婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです 作:品☆美
パーティー会場へ向かう廊下の曲がり角でミレーヌ様と一旦別れた。
私達二人が同時に会場入りするとホルファート王家とバルトファルト家の繋がりを勘繰られる可能性が高い。
私とミレーヌ様とアトリー伯爵は別室で入れ替わるように話し合いを行う。
ただ話し合うなら別室で密談を行えば最適解だが今回は論功行賞直前のパーティーだ。
今の王都に於ける情勢を知るにはまたとない機会、故に身重の体を押してミレーヌ様の計画に乗った。
王都で政に携わり毎日顔を見合わせる宮廷貴族や大貴族はさて置き、辺境の領主貴族や外交で他国に赴いていた官僚にとっては王国内の勢力図を知る貴重な場である。
ミレーヌ様やアトリー伯爵にしても有望な貴族の為人を己の目で確認し、派閥に取り込む為の初手故に怠る訳にはいかない。
本来なら私もリオンを同行させたかったが、生憎と彼は改革案の賛同者を募る最終段階に奔走している。
私がどれだけ詳細に説明しても単なる公爵令嬢、いや若い子爵夫人が辺境で考えた改革案に興味を持つ者は少ない。
ファンオース公国との戦争で功績を上げて子爵位と領地を賜り、再侵攻の際に多くの同胞を救い、領地経営で一定の成功を収めたリオンだからこそ他の貴族達は耳を傾ける。
私の内助の功があるとはいえ、どうにもリオンは自己評価を低く見積り自身の影響力を厭う悪癖がある。
無能を装い他者の目を欺く彼なりの擬態なのだろうがそれではいけない。
だからと言って救出戦で見せた獰猛さを普段から見せれば他者との間に壁が出来る。
私の夫は極端すぎて支え続けるのが一苦労である。
会場の入り口に受付の使用人と所持品の検査を行う守衛が待機していた。
既にパーティーは始まっており、今から入場を試みる者は私以外に存在しない。
何せ招待される者は王族や高位貴族が多数、騒動が起きれば王国の勢力図が変わりかねない。
招待状を受付に渡し手荷物検査を行う守衛にパーティーバッグを預ける。
私に怪訝な視線を向ける者も何人かいたが仕方あるまい。
妊婦、それも臨月の貴族夫人が独りで催しに参加するなど異常事態だ。
普通なら外出せず出産まで屋敷で過ごす、私も初産の時はそうして大人しくしていた。
「……確認は終わりました、どうぞ」
「ありがとう」
返却されたパーティーバッグを受け取り入場する。
既に会場入りしていた数十名の貴族は酒の注がれたグラスを片手に談笑していた。
老いも若きも口元はにこやかな笑みを浮かべているが、相手を値踏みするような目の輝きを隠そうともしていない。
取り合えず壁際の席に座り様子を全体の様子を窺う。
今日の目的はあくまでもアトリー伯爵との密談と王都の大まかな情勢把握だ。
会場の端の席に座り、目立たぬようしていると給仕が飲み物を薦めて来た。
果実水の炭酸割りを飲みつつ周囲をじっくり観察する、こうして王都のパーティーに参加するのは何年振りになるだろうか?
