婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第7章 公爵令嬢と醜男貴族は前に進む●

 愛とは打算なき物 見返りを求めない物

 もしそうなら 打算から始まった関係に愛は生じるのだろうか?

 誰かを愛した事のない私は 誰かに愛される喜びを知らない

 私は貴方を愛しているから 貴方も私を愛して欲しい

 そう願うのは 狡猾な打算か それとも 無償の愛か

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 共同生活を始めた頃の私は失敗ばかりだった。何とかリオンに立ち直ってもらおうと空回りしてばかり。

 失敗した姿を揶揄われる。笑われた事に私が怒るとリオンは口元を抑えて謝罪するのがお決まりの日常。

 意気込んで取りかかった事よりも失敗の方が彼を喜ばせるとは皮肉な物だ。

 療養施設という名目なので王都から優れた医師も派遣してもらう。

 

 国の監査に合格し施設の評判を上げるのが目的だが、真の狙いはリオンの治療である。

 最初は外出を嫌がるリオンだったが『やはりお子ちゃまか』と言ったらふて腐れ大人しく従ってくれた。

 適切な治療を受ければ症状の大幅な改善が見込まれる。

 彼はまだ若いのだ。人生に絶望するには早過ぎる。

 

 次いで作業の確認目的で現場を共に視察し、実地試験と称して温泉に入れる。

 驚いた事にリオンは自分の領地にある温泉を利用した事が無かった。

 湯治をする土地を所有している領主が湯治の経験が無いとは笑い話にもならない。

 同居するようになってからは食生活や就寝時間にも気を使う。

 まぁ、料理を作ろうとして鍋を数回焦がして以来リオンが作る料理の献立を私が考える方針になったのだが。

 

 リオンが夢にうなされ眠れない時は話し相手になる。あの日以来、リオンは一度も暴れなかった。

 徐々に血色が良くなるリオンが感情が豊かになる事がとても嬉しい。

 リオンの外出が増え存在が徐々に周知されていく。地道な行動だが領民の支持を得る為に必要な事だ。

 前にも増して忙しい日々だったが不思議と苦痛に感じなかった。

 バルトファルト領の季節が変わり始める頃、療養施設の落成式まで残り一ヶ月となっていた。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「さっさと隠居したい」

「まず領主としての義務を果たしてからそう言え」

 

 別宅ではなくバルトファルト家の屋敷内の一室でリオンと私はそんな会話をしていた。

 落成式の調整を行うには別宅は不便だったのでこの頃は屋敷に赴いて執務を行う時間が増えた。

 リオンも主催者として参加するので朝食後は屋敷へ向かい仕事を終えたら帰宅する。

 快癒しつつあるリオンの姿に安堵したバルトファルト家の皆は口々に感謝の言葉を述べてくれた。

 

 私は環境を整えただけだ。本当のリオンは優しくて強い。文句が多いのが欠点だが。

 今日の要件は落成式で着用する衣装の打ち合わせ。

 王都から来たレッドグレイブ家御用達の服飾職人にリオンの礼服を仕立てる準備を行う。

 半日も職人に体の隅々まで触られて採寸後に鏡の前で着せ替え人形のようにされるのを心底嫌がっていた。

 大まかな打ち合わせ後に服の値段を見たリオンは驚いた表情を浮かべた。

 

「貴族様ってのは服にあんな大金をかけるのか。一着で昔のバルトファルト家が数ヵ月食うに困らない値段だぞ」

「必要な物だからな。着飾るのも貴族にとっては重要な仕事の一つだ」

 

 いまいち納得がいかないリオンに私は解説を行う。これも彼を領主として育てる為だ。

 

「なぁリオン。領主にとって一番必要な物は何だと思う?」

「領地の奴らを飢えさせない事だろ?」

「それはあくまで最終的な目標に過ぎない。私が聞いているのは『領民を飢えさせない為に領主に求められる資質は何か?』という事だ」

「まぁ、腕っぷしじゃないのは理解してるよ」

「答えは『金儲けの才能』。少なくとも平和な時代に於いてはこれが一番重要と言って良い」

「どういう事だ?」

 

