婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第74章 脚本

「本当にうちの男共は頼りにならなくて、愛だの浪漫だの追い求める前にやるべき責務があると思わない?」

「……はぁ」

「どうしてあんな風に育つのかしら、あの無責任さがホルファート王家の特徴かもしれないわね」

「……そうかもしれませんね」

 

 愚痴である。

 延々と続いているミレーヌ様の愚痴に私の心は疲弊していた。

 私に課せられている使命は人形のようにひたすら王妃の口から洩れる憤懣を聞き続け、適当な時に曖昧な応答をするだけ。

 こんな仕事は王妃付きの侍女や王妃と懇意になりたい何処ぞの御婦人方に任せれば良いのだが、ミレーヌ様の御側にはそんな不埒な考えを持つ相手は見受けられない。

 

 幼少の頃より才媛として名高いミレーヌ様は出生や縁故より実力を重んじられる公正無私な御方だ。

 いや、公正無私に為らざるえなかったというべきか。

 王妃とはいえレパルト連合王国から嫁がれたミレーヌ様に対し潜在的に余所者扱いしているホルファート王国の貴族はかなり多い。

 極一部の供廻りを除き他国へ嫁ぎ一国の政務を執り仕切るには信の置ける者を一から育て上げる必要があった。

 

 私もそうした一人になる予定だったが、今では王都から遠く離れた辺境で領主貴族の奥方という気楽な身分を満喫してる。

 ミレーヌ様にとっては私が王家に愛想を尽かし辺境にさっさと引っ込んだと思い込んでいるかもしれないが、そうなった原因は貴女の産んだ息子です。

 正直な所、私の方が文句の一つも言いたい気分だ。

 

 ミレーヌ様の鬱憤を晴らす為、私が嬉しくもない話し相手を拝命して既に一日が経過した。

 宮廷貴族のパーティーが今宵行われる王都の宴会場、その会場を備えた高級宿の一室に私達は待機している。

 まだ誰も到着していないこの時間に移動したのは余計な詮索を避ける為だ。

 今この時ですら王妃の憤懣は治まらず、話を聞き続けた私はパーティーの開始前で既に疲労困憊の有様。

 適当に聞き流したいのは山々なのだが時に有益な情報もあるので最期まで気を抜けない。

 ミレーヌ様の怒りの矛先は主にローランド陛下とユリウス殿下の二人に対してだった。

 

「アンジェ、貴女も気を付けなさい。男なんて子供を産んだら妻に目もくれないし、暇な時に子供を可愛がるだけが子育てだと思い込んでるんだから」

「……気をつけます」

「結婚した当初はそれなりに優しかったからすっかり騙されたわ。言葉より行動で示して欲しいのに私が政務に勤しむほど腫物扱いして。誰のせいでこうなったと思ってるのよ」

 

 それは貴女達ご夫婦の話であり、私達夫婦と同一視しないでいただけますか。

 喉から出掛かった言葉を必死に噛み殺す。

 嫌な事にミレーヌ様の憤りに関しては私にも心当たりがあった。

 特にリオンも子供達に対し甘い部分が存在し、これまで幾度も私は諫めている。

 私を宥めるリオンの言葉に絆されついつい看過してきたが今後は改めた方が良さそうだ。

 これだけ夫に対する愚痴を聞かされてリオンが陛下より幾分マシだと思うのは惚れた弱みなのか。

 或いは陛下が為政者、夫、父親としても酷過ぎるだけなのが判別が難しい。

 

「仕事を理由に教育係へ任せたのは誤りね。貴女とユリウスの婚約破棄してからエリカだけでも私の手で矯正できたのが唯一の救いだったわ」

「エリカ殿下はフレーザー伯爵家に嫁がれるご予定だったのでは?」

「本来ならファンオース公国との戦争が終わった時にすぐにでも輿入れさせる予定だったのよ。でもフランプトン侯爵派の粛清と同時にフレーザー家が信に足るか各方面から見直したわ。エリカは我が儘、エリヤは国境を護る伯爵家と跡取りとして自覚が足りな過ぎて不適格。あの二人を鍛え直すのに四年もかかったわ」