一番人が集まっている場所を遠目で確認する、恰幅の良い中年の男性が貴族に応対していた。
大臣を務め、アトリー家当主であるバーナード・フィア・アトリー伯爵だった。
今夜のパーティーの中心人物である伯爵は如何にも人が良さそうな微笑みを浮かべ貴族一人一人に挨拶を続ける。
本来は私も挨拶に向かうべきだが今割り込めば人目に付いてしまう。
此処は敢えて壁の花に徹し、隙を見て挨拶するべきだ。
しかし、数年ぶりに参加する王都のパーティーはどうにも落ち着かない。
辺境のバルトファルト家に嫁いでから幾度となく領主貴族同士のパーティーに参加したし、私が主導した催しも多い。
それでも王都のパーティーは煌びやかで質が良い。
携わる人員に教育が行き届き給される飲食物にもかなりの金額が費やされているのが一目でわかる。
王都の夜会で私が紅い薔薇と讃えられたのも今は昔、既に私は王子の婚約者でも公爵家の令嬢でもない辺境領主の妻だ。
私の来訪に気付きはしても声を掛けようとする物好きも今は居ない。
学園に入学するまでは王家が主催する宴、あくる日は公爵家が主催する夜会など数日おきに催しが開かれ頭を悩ませた記憶が懐かしい。
バルトファルト家に嫁いだ利点の一つに貴族同士の催しが少ない事が挙げられるが、そもそも私が育った環境その物が貴族としても特殊な例だ。
こうして関わり合いが薄くなると随分と歪に育った娘だと苦笑してしまう。
目の前で繰り広げられている虚栄と猜疑心の催しも部外者として見る分には中々に興味深い。
当事者だった頃は相手の価値を見定めようと常に気を張っていたが、第三者としての立場と人生経験の積み重ねで広がった視野を用いると表情や仕草から心の機微が何となく察せられる。
穏やかな余裕を見せる者が栄えている貴族、言動が忙しない者が凋落しつつある貴族。
総ての例に当てはまる訳ではないが、焦燥は余裕を無くし芝居がかった言動や派手な身振りを誘発する。
優れた貴族に為れば為るほど詐欺師や役者と同じ資質が必要になるのは貴族の本質が平民が生み出す収穫物を掠め獲る盗人と大差ないからだろうか?
こんな気分に浸ってしまうのは畑仕事で心が休まる珍妙な貴族を結婚したからだ。
アトリー伯爵はパーティーの参加者に挨拶を済ませ簡単な会話が終わったらしい。
給仕に何やら呟くと会場から一旦退く、おそらくは別室で待機しているミレーヌ様と打ち合わせを行う筈だ。
私との話し合いはその後、その時が訪れるまでは数年ぶりの王都の夜会を堪能しよう。
伯爵への挨拶へ向かっていた貴族達はそれぞれの話相手を見つけ会話を始めた。
今夜のパーティーに集う貴族の顔と記憶の中にある名簿と照らし合わせる。
見知った顔の殆どは各家の当主であり爵位持ちだ。
戦争の影響で代替わりした家も多く家督を嫡子を譲り渡したのだろう、以前紹介された若い貴族が新当主として混ざっていた。
そうした顔見知りが約半数、もう半数は知らない顔ばかりだ。
嫡子として育てられなかった次男三男が戦争で亡くなった父や兄の代わりに家督を継ぐ、武功を上げた者が叙爵され新興貴族となる。
本来なら一年に一回の頻度で行われる論功行賞が延びに延びたのはそうした相続手続きを行う家が多かったからだ。
フ ァンオース公国との戦争でホルファート王国が負った傷は深い。
戦争の傷痕が癒え完全に平穏を取り戻すにはあと数年の時を要すだろう。
「あれぇ?もしかしてぇ、アンジェリカ様ですかぁ」
妙に間延びした声が私の名を呼ぶ。
一応は様付けしてはいるがどうにも癇に障る声。
振り向くと三人の女が此方に歩み寄って来た、声の主らしき女に見覚えがあった。
