婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第85章 謝意

「ちょうど貴女やユリウス殿下、そしてミスオリヴィアが学園に入学する一年程前の頃です。当時の私は失意の底にいました」

 

 鷹揚な宰相の口元が歪む。

 表情は辛うじて口髭に隠れていたが、心の乱れは手にしているティーカップの水面に小さな波を作る。

 完璧な礼儀作法を修め王家派の信頼も篤い宰相が此処まで感情を露にするとは。

 当時の状況に余程の忸怩たる想いがあるのだろう。

 

「王立学園で教職に就いたのは私なりにホルファート王国の未来を案じた結果です。ミセスバルトファルトは妃殿下から学園創設の真意について説明を受けましたか?」

「……大まかには」

「学園は本当の意味で教育機関ではありません。ホルファート王家の権勢を示し若い貴族の反抗心を挫く、学費や必要経費を貴族に課し王都の経済を潤す、一ヵ所に貴族の嫡子を集め人質として牽制する。他にも様々な目的はありますが、最終的な目標は貴族の選別と王家を主体とする教育の実施。全てが王家の利益となるよう設立されました」

「身勝手な話ですね。力を誇示し、金の巻き上げ、都合の良い手駒に調教する。此処は貴族の教育施設ではなく動物の調教小屋に見えます」

「何とも耳が痛い。ただ全てが上手く行っていた訳ではありません。特に貴族の腐敗は王家のみならず王国全体に悪影響を及ぼしました」

「無能な貴族が増えれば統治の不備を理由に取り潰しや貴族籍の剥奪は可能でしょう。召し上げた領地は王家の直轄領にすれば王家の権勢は更に増すかと」

「それも王家に忠実な貴族が一定数確保されていればの話です。確かに学園は予想以上の効果を生みました。しかし、薬とて度が過ぎれば毒と為ります。次第に学園は王国貴族が腐敗する温床に変質しました」

 

 宰相がミルクポットの牛乳を紅茶に注いだので私も同じようにしてもらう。

 赤褐色の紅茶に牛乳の白が水面に渦を描いて混じり合う。

 上品な紅茶から乳白色のミルクティーとなり円やかさと甘味が加わって心を和ませてくれる。

 

「歪んだ教育を受け勉学や修練に励まない宮廷貴族の子息が官僚に就き王家自身の統治能力が低下、女性優遇政策によって貴族女性に苦しめられた下級貴族や領主貴族達の不満の増大。学園は王家の敵を増やし続ける場所に成り果てました。すぐにでも軌道修正を行わなければなりませんでした」

「だから先王弟が学園長に就任したと」

「ちょうどレパルト連合王国から嫁いで来られた妃殿下にこの国の内情を説明し終えた頃でした。彼女をお支えする貴族を選抜する意味でも都合が良かったのです」

「そして公爵家は私を王位継承権第一位のユリウス殿下の婚約者とした。なるほど、殿下が王位を継ぐ頃になれば有能な貴族を官職に就けた上で公爵家を後見人に出来るという訳ですか」

「仰る通りですミセスバルトファルト。やはり貴女は優秀な生徒だ」

 

 褒められてはいるがいい気分ではない、結局学園はどこまでも王家の都合で運営されていた。

 貴族を王家に服従させる為に設立され、王家に都合が良いように貴族の子供達を教育し、手に負えなくなったら慌てて運営方法を変え、最終的には有益な者以外は切り捨てる。

 どこまでも自分本位なホルファート王家の醜態、国祖達の横暴を顧みれば追い込まれている現状は自業自得でしかない。

 

「本音を言えば学園長に就任した頃はこれ程の惨状だとは思いも寄らなかったのです。私が学園に在籍していた時は王族として有力貴族の学友が常に周囲にいましたから。王族の地位を離れて学園の腐敗を漸く自覚しました」

「それが身分を偽り教員として働いた理由ですか」

「地位を振り翳し他者に敬意を持たず強者に阿る者は果たして貴族でしょうか?せめて最低限の礼節を弁えた紳士淑女となって欲しかった。他にも学園長として教育課程の改定や新授業の開設等を実施してきました。しかし思うような成果を出す事は出来なかったのです」

