婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第68章 研鑽

 こっちのロッドで相手のロッドを逸らし、そのまま腕に沿って滑らせる。

 互いの攻撃が交錯した後、勢いを落とさず距離を取る。

 構えを取りつつ白い鎧の観察、気球は残り三個。

 右腕に付いていた気球はそのまま残っている。

 

「チッ」

 

 思わず舌打ちが漏れる。

 気球に付着した汚れからロッドが触れたのは確かだ。

 原因は分かりきってる、臆病な俺の性根だ。

 ユリウス殿下の攻撃をこれ以上無いぐらい綺麗に受け流したはずだった。

 だけど最後の踏み込みが一歩、いや半歩足りなかった。

 殿下の反撃に備えて距離を取り過ぎたな。

 確実に潰せた絶好の機会をしくじったのが痛すぎる。

 

 

 この闘いに俺が勝つには殿下の攻撃を数手先まで読み切らないと無理だ。

 殿下が俺の気球を全部潰すより先に俺が潰す。

 そんな当たり前の事が銃弾が飛び交う戦場を走り抜けるぐらい難しい。

 力押しは見切られた、勝つにはわずかに多い俺の経験値と培った技だけが命綱。

 それを活かすに為に一歩、あと一歩深く踏み込まなきゃいけない。

 震える手足を必死に抑えて操縦桿を握り締める。

 ああもう、度胸が無い自分に腹が立つ。

 

 少しずつ、ゆっくりと俺と殿下が操縦する鎧が動き出す。

 白い鎧がゆっくり距離を詰めながら、俺の隙を狙うように回り込む。

 アロガンツも同じように別方向に歩いて方向を変える。

 奇妙なダンスにも似てる息が合った動き。

 あと半歩、その半歩を踏み込んだ瞬間に互いが相手の間合いに入る。

 

 殿下の鎧の脚が上がった刹那、一気に距離を詰める。

 まずは相手の脚の着地場所をアロガンツの脚で塞ぐ。

 そのせいで白い鎧の動きに少しだけズレが生まれる。

 胸部の気球を狙った突きが腕を狙ったなぎ払いに変化した。

 そのなぎ払い動作の起点になる肘の関節部をアロガンツの手で抑える。

 途中で攻撃を抑えられ膠着した隙を狙い頭部へ突きを放った。

 後ろに倒れ込むみたいに白い鎧が仰け反り後退る。

 

「逃がすか」

 

 距離を取られないようにアロガンツを前進させる。

 それを読んでいたのか突きが放たれた。

 敢えて躱さずにこちらもロッドで受ける。

 そのまま勢いを殺さず更に前進。

 密着に近い鍔迫り合い、モニターが白い鎧で埋め尽くされた。

 離れようと白い腕と脚が迫って来る。

 それを躱し、或いは受け止め、時には反撃。

 

 観客席の連中には黒い鎧が細かくステップを踏んでるみたいに見えるだろう。

 実際には殿下の攻撃を俺が必死に捌いてるんだけどな。

 殿下の攻撃は的確に俺の気球を狙って来る。

 一回の攻撃に対し二回の防御か受けをして耐え忍ぶ。

 そして次の動きを予測して動きを封じる。

 反則にならない程度の攻撃もさり気なく組み込んでおく。

 

 こうして隙を無理やり捻り出す以外に俺の勝機は存在しない。

 勝つ為にあらゆる手段を選ばない、卑怯者と罵られても最後まで立ち続ける。

 それこそ外道騎士と呼ばれた俺の本領。

 これは我慢比べだ。

 先に俺の体力が尽きて全部の気球を割られるか、それともユリウス殿下の集中力が切れて音を上げるか。

 知ってますかユリウス殿下?

