婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです 作:品☆美
「ではサインしていただけるのですね」
「もちろんですとも。こちら宜しいですかな?」
「えぇ、お願いいたします」
透かしの入った高級紙にモットレイ伯爵が署名してくれる。
紙に書かれてるのはアンジェの考案した改革案に賛成する内容だ。
これで俺の知り合いで改革案に乗ってくれそうな貴族の同意はほぼ得られた。
野暮用を済ませたら書類を屋敷に持ち帰って整理、後は急いで王都に向かってアンジェと合流する。
「公爵家との縁を更に強固に出来ますし、他ならぬバルトファルト卿のお願いとあらば聞かぬ訳にはまいりません」
「伯爵位のモットレイ卿が若輩の私如きに遜るのは畏れ多い事かと」
「爵位こそ上ですが私が貴方の年頃には当家はまだ子爵位でした。此度の論功行賞でバルトファルト卿は伯爵位を賜ると評判ですぞ」
「まだ噂に過ぎませんよ。何せ戦働きしか能が無い私には過ぎた地位です」
「自信をお持ちなさい。貴方は自分が思っているより素晴らしい若者だ」
「伯爵こそまだまだお若いでしょう」
「いえいえ、最近の領主貴族は有望な若者が多くて私など時代遅れの男ですよ」
モットレイ卿と知り合ったのはファンオース公国との二回目の戦争だった。
公国の侵攻に対してバルトファルト領の軍は何とか数ヶ月は粘ったけど大量のモンスターが出現して撤退を余儀なくされた。
同じように被害を受けた領主貴族達は集結し連合軍を結成、最終決戦まで戦線を維持し続けた。
その時の戦友の一人がモットレイ卿、戦争が終わった今も顔を合わせたら近況を報告し合う程度には付き合いがある。
「実は最近になって再婚しましてな。長年に渡って私を支えてくれた女性ですが、国内が落ち着いたのでやっと妻に迎えられました」
「私の父もファンオース公国の戦争があったから母を正妻に出来ました。両親には夫婦水入らずで過ごして欲しいものです」
「戦は益が少ない物ですが時に思いもよらぬ幸運をもたらしてくれます。尤も王都に住む臆病者達は己の無能が露わになって困る様子ですが」
「……あまり大きな声で言わない方がよろしいかと」
「おぉ、これは失礼。見た目だけはご立派な宮廷の鼠と雀共でしたな」
「…………」
言っておくがモットレイ卿は悪人じゃない。
礼服を着ても分かる位に鍛えられた肉体、手入れの行き届いた髪や髭に柔和な表情。
性格も穏やかで礼儀正しく、俺と違ってちゃんとした貴族の教育を受けて作法にも詳しい。
領主貴族の連合軍で年下の俺を侮らず協力してくれた数少ない貴族だ。
そんなモットレイ卿が王都に居る宮廷貴族に対する敵意を隠そうともしない。
五年前の戦争が終わったぐらいから領主貴族と宮廷貴族の関係は微妙なままだ。
今まで偉そうに領主貴族をナメて無茶な要求をしてきた王家と宮廷貴族は力が衰えた途端、今までの仕返しとばかりに苦しい立場に追い込まれている。
モットレイ卿も父さんみたいにろくでもない貴族の女と無理やり結婚させられて愛人の世話までさせられたらしい。
領主貴族達の窮状に救いの手を差し伸べたのはホルファート王家じゃなくてレッドグレイブ公爵家。
つまりアンジェの親父さんだ。
溜まりに溜まった鬱憤、遅れがちな恩賞と領主貴族の不満は留まる事を知らない。
ここで支持する貴族を増やせば本当に国をひっくり返せそうな雰囲気を感じる。
怖い。
戦争は人を変えちまうもんだけど、公爵家の派閥が増えるほど異論を言えない空気が漂うのが政治音痴な俺でも分かる。
領主貴族にも悪い連中がいる、宮廷貴族にだって良心的な奴がいる。
そんな意見さえ言えないまま内乱に直行したら笑うに笑えない。
こうして俺が裏で王妃様達と繋がってると分かれば八つ裂きにされそう。
王国の全体が戦争は懲り懲りと思ってるのに、誰が頭になるかで血塗れの争いが起きるのはどうしてだろうな?
