婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第86章 Descendants of Saints●

 紙が擦れる音、計算機を操作する音、ペンが走る音、判が押される音。

 執務室がいろんな音が規則正しく鳴り響く。

 管弦楽や歌劇なんて子爵令嬢の時には縁遠い生活だったのに、今じゃ聖歌を聞き放題な身の上になったんだから人生は何が起きるか分からない。

 ただ今やってる作業はひたすら地味で退屈だった。

 勉強は嫌いじゃない、恵まれなかった少女時代に比べたら好きなだけ教本を読み漁って好きなだけ筆記帳も鉛筆を使い放題。

 だからって備品を際限なく貰うのも気が引けるから必要最低限に留めておく、あとはきちんと自分のお給金から出しますとも。

 尊敬する上司と仲の良い同僚と一緒に仕事して三食付きで個室まで与えられる。

 何ここ?天国?

 

 そんな訳で今の私は満ち足りてる。

 ムカつく家族だったけど、こうしてオリヴィア様に仕える為の試練だったと思えば一応は納得できる。

 俗世の柵から解放されて私にとって現時点の問題は何か?

 目の前に積まれた書類の山であった。

 

 書類に記載された経費の明細をまとめて計算、提出された収支報告書と比較、金額に齟齬が無いか何度も確認。

 そうして間違いない書類は纏めてオリヴィア様の机に置く、不備が見つかった書類は再確認する。

 この作業を朝から、いや数日前からずっっっと繰り返してる。

 昨日なんて夢の中まで数字が出て魘された。

 計算、計算、計算。照合、照合、照合。

 視線を執務室の上座に移すとオリヴィア様が書類に判を押すのと並行して書類の精査を行ってる。

 私とカーラさんが二人がかりで必死に書類を纏めるよりオリヴィア様が御一人で作業する方が速いような気がする。

 頭が痛くなって机に突っ伏すと数枚の書類が床に落ちる、正直拾いに行くのも面倒臭い。

 時計を見ると昼食まで約一時間、今が一番つらい時間帯だ。

 

「マリエさん大丈夫?」

 

 カーラさんが落ちた書類を拾って渡してくれる。

 私は頭が重くて空腹だけど、カーラさんの方も目の下が落ちくぼんで疲労が現れていた。

 息が詰まりそうだったから椅子に座ったまま体を伸ばすと体のあちこちから音が鳴る。

 書類を見ると頭痛がする、正直これ以上数字は見たくない。

 

「あ゛ぁ~~~~ッ!いつまで続くのこれぇ~~!?」

 

 私の呻きが室内に響くとオリヴィア様の手が止まる。

 作業を止めるのは申し訳ないが私の精神は限界ギリギリだった。

 

「あと少しです、頑張りましょう」

「他の人を使いましょうよオリヴィア様、私達三人じゃ限界があります」

「何度も説明したけどそれは出来ません。一応は機密情報ですから」

「オリヴィア様に信頼されてるのは嬉しいです。けど、これってそもそも聖女の仕事じゃありませんよね?」

「他の女官の方々は基本的に貴族の令嬢ですから。実家へこっそり情報を流す可能性が捨てきれません」

「私とカーラさんも貴族令嬢じゃないですか」

()貴族令嬢です。私は実家から絶縁されましたし、マリエさんのご実家はその…」

「別に遠慮しなくても構いません。私はあの人達を家族だと思ってないんで」

「オリヴィア様を敬愛する平民の女性が多く集まっていますが、事務仕事を任せられるかと言われると」

「読み書き計算も覚束ない人が多いんですよね~、やる気があるのはありがたいですけど」

 

 二度もホルファート王国を護ったオリヴィア様は英雄扱いだ。

 おまけに平民出身の聖女という前例が無いが無い事もあって神殿もどう扱って良いか今ひとつ分かってないと思う。

 自分もオリヴィア様みたいになれるんじゃないかと夢見て神殿の門を叩く女の子が爆発的に増えたけど、そんな夢見がちな娘は神殿入りを断られ故郷に強制送還される。

 人気があるのは良い事ばかりじゃない、悪い事も同じぐらい多い。

 

