婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第六部 新生編 (●は挿絵イラスト在り)
第70章 謝罪


 馬車が揺れる度に向かい合った席で蹲るリオンが呻く。

 昼間にあれだけの戦闘を熟したのだから無理もない。

 いや、私達が賊に誘拐された時も含めれば五日に渡って消耗し続けていたとも換算できる。

 辺境のバルトファルト領にとってこれだけ立て続けに非常事態が続いた日々はこれまで記憶に無い。

 唯一の例外はファンオース公国との戦争期間中だったが、バルトファルト領を攻め込む酔狂な公国兵は存在しなかった。

 故にバルトファルト領の戦時は領地の警戒態勢を強化しただけで終戦を迎えている。

 戦後の空賊対策についても周辺空域の警邏回数を増やした程度だ。

 この地は本格的な開拓が始まって約五年程度の辺境、故に王都や公爵領に比べどことなく緊張感が薄い。

 その穏やかさが好ましくもあるが領主の妻が誘拐されたとあっては貴族の沽券に係わる。

 いずれ防備に対して人員を割く必要があるがそれは追々の話だ。

 現時点で優先すべきは宿に泊まっているユリウス殿下からの招待を如何に対処するか。

 

「っ……。痛ぇ……」

「だから屋敷で休めと言っただろうに」

「そうはいかないだろ、招待されたの俺とアンジェだし」

 

 殿下との決闘後に眠ったリオンを屋敷に運び数時間後、ユリウス殿下から話し合いたいとの書状が届いた。

 宛先はバルトファルト子爵、及び子爵夫人。

 つまりリオンと私の二名。

 嘗ての彼らなら決闘の結果が不服ならリオンを呼び出し闇討ちを企てていると私は疑ったかもしれない。

 流石に英雄と周囲から讃えられる今の立場で其処までの暴挙をするほど愚かではないだろう。

 その点を踏まえ面会を了承した。

 疲労と怪我で寝込むリオンを屋敷に置いて私のみで訪ねようとも考えたがリオンは同行すると言って諦めない。

 そうして意地を張った結果、馬車の座席に横たわりながら呻き続ける礼服に身を包んだ奇っ怪な生き物の完成した。

 

「眠い……、痛い……」

「無理するな。今からでも遅くない、痛み止めを飲め」

「それ飲んだら眠くなっちゃうじゃん」

「私が素直に寝ろと言っているのが分からないのか」

「アンジェ独りで行かせたら不安で眠れない」

「私が傍に居てやらないと眠れないの間違いだろう」

「…………」

 

 痛い所を突かれたリオンが口を噤む。

 本当に世話の焼ける旦那様だ。

 席を移動しリオンの隣に座って背中を擦ってやる。

 大した効果は無くとも心が落ち着くのだろう、呻き声はとりあえず止まった。

 

「……何の話だと思う?」

「決闘の結果と今後についての協議だろう。明日には殿下もローズブレイド家も帰る、今晩のうちに決められる部分は決めておきたい筈だ」

「面倒だからやりたくない」

「誰かが馬鹿げた決闘を提案しなければ話し合いで解決していた、いったい誰のせいだろうな?」

「わかった、この話は止めよう」

 

 リオンが強引に話を打ち切る。

 そのまま問い質してやりたい気持ちもあったが痛みに耐えるリオンを見ると気が引けた。

 しばらくすると馬車の揺れが比較的小さくなる。

 どうやら舗装された道路に入ったらしい。

 領主の屋敷から高級宿への道はそれほど遠くはないが領主の屋敷に至る道が未舗装で馬車が揺れやすい。

 賓客が使う設備を優先した影響でバルトファルト家の屋敷や備品は他の子爵家に比べて質素だが、それでも公爵家からの援助もあり新興貴族としては裕福な部類だ。

 いわゆる平民が思い浮かべる貴族と百年以上の歴史を持ち安定した統治を行っている数少ない貴族であり、どの家も初代はこうした苦労をしている。

 

 痛みが治まったのかリオンがゆっくり体を起こす。

 息は荒く顔に痣が残り満身創痍と言ってよい。

 その姿を見て焦燥感に駆られる、どうしてリオンはこうも無理をするのだろう?