「しかしバルトファルト卿がこのような考えをお持ちとは。やはり成功する若者は一芸のみに秀でている訳ではない証明ですな」
「私ではなく妻の発案です。私には賛同者を募るぐらいしか出来ません」
「なるほど。アンジェリカ嬢、いや子爵夫人の発案ですか。ならば公爵との交渉も上手くいきそうですな」
「公爵は相手が身内でも加減しない御方です。正直、成功の可能性は低いと言わざるを得ません」
「しかし上手くいけば多くの下級貴族が領地経営を熱心に取り組めます。荒れた領地を立て直したくとも伝手や資金が無い新興貴族にとって朗報となりましょう」
「ご期待に沿えるよう尽力します、本日は貴重なお時間をいただきありがとうございます」
「こちらも有意義な時間を過ごせました、感謝します」
モットレイ卿は俺と握手を交わすと部屋から退室した。
扉が閉まった瞬間、力が抜けて思いっきり息を吐き出す。
上手くやれたかな?
いくら俺の口先が上手いからって、それは戦場で敵を騙したり挑発する方だぞ。
必要な書類を纏めて、自分の草案をきっちり説明し、相手に同意してもらうのは別の才能が必要になって来る。
貴族の交渉術なんて成り上がり者の俺には無理。
助けてアンジェ。
そう思っても此処にアンジェは居ない、今は遠く離れた王都でいろいろやってんだろうな。
せめて屋敷に帰って子供達と親子の時間を過ごしたいけど、まだ要件が幾つか残ってる。
あともう少しだけ気合いを入れて働きますか。
部屋から出ると広間に爵位持ちの貴族とその家族が集まって談笑したり、真っ昼間から酒を飲み交わしたりと盛り上がってる。
戦争が終わりファンオース公国がホルファート王国になってからこんな風に辺境の領主貴族や新興貴族が集まって茶会やパーティーを開催するのが多くなった。
ガキの頃は俺自身こうした催しに一回も参加した事が無かった上に、バルトファルト家が極貧で開催できる立場じゃなかったから貴族同士の集まりなんて税金の無駄遣いだと思ってた。
自分が領主になってからやっと貴族の交際って物が分かる。
横の繋がりが無いと他の領地から物流が滞るし、ナメられたら恥をかかされて相手の下に見られる。
獣が自分の縄張りを護るように貴族も領地を護る為に周囲を威嚇しなきゃ話にならない。
面倒事は嫌いだし、やんごとなき血筋の奴らの話題には付いて行けないけど何もしなけりゃどんどん立場が苦しくなる。
結局は情報収集と示威行為も兼ねて必要最低限の催しに参加するのが一番波風が立たない。
領主稼業はつらいよ。
まぁ、何人かの知り合いに同意書を貰えて今日の仕事はこれで終わりだ。
この分なら明日の朝には目的地に到着できる。
「バルトファルト子爵!」
どこからか声を掛けられた。
聞こえなかったふりをしてこの場から逃げ出したい。
だけどそれは無理な相談だ。
何せ相手は貴族様だ、自意識の塊みたいな連中だ。
無視したら根に持っていつまでもネチネチ嫌味を言う陰険な野郎が貴族には多い。
どうしてこう、立場に反比例して性格が悪い奴が貴族には多いんだろ?
いや、性格が悪いから出世するのか?
その辺の因果関係はよく分からん。
振り返るとグラスを手に持った二人の若い貴族がこっちに向かって来る。
あぁ、お前らか。
なら少しぐらい時間を潰しても問題ないな。
「お久しぶりですバルトファルト子爵」
「この催しならお会いできると思っていました」
「お久しぶりですレイモンド君、ダニエル君。こうして会うのは終戦以来ですね」
目の前に立つ体格が良い褐色肌の男がダーラント男爵家のダニエル、眼鏡を付けた整った顔立ちの方はアーキン男爵家のレイモンド。
ファンオース公国軍に対抗する為に結成された領主貴族の連合軍で知り合った奴らだ。
ダーラント男爵とアーキン男爵とは連合軍で知り合いになって、息子達は俺と同齢という理由で会議や作戦で連携した時にちょくちょく顔を合わせた。
二人は学園に通ってたらしいけど、軍に入って一兵卒から叙爵された俺を同年代の英雄扱いしてちょっと困る。
俺は運良く敵将を討ち取り、たまたま生き残っただけの凡人なのに希望の星みたいに目を輝かせて来るのが重荷だ。
慕って来る相手に失望されたら一気に悪評が広まるから邪険には出来ない。
