婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

91 / 174
第90章 Lady Macbeth●

「賛同者が増えそうだな、ダーランド家とアーキン家の跡取り息子達が俺達の話に興味を持ってた」

「たしか戦前に準男爵家から男爵家に陞爵したばかりの領主貴族と記憶している。学園では私と同じ上級クラスに在籍していた筈だ」

「で、その嫡男達は婚活の真っ最中のご様子。戦争中は俺と同じ戦場に居たらしいが正直憶えてない」

「激戦地では名も知らぬ味方と肩を並べる事も多いと聞くが。その辺りも重要な繋がりになるから手を抜かず対処しろ」

「背中を預ける相手以外を記憶する暇は無かったんだよ。でも自分の名前を知らない奴はムカつくけど、相手が一方的に俺の顔を知ってるのが一番困るな」

「どの貴族も最初はそうだ。次に会う時まで忘れなければ上々と言えるだろう」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 リオンが私の居ない間に何をしていたのか報告し、彼に髪を梳かれながら頭の中で情報を精査する。

 私達が別行動していたのは十日程度だが、僅かな変化でも情報共有は重要だ。

 父上の説得は明日、最終的な打ち合わせは今日が締め切りになる。

 僅かにでも説得できる可能性が上がるのならやれる事は全てやり尽くして臨むべきだろう。

 

「アンジェ」

「他に何かあるか?」

「そろそろ自分でやってくんない?」

「断る」

「俺、子爵で領主様なんだけど」

「地位を理由に臨月の妻のささやかな願いを断るほど私の夫は狭量な男だったか」

「……誠心誠意を以ってやらせていただきます」

 

 不満を漏らしながらリオンが髪梳きを再開した。

 基本的に貴族の女性は自ら髪を梳くか使用人に任せる。

 リオンに髪を梳かせるのもバルトファルト領から同行してきた者に女性が居ない故だ。

 私自身の手で梳かないのは膨れた腹を抱えて不自由だからに過ぎない。

 決して、私がミレーヌ様の御言葉に悋気を抱いた訳ではない。

 なのに異性の髪を梳くという行為がどんな意味を持つのか、それをこの男は理解していないのである。

 まぁ、女心の機微に敏いリオンなど下手をすれば寄ってくる女全てを側室にしかねない。

 私の願いに対し素直に従う彼の行動を無理に縛るのも気が引ける。

 常に誠意を以って接すれば私達の関係は拗れない筈だ。

 

 ふと陽光が差し込む飛行船の窓硝子に映る私達の姿が目に入った。

 他人からは私達が仲睦まじい夫婦に見えている、しかし私達を結び付けている物は決して愛情だけではない。

 ホルファート王国誕生の闇、レッドグレイブ家の思惑、王家と領主貴族の確執と頭を抱えたくなる物が絡んでいた。

 そもそも政略結婚という婚姻形式自体が両家の権益を護る手段の一つに過ぎないと分かっている、分かっていた筈だった。

 婚約破棄で自身に対し何処か自棄になっていた私が婚約者を本気で愛するようになろうとは。

 本当に人生とは僅かな先すら見通す事が困難である。

 私達が明日行う事もまた同様、ホルファート王国の未来をどのように変革させるか完全な予測は不可能だ。

 より良い未来を創造しようと行動して最悪な未来を引き当てる可能性すら内包している。

 今更ながら大それた企てを試みる己が恐ろしい。

 

「……ミレーヌ様から同行者に同行者について報告を受けた、明日の朝合流するそうだ」

「了解、本当にやるんだな」

「交渉に可能な限り手を尽くしたい。本当は私の考えた改革案だけで父上が王家と和解してくれるのが望ましい」

公爵(おやじさん)が王家と戦ってアンジェの案を奪う可能性は?」

「無くは無い、といった程度だ。何せ似たような社会機構は既にあるとはいえ人材の登用や組織の運営は前例が無い。寧ろ理解を示さず王家との争いに臨む確率が高い」

 