確か私が公爵令嬢だった頃の取り巻き、さらにその取り巻きだった女達の筈だ。
取り巻きだった令嬢に紹介された事も直接会話した事さえ無かった。
顔はぼんやりと憶えがあるが名を知らず何処の出身かすら把握していない。
それでも声を掛けられた以上は相手に礼を以て応対しなくては。
口元に笑みを浮かべ立ち上がり頭を下げる、幼少期から繰り返した所作は妊娠して腹が膨れていても問題なく行える。
「アンジェリカ・フォウ・バルトファルト子爵夫人です。此の度は御声掛けいただきありがとうございます」
過剰とも言えるほど丁寧な自己紹介。
貴族同士の催しではちょっとした行動の瑕疵が醜聞に繋がりかねない。
上手く応対すれば貴族間の評価を上げる絶好の機会であるが、今の状況で目立てば否応無しに公爵家の耳に入るだろう。
『論功行賞に際し尋ねたき儀があるので屋敷を訪れます』と公爵家に伝えてはいるが、あまりに王都入りが早ければ要らぬ疑惑を招いてしまう。
相手からの返答は無い、私が名乗っているのに随分と不躾な輩だ。
顔を見ると私の姿を見てニヤニヤと笑みを浮かべている。
なるほど、私の現状を蔑みたくて声を掛けた手合いか。
ユリウス殿下と婚約破棄した直後は醜態を晒した私を嘲笑う連中が多かった。
そうした輩はレッドグレイブ家に対しても『凋落した領主貴族筆頭』と大っぴらに批難しフランプトン侯爵の派閥と懇意になった。
だがフランプトン侯爵とファンオース公国の内通が戦争中に発覚、外患誘致罪によって侯爵及びその親族が処されると恥知らずにも命乞いにレッドグレイブ家にすり寄ってきた。
私も父上も政治主張の無い風見鶏に救いの手を差し伸べるほど人格者ではない。
結果として多くの貴族が取り潰されその係累が巻き込まれた。
免職された貴族や婚約解消された女子が王国内に溢れるのが現状である。
今やレッドグレイブ公爵家はホルファート王国で最も権勢を誇る貴族だ。
誰もが父上を恐れ媚び諂うばかり、これではどちらが国の主か分かった物ではない。
「旦那様を同伴させないなんて不用心ですねぇ」
「この宴はもうすぐ行われる論功行賞を祝う場、なのにどうして御一人なのかしら?」
「見た所ご懐妊の様子、もっと体を労わるべきかと」
聞いた限りでは私を心配している口調だ。
だが扇で口元を隠しても愉悦に歪んだ瞼がその性根をしっかり表している。
拍子抜けだ。
これが公爵家の専横に対し諫言を行うような気骨がある貴族なら寧ろ喜んで協力を申し出ただろう。
彼女達にあるのは相手を見下して己の優位を誇示したいという承認欲求だけ。
私を蔑んだ所で彼女達が存在が優れている証明にはならない。
そんな事にさえ気付かない貴族の女がまだ王都にいるとは。
ミレーヌ様が嘆いていた王国貴族の歪みは一度や二度の戦争で完全に払拭できる物ではないらしい。
「旦那様のバルトファルト卿は戦争でご活躍されたようですが、貴族に取り立てられて日が浅いとこうした催しは不得手でしょうに」
「聞けば拝領した浮島で当主自ら土に塗れているとか。やはり身分違いのご結婚は苦労が絶えませんね」
「アンジェリカ様も辺境の地でさぞ心細い事と存じますぅ」
意訳すれば『人殺しは貴族の集まりに来るな』『成り上がり者は畑を耕していろ』『さっさと田舎に帰れ』となる。
よくもまぁ、ひどい言葉を美辞麗句で覆い此処まで呟けるな。
私がユリウス殿下から婚約破棄され、聖女となったオリヴィアと争い、公爵家と王家の関係が悪化している事実を加味しても此処まで罵れる胆力は感心する。
私を殴っても殴り返さないぬいぐるみと勘違いしているのだろうか?