 喧嘩ってのは戦争と違って明確な敗北条件が無いんですよ。

 そして俺は意外と負けず嫌いだ。

 意識を失う瞬間まで喰らい付いていくから覚悟してもらいましょうか。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 その場に居た全員が信じられない物を見た。

 リオン・フォウ・バルトファルト。

 外道騎士と内外に畏怖されるその男の実力は広く知れ渡っている。

 一般兵より優れているが膂力も技量も常識の範疇な強さ。

 並みの騎士よりは上だが天賦の才を持つ者には及ばない操縦技術。

 舌禍にて相手を罠に嵌め破滅させる生粋の凶徒、卑劣姑息を形にしたような悪漢。

 そう敵味方に揶揄された男が救国の英雄である王子と互角に渡り合っている。

 いや、むしろ優勢とさえ言って良い程だ。

 派手な一撃は確かに無い。

 だが相手の攻めを的確に捌き、時には受けとめ、守りながらも動きを制す様は見事という一言に尽きる。

 傍目では優美さなど欠片も無い泥臭い戦法、しかし一度でも鎧を操縦した経験がある者は目の前で黒い鎧が成し遂げている離れ業に驚嘆するしかない。

 

 バルトファルト領の兵は主君の技量に驚嘆する。

 ローズブレイド家の騎士は礼儀を弁えぬ成り上がり者という侮りを捨てた。

 ホルファート王家の直属兵は王子との戦いに引く事なく抗い続ける若者に崇敬の念さえ抱く。

 この闘いを見る全ての者がリオン・フォウ・バルトファルトに対する認識を改めた。

 

「反則ではありませんか?」

 

 ジルクが口にした言葉にグレッグ、クリス、ブラッドが眉を顰めた。

 確かに素人の目には黒い鎧が白い鎧にへばり付きながら無様にジタバタと手足を動かし攻撃を避けてるようにも見える。

 それを未だに仕留めきれないユリウスの技量が不安視されるのを恐れているのだろう。

 臣下としては正しい判断かもしれない。

 だが、それは決闘に赴いた二人に対する侮辱に他ならない。

 

「あのように密着した体勢で殿下が搭乗している鎧を殴る蹴る等の卑劣な戦法。決闘の取り決めを逸脱しているのでは」

「攻撃の取り決めは気球(・・)ロッド(・・・)で割るだけだ。確かにバルトファルトの鎧はユリウスの鎧に触れてはいる。だがロッド以外で気球を割ろうとしてる訳じゃない」

「明らかに足を引っ掛けたり手で抑えつけてるでしょうが」

「それを言ったらユリウスの方だって腕で攻撃を払い除けてる。バルトファルトだけを反則に問うのは厳しいぞ」

 

 ジルクの疑問に対しグレッグは肯定的だった。

 相手の攻撃を腕で払い除け始めたのはユリウスが先だ。

 反則を問うならユリウスが先に行った時点で注意されなければおかしい。

 

「剣術にだって鍔迫り合いや武器を落とした際に徒手空拳の技が用いられる。それを卑怯と言うのならそんな事態を想定していない方の認識が甘い」

「これは親善試合という名目ですよ、本気の潰し合いをされては双方の名に傷がつきかねません」

「バルトファルトの構えは王国軍で教えてる軍式格闘術を模した物だ。それを用いる事が不名誉と言うなら王国軍全体の品位を問わなくてはならない」

「それは極論かと」

「何よりバルトファルトの動きは素晴らしいの一言に尽きる。人間の体術を鎧であれだけ再現できる男を私は知らない」

 

 鎧は人体を模してはいるが細かい差異は数知れない。

 さらに動かす為に操縦桿やスイッチを用いる。

 粗こそ在れど並大抵の修練ではあれ程の動きを再現するのは不可能だ。

 バルトファルトに才能があるのは事実だが、気が遠くなるほどの反復練習を繰り返してあの境地に至ったのは間違いない。

 

「ブラッド、貴方からも何か言ってください。華麗とは言い難い泥臭い戦いぶりではありませんか」

「確かにこの闘いに優雅さは無いかもしれないね。でも問題あるかい?」

「王族が辺境の成り上がり者に苦戦したとあっては王家の格が疑われます」

「君の方こそ素直に認めたらどうだ?バルトファルトは間違いなく素晴らしい男だよ」

 