 

 エリカ殿下はユリウス殿下の妹君であり、国王の正妃であるミレーヌ様が産んだもう一人の御子だった。

 性格は天真爛漫だがそれはあくまで表向きの話、本性は傲慢にして我儘という典型的な苦労知らずで増長した女子その物である。

 王妃教育で後宮を訪れた際は私に対し丁寧な応対をしていたが、その瞳に宿す光は荒々しい物だった。

 裏で私を貶める陰口を広めたり素知らぬ顔で嫌がらせを受けた事は数え切れない。

 そもそも私の王妃教育が過酷になった背景には王の実子でありながら淑女教育を拒むエリカ殿下の不足分を穴埋めする意味合いすらあったのだ。

 仮に私が婚約破棄されず王妃となっても積極的に関わり合いたいと思える人柄ではなかった。

 寧ろ理由さえ在れば強大な力を蓄えているフレーザー伯爵家ごと取り潰したいと思ったのは一度や二度ではない。

 そんなエリカ殿下が素直にミレーヌ様の指導を受け入れるとはとても思えなかった。

 

「もちろん全力で抵抗したわよ。陛下にお願いしたり、侍女を身代わりにしたり。教育係を脅した事さえあったわ。最終的に私じゃなきゃ従わないと分かって。政務が暇な時はずっとあの子を面倒見てたのよ」

「素直に従いましたか?」

「従わないなら王籍を剥奪して処刑すると脅したら効果覿面よ。侯爵派を粛清してた時期だったのが良かったわね。処刑場に連れて行ったら次の日から素直になったわ。同行させたエリヤも運動に精を出して今じゃ見違えるほど痩せてるのよ」

 

 それはそうだ。

 真っ当な感性の持ち主なら『王女だろうが教育を拒むなら首を刎ねる』と生首を目の前に脅され、次は自分だと思い大人しく従うだろう。

 ましてや国を裏切り処刑された者の中には要職に就いていた者も数多く存在していた。

 未だ爵位を継承していない嫡男や政務に関して無能な王族など存在していないも同然、むしろ禍根を遺す前に消し去った方が後腐れないと思われた時点で命取り。

 危機感を覚えた二人が必死になって勉学に励むのも当然と言えよう。

 

「教育は優秀な子以外は手間を惜しんではダメね。……いえ、いくら優秀でもちゃんと見張ってなければ道から逸れてしまう。この歳になって漸く母親としての実感が湧いたわ。貴女も気を付けなさい」

「王妃様自らの御教授、感謝致します」

「王家が残るにせよ公爵家が支配するにせよ、貴族の令息令嬢の意識改革を推し進めないと戦前と何も変わらないわ。子供を育てるのってどうしてこう、上手くいかないのかしら?」

 

 苦笑するミレーヌ様の表情は何処か楽しそうである。

 口では文句を言いつつもやはり腹を痛めて産んだ子が愛おしいのだろう。

 私も同じ気持ちだった。

 産まれたばかりのライオネルとアリエルの子育てを自らの手で行うも思い通りにならず悪戦苦闘の日々を送ったのは僅か二年程前。

 何で泣いているか分からない。

 空腹か、眠いのか、おむつか、何かが悪いのか。

 貴族は基本的に子育てを乳母や教育係に一任するが、貴族として最底辺だったバルトファルト家にそんな風習がある筈も無い。

 初めて産んだ子という意気込みもあって子供達の面倒を全て見ようとして空回り、夜泣きする双子をリオンと共に抱きかかえ眠れぬ夜を何度過ごした事か。

 双子が順調に育ち、ある程度は使用人に任せられるようになって余裕が生まれた。

 もう二度とあんな苦労はしたくないと思いつつも次の子が産まれるのを心待ちにしている私はひどく矛盾している。

 