「そもそも大神官のジジイが裏でコソコソと悪巧みしてるから私達に余計な仕事が回って来るんです。絶対に嫌がらせですよコレ」

「でもこれは大神官様の悪事を暴く好機です。あの方が神殿に集まった資金や物資の横流しや着服をしているのは間違いありません」

「女官達の何割かも関わっていますね。戦後になってからも実家の資金繰りや生活苦に悩んでる貴族令嬢や平民の子も多いですから。悪事に関わったり見過ごす代償に幾らか融通してもらってるんでしょう」

「まぁ、私も神殿に救われた一人ですから悪く言いたくありません。でも余りに多過ぎませんか?」

「戦争でたくさんの人命が喪われた影響ですね。特に神殿騎士の補充は早急に解決しなくてはいけません」

「だからって素性が怪しかったり素行が悪い連中を雇ったら意味ないでしょう」

「それを言ったら私達も人の事を言えないし……」

 

 申し訳なさそうに目を伏せるカーラさんの言葉が耳痛い。

 私、カーラさん、カイル君と聖女であるオリヴィア様の側近は誰もが氏素性が怪しい輩だ。

 ファンオース公国に通じて家が取り潰しになった元子爵令嬢。

 悪事に加担した罪を問われ実家から放逐された準男爵家の娘。

 故郷で差別され母を養う為に専属使用人になったハーフエルフ。

 経歴だけ見れば全員が聖女に侍るのは不適格だ。

 私達を繋ぐのはオリヴィア様に救われ恩を返したいという個人的な感情に他ならない。

 

「神殿騎士志望の貴族令息や男も流行に惑わされてる輩が多過ぎます。冒険者に憧れてた連中にとっちゃ神殿騎士の方が楽に見えるんでしょう。そんな奴らは真っ先に叩き落しますが」

「マリエさん、この間も神殿騎士団の警備担当部に喧嘩売ってましたよね?やり過ぎだと思います」

「オリヴィア様に不埒な視線を向ける雄共を躾けただけです。第一、私より弱い神殿騎士が聖女の護衛担当なんて笑えません」

 

 神殿に所属しているから清廉潔白だとは限らない、むしろ上層部に関わりを持つほど清濁併せ吞まなくてはいけなくなる。

 ただそれは大義の為に自らの手を穢す事を厭わない強さだからこそ認められる物だ、一個人の欲望で主君に劣情を抱くような連中を護衛として信用できる訳が無い。

 せめてカイル君ぐらい感情を抑制して欲しかった。

 彼が自分を雇ってくれたオリヴィア様を密かに慕っている事を私とカーラさんは知っている、男心に疎いオリヴィア様は気付いていないみたいだけど。

 それでも私情を挟まずオリヴィア様の為に働いてくれる彼だからこそ私も信頼して付き人を任せられる。

 

コンッコンッコンッ

 

「どうぞ~」

 

 ノックされたから入室の返事をするとカイル君が入って来る

 抱えた書類の束を見た瞬間、口から無意識に呻き声が出た。

 

「うげぇ…」

「女の子がしちゃいけない声を出さないで、あと僕を睨まないでください」

「それ、持って帰れない?」

「無理ですよ、あとオリヴィア様に面会人です」

「私に?」

「予約が無い面会は断ってますよ、相手にお引き取り願えますか?」

「王宮の使者ですから無理だと思いますよ。あと相手は僕達を知ってる御方です」

「じゃあ仕方ありませんね」

「私も御一緒します!」

「マリエさん、本当は仕事したくないだけでしょう?」

 

 お黙りなさいカイル君、オリヴィア様の護衛は筆頭女官である私の仕事ですので。

 これ以上書類仕事をしてたら頭が破裂しそうだから逃げた訳じゃありません。

 決して、本当に、多分、きっと、だと良いなぁ。

 そんな私の本音を察したカイル君が溜め息を吐く、

 

