婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第84章 History●

 硝子容器から茶葉がスプーンで掬い取られ小さなティーポットに入れられた。

 ケトルに注がれた水が温熱機によって徐々に沸いていくのが微かな音と蒸気によって伝わってくる。

 傍目には穏やかな昼下がりの茶会に見えるが話の内容は実に剣呑だ。

 緊張している私とは対照的に宰相は手際よく楽し気に紅茶を淹れる準備を進めていく。

 学園で身分を偽って教員を務めていた時も彼は礼儀作法の授業を受け持っていた。

 王族は生まれつき奉仕される側の人間、いや生物と言って良いだろう。

 上級貴族ともなれば炊事、洗濯、掃除をする事も無く生を終える者が大半だ。

 客を持て成す為に王族自ら茶を淹れるなど王族の振る舞いとしては眉を顰められる行為である。

 或いはそんな堅苦しさから逃れたくて王位を辞退したのかもしれない。

 

「一度に大量の紅茶を淹れるのは効率的に見えます。しかし、味の観点から見れば決して良いとは言えません。水が適量でなければ茶葉から成分の抽出量が変化する上に、時間が経過すれば確実に劣化しますから。淹れたてを適温適量で味わう、これに勝る贅沢な飲み方はありません」

 

 ケトルから沸いた湯がティーポットに注がれる、熱せられた茶葉から放たれた香りが鼻を擽る。

 だがこのまま直ぐに飲むのはマナー違反だ、第一とても飲めた味ではない。

 熱湯によって茶葉が蒸され成分が抽出されるまで数百秒待つ、そうする事で芳醇な味を香りが漸く醸し出される。

 宰相がテーブルに置かれたティーポットに蓋をして執務室の本棚に近付いて行く、先程までの楽し気な雰囲気は既に無い。

 数冊の本を取り出しテーブルに置くと再び席に着く、置かれた本は学園の授業で使う教本だった。

 

「ミセスバルトファルトはホルファート王家が抱える闇を知りたいと先程仰いました。ですが再度お聞きします。本当に真実を知る覚悟をお持ちですか?」

「はい、私の決意に変わりはありません」

「事は当事者である貴女やミスタバルトファルトのみに留まりません。貴女達の子、貴女達の孫にまで及びます。バルトファルトの名がどんな意味を持つのか、否応無しに王国の騒乱に巻き込まれる人生ですよ。知らないままなら辺境で穏やかな人生を送れる可能性がまだ残っています」

「今更何を。王家と公爵家が争いを始めてから。いえ、ユリウス殿下に婚約破棄された時点で私はこの国の権力闘争の当事者です。寧ろ此処で引くぐらい私が殊勝なら婚約破棄された直後に神殿入りして俗世と縁を切ります」

「……身重の御夫人に心労をお掛けしたくないものですから。貴女の覚悟は分かりました、ですが話の前にまずはお茶を味わいましょう」

 

 白磁のティーカップに装飾が施されたストレーナーが置かれティーポットから紅茶がなみなみと注がれていく。

 ティーカップの純白と紅茶の赤褐色の対比が美しい、装飾が一切無い器だが逆に素朴なさが心を落ち着かせる。

 

「妊婦が飲んでも問題ない品種です。それほど高価な銘柄ではありませんが淹れ方に注意すれば中々の味わいですよ。まず最初の一杯は砂糖をいれずそのままお飲みください」

 

 淹れたての紅茶をゆっくりと啜る。

 喉を通る熱さ、茶葉の香り、まるで一滴一滴が体に染み込み潤うような錯覚に陥る。

 これが本当に高級品ではない茶葉の味わいなのか。

 温度も濃度も香りも王族が飲む最高級品と比べて遜色ない。

 私の感動を察したのか宰相が微笑んでいる、顔を下に向けるとティーカップは既に空だった。

 

「また淹れましょう、次は砂糖やミルクもお好みで。お茶によく合うお菓子も用意してあります」

「お構いなく、本題に入りましょう」

「……分かりました。まず最初に伝えておきますが私の持つ情報はあくまで私が個人的に調べた資料や伝聞を基にした推察に過ぎません。真実はまた違っている可能性があるのをお忘れなく」

「宰相閣下でさえ真実を把握しておられないのですか?」

「真実を知っているのは歴代の王、神殿の上層部、そして当事者達だけでしょう。処分された記録も多く王位を辞退した私は真実を知る機会を失っています。これから話す内容は妃殿下も知りません」

「ミレーヌ様が知らないと?ホルファート王国はあの御方の尽力でかろうじて保っている状況ですが」

「確かに彼女は聡明です、しかしレパルト連合王国の出身です。陛下は公爵家との戦争が起きた際にミレーヌ妃殿下とエリカ殿下を連合王国に逃がす算段を立てています。迂闊に教えた場合、他国に介入される隙を与えかねないのです」

「私なら良い、そう仰るのは何故でしょうか?」

「貴女がこの国の出身であり公爵家の生まれだからです。レッドグレイブ家はホルファート家から分かれた血脈、それなら貴女にも知る権利があります」

 

 此処まで情報の秘匿を優先する理由は何だ?