「学園を再開する前に初等教育を徹底させた方が良いわね。爵位や領地で受けられる教育水準に差が出ないように画一的な教育制度を作るべきかしら?」

「ですが、領地の知識や爵位に能う知識を予め授けた方が滞りなく継承できるかと」

「受け継ぐべき爵位や領地が不変ならそれで構わないわ。だけど今の王国ではそれが許されない、あらゆる価値観が変わってしまったわ。貴族の存在も時代に応じて変わらなくてはならないの」

「原因は戦争の影響でしょうか?」

「事態を加速させたのは確かにそうね。でも一番の原因は別にあるわ」

「それは一体?」

「聡い貴女なら既に分かっている筈じゃない。彼女(・・)が学園に入学できたのは私達が裏で画策していたからよ」

 

 知りたくはない、知ってしまえば逃げられなくなる。

 同時に心の何処かで納得もしていた。

 

どうして辺境で育った彼女(・・)が学園に迎えられたか

特待生として上級クラスに編入できたのか

 

 少し考えれば当時の私にも分かった筈だ。

 それが出来なかったのは私がユリウス殿下の婚約者として彼女(・・)を敵視していたから。

 怒りは目を曇らせ判断を誤らせる、あの時の私は確かに未来の王妃には相応しくなかった。

 婚約破棄によって王妃という至高の地位を逃した先に幸福な日々を送れているのは何とも皮肉な話だ。

 

「オリヴィア、彼女はいったい何者なのですか?」

「彼女は主役(ヒロイン)よ。尤も彼女を取り巻く物語は私の考えた脚本から逸脱し過ぎて修正できないけど」

 

 ミレーヌ様の御言葉が要領を得ない。

 確かにオリヴィアが優れた頭脳を持ち、稀少な回復魔法の使い手なのは理解している。

 そんなオリヴィアは特待生として学園に編入、王子や名家の令息と懇意となり、数々の冒険で功績を上げ聖女に推挙された。

 ファンオース公国と内通していた貴族達の後援を受けるも真実を公表、二度に渡り侵攻を退けて今や王家よりも崇敬を集めている

 こんな狂人の妄想じみた脚本を実行できるのなら、それは最早神の所業である。

 さらに状況はオリヴィア自身にもこの状況は決して喜ばしい状況ではない。

 全てがチグハグ、役者も脚本も演出もその場その場の即興(アドリブ)だらけで奇跡的に辻褄が合っているだけ。

 何が目的でこんな狂った歌劇が生まれたのか、聞きたくないが逃げ出す事は叶わない。

私もこの歌劇に関わる重要な役なのだから。

 

「では最初に。どうして学園が作られたのか貴女は知っている?」

「学園の設立は公国の独立まで遡ります。当時のホルファート王家は大公が叛逆した異例の事態を重く見ていました。王国内の結束、及びに価値基準の統一、更には若き貴族の育成を目的として教育機関の設立が急務となり国内唯一の教育機関として王家の主導により設立されました」

「よろしい。だけどそれは表向きの理由よ、本当の設立理由を貴女は知っている?」

「……仰る意味が分かりません」

「なら言い方を変えます、ヴィンス公はどこまで貴女に真相を伝えているの?」

 

 穏やかだったミレーヌ様の口調がいつの間にか問い質す物に変わっていた。

 稚気を湛えた瞳は君臨する為政者として私を見据え、言動に不審な部分を捉えたら容赦なく糾弾するという覇気に満ちている。

 或いは今までの会話自体が仕込みで私から情報を引き出すのが目的だったのかもしれない。

 エリカ殿下に対する教育の真偽がどうであれ、ミレーヌ様は自分の身内であっても手心は加えない御方だ。

 まして裏で王国の主導権を争っている公爵家の娘を人質にする程度は涼やかな顔で命じられる。

 そうしないのは手を組んだ方が互いに益があるから過ぎない。

 嵌められた悔しさよりもここまでするミレーヌ様の御覚悟に感嘆すら覚えた。

 