「書類は引き受けますから、マリエさんはさっさとオリヴィア様に同行してください」

「ありがとうカイル君、お礼に昼ご飯のおかずを一つ分けてあげるね」

「いりません、マリエさんがくれるのって焦げ目が多い肉の切り身とか骨が多い小魚でしょ」

「好き嫌いが多いと背が伸びないぞ」

「いいから、相手を待たせたら失礼ですよ」

 

 急かされてオリヴィア様と私は執務室を後にする。

 体を伸ばすと凝り固まった筋肉が解れ骨が音を立てて鳴る。

 書類仕事は目と肩と腰の負担が大きい、あと脳の疲労が蓄積されて頭が重い。

 あと空腹、とにかく空腹で目が回りそうだ。

 実家で暮らしてた頃は親や兄姉の残飯、王都に来たら飲食店の残飯や猫や鼠を貪ったせいで私の腹は悪食暴食の塊だ。

 少し飢えるだけでダンジョンのモンスターの鳴き声のように腹が鳴り響く。

 王宮の使者が誰だか知らないけど会談が長引いたらどうしよう。

 付き人の評価が下がればオリヴィア様の評価も下がる、目先の書類から逃げたのはマズかったかな?

 せめて昼休憩の頃までに終わる事を神に祈ろう。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 王都の神殿本部は王宮程ではないが広大な敷地を誇り様々な施設を内包して建築されている。

 聖女や神官が住まう宿舎、神殿騎士が待機する訓練場、神への祈りを捧げる大聖堂。

 そして大聖堂に隣接している美術室には神や聖女に関する絵画や彫刻が展示されていた。

 王宮も同じように歴代の王達の肖像画や胸像が執務室や廊下に並べられている。

 こうした絵や彫刻その物が権威の象徴であり、神性や王権の誇示として権力者が用いられる代表的な手法の一つ。

 或いはそうして主張し続けなければ容易く権威という物は力で覆る事の暗示だろうか?

 力で得た地位はより大きな力を以って奪われる、だからこそ王家も神殿の己が正統性を誇示し続けなければならない。

 リーア・バルトファルトを追放した国祖達も、初代聖女に去られた神殿も同じ罪人でしかない。

 そんな美術室の片隅に忘れ去れたように展示されている古ぼけた肖像画が其処にある。

 描かれている女性は目付きが悪く不愛想でとても神殿に仕える女神官に見えない。

 そもそも肖像画に描かれた人物の子孫と思われるオリヴィアとは似ても似つかない姿だ。

 これなら私の方がアンの子孫に似た外見をしている、血筋を辿ればアンと私は遠い血縁でもあるのだから。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 この肖像画だけがアンの為人を辛うじて後世に伝えている。

 神格化され壮麗に描かれている粗末な肖像画がこの場に展示されている理由は唯一つ、この絵の作者だけが生前のアンを直に見て正確にアンを描いたからに他ならないからだ。

 初代聖女アン、彼女はどんな気持ちで国祖達と争い消息を絶ったのだろうか?

 怒りか、悲しみか、それとも愛か。

 肖像画のアンは何も答えてくれない、その場から動く事なく在りし日の姿の残影を伝えるだけだ。

 

 見たい物を見終えたので美術室から退室し、女官の案内で大聖堂に移動する。

 応接室でも構わなかったが敢えて大聖堂を選んだのは初代聖女の姿を見たかっただけではない。

 密閉された応接室でオリヴィアと二人きりになるのはどうにも居心地が悪く気後れがあったからだ。

 宰相からホルファート王国の成り立ちの真相を伝えられて僅か数日、ある程度の心の整理がついたとはいえ全て納得できる筈も無い。

 同時に神殿に対しても拭いきれない不信感が募っている。

 監視の目がある場所では情報が洩れかねない、特に兄上と聖女の婚姻を画策している父上が神殿に対し手を回していない筈がない。

 大聖堂なら周囲に人が居れば察知できる、時間帯を選べばを更に人数を減らせる。

 ミレーヌ様にお願いしてオリヴィアとの面会の場を設けてもらったこの機会を可能な限り活かしたい。

 

 大聖堂に並べられた長椅子に座って待つ事暫し、鐘の音が壁に幾度も反響して時刻を告げる。

 長椅子に置かれている荷物は手持ちのバッグと丁寧に包装された王都で有名な菓子店の菓子箱だった。

 ぼんやりと大聖堂の壮麗なステンドグラスを眺めていると近付いて来る足音が聞こえてくるので立ち上がって姿勢を正す。

 堂々と歩み寄るオリヴィア、その隣にいるのはマリエだろうか?