 リオンは首を傾げる。貧しく当主自ら食物を収穫したバルトファルト家で育ち、生きる為に軍隊に入隊した遍歴の彼は農耕や軍事に詳しいが経済についてまだまだ未熟と言っていい。

 

「領地の生産物で資金を稼ぎ、それを領民に還元し、飢えさせず適度に自由を与える。極論これが出来るのなら好色だろうが粗暴だろうが領民にとっては良い領主だ。如何に善人でも領民を飢えさせ権利を認めないならそれは領主として落第と言っていい」

 

 そうしてリオンの前に指を立てる。

 

「そして金を稼ぐ為に重要なのは『信用』。相手に信用されなければ商談は成立しない」

「それが服に金をかける理由になるのか?」

「人は他人を見た目で判断しがちだ。汚い格好をした者に持ち掛けられた儲け話を信じるか?」

「まず信じないな」

「そういう事だ。特に目の肥えた貴族は相手の服装から経済状況をほぼ正確に推察できる」

「怖い話だね。ますます引退したくなったよ」

「茶化すな。今の我々は『これがお薦め』と売り込みをする立場なんだ。商談のテーブルに付いてもらう為に付け焼き刃でも身形を整える必要がある」

 

 そうして話し終えた後、テーブルの上に化粧入れを置く。

 

「どうしてもやらなきゃダメ?」

「少しでも招待客の信用を勝ち取る為だ、我慢して欲しい」

 

 リオンの顔の傷はどうしても見る者に威圧感を感じさせてしまう。だが化粧を施せば完全に隠す事は不可能でも印象をかなり和らげる事が出来る。

 王都から取り寄せた数々の化粧品を試し、納得がいく方法を模索する。

 渋々と椅子に座ったリオンの顎に当て上向かせ、ファンデーションを沁み込ませたスポンジを近づける。

 

「お手柔らかに」

「綺麗に仕上げるから安心しろ」

 

 そう言ってスポンジを当てようとした瞬間、ふと私の心にさざ波が立った。

 何故、傷を隠す必要があるのだろう?

 リオンの傷は彼が必死に生き足掻いてきた事の証明だ。

 もし、醜いと言うのならそれは彼の人生の否定に他ならない。

 例え他の誰もが彼を蔑んでも、私だけは彼が美しいと叫び続ける。

 そう思った時、私の頭に天啓が閃いた。

 

「アンジェ?」

 

 訝し気に私を見つめるリオンを置いて走り出し部屋のすぐ外に控えたバルトファルト家の従者に呼びかける。

 

「今すぐ職人を呼び戻してくれ!まだ港にいる筈だ!注文を追加する!嫌がったら特別料金を支払うと言え!」

 

 従者が慌てて職人を呼び戻しに出かけたのを尻目に注文した礼服のデザインを思い出す。

しまった、こんな簡単な事に気付かないとは。リオンを未熟と笑っていられない。

 

「何があったっていうんだよ?」

「すまない、私のミスだ。礼服のデザインを最初から練り直すぞ」

 

 そうして服飾職人が参考に置いて行ったカタログや生地サンプルをテーブルに並べる。

 

「私が構想したのは最高級の素材を用いてリオンと私が並んだ時に調和するデザインだ。バルトファルト家とレッドグレイブ家の協力関係を演出してる」

「それは事実だろ。実際に金まで借りてるんだし」

「これが王都で行われレッドグレイブ家の主催ならそれで良い。バルトファルト家が主催し辺境で行われる式典だから問題なんだ」

 

 いまいちピンと来ないリオンに対し分かりやすく説明する。

 

「このままではリオンが目立たずレッドグレイブ家が手を回してる事が露骨に分かる。近隣の領地から来た招待客にはバルトファルト家が中央に隷属しているようにしか見えない。逆に反感を買ってしまう恐れが出てくる」