だとすれば計算違いも甚だしい。
婚約破棄騒動の直後に私が公の場に姿を現さなかったのは被害を拡大しない為であり、王家に対する謝意など持ち合わせていなかった。
リオンの立身出世は王国の防衛と幾人もの貴族を救った功績を評価された結果だ。
これを批判すれば『ホルファート王国はファンオース公国に降伏するべきだった』と受け取られかねないぞ。
領主が陣頭に立って土木作業をしてるに関しては仕方ない。
バルトファルト領は未だ未開拓な上にリオンは土弄りが好きだ。
行動制限すればバルトファルト領の発展に支障が出るし、リオンは息抜きが減って鬱憤を溜めてしまう。
それでも己は王都に在住したまま経営を部下に任せ一度も領地を訪れない者、領民を顧みず反乱の火種を蒔く者比べたら遥かに貴族としての責務を全うしてる。
貴族教育を受けられなかった身の上でリオンはよくやっている。
寧ろ彼ほど上手くやれる貴族がいるかは疑問だ。
「空賊も現れて船を襲ったとお聞きしましたわぁ、大変な地にお住まいと聞いていますぅ」
「確かアンジェリカ様も空賊の討伐に参加なされたとも聞いていますが」
「まぁ怖い。私共のような手弱女にそんな真似は出来ません」
数ヶ月前の誘拐事件がここまで歪曲され伝わっている事実に頭が痛くなりそうだ。
同時に事実をここまで面白おかしく脚色する人々の荒唐無稽さに感心してしまう。
私とジェナとフィンリー、そしてドロテアが誘拐された事件は未だ真相が隠したままだ。
淑女の森の討伐が不完全であり、ゾラ達を逃がし犯行の隙を与えてしまった事実は貴族達の支持が下がっているホルファート王家にとっては都合が悪い。
その結果、『バルトファルト領の船が襲われるも領主夫妻の活躍によって討伐した』と捻じ曲げられた情報が王国の公式発表となっている。
そのせいかリオンは血に飢えた男、私は空賊戦を焼き払った女として噂になってしまった。
空賊や違法入国者が現れる辺境のバルトファルト家の地位向上には威嚇に役立つ噂奈ので敢えて放置したが、どうやら王都の紳士淑女にとって私達夫妻は情け容赦ない乱暴者らしい。
さて、どう料理した物か?
目の前の三人は私を意に介さず好き放題に顔面に張り付いた不浄の穴から汚らわしい雑音を放ち続けている。
傍から見れば女四人が集まって談笑してるように見えるが実態は私が一方的に罵られ続けている状況。
こんな女達と関わり合いになりたくないから無視するのが一番簡単だ。
だが舌戦で何も言わずに引き下がるのは己の敗北を認められたと捉えられかねない。
質が悪い事にこうした連中は相手が言い返さないのを勝利と受け取って周囲に吹聴する者が多い。
歪められた事実は悪評となっていずれは家に悪影響を及ぼす。
新興貴族のリオンは平民同然の身の上から叙爵され子爵位に、今回の戦功を加味すれば伯爵位に陞爵される予定だ。
この百年間の王国に於いては一代でこれほど栄達した者は存在しない。
本人の気持ちはともかく現時点の王国でリオンは若手貴族で最も評価されている。
只でさえリオンを羨み妬む者が多いのに、悪評まで加味されては付け入る隙を与えられかねない。
適当に言い包めて穏便に済ませるのが賢い回避方法だろう。
「妊娠してるのに無理してパーティーに来るなんてぇ、不用心過ぎませんかぁ?」
「止めなさい、次期王妃から辺境の新参者に婚約者が変わったのよ。奥方の警護に割ける人員にだって限りがあります」
「ユリウス殿下を御心を射止めた相手は聖女様よ。アンジェリカ様が負けられるのも無理もない話です」
「大丈夫ですよぉ。今はぁ、貴族の当主が何人もお嫁さんを持つのが流行ってますからぁ。アンジェリカ様ならきっと良い縁談が来ると思いますよぉ」
……決めた。
こいつらを叩きのめそう。
相手にするのも不毛だから数々の暴言を見過ごしてやったが些か温情を与え過ぎた。
私の腹を見て生まれてくる子を蔑むような視線も、リオンを粗暴な成り上がり者と謗る言葉も我慢ならん。
お前達、本当は自分でも分かっているのだろう?