 私の案に至らぬ部分が多いのは承知している。

 ミレーヌ様と協議して可能な限り予想される問題点について考えはしたが何処かしらにか見落としは在る。

 たとえ父上が納得したとしても議会で可決されるかはまた別だ。

 組織の編成と人材の登用に時間は必要だし、効果が出るまではさらに月日を要する。

 その間に他国からの干渉は不可避な上に情勢の悪化で他国と開戦もありえる。

 いっそ王家の艦を修復した方が上手く物事が運ぶかもしれない。

 絶対的な力があれば反対する者を弾圧するだけで済む。

 ファンオース公国秘蔵の魔笛とやらが使えるならそれで解決したかもしれないがオリヴィア達が公女を取り押さえた時に破壊されてしまった。

 もし魔笛を破壊しなければ戦場に居たリオンが戦死していたかもしれないと考えると正しい判断ではあるのだが。

 

「もし仮に、公爵家と王家が戦争になったらどっちにも肩入れしなくて良いんだな?」

「ミレーヌ様と話し合った。戦でレッドグレイブ家と雌雄を決する際にバルトファルト家が公爵家に付かぬなら王家が勝利した場合は不問とする、もしも父上がバルトファルト領に攻め込むなら私達を迎え入れる準備はしておくとも仰った」

「信じて良いのか?」

「一応書面にしていただいた。尤も反故にされる可能性は捨てきれないし、領地の召し上げや降爵程度は十分にありえる。リオンやバルトファルト家の王国内に於ける立身出世も今後一切見込めなくなるだろう」

「いいね、その方がありがたい」

「普通は嘆く所だぞ」

 

 ふとルーカス宰相から聞いたバルトファルト家の出自を思い出す。

 嘗て国祖達の指導者的立場から追い落とされたリーア・バルトファルト。

 建国以来その血脈は辺境で細々と紡がれ今日に到る。

 疾うの昔に絶やされず不当に扱われながらも存続してきたのはホルファート王家が真の王に対する畏れだろうか?

 バルトファルト家を滅ぼさなかった事でファンオース公国を侵攻が妨げられ、今は過去の罪業を責められる材料になる。

 因果とは何時までも何処までも巡り回って子々孫々を悩ませるようだ。

 

「もし父上が改革案を棄却し和解を拒んで内乱となった場合、軍事的にはどうなると思う?」

「中立派の貴族や公爵家を嫌ってる貴族は間違いなく王家派に付くな。懐が寒い連中は改革案で融通してもらえると思ったのに公爵の横槍で中止になったと怒るのは確実だ。公爵派の下位貴族はうちみたいに公爵の融資で寄子になってるから金や恩賞を用意すれば半分ぐらいは寝返るか静観しそうだな。改革案に同意した公爵派は俺達が公爵の意図で動いてると思ってるから相当恨まれる」

「私達も大した悪党になったものだな」

「そうだな、きっと地獄に落とされる」

「でも俺は公爵も内乱にしたくないと思うけど」

「それに関しては私も同意見だ。だが最悪の事態は常に考えておく必要がある」

 

