婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第8章 公爵令嬢は愛を知る●

 夜道を二人で歩く 静寂が辺りを包む 心音だけが響き渡る

 言葉は必要ない 心が通じ合ってるなら

 月が無い夜空に星が瞬く

 古の人々は夜空をキャンバスに見立て遠く離れた星と星を繋ぎ星座を作る

 もし私と貴方が星ならば どんな星座が描かれるのだろう

 もし貴方の隣で瞬けるなら それに勝る喜びはないのに

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 落成式はさしたる問題も起きず滞りなく終了した。

 王家からの使者、レッドグレイブ家の縁戚、近隣の地方領主達の値踏みするような視線に晒されながらもリオンは無事に務めを果たした。

 初めての挨拶回りで緊張してる筈なのに顔に出さないリオンはなかなかの役者だった。

 式典が終わった後にバルトファルト家の屋敷で領民を交えたパーティーが行われるが最初の挨拶だけ顔を出し私達は別宅に戻る。

 領主がいては参加者も胸襟を開けないし何よりリオンの体調が心配だった。

 

 パーティーで振舞われる料理を幾つか包んでもらい屋敷を後にする。

 別宅に戻る最中、私とリオンは一言も喋らなかった。

 やり遂げた充実感が胸を満たし言葉にすれば穴の開いた風船のようにこの滾りが抜けてしまう事が嫌だった。

 久々に着たドレスの肌触りを思い出しながら自分の体を見る。

 学生時代を除けばドレスより軽装が体に馴染むとは思いもよらなかった。

 別宅に入りキッチンの椅子に座りリオンが淹れてくれた紅茶を飲むと漸く人心地が付いた。

 思えば初対面の時からリオンは私に紅茶を振舞っていた。

 

「お疲れさま」

「お疲れさま」

 

 互いの声が重なるのが妙におかしくて笑みがこぼれた。

 

「ようやく終わったな」

 

 そう言って気を緩めるリオンに敢えて釘を刺す。

 

「終わりではない、最初の一歩だ」

「アンジェは厳しいな、せめて終わった直後ぐらい労わってよ」

 

 二杯目の紅茶を淹れながらリオンが文句を垂れる。

 

「まぁ、初めの頃は緊張して当然だ。慣れたら徐々に疲れを感じなくなる。回数を熟すしかない」

「隠居までの道は遠いなぁ」

「だが上出来だった。これなら招待客もリオンを軽んじる事はないだろう。つらくてもリオンはよく頑張った」

「アンジェが素直に褒めてくれるとか明日はきっと雨が降る」

 

 そんなリオンの減らず口さえ心地好かった。

 

「さて、食事にするか」

「昼間からほとんど口にしてないからな。太らない程度にしておけ。せっかくの礼服を仕立て直す事になる」

 

 そう言って持ち帰った料理を温め直し皿に盛る。

 途中でリオンが心配するような視線を私に向けて来た。失敬な、私だって皿に盛りつけるぐらいは上手く出来るぞ。

 料理を詰めた籠の底には一本のワイン瓶が入っている。招待客向けの上物だ。

 

「せっかくだ、ワインも開けよう」

 

 コルクを抜いてグラスにワインを注ぎ軽くスワリング。

 しばらくするとワインの香りが漂い鼻孔をくすぐる。

 テーブルに料理が並べられ準備は完了。

 

「では乾杯だ」

「ああ」

 

 グラスを掲げ合わせる音が室内に響く。

 

「式典の成功に」

「バルトファルト領の繁栄に」

 

 

 料理が無くなった皿をリオンが洗う水音が聞こえる。

 持ち帰った料理は空腹と達成感から想像以上に美味だった。

 リオンは酔ってうなされてはいけないから最初の一杯だけ、残りは全て私が呑み干した。

 このまま目を瞑ればそのまま寝入ってしまうだろう。ソファーで横になり水音を聞いていると徐々に睡魔が私を襲う。

 朦朧とした中でリオンの声が聞こえた。

 

「なぁ、アンジェ」

「ん?」

「ありがとう」

 

 何やら感謝された。

 

「どうした急に」

「今言っておかないと面倒だしな。アンジェが居てくれたからここまでやれた。本当に感謝してる」

 

 リオンの顔は微笑んでいた。

 