 いずれにしてもこの場に於いて遜るのは私の方だ、ゆっくりと背筋を正して頭を下げる。

 

「ようこそおいでくださいました。神殿を代表し聖女オリヴィアが心より御礼申し上げます」

「アンジェリカ・フォウ・バルトファルトです。此度は王宮からミレーヌ・ラファ・ホルファート妃殿下の使者として参上仕ります。聖女オリヴィア様に於きましては御機嫌も麗しい御様子に安堵しております」

 

 互いに礼を交わしつつ周囲を確認する。

 関係者用の出入口に女官が一人、大聖堂の入口には警備の神殿騎士が二人。

 どちらも私達からの距離は遠く話し声は聞こえないだろう。

 この場は手短に挨拶を済ませ目的の物を渡して帰った方が得策だ。

 

「過日のバルトファルト領で行われた慰霊祭に於けるオリヴィア様の尽力に改めて感謝をお伝えしたく、無理を承知で妃殿下に使者の御役目を願いました」

「アンジェリカ様の丁重なお礼、真に痛み入ります」

 

 丁寧に礼を述べた後にオリヴィアの手がを長椅子を指す。

 その動作に従って着席するとオリヴィアも続いた、御付きのマリエはすぐ隣に待機したままだ。

 

「それで、今日はいったいどんな用事があったんですか?」

 

 突然の来訪をかなりくだけた口調で尋ねるオリヴィアは相変わらずだった。

 いや、寧ろ以前よりも快活かもしれない。

 或いは私が肉体的、心理的に追い詰められている影響か、今はこの明るさに大分癒される。

 

「お腹もだいぶ大きくなりましたね。そろそろ産まれる頃ですか?」

「あぁ、出産予定日はまで一ヶ月もない。産んでしまえば暫くは屋敷から出られなくなるだろう。そうなる前に少し話がしたくなった」

「無理をなさらないでください。連絡をくれたら私の方から訪ねました」

「単なる辺境の子爵夫人が聖女様を呼びつけるわけにもいくまい。今日は簡単な報告と世間話だ」

「報告ですか?」

「その前に土産がある、受け取って欲しい」

 

 そう告げて菓子箱を差し出すと控えていたマリエが恐る恐る受け取った。

 箱に印刷されていた菓子屋の刻印を見た瞬間、マリエは目を輝かせ始める。

 

「こ、これは王都で評判のお店のじゃないですかッ!?予約してもなかなか手に入らないって噂の!」

「妃殿下と宰相からの付け届けだ、怪しい物は入っていない」

「開けて良いですか!?」

「構わん、好きにしてくれ」

「ではッ!」

 

 マリエが菓子箱を開くと周囲に甘い匂いが漂う。

 箱の中身は様々な旬の果実をふんだんに使った特製のパイだ。

 パイの表面に散りばめられた飴漬け果実が艶やかに光を反射している光景は宝石箱に収納された指輪や首飾りを髣髴とさせる。

 

「オリヴィア様!ありがたく頂戴しましょう!」

「はしたないですよマリエさん。とりあえず受け取って間食にいただきましょう」

「待ってください!アンジェリカ様を疑う訳じゃありませんがとりあえず毒見必要だと思います!」

「せっかくの贈り物だ、気にせず堪能しろ」

「いただきま~す!」

 

 手早く食前の祈りを済ませたマリエがパイの一切れを口にする光景を横に私はオリヴィアとの会話を進める。

 