「閣下の御力を以ってしてもですか?」

「学園が開設されてからの長い年月と私が学園長に就任してからの十数年、更に親元で育った十五年と学園に在籍する三年。王族一人が足掻いた所で貴族階級に根差した偏見や増長、そして個人の性格を矯正する事は不可能です。思うような成果を出せなかった私は生まれて初めて味わう挫折と諦観に疲れていました。そんな時に彼女を見つけた、彼女に追い縋ってしまいました」

 

 その『彼女』が誰か、既に察しはついていた。

 まったく、あの聖女はいつも誰かの気を惹いて無自覚に惑わせる。

 私を悪女呼ばわりした連中に彼女と私のどっちが悪女だと一度問い質したい。

 

「ある日、私を慕ってくれる貴族の一人から一報が届きました。信じ難いレベルの回復魔法を使う平民の娘が居たと」

「それがオリヴィアですか」

「すぐに使いの者を派遣して確かめさせると彼女が回復魔法を使っていたのは真実であり、知的水準も平民とは思えないほど高いと判明したのです。それを知った時、私は彼女を学園で保護するに妃殿下と相談し特待生に迎え入れました」

「そうまでして学園に入れる必要があったのですか?」

「ミセスバルトファルト、これまでミスオリヴィア以外に初代聖女アンの子孫が一度も発見されなかったとお思いでしょうか?」

 

 確かにホルファート王国が建国してから長い年月が経っているが初代聖女の血を継ぐ者の存在は確認されていない、少なくとも公式にはそうなってる。

 治癒魔法の使い手は存在するがオリヴィアほどの使い手は存在しない。

 死者を蘇らせるような世の理を覆すほどの力こそ無いが、重傷や難病なら時間さえかければ回復できる。

 そして治癒魔法の使い手は冒険者や王宮ではなく神殿に仕える者が圧倒的多数だ。

 神殿が設置した救貧院に治癒魔法の使い手が派遣されるのは高価な薬より治癒魔法の方が安く済むという裏事情も存在している。

 没落令嬢だったマリエが救貧院で働いていたのが良い例だった。

 

「優れた治癒魔法の使い手は神殿に所属している場合が多かったと把握しています。私は単に神殿の威光を民衆に知らしめる目的だと思っていました。それは間違いだったと?」

「それも神殿の政策の一つですが実際は初代聖女の子孫を見つけ出し神殿で管理する、それが彼らの真の目的です」

「管理ですか?保護ではなくて」

「順を追って説明しましょう。聖女の地位を辞したアンが消息不明になってから数十年後、とある平民の少女が回復魔法を使って人々を癒すという出来事が起きました。神殿と王家が詳しく調査した結果、少女はアンの孫か曾孫である可能性が非常に高い事が判明しました。当時はまだ初代聖女に対しての崇拝が色濃く残っていた時代です。実際、少女は周囲の人々からアンの生まれ変わりと讃えられていました。事態を重く見た神殿と王家は彼女を神殿に仕える女官として引き取る事を決定しました」

「アンが王家と神殿を批判し、彼らの罪を告発する事を恐れた訳ですね」

「はい、当時の王国は版図を広げていましたが領主貴族達は心から臣従していた訳ではありません。初代聖女の子孫を旗頭にすれば王家と神殿の正統性は容易に崩れてしまう。かと言って少女を処刑すれば民衆の反発を招きかねない。何より初代聖女の血を否定すれば神殿の大義名分、そして王家の正統性すら揺らいでしまう。窮した神殿は逆に少女の力と知名度を利用する事を思いつきました」

「表面上は少女に手を差し伸べた見せかけ、実際は反王家・反神殿の勢力に利用される事を封じた。少女の名声はそのまま神殿の名声となる。なるほど、上手いやり方ですね」

「同じような事例はその後も何回か起きました。治癒魔法に目覚めるのは平民、或いは下級貴族の娘が殆どです。彼女達はその力を活かす名目で、或いは金銭で売られ神殿に連れてこられ人々の傷を癒す事に生涯を費やしました。結婚する事も無く、最後まで神殿の思惑に気付かないまま」