 もっと楽な道を選べる筈なのに敢えて最も厳しい道を選んでいるようにしか見えない。

 だから私はリオンを見捨てられない、放置すれば我が夫は領主が背負う責務で潰れてしまう。

 リオンの体を擦りながら厄介な男に惚れた事実に苦笑する。

 

 窓から見える景色が止まり蹄の音が聞こえなくなった、どうやら到着したらしい。

 扉が開き私が先に降りてリオンをエスコートする。

 普通なら男性が女性をエスコートするのだが今のリオンにそれを行うだけの気力は無い。

 

「大丈夫か?」

「屋敷に帰りたい」

「だから寝て待てと言っただろう」

「それもやだ」

 

 肩を貸してどうにかリオンを歩かせる、本当に世話が焼ける旦那様だ。

 少しずつ歩き続けると体の凝りが解れて徐々に自分の力を取り戻したらしい。

 私の支えが無くとも普段通りの速さで何とか歩き始めた。

 宿の受付で手続きを済ませ使用人が部屋に案内する。

 部屋に至る廊下の角を通り過ぎる度に鋭い目付きの男が此方を凝視した。

 王族護衛の任に付いた騎士だろう。

 王族が気軽に行動すると供廻りは要らぬ苦労に悩まされるのだが、悲しい事にホルファート王家の者は部下のそうした苦労をご存じない。

 ローランド陛下は王宮を抜け出し女遊びに耽り、ミレーヌ様は息抜きと称して予定に無い散策を行う。

 御二人の子であらせられるユリウス殿下が王位継承者としての教育から逃げたがるのも両親からの遺伝と思えば今更ながら得心が行く。

 

 目的の部屋の前に訪れると護衛がノックした後に扉を開く。

 室内にはユリウス殿下の他に四人の男が佇んでいた。

 グレッグ・フォウ・セバーグ。

 クリス・フィア・アークライト。

 ブラッド・フォウ・フィールド。

 ジルク・フィア・マーモリア。

 ユリウス・ラファ・ホルファート。

 

 王国を救った五人の英雄が揃い踏みしていると発せられる圧力が凄まじい。

 大抵の女性なら声をかける事さえ困難だろう。

私にとっては幼少期から知った顔であり、リオンは屈強な戦士が相手でも物怖じするような男ではない。

 殿下が椅子に腰かけると他の四人も続く、五人が座った後に促されて私達も着席した。

 部屋の大きさに不釣り合いな円形テーブルは他の部屋から持ち込んだ物だろう。

 この部屋の調度品と比べ些か不釣り合いな大きさだった。

 おそらく私達を迎える為にわざわざ別室から持ち込んだに違いない。

 室内に重苦しい沈黙が漂う。

 殿下は何を口にして良いか分からず戸惑っているが私達から話しかけるのは礼を失する振る舞いなので控えなくては。

 

「……バルトファルト、体の具合はどうだ?」

「満身創痍ですよ、見て分かりませんか」

 

 リオンの返答に舌打ちしたくなるのを懸命に堪える。

 どうしてリオンはユリウス殿下に対しこうも反抗的なのだろう?

 他の王族や上位貴族と対面する時は覚束なくも最低限の礼儀を弁えている男だ。

 私と殿下が過去に婚約者だった事実が原因で敵愾心を抱くのなら少しだけ嬉しくはある。

 嬉しくはあるが貴族社会で今後のリオンを考えれば不利になるの明らかだ。

 後できちんと諭す必要がある。

 

「悪かった、あの時の俺はどうかしていた」

「こちらも頭に血が上ってたんで」

 

 申し訳なさそうな顔を浮かべる殿下と態度を改めず太々しいままのリオン。

 殿下は外見から特に戦闘の疲労や負傷を感じられない。

 唯一右の頬が少し赤く染まっているのは私が平手打ちした痕だろう。

 一方のリオンは顔の数ヵ所が腫れて色とりどりの痣になっている。

 歯や骨は折れておらず数日も休養すれば回復するとは医者の弁だ。

 なので明日からはきちんと休ませよう。

 どう見ても外見ではリオンが敗北は明白なのに態度はリオンの方が尊大でどちらが勝利者か分からない。

 