己の怠惰と驕慢が理由で周囲から疎んじられ、成功者の瑕疵を突いて大した者ではないと嘯く。
そうしないと自分の矮小さに押しつぶされそうになってしまう。
惨めな己の見つめたくないから他者を傷付けて一時の優越感に浸る。
気持ちは分かる、嘗ての私もそうだったから。
そうしなければ己を保てなかった。
お前達に同情はしてやる、だからと言って容赦はしない。
私の夫と子供達の為に敵になりそうな者は全力で叩きのめしてやる。
「数々の諫言、真に痛み入ります。我が夫リオン・フォウ・バルトファルトは貴族としての心構えが足りない部分も多く苦労が絶えません」
「それはぁ、気の毒ですねぇ」
「えぇ、夫は戦働きによって取り立てられた故に敵対する者に情け容赦ありません。何せ賊に対しては勿論、バルトファルト家を貶める輩は貴賤を問わず蒼穹の果てまで追い詰める性分ですから」
「……」
女達の顔が嘲笑ではなく恐怖で歪み青褪める。
やはり意図して私とリオンを貶めていたか、身分を盾に無自覚な暴言にしようとしても無駄だ。
バルトファルト家の男衆は女が相手でも容赦はしない。
積年の怨みを抱いていたゾラ達に対しても最後まで命を奪う事を避けようとはしたが、抵抗するなら躊躇なく殺める。
何処に境界線があるか分からない、一線を越えた相手は立場に関係なく知恵を巡らせ喉笛に噛みついて仕留める豺狼。
それがリオン・フォウ・バルトファルトという男だ。
凶気に呑まれたリオンを宥める術はほぼ無い、相手が泣いて赦しを乞おうが止まる事は無い。
「そんな方が夫なんてアンジェリカ様の心労は多いと存じます。やはり此度の論功行賞に問題がある、そう思いませんか?」
「由緒正しい血筋も家同士の繋がりも考慮されません、評価は力が持つという一点のみ。たったそれだけで功績が認められるなんておかしいかと」
「やはりぃ、今まで通り女性優遇政策に戻さないと貴族の女性の地位はどんどん危うくなってしまうと思うんですぅ」
「そもそも平民出身の聖女なんて王国の秩序を乱す原因でしかありません。アンジェリカ様もそうお考えになりませんか?」
結局は其処か、単純というか情けないというか。
さっきまでオリヴィアと争い王子の婚約者の地位を奪われた私を蔑んでいたくせに、今度はオリヴィアを出生を批難し貶める。
支離滅裂な言動と気付かないのが致命的だ。
ホルファート王国は復興を促進する為に女性優遇政策は撤廃、実力を評価基準に改革を推し進めている。
リオンを始め能力が高い者が評価される一方、血筋とコネを頼りに生きてきた世襲貴族や過剰なまでに権利を認められていた貴族女性は居場所を失う。
好き勝手に生きてきた結果、誰からも認められない状況に陥って足掻いて見るも一朝一夕の努力で覆せる物ではない。
荒んだ心を他者への攻撃性に変換し、我が身を慰めた所で何も変わりはしない。
私は変わった、他ならぬリオンが私を変えてくれた。
目の前に佇む彼女達もまた人生を変える出会いがあれば幸ある人生を歩めるかもしれない。
それはそれとして侮辱した返礼は受けてもらおうか。
「思いません」
「どうしてですかぁ?」
「聖女様は清い御心の持ち主です。過去の諍いを消し去る事は出来ませんが、手を取り合いより良き関係を築く事は可能かと。此度の戦争で亡くなった者達の慰霊を聖女様は快く引き受けてくださいました。近隣の領主の皆様も聖女様も御慈悲に甚く感動なされたご様子。当家としては感謝しかありません」
「アンジェリカ様は怨んでいないと仰るのですか」
「ユリウス殿下との婚約を破棄されたからこそ、今の夫と結ばれる事が出来ました。確かに貴族として至らぬ所もある夫です。ですが王国の臣下として、護国の勇士として誇るべき男だと自負しております」
「煌びやかな王都から荒んだ辺境へ無理やり嫁がされて不満が無いなんて信じられません」
「未開拓の地だからこそ成果と発展の余地が明確に分かります。この数年間でバルトファルト領に於ける麦の生産量は前年比を大きく更新し続けています。他の作物に関しても夫が陣頭に立ち品種改良を続け、他領への輸出も視野に入れております。独自資源の温泉も評判で、聖女様のご推薦もあり来訪する方々も増えるのは近隣の方々だけでなく王都の方々のお陰です。この場をお借りして心より御礼申し上げます」