「いっそ初代聖女の末裔を聖女に認定すれば良かったのでは」

「神殿上層部にとって聖女とはあくまでも象徴に過ぎません。そして神器無き聖女に運営に対する発言権は存在しない。二代目聖女メアリーの血を引く貴族令嬢を偽りの聖女に据え思いのままに政治を行う。この体制が神殿にとってあまりに都合が良かったのです」

 

 腐敗此処に窮まれり、何とも吐き気がするような話だ。

 アンの血筋は見つけられた瞬間に人生の選択肢を奪われ、そのまま神殿から出る事も無く子を遺せないまま生涯を終えた。

 王家の愚劣さも酷いが神殿の腐敗も相当な物だ。

 あれほど嫌っていたオリヴィアに対し憐憫の情が湧いてくる。

 彼女は善人だ、本来は政治と無関係で生きられた筈だった。

 それが救国の聖女として崇められ、今や他国との交渉に奔走し、挙句に神殿の象徴として使われる。

 

「だからオリヴィアを特待生と認めたと?」

「初代聖女に対する懺悔の気持ちがありました。アンの血脈を利用し続けれるほどにホルファート王家はその正統性を喪います。学園の特待生として迎え入れなければミスオリヴィアは神殿の女官として生涯を終える。それでは今までと何も変わりません。そして貴族の令息令嬢に対する意識改革。平民であろうと貴族より優れた者が存在する、切磋琢磨しなければ貴族と言えど待ち受けるのは没落だと教育者として示す必要がありました」

「閣下の真意は分かりました、随分と悩んで来られたのですね」

「必死に考えて動いた結果がコレです。私の行いはあらゆる方面に手酷い損害を出してしまいました」

 

 宰相なりにホルファート王国の未来を憂いていたのだろう。

 建国の功労者を蔑ろにし、権威だけは利用する癖に見返りは与えず、非才浅慮を認めず他者を貶めて己の優位性を保とうとする輩があまりに多過ぎた。

 歴代の王と大神官、腐敗を貪る宮廷貴族に叛逆心に満ちた領主貴族、礼儀を弁えず努力すらしない令息や令嬢。

 清廉潔白を旨とする彼にとって王国の現状は過酷であり、だから目の前に現れたオリヴィアの存在に期待してしまった。

 確かにオリヴィアは現状を打開したのだろう。

 その代償は余りにも大きくこの王国の支配体制にも大きな衝撃を与えた。

 

「妃殿下と相談しミスオリヴィアを特待生として学園に迎えました。無論、彼女の血脈については妃殿下にも彼女本人にも秘密です。優秀な生徒として各園を卒業させた後、ゆくゆくは王宮に勤める平民出身者として登用させようというのが私の目論見でした。まさか殿下を筆頭とした国祖の血を継ぐ者達が揃って彼女に惹かれるとは思いもよりません」

「当時の彼らは傍目から見ても異常でした」

 

 逃れられぬ血の因果、或いは宿命と言うべきだろうか?

 ホルファート王国を興した国祖七人、バルトファルトを除いて六人が同じ学園に集う。

 何処か運命じみた物を感じるのは仕方ない。

 

「しかし彼女を普通クラスに編入させれば問題は起きなかったのでは?」

「それでも時間が多少ずれるだけでしょう。それにファンオース公国の侵攻に彼女の成長が間に合ったのは僥倖です。あらゆる状況が奇跡的に噛み合いミスオリヴィアは王国を護りました。無論、代償は大きい物でしたが」

「例えば私とユリウス殿下の婚約破棄、でしょうか?」

 

 我ながら意地の悪い質問だとは自覚はしている。

 だが、今も心の奥底に眠っている蟠りは時折どうしようもない苛立ちを齎す。

 

『何故?』

『どうして?』

『私に何の非がある?』

 

 今の生活に不満がある訳ではない。

 私はリオンを心から愛しているし我が子を得られた幸運に感謝もしている。

 ただ現状が幸せだからと言って過去の不遇が相殺される訳ではない。

 本音を言えばホルファート王家や神殿が滅びようがどうでも良かった。

 王と王子が処刑され、聖女が望まぬ結婚をしても私の心は何の痛痒も感じない、寧ろ胸がすくような心地になるだろう。

 ただホルファート王家とレッドグレイブ公爵家が全面的に争えば否応無しに私達も巻き込まれるし、勝ったとしても喪う物が余りに多い。

 そこに周辺国に攻められたら何の意味も無い。

 結局の所、私は何処まで行っても利己的な女なのだ。

 バルトファルト家とレッドグレイブ家が無事なら他者がどうなろうと知った事ではない。

 