 いけないと思いつつ興味が尽きない。

 再び湯を沸かし始める宰相に対して些か無礼だが話を進めたい気持ちを隠せない。

 この状況で焦らされ続けられるのは拷問に近い、それが王国の成り立ちについてなら尚更だった。

 

「では始めましょう。ミセスバルトファルト、貴女はリーア・バルトファルトという人物についてご存知ですか?」

「……いいえ」

 

 バルトファルト姓からしてリオン達と何らかの関わり合いがあるのは間違いないだろう。

 だが身分を表す冠詞が無い、貴族階級ではなさそうだ。

 バルトファルト家が貴族として最底辺である男爵位を叙爵したのはリオンの祖父の時代、それ以前は準男爵位であり騎士階級やほぼ平民の時代もあったとは聞き及んでいる。

 分家筋も存在せずバルトファルト家の直系は義父とリオンの兄弟姉妹のみ。

 ちなみにリオンが子爵位と領地を拝領した際は親戚を名乗る不審者が大量に押し寄せたようだ。

 そうした者達に関する情報は私も多少持っているがリーアという名前については聞き覚えが無かった。

 

「バルトファルト家にそのような者は存在しない筈です、何かの間違いでは?」

「間違いではありません。リーア・バルトファルト、彼の存在こそがホルファート王国が抱える闇であり罪の象徴なのです」

 

 宰相は歴史の教本を開く、その頁には挿絵が有り六人の人間が厳かに描かれている。

 五人は男性、一人の女性が壮麗な衣装を身に纏っていた。

 頁の内容はホルファート王国の勃興について、これより前の頁にはこの大陸が如何に秩序無く荒れた時代だったかが叙情的に書かれていた筈だ。

 

「建国の逸話についてミセスバルトファルトはよくご存知ですね」

「当時の大陸は様々な一族が小国を築き争いが絶えた事のない時代でした。そんな大陸に六人の冒険者が訪れました。ホルファート、マーモリア、フィールド、セバーグ、アークライト、更にアン。神の導きによって六人は大陸の戦乱を鎮め、指導者的な立場だったホルファートが王座に就きアンは神殿の聖女と為りました。彼らの築いた国はホルファート王国と名を改め現在に至ります」

 

 幼少期から受けた妃教育の一環として教えられた建国の逸話など目を瞑っても諳んじられる。

 国祖達の名前等を除けばホルファート王国の民でさえ一般教養の一つとして憶えているような内容だった。

 

「そうです、一般的に知られているのはその六人です。品行方正、力と機知に優れ、民を導くに相応しい神に祝福された者達。そんな冒険者がこの国を興した、それが皆が知る歴史です」

「だが事実は違う、仰りたいのは彼らが決して英雄ではなかったという事実を隠し続けた事でしょうか?」

 

 品行方正な冒険者、実にありえない存在だ。

 ホルファート王国は冒険者が興した国であるが故にギルド制度や法によって権利が認めれている。

 しかし他国に於いては卑しい職業であり、半ば犯罪者同然の存在として忌み嫌われるのが実情だった。

 真っ当な定職に就けず腕力だけが頼りのならず者が為る職として下級兵と同様に人気が無い。

 尤も、冒険者を貴ぶ気風がホルファート王国が他国より優れた武威を誇る一因となったのは皮肉としか言い様が無かった。

 

「確かに彼らは品行方正の人格者ではありませんでした。盗掘、略奪、恐喝、密輸と大抵の犯罪行為に手を染めていたようです。彼らの真の姿が公表されたら王家は盗賊の末裔と謗られる事は確実でしょう」

「しかし、その程度の歴史の改竄ならどの国でも行っている事です。王家が殊更恐れるような秘密ではないと愚考しますが」

 

