婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです 作:品☆美
ドレスの直しは貴族にとって珍しい事ではない。
家の経済状況を他の貴族に知らしめる重要な示威行為の一つであり、服飾職人が心血を注いで作り上げた手製のドレスを着て社交界の華になる夢を貴族令嬢なら一度は夢見るものだ。
材料・デザイン・縫製に拘れば当然その価格は際限なく膨れ上がる。
そうして作ったドレスを流行遅れだからと簡単に捨ててはどれだけ予算があっても足りない。
国の支配者である王族でも服飾に使える予算には限度がある。
結果としてドレスを姉妹や娘に譲り仕立て直して再利用するのが貴族の通例となるのは当然だった。
私の不幸であり幸運はレッドグレイブ公爵家というホルファート王国に於いて王家に次ぐ領主貴族の筆頭家に生まれた事だろう。
何せ公爵令嬢だった頃は年ごと、場合によっては季節ごとに新しいドレスを仕立てた。
次期王妃として育てられたが故に生半可なドレスや装飾品を身に纏えば公爵家の、延いては王家の恥になりかねない。
私が婚約破棄されるまでに費やされた服飾代を合計すれば下手な高位貴族の年収に届く。
そうして仕立てられた服の大半は今も公爵家に残されたままだ。
バルトファルト家に嫁ぐ際にお気に入りのドレスを何着か持って来てはいたのだが、結婚後に一番困ったのが私の体型の変化だった。
何せ挙式後すぐに妊娠した影響で時間が経過するほど腹が膨れるのだ。
しかも私の胸は他の女性と比較しても大き過ぎる部類なのでゆったりとしたドレスを着ると胴長で太く見えてしまう。
コルセットで締めたり、腰回りを密着させるデザインを選んでいたのだがそれが通じなくなった。
公爵家に居た頃なら新しいドレスを仕立てれば構わないのだが、私が嫁いだのは新興貴族の子爵家であり、そう簡単に服飾費を捻出できる訳もない。
いっそドレスや装飾をいくつか売ろうと思ったがリオンが嫌がった。
私を養えない男と思われるのがよほど苦痛だったらしい。
そういった事情もあって私が人前で着るのは公爵令嬢時代のドレスを仕立て直した物がほとんどだった。
「これぐらい締めれば良いか?」
「もう少し強めでも大丈夫だ、弛んでいる方が見栄えが悪い」
「了解」
リオンが私の背後でドレスの編み上げ紐を締める。
妊婦にとって着替えは最も身近な重労働だ。
膨れた腹と胸で下半身が見えない、背後に手を回そうとすれば圧迫感を感じる、腰かけようとすれば球のように転がりそうになる。
公爵邸に居た頃ならば私付きの使用人やメイドが着替えを手伝ってくれたのだろうが、リオンと結婚からは身支度は自分で熟さなければならない。
学園で己の身支度をする習慣を養われていたとはいえ、自分が育った環境が如何に恵まれ異常な物か理解したのは私の人生に於ける大きな転換点だった。
「紐結んだけどこれで良いか?」
「大丈夫だ、後はドレスの内側に仕舞えばいい」
「ドレスを脱がすのは上手くなったけど着せるのはまだ慣れないな」
「どうしてお前はそう、駄目な方向にばかり成長するんだ?」
「……そりゃあ綺麗な嫁さんを着せ替えするより脱がす方が楽しいじゃん」
「本能に屈し考え無しに行動した結果が今の私の姿だとお前は猛省するべきだ」
「あ~ッ!あ~ッ!聞こえませ~ん!何も聞こえな~い!」
私が冷ややかな視線を向けるとリオンは耳を塞ぎ喚いて誤魔化す。
礼服を身に纏い帯剣している我が夫は何時にも増して凛々しく見える。
その内面を知らなければという前提条件が必須だが。
どうしてリオンは口を開くとひたすらに残念なのだろう?