「では話を進めましょう。まずは決闘の結果です」

「喜べバルトファルト、卿の勝利だ」

 

 最初に告げられたのはリオンの勝利、それは本来なら喜ばしい結果の筈だった。

 だがこうして勝利を告げられても心の内には蟠りが残っている。

 リオンも同様らしく不満を隠そうともしない顔つきだ。

 また何か仕出かす気だな。

 夫婦として三年程だが心に不満を抱えた時のリオンの気配は薄々ながら察せられるようになった。

 

「結果に異議を申し立てます」

「不満かバルトファルト?」

「えぇ、勝ちを譲られるのは屈辱です。負い目を感じて相手に遠慮する人生なら潔く負けを認めて服従する方がマシってもんです」

 

 やはりこうなったか、思わず溜息が漏れた。

 リオンの体は傷ついているが瞳は爛々と輝きに満ちていた。

 もし傷が無ければもう一戦しかねない危うさがある。

 世間でリオンが恐れられる原因の一端が漸く理解できた。

 彼は己の意思や納得を優先させる。

 宮廷に於ける暗黙の了解や軍の指揮系統に疑問を抱けば表面上は従っていても内心で歯向かう機会を窺い続ける。

 貴族としても軍人としても極めて異端、決して飼い馴らせぬ獣だ。

 繋ぎ止める鎖は妻子や血の繋がった家族のみ、その家族を傷付ける者は例え王族相手でも反旗を翻す。

 リオンを制御するのは些か骨だ、だが制御しなければ遠からず無茶をして命を落としかねない。

 

「それならもう一度俺と闘うか?」

「しませんよ、俺が殿下と何とか戦えたのは皆が知らない事をやり続けたからです。手の内を知られ対策されたら俺に勝ち目は無い」

「あれだけの闘いをしてもか?」

「策を練って地の利と時の運を味方に付けても良くて引き分けでした。俺が殿下に勝てるのは最初の一回だけです。そこで勝てなきゃどれだけ努力しても永遠に勝てません」

「卿は謙虚なのか、それとも諦めが良過ぎるのか分からないな」

「俺と殿下では勝利の条件が違います、家族が平穏に暮らせるなら喧嘩の勝ち負けなんて二の次です」

「戦の勝利には拘らないと?」

「俺にとって生き残る事が勝利です、どれだけ他人から褒められても死んだら何も出来ません」

 

 言ってしまえば己と家族が無事なら国や王家が破滅しようと構わない。

 それは一歩間違えばファンオース公国との戦争でホルファート王家を裏切った貴族達と大差無いと受け取られてしまう。

 危険だ、リオンの発言は逆心在りと見做されても仕方ない物言いだった。

 

「父上と母上が卿に興味を抱く気持ちがよく分かった」

「畏れ多い御言葉です」

「同時に卿を危険視する者達の言い分も一理ある」

「だから殿下が勝った場合の要求は取り下げると?」

「それが卿にとっての勝利だろう。喜べバルトファルト、この闘いは卿の勝ちだ」

 

 未だ不満げな表情のリオンを肘で小突く、此処は大人しく引き下がった方が良い。

 ホルファート王家が弱体化したこの時にわざわざ反骨心を抱いているリオンを引き込むのはあまりに危険すぎる。

 それならば一定の距離を保ちながら協力者として扱う方が被害は少ない。

 殿下達はそのように判断を下したのだろう。

 取り合えず当面の危機を脱した事実に胸を撫で下ろす。

 

「さて、話し合いはこれで終わりとする。ここからはバルトファルトの健闘を讃えた宴だ」

 

 殿下が数回手を鳴らすと扉が開き王族の専属使用人らしき男が入室した。

 押されてきた台車にはバスケットに入ったワインボトルと人数分のグラスが置かれている。

 丁寧な手並みでグラスにワインが注がれる、艶やかな赤紫色の液体は流れる鮮血にも似ていた。

 使用人は七人分のグラスを丸テーブルに置き恭しく礼をして退室する。

 恐らく他にも仕事が残っているのだろう。

 バルトファルト領が雇い入れた使用人にはあれ程の洗練された身のこなしは出来ない。

 