 ホルファート王国貴族の先祖は大抵が冒険者だ。

 礼儀知らずの墓荒しが手にした宝を王家に差し出して地位と土地を貰った。

 そんな過去を糊塗する為に略奪行為を冒険譚と偽り先祖を崇める貴族など珍しくもない。

 寧ろリオンのように戦功で貴族となった者の方が少数だった。

 例え国祖達の実情が知られた所で多くの貴族は見て見ぬ振りを決め込む筈だ。

 

「彼らが国を興せたのは優れた冒険者だったのが理由の一つです。王家の船を見て分かる通り彼らは幾つかのロストアイテムを見つけ操る術に長けていました。十人にも満たない余所者が小国に対抗できたのは数の差を覆せるだけの戦力を所持していた事、もう一つはアンの存在です」

「初代聖女が?」

「彼女は優れた冒険者であり治癒魔法の使い手でした。その力は死に瀕した者の傷さえ癒したという記録が残っています。彼女は積極的に人々を癒しました。ある時は病を患う富豪を快癒させて多額の治療費を受け取り、ある時は傷付いた兵を助け自分達の配下としました。冒険者達が戦力を揃え、聖女が人心を掌握する。こうした行為を繰り返し、彼らはこの大陸に於ける一大勢力として小国と渡り合えるだけの力を蓄えました」

 

 なるほど、上手いやり方だ。

 ロストアイテムを使い少人数で多大な戦果を得て、聖女の癒しによって慈悲深さを演出する。

 斯くして冒険者の一団はこの大陸の覇権を狙えるだけの力と地位を得るに至った。

 確かに王家や聖女に対し幻想を抱く者が知れば衝撃を受けるだろう。

 だが、この程度の真実が知れ渡った所でホルファート王家の支配が揺らぐにはどう考えても足りない。

 

「そんな彼らに接触する者達がいました。神を信仰する一団です。当時の大陸は一族同士が国として争っていたように、宗教同士の対立も苛烈でした」

「王国は今も多神教国家。浮島ごとに違う神を信仰している場合も多いのはそうした風土の名残ですね」

「話を進めます。宗教団体は小国と手を組んで庇護を得る、代わりに宗教団体は教えを用いて人心を纏め統治の正統性を保障する。小国と宗教団体が手を組むのに都合が良い時代でした。国祖達もその例に漏れません」

 

 神殿の歴史は今日まで伝わっているが記録が増えるのはホルファート王国が勃興した時期と重なる。

 裏で繋がってた彼らにとって互いの存在は都合が良かったのだろう。

 王家だけではなく神殿の暗部まで関わってきた、温かな学長室にいる筈なのに冷たい汗が背中を伝う。

 

「宗教団体は人々から敬愛されるアンに目を付けました。人々の病や傷を癒す彼女は民衆から絶大な支持を集めていましたから。組織の象徴として聖女という地位を新たに生み出し、自分達の信仰する神の代行者であると喧伝しました。そして宗教団体は神殿となり、アンは初代聖女に就任しました。アンの所持品ですら聖女の象徴として神器扱いされるのですから当時は相当な人気だったのでしょう」

「お待ちください、聖女の三神器は神殿に伝わる由緒正しい神聖なアイテムだったと聞いています」

「残念ながら神殿が作り出した伝承に過ぎません。聖女として人々から支持されるアンが国祖達に支配の大義名分を与える。国祖達は神の御意志を騙り、敵の戦意を削いで戦わずして勢力圏を広げる。よく似ていると思いませんか?」

 

 何が?とは答えない、答えられない。

 心当たりが多過ぎる。

 人々を癒し人心を掌握した聖女アン、人々を癒し国を護り絶大な支持を集める聖女オリヴィア。

 そして聖女を利用する神殿、まるで映し鏡のように対称的だ。

 ホルファート王国の建国からこの闇は存在した、そして今も尚続いている。

 

「そうして国としての形が出来上がりつつあった頃、国祖達に異議を申し立てた者がいました。リーア・バルトファルト。失われた七人目の国祖です」

「なッ!?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 思いがけない人名に思わず声が出た。

 リオンの、バルトファルト家の先祖がホルファート王国の礎を築いた国祖だと?