「父上を説得する為の根回しはほぼ完了したリオンが王都に到着した翌々日に公爵家を訪ねる」

「ついに最終段階ですね」

「もう一度だけ確認するぞ、私は父上との会談が上首尾に終わると楽観的に考えていない。成功率は精々五割も在れば良い程度だ」

「それでもかまいません。アンジェリカ様のご協力にはどれだけ感謝しても足りないぐらいです」

 

 正直それでも甘い見通しだと考えている。

 どれだけ知恵を振り絞り協力者を求めても王家と公爵家の争いを止めるには至らないかもしれない。

 場合によっては父上に改革案を奪われ王家の争いは続行される可能性すらあった。

 それでも此処まで至ったのは私なりにこの国の未来を憂いた結果でしかない。

 

「礼は良い、神殿を訪ねたのはお前に問い質したい事があったからだ」

「私にお答え出来る事でしたら」

「……例えばの話だ、自分の先祖が途轍もなく偉い人物だったらどうする?それを利用して何かを成し遂げたいと思うか?」

 

 聖女オリヴィアの先祖は初代聖女アン。

 その事実に人々は運命的な物を感じずにはいられない。

 神殿に於いて聖女が世襲ではなく認定制になったのはあくまで上層部の意向であってアンの子孫が望んだ事ではない。

 現在のホルファート王国に於いて聖女の末裔とは二代目聖女メアリーの子孫だ、初代聖女アンの末裔は自分達の素性を知らず神殿に搾取され続けた。

 オリヴィアがアンの子孫だと公表された場合、人々が何を思いどう考えるかは予想がつかない。

 そんな想像がどうしても頭から離れず、不安になりこうして神殿へ足を運ばせた。

 

「思いません」

 

 私の心中を察してか、それとも確固たる自我で決断したのか。

 オリヴィアは何の躊躇いも無く私の問いに答えた。

 

「私とって認知している先祖なんて父と母、他には祖父母ぐらいです。見た事も聞いた事も無いご先祖と私が今までやって来た事とは全くの無関係です」

「自分がそう思っていても他人はそう見ないかもしれないぞ?」

「私の力は確かにご先祖から受け継いだ物の一つです。でもそれだけで私は此処まで来れた訳じゃありませんので」

 

 オリヴィアの掌から強い光が放たれ徐々に弱まっていく。

 強力な治癒魔法の使い手は多くない、これだけの力を持ち数々の功績を挙げたオリヴィアは間違いなく歴史に名を遺す傑物だ。

 

「私の先祖は初代聖女様かもしれません。だけどそれだけじゃ聖女になれません。故郷で私にいろいろ教えてくれた先生、学園で指導してくれた教員の方々、ユリウス殿下や他の皆さん、この国を護る為に尽力してくれる貴族や神殿騎士が居てくれたから私は頑張ろうって思えたんです」

「……お前は自分の血脈を知っていたのか」

「王家の艦を起動させた時にローランド陛下からそれとなく教えられました」

「あの御方は敵なのか味方なのかはっきりしない御仁だ」

 

 大事な事を簡単に漏らす悪癖はホルファート王家の特徴なのか?

 それとも陛下なりにリオンの先祖であるリーアやオリヴィアの先祖であるアンに対し贖罪の念を持っていると考えるべきか。

 いずれにしてもこの場でオリヴィアに私が知る全てを伝えるべきかもしれない。

 

「初代聖女アンについて知っている事は?」

「あまり多くありません、彼女についての詳しい資料は神殿でも稀少です」

「神殿の上層部は意図的に情報を隠蔽している。自分達に都合が良いようにアンの子孫を利用する為にな」

 

 オリヴィアへ口早に伝えた後は素知らぬ仕草をする、私達を遠巻きに見ているのは女官と神殿騎士だけだが油断は禁物だ。

 驚いたオリヴィアが大きく目を見開く、マリエもパイを頬張る口が止まっていた。

 マリエが持っていた菓子箱を手に取り箱の底に敷かれた厚紙を捲る、その奥には私が知る情報を書き記した書類を入れた封筒が忍ばせてある。

 オリヴィアとマリエは目を合わせるとそのまま何事も無かったように私との会談を続ける。

 