黙っていれば目付きの鋭さや顔の傷跡も問題にならない、寧ろ程好く精悍さと威圧感が醸し出され育ちの良い貴族令息とは違う魅力が気を引くだろう。
黙ってさえいれば新鋭貴族として評判になるだろうに言動があまりに残念過ぎた。
惚れた私ですら数日に一回の頻度でリオンの愚痴を聞かされると『私は何故この男に惚れたのだろう?』と悩むので可能な限り控えて欲しい。
「ほら、これ着とけ」
ケープを肩に掛けてもらい着替えは終了する。
私とリオンの服装は公式の催しに来訪する為の正装であり、どう考えても実家に帰省する娘と婿の服装ではない。
これは私達なりの意思表示だ。
私はレッドグレイブ公爵令嬢としてではなく、バルトファルト子爵夫人として公爵邸に向かう。
父上との会談結果によってはこれが父娘の今生の別れになりえる。
ならば相応の出で立ちで対面する事が貴族としての礼儀であり、娘としての恩返しだ。
窓の外を見れば王都の街並みが見えた。
本来、王都に於いて飛行船が居住区の上空を航行する事は法で禁止されている。
貴族でも下位貴族に該当する子爵位なら厳重に注意にされるだろう。
バルトファルト家の飛行船が航行を許されるのは政を司る上位貴族に配慮した結果だ。
即ち公爵家が娘が嫁いでいる子爵家を招いている事への示唆に他ならない。
リオン一人ではこんな事にはならない。
現にリオンが今まで王都の公爵邸に招かれた際は馬車による出迎えだ。
公爵邸内にある飛行船の停泊場に使わせる、即ちレッドグレイブ家に於いて娘婿のリオンより実娘の私の方が重要である証明だった。
数年前まで見慣れた街並みが眼下に広がる。
建築物が徐々に大きく壮麗になっていくのは平民の居住地から貴族の居住地に移行した証明である。
コンッ コンッ コンッ
部屋の扉をノックされ一人の男が入室する。
「間もなく公爵邸です、準備をお願いします」
「了解した」
微かな振動と共に窓の外に流れる景色の流れが緩やかになっていく。
どうやらそろそろ公爵邸のようだ。
進行方向が左右から下方向に移行した事を確認し、船長室に備え付けられたソファーに座って振動が治まるまで待機する。
窓から見える景色が見慣れた物に代わり下方への進行が止まった。
どうやら無事に着陸したらしい。
リオンが必要書類を納めた鞄を男に手渡して私の手を取って甲板へ向かう。
バルトファルト領の飛行船は軍用も兼ねた設計なので船底から乗り降りも可能だ。
だからと言って数年ぶりに帰省した娘を粗略に扱っていると公爵家の面々に受け取られると今後の行動に支障が出てしまう。
甲板に収納され滅多に使われない舷梯を用いて堂々と下船する、面倒でもこうした振る舞いが貴族には必要なのだ。
船内から甲板に出ると暖かな陽気が身を包み春の訪れを告げていた。
ゆっくり周囲を見渡し自分が公爵邸に戻って来た事を再確認する。
「ここまで広かったか?」
「増築も改築もしてないだろ」
「どうにも落ち着かない、此処は本当に私が育った公爵邸なのか?」
停泊場の光景も、公爵邸へ続く石畳の道も、築材に拘り華美に設計された屋敷も見覚えがある。
広さで比較するなら公爵邸だけでバルトファルト領の街並み以上の敷地面積を誇るだろう。
しかし、此処で育った実感がどうにも以前と比べて希薄だ。
まるで知人の家を訪れたように微妙な居心地の悪さを感じてしまう。
公爵領の屋敷や王都の公爵邸で育った約十六年、バルトファルト領で暮らした約五年。
約三倍程度の差がある筈なのに今の公爵邸に違和感を拭えない。
それだけ私はバルトファルト領に適応したのか、或いは生家である公爵家に思い入れが少なく酷薄な女だったか。
下を見ると公爵家の使用人が舷梯の傍に血のように絨毯を敷き詰めていく。
船梯子から続く赤い道は公爵邸まで続いていた。
「どうやら熱烈歓迎されているみたいだぞ」
「まったく、他家に嫁いだ娘の歓待にしては派手過ぎる」
「それだけアンジェが愛されてるって証明じゃん」
「こうも過剰では逆に居心地が悪い、何事も程々が一番だ」
嘗ての私はこれが普通だと思っていた、育った環境という物は実に恐ろしい。