 馬鹿な、ありえない。

 そう思いながらもリオンに出会ってから今日までの記憶を必死に手繰り寄せる。

 聞き覚えがある、いつかリオンが話していた筈だ。

 

バルトファルト家(うち)だって先祖は初代国王の仲間だったらしいぜ。家族の誰も信じてない与太話だけど』

 

 何時ぞやの他愛無いリオンとの会話で聞かされたバルトファルト家の遠き祖先。

 歴史も無く曽祖父の名すら忘却する新興貴族が家系に箔を付けようと経歴を詐称するなどありふれた話だ。

 バルトファルト家も例に漏れずそうした手合いだと思い込んで見過ごしていて己の迂闊さに歯噛みする。

 真実は既に私の前に在った、ただ偏見と思い込みが私の目を曇らせていただけだ。

 

「……以前、夫からそれとなく聞かされた事があります」

「ミスタバルトファルトが?」

「バルトファルト家の祖先は国祖と仲間だったと言い伝えられていたようです。それを聞いた私は単なる笑い話か家柄を盛ったと思い込んでいました」

「……貴女の判断は正しいと思います。辺境故に周囲の関心を買わなかったのが幸いですね。王都でバルトファルトの血を継ぐ者がそんな発言をすれば命が幾つあっても足りません」

「リーア・バルトファルトとはどのような人物なのですか?」

 

 宰相が再び紅茶を淹れて私に差し出す、口を付けるが味がしない。

 いや、舌は紅茶を美味いと感じているが脳は味覚に対する力を失っていた。

 美味い紅茶を味わうよりも宰相の話に引き込まれている。

 

「リーア・バルトファルトに関する情報は王族のみが閲覧できる資料でも記述が明らかに削られていました。狡猾な男だったとも、平穏を愛していたとも書かれ人物像が曖昧なのです。国祖達の正統性を確立する為に邪知暴虐の輩として扱われている物すらあります。そうしなければならない程に彼の存在は王家にとって不都合なのでしょう。確実に分かるのは彼が優れた冒険者で国祖達の指導者的な立場だった、国祖達と対立し追放された、この国の王と為る筈だったのはリーア・バルトファルトだった程度です」

「指導者だったのに地位を追われた、どんな理由で?」

「私に調べられたのは此処までです。真相は歴代の王が王位を引き継ぐ時に受け継ぐ秘密なのです。分け前で揉めた、国祖達が逆心を抱いた、非道な行いを咎められた。幾らでも推測は出来ますが事実としてバルトファルトの血筋が遺っている事からもリーアは殺されはしなかった、或いは逃げ延びる事に成功しました。指導者の地位に就いたのは初代ホルファート国王。彼は玉座を手に入れましたが、同時に簒奪者の罪を背負い王家は未来で真実が明らかとなりリーアの子孫に復讐される恐れを抱き続けました」

「父は、レッドグレイブ公爵はこの事実を知っていたのでしょうか?」

「おそらくは。如何にミスタバルトファルトが戦功を挙げたとは言え公爵家の令嬢だった貴女を子爵に嫁がせるのはそれ以外に考え難いかと」

 

 それがホルファート王家が抱える闇か。

 指導者を裏切り地位を簒奪し統治者として君臨する。

 確かに醜聞であり王権の正統性について瑕疵になりかねなかった。

 同時に父上の魂胆が朧気ながらも理解できる。

 父上が欲したのはリオンの能力ではない、彼の血統が持つ正当な王としての大義名分。

 そんな愚劣な考えを父上が持っていたという事実に吐き気が込み上げた。

 ユリウス殿下に婚約破棄され気が塞いでいた私に対する父上や兄上の愛情は確かな物だ。

 思いやりの裏に隠されていた後ろ暗い計算に苛立ちが募る、それなら寧ろ最初から私に伝えてくれた方が遥かにマシだ。

 政略結婚とはいえ私はリオンを心の底から愛してる、その愛情を利用されて良い気分になれる筈も無い。

 

 だが、如何にリーア・バルトファルトの血を継ぐからといってもホルファート王家打倒の大義名分になるだろうか?

 リオンは確かに優れた若者だ、戦に於ける狡猾さや指導力は人並み以上に秀でている。

 しかしホルファート王国には彼以上に優れた者が存在するのも事実であり、ホルファート王家は長きに渡り国を治めてきた。

 どれだけバルトファルト家が王位の正統性を求めても辺境の成り上がり者が王座に就ける訳が無いだろう。

 確かに国の建立に陰謀が存在したかもしれないがホルファート王家と統治を覆せる理由としては心許ない。

 

「父の魂胆は分かりました。しかしリーア・バルトファルトの血脈だから玉座を譲れというのは暴論でしょう。私の夫は王家に対し叛意を持っていませんし、仮に真の王家と主張した所で正統性が罷り通る訳ではありません。不躾ながら考え過ぎなのでは?」

「確かにバルトファルトの血だけでは不十分です。ですがその正統性を担保できる存在が居るとすればどうでしょうか?」

「そんな存在が?」

「それが初代聖女アン、そして現在の聖女であるミスオリヴィアです」

 

 宰相の顔が歪んでいる、それは過ちを犯した者だけが持つ表情だ。

 確かに学園長だった彼は特待生としてオリヴィアを学園の上級クラスに在籍させた。

 だがそれだけで王位簒奪が可能となる物だろうか?

