開始される。
もちろんバルトファルト家の皆は知らないし、ローズブレイド家の方々やここに居る兵士達は半ば見世物だと思ってる。
兵の中には俺とユリウス殿下の決闘を賭けにしている奴さえいる、ちなみに賭け率はユリウス殿下の圧勝だった。
薄情なうちの兵共め、後でありがたい英雄達のご教授という名目で訓練の質と量を倍にするから覚悟しろ。
不気味なぐらいに全てが順調、怖いぐらいだ。
食後の小休止になって皆が談笑してる間に格納庫へ向かう。
どうにも居心地が悪かった。
「これがバルトファルト領の鎧か」
「量産型ばかりですね」
「元々はレッドグレイブ家からの払い下げ品だよ。この浮島を拝領した時に持って来た鎧は旧式しかなかったからな」
バルトファルト家が所有している鎧は全部で十四機。
前はもうちょっとあったけどファンオース公国との戦争で破壊され、使えそうな部分は替えの部品として保管してる。
払い下げとは言っても今でも王国軍の兵が搭乗している現役の量産機だ、そんな物を娘の持参金扱いでくれるレッドグレイブ家が怖い。
どれも今すぐに操縦可能な状態に整えてある。
それでも殿下のお供達が不正が無いように確認するそうだ。
『お前を信用していないぞ』と態度で言われてるようなもんだけど怒る気になれない。
昼食の毒見もそうだけど偉い人には偉い人なりの苦労がある。
どれも特徴が有るようで無い量産機だから多少の癖以外はほぼ同じだ。
戦場で識別できるように塗装が違うぐらいしか変化が無い。
ふと殿下が何かに興味を持ったのか格納庫の奥に向かう。
「バルトファルト、あれには乗らないのか?」
指差す方向には戦争の後に王家から拝領した最新機の鎧があった。
「乗りませんよ、そもそも今回の決闘は同型の鎧でやるって取り決めでしょうが」
「あれは俺も使ってる最新型だぞ。見栄えも良いし運動性も抜群だ」
「改造前の素体同然です。準備に時間もかかるから無理です」
「なら俺の鎧を調整すれば良いな」
「殿下の鎧は内部機構も改造しているでしょう」
殿下の言い分に呆れたのかジルクが話を遮る。
戦後に拝領した鎧だけど乗ったのは数回だけだ。
父さんや兄さんも試したけど誰一人扱えなかった。
出力・機動力・反応速度、どれをとっても従来の鎧とは一線を画す。
アレを自分用に改造するのは才能があって金を持ってる奴だけだ。
そもそも自分が乗る鎧専用の武器を作るのだって普通の貴族にとっちゃ負担なんですよ。
趣味で鎧に大金をかける貴族もいるが完全に放蕩貴族の道楽だ。
多少の歴史はあっても新興貴族のバルトファルト家にそんな余裕はない。
「お好きな鎧を選んでください、どれも大差ない性能です」
「……それじゃあ、これを使わせてもらおうか」
殿下が選んだのは白く塗装された量産型の鎧だった。
うちが所有してる鎧の中じゃ比較的新しくて汚れも少ないから妥当な判断だろう。
よりにもよって白い鎧ですか、思わず苦笑いが出てきた。
夢の決闘でも殿下は白い鎧を操縦して俺と戦った。
ここまで似通った状況だと運命じみた物を感じるな。
「じゃあ俺はこっちの黒い鎧で」
俺が選んだのは黒い量産型。
うちの鎧は基本的に使い回しが多いけど俺が乗り続けてる黒い鎧。
汚れが所々付いてるし、塗装が剥げてる箇所もあるけど何となく馴染むんで、ついこいつにばっか乗ってしまう。
栄誉ある決闘に使われる君に名前を贈ろう、夢の中の俺が乗ってた鎧と同じ『アロガンツ』だ。
「一応の確認はさせてもらいましょう。王族である殿下が乗るんですから何か仕掛けられてたら大事になりますし」
「ご自由にどうぞ。俺も決闘で盤外戦術やる卑怯者じゃねえからな」
俺の許可を得て殿下達に同行してた連中が鎧を点検し始める。
そういや王族に仕える整備士には騎士の位階が貰えるらしいな、つくづく王族は恵まれてる。