 ファンオース公国に勝利し併合してから約一年。

 ホルファート王国の軍事力は侵攻前に戻ったとはとても言えない状況だ。

 どれだけ浮遊石による飛行船の建造が容易とはいえ、領地の防衛や敵軍の討伐が可能な飛行船ともなれば建造には相応の費用と時間がかかる。

 公国からの賠償金があるにせよ、貴族達への恩賞で国庫の中身は相当目減りして公国から徴収した飛行船をそのまま国防に充てる地域も存在するほどだ。

 此処からさらに内乱が起きれば確実にホルファート王家とレッドグレイブ家のどちらが勝利しても国力は低下する。

 近隣諸国にとってはその時が攻め入る絶好の機会、それは父上もお分かりの筈だ。

 しかし内乱を起こさずに王位を簒奪しても確実に抵抗する者が現れ血を流す。

 そうして粛清された者達が逃げ延び叛逆の機会を窺い続ければ将来の禍根になりかねない。

 貴族も平民も戦争や地下組織の暗躍で国がこれ以上荒れる事に飽き飽きしている。

 ホルファート王家が弱体化した今こそ国政を正す為に父上は王位を狙ったのだろうが、人心が付いてくるのかは厳しいと言わざるを得ない。

 或いはそれを理解した上での逆心か。

 父上が長年に渡り政に熱意を持たないローランド陛下や身勝手に婚約破棄を行ったユリウス殿下に憤慨している姿を私は幾度も見て来た。

 リオン以外の貴族と結婚し子供が生まれていなければ私も諸手を挙げて父上に賛同した筈だ。

 父上は強硬的になってはいるがその姿勢は変わっていない、変わってしまったのは私の方。

 

「俺はアンジェに公爵(おやじさん)と争って欲しくない」

「どうした急に?」

「アンジェには優しい父親なんだろ。俺はアンジェが望むなら戦うけど終わってから後悔するぐらいなら中止した方が良い」

「私の覚悟を疑うつもりか?」

「俺は人を殺せる。どれだけ人殺しが嫌でもその瞬間になったら躊躇なく命を奪える。血が繋がってなかったのを知らなかったとは言っても表向きは家族面してたゾラ達を殺せた。相手が公爵で嫁の父親でも戦えるし討てる。でもアンジェは殺せるか?」

「…………」

 

 何か言葉にしようと口を動かすが答えは出ない。

 父上を止める、もし内乱を引き起こすのなら命を奪う事さえも視野に入れていた。

 その筈なのにこうしてリオンに詰め寄られるとどうしても言い淀んでしまう。

 誰かを傷つけた事は在れど命を奪った経験は一度として無い。

 本当にその覚悟があるかとリオンは問いかけている。

 ある、と幾度も覚悟を伝えてきた。

 明日の話し合いの結果次第で父娘相剋の戦が起きるかもしれない。

 そうならない為にこの一年近くの間も行動してきた筈だ。

 

「分からない、最後まで説得を試みるつもりだ。父上に刃を突きつけられた時、本当に私は戦えるか自信が無い」

「ならアンジェはそれで良いよ。面倒事は俺が引き受ける」

「それは……」

 

 リオンの口調は優しかった、それが逆に私を不安にさせる。

 きっとリオンは私と父上が争うぐらいなら率先して荒事を引き受けるだろう。

 もし父上がリオンを討ったら私は公爵家を怨めるか?

 もしリオンが父上の命を奪ったら今まで通り愛せるか?

 目を背けて来た訳ではない、幾度も悩み考えて来た筈だ。

 それでも尚、私は親子の情も夫婦の愛も捨てきれず優柔不断なままだ。

 

「血に汚れるのは慣れている。アンジェが幸せなら俺は何だってやり遂げられる」

「私はお前がこれ以上他者を傷つけずに済むよう努力している。そのせいでお前が血に染まったら本末転倒だろうが」

「それぐらいどうって事ない。俺なりに考えがあるから心配するな」

「どんな考えだ?」

「それは言えないな」

 

 言葉を濁すリオンの言葉がどうにも気にかかって仕方がない。

 我が夫はしばしば私が予想する範疇を超えて行動する。

 それがまた己の命さえ顧みない方法なので私はリオンから目が離せないのだ。

 リオンと離れていた期間は僅か十日程度。

 短期間で王家と公爵家の諍いを止める策を捻りだせるとは到底思えない。

 

「私はそんなに頼りないか?」

「頼りないのはいつもアンジェに手助けしてもらってる俺の方だろ」

「本当に頼りない奴は問題から逃げる、リオンは文句こそ口に出すが逃げ出さない」

「……暗に口を慎んだ方が良いって言ってるだろ」

「何処で誰が聞いているか分からんからな。まだまだお前は領主として頼りない」

「貴族になってから五年ぐらいしか経ってませんから」

「そんなに拗ねるな、私はお前の努力を誰よりも認めている」

 