「……父上からは各地から集めた貴族の選別を学園で行い、未来の政権を担う人材の育成及び形骸化した腐敗貴族の剪定を目的としているとは聞き及んでいます。貴族の嫡男、及びにその控えを入学させるのはホルファート王国内に於ける勢力図の縮図を分かりやすくする為かと」

「そうね、それも確かに真の目的の一つね。私が尋ねているのはその先よ」

 

 ミレーヌ様の真意が分からない、分かりたくない。

 知れば否応無しにホルファート王国が抱える闇を直視せざるえない。

 その闇を直視するのはこれからの私の人生、延いてはバルトファルト家その物がこの国の根幹に関わる事を意味する。

 拒もうとしても引き返せる場所はとうの昔に過ぎている。

 いや、公爵家の娘として生を受け第一王子の婚約者に選ばれた時から私は引き返せない場所に居たのかもしれない。

 

 リオンならこんな時どうするだろうか?

 きっと逃げたいと言いながらも最後まで付き合ってしまうのが我が愛すべき夫だ。

 ならば私も逃げ出す事を止めよう。

 少しでも正しく血が流れない方向に修正し、私達の子供が生きる時代へ少しでも禍根を減らす。

 ままならぬのが人の世の常、ホルファート王国の闇を正確に捉え為すべき事を為す。

 今の私に出来るのはほんの僅かな状況改善の提案だけだ。

 

「つまり人事権の掌握です。王家が運営する学園で人材の選別を行う。優秀な人材は囲い込み、劣悪な人材は瑕疵を見つけ取り潰す。これを繰り返せば王家の力は増し、貴族達は王家に否が応でも臣従するしかない。反抗的な者達もやがては叛意を挫かれ王家に心から忠誠を誓いましょう。途方もない時間と資金を費やしますが王家の存続が保障されるのならば必要な経費としては妥当な額かと」

 

 当たらずとも遠からずといった所だろうか?

 大公が叛逆し独立した事実に当時の王家が対策を講じない訳がない。

 考えられるのは反乱分子の鎮圧と力による絶対的な支配。

 先のファンオース公国との戦争ですら過剰なまでの粛清と取り潰しが行われたのだ。

 人権意識の低い時代だ、疑わしき者は罰せよの精神で無実の者が大量に巻き込まれた筈。

 ファンオース公国の建国前後の資料は辻褄が合わず信憑性が欠ける者も数多い。

 恐らくは王家にとって不都合な事実は意図的に隠され、事実は闇に葬られたのだろう。

 

「凄いわアンジェ、其処まで思い至れるなんて。やっぱり王国で育った者にしか分からない空気があるのかしら」

「お褒めに預かり光栄です。では正解でよろしいでしょうか?」

「だけど満点はあげられない。ホルファート王国の真意はもっと乱暴で手前勝手よ」

 

 乱暴な物言いはミレーヌ様御自身が納得していない証明だろう。

 これでもまだ正解に至らないか、王家にとって都合良くかなり暴論と笑われてもおかしくない解答だったのだが。

 

「ホルファート王家が学園を設立した目的、それは貴族の存在を抹消し王家の存在を揺るぎない物とする為よ」

 

 解答を聞いた瞬間、頭を思いきり殴られたような衝撃を受けた。

 同時に何処か納得している己もまた確かに存在している。

 なるほど、そう来たか。

 単純にして明快、故に何処までも自分の都合しか考えず醜悪と言って良い。

 王家の隠し持っていたロストアイテムは確かに素晴らしかった。

 超大型のモンスターを退けられたのはオリヴィアと王家の船が秘めていた能力が大きい。

 