わざとらしくない速度でゆっくり頭を下げる。
それまで遠巻きに見ていた貴族達からも驚きの声が挙がった。
こうした手合いには正面から罵るよりも相手が意に介していないと諭すのが一番効果的だろう。
自分より憐れな境遇で歯向かえない相手を虐げる事で溜飲が下げる連中だ。
ならば幸せに暮らし他者からの評判に流されない泰然自若とした姿を見せ、己の矮小さを自覚させてやる。
私の反撃が予想外だったのだろう、彼女達は恥辱に体を震わせていた。
此処まで恥を掻かされて大人しく引き下がるなら追い討ちはしない。
私にとって重要なのはアトリー伯爵との話し合いだ、余計な体力は使わないに越したことはない。
「……認めないわ、そんなの絶対に認めない!」
「何を認めないのでしょうか?」
「どうして私達の夫や家族が出世できないのに平民が聖女や貴族になるのよ!?」
「私の夫は平民同然の育ちですが歴とした貴族の出身です、訂正を求めます」
「卑しい奴らがのさばるから私達に回るはずのお金や物が減るんですぅ!」
「それは貴女達自身や御家族の方の力が及ばないだけでは」
「黙れ!生意気な口を叩くな!」
私が冷静に対処すればする程に彼女達は口調を荒げる。
話す内容も幼稚で偏見に満ちた言葉ばかりで聞くに堪えなかった。
己の醜い本性をこうして曝してしまう性根こそ彼女達が幸せになれない理由なのに本人が気付かなければ改善も出来ない。
説得は難しい、もう少し優しく教え諭すべきだったか?
「殿下に婚約破棄されて醜態を晒したくせに!」
「へぇ~、それ言うんだ」
女達の罵声が誰かの声に遮られた。
聞き覚えがある女性の声だ。
「聖女様が原因で婚約破棄された令嬢はアンジェリカ以外にも居るんだけど」
口調は穏やかだが有無を言わせない圧力にそれまで我を忘れていた女達が怯む。
近付いて来た声の主は橙色の髪と翠玉を思わせる瞳の若い女だった。
「久しぶりね、アンジェリカ。貴女って催しの度に騒ぎしか起こさないの」
「……クラリス・フィア・アトリー様に於きましてはご機嫌麗しゅうございます」
礼を以て応対する私と対照的に女達はどうして良いか分からず立ち尽くす。
そこで咄嗟に動けないからお前達は他者から軽んじられると女達は分かってないのだろう。
いずれにしてもアトリー伯爵が主催するパーティーで私に絡んで騒ぎを起こす、女達が挽回の機会はほぼなくなった。
「それで?『婚約破棄されて醜態を晒した』?それは一体誰の事かしら?詳しく聞かせて欲しいわ」
「ち、違いますぅ!クラリス様の事じゃないんですぅ!」
「わ、私達は平民に婚約者を奪われるなんて問題があったんじゃと言いたかっただけで……」
「つまりマーモリア家令息に婚約破棄されたのは私に問題があった、そう言いたい訳ね」
「そうではありません!」
「じゃあどういうつもりな訳?」
「そもそも貴族の妻が独りでパーティーに来るとかおかしいじゃないですか!男漁りか色目を使って夫を出世させようとしてると疑われても仕方ないと思います!」
そう来たか、咄嗟の言い逃れにしては悪くない。
この場に居る貴族女性は男性の家族が同伴してパーティーに招待参加されている。
私一人が開催からやや遅れて参加するなど何かしらの意図があると思われても仕方ない。
現在も私の悪評は完全に払拭された訳ではない、警戒する正当な理由は確かに存在していた。
「……アンジェリカはお父様直々に招待されたわ。バルトファルト子爵がやむを得ない事情で不参加だと事前に報告はあったから疚しい所は何も無いの」
「そんなッ!?」
「何故ですか!?このパーティーに来てるのは論功行賞で恩賞を貰える人か、何とか任官してもらう為に伯爵へお願いに来た人でしょう!」
「どうしてバルトファルト子爵が呼ばれるんですかぁ!?」
女達の言葉に近くに居た貴族が数人か動揺している。
