婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第89章 Pride and Vanity

「とにかくリオン様はアンジェリカ様のご機嫌を伺うのを忘れないでください」

「褒め言葉は欠かさず、喜びそうな事は何でもして全部試すのを忘れずに。出来れば贈り物も」

 

 賭博場の入口に向かう廊下を歩いている間ずっとオリヴィア様とマリエの忠告を聞かされ続ける。

 オリヴィア様は鬘をかぶってマリエは金色の長髪を結っている。

 少し見ただけじゃ聖女と御付きの女官だと気付く奴はほぼ居ないだろう。

 それにしてもあんたら、何でそんなにアンジェに肩入れしてるの?

 俺がアンジェの心を随分と蔑ろにしてると言わんばかりに忠告とダメ出しをしまくる。

 それだけ真剣にアンジェを心配してくれてるの分かる、分かるけど俺の心を刺しまくる発言は控えてくれませんか?

 『そもそもアンタら、結婚どころか恋愛した経験あんのかよ?』という言葉が喉の辺りまで来てる。

 流石にそれを言ったら二人を怒らせるのが分かるから言わないけど。

 デキる男な俺はきちんと場の空気を読むのだ。

 

「……アンジェリカ様の不安を取り除けるはリオン様だけなんですよ。ちゃんと自覚を持っていますか?」

「アンジェは俺に縋るほど弱い女じゃありません。むしろ俺の方がアンジェに捨てられないかビクビクしてますよ」

 

 どれだけ努力しようとも超えられない壁が確実に存在する。

 それは出自だったり、財産だったり、才能だったりと人によって様々だ。

 『若い頃は恐れ知らずで自分が何でも出来るように自惚れていた』なんて話を貴族の集まりでよく耳にするが、俺は自分が何かを成し遂げた気になった事が一度として無い。

 幼い頃はゾラ達に平伏して生きなきゃならなかったし、王国軍に入ってからは碌に学が無くて先輩達に随分と助けられた。

 ファンオース公国軍との戦闘じゃ幸運だけで生き残り、二度目の戦争じゃ味方を護るのに精一杯で俺が泥臭く戦ってる間にオリヴィア様達が公女を捕らえて終結だ。

 世界の中心に居座ってるのは才能に満ちて神様に愛されたような英雄や王者だ。

 そんな奴らと俺が同じ扱いを受ける事に首を捻ってしまう。

 俺は生き汚くて幸運に恵まれただけだ、アンジェとの結婚はその最たる物で誰が見ても不釣り合いな夫婦。

ア ンジェのお陰で俺は幸せだけど、俺がアンジェを幸せにしてるかは正直あやしかった。

 卑屈にそんな事を考えていたら横から伸びて来た腕に胸元を掴まれる。

 かなり強い力で掴まれ思わず体に力が入る、腕はオリヴィア様の者だった。

 

「私は今、本気で話をしています」

 

 オリヴィア様の碧眼が光を失い、かなりの力で胸元を抑えつけられる。

 息苦しい上にオリヴィア様が凄く怖い。

 この人は美人で優しいから勘違いされがちだけど、戦争の時に自分が最前線で戦おうとする生粋の武闘派だ。

 そんじょそこらのチンピラなんて簡単に叩きのめせるぐらいに強い。

 さらに知恵も回るから俺の中じゃこの世で敵に回したくないおっかない女性第二位だ。

 ちなみに第一位はアンジェ、第三位は王妃様。

 どうして俺の周りには怖い女ばっか集まるんだ、神様の馬鹿野郎。

 

「……俺も本気でオリヴィア様と話していますよ」

「きちんと真正面からアンジェリカ様と話し合ってください。あの方が大変な時期だってリオン様もお分かりの筈ですね?」

「そりゃもう、アンジェが王都に来るのだって嫌だったんですから」

「ではどうして?」

「俺が頼りないからアンジェが自分から出向くしかないんです。俺や子供達の為に公爵家と争う必要は無いって何度も言ってるのに聞いてくれないんですよ。俺が良い家の生まれで貴族としてやっていけるだけの力が有れば別ですけど、アンジェの力に頼りきってる俺じゃあいつを止められません」

「なら、せめてアンジェリカ様の不安を減らしてください。アンジェリカ様はリオン様と別れようとしかねませんよ」

 

 オリヴィア様の発言の意味を理解するまでの数秒間、体の動きが止まった。

 ようやく意味が分かったと途端に膝から力が抜けてへたり込む。

 マリエがオロオロと俺の周囲を子犬みたいに回って可愛いけど何の慰めにもならない。

 どうしてオリヴィア様は的確に俺の心を抉るの?