 ブラッドの言葉は熱を帯びている、この闘いに魅了された者の口振りだった。

 誰もが競い合う白と黒の鎧に夢中だ。

 あらゆる虚飾が取り払われ剥き出しの姿が露わになる。

 追い詰められた時にその者の本性が見える。

 どれだけ己の素晴らしさを説こうとも逆境で逃げ出す者に人は靡かない。

 最後の瞬間まで抗おうとする意志を持つ者にこそ貴き者の称号は相応しいのだ。

 

「才能で劣り、力で負け、それで尚も知恵を搾って策を弄す。戦いに対して真摯で勝ちに貪欲な事の証明さ。それが見苦しいと思う奴の方が冷笑主義の負け犬だ」

「バルトファルトは戦争で一度も逃げなかった。戦局を見極めて後退しても戦いを放棄した事が一度も無いのはよく知ってるだろう」

「使うかも分からない技を愚直に鍛錬し続けた男が英雄に肩を並べる。僕だけじゃなくて皆そういう話が大好きだ」

 

 この場に黒い鎧を駆る男を醜い田舎の成り上がり者と謗る者は一人として存在しない。

 先程まで否定的な言葉を述べていた者でさえそうだった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 前々から不思議に思ってた事がある。

 鎧という兵器についてだ。

 この人間そっくりな形をした兵器に乗る奴らが自慢するのはいつだって最新型で性能が凄いとか、装備している武器がどこの工房で作られたとかそんな事ばっかだ。

 由緒正しい名剣を持ってる、高性能な銃を装備してる。

 それって武器が凄いだけで自分が強いって証明じゃないだろ?

 俺が生まれたのは辺境の貧乏な男爵家だ。

 最新型の鎧を買える金なんて無いし、工房に特注の武器を依頼する伝手も無い。

 無い無い尽くしの俺に出来る鎧の強化は自分自身の操縦技能を上げる事だけだった。

 鎧に乗れるのは貴族か、貴族出身の騎士ばかりで平民から騎士になった奴はほぼ居ない。

 妙な事にそういう生まれついての貴族や騎士に限って努力を軽んじる。

 権力と財力をどれだけ自慢してもそれは自分の強さの証明にならないって思わないのか?

 俺が強くなる方法なんて人より訓練を熟して体を鍛え技を磨いて知識を蓄えるしかなかった。

 

 王国軍の講義で鎧の成り立ちを軽く教えられた。

 元々は飛行船同士の戦いが主だった昔に相手の飛行船に乗り移る為の手段が考えられた。

 空中で狙い撃ちされたら死ぬから鎧を着込む。

 鎧を着たまま飛行する為に推進器を付けた。

 飛行船に落とす為に大型の武器を持つようになった。

 搭載する武器の火力を上げたせいで人間に扱える大きさじゃなくなった。

 だから大型の武器を扱える専用の兵器が必要になった。

 この兵器が『鎧』と呼ばれて人型になったのはそんな時代の名残だ。

 

 それっておかしくないか?

 大型の飛行船を墜とせるのは同じぐらいデカい飛行船だけ。

 それじゃ小回りが利かないから小さな兵器が必要、それは分かる。

 だからって人型にして大剣や銃火器を持たせる意味は無いだろ。

 単純に小型の飛行船に衝角や大砲を付ければ良いだけの話になる。

 人型である事を最も活かす方法は何だろう?

 人の動きを模倣する事だと俺は考えた。

 