「あれは痛恨の極みでした。まさか殿下があのような行動を取るとは思わなかった物で」

「確かに。オリヴィアに対して注意勧告に留めていたのに糾弾されたのは私一人だけだった。身に覚えのない嫌がらせの数々が私の指示と認定された挙句に婚約破棄です。私は我が身と名誉を護る為に決闘を申し込むしかなった」

「今思えばフランプトン侯爵派だったミスオフリーや他の者達の仕業でしょう。彼らはレッドグレイブ家の失墜を企てていた。ミスオフリーはミスタブラッドの婚約者でもあった。敵対派閥の力を削ぎ、尚且つ自身の行いを押し付ける為に貴女に罪を押し付けた。貴女には心からお詫びするしかありません」

「学園長だった閣下なら介入できたのでは?」

「ミセスバルトファルト、せめて貴女達が決闘の日取りに余裕を持ってくれたのなら私は陛下や妃殿下に執り成しをお願い出来ました。まさか僅か数日で決闘とは……、私が王族とはいえ国王夫妻に具申するにはそれなりに根回しが必要なのですよ」

 

 宰相の言葉を聞いて頬が熱くなる。

 あの時の私はそれまでの人生で一番怒り狂っていた、今振り返っても一番だ。

 五人の阿呆と売り言葉に買い言葉となってあっという間に決闘の日取りが決まった。

 確かオリヴィアは何とか争いを止めようとしていたな、我を忘れていた私は聞く耳を持たなかったが。

 いや待て、決闘の場所と日取りを決めたのはジルクだった。

 悪賢い彼奴の事だ、王家や公爵家からの横槍を避ける為に敢えて条件を提示したのだろう。

 結論、私も悪かったが考え無しの馬鹿五人(特にジルク)も悪い。

 

「私としては決闘の後に貴女達が和解してくれる事を祈るしか出来ませんでした。私が表立って行動できなかったのは正体が判明する事を避ける以外にもミスオリヴィアが目立たなくする必要がありました。学園長が平民を庇ったと知られれば否応無しに注目されてしまいます。事態を最小限にするにはああするしか思いつきませんでした。しかし、今思い返せば私は正体が露見しても仲裁するべきだったのでしょう。少なくとも王家と公爵家の争い、フランプトン侯爵派の増長、神殿の国政介入を軽減できた筈ですから」

「オリヴィアの正体を隠し通す為ですか?」

「学園には神殿と関わり合いが深い令息令嬢が在籍していましたし、侯爵派はそれ以上です。初代聖女の血筋を利用したいと思う貴族はとても多い」

 

 決闘後に学園を去った後の状況を私は知らない。

 気付けばいつの間にか学園は休校し、オリヴィアは聖女としてファンオース公国と戦っていた。

 半ば自棄になっていた私は周囲の侮蔑を跳ね除けようと勉学に一層励んだ。

 私の学園生活は一年にも満たない。

 

「貴女が学園を去った後のミスオリヴィアは功績を上げ続けました。勉学では主席、実技では殿下達と組んで冒険に勤しみました。あの光景はまるで冒険に挑む国祖達その物です。そして決定的だったのは空賊と癒着した腐敗貴族の摘発した事です」

「確かオフリー家が空賊と手を組み密輸や商船を襲っていた現場を突きとめた事件でしたか」

「単なる空賊退治でしたら箔付けで終わる筈でした、取り引きされていた美術品の中にアレ(・・)が無ければ」

アレ(・・)とは?」

「散逸していた聖女の神器の一つである首飾りです。押収品の中にあった首飾りが光り輝いてミスオリヴィアに装着されたと聞き及んでいます。目撃者も多く隠し通すのは不可能でした」

「閣下の努力は水泡に帰した訳ですか」

「はい、後の冒険で彼女達は最期の神器である腕輪を手に入れました。建国当初から揃わなかった神器が初代聖女の手によって集結する。私は恐ろしかった、まるで初代聖女アンがミスオリヴィアを導いているかのように思えました」