 やっぱ怖いよこの人。

 溜め息を吐いたオリヴィア様が屈んで視線を合わせてくる。

 止めて、これ以上の発言は俺の心が限界です。

 

「アンジェリカ様は大変お悩みです。それこそ私やマリエさんの方がリオン様に相応しいと思うぐらいに」

「アンジェに捨てられるんですか俺!?」

「其処で自分が捨てるじゃなくて捨てられると考える時点でバルトファルト卿の夫婦関係が分かりますね」

「マリエさん、茶化さないで。なのでリオン様は早急にアンジェリカ様のご機嫌取りをしてください。早急に、最優先で、命を賭して」

「でもアンジェが拒んだら……」

「拒みません、やる前から怖じ気づかないでください」

「本当に外道騎士ですかこの人?戦争じゃあれだけ狡猾なのに奥様のご機嫌取りは奥手とか」

 

 黙れマリエ、そんな呼称欲しくなかったぞ。

 何とか立ち上がって入口に向かう、このまま話してるの俺の心がどんどん抉られそうだ。

 

「あんな無茶な作戦をアンジェリカ様に内緒で立てる事自体が裏切りです。夫婦仲が修復不可能になる前にお互いの気持ちを整理した方が良いと思いますよ」

「分かりました」

 

 何か強引に押し切られた、外道騎士の俺よりオリヴィア様の方が強引で情け容赦ない御仁だ。

 でもどうしよう?

 公爵邸に行くのは明後日、いや明日の昼過ぎだ。

 アンジェを迎えに行ってうちの飛行船内で打ち合わせをする時間を考えれば一緒に出掛ける時間なんてほぼ無い。

 でも生半可な答えしたらこの聖女様は怒る、すごく怒る。

 だから頷く事しか出来ない。

 

「何でそんなにアンジェリカ様に対して臆病なんですか?仮にも公国軍の司令官を討ち取って沢山の王国兵や貴族を救った英雄でしょうに」

「うっさい、俺とアンジェは打算込みの政略結婚だから公爵家が離婚させると言ったら逆らえないんだよ。アンジェが俺を見限ったら従わざるえないの」

「ならどうして公爵家を怒らせるような作戦を立てるんですか」

「仕方ねえじゃん、このままじゃ王家と公爵家が泥沼の争いしかねないんだし。俺はくたばっても嫁と子供が生き残る道を考えたらこうなったんだよ」

「バルトファルト卿は本当に後先考えてませんね、黙ってる方がアンジェリカ様怒りますよ」

「そうなんだよ。いやマジでどうしよう」

「普通は自分を犠牲にするやり方は選ばないでしょう」

「一番成功率が高いなら賭け金に自分の命は安いだろ。アンジェが泣いて止めるから普段はしないけど」

「だからですって。バルトファルト卿は自分が狂っているとそろそろ気付いてください」

 

 マリエが容赦なく俺の行動を責め立てる。

 どうしてこいつは臆面もなく俺を罵るんだよ、何か俺に怨みでもあるのか。

 戦場じゃ司令部から報告を聞くだけじゃ実態が分からない事も多い。

 俺より弱い奴に任せて失敗するよりも俺自らやれば成功率が高いなら率先してやるべきだ。

 この辺の価値観の違いが俺とアンジェの大きな違いだ。

 勝つ為なら俺は自分の手を汚すのを厭わないけど、アンジェは貴族や当主がするべきじゃないと窘める。

 アンジェを愛してるから自分を犠牲にしようとする俺、俺を愛してるから危険な真似をして欲しくないと願うアンジェ。

 生まれ育った環境と価値観の違いってのはどうにも埋め難い溝だ。

 

「……俺はアンジェに幸せになって欲しいだけなんですよ。アイツが幸せになれるなら俺は捨てられても良いって思えるぐらいには」

「それが大きな間違いです、アンジェリカ様はリオン様が隣に居てくれるなら満足と思っていらっしゃいます。早まった真似はお控えください」

「どうしてオリヴィア様はそこまで俺達へ親身になってくださるんですか?俺はアンジェを嫌っているものと思ってました」

「アンジェリカ様に対しては今も苦手な部分があるのは確かです。でも、だからあの方を嫌っている訳じゃありません」

 