「何処でそんな情報を?」

「数日前に宰相閣下から聞かされた。父上と神殿はお前の能力と血筋を利用する腹積もりらしい。私の改革案の現状と聖女アンについての知る限りの事を記した。どうするかはお前自身が決めろ」

「それが会談の目的ですか」

「私の体調や政局を考えてこの機会しかなかった、急な来訪ですまなかった」

「かまいません、ありがとうございます」

 

 伝えられる情報は伝えた、この情報をどうするかオリヴィア次第だ。

 清廉な方法だけでは人を治められない。

 だが他者を騙すようなやり方は真実が明らかとなった場合に於いて自身に返る刃と化す。

 父上も神殿もオリヴィアを甘く見積もり過ぎていた。

 単なる夢見がちな小娘が綺麗事だけで国を護りきれる訳がない。

 彼女は覚悟も頭脳も他の女とは一線を画す存在だ、情報操作で容易く操れる存在ではない。

 

「どうやら神殿が今まで治癒魔法の使い手を優先的に保護していたのはアンの子孫を捜索する一環だったようだ。マリエ、お前もアンの子孫かもしれんな」

ウご(うそ)ッ!?」

「私とマリエさんが遠い親戚って事ですか?」

「あぁ、案外オリヴィアの次はマリエが聖女に選ばれるんじゃないか」

「案外良いと思いますね」

「どうだマリエ?聖女様から後継者指名だぞ」

「ひぇふなごひょしはあきへふわきゃち!」

「ちゃんと呑み込んでから答えましょうね」

 

 マリエは口に含んでいたパイを高速で噛みしめて呑み込み指先に付着した油や砂糖を舐め取った。

 外見は少女だが私達と同年齢の元貴族令嬢の仕草ではない。

 

「おかしな事を仰らないでください、私に聖女は務まりません」

「意外と上手くいきそうだと思ったけどダメですか」

「聖女はオリヴィア様がきちんと後継者として育てた人を選ぶべきです。初代聖女の血筋とか関係ありません」

「今までの聖女とて初代聖女の血脈ではないからな」

「そもそもの話、アンの子孫だから素晴らしいって思うのは禁物だと思いますよ」

 

 マリエは長椅子に座り足を組んだ。

 その仕草は何処か抜け目ない野良猫のような剣呑さを併せ持つ。

 聖女よりも荒くれ冒険者のまとめ役の方が似つかわしい覇気を漂わせている。

 

「ラーファン家の誰がアンの子孫なのか私には分かりません。分かるのは父は貴族として最悪な男だった、母は親として最低な女だった。兄と姉はそんな両親の血を受け継いだクズ。私は両親と兄姉から愛されず虐待されて育ちました。こんな奴らが聖女の血筋だからって崇められるなら世界は腐ってますよ」

「親の罪は子の罪ではないだろう」

「私も貧困や飢えに苦しめられて随分と汚い事をしてきました、それこそオリヴィア様に救われなきゃ路地裏で死んでた身の上です」

「だがお前は罪を償おうと努めてきた筈だ」

「アンジェリカ様、親が素晴らしいなら子も素晴らしいと思い込む人と同じぐらい親が悪人なら子も悪人だと思う人は多いんですよ。それこそ貴族なんてご先祖のご威光で偉ぶってる連中ばっかです」

 

 マリエの言葉は辛辣だが否定できない。

 そもそも貴族の世襲制自体が優秀な者の子孫もまた優秀という幻想で成り立っている。

 そうして先祖の威光によって君臨してきた王家が先祖の犯した罪によって大義名分を失うのは因果応報なのか、それとも逆らえぬ世相の変化なのかは定かではない。

 王家の正当性については後世の歴史家の評価に委ねよう、我々が今為すべきは内乱によって国が荒廃し他国が介入する隙を無くす事だけだ。

 

「……あと、お前達に聞いておきたい事がある」

「何でしょうか?」

「そのな、私の夫なんだが、お前達はどう思ってる?」

「仰る意味が分かりませんが」

「いや、ひょっとすると異性として気になってるんじゃないかと思ってだな」

「…………」

「…………」

 