 だが、それとて王国軍の兵や貴族の尽力があればこそだ。

 そうした戦働きを一切無視し、貴族の存在を根底から否定する。

 あまりに暴論、あまりに手前勝手。

 この話を聞いた貴族全員が王家に対し反旗を翻してもおかしくない内容だった。

 本来ならば私も怒るべきなのだろう。

 怒りきれないのは領主貴族筆頭のレッドグレイブ家に生まれ、王妃教育によって王家の歴史をある程度は把握し、リオンに嫁いで領地経営の実態を体験したからに他ならない。

 

「ホルファート王家による国家運営、それを盤石にする為の最大の障壁が貴族という訳ですか」

「王国の貴族、とりわけ領主貴族の血筋を辿ればその殆どは各々の浮島を支配していた豪族よ。寧ろ支配の正統性に関しては王家よりも上と言って良いわね」

 

 ホルファート王国の成り立ちは冒険者の一団が功績を上げ付近の浮島を併合した史実にまで遡る。

 ロストアイテムという兵力差を覆す圧倒的存在による従属。

 氏素性すらも明らかではない流れ者が偶然手にした力で王となった。

 歴史とは流血と欲望によって生み出される、どれだけ美辞麗句で彩ろうと血臭さが匂う物だ。

 そうして王家の力に屈服し召し抱えられた貴族の心が本当に従順になっているとは限らない。

 寧ろ秘められた逆心は年月の経過と共に陰惨な物へ変貌を遂げる。

 建国以来、領主貴族の存在は王家にとって悩ましい存在だったのは史書に記される揺るぎない事実だった。

 

「今よりも飛行船や鎧の製造技術が容易い時代よ。性能が低い代わりに貴族が戦力を簡単に増強できる。しかも領主貴族の全戦力は王家の保有する戦力を上回ってる。当時の王家が危機感を抱いたのは必然ね」

「だから武力ではなく文治を以て国を統括する為に学園を作り上げた。国政を執るのは王家と昵懇の宮廷貴族、領主貴族は領地の統治権を持つ代わりに国政への介入と爵位に制限が科せられた訳ですか」

「その通りよ、よく出来ました~♪」

 

 両手を軽く合わせてミレーヌ様が拍手する、おどけた仕草だが面白くも何ともない。

 これは王家によって不当に扱われ続けた王国貴族の歴史だ。

 己の血を誇る領主貴族にとっては屈辱、恥と外聞を捨てて王家に媚びを売った宮廷貴族は忸怩たる思いで聞くしかない。

 

「領主貴族への新たな枷として作られたのが女尊男卑政策。これは領主貴族の当主に宮廷貴族の娘を嫁がせて力を削ぐために作られたの。領主貴族は爵位の低い者が多い、国政に携わる宮廷貴族に対してどうしても譲歩せざるを得ない状況に追い詰める。更に宮廷の仕来りを強制する事で従属化を推し進め更に力を削ぐ計画よ。これも途中まで上手く行っていたらしいけど誤算が生じたわ。いえ、寧ろ必然と言っていいかしら」

 

 よくもまぁ、これだけ領主貴族に対して徹底的な弾圧を繰り返す物だ。

 それだけ当時のホルファート王家が領主貴族の存在を恐れていた証左と言えよう。

人は理解の及ばぬ存在を拒み、恐怖を拭い去る為に徹底的に攻撃する傾向にある。

 病、宗教、思想、人種、国家等々。

 己が頂点に君臨する為に人はどれだけの血を求めるのだろうか。

 

「本来はホルファート王家と真実を知る極一部の宮廷貴族が数百年をかけて王国の支配体制の変革を予定したらしいわ。成功したら今の王家は絶対君主として王国を治めていた筈ね」

「ですが、そうはならなかったと」

「えぇ、私も又聞きだけど当初の計画から数十年で計画に支障が出たのよ」

「領主貴族の反対でしょうか」

「事態はもっと悪いわ。領主貴族の力を削ぐ前に宮廷貴族の堕落が始まったの」

「それはまた……」

「権力を持つ者は必ず腐敗する。どれだけ崇高な理想を追い求めていようと、先祖が清廉潔白な人格者だろうと例外なくね。そもそも計画自体がホルファート王家の存続を最優先にしたんだもの。王命を理由に宮廷貴族の専横は時代を下るほど悪化していったわ」