 苦笑するオリヴィア様は聖女というよりも年相応の女性に見えた。

 化粧や変装で誤魔化しても隠し切れない優しさや母性といった物が感じられる。

 

「学園に入学して右も左も分からない私へ親切にしてくれたのはユリウス殿下や皆さんでした。田舎育ちの小娘だった私には周囲がまるで見えなくて。自分が貴族の皆さんに嫌われてたから差し伸べられた手に縋ってしまったんです」

「それはあいつらの行動が問題であってオリヴィア様が全面的に悪い訳でもないでしょう」

「私の行動でアンジェリカ様を始め多くの方々にご迷惑をおかけしました。御実家が空賊と癒着していたとは言えステファニー様が悪の道に進んだ一因は私にもあります」

「だからアンジェに償おうとお考えで?」

「単なる自己満足かもしれません。ジルクさんの婚約者だったクラリス様からは先日謝罪を受け入れてもらえました。本来はいけない事でしょうがステファニー様の助命嘆願も受け入れて貰っています。アンジェリカ様に健やかな日々を送って欲しいと思うのは私の本心です」

 

 オリヴィア様は善意を以って行動している。

 それが最善の結果に繋がるとは限らないが誰かを貶めようとか欲望を満たしたいという気配は感じられない。

 正直、こんな善人がいるのかという感動さえあった。

 

「もしもアンジェに会う前にオリヴィア様に出会っていたらと想像します。たぶん俺もユリウス殿下達と同じように貴女をお慕いしていたと思います」

「何をとち狂っ事を言ってんですかバルトファルト卿!?」

「めっですよ」

「安心してください、俺はアンジェ一筋ですから」

「ならよろしいです」

「貴女と殿下が婚約破棄騒動をやらかさなきゃアンジェは俺の妻になってくれなかった。そもそも出会う機会さえ無かった。王妃への道を閉ざされたお陰で最高の女と結婚できた考える俺は随分な悪人ですね」

「……そうかもしれませんね」

「アンジェの夫になれた事実だけで俺の人生は価値があったと信じられます。たとえ離婚したとしてもアンジェが満足なら遠い場所で幸せを祈るだけでもかまいません」

「だから無茶をするんですか?」

「命を無駄にする気はありません。どんなに低くても勝算があるなら足掻くべきかと」

「そこまで仰るなら説得は無理ですね。監視の意味もありますが裏で協力させていただきます」

「よろしくお願いしますバルトファルト卿」

「こちらこそよろしく、それじゃお先に失礼します」

 

 オリヴィア様とマリエに頭を下げ足早に入口に向かう、外に出るとまだ夜は明けていなかった。

 付近で待機させていた馬車に乗り込んで空港に停泊させていた飛行船に向かわせる。

 揺れる馬車の中で昼に迎えに行くアンジェをどうするか必死に考えたがろくな案が出ない。

 到着した馬車から降りて船長室に向かう。

 今夜はいろいろ有った、有り過ぎた。

 疲れて睡眠を要求してる脳みそで考えてもろくな案は出ない。

 まずは数時間寝てアンジェを迎えに行ってから考えよう。

 半ば自棄になりながらベッドの上で手足を伸ばして寝転ぶ。

 十日ぶりにアンジェに会える事に興奮してなかなか寝付けなかった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 昼前の繁華街は活気に満ち、屋外の熱気が建物中にすら伝わって来る。

 建物の階下にある料理店を訪れるのは貴族階級の者が殆どだが食事を人生の楽しみにする行為に身分は関係無い。

 軽食を済ませカップに注がれたばかりの紅茶を飲み干した。

 予定の時間はそろそろなのだがどうにも暇を持て余す。

 時間を潰す為に本を読み耽り書き物をしたいが目の前に座る御方の前では礼を失する。

 

「落ち着きなさい、それじゃまるで落ち着きが足りない女児よ」

「……失礼しました」

 

 ミレーヌ様に指摘され椅子に座り直すがどうにも落ち着かない。

 離れていたのはたかだか十日程度、なのに今の私はリオンに会うと思うだけで悍馬のように気が逸る。

 