 

 確かに出来過ぎている、それこそ最初から全てが仕組まれていたと錯覚しそうな程に。

 これでオリヴィアが悪人ならこれが綿密に計画されたと思えるが、彼女自身は紛れもなく善人なのは疑いようの無い事実だ。

 オリヴィアは確かに今のホルファート王国に於ける主人公(ヒロイン)だ。

 

「オリヴィアの経歴は理解できました。それで閣下は私にどうしろと仰るのですか?」

 

 なるほど、今のオリヴィアは初代聖女の末裔であり人々からの崇敬を集めている。

 彼女を上手く用いれば現王制を揺るがしかねない。

 其処に加えてリーア・バルトファルトの血を継ぐリオンも加えたらホルファート王家の正統性が疑われる事は確かだ。

 だからと言ってオリヴィアを排斥するのは不可能だ。

 外交、国防、宗教と彼女無しにホルファート王国の平和は無い。

 彼女を手中に収めた者がこの国の実権を握る。

 だから父上はオリヴィアを兄上に輿入れさせる為に奔走している。

 更なる大義名分を手に入れる為に私をリオンに嫁がせた。

 我が父ながら惚れ惚れするような政治手腕だ、長年に渡り魔窟と恐れられる貴族社会を生き抜いてきた強かさを感じる。

 今のホルファート王家の命脈が尽きてもそれは仕方のない事だ。

 王家の統治が全て悪行とは思わない、問題を抱えてたにせよ今日まで外敵から民を保ってきたのは確かである。

 静かに終焉を迎えるなら、それもまた統治者に相応しい最期だろう。

 

「忠告と命乞いですね。ミスオリヴィアを使ってレッドグレイブ王朝を築けば神殿の風下に立つ事になる。下手をすれば神殿はミスオリヴィアを女王として擁立し、事が終わり次第レッドグレイブ家を逆賊として討つ事もありえます」

「……神殿が其処まで強硬な手段に出ますか?」

「前の戦争が終わった頃なら有り得ないでしょう。しかしミスオリヴィアはこの数年間で多大な功績を残しています。何より民衆が彼女を求める声は日に日に増すばかりです。例えミスタヴィンスが王位を簒奪しても貴族が心から服従するかは怪しい。更に神殿がミスオリヴィアを女王にしようと扇動すれば民は疑う事無く従うかと」

「貴族達は認めないでしょう。公爵家もむざむざ受け入れる筈はありません」

「忘れてはいけませんミセスバルトファルト。この国を興したのは流れ者の冒険者、大半の貴族も成り上がり者。何より聖女は平民出身です。どれだけ王侯貴族が偉ぶろうとも民が居てこそ統治者は統治者足りえます」

「……御忠告、痛み入ります」

 

 察しの悪い生徒を諭すように宰相が私に諫言を呈した。

 この方の知見や洞察力は侮りがたい、もし王位継承争いを退かなければ優れた王になったかもしれない。

 

「命乞いの件ですが、私の命と引き換えにホルファート王家の者と王家派の貴族に寛大な処置を願います。あの方の期待を裏切った私には相応しい末路です」

「……命をお捨てになる覚悟ですか」

「責任から逃げ出しては王族は務まりません。私は嘗て王座の重荷から逃げ甥に押し付けました。判断を誤り続け王国の惨状を招いた。命を以って償うべきです」

 

 宰相は愉快そうに肩を揺らす、既に命を捨てる覚悟は済ませているのだろう

 私としては居直りとも取れる態度で来られては責める気にもならない。

 満足げに死なれるよりも醜く生き足掻いてくれる方が溜飲が下がる。

 死者は役に立たないが生者は何かを為せるかもしれないのだから。

 

「ユリウス殿下やミレーヌ妃殿下からお聞きしました。ローランド陛下も既に御覚悟を固められていると」

「言い争いが絶えないご夫婦でしたがこれまで互いを軽侮する罵り合いから何処か思いやりを感じる物言いに変わったと聞いています。最期の時を前にすると却って絆が深まるのでしょう」