 その時になれば否応無しに覚悟しなければならない。

 どんなに口先で理屈を並べようと夫を盾に安全圏から綺麗事を述べている己が厭わしくてたまらなかった。

 リオンの寵愛を利用している私はひどい悪妻だ、いずれ相応の報いを受けるだろう。

 漸く髪を梳き終わったのか、リオンが指が私の頬を撫でる。

 その指使いが心地好く、ついつい身を任せてしまう。

 私が思案しているのを見越してか、徐々にリオンの指が触れる範囲が広がっていく。

 肩を揉み首元を解された箇所が熱を帯びる。

 いかん、このままでは妙な火照りが体に宿ってしまう。

 

「おい」

「どうした?」

「お前は何をしている」

「いや、アンジェの緊張を弛めてあげようかと」

「触り方がいやらしい」

「ちぇッ」

 

 名残惜しそうにリオンが私から離れた。

 まずかった、あのままリオンの為されるがままにされては身を委ねそうになる。

 火照りを冷ますように頭を振ってリオンを睨む。

 彼は私の視線に気付いていないのか正面に置かれた椅子に座った。

 思考が中断されて苛立たしいが問い詰めるほどではなかった。

 どうにもやり難い。

 リオンが私の許容範囲を見極めるのが上手いのか、私がリオンに弱いのか。

 

「……子供達はどうしてる?」

「そっちもいつも通り、アンジェが居なくて寂しそうだけど母さん達が上手く宥めてる」

「夜泣きしてないか」

「そっちも平気。ただお気に入りの玩具が無いのは退屈みたい」

「私の腹は玩具ではない」

「二人ともアンジェと産まれてくる弟か妹を楽しみにしてんだよ、さっさと済ませて帰ろう」

「バルトファルト領で変化は?」

「春も近いからそろそろ畑を耕して元肥しなきゃいけない。暖かくなったら療養施設の点検と改修をやろうと思う」

「今年の作付けはどの程度にする?」

「とりあえず半分は麦なのは確定、新農地の方は保存が効く芋や根菜だな。何せ戦争が終わったら食糧事情が変わりまくるから」

 

 家族や畑仕事になると相変わらずリオンは饒舌になる。

 政務に関しても同程度に励んでくれるなら私の気苦労も大分減ってくれるのだが。

 楽し気なリオンを見ていると彼を担ぎ上げようとした父上の思惑がひどく穢れた物に思える。

 それと同時にリオンとの婚約を受け入れた私の愚かさに頭痛が始まる。

 

 リーア・バルトファルト。

 彼はどんな男で、自身を陥れた仲間達をどう思いながら生涯を送ったのだろう?

 仲間達の裏切りで王位を奪われ、失意と絶望に塗れながら世を呪いながら死を迎えたのか。

 それとも辺境で冒険や仕事に精を出し代わり映えの無い穏やかな日々を過ごしたのか。

 リオンの才覚は先祖に由来する物なのか不明だ。

 唯一確実なのはリオンは王位など望んでいない事だけ。

 嘗て仲間に追放された真の王の末裔が敵国の侵攻を食い止めた。

 消息不明の初代聖女の末裔が失われた神器を発見し国を護った。

 如何にも人々が好みそうな寓話だなと笑いと同時にあきれる。

 王家と公爵家は共にリオンとオリヴィアの血脈を利用し戦乱で疲弊した王国の再生を画策しているが、それで全てが解決できると私にはどうしても思えない。

 

 貴族制度は優れた者の子孫に優れた形質が遺伝するという前提で成り立っている。

 優れた王の子は優れた王、優れた冒険者の子は優れた冒険者になると思い込むことでさも自分が素晴らしい存在であるかのように錯覚する。

 そんな思い込みを積み重ね続けた結果、今のホルファート王国の現状はどうなったか。

 血筋の良さを絶対的な価値基準に据え、努力を軽視し他者を蔑む事しか出来ない貴族達。

 国を護る気概も領地を発展させる先見性も無くひたすらに浪費を続け世を蝕む害虫。

 それがホルファート王国貴族の大半であり、王国の縮図と言える学園は悪しき血統主義を煮詰めたような魔窟と化していた。

 