「付き合う男が違うだけでここまで貴女が様変わりするとは思わなかったわ」

「それほど変わりましたか?」

「自分で分からない?ユリウスと婚約していた頃はそんな顔を一度も見てないし」

「御言葉ですが、ユリウス殿下とのお付き合いは私の方から出向く場合が殆どでしたので」

「本当にユリウスは女性を見る目が無いわ。いえ、繋ぎ止める腕が無いと言うべきね。別れるなら別れるで手順を踏む、囲うならそれだけの懐を見せなければ簡単に見限られる。陛下の女好きも問題だけど、私もその辺りの教育を怠ったのが悪かったわ」

「殿下が私を厭ったのは公爵家の圧力が見え隠れしていたからです。もっと私が寄り添うべきでした」

「王家の男子にとって結婚は政治の一手段。公爵令嬢の貴女を嫌ったのに王家の地位や財産狙いで自分に群がる女にチヤホヤされて喜ぶのは愚の骨頂です。そんな体たらくだから後先考えず珍しい女にコロッと入れ込むのよ」

 

 ミレーヌ様の言葉は我が子に対しても容赦なかった。

 政略結婚でレパルト連合王国からホルファート王国に嫁いで二十年以上も国政に携わってきた王妃にとって頼りにならない国王と王子が夫と息子なのは心労の種だったのだろう。

 王宮に留まった数日の間は茶会と称して延々と愚痴を聞かされる毎日だった。

 もしホルファート王家に嫁いだならこれをミレーヌ様が亡くなるまで付き合わされたと思うと嫌な汗が吹き出しそうになる。

 

「ホルファート王国の女尊男卑制は本当に害悪だったわ。真っ当な感性を持つ貴族同士が繋がっても歪な思想の高位貴族に潰されてしまう。あの子が下位貴族出身ならバルトファルト卿ほど出世できなかったでしょうね」

「……ミレーヌ様は随分と我が夫にご執心ですね」

「あら、いけない?レパルト出身の私からすれば戦に強くて女尊男卑の国で成り上がれる有望な若者に興味を持って当然じゃない。この国の者は冒険者としてどれだけ優れても政治的に大した意味を持たないと自ら気付くべきなのよ」

 

 ホルファート王国を興したのは冒険者、故にこの国に於いて冒険者は全ての民にとって崇敬の対象だ。

 いや、()()()と言うべきか。

 ファンオース公国との戦争で冒険者よりも有能な軍人や官僚に対しての認識が変わり始め、私自身もリオンのような冒険者嫌いな男や領主の妻としての実務経験に加え国祖達の行いを知ってから冒険者の認識にだいぶ変化が生じている。

 出自、身分、職業とこの数年間で王国を価値観は大きく変動している。

 或いはこれが変革の時代が訪れたという前触れかもしれない。

 

「陛下と私が単なる平民に生まれてユリウスが冒険者になるのが私達夫婦にとって最も好ましい人生なのかもしれないわね。陛下や宰相もそうだけどホルファート王家の男子はどうにも王に不必要な才能を持って生まれるのに必要な才能が欠如しているらしいわ」

「かもしれません。私の夫も度々隠居したいを願っています」

「本当に珍しい子ね。絶対に隠居させちゃ駄目よ。王家が存続するにせよ、公爵家が王位を奪うにしても彼はこれからの国に必要な人材だから」

「リオンに求めているのは戦の才能だけですか?」

「政治面については妻の貴女が居るから大丈夫でしょう。王家の艦を失った今、王家は実質この国で一番歴史が長くて一番大きな家に過ぎないわ。むしろ貴族への恩賞や復興費用を考えたら公爵家の方が裕福かもしれない」

「王家の艦は修復の目途が立たないのでしょうか」

「今の私達に再現不可能な技術だからこその失われし遺産(ロストアイテム)よ。数十年かければ飛行は可能かもしれないけど聖女の力を増幅する装置は直せない。ヴィンス公はそれを見越して本格的に王位を狙い始めたんでしょうけど」

「それを知るのは王家だけでしょうか?」

「王家でも限られた者のみよ。知らない者は逆に勢いづいて鼻息を荒くしてるわ。ジェイク王子辺りはその筆頭ね」

 