 アンジェと結婚した後にレッドグレイブ家から量産型の鎧を安く払い下げしてもらった。

 王国軍の下級騎士用に配備されたかび臭い旧式より動きが滑らかで力もある。

 これを使って練習を重ねる。

 まだまだ未開拓地の多いバルトファルト領では鎧が重機代わりになる事も多い。

 開拓を利用して鎧の動きを体に染み込ませる。

 歩く、走る、跳ぶ、荷物の上げ下げ、樹木や岩石を打撃で破壊。

 そうして馴染ませた動きを今度は騎士叙任試験の鎧操縦検定で俺が試験官を務めて実践してみる。

 間合いの詰め方、攻撃の逸らし方、歩法などなど。

 ある程度の成果が出始めた頃、ファンオース公国の再侵攻が起きた。

 積み重ねた経験を実戦で試してみる。

 確かに鎧の操縦技能の上達は感じられた、だけどそれだけだ。

 体の鍛錬や技の取得が無い一般人が素手で相手を殺すのが難しいように、過剰なぐらいの火力が無きゃ鎧を撃墜するのは難しい。

 どれだけ動きが良くなってもそれだけじゃ敵の鎧を倒すには力不足だ。

 少し感じていた達成感が大して通用しなかった徒労感が凄い。

 鍛錬のお陰で生き残った部分もあったけど、どれだけ操縦が上手くてもそれを活かせる戦いは無い。

 精々が鎧の操縦も覚束ない素人に効率良く動かし方を教えられる程度だ。

 どれだけ鍛えても結局は非効率的な鍛錬と気付いて乾いた笑いがこみ上げた。

 

 

 そんな徒労が報われる時が来るとか人生ってのは奇妙なもんだな。

 武器制限、飛行無し、同じ鎧で非殺傷の戦いなんて起きると思わなかった。

 相手の攻撃を防御か回避、隙を見て反撃、ヤバくなったら懐に入って、鍔迫り合いになったら計器を弄って跳ね返す。

 観客席の連中からは黒と白の鎧がいろんな技を繰り出してるように見えるだろうけど、実際にはさっきからその繰り返しが続いている。

 

『もらった!!』

「甘いですよ」

 

 殿下の鎧とアロガンツが攻撃同時に攻撃を繰り出す。

 金属の右腕が絡み合いながらぶつかり合う。

 

パァバァァン!!!

 

 モニター越しに破裂音が操縦席に響く。

 殿下の鎧が放った攻撃は俺の右腕の気球を割った。

 同時にアロガンツの一撃も白い鎧の右腕を直撃。

 これで残りの気球は俺が三個で殿下がニ個。

 数の上では俺の優勢、なのに勝ってる気にはなれない。

 今の攻撃は同時に放たれたはず、なのに先に当たったのは殿下の攻撃だ。

 時間が経てば経つほどユリウス殿下の鎧の動きが良くなっていく。

 

 最初の攻撃は驚いて当たる。

 二回目の攻撃はギリギリで避ける。

 三回目の攻撃になるときちんと対処される。

 ついには俺の動きを真似した挙句に俺より上手く攻撃を当てられた。

 殿下がどんどん状況に適応していくのに比べて俺の方は追い詰められる。

 真似される前に勝負を決めたいのに相手の成長速度が桁違いだ。

 このままじゃ逆転される。

 

 おまけに何度も計器を弄って無理やり力を出す反動が大きい。

 関節の連動が数ヵ所ぎこちなくなっている。

 もう何度も馬鹿力は使えそうにない。

 だからって技で勝負すれば真似される可能性が高い。

 こちらから攻めなきゃ勝機は無いのに攻めが上手いのは殿下の方だ。

 相手の残数は残り二個、その二個が途轍もなく遠い。

 

 死角に回り込むように左右へ素早く動いてかく乱、運動量が増えるのと同時に俺の体とアロガンツの消耗も増えるけど無理して攻めなきゃ勝ち目は無い。

 右に四回動いて、次は左へ二回動く。

 今度は右に二回、左へ一回。

 さり気なく動きの癖を印象付けながら回数を減らす。

 勘が良い奴ほど相手の動きを無意識に予想する、その予想が当たる事に喜びを感じる。

 その隙を狙って一撃を加えるしかない。

 

 まず右へ大きく迂回、すると殿下の鎧も右に向き直る。

 もう一回だけ右へ動く、やっぱりさっきと同じように向きを変えた。

 ここで小さく屈んでさり気なく体勢を左に傾ける。

 殿下なら俺が左に動くと予想するはずだ。

 さらに屈んで力を溜めた次の瞬間、思いっきり操縦桿を傾ける。

 予想外の動きに白い鎧の反応が遅れた。

 その隙を逃さず横から方向からロッドで突く、狙いは動きの少ない胴体の気球だ。

 白い鎧が向き直る、けど遅い。

 回避には間に合わない、このまま一気に突っ込む。

 

 だけど白い鎧は回避を選ばなかった。

 握っていたロッドをアロガンツのロッドに合わせる。

 不完全な態勢の受けだ、速度と体重が乗ったこっちの突きを受け止めきれない。

 そう思った瞬間、背中に悪寒が走った。

 

 こっちの攻撃が受け流されている?