一方で機械油と泥と汗に塗れたうちの整備士はいろいろな物を運んで来た。
「決闘はうちでやってる騎士試験とほぼ同じです。鎧に括りつけた気球を武器のロッドを使って割り合います。頭、胸、両腕、両脚の六ヶ所の気球を制限時間内に規定の数を割れば合格。逆に自分の気球を割られたり時間切れになったら不合格です。今回は時間無制限で先に全ての気球を割った方が勝ちです」
「待て、バルトファルト領は騎士試験でそんな事をしてるのか?」
「公国との戦争後は規定数内なら貴族に直接仕える騎士の叙任権が委譲されましたからね。他の貴族は知りませんけど、うちは筆記と実技と面接に合格したら生まれに関係なく選んでます」
「平民を騎士にしたら問題が起きるだろう」
「むしろ貴族出身は使えません。単に貴族の家に生まれただけで騎士になった役立たずです」
「それほどか」
「騎士志望の貴族令息が文句ばかり言ってるんで俺が訓練に参加しました。領主の俺が訓練を熟してるのに『疲れた』『やる気でない』『こんな飯を食えるか』とか言ってました。即日解雇して実家に叩き返しましたよ」
どんなに幼い頃から教育しても向上心が無い奴は成長しない。
貴族が雇える騎士の数は爵位と領地の大きさで決められてるからバルトファルト家が雇える数はそう多くない。
役立たずを雇う余裕は無いから使える奴を育てるしかない。
一緒に訓練して同じ釜の飯を食えばそれなりに懐いてくれるもんだ。
ろくに友達がいない俺にはそのやり方しか出来なかったんだけどわりと上手くいってる。
「やはりお前は中央で采配を振るった方が良い」
「それをこれから決めるんでしょう」
宮仕えはやる気が起きない。
緑が少ない王都で頭の固いお偉方にへつらって仕事する光景を思い描くだけで胃が痛くなる。
俺みたいな若造を引き入れようと考えるとか王国の人材難は深刻だ。
沈みかけた船からは逃げ出したいけど家族や領民を見捨てられないから頑張るしかない。
俺、もっと褒められても良いよね?
「準備が終わったら慣らし運転をしてくださってかまいません。不慣れな鎧で負けたとか言われても後味が悪いんで」
「言ったなバルトファルト、俺の力を思い知ってもらおうか」
「殿下の方こそ俺に負けた時の言い訳を考えておいた方が良いですよ」
油断はしてませんよ、する余裕なんて無い、凡人が英雄に勝つ為には努力なんて最低条件だ。
何しろ嫁と子供達が見てるんだ、使える手段は全部使って勝たせてもらいます。
点検と準備に取り掛かる整備士達や殿下達から離れて更衣室で搭乗服に着替え始める。
防刃性や耐弾性に優れた戦闘服とは違い、搭乗服は生地が厚くて衝撃を吸収するから着るとかなり熱が籠る。
着替え終わったら柔軟運動を開始、丹念に体の緊張を弛めておく。
鎧での戦闘は突発的な事も起こって体が動かなくなる事も多い、これが意外と侮れない裏技だ。
柔軟運動の後は呼吸を整えて瞼を閉じる。
頭の中を空っぽにしてひたすら体の力を抜いて呼吸を繰り返す。
起きてるのか眠ってるのか分からない意識の隙間に自分を置き続ける。
コンッ コンッ
控室の扉を叩く音が聞こえた。
もう時間らしい、緩めていた首回りや靴紐をしっかり結んで革手袋を嵌める。
準備万端だ、闘志が体に満ちて負ける気がしない。
そんな俺の決意を無視して扉が勢い良く開いて小っちゃな金色の毛玉が俺の足に纏わりついた。
「「ちちうえ~」」
聞き覚えがあり過ぎる声、正体はライオネルとアリエルだった。
昨日の夕方から会ってないせいか二人は必死に俺の足を掴んで離そうとしてくれない。
何でこう、間が悪い事ばっか起きるんだろうな。
決闘の為に精神統一したのに可愛い子供達に甘えられたらせっかくの決心が鈍るじゃん。
扉の外に目を向けるとアンジェがじっとりとした視線で睨んでた。
そんな睨まれるような事したかなぁ?