 アルゼル共和国に対して外向的優位に立ちファンオース公国に勝利した弊害か、国内には富国強兵の名の下に他国への侵攻を視野に入れる者が見受けられる。

 現時点では少数だが、このまま王国内の復興が五年十年と遅れ続ければ物資や領地を求めて戦争を開始する危険性は捨てきれない。

 今の王国は国力を回復する為の時間が必要だ、少なくても戦争が始まる前まで人口と経済を元に戻さなくてはならない。

 

「王家の諍いについてはお任せします。私は父の説得に尽力します」

「お願いね。王家は公爵家に降伏しても構わないから」

「一国の王妃とその発言は如何なものかと?」

「前に言ったでしょう、私は夫と子供達の命が保障されるならそれで良い。ヴィンス公もレパルト連合王国(わたしのじっか)を敵に回してまで命を奪うのは悪手だと分かってる筈よ」

 

 結局の所、私とミレーヌ様は自分の夫と子供達が何より大事なのだ。

 家族が無事なら土下座でも城下の盟でも何だってしてやろう。

 女は男が想像するよりも遥かに狡猾で逞しく計算高い生き物である。

 

「普段はだらしないのにちょっとマズい事態でカッコ良く活躍すれば帳消しになると思って。そんな無茶をする位なら常日頃気を付けて行動すれば良いのに。どうして男ってのはああなのかしら?」

「陛下も男子じみた行動を?」

「最前線で戦おうとしたり、公爵家と揉めたら私とエリカを逃がそうとしたり。そんな事に腐心するぐらいなら普段からちゃんとしなさいよ!」

「……」

「あれで結婚当初は自信の無さが逆に可愛い、私が支えてあげなきゃとか思ったの。それがまぁ、今じゃ若い側室や妾の前で歯の浮くような事ばっかり吐いて。私に見せた弱さは見せかけだったのって感じ。弱々しい部分は他の女に見せて私を悪妻呼ばわり。私に見せるのはだらしない所だけよ」

 

 ミレーヌ様の持つカップの水面が激しく揺れている、どうやら大層ご立腹らしい。

 

「アンジェ、貴女も気を付けなさい。未婚の令嬢や未亡人に彼モテるわよ」

「ご心配には及びません。夫は私を愛しています」

「あの子、陛下の若い頃に雰囲気が似てるのよ。まさか陛下の非嫡出子じゃないでしょうね」

「義父上と義母上の関係は良好なのでありえません」

「そう思っても相手の浮気を知らぬは妻ばかりって愚痴を嫁いでからいろんな女性に何度も聞かされたわ。女も大概だけど男も幼稚で欲深いから」

「心に留めておきます」

「とりあえず夫がやたら優しくなったら注意なさい、浮気を隠す為に普段よりも優しくなるから」

「はい」

 

 リオンを狙う女性が存在する事は知っている。

 義兄上と結婚するドロテアの妹ディアドリーはやたらとリオンに馴れ馴れしい。

 大臣であるアトリー伯爵は私同様に婚約破棄された娘のクラリスの新たな婚約者にリオンを考えていた。

 リオンに狙う女は他にも居る、今回の論功行賞で陞爵すればその数は更に増えるだろう。

 正直これ以上ミレーヌ様の御話に付き合っていると人間不信に陥りそうだ。

 やや辟易していると入室した侍従が何やらミレーヌ様に耳打ちした。

 

「やっとお出迎えみたいね。それじゃあ後は任せるわ」

「はい、お世話になりました」

「交渉の結果は気負わなくていいわよ、王家派の説得は私の領分だから」

「わかりました」

「子供が産まれたら教えてちょうだい。祝いの品を贈ります」

「ありがとうございます、ミレーヌ様もお元気で」

 

 別れの挨拶を済ませ席を立ち侍従に案内されるまま指定の場所へ向かう。

 建物の一階にある待合室へ到着すると見慣れた顔が席に座っていた。

 その姿を視界に入れただけで何とも心が温かくなる。

 いかん、つい顔がにやけてしまう。

 リオンが迎えに来たら何と言葉をかけようか考えていたが、いざその時になると言葉が浮ばない。

 とりあえずは彼の方から私を迎えてくれるのを待つとリオンが近付いて来た。

 

「……よぉ、元気か」

「第一声がそれか?もう少し気が利いた言葉を使え」

「悪い。どう声をかけて良いか分かんなくて」

 