 確かにオリヴィアやリオンは優れた才能を持っている。

 だが、それは彼らが偉大な先祖の血を受け継いだからではない。

 彼ら自身が苦境に於いて諦めず、自らを奮起させる不屈の闘志を持った者達だからだ。

 どれだけ優れた血を継ごうと己を磨こうとしなければその血は淀んでいく。

 学園に通っていた頃の私もまた身分を主体に人間の価値を定めていた。

 故にユリウス殿下と婚約破棄した際に殆どの者が私を庇う事なく離れてしまったのも当然の帰結だ。

 父上がオリヴィアとリオンの血を公爵家に取り込めば王家に対する叛意が正当化されると思いこんでいるのならそれは危うい考えだと言える。

 

「細かい調整は領地に戻ってからにしよう。今は改革案の最終調整が先だ」

「そうだな、こっちもいろいろ事情が変わってるし」

 

 鞄に入れていた書類をテーブルに広げ一枚ずつ精査していく。

 私とリオンでは情報処理の速度が違う、まず私が目を通した後にリオンが丁寧に見直す。

 紙が擦れる音が延々と流れ緩やかな演奏にも聞こえてくる。

 疑問点を見つければ情報交換を行い修正し一切の感情を遮断して処理していく。

 最後の一枚を読み終えて時計を見ると二時間ほど経過していた。

 リオンの前には目を通していない書類が残り三分の一程度残っている。

 何もしないのは時間の無駄なのでリオンが処理した書類を整理していく。

 賛同者の署名、施策された場合の予算案、現時点に於ける戦後復興の調査書。

 それらを読み易い順番に並べ端を揃えて纏める。

 作業が終わった頃にはリオンの読み残しはあと数枚になっていた。

 

 食い入るように書類を読み込んでいるリオンの顔を眺め、ふと何時か見た夢の内容を思い出す。

 リオンが王に即位して私が王妃になった夢。

 未だに王妃の座に未練があるのかと夢を見た当初は苦笑したが、あれは一種の啓示ではないのだろうか?

 リーア・バルトファルトの血脈に王の資格があるのなら、リオンが王に即位しても不都合は無い。

 寧ろバルトファルトの血脈の利用を画策するレッドグレイブ家の存在など必要あるまい。

 リオンが己の先祖を知ればどう思うだろう?

 もし彼が王位を望むのなら私は応えるべきか、それとも拒むべきか。

 

 婚約者時代からバルトファルト領の開拓に携わってきた。

 資金の調達、政を差配し領地を発展させていく快感や失政した時の苦渋は為政者だけが味わえる物だった。

 辺境の未開拓地でさえこれなのだ、これが大規模の領地や一国ならどうなるだろう?

 まるで自身が神になったような全能感は人を狂わせる程に甘美だ。

 バルトファルト家の血を公爵家が利用するなら、私がリオンを王に仕立てても問題あるまい。

 愛する男と支配する国を同時に手に入れ王妃として君臨する。

 私なら能う、そんな野望が私の中で蠢いていく。

 

「リオン」

「ん~、どうした?」

「もし王に為れるとしたらお前はどうする?」

 

 気が付けば途方もない言葉を口にしていた。

 取返しがつかないと思っても時既に遅し。

 夫の野心を煽り王妃の位を望むなど物語や演劇にある悪女その物だ。

 一時の栄光を手にしても国を荒廃させ英雄に討たれる悪役。

 そんな馬鹿げた欲望が私の心の内に潜んで事実をこの時初めて知った。

 

「どうしてまた」

「いや、単なる戯言だ。気にしなくて良い」

「いきなり言われたら気になるだろ」

「……父上が王位を欲するならいっそ公爵派に付くのも有りだ。もし父上が王と為れば私達は公爵、最低でも侯爵だ。それこそ上手く立ち回ればお前が王に為る可能性すら在る。そうして私達がこの国を治めるのも悪くはない。一瞬そんな考えが頭を過った」

「それ本気?」

「だから戯言だ、私らしくもない子供じみた妄想をしてしまった」

 