どれだけ面倒くさくても、相手がまだ親から爵位を継承してない同い齢の貴族令息でも礼儀を弁えなきゃいけないのが新興貴族のつらい所だ。
「バルトファルト卿はこちらで何を?」
「レッドグレイブ公爵に提出する政策案の賛同者を募っていました」
「やはり英雄は俺達とは一味も二味も違いますね」
「大した事はしてません。御二人は婚活ですか?」
「それもあります」
「聞いてください、僕とダニエルは父の家督を継ぐ事になりました」
「……それはおめでとうございます。ダーラント男爵とアーキン男爵は引退されるのですか?」
「俺達が独り立ちするまでの期間は補佐してくれると言ってます」
「ファンオース公国との戦争じゃ犠牲が多過ぎましたからね、若い奴らの方が変革に対応できるから早めに引退して家を盛り立てようって算段でしょう」
戦争が終わってから子供に家督を譲る貴族が増えてる。
心身に傷を負って政務が出来なくなった奴、権力闘争に疲れた奴、時代の波に乗れないと悟った奴。
理由はいろいろあるけど大体が時代の変化を感じて自分の限界を知った年配が引退してる。
価値観を変えるにも頭が固く、出世するには才能と活力が足りない。
なら子供に家督を譲って自分は悠々自適な隠居生活を送ろうとする貴族当主が増えた。
羨ましい、めちゃくちゃ羨ましい。
こっちはあと二十年ぐらいは隠居できないのに、ろくに働いてないオッサン世代が気楽な老後を送るとか羨まし過ぎる。
爵位を譲るから交代してくれないかな?
「だからっていきなり爵位を譲られても困ります」
「恩賞さえまだなのに。これで領地の経営を引き継いでも立て直しなんか出来ませんよ」
「下手すりゃ統治の失敗を理由に爵位と領地を没収されかねません、そうしたら隠居どころじゃないって必死に説得してるんです」
若い貴族は経験が足りない、成り上がり者はそもそも貴族の教育を受けてない。
今のホルファート王国は若くてやる気がある奴ほど苦しい立場に追いやられてる。
無能を排斥して後釜に有能な奴を据えれば解決するほど政治って物は甘くないと最近になって分かりかけてきた。
別に俺はホルファート王家に対して御大層な忠誠心は持ち合わせていない。
アンジェの事を抜きにしたらレッドグレイブ家に肩入れし過ぎるのも危険だと思ってる。
ただ国が安定しないとうちの家族が危険に晒される。
特にあの夢が本当なら別世界の俺は20歳でファンオース公国とラーシェル神王国とヴォルデノワ神聖魔法帝国を平定したらしい。
別世界の俺が他国に攻め入るイケイケな軍国主義者ならともかく、ルクシオンやお妃様達の反応から性格に大差ないと思ってる。
ファンオース公国はホルファート王国に併合した。
なら次はラーシェル神王国とヴォルデノワ神聖魔法帝国と戦争が起きるかもしれない。
このまま内乱が起これば更に国が弱体化して必ず戦争になる。
それを食い止める為に一刻も早く王家と公爵家の関係の修復と国内の復興を急がないと。
「お困りな御二人に耳寄りな情報があります」
にこやかな営業用の微笑みを顔に浮かべて封筒から紙の束を出して差し出す、
モットレイ卿の説明に使った資料だけど有効活用させてもらおう。
位階が低い男爵家でも協力してくれるならしてもらう。
数は力だ、英雄一人でも百人の兵を同時に相手するのは難しい。
下手に領主貴族を処罰したら統治者が減るから今の王家は貴族を無碍に出来ないし。
「とても有意義な話です、此処での話は無理なので別室で話しましょう」
ダニエル君とレイモンド君は胡散臭い俺に従ってさっきモットレイ卿と俺が使っていた部屋に入った。
顔の筋肉が痛い、ゆっくり揉んでも表情が死んだみたいに動かなくて口を開くのも面倒臭い。
艦橋で飛行船を操縦する部下達には俺が不機嫌に見えるんだろう。
俺が戻ってからチラチラこっちを盗み見ても声をかけて来ない。
どうもアンジェが王都に行ってイライラしてると思われてるみたいだ。
失敬な、確かに寂しいけど八つ当たりするほど器の小さい男じゃないぞ。
「兄さん、いい加減に機嫌直してよ」
「別に怒ってない、疲れただけだ」
コリンが俺を宥めるけど別に怒ってない。