「よう、どうした?」
「……これから無用の闘いを挑む愚か者の顔を眺めようと思ってな」
「ひっでぇ言い草だな、おい」
革手袋を脱いで子供達の頭や頬を撫でる。
緊張感が薄れて闘志は萎えたけどやる気は出たな。
まぁ、俺の実力なんて大した事ないから誤差の範疇だろう。
「二人がぐずるから仕方なく来ただけだ」
「そっか」
「本気にするな。リオンが心配だからこっそり来たんだ」
「そのわりに露骨に避けてたじゃん、弁当も俺が嫌いな料理ばっかだったし」
「私は許すつもりだった、意地を張るリオンが悪い」
「はいはい、俺が悪うございます。これで満足か?」
「欠片も誠意を感じられんぞ」
「悪いと思ってないからな」
弱い領主ってのは周囲からナメられるし賊からは狙われやすい。
怯えて反撃できない奴はいつまで経っても奪われる側だ。
そんな状況を変えるなら全てを捨てて逃げ出すか、敗北覚悟で立ち向かうしかない。
例え敵わない相手でも何度も立ち向かえば相手の方が疲れて手を出す回数は減っていく。
ここは俺の領地で、領主っての領地で一番偉い王様だ。
もちろん王国の庇護下にあるけど税、兵役、犯罪行為を除けば基本的に領地への干渉を突っぱねる事だって出来る。
弱い王様には誰も従わない、嫁を誘拐されてよそ様に助けられたままじゃ俺は領主失格になっちまう。
「気楽に見てろって。あの綺麗な王子様の横っ面を思いっきり張り倒してやる」
「私はお前が負けるのが怖い」
「まだ言ってるのか、負けても命は獲られないから安心しろ」
殿下が自分の陣営に引き込みたい相手を殺すような馬鹿なら別だけど。
或いは公爵派に回る前に事故に見せかけて潰すとか。
その可能性は低いと思う。
ちょっと馬鹿っぽいけど殿下は悪人ではない。
昨日の朝に慰霊碑の前で会ったのは偶然だ、俺に好印象を抱かせるために何時間も寒空の下で戦没者を悼むフリは無茶過ぎる。
あの人なりに王国を何とかしたいのは本当だろう、その比重が王家の方に偏ってるから問題なんだけど。
「婚約破棄の決闘で雇った代理人達は一人も勝てなかった」
「前に聞いたよ、だから俺も負けるって?」
「私の為にリオンが傷付くのは見たくない、お前が心安らかに暮らしていく為にどれだけ私が心を砕いてると思ってる」
「アンジェが尽くしてくれてるのはちゃんと知ってるよ。知ってる上でこれは俺が選んだ道だ。馬鹿な夫で悪いな」
「もう諦めた、馬鹿な男どもは勝手に戦ってろ」
「俺は負けないよ、アンジェの愛の力があるからな」
アンジェの頬がほんのり紅く染まる。
そういや昨日からアンジェの体に触れてないな。
勝負の前に心残りがあったら集中できないし抱き締めておこうか。
「その手は何だ?」
「おはようのキスとハグを今日はまだしてないじゃん」
「今やるな、子供達が見てる」
「勝利の女神様が冷たい、これじゃ戦えません」
「止めろ、勝負の前に盛るんじゃない」
やんわりと拒否された、わりと本気で悲しい。
まぁ、確かにふざけ過ぎたか。
これから戦うのに集中力が途切れたらマズいからこの辺りで止めておこう。
そう思って立ち上がったらアンジェの方から抱きしめてくれた。
「ハグは禁止じゃなかったの?」
「私を怒らせた罰だ、リオンから抱き締めるのは禁止してる」
「じゃあこれは何?」
「私が抱き締めたくなったからしているだけだ、他意はないぞ」
「そっか」
「そうだ」
これから王子様と決闘する空気じゃないな。
アンジェの体が柔らかくて気持ち良いから黙ってるけど。
「俺はアンジェの為に戦う、アンジェだけの騎士だ」
「我が子や家族は入っていないのか?」
「茶化すなよ。今の俺すっごくカッコいい台詞言ってんだぞ」
「悪い、つい微笑ましくてな」
「ちぇ」
どうにも締まらない、三流の恋愛劇みたいになる。
戦闘中の煽りなら得意なんだけどなぁ、なら言葉じゃなくて態度で示しますか。
「勝てって言ってくれ、それだけで良いからさ」
「言えば無茶をしないか?」
「しなきゃ勝てない」
「では言えないな」
「じゃあキスで我慢する」
「それは勝った後でしてやるから安心しろ」
「なら負けられないな」
よし!やる気が出た!
殿下には悪いけど俺の踏み台になってもらいましょうか!
何度かあいつらに命を救われたけどそれはそれ!これはこれだ!
じゃあ行きますか!