 どうにも歯切れが悪い言葉を放つリオンから戸惑いを感じられる。

 荷物持ちの部下さえ同伴させなかったらしい。

 リオンはミレーヌ様の侍従から荷物を受け取り一礼すると繁華街の傍にある馬車の待機所まで向かう。

 それほど距離は離れていない、数百歩で辿り着ける程度だ。

 

「……何か欲しい物あるか?」

「無い」

「……そっか」

 

 やはりリオンの態度が余所余所しい。

 いや、人前でベタベタされるのも困るがどこか私に対する遠慮というか隔たりがあった。

 手を繋ぐのも拒まないし、身重の私に対する気遣いも感じられる。

 待機所に到着して箱型の四輪馬車に乗り込む。

 リオンは私の隣ではなく正面に座った。

 

「空港に向かう途中で寄りたい所はあるか?」

「特に無い。明日には公爵邸の父上と兄上を訪ねる予定だ、時間が惜しい」

「いや、せっかくの王都だし寄れる場所があるなら寄った方が良いかな~って」

「無いと言ってる」

「……はい」

 

 遜るようなリオンの態度に苛立ちを感じる。

 別れて過ごした日数は僅か十日程度だ、大した期間ではないものの得た情報はかなり貴重だった。

 その中でも特に重要なのはバルトファルトの血筋が国祖や聖女と密接な関係にあるという事実。

 リオンの顔を見つめていると気まずそうに視線を逸らされる。

 何なのだ一体?

 私に言えない何かがあるのか?

 

『とりあえず夫がやたら優しくなったら注意なさい、浮気を隠す為に普段よりも優しくなるから』

 

 先程のミレーヌ様の言葉が否応なしに頭を過ぎる。

 リオンに限って、と言いたい所だがどうにも自信が無い。

 彼を評価する貴族はそれなりに多いし、為人を知らずとも憧れる女は居るだろう。

 妻が妊娠している間に妾を囲う貴族はそれなりに存在する。

 軽口でリオンに妾や側室を促した経験はあるが、本当にリオンが私以外の女に懸想していると考えるだけで腸が煮えくり返りそうな感覚に陥った。

 

「好きな女が出来て浮気でもしたか?」

「してねぇ!!」

「なら私の目を見て話せ。さっきから挙動不審だ」

「そんなに?」

「接吻を強請らず抱き締めもしない、お前にしては珍しい」

「いつも強請ってないだろ」

「人前ではな」

 

 貴族が用いる箱型馬車は外から内が見えない。

 普段ならさり気なく私の隣に座ろうとするリオンが理由も無しに別の座席に座る事その物が異常事態だ。

 

「私が居ない間、無茶はしなかったか?」

「そんなしてないってば」

()()()という事はしたんだな」

「……ちょっとだけ」

「まったく、お前は目を離すとすぐに無茶をする。私は義母上じゃないんだぞ」

「面目ない」

「しょうがない奴だ」

 

 馬車の振動に気を付けながらリオンの隣に座る。

 こうして体温が伝わりそうなぐらい彼の隣に居るのが随分と心地良い。

 何処か気まずそうにしているリオンの頭を撫でてやると大人しく受け入れてる。

 ミレーヌ様はローランド陛下が弱みを見せる姿が愛おしいと言っていたのがよく分かる。

 惚れた男の全てを私だけが独占してるという事実に心が昂ってしまうのだ。

 ついには堪えきれなくなって私の方から唇を重ねた。

 

「……何だよ急に」

「素直になれないリオンが悪い」

「俺のせいか」

「お前のせいだ」

 

 結局、私達は空港に到着するまでに馬車の中で幾度も接吻を交わす。

 到着した時に御者に見られて羞恥心に身悶えしたのは我ながら迂闊だった。




夫婦合流回、だけど二人の意識や情報には差があります。
このまま簡単に説得とは相成りません。
登場キャラの全員が持っている情報が不完全・相手は知らないと思っているので行動を深読みしたり、逆に軽く見てます。
これからの御話でその辺りが浮き彫りになる予定です。

追記:依頼主様のリクエストでAPple T様、OFURO / オフロ様に挿絵イラストを描いていただきました。
ありがとうございます。

APple T様 https://www.pixiv.net/artworks/119218526
OFURO / オフロ様 https://www.pixiv.net/artworks/119348088

意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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