 気まずい空気が私達の間に漂い沈黙が肌に突き刺さる。

 何よりオリヴィアとマリエの怪訝な顔が私の正気を疑っていた。

 

「……どう思いますかオリヴィア様?」

「さぁ?バルトファルト卿と何かあったとか?」

「まさか私達があの方に懸想してると思い込んでるんですかね?そんな暇なんてこの数ヶ月ありませんし」

「きっとアンジェリカ様は不安になってると思う、妊娠すると心が不安定になる人が多いってよく聞くから」

「よりにもよって私達を疑うとかありえません。そりゃ、確かにバルトファルト卿はホルファート王国の若い貴族じゃ出世頭ですけど」

 

 二人が身を寄せ合い私をチラチラと見ながら話し合う。

 音量が私にも聞こえる大きさなのはわざとなのだろうか?

 

「ぶっちゃけ、バルトファルト卿って異性としてどうです?かなり偏屈って噂ですよ」

「私は良い人だと思うなぁ、前に会った時はかなり優しい感じだったし」

「えぇ~?私はちょっと苦手です。何か意地が悪そうな顔してました」

「そもそも何でアンジェリカ様は私達にこんな質問したんだろう?」

「バルトファルト卿が浮気してると思い込んでるに違いありませんよ」

「妊娠中や出産した後に旦那様に浮気されるぐらいなら予め自分が認めた女性を妾にさせる貴族の女性もいるって聞いた事があるんだけど」

「いや、どう考えてもアンジェリカ様はそんな風に妾を許す感じに見えません」

「それじゃ、自分が結婚してどれだけ幸せか未婚の私達に見せつけたかったのかな」

「うわッ、最悪!」

「さっきから言いたい放題だな貴様ら」

 

 私なりに悪夢の内容について悩んできたんだぞ。

 その上で宰相からリーアとアンが恋仲かもしれないという知りたくもない情報を入手してしまった。

 私がどれだけ悩んだか、何も知らないお前達には分かるまい。

 

「……リオンの先祖は初代聖女アンと関りが深い人物だったと聞いている。政治的な理由で嫁いだ私よりお前達の方がリオンの妻に相応しい、そんな考えが頭の中を過ぎった」

「「ありえません」」

 

 即答だった。

 これ以上ない程の速度で返答される。

 お前達、少しは躊躇え。

 悩んでいた私が滑稽に見えるだろう。

 

「あれだけ人前でイチャイチャしておいてそれはないでしょう」

「ダメだよ、アンジェリカ様なりに心配していたから言葉は選ばないと」

「いや、だからって、どう考えてもありえませんよ。やっぱ自慢してますって」

「私、そんなにアンジェリカ様に嫌われる事したかな?」

「普通の女は自分の婚約者を奪った女に良い感情なんて持ちません」

「私とユリウス殿下は何も無いよ!他の四人も異性として見てないから!」

「それはそれで問題でしょうが!?聖女じゃなくて悪女じゃありませんか!」

 

 ついにはオリヴィアとマリエが言い争いを始めた。

 何だ、この光景は?

 収拾がつかないから二人の気が収まるまで一旦待つか。

 菓子箱からパイを一切れ失敬して口に含む。

 瑞々しい果実が飴に包まれながらも鮮度を保ち、パイ生地がサクサクな歯応えが心地良い。

 二人が言い争いを止めたのは時刻を告げる鐘がもう一度鳴った後だった。




久々の登場である聖女様御一行。
マリエは貴重なコメディ枠なので動かしやすいです。
ルートによってはリオンと恋人になる二人ですがこのルートでは関わり合いが薄いので単なる知り合いレベルです。
次回はオリヴィア視点の話、他の原作キャラも久々に登場します。

追記:依頼主様のご依頼で土井 那羽様に挿絵、DanZr様にイラスト化して頂きました。ありがとうございます。
土井 那羽様 https://skeb.jp/@_Do_it_now_0/works/43
DanZr様 https://www.pixiv.net/artworks/118806514(ネタバレ注意

ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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