子供達を離して気合を入れる。
今の俺なら何でもやれそうだ、条件が対等なら英雄五人抜きも出来るね
俺じゃなくて殿下に賭けた連中には大損こいてもらいましょう。
戦闘ってのは才能だけで決まるもんじゃないんだよ。
「リオン」
「ん?」
「勝ってくれ」
「任せろ」
カッコいい俺を見せてやる。
惚れ直すの間違い無しだ。
今までの人生で一番の絶好調で格納庫へ向かった。
決闘が行われるのは兵舎からほど近い平地だ。
元々は原生林切り拓いた場所で所々に岩やら木の残骸やらがわざと放置されてる。
戦場には整地された芝生なんて存在しない。
凹凸にばかりの地面で障害物だって至る所にある。
決闘場と戦場は違う、同じように決闘と戦場は全くの別物だ。
俺が貴族として異端なのは戦争で敵軍を退けた功績で成り上がったから。
いや、戦功だけって言うのも違うな。
男爵家の生まれとはいえ、平民同然の兵士として戦って貴族になった異例の存在だからだ。
一応は貴族の端くれなんで軍に入った後に鎧の操縦を教えてもらえたのは幸運だった。
まぁ以前の王国貴族の男は鎧での戦闘なんてせず領民への脅しに使うか。
飛行船の艦橋でふんぞり返ってるような連中ばっかだったんだけど。
兵士として地面を這い蹲った経験、騎士として鎧を操縦した経験。
この二つの経験を持ってる奴は王国じゃ稀だ、少なくても貴族にはほぼ居ない。
世界に飛行船が発明され、魔法で動く鎧が誕生して長い年月が経っている。
それに伴って戦場は地面から空へ、戦闘の主力は兵士から艦船と鎧へと移った。
今じゃ兵士なんて浮敵地の制圧程度に使われる程度、衣食住を求める貧乏人がなるもんだと軽蔑されてる。
だからって兵士の存在が不必要になった訳じゃない。
戦争は極論を言えば陣取り合戦、空に漂う浮島に人が住んでるこの世界じゃ陸地は貴重だ。
どれだけ兵器が強力でも肝心の土地を瓦礫にしたら戦争の意味が無い。
殿下達は敵を討つ攻勢戦が得意だ、というかそればっかだろう。
冒険で功績を上げたりしてるけど軍事作戦の経験はほぼ無い。
俺の方と言えば侵略したファンオース公国軍相手に数ヵ月粘る防衛線やら補給線を狙った奇襲。
軍事行動は日常的にやってたし、相手の裏をかくのは当然の手段ときた。
そこに付け入る隙がある。
俺の知識や経験なんてはっきり言えば時代遅れのかび臭い物ばっか。
生まれた時から裕福で時代の最先端を歩く英雄達には馴染みが無い古ぼけたやり方。
だから上手くいく。
暑さ寒さを知らず飢えと渇きとは無縁なお坊ちゃま達だからこそ通用する。
こんな方法、はっきり言ってただの奇襲でしかない。
才能豊かな天才には二度と同じ手は通用しないだろう。
だからここで勝たなきゃいけない。
俺の勝利方法は『相手が知らない事をする』、それ以外に無いからだ。
点検を終えた整備士が格納庫に待機していた。
殿下が選んだ白い鎧はもう居ない、どうやら先に行ったらしい。
俺が選んだ黒い鎧は屈むように待機してた。
開いてる胸部装甲の隙間から入り、操縦席に座ってベルトで体を固定。
正面にある起動スイッチを押すと胸部装甲が閉じて鎧全体が振動し始める。
起動と同時に鎧へ流し込まれた魔力によって魔法が展開、金属が擦れ合う音が鳴り響いた後にゆっくり鎧が立ち上がる。
同時にセンサーから伝えられる格納庫の視覚情報がモニターに映し出された。
右の操縦桿を軽く倒しつつ操作、鎧の右腕が動き手が開く。
今度は左の操縦桿、こっちも問題無し。
ゆっくりと前進しつつ微調整、誤差は感じない。
操縦席の脇にある目盛りや数値表示を確認、全て規定値だ。
一歩、もう一歩と鎧が進む。
いや、鎧じゃないか。
今だけこいつの名前はアロガンツだ。
ここから決闘が行われる平地まで飛行すれば数十秒で到着するけど、ここは慣らしも兼ねてアロガンツを歩かせる。
ズン ズンッ ズゥン
変わりなく歩いてるように見えて力加減や歩幅を調節しアロガンツの癖を俺の体に馴染ませる。
脚だけじゃなくて腕もゆっくり動かして魔力の巡りや関節部の動きを確認。
これなら何とかいけそうだ。
アロガンツの脚が大地を踏みしめる度に目的地に近づく。