 どうして口走ってしまったのか自分でも分からない。

 或いは、夢に見た王妃の私がそれほど眩しく見えたのか。

 王妃の地位に未練を残し、リオンの妻という地位を得た今になってそれが再燃したのか。

 過ぎたる野望は身を滅ぼす、父上や兄上を手にかけて尚も権力を求める。

 そんな醜い野心を思わずリオンに曝してしまった事実に歯噛みしてしまう。

 あれほど領主の地位を面倒臭がるリオンに国王など務まる筈もない。

 たった一つの戯言でリオンに呆れられるのは避けたかった。

 

「アンジェは王妃になりたいの?」

「だから本気にするな」

「まぁそれも悪くないかな。有能な王妃と家臣が居れば面倒な仕事を押し付けて好きなだけ畑仕事をやれるし」

「王になってやりたい事がよりにもよってそれか」

「今の陛下だってそうじゃん」

 

 後宮でミレーヌ様の御世話になっていた際に現れたローランド陛下の姿を思い出す。

 あれでも私がユリウス殿下の婚約者だった頃よりは改善されたが、それでも侍女達の目前で口喧嘩を始めていた。

 あれでもお互いを尊重しているようだが私とリオンがあのような夫婦になりたいかと問われれば断固拒否する。

 私はリオンを支えるのはやぶさかでない。

 それは領主として至らない自分を不甲斐ないと悩む彼を私自身が支えたいと思うからであって、端からやる気を持たず政務を丸投げするようなリオンを世話などするつもりはなかった。

 

「あぁ、でも国王って側室を何人も持てるんだっけか?」

 

 リオンの言葉を聞いた瞬間、身を焦がすような妬心が腹の底から湧き上がる。

 オリヴィア、マリエ、ディアドリー、クラリス等々。

 夢で見たリオンに群がっていた女達の顔が思い浮かんだ。

 冗談でリオンに側室か妾を持て言った事はある。

 夢の内容やバルトファルトの血を真相を知り初代聖女アンの末裔であるオリヴィアやマリエがリオンに気が無いか窺いもした。

 だが、リオン本人の口からその言葉は聞くと腸が煮えくり返る。

 王になったリオンが政務を私に任せ、傍に女を侍らすなど許容できるものか。

 

「側室など娶ってみろ、すぐさま貴様を退位幽閉してライオネルを即位させてやる」

「おっかねぇな、冗談じゃん」

「言って良い冗談と悪い冗談がある」

「ならアンジェもバカな事を言わないでくれ」

「……すまん、気が立っていた」

「疲れてるんだよ、少し休め。菓子と紅茶を持ってくるから待ってろ」

 

 全ての書類を読み終えたリオンが席を立ち部屋を出て行く。

 書類を纏めて鞄に押し込み、席に背を預けながら己の愚行を後悔する。

 私の心中にある気持ちの整理が出来ない。

 公爵家に対する親愛、リオンに対する情愛、王国を立て直したいという使命感、王妃の地位に対する野心。

 そのどれもが間違いなく本物だ。

 あと一日もすれば公爵家と王家の和解がどうなるか結論が出る。

 逃げ出したくなるような気持ちを抱えたまま、時計の針が止まれば良いのにと詮もない祈りを捧げた。




アンジェの悩み回です。
原作アンジェはリオンを即位させる為に王家・公爵家・学園長を説得しましたが今作では元公爵令嬢で辺境貴族の妻でしかありません。
中央の政治から離れていた期間もあり、原作と比べて様々な部分が未成長です。
公爵への説得がどうなるかはもう少しで始まります。
章タイトルはシェイクスピアのマクベスに登場するマクベス夫人から。
王になるように夫を唆す悪女なのですが、夫への愛や野望で殺めた者達に対する罪悪感で狂乱するのが魅力的なキャラです。

追記:今章の挿絵イラストは依頼主様のリクエストでTAMAMOICE様に描いていただきました。
ありがとうございます。

TAMAMOICE様 https://www.pixiv.net/artworks/118217849

ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。