慣れない社交やモットレイ卿や同年代の若い連中を口先で言い包めた自分にうんざりしてるだけだ。
あれから一時間程度の説明でダニエル君とレイモンド君は俺の案に上手く乗ってくれた。
まだ家督を継いでないとはいえ次期当主が賛同するんだ、法的な効力は十二分にある。
だからと言って生真面目で真っ当な連中を巻き込むのは罪悪感がどうしても湧く。
アンジェの考えた改革案に賛同したからと言って罰せられる訳じゃない。
戦争で被害を受けた領主貴族の保障は王家も悩んでいる、もし公爵が王位を奪っても問題は据え置きだ。
領主貴族からの支持を集めてる公爵が領主貴族を蔑ろにしたら派閥の人員が減る。
公爵としちゃ無視できないから要求に応えるしかないだろう。
政治なんて面倒なだけだ、口先で他人を誘導するのも気が引ける。
きっと俺は地獄に堕とされる、それだけの事をやってきた。
「僕じゃなくてニックス兄さんが一緒なら良かったのに」
「兄さんは結婚式の準備で忙しい、父さんも同行してるから今頼れるのはお前だけだ」
アンジェの出産予定日が来月、それを踏まえた上で兄さんとドロテアさんの結婚式が行われる予定だ。
俺とアンジェの結婚式が地味だった反動か、兄さんの結婚式はローズブレイド家が主導する形になってる。
兄さんはローズブレイド家から婿殿として歓迎されて伯爵領に行ったら数日は帰れない有様だ。
男爵家の当主な父さんも同行する事が多くて俺を補佐してくるアンジェは王都行き。
母さんと姉貴とフィンリーはいまいち頼りなくてコリンが俺を助けてくれる。
今日のパーティーもコリンが同行してくれた。
「兄さんが結婚かぁ、姉貴とフィンリーはいつになったら結婚できるんだろうな」
「それ二人に言わないでよ、ドロテアさんが嫁入りしたらますます不機嫌になるから」
戦前は貴族の女性が相手を選ぶ権利があった。
父さんやモットレイ卿みたいに悪い女を妻にしたら自分の血を引いてない男子に家督を奪われるなんて事件が山程あったのに王国はその声を黙殺。
積もり積もった怨みは領主貴族の反発を招いたけど王家の力に文句を言えなかった。
そんな力関係も戦後は一変。
ただでさえ少なかった貴族の男は数を減らし、真っ当な貴族は宝石より貴重になってる。
側室や妾になれたらまだマシな方で、下手すりゃ娼館に売られる貴族令嬢が後を絶たないと来たもんだ。
姉貴とフィンリーはそんな古い考え方に固まった貴族令嬢だったけど最近になってちょっとした変化が起きた。
誘拐事件に巻き込まれ、醜い妄執に染まったゾラ達を間近で見たせいだろう。
家の仕事も手伝うようになってくれたし、淑女教育にも精を出してる。
あれでも俺の姉と妹なんだ、出来るなら幸せになって欲しいぐらい俺だって思ってる。
ぼんやりそんな事を考えながら視線を横にいるコリンに移した。
末っ子のコリンは素直な性格で頭だって悪くはない。
ただバルトファルト家の男連中と違って荒事に向いてない。
戦前は冒険者、戦後は軍人とホルファート王国の理想の男性像は強い男だ。
俺としちゃコリンにも出世して欲しいけどバルトファルト領に居てもコリンの将来は閉ざされている。
子爵家は俺の息子が継ぐだろう、男爵家も兄さんが継ぐ。
俺達が死ぬ事態が起こればコリンが家督を継げるが、そうじゃなきゃ甥や姪にコキ使われる未来が待ってる。
こういった問題を解決する為に貴族の次男や三男は騎士になる道を選ぶんだけど、コリンが騎士に向いてるとはどうしても思えない。
「コリン」
「何、兄さん?」
「お前、留学する気あるか」
唐突にそんな言葉を口にする。
戦争が終わってから王国は人手不足だ。
問題ある連中を処罰したのが一因だけど、若手が居ないのも痛手だった。
貴族に必要な最低限の教育を施す目的で学園があったけど、ファンオース公国の戦争が始まってから休校。
兄さんと姉貴は卒業扱い、フィンリー以降の貴族の子供は各々の家で教育してる状態だ。
そのせいか実家の経営に詳しくても国全体の政治を担える官僚が不足している。
誘拐事件後にユリウス殿下やジルクから送られた手紙にはそんな愚痴が長々と書かれていた。
「どうして、また急に?」
「今の王都は人手不足らしい。引退した年寄りまで使って何とかやりくりしてるけど限界と言われた。宮廷で働く文官は喉から手が出るぐらい欲しいってパーティーで聞いた」