 

 国政を担った者の驕りだろう。

 宮廷貴族は王家の守護を名目に税を課し、抗議すれば逆臣と言われ討伐される。

 それが繰り返し行われ、ついには当初の目的すら忘れ去られた。

 後に遺ったのは腐敗した宮廷貴族と怨みを抱えた領主貴族。

 確かな権力基盤を作ろうとした結果は腐り堕ちた手足と叛意を抱く家臣。

 王家の存続を最優先した結果がコレとは運命の悪戯としか言いようがない。

 

「女尊男卑政策も腐敗を助長した一因ね。当主ではなくその妻が力を持てば領主貴族の弱体化はより顕著となるわ。王都の学園で贅沢をさせれば更に領主貴族は困窮し、逆に王都の金庫は潤う。王家としても止める理由が無かったの。そうして放置した結果、取り返しのつかない事態を招いてしまった」

「学園の惨憺たる有様を王家は何故放置していたか納得できました。王家が令息や令嬢の横暴を止めなかったのは、他でもない王家がそれを許していたからですね」

「……ごめんなさい、貴女には話しておけば良かったわ。そうすればユリウスとの婚約破棄は回避できたかもしれないのに」

 

 私が通っていた頃の学園はひどい状況だった。

 家柄にかまけ自身の努力を怠り他者の足を引っ張る事に精を出す品性下劣な生徒。

 思い返すと私を含め極一部の真っ当な感性を持っていたのは伯爵家以上の出身者が多かったように見受けられる。

 恐らく頭が回る貴族達は気付いていたのだろう。

 宮廷貴族は王家に切り捨てられぬよう、領主貴族は付け入られる隙を見せないように。

 

「ですが、どうしてオリヴィアが関わってくるのでしょうか?彼女はあくまで平民の出身者です。優れた人材である事は認めますが国政を担うにはあまりに後ろ盾が無い」

「それも単純な理由、王家は貴族に変わる身分を作ろうとしていたの。貴族よりも優れ従順な臣下、強く、賢く、勤勉で、人格に問題ない優れた者を」

「……だからオリヴィアを上級クラスに編入させたのですか」

「えぇ、彼女を選んだのは宰相よ。私はそれを認可しました。来るべきホルファート王家の忠実な従僕、その最初の一人に相応しい少女と見込んで」

 

 こみ上げる吐き気を必死に耐える。

 不敬罪に問われようがミレーヌ様を殴って罵りたい衝動を抑える為に拳を握った。

 分かっている、ミレーヌ様も巻き込まれた側の人間だ。

 十代で他国から嫁いだ姫君にこんな計画を一から遂行できる訳がない。

 この計画を立案した者達は既に墓所の骸と化している。

 欲のまま行動し負債を子孫に押し付けのうのうと永遠の眠りに臥している。

 あまりに醜悪、あまりに驕慢、あまりに手前勝手。

 そんな輩が長きに渡りこの国の玉座に君臨している。

 この王国の根底が腐っている、人を人とも思わない王家の悍ましさは形容できる物ではなかった。

 

「本来はオリヴィアを手始めに優れた平民を編入させ王家が支援する予定だったの。凡そ二十年もすれば平民でありながら要職に登用される者は増え、傲慢で無能な貴族は切り捨てられる。変革は緩やかに行われ、百年後にはホルファート王家が国内の全てを掌握していたはず」

「だがそうはならなかった。オリヴィアはあまりに優秀過ぎた。それこそ王家を凌ぐ求心力を今の彼女は備えている」

「これまで貴族や平民を顧みなかったツケね。今の王家は貴族からも平民からも見捨てられつつある。いずれ切り捨てる予定の公爵家よりも未来の従僕を優先した。その結果が公爵家に玉座を狙われ育てていた聖女に牙を剥かれる。まるで三流喜劇の結末ね、誰もが筋書きを無視して自分のやりたいように即興(アドリブ)を入れたせいであらゆる部分が破綻しているわ」