 

「話を戻します。リーアを追放した国祖達は自分達の思い通りに国家体制の基礎を築こうとしました。ですがその矢先に大きな障害が立ちはだかったのです」

「他の小国が連合して攻めた、或いは疫病や飢饉ですか?」

「それ以上の脅威です、神殿の聖女だったアンが国祖達の罪を糾弾し始めました」

 

 その程度か、と其処まで考えて思考を止める。

 国祖達は神殿によって行動の正統性を確保していた。

 奉じる神の代行者である初代聖女アン、その聖女アンから大義名分を得ていたからこそ彼らの行いは正当化された。

 その聖女から行動を糾弾され罪人として扱われたら?

 国の指導者から一転して犯罪者に墜とされる、下手をすれば内乱が勃発しかねない。

 

「何故そのような事態に?」

「これもまた不明です、いえ理由があり過ぎます。元々アンは清純無垢な人柄ではありません、むしろ女冒険者に相応しい激しい気性の持ち主でした。無理やり聖女に就けられたのが不満だった、リーアが追放された事で次は自分だと危機感を持った、国の支配者ではなく宗教的存在にされたのが不快だった。中にはリーアとアンが恋仲だったという些か情緒的な珍説すらあります。何分アンに関する資料もリーアと同じように欠けた部分が多いのです」

 

 国祖達からすれば目障りな指導者を排除し、後は自分達の思うが儘に国造りを行う算段だったのだろう。

 だが皮肉にも自分達の大義名分を確保する為だけに神殿の聖女に就けたアンに牙を剥かれた形だ。

 神によって選ばれた神の代行者である聖女アン、神の意思だからこそ彼らの行動は正当化されていた。

 それが今度は返す刃となって我が身を傷付け始める、もし聖女アンに逆らえば今までの行為が全て否定されてしまう。

 

「結果、アンは聖女の地位を捨てて姿を消しました。彼女の消息は不明です。仲間達の行動を諫める為に自決したとも市井で人々の為に生きたとも伝わっていますが真相は謎のままです。神殿が聖女の神器として認定した聖女の杖、聖なる首飾り、聖なる腕輪。杖以外の二つは散逸に近年まで存在が不明となりました。国祖達の行動によってこの国は大きな矛盾を抱えているのです」

 

 能力に長けた指導者を追放、大義名分を与えてくれる聖女は行方不明。

 こんな者達に国を任せるべきか?

 多くの者は否と答えるだろう。

 酷薄な者は命の危機を感じた部下に下克上される、大義名分の無い者はその行いから離反される。

 ホルファート王国(このくに)は最初から原罪と虚飾に塗れていた。

 これが王家がひた隠しにした真実、王国のありのままの姿。

 

「国祖と神殿はアンの妹であるメアリーを新たな聖女に据えました。現在の神殿の基礎は二代目聖女であるメアリーが築きあげた物になります。アンが行方知れずとなり神器が散逸した事は神殿にとって都合が良かった。聖女は血筋ではなく神殿によって認定される、ならば神殿にとって都合が良い傀儡である女性を聖女に任命すれば良い。神器が揃っていないから完全な聖女として扱われない、どれだけ聖女本人が声を上げても実権は神殿が握り口出しが出来ません。王家は神殿から王位の正統性を担保してもらう、代わりに王家は神殿に多額の献金を行い神官達の懐は温まる。双方にとって都合が良い状況が長きに渡って築かれたました」

「……腐っていますね」

「確かに。国を維持する為とはいえ原罪と向き合う事無く生きる、歪んだ成り立ちの国で正しい事が行われるのは実に難しい。王国の現状を見ればそれは明らかです」

「私にこの話を聞かせたのは公爵家が王家の血を継いでいるだけではなく、二代目聖女であるメアリーの血も受け継いでいるからですか?」

「罪人の子が無条件に罪人として扱われるならこの世界に罪無き者はいません。私とて王族の端くれですから言い訳になってしまいます。しかし、これが私の偽らざる本心ですよ」