「だから礼服を変えるのか?」

「その通り。『威圧感がある』という事は『貫禄がある』と言い換えていい。だから私のドレスは彩りが豊かで流行りを取り入れた物に変えリオンの礼服を質実にする。こうすれば派手な私を重厚なリオンが支えてるように見える」

 

 説明が終わり首を捻るリオン。理屈では分かっても納得は出来ないのだろう。

 

「あんまり目立ちたくないんだけどな」

 

 この期に及んでまだ消極的な物言いをするリオンの両肩に手を当てる。

 

「いいかリオン?自信を持て。己を卑下するな。自分こそ主役と言い張れ。『俺は英雄だ』と世界を騙せ」

 

 その瞳を射抜くように私は凝視する。

 

「何より私は、リオン・フォウ・バルトファルトという男が尊敬に値する男だと心の底から信じている」

 

 だからお前も、もっと自分を誇れ。

 

「……分かったよ、そこまでアンジェに言われたらやるしかない」

「あぁ、皆の度肝を抜いてやろう」

 

 そうして私達は一から式典を見直す事になった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「さっさと家に帰りたい」

「あと数時間の辛抱だ、耐えてくれ」

 

 落成式当日になってもこの言い草である、いい加減に諦めろ。

 その後、落成式の修正を行い漸く今日を迎えられた。

 スピーチの練習や招待客の顔覚えなどを嫌がるリオンを毎回説得するのは本当に骨が折れた。

 ただリオンは文句や愚痴をこぼしても逃げ出す事は決して無かった。

 戦争でも最後まで戦い抜いた事から根は真面目な男だと分かる。

 

「その礼服もよく似合ってるぞ」

 

 あれから仕立て直した礼服はリオンに似合っていた。これなら成り上がりとやっかむ者も少ないだろう。

 

「ありがとう」

「それでどう思う?」

 

 そう言ってリオンの前でくるりと一回転。

 

「どうって?」

 

 何を問われるか分かってないようだ。大げさに溜め息をついて腕を組み睨みつける。

 

「こういう時はお世辞でも『綺麗です』と女性を褒め讃えるのがマナーだ」

 

 本当にリオンは女心を察せない。

 

「アンジェはいつも綺麗だろ」

 

 ………前言を撤回する。本当はコイツ、凄い女誑しなのではなかろうか。

 

「…薬は飲んだな」

「目の前で飲んだだろう」

「スピーチは憶えたか」

「暗記するまで朗読させたじゃん」

「なら大丈夫」

 

 そう言って私は左手を差し出す。戸惑った表情のリオンが手を握る。

 

「女性をエスコートするのは紳士の務めだからな」

「俺、女の子をエスコートした経験無いんですけど」

「それは良かった。いい練習になるぞ」

「公爵家のお嬢様が練習相手とかマジかよ…」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 そうして私達は会場へ向かう。左手に感じるリオンの体温が心地好かった。




同棲開始、お前ら結婚しろ(婚約してる。
あと式典開始、断罪イベントはありません(当たり前。
アンジェさんの領地経営論やパーティーにおけるドレスコードは結構な分量を書く予定だったんですけど「モブせかの経済や服飾のマナーは現実と違うよね」と気付いて大幅カット(またかい
現実でも服の柄やシルエットで自分の特徴を敢えて強調し印象付けるビジネス論が実在します。
リオンのコンプレックスと二人の親密度を上げる為にもっと文量があったんですけど断念。
あと小説・コミック・アニメのドレス着たアンジェさんが綺麗だったのでどうしても着るシーンを書きたかったんです。
令嬢モノいったらドレスですよ!(断言

追記:依頼主様のリクエストでこなつゆり様に今章の挿絵を描いていただきました。
ありがとうございます。
こなつゆり様 https://www.pixiv.net/artworks/111124437
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