「閣下にも生きてもらわねば困ります。責務を甥に押し付けて逃げたのなら今度は逃げ出さないで頂きたい」

「死を賜るのは逃げと?」

「私の夫は地獄のような戦場から生還しました。欲しくもない爵位と領地を拝領し悪戦苦闘しながらも必死に足掻いています。昨年のファンオース公国との戦でも戦い抜いて帰還しました。何事も生きてこそ成し遂げられます」

「ミスタバルトファルトは随分と面白い若者のようですね、機会が在ればお茶会に招きたいものです」

「ならば生きて頂きたいものです、閣下の淹れた紅茶を飲めば喜びます」

 

 私の言葉を聞き終えた宰相は席を立つと私の許で跪く。

 貴婦人に対する礼ではなく謝罪の為に頭を下げた。

 優雅な所作に一瞬何事か判別がつかない。

 

「ミセスバルトファルト、この場を以って貴女に謝罪させていただきたい。私の判断が貴女の人生を狂わせた。本来は王妃となる筈だった貴女が婚約破棄され辺境に嫁ぐ事態になった責は私にあります。私が自身を護ろうとせずに王族として、教師として誠実に振る舞えば貴女の名誉は損なわれなかった。全ての責は私にあります」

「それが今日私を学園に招いた本当の理由ですか?」

「人は私を紳士と讃えます、実際は単なる小心者に過ぎません。怖いから格好をつける、嫌われたくないから親切にしているだけです」

「……顔をお上げください」

 

 先程と同じように優雅な所作で立ち上がる宰相の顔を見る。

 優し気な目付きだが悲しみと覚悟を秘めた瞳が私を見つめていた。

 

「正直、閣下を怨む気持ちはあまりありません。貴方が必死にこの国の為に奔走してきたのは今日の御話で充分に伝わりました」

「お怨みになって構いませんよ、こんな機会でも無ければ全てを話すつもりは無かったでしょう。ただ死ぬ前に真実を伝え謝りたかった。自分が楽になりたいだけの卑怯者です」

「そうして己の醜く弱い心を曝け出すのは勇気がある証拠だと私は考えます。何より夫と出会えてこうして幸せなのは婚約破棄したお陰ですので。そう考えれば閣下は私に幸せをもたらしてくれました」

 

 半分は社交辞令じみた言葉だが半分は実感だった。

 ユリウス殿下と結婚し王妃となってもリオンと結婚した現在よりも幸せになれるとは思えない。

 婚約していた頃はあれ程までに王妃になった自分は世界で最も幸せだと夢想していたのに不思議なものだ。

 今の私はバルトファルト子爵夫人、この人生に不満も後悔も無かった。

 

「ありがとうございます、ミセスバルトファルト。漸く肩の荷が下りた気分です」

「私も閣下と有意義な時間を過ごせた事に満足しています」

 

 窓から差し込む陽光も大分傾いてきた、もう少しすれば馬車に乗って王宮へ戻らなくてはならない。

 

「……閣下にお願いしたい事が一つだけあります」

「私に出来る事なら何なりと」

 

宰相の言葉を聞いてティーカップを前に差し出す。

 

「紅茶をもう一杯いただきたいのですが」

「すぐ用意しましょう」

 

 リオンが淹れてくれる紅茶も悪くないが、やはり達人が淹れた紅茶は絶品だ。

 この場に居ないリオンを想いながら湯が沸くまでの時間、給された茶菓子を口に入れながらそんな事を考えていた。




乙女ゲーでルーカスが五馬鹿やアンジェやオリヴィアを放置していた理由を私なりの推察を基に構成しました。
ルーカスからすれば足掻くほど事態が変な方向に転がって収束不能になったのが一番近いかなと。
有能な描写も多いので楽観視して放置してた訳じゃないと思いたいです。(汗
末端の神殿騎士や上層部にもまともな奴が見られる神殿勢力、ここまでひどいのは原作小説のトップの大神官や横暴が過ぎる腐敗神官のせいです。
次回もアンジェ視点、ちょっぴりあの娘達が登場予定です。

追記:依頼主様のご依頼によりianzky様にイラストを描いていただきました。ありがとうございます。

ianzky様 https://www.pixiv.net/artworks/118651699(微エロ注意

意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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