「なぁ、アンジェはどうして俺と婚約したんだ?」

「政略結婚に自分の意思が反映される事は稀だぞ」

「理由がある筈だろ。アンジェは公爵家の令嬢なんだ。男爵家出身の俺とは釣り合いが取れない」

 

 そう言うリオンの瞳は真剣だった。

 

「聞きたいか?」

「うん」

「愉快な話じゃないぞ」

「覚悟してる」

 

 いつもなら断っていただろう。思いの外酔っているのかもしれない。

 

「さて、何処から話すべきか…」

 

 そうして私は己の罪をリオンに告解した。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「レッドグレイブ家はホルファート王国の重鎮なのは知っているな。その令嬢として生を受けた私は産まれた直後から政治の道具としての役割を課せられていた。私が誰に嫁ぐかで宮廷内の勢力図が大きく変わるからな」

「ひどい話だな」

 

 両親が恋愛結婚のリオンにとっては承服し難いだろうが貴族の結婚とは元来そういう物だ。

 

「決まった私の婚約者はユリウス・ラファ・ホルファート。この国の第一王子で王位継承権第一位だ」

「つまり次期国王って訳?」

「そうだ、何事も無いなら私は次期王妃になる予定だった。頭が高いぞリオン」

「へへぇ~」

 

 そう言ってひれ伏す仕草をするリオンが面白い。

 

「王妃のミレーヌ妃殿下は私に期待をかけてくださった。現国王のローランド陛下が政務にいまいち乗り気ではなく妃殿下が執り仕切っていた。それでも国政が滞りなく行われる。だから私はこう思ってしまったんだ。『これが正しい夫婦の形』だ。国王夫婦の間に愛情など必要ない、世継ぎさえ産んで正しく政治を行えば良いと」

 

 思い返せば気付けた筈なのだ。あの御夫婦の異常さに。

 まだ幼く周囲から王妃になる事を望まれ教育されていた私はそれが出来なかった。

 

「今思うと私はユリウス殿下を人として見ていなかった。心の底で国を維持する為に私と噛み合う歯車と一つだと思っていたんだろう。そして殿下はそんな私の心に気付かないほど愚かではなかった」

 

 リオンは無言だった。自分の前に存在した婚約者の話など聞いていても不愉快だろう。

 

「時を経るほど私と殿下の齟齬は大きくなっていたんだろう。それを察せないほど私は愚かだった。この国の未来を担うのは自分だという誤った認識を持ち続けた。なまじ優秀だったせいで誰からも指摘されなかった」

 

 もしかしたらミレーヌ王妃は気付いてたのかもしれない。

 ただ当時の私は自分が悪いとは思わず殿下に問題があると思っていた。

 

「決定的になったのは学園へ入学してから。殿下はある女生徒と恋に落ちる。相手は今の聖女だ」

「何だよそれ、悪いのは王子じゃないか」

 

 そう言ってくれるリオンの気持ちが嬉しい。だがな、これは私の罪なんだ。

 

「当然私は殿下に対し文句を言ったよ。聖女にも『これ以上殿下に近づくな』と警告もした。だがすればするほど状況は悪化していった。誰だって愛してる者を手酷く罵られたら腹が立つ。さらに殿下に取り入ろうとする学園生徒の介入もあり私が孤立していった」

「そんな奴らが国の上にいるとか嫌だなぁ。中央に行きたくない」

 

 リオンの気持ちはよく分かる。目障りな相手を排除して後釜に座るのは貴族の一般的処世術だ。

 

「そうして私は衆目に晒されながら婚約破棄された。あの時に思った。『私を侮辱する者を絶対に許さない』と。だからその後は必死で勉強したよ。『私こそ王太子妃に相応しい、婚約破棄は間違いだった』と証明する為に。その直後にファンオース公国との戦争が起こった」

 

 戦争と聞いてリオンが顔を顰める。この頃の彼は最前線で戦っていたから当然だ。

 

「学園が緊急事態として休校になったおかげで周りの評判を気にせずに済んだ。誰も戦争中に婚約破棄された公爵令嬢について考える余裕は無いからな。私にとって戦争は王都の屋敷から見る対岸の火事だった。そうして終戦を迎えた」

 

 私はリオンに謝らなければならない。傲慢な私の目論見を。

 