なるほど、どうも三人の家族はアトリー伯爵に直談判して役職を得ようと画策したようだ。
或いは伯爵を篭絡する為に同行させられたのかもしれない。
私を一方的に敵視したのはリオンの出世させる為に来たと勘違いした為か。
その勘違いが命取りになるとは思わなかっただろう。
「リオン・フォウ・バルトファルト子爵は私が招きました。アトリー伯爵は王命に従ったに過ぎません」
凛とした声が会場に響き渡る。
ホルファート王国を実質支配している最高権力者の登場に場は騒然となった。
反射的に膝を曲げお辞儀を行う、声の主を知った貴族達も次々に首を垂れ始めていく。
白銀の髪と純白のドレスを身に纏った女性が歩く度に貴族の集まりが真っ二つに割れた。
彼女が登場しただけで場の空気が凍りつく。
ミレーヌ・ラファ・ホルファート。
今の彼女は能天気な淑女ではなく冷徹な君臨者だった。
「バルトファルト子爵は此度のファンオース公国との戦で数ヶ月に渡り戦線を維持し続けました。彼に助けられた多くの貴族よりの推挙、加えて領地経営の功績を吟味した上で判断を下します。此度の論功行賞に於いて彼の者を宮廷位階第四位、伯爵位に叙する事をホルファート王国王妃ミレーヌ・ラファ・ホルファートの名に於いて認めます。不服のある者は申し出なさい」
その言葉の意味を理解した瞬間、会場に驚嘆の声が響き渡った。
貴族達が動揺するのも当たり前だ、ニ十歳前半で伯爵位まで出世した男など王国の歴史を紐解いてもわずか数名。
当主の急逝によって爵位を世襲した若き嫡子とは違い過ぎる。
確かに位階は上中下と細かく分けられ歴史の浅いバルトファルト子爵家、いやバルトファルト伯爵家の権限は少ないがそれでも伯爵位だ。
名家のローズブレイド家、大臣を務めるアトリー家と爵位では同格。
父上が手を回してリオンの出世をある程度知っていた貴族を除けば、この人事が王国の勢力図を大きく変えると理解しただろう。
野心のある貴族は立身出世の機会、能力が劣る貴族は地位を脅かされる予感に身を震わせる。
「長きに渡る争いの歴史に終止符が打たれ、ファンオース公国はホルファート王国に服属しました。しかし、王国を脅かす脅威は依然として残ったままです。国力の真価は戦時よりも復興にこそ問われる物。ホルファート王国の未来を担う貴族達の皆に更なる忠誠と奮起を願います」
ミレーヌ様の口調は穏やかだ、しかし有無を言わさぬ迫力に満ちていた。
或いはアトリー伯爵が主催しているこのパーティーこそが本当の目的だったのかもしれない。
貴族同士の言い争いの場を仲裁する王妃。
ホルファート王家の力が衰えつつある現状でこの演出は貴族の心を動かす。
顔を上げるとミレーヌ様と目が合う、一瞬だけ楽しそうな笑顔を向けられた。
やられた、完全にやられた。
無論、完全に王家派と手を組んでいた訳ではないがこうも上手く使われるとは。
公爵家としては身内人事で娘婿を優遇したと思われたくない為に情報を制限した事が裏目に出てしまった形となる。
能力があるならリオンのように出世できる演出されたなら王家派に傾く貴族は増えるだろう。
どうしてホルファート王家もレッドグレイブ公爵家も己が優位のまま話を進めようとするのか。
恨みがましく貴族の応対を行うミレーヌ様の背中を見る。
私の隣でミレーヌ様に上手く使われたのかもしれない貴族の女達が呆然とする姿は憐れだった。
モブせかコミック12巻、あのせかコミック1巻、モブせか幼稚園2巻(完結)に合わせて投稿です。
原作小説最終巻で見事にリオンの側室となったクラリス登場、次章も出番があります。
愉快犯に見えるミレーヌ様ですが彼女にとって最優先なのはホルファート王家(夫・息子・娘)なので今作ミレーヌ様は利用できる物は利用する女狐タイプになってます。
バルトファルト家を優先するアンジェと思考は似通ってますが、経験と性格の差で翻弄します。
今作のミレーヌ様はローランドが隠居するなら同行し、浮気したら刺したりはしませんがて尻に敷くタイプ。
意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。