決闘の場所へ近づくほどまるで鼓動が速まるのを必死に抑えようと深呼吸を繰り返す。
不思議だな、ユリウス殿下と戦うのが怖くて仕方ないのに頬が引き攣って笑いたくなる。
嫌がらせと思われるぐらいにゆっくりとした歩き方で到着した。
ユリウス殿下が搭乗している鎧は既に定位置で佇んでる。
その反対側の定位置へ回り込むようにゆっくりと歩く。
歩いている最中も地面の状態、障害物の位置、観戦席までの距離を確認する。
『遅いぞバルトファルト』
「すいません、いろいろと立て込んでまして」
『お前から仕掛けた決闘だろう、時刻に遅れるな』
「殿下の方は操縦に慣れましたか?」
『問題ない。この程度の鎧は子供の頃に操縦してる』
ユリウス殿下の通信音声が操縦席に響き渡る。
聞いた感じ少し焦れてはいるけど操縦に支障は出そうにないな。
どうやら焦らし作戦は失敗したみたいだ、こんな戦法に引っかかるぐらい馬鹿とは思ってないけど。
定位置に到着したら観客席に向き直って鎧の姿勢を前に倒す、ちょうど人間がお辞儀をするみたいになる。
殿下も同じように観客席に一礼した。
観客席から歓声が上がる、この決闘は表向きは俺と殿下の親善試合だ。
裏で面倒臭い取引があると知ってるのは俺と殿下以外は御付きの四人とアンジェだけ。
その五人は観客席から少しズレた貴賓席にいるのが見えた。
『これよりユリウス・ラファ・ホルファート第一王子とリオン・フォウ・バルトファルト子爵の親善試合を開始します!!』
拡声器でデカくなった声が付近一帯に響いた、司会進行はコリンみたいだ。
俺のアロガンツと殿下の鎧が緩やかに構えを取る。
殿下の鎧は左腕と左脚を前に出し右半身を後ろにする、左側で防御して右側で攻撃を行う正統派の構えだ。
一方の俺は極端に姿勢を前に倒す、自重で倒れる寸前までゆっくりと鎧を動かし続ける。
観客席からは殿下の鎧にアロガンツが平伏してるように見えるだろう。
まぁ、見てくれなんてどうでもいい。
見栄を張って負けるより情けなくても勝つ方が百倍カッコいいと俺は思うね。
殿下や観客の油断を誘ってる間に下準備に入る。
つまみを捻って姿勢制御魔法に回ってる魔力の数値を下げる。
出力調整魔法の数値も一緒だ。
感知器各種は停止、動かすのは視覚装置と収音装置だけで良い、通信機能は繋いだまま。
下げたり止めた機能の代わりに操縦桿の感度を調整っと、これで微妙な操縦が伝わる筈だ。
装置の設定を変更しアロガンツが構え終わると付近は静寂に包まれる。
一秒が十秒に、十秒が百秒に引き延ばされた感覚。
これだ、ある一線を越えると恐怖を超えて何もかもが遠のいていく。
俺の中に俺がいるような、高揚感と冷静さが同居してるみたいな感覚が俺を満たす。
『はじめッ!!!』
コリンが開始を告げた瞬間、思いっきり操縦桿を前に倒す。
アロガンツの着地音と殿下の鎧の左脚に付いていた気球の破裂音が同時に響き渡った。
決闘開始の今章。
乙女ゲーや原作でユリウスがマリエやオリヴィアへの愛で決闘したのは正反対に今作ではリオンがアンジェに対する愛で闘います。
リオンやユリウスが操縦してる鎧はコミカライズやアニメの量産型の鎧をイメージしてください。
リオンがいろいろやってる事は次章に持ち越し。
人型兵器や空中国家の戦術学は私なりの独自解釈です、ガバ設定なのはご容赦を。(汗
本日はマリエルートこと『あの乙女ゲーは俺たちに厳しい世界です』の三巻発売日。
後でしっかり読む予定です。
追記:依頼主様のリクエストで松田おるた様と兔耳浓汤様にアンジェのウェディングドレス姿のイラストを描いていただきました。
ありがとうございます。
現在これらのイラストを基に成人向け回の企画進行中。
投稿はモブせか小説最終巻発売の3月29日予定です。
松田おるた様 https://skeb.jp/@matudayazo/works/40
兔耳浓汤様 https://www.pixiv.net/artworks/116382957
意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。