「では互いの健闘を讃えて、乾杯」

 

 ワイングラスが傾き紅い液体が喉を潤す。

 美味だ、王族が飲むに値する年代物の逸品と言って良い。

 ラベルを見なければ判断は難しいが北部地方の浮島で生産された物だろう。

 芳醇な香りが鼻孔を擽り舌の上で鮮烈な旨味踊っている。

 余りがあるならもう一杯飲みたいと思うほど美味だった。

 他の四人も私と同じ気持ちなのかどことなく陶酔した表情を浮かべてる。

 なのにリオンだけは神妙な表情を浮かべている。

 

「口に合わないかバルトファルト?」

「いえ、美味いですよ。それを正確に理解できる頭と舌を俺が持ってないだけです」

 

 殿下達にリオンを貶めるつもりは無い、リオンも過剰に遜っている訳でもなかった。

 どうも五人はリオンの反応を楽しんでいる節がある。

 思い返せばオリヴィアと関わっていた頃もこうした反応をしていたな。

 自分達とは違う環境で育ち異なる視点を持つ者に興味を持つ気持ちはよく分かる。

 私自身もリオンと婚約してから己の価値観が随分と変化したのを自覚できる。

 

「惜しいなバルトファルト」

「何でしょうか?」

「お前の才能だ。若くしてここまで戦術に長けた男は他に居ないと思うぞ」

「よしてくださいよ、褒めても心変わりはしません」

「許せ、手に入らぬが故に欲しくなるのが人の心という物だ」

「殿下もいい加減に諦めてください。この男は地位や金で飼い慣らせる男ではないと先程の会話でご理解いただけたと思いますが」

 

 ジルクの諫言はリオンを危険視するものだが私も同意する。

 言動は率直で将才を持っているのに反抗心は人一倍の男など扱い難い事この上ない存在だ。

 リオンが王宮勤務となれば政変に巻き込まれかねない、そもそも現時点に於いても王家と公爵家の争いの渦中だ。

 味方とするには制御が効かず、敵に回せば厄介極まりない。

 それならばどの派閥からも一定の距離を取らせた方が安心できる。

 目の前の男の本性はは妻と子供に囲まれて畑仕事するのが身の丈に合っていると思い込んでいる男だ、手を出さない限りは噛みつく事も無い。

 

 他愛無い会話が続いた所で再び扉が開き数人の給仕が入室する。

 台車には大皿に盛られた料理が幾つも並んでいた。

 その多くがこの宿で出されてる品々だ。

 そこそこ値段は張るが王族が食すには些か見劣りがする料理ばかり。

 これがバルトファルト領が出来る最高級のもてなしと判断されては侮られかねない。

 急いで手直しを命じるべきかと思ったがユリウス殿下に手で征された。

 

「かまわん、これは俺が頼んだ料理だ」

「殿下御自身が?」

「今夜は語り合いたい。爵位も礼儀も無用だ」

 

 そう告げられた後に数々の料理がテーブルの上に並べられる。

 丁寧に煮込まれた牛肉と野菜の煮物、ソースに浸され焼かれた鶏の串焼き、揚げられた芋等々。

 どれも平民の若者が好みそうな品々だった。

 給仕達が退室した後、各々が空の皿に料理を盛りつけながら食べ始める。

 殿下が毒見もせずに食べているのに私達が控えるのもまた非礼だろう。

 私はスープ皿に煮物をよそり、リオンはチーズを塗した揚げ芋と串焼きを取った。

 酒は用意されているがそれほど手は付けられていない、無礼講とは言っても最低限の礼節は必要だ。

 豪華絢爛なパーティーとも酒と色に塗れた乱痴気騒ぎとも違う和やかな食事だった。

 思い返せばこの五人と行動を共にした経験はあっても和やかに食に興じた事は一度として無かった。

 そうした私の余裕の無さが巡り廻って五人の不信を招いたのだろう。

 あの頃の私は確かに余裕が無く他者に対して不寛容な女だった。

 