 突きの勢いはそのまま、なのに突きがあらぬ方向へ逸らされてた。

 これはさっき俺がやった事と同じだ。

 相手の突きに横方向から力を加えて勢いを逸らす。

 もちろん俺の技よりも精度は低い、だけどその瞬間に最良の技で攻撃を潰された。

 マズい、渾身の力を込めた攻撃を避けられたら今度は俺の方が隙だらけだ。

 崩された体勢を慌てて立て直そうとした瞬間、

 

バァギィッッ!

 

 何かが折れるような不快な音、操縦桿を動かす度に片側の動作が遅れる。

 異常を知らせる小さな表示灯が明滅してる。

 脚だ、しかも気球が付いてる左脚。

 慌てて機器を弄るがすぐに直るもんじゃない。

 そして殿下も俺の隙を見逃すほど甘くない。

 

バァァンッ!

 

 破裂音が聞こえてモニターを見ると左脚の気球が割れていた。

 この絶好の機会を逃がすまいと白い鎧が追撃を開始する。

 残りの気球はこっちが頭と胴、殿下も同じ。

 数は同じだけど状況は圧倒的に俺が不利ときた。

 頭部を狙うロッドの一撃を受ける、その瞬間こちらの体勢が崩れる。

 なりふり構わず腕で相手を突き放すけど踏み込みが不十分で大して力が入ってない。

 白い鎧を数歩よろめかせたがすぐに立て直されて次の攻撃が襲って来る。

 胴、頭、胴、頭、頭、頭、胴。

 必死に攻撃を防ぐがあっという間に追い詰められる。

 

ギギッ……

 

 ロッドを握っていた右腕の動きが遅れる。

 今まで負荷に耐えきれずついに限界がきたらしい。

 襲ってくる一撃に合わせて右腕を動かす。

 アロガンツのロッドが頭部を防ぐ一秒前に白い鎧の一撃が頭部を襲っていた。

 

パァン!

 

 俺の残数は残り一個に減っていた。

 地面を転がるように距離を取る、殿下も追撃は無理と判断したのか追って来ない。

 アロガンツをゆっくり立たせるとあちこちの関節から悲鳴みたいな金属の擦り合う音が鳴り響く。

 時間にしたら数十秒、たったそれだけの間に俺の優勢は消え去っていた。

 数の上では俺が不利、鎧は度重なる無茶で痛んでいて、頼みの綱の技も追いつかれる。

 勝てる見込みはほとんど無い、普通の奴ならここで諦める頃合いだろう。

 疲れた、全身から汗が止まらない、喉が渇く。

 汗が気持ち悪い、ヘルメットの下は呼吸と汗で蒸し風呂みたいだ。

 もうやだ、帰って寝たい、アンジェの柔らかい太腿を枕にして休みたい。

 そんな本心を歯を食いしばって抑えつけた。

 

『逆転したな』

 

 通信機がユリウス殿下の声が聞こえてくる。

 余裕を感じさせる声だけど呼吸は荒い、向こうもかなり消耗してるのが救いだ。

 

『一応聞いておくが降参するつもりはあるか?』

「兵や仲間を生かす為に降伏できる戦争ならしますよ。でも、これは意地の張り合いの喧嘩でしょう?」

『喧嘩か』

「ユリウス殿下は俺がどんな男か分かっていると思いますが」

『そうだな、見事な戦いぶりだったぞバルトファルト』

「まだ終わってないのに勝利宣言ですか?ちっとばかし気が早過ぎますよ」

 