 

 宰相の言葉は誠実だった。

 彼なりに祖先の行いに対しての悔恨や憤りもあるようだ。

 私も自身の祖先に対しては思う所が存在している。

 現在のホルファート王国にとって聖女の子孫とは二代目聖女メアリーの血を受け継ぐ者であり初代聖女アンの子孫ではない。

 レッドグレイブ公爵家の家系図を辿ればホルファート王家だけではなくメアリーの血を受け継いでいる。

 王と為る筈だったリーアの子孫からすれば業腹もいい所だ。

 王座の簒奪者と繰り上げで聖女になった女の子孫が我が物顔で闊歩する、屈辱と憤懣に満ちた光景に違いあるまい。

 

 此処より遠く離れたバルトファルト領にいるリオンとその家族を思い出す。

 彼らがこの真実を知ればどんな顔をするだろうか?

 今までと変わらず接してくれるなら嬉しい。

 リオンはきっと私を咎めないだろう。

 あれだけ早々に隠居したいと呟く彼が進んで王座を望むとは思えなかった。

 今でも領主としての仕事が煩わしいと思っている男に王は務まらない。

 先祖の功績を知っても相変わらず野良仕事に勤しむ筈だ。

 今のバルトファルト家を担ぎ上げた所で父上の思うようにはならないだろう。

 父上が私とリオンの縁を繋いでくれた事には感謝している。

 だが、どれだけ父上が望もうとリーア・バルトファルトの子孫というだけで王家は退かないし貴族が大人しく従いはしない。

 レッドグレイブ公爵家が王座を継ぐのはありえない事だ。

 

「歴史の真実は分かりました。ただ父上が王座に就くのはありえません。どれだけバルトファルト家が正当な王の末裔だろうと現在は子爵位の領主貴族に過ぎず、それだけの理由でホルファート王家が危機に陥る可能性はまず無いかと」

「確かにバルトファルトの血だけでは不足しています。ですが、もし大義名分を用意できる者が存在していたらどうでしょうか?」

 

 ホルファート王家の正統性を批判できる者などこの国には存在しない。

 どれだけ歴史の真実を知っても辺境の領主貴族を王に据える大義名分を持つ者など存在しない。

 それこそ初代聖女が蘇らない限りは。

 其処まで考えて思考が止まる、私の頭の中である疑念が少しずつ形を成していく。

 確かに王家と神殿は密接な関係だ、彼らが癒着している限りホルファート王家の正統性は担保され続ける。

 だが神殿の支配者である大神官はあくまで聖女の代わりに政務を行う者に過ぎない。

 

 現在、ホルファート王国には聖女が存在する。

 卓越した治癒魔法の使い手。

 頭脳明晰にして優れた武勇の持ち主。

 散逸した聖女の神器を取り戻し身に纏う。

 二度に渡ってファンオース公国の侵攻を阻んだ護国の聖女。

 今や国王より名を知られ人々から信奉されている存在。

 

「……そんな、まさか」

「貴女が想像している事は大凡分かります、どうして公爵家が彼女(・・)を求めるのか?それこそが私が告げるべき真実です」

 

 宰相の口髭が動き真実が告げられる。

 認めたくない心がある一方で何処か納得していた。

 

 どうして平民の少女が王立学園の特待生に選ばれたか。

 

 どうしてあれだけの資質を持ち得ているのか。

 

 どうして強烈に人々を惹きつけるのか。

 

 どうして王家が公爵令嬢よりも平民を慕う王子を咎められなかったのか。

 

 その総てが一つの答えとなって紡がれる。

 

「ミスオリヴィアは初代聖女アンの末裔です」




ホルファート王国の驚愕の真実。(原作小説やマリエルート既読の方々はご承知
という訳でアンジェが王国勃興の真実を知りました。
ルーカスの知る情報はあくまで王家が都合よく改変したり検閲した物なので実像とは原作やマリエルートで語られた真実と大分違っています。
アンがリーアに恋してたとか、メアリーがとんでもない女とは後世の人間から見ればとても真実に思えないので珍説・与太話扱いです。
リオンのが語る先祖の話は13章の会話から、一年近く前の投稿でした。
次章はルーカスの立場から王国編がどんな感じで進んでいったかが語られる予定です。

追記:今章の挿絵は依頼主様のご依頼によって山田おとなり様に描いていただきました、ありがとうございます。

山田おとなり様 https://skeb.jp/@otonari_y/works/4

ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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