 

 ミレーヌ様の乾いた笑いは誰に対して向けたものか。

 やる気の無い国王である夫か、婚約破棄した王子である息子か、臣下でありながら逆心を抱く公爵か。

 或いは感情に身を任せ王子と聖女に決闘を申し込んだ愚かな公爵令嬢(わたし)に対してか。

 

 レッドグレイブ家は元々ホルファート王家の分家筋だ。

 こうした王国の裏事情に通じていても何ら不思議ではない。

 近頃の父上が王家に対し強硬な姿勢を取り続けているのはこの為か。

 おそらく婚約破棄されずユリウス殿下が王座に就けば公爵家は外戚として発言力を強められる。

 公爵家のみでどれだけ抵抗できるかは不明だが王家に不満を持つ領主貴族は多い。

 それらを巻き込んで王家の計画を止められるならば父上は王家に恭順しただろう。

 だが、あの婚約破棄で総てが変わった。

 ファンオース公国との戦争でホルファート王家は弱体化している。

 この狂った筋書きを壊す為にあらゆる手段を用いる筈だ。

 

「ミレーヌ様が求める結末とは何でしょうか?」

 

 口から漏れたのは些細な疑問だった。

 若くしてホルファート王国へ輿入れし、愛の無い夫婦を演じつつ国政を執り仕切ってこられた御人だ。

 本来ならこの馬鹿げた脚本に付き合う義理など無い。

 さっさと見切りをつけてレパルト連合王国へ戻り、再嫁しても良いほどなのに未だ足掻き続けている。

 ミレーヌ様を此処までさせる理由は一体何か?

 純粋な好奇心が湧き上がった。

 

「前にも言ったでしょう、私は私の夫と子供達を護りたいだけ。不出来な妻で母親だけど、それでも自分の家族に生きていて欲しいの」

 

 はにかんで答えるミレーヌ様の顔は曇りの無い少女のように純真無垢だった。

 

あぁ、そうか

この方も私と同じ

ただ己の大事な者の為に我が身を賭しているだけか

 

 その事実に気付いて漸く得心がいった。

 私とてホルファート王家の衰運などどうでもいい。

 レッドグレイブ公爵家の繁栄も他人事だ。

 私はただ夫と子供達を愛して、彼らが健やかな人生を送れるように尽力しているだけ。

 これが無償の愛なのだろう。

 何処か遠くの存在だったミレーヌ様が漸く理解できた気がする。

 

「ダメな夫を持つと苦労するわ」

「まったくですね」

 

 私達は笑った。

 心が通じ合った親友のように笑い合った。

 

コンッ コンッ

 

 部屋の扉がノックされ宴の準備が出来た事を知らされる。

 窓の外は既に夜の帳が降りていた。

 

「話はこれでお終い、此処からは各々がやれる事をやるわよ」

「私は私の家族が大事なので期待しないでください」

 

 減らず口を叩きながら部屋を出ると宿の使用人が恭しく頭を下げた。

 ここからは戦場、一人でも多く味方に付けて望む未来を掴み取る。

 身を包む高揚感に酔いしれながら私達は宴の会場へ歩み始めた。




アンジェ視点のお話、内容は原作小説三巻のベースに再構成しました。
ミレーヌ様が少々外道じみてるのはご愛敬。
可愛いミレーヌ様も魅力的だけど政治家としてのミレーヌ様も好きなので。
次回は夜会、あのキャラも登場します。

追記:依頼主様のリクエストによりエロ大好き様に成人向け回のイラストを描いていただきました、ありがとうございます。

エロ大好き様 https://www.pixiv.net/artworks/117547839(成人向け注意

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