 そこで言葉を切ってロッドを構えた。

 まだ勝つ為に取れる手段は微かに残ってる。

 ほんの僅か、それこそ蜘蛛の糸みたいな細さだけど無じゃない。

 泥臭く最後まで足掻くのが俺の流儀だ。

 その状況に口と身振り手振りで持ち込むまでが腕の見せ所だ。

 さて、上手く乗ってくれよ。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 バルトファルトが構えを取った。

 ロッドを両手で持ち鎧の頭上に掲げた上段の構え。

 剣術を修めた者が最初期に習う基本中の基本である構えの一つ。

 やや構えが崩れているのは先程起きた鎧の不調の影響か。

 得物が短いロッドには似つかわしくない構えだが、おそらくは不調を補う為の苦渋の決断だろう。

 残る気球は此方がニ、向こうが一。

 数的優位に立とうとも決して油断ならない。

 隙を見せれば躊躇なく相手の喉笛に喰らいつき離さない豺狼。

 それがリオン・フォウ・バルトファルトという男だ。

 

 今になって漸く父上と母上の言葉を理解できる。

 判断力、決断力、狡猾さ、技量、経験。

 この男は若くして一廉の人物だ、王都で官職の席を尻で温めるだけの貴族とは比べ物にならない。

 この男に不備が有るのなら生まれた家の格が低過ぎた事、嫡男でなかった事であり当人の過失とは言えない。

 だからこそ国王と王妃が目を付け、公爵家が娘を差し出すに値する。

 今ここで味方に引き込む必要がある。

 王家と公爵家の確執など些末な問題でしかない。

 ホルファート王国を立て直す為に欠かす事の出来ない人物になってくれる。

 その為にもこの勝負は負けられなかった。

 

 上段の構えのせいで最後の気球が晒される。

 あまりに無防備な構えに血迷った選択にも見えるだろう。

 上段の構えは誘いだ。

 敢えて弱点を晒し相手の出方を制限するバルトファルトらしい戦法に他ならない。

 もし互いの気球が残り一個なら相討ち狙いの博打と考えられる。

 だが此方の残りは二個、相討ちなら此方の勝利は確定だ。

 おそらくは両手でロッドを握ったのは渾身の一撃を放つ為。

 両手の一撃で頭部の気球を破壊、そのままの勢いで胴の気球を割る計画だと思われる。

 ロッドで出来るかは分からない。

 ただ大剣を振るう公国の黒い鎧が王国の鎧を両断する光景を俺は何度も見た。

 

 黒騎士バンデル、ファンオース公国最強の騎士。

 奇しくもバルトファルトの黒い鎧があの男の姿と重なる。

 公国軍が劣勢に陥って尚も戦い続け、最終的に五人がかりで倒すしか勝つ術は無かった。

 あの時の恐怖が体を委縮させる。

 いかん、呑まれるな。

 バルトファルトはバンデルではない。

 あと一撃、あと一撃で勝てるんだ。

 その一撃を放つ為の決断が俺の心を蝕んだ。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 設定は終わった、後は隙を見逃さなきゃ良い。

 半分は自棄のハッタリだったけど上手く引っ掛かってくれた。

 あのまま追撃されたら俺に勝ち目は無かったけど殿下が深読みしてくれたお陰だな。

 両脚は立つ為に必要な最低限の力しか注いでいない。

 ガタが来た右腕は向こうの頭に一撃くらわせる力が残っていればいい。

 重要なのは左腕、こっちがダメなら俺の敗北は確定だ。

 他の魔力は全て背面の推進器に回してる。

 ユリウス殿下に悟られないよう向こうから見えないように上段の構えを崩さないまま少しずつ力を溜めてる。

 魔力が溜まりきって殿下が隙を見せた瞬間に決行だ。

 