「でも、書類仕事なんて経験無いよ」
「殿下の手紙には学園を再開させようって動きがあると書いてあった。そうなる前の若い連中は留学させよう、優秀なら戻った後に宮廷で働けるよう便宜を図ってくれるらしいぞ」
「初耳だよそんなの」
「まだ企画段階だからな。復興中のアルゼル共和国、王妃様の伝手でレパルト連合王国、あと遠いオシアス王国が候補になってる」
「……もしかして僕、邪魔なの?」
「そうじゃないさ。これからの世の中は学問が重要になるって話だ」
俺は戦争で出世したけど戦争が嫌いだ。
別に上級クラスじゃなくても構わない、普通クラスで勉強して資格を持ってどっかで働くような人生を送りたかった。
可愛い弟や自分の子供達には平和な時代を生きて欲しい。
人を殺さずに出世できるのは幸せな事なんだぞ。
「兄さんって本当は凄い人だよね、自分じゃ大した事ないって思ってるけどさ」
「嫁と知り合いが凄いだけだぞ。そのおかげでいろいろ情報が流れてくる」
「最近うちに来る手紙が増えたのは殿下と知り合いになったせい?」
「あいつら、何か俺を気に入ってやたら手紙や贈り物をするようになった。俺はあいつらの愚痴を聞く酒場の主人じゃねえんだぞ」
半分は誤魔化し、半分は真実だ。
改革案の修正には情報が不可欠だから殿下達から報告の手紙が直接こっちに送られる。
ユリウス殿下とジルクは王との状況と国全体の問題点、グレッグとクリスは国内の治安、ブラッドからは辺境の様子と外国の情報が事細かに報告されてる。
同時にユリウス殿下からは宮廷の愚痴、ジルクからは厭味ったらしい文句、グレッグからは武器の試作品、クリスからは寂しさを紛らわせる為の相談、ブラッドからは上手く描けた自画像の複写が送られた。
使えそうな物は貰ったけど要らない物は送り返したぞ、こんちくしょう。
あいつらが有能なのか、途轍もない馬鹿なのか最近分からなくなってきた。
ただ言える事はあいつらに任せきりにしたらこの国がヤバい。
「子爵様、そろそろ目的の場所です」
「分かった」
席から降りてコリンに譲る、此処から先は別行動だ。
「じゃあ、後は頼んだ。何日かしたら戻るから」
「せめて何処に行くか教えてよ。あんなの積んで何する気?」
「悪い、お前らを巻き込みたくない」
「兄さんはどっかの貴族の屋敷に殴り込みしかねないから怖いよ」
失礼な弟だな、俺だって襲う直前に連絡して最低限の義理は通すぞ。
文句は口にせず部屋に戻り愛用の戦闘服に着替える。
これを着ると気分が引き締まる自分が悲しい、どこまで行っても俺は戦争屋なのか。
格納庫に入るとキラッキラに輝く小型飛行船が目に入る。
これはローズブレイド家からの贈り物だった。
『民間の飛行船を使ったから誘拐された、ならば小型の最新型で行き来すればいい』とはローズブレイド伯爵の弁。
公爵家といい伯爵家といい名家は発想も経済力も桁違いだ。
乗り込んで積み荷を確認、武器、弾薬、食料、水、薬、撮影器具、準備良し。
これから初めての冒険に向かう。
あれだけ嫌ってた冒険者の真似事をするとか人生は何が起きるか分からないもんだ。
操作盤のボタンやスイッチを動かして飛行船を起動させる。
最新の飛行船は振動も音も静かで技術力の凄さに感動さえ覚えた。
「リオン・フォウ・バルトファルト。これより発艦する」
『こちらコリン・フォウ・バルトファルト。兄さんの無事を祈ってるよ』
「じゃあ行ってくる、土産は期待すんな」
『早く帰ってみんなを安心させて』
コリンの言葉を聞き終えたのと同時に操縦桿を握り締める。
向かうのは夢で教えられたあの場所だ。
飛行船ってのは本来は複数人で操縦するもんだ。
どれだけ優れた操縦技能の持ち主でも同時にやれる事に限界はある。
ましてや空には目印なんて無い。
地図に記されない小型の浮島、雲や霧による視界不良、延々と続く空の青さによる感覚の麻痺。
自分が正気かなんて分かったもんじゃない。
本当なら誰かを同行させるべきだけど、これは俺一人で解決すべき問題だ。
何より『夢でロストアイテムに教えられた場所に眠っている宝を見つける』とか言い出す奴を普通はどう思う?