 煮物を口に含むと肉から染み出た脂と野菜の旨味が混じったスープが程良い塩加減で食欲を刺激する。

 妊娠してから明らかに私の食事量は増えた。

 体調管理を怠ると太ってしまうが、お腹の子を考えれば食事を控えてはいけない。

 せめて散策の回数と距離を増やし、母体に影響が無い範囲で体操に勤しむ程度だ。

 偏りが無いように食材に気を留めながら食事を進めると横のリオンが目に映る。

 皿に盛った料理を数回だけ口に含みろくに食していない。

 

「リオン、食欲が無いのか?」

「疲れてるだけだよ。あと食ったら眠くなる」

「なら傷を治す為にもちゃんと食べろ」

 

 皿に置かれている鶏の串焼きを手に取りリオンの口元に近付ける。

 顔を顰めたリオンが懸命に首を動かし逸らすが傷が痛む影響か大して効果が無い。

 徐々に逃げ場を失うリオンの口を強引に開かせる。

 

「止めてくれ、恥ずかしいから」

「ほら、よく噛んで飲み込め。それが終わったら野菜も食べろ」

「お母さんかよアンジェは」

「既に二児の母だ、もうすぐ三児の母になるが」

 

 リオンが料理を一口食べる度に次の一口を食べさせるのを繰り返す。

 どうして私の夫はこうも手がかかるのか、これなら素直に従ってくれる息子と娘の方が聞き分けが良い。

 皿が空になるまでリオンに食べさせ振り返ると周囲の視線が私とリオンに注がれていた。

 いかん、つい屋敷や別宅と同じようにリオンに接していた。

 顔から火が出るような羞恥心を感じながら誤魔化すようにスープを啜る、既にスープは冷めていた。

 

「……本当にあのアンジェリカか?」

 

 誰の発言かは分からない、だが嘗ての私を知る者の総てが同じ気持ちだという確信がある。

 リオンに助けを求めようとして横目で確認するとリオンが顔を背けていた。

 人目を憚らずに愚かな行動をした、これもリオンの悪い。

 

「ん゛ッ、話を戻そう。我々はアンジェリカの提案を了承するつもりだ。今回は国内の治安維持の一環として淑女の森を討伐する為に集まったが王都に帰還すれば再び各々の職務に戻る。これから我々の行動については母上が裏で主導する形になるだろう」

 

 場の空気を入れ換えるように殿下が話を振ってくる。

 私としても政治の話の方がありがたい。

 

「俺は宮廷で様々な雑務と戦後処理、あとは旧公国との関係改善を行っている」

「資料編纂室で相変わらずの書類整理です。王国内の情勢について資料が舞い込むのは役得ですが」

「俺の仕事は王家直轄のダンジョンや鉱山の警備、後は近場の空賊退治だな」

「私は国内の治安維持が主な任務だ。場合によって国内のあらゆる場所に派遣される」

「僕は父上の仕事の手伝いで辺境行きさ。もっとも公国が亡んだから仕事自体は減ったけど」

 

 つまり殿下とジルクは基本的に王都から動かない、グレッグとクリスとブラッドは辺境や各地に派遣される。

 王都の二人にはミレーヌ様が指示する筈だ、問題は他の三人か。

 

「私の企画書はきちんと読んだな?正直な感想を聞かせて欲しい」

「……本当に出来るのかあんな事」

「それは私にも分からない。何しろホルファート王国の歴史で初めての試みだ。但し似たような仕組みは各々の領地にも既に存在している筈だ」

「確かにあるね。ただ事業を担ってるのは平民出身者が多い。それを国が主導する訳?」

「その通り。現時点で王国を復興させるには新興貴族や平民の力が必要不可欠だ。だが彼らには領地経営や財政の知識経験が不足している。それを王国が支援する形となる」

「結果として王国が支援するから王家に対しての不信感が和らぐと」

「戦争は悲劇だ、そして同時に新しい体制に移行する機会でもある。早急に体制を整えて活躍の場を設ければ挽回の余地はある」

 