 もうどれだけ戦ってるか分からない。

 ただ次の一撃で闘いが終わる事だけは俺にも分かる。

正直、王家や公爵家の諍いなんてどうでも良い。

ただ俺は自分がアンジェに相応しい男だって証明したいだけなんだよ。

そんな理由で王子に喧嘩を吹っ掛ける俺はやっぱり大馬鹿野郎だ、アンジェが怒るのも仕方ない。

とっくに腹は据えた。上手くいけば勝ち、失敗すれば敗北。

物事は単純なのが一番だ。

 

計器の一つが魔力の溜まり具合を教えてくれる。

針が十分な数値を指し示したら決行だ。

残り五、まだ早い。

四、操縦桿を優しく握りしめる。

三、息を大きく吸い込む。

二、今度はゆっくり吐き出す。

一、しっかりと目の前の白い鎧を見据える。

 

 計器の針が予定値を指した瞬間にスイッチを入れると強烈な魔力の奔流と同時に背面の推進器が起動する。

 操縦桿を思いっきり倒す、狙いは白い鎧だ。

 この決闘じゃ今まで飛行戦は行われていなかった。

 武器が間合いの短いロッドで遠距離武器は装備されてないからだ。

 だけど鎧の主戦場は空だ、空中戦の技能は必要技能。

 それを封じられた殿下は翼が折れた鳥、今まで慣れない地上戦で力を出し切れていない。

 地上戦に慣れたせいで飛ぶ事が頭から抜け落ちた隙を狙って最後の一撃を喰らわせる。

 デカくて重い鎧を飛ばす推進力を全力で一方向に飛ばせば人型の砲弾と同じだ。

 あまりの事態は普通は対処できず動けない。

 

 白い鎧は動いた。

 驚きながらもこっちに攻撃を仕掛けてきた。

 ユリウス殿下、やっぱアンタは凄い人だ。

 ゆっくり時間が流れる、余計な事を考えず闘いに全神経を集中させる。

 両手で握っていたロッドから左手を離した。

 そのまま右手だけで握ったロッド白い鎧の頭部にある気球へ最短距離で振り落とす。

 同時に白い鎧から繰り出された攻撃に対処を始める。

 アロガンツの胴にある気球を狙った突きだ。

 ただ動揺したせいかロッドの握り込みが甘い、狙いが少しブレている。

 

 そんな白い鎧のロッドを握った右手にアロガンツの左手を添えた。

 狙いの右手首をアロガンツの左手で思いっきり捻り方向を変える。

 これは王国軍の訓練で習った格闘術だ。

 刃物を持った相手を無効化し武器を奪う基本中の基本。

 体に染みついた格闘術の動きを鎧で再現する。

 この技を鎧でやるの初めてだ、なのに心がとても落ち着いてる。

 何故だろう?

 今の自分なら出来るという根拠の無い自信が満ちて怯えも恐れも無かった。

 

 そのままアロガンツの左手で白い鎧の手首を捻り上げるように方向を捻じ曲げて胴にある気球へ向かわせる。

 同時に右手を頭の気球へ振り下ろす。

 時間にして数秒、なのに数十秒にも数百秒にも感じた。

 

ドオオオオォォォォォォォォッッン!!!

 

 次に感じたのは破裂音じゃなくて衝撃音。

 天地が逆さになったような途轍もない揺れ。

 警報がけたたましくなって何が起きたのか分からない。

 力を使い果たしたのか、指先一つ動かせないまま意識が遠退いた。




リオンvsユリウスの決闘後半です。
以前から考えてた決闘の推移パターンから一番納得できる物を選択。
結果がどうなったかは次章に持ち越しです。
鎧での闘いは終わりましたが決闘はもう少しだけ続きます。
原作小説12巻のリオンvsユリウスとはまた違う決着+イチャイチャの予定です。

追記:依頼主様のリクエストでカメポンデ様、パントン様、めいさむ様にイラストを描いていただきました。
ありがとうございます。

カメポンデ様 https://www.pixiv.net/artworks/116593324(ちょいエロ注意
パントン様 https://www.pixiv.net/artworks/116613700(成人向け注意
めいさむ様 https://skeb.jp/@marameisamu/works/448(成人向け注意

意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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