医者に相談して強制入院させるに決まってる。
教えられたのは大雑把な地図の位置だけ。
おまけに世界はあまりに広い。
ちょっとした違和感なんて気付かない内に通り過ぎてしまう。
この数か月間は休日の度に陽が昇る前に出かけて陽が沈んだら戻るのを繰り返したんだぞ。
アンジェには浮気してないかずっと疑われたし、家族の責めるような視線が本当に痛かった。
そうして暇を見つけては探索を繰り返し、磁気の異常地点を発見するのに二ヶ月もかかった。
準備を整えるにはそれから更に半月、こうして間に合ったのは奇跡としか言いようがない。
途中にある領地の空港で休憩を取って夜明け前に出発。
数時間後に到着したのは磁気の異常が確認された場所だ。
慎重に飛び続けると方位磁針が突然狂い始める。
更に速度を落として飛び続けて正確な位置を割り出す。
方位磁針が狂う方向に向かって近づくというあまりに命知らずな行動。
俺はビビりなんだよ、今すぐおうち帰りたい。
ついに方位磁針の乱れは最高潮になる。
飛行船を待機状態に切り替えて甲板に出る、目的地はそこにあった。
巨大な雲が空に漂っている。
目に見えない大気の流れに周囲の雲はゆっくり動いているのにその雲だけは一ヵ所に留まり続けてる。
そこだけずっと時間が止まっているように静かだ。
周囲を確認すると雲の真下の海面に光が見える、警戒しながら近づくと光は徐々に強まっていく。
これだ。
探してた場所を見つけた喜びに叫び出したくなる。
本当にあった。本当に。
まさか本当にあるなんて半信半疑だったのに。
あの夢が真実だと分かった達成感、同時に未来で起こりえる可能性に恐怖を感じる。
下唇を噛んで小便を漏らしそうな恐怖を必死に耐える。
ここで俺が逃げ出しても何も変わらないかもしれない。
けど逃げ出して何も変わらなかったら?
もしあの兵器が俺の大事な人達を襲ったら?
王国の崩壊、他国との戦争、王になった俺。
信じられない、でも教えられた事が真実なら、それはありえる未来の形だ。
もしも破滅の未来が訪れたら?
また人が死ぬ。
それも王国だけじゃない、他の国の人間も死にまくる。
せっかく平和になったのにまた戦争が起きるなんて冗談じゃない。
俺に出来るのは戦争を起こしそうな奴を邪魔するだけだ。
公爵、王家、ロストアイテム。
幸せな家庭を護る為なら神様にだって喧嘩を売る。
俺の幸せをぶっ壊す奴は首根っこを掴んで性根を叩き直す。
呼吸を整えて操縦席へ戻り操縦桿を握り締める。
最新の小型飛行船だ、鎧の攻撃や大型船の砲撃じゃない限りは耐えられる。
腹を括って海面に飛行船を近づける、すると飛行船全体が振動を始めた。
必死に操縦桿を離さないのが精一杯だ、何が起きてるのか見当もつかない。
外を見ると少しずつ飛行船が上昇している。
おかしい、俺は飛行船を待機状態に保とうとしてるのに。
目に見えない大きな何かに押し流され少しずつ上昇している飛行船。
心が狂わないように意識を保つのがやっとだ。
ダメだ ダメだ ダメだ
ちくしょう やっぱ止めときゃ良かった
あの球っころめ もし死んだら地獄で殴ってやるから憶えとけ
俺の口から洩れた悲鳴は誰にも聞かれる事なく空に吸い込まれる。
目の前に迫った大きな雲を前に何度目になるか分からない死の予感に身を震わせる事しか出来なかった。
今章はリオン視点のお話。
今作リオンはルクシオン発見時の転生者リオンよりレベルや装備は上ですが前世知識がありません。
ルクシオンにどう対抗するかは持ち越し、次章はアンジェ視点に移ります。
追記:依頼主様のリクエストによりReiN様、紫おん様、柳(YOO) Tenchi様にイラストを描いていただきました、ありがとうございます。
ReiN様 https://www.pixiv.net/artworks/117376563(成人向け注意
紫おん様 https://www.pixiv.net/artworks/117384363(成人向け注意
柳(YOO) Tenchi様 https://www.pixiv.net/artworks/117401430
意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。