 今のホルファート王国は傷から血を流し続けている。

 経済・人材・貿易・治安維持と各方面の早急な対応が必要だ、急がねば弱体化が止まらず他国から蹂躙されてしまう。

 傷口を埋める為にあらゆる物を使う必要がある。

 

「その為にはどうすれば良い?」

「殿下とジルクは妃殿下の御指示の通りに。加えて王都の貴族の説得を」

「待ってください、現状で王都に居る貴族は真っ当な倫理観の持ち主です。彼らにとってこの策に旨味は少ない、寧ろ反対に回る可能性も高い」

「彼らには出資者になってもらう。論功行賞で与えられる恩賞の一部を出してもらおう」

「そんな事をすれば王家に対する信用はさらに失墜します!」

「ミレーヌ様には既に報告してある。王家の予算の大部分を割くおつもりだ」

「母上はそこまでお考えか」

「ですから殿下は王家派の者達に協力を促してください。嘗ての殿下なら一笑に付されるでしょうが、今の殿下の御言葉に耳を貸す者も多いかと」

 

 ユリウス殿下は王位継承権こそ下げられたが聖女となったオリヴィアと行動を共にした影響で見直す者も多い。

 王位は継げずとも臣籍降下して公爵位を賜るという噂もある。

 若輩の戯言と侮られはしないだろう。

 

「他の三人は各方面に儲け話として持ちかけろ。宮廷貴族と領主貴族の区別はするな、味方になりそうなら片っ端から声を掛けて気を引け」

「今の王国は王家派と公爵派に分かれてる。派閥で対争っているのは宮廷貴族と領主貴族も同じだ」

「王家派には『これは王妃が主導してる』と言っておけ。公爵派には『公爵家が計画してる』と告げれば問題ない」

「問題あるだろ、ありまくるだろ」

「原案は私だが実行者はミレーヌ様だ、嘘は言っていない」

「詐欺じゃないかなぁ?」

 

 自分でも詭弁だと分かってはいる、だがこうしなければ決まる物も決まらない。

 何しろ時間が足りない上にホルファート王国が弱るほど他国はより影響力を増すのだ。

 詐欺に近いやり方をしなければ失われる血の量は減らない。

 

「待ってください、オリヴィアはこの件に関わらないのですか?」

「ミレーヌ様はオリヴィアと連絡を取るつもりだ。現状で一番困るのは国内が荒れ人心が乱れ続ける事だ。民から尊敬されているオリヴィアを旗頭に王朝打倒を企てられたら王国は崩壊する」

 

 それを企てている貴族の筆頭が公爵家なのが悩ましい。

 オリヴィア本人にその気は無くとも神殿の上層部が何を企んでいるかはまだ不明だ。

 此方も急がなければオリヴィアは公爵家に輿入れし、父上は王家打倒の大義名分を得てしまう。

 

「リオンは主に公爵派の領主貴族、そしてお前が命を救った貴族の説得を担当してもらおう」

「俺がぁ?」

 

 リオンが露骨に嫌な顔をする。

 何だ貴様、この期に及んでまだ自分が部外者だと思っていたのか?

 だとしたら認識が甘いぞリオン。

 私がミレーヌ様と接触した時点で、いや私と婚約した時点で既にお前は当事者だ。

 平和で穏やかな生活を送りたいリオンを政治の世界に巻き込んでしまった事実に申し訳なさを感じる。

 しかし私は公爵家の娘、私を妻にするというのはこうした政治的な駆け引きに関わるという事だ。

 リオンには覚悟して働いてもらうしかない。

 

「自信無い、俺なんかを信用する奴が何処にいるんだよ」

「ここに居るだろ」

「不服ですが貴方の力は認めざるえません」

「少なくても俺達は今回の件でお前を信頼している」

「これも貴族の宿命だよ、諦めた方が良い」

「頼りにしているぞバルトファルト」

「嬉しくない!ゴツい男連中に信頼されても全然嬉しくない!」

 

 泣き喚くリオンを宥め続ける、この夫は自己評価が低い上に面倒事を嫌がる。

 自分も騒動を引き起こす側なのにどうして己のそうした部分に気付かないのだろうか?