「終戦後も私に新しい縁談は来なかった。公爵令嬢という高い地位も問題だったし、怪しい縁談は父上が断っていたのだろうが、何より殿下に婚約破棄された私と結婚すれば王都での出世は絶望的だからな。必然的に相手は地方領主で公爵家が認めるほど優秀で良い手駒になりそうな男子に限られる。そうして選ばれたのがリオンだった」

「………」

 

 リオンは何も言わない、言える筈がない。公爵家が自分を手駒にしたいと考えているなど怒って当然だ。

 

「リオン、私はな。本当は嫁ぐ相手が誰でも良かったんだ。嫁ぎ先で私の実力を発揮し繁栄させ、いつか王都に居る私を嘲笑った奴等を見返してやりたかった。その為にビジネスパートナーなどと言ってお前を表舞台に引き出した。リオンの気持ちなど一切考えていなかったんだ」

 

 目から熱い物が流れ出す。それが涙と理解するまで数瞬かかった。

 一度堰を切った感情は止められない。胸を締め付けるような心の痛みを放出する。

 リオンに襲われた日、謝りたかった相手を漸く理解する。

 私はリオンに謝りたかったのだ。

 

「ごめんなさい。許してくれとは言わない。ただ知って欲しかった。私がどうしようもない女でリオンを利用していた事を」

 

 その後は何も言えなかった。私の嗚咽だけが室内に響き渡る。

 何かが私の頭に触れた。顔を上げるとリオンが私の頭を撫でていた。

 

「アンジェは優しくて良い女だ。俺が保証する」

 

 そう答える声は優しかった。

 

「本当に悪い女なら初めて会った時に俺を見捨てて帰ってるよ。看病したりせず一緒に住もうとしない。俺を引き立てようとせず裏から操ろうとする。自分の醜い所を暴露しないって」

 

 何でお前はそんなに優しいんだ。怒って当然なのに。

 

「疲れて酔ったから変になっちまっただけだ」

 

 そう言うとリオンは私を抱えて部屋に連れて行く。

 服越しに感じる体温が心地いい。ずっとこの瞬間が続けば良いのに。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 リオンは私の部屋の前に到着して扉を開け私をベッドの上に置く。

 

「今日はもう寝ろ。明日からまた仕事だし」

 

 そう言って部屋を出ようとするリオンは唐突に振り返り、

 

「おやすみ、アンジェ」

 

 と声をかけてくれた。

 

 

 ベッドに横たわると徐々に酔った頭が覚醒していく。

 私の心中を全てリオンに晒してしまった。

 これからどうすれば良いのだろう?

 

 私の醜い部分など見せたくなかった。綺麗な私だけを見て欲しかった。

 もっと私の頭を撫でて欲しかった。ずっと私を抱えて欲しかった。

 ずっとリオンの事ばかり考えてる。

 私の最優先事項がリオンになってしまった。

 思考がループして同じ所を延々と回っている。こんなのいつもの私じゃない。

 

 やがて完全に落ち着いた後、私はたった一つに事実に気付く。

 とても重要で、私を根本的に変えてしまった事実。

 アンジェリカ・ラファ・レッドグレイブ(わたし)

 リオン・フォウ・バルトファルト(かれ)

 愛している。




親密度UPイベント開始。
政略結婚でどうしても家同士の打算が入るので愛と実利の折り合いが難しいですよね。
なのでアンジェさんの過去語りも交えました。
原作乙女ゲーのローランドとミレーヌ様の関係は詳細不明なので本編を参考に第三者から見た国王夫婦関係の方針で。
婚約者がいるのに他の女性に懸想する馬鹿王子は悪役令嬢モノの定番ですが、本編でリオン&マリエ兄妹に救われたユリウスとマリエルートの堕ちたユリウスを見た後だと彼にもそれなり事情があったと思い被害者であり加害者として書きました。
書いていてこの作品のリオンが本編リオンと人物像が離れつつある事に苦悩。
でも、あくまでこの物語は「悪役令嬢アンジェリカの救済ルート」として書いているのでこのまま突っ走る事を決意しました。
というか本編リオンもこれ位してくれたらヒロイン達がもめないでしょうに。
反省してくださいマスター(石田彰ボイス。
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