 ついには殿下を除いた四人がリオンの周りに集まり始めた。

 八つの瞳がリオンだけでなく私を見つめている。

 

「……どうした」

 

 戸惑っていると四人が私の前に跪く。

 その顔は私から見えないが背中から感じる気配は敵意ではなかった。

 

「アンジェリカ・フォウ・バルトファルト子爵夫人、我々は貴女に謝罪しなければならない」

「嘗ての我々はオリヴィアを奉じるあまり貴女を蔑ろし、聖女を狙う敵と見做した」

「立場を考えれば貴女の怒りは当然だ、我らの罪を此処に認める」

「赦しは求めない、ただ王国を救う為に助力を願いたい」

 

 ユリウス殿下に顔を向けると頷いていた。

 どうやら私達を呼び出したのは謝罪が目的だったらしい。

 何ともまぁ、回り道をした謝罪だ。

 こうして突然謝罪されても戸惑いの方が大きい。

 彼らに対する怒りは確かに私の心の中で今も存在している。

 同時にリオンと結ばれバルトファルト領で過ごした日々は私の傷付いた心を癒し、今回の事件で彼らに命を救われた恩もある。

 こうした場合どうすれば良いか感情が追いつかない、何が正しいかも分からない。

 今度はリオンに向き直ると彼はいつも通りの不愛想な顔をしていた。

 要は私の好きにしろと言いたいらしい。

 少しの間逡巡し私は結論を出す。

 

ゴッ! ガッ! ボッ! ドッ!

 

 握った拳を四人の脳天に叩き込むと鈍い音が室内に鳴り響く。

 流石に四回も殴れば拳も痛む、手を擦りながら神妙な顔の四人を見つめ返す。

 

「これで勘弁してやる。赦しはしないが助けられた恩もあるしな。後は王国を救う為に尽力しろ。それで帳消しだ」

 

 納得がいったのか四人が席に戻る、その面持ちは何処か晴れやかだった。

 

「殿下は謝罪しないのですか?」

「俺は以前に謝って叩かれた、昼間も叩かれたからな」

「ズルいぞ」

「でも機会を与えてくれたのは感謝する」

「まぁまぁ」

 

 言い争いを始めた五人を何処か遠くに感じる。

 数年前、あの五人の中心にはオリヴィアが居た。

 もしも私が彼らと信頼関係を築けたなら、私は彼らの中心に居たのだろうか?

 どうしようもなく詮無き事を考える。

 婚約破棄した後に私との関係を続けようとする貴族の令息や令嬢は居なかった。

 それは私の人徳が無かった事実に他ならない。

 あれから何年もの歳月を経て漸くあの時から進めたような気がする。

 その切っ掛けを与えてくれたのは間違いなくリオンだ。

 隣で面倒くさそうに料理を弄る夫が愛しかった。

 

 

 その後の宴は料理を食べ尽くした頃に解散となった。

 家に戻ると義兄上とドロテアの婚約が成立したと報告が入りバルトファルト家が騒然となったのは別の話。

 翌日、ユリウス殿下達は王都へ帰還する。

 見送りの際に見上げた雲一つ無い透き通った冬の蒼空は憂いを払拭した私の心を映しているようだった。




第五部エピローグです。
五馬鹿とアンジェの和解は何パターンも考えましたが一番無難な形に落ち着きました。
原作小説でリオンが婚約破棄の際に決闘代理人として立候補した事でアンジェの怒りと悲しみが大分緩和されたのを踏まえリオンの存在を緩衝材にしてあります。
「食事とエッチがあれば怒りは結構治まる」という私の主義が反映しています。(身も蓋も無い
次章からは第六部開始です。
成人向けシーンも同時掲載する予定なので投稿は1週間後の予定です。

追記:依頼主様のリクエストで挿絵イラストを公様、イラストをnamukot様とがんばるとうふ様に描いていただきました。ありがとうございます。

公様 https://www.pixiv.net/artworks/116864278
namukot様 https://www.pixiv.net/artworks/116827665(ちょいエロ注意
がんばるとうふ様 https://skeb.jp/@ganbarutoufu/works/4

意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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