自領では平民を単なる数字として扱い神のように振る舞いながら、王都では目上の者に媚び諂い家をつぶさないよう汲々と生きる。
典型的な腐敗貴族として他者を虐げながら生きる可能性は私にもあった。
己では慎ましく敬虔なつもりでも、こうして過去の自分を振り返ればどれだけ恵まれていたか分かろう物だ。
「では行くか」
「おう」
そうして歩みを進めるがリオンは私の横に並ばす少し後ろで後を追うように歩く。
リオンの後ろには数名の護衛や鞄を持った供廻りが続いていた。
挙動不審なリオンの振る舞いに歩みを止める。
「何をしている」
「いや、久しぶりの実家だから俺が傍に居ちゃマズいかなと」
「……馬鹿にしているのか」
「してないって。ただまぁ、公爵家の奴らは俺に当たりがキツいから」
どうやら公爵家に対して気後れしているようだ。
確かに王位継承権を持ち貴族として最上位の公爵家と新興貴族の子爵家の婚姻など本来はありえない。
貴族の婚姻は基本的に同格の家同士で行われるのが通例だった。
しかしレッドグレイブ家と同じ公爵位を持つ貴族は王国でも二家のみ。
宰相である先王弟が当主の宮廷貴族側の公爵家、もう一つは併合した旧ファンオース公国の公女が新たに叙爵した公爵家。
どちらもレッドグレイブ家との関係は微妙であり娘が嫁ぐなら一段階下の侯爵、最低でも伯爵が下限だ。
子爵に公爵令嬢の婚約など前代未聞、婚約破棄という失態を犯した私に対し公爵家が体面を気にして厄介払いに嫁がせたと思うのは致し方あるまい。
どうして父上が私をリオンに嫁がせたか、その真意を知らなければ私自身もそう考えていた筈だ。
ならばこそ、ここは退くべきではないだろう。
「私と結婚した事がそんなに不満なのか?」
「不満じゃないさ、ただ釣り合いが取れてねぇって思ってるだけだ」
「それならリオンが胸を張って証明すれば良い」
「俺が?」
「己が私の夫に相応しいと周囲に知らしめろ。レッドグレイブ家から娘を貰ったのではない、寧ろ貰ってやった位に傲然と振る舞え」
「いや、無茶だろそれ」
「やる前から諦めるな、それともお前は私の尻に敷かれたまま一生を過ごす気か?」
「アンジェの尻なら喜んで敷かれたいな」
どうにも気が抜ける返答しか戻って来ない。
覇気や欲に欠けているリオンを宥めてやる気を出させるのが私にとって頻度が多く一番難しく仕事だ。
私の夫は自分の子供達より手がかかる。
「無理に威厳を出せとは言わない、せめて私が離縁を勧められる事の無いよう傍に居ろ」
「離婚されるのか俺?」
「まぁ、父上と兄上の不興を買うならありえなくはない」
政略結婚は双方の利益の為に行われる物だ。
どちらかの利益が見込めない、更なる利益を見込める相手に再嫁させられるなど珍しくもない。
真の王であるリーア・バルトファルトの血を受け継いだリオン・フォウ・バルトファルト。
私は既に彼の血を継ぐ子を二人を産み、さらに一人を懐妊している。
血の取り込み自体は既に終わり、公爵家にとって戦術家としての強さと若い貴族からの支持が担保されるならリオンは切り捨て可能な手駒だ。
公爵家を利用するのではなく公爵家を利用して成り上がる腹積もりと周囲に思わせる程度に思わせた方がリオンの為になる。
「分かった、気張るよ。アンジェと離婚したくないし」
「よろしい」
「いっそアンジェを抱えて行った方が良いと思わない?」
「私に恥をかかせるな」
「じゃあ手を繋ぐのは?」
「まぁ、その程度なら良い」
差し伸べられたリオンの手を握りながら船梯を降りる。
公爵家の使用人やメイドには妻を丁寧にエスコートする夫に見える筈だ。
私達の姿に驚いた視線を受け赤絨毯の上をリオンに手を引かれながら闊歩するのは中々に気分が良い。
停泊場から公爵邸まで相応の距離がある、そのまで楽しい時間を堪能させてもらおう。
歩くこと数百秒、出産に備え普段からバルトファルト領を散策しているので然して苦にならなかった。
公爵邸の重々しい門扉が開き邸内へ招かれる。
「「「「「お帰りなさいませ、アンジェリカ様」」」」」
声が揃った挨拶が公爵邸のエントランスに響き渡った。
執事、使用人、メイド。
十人以上が一斉に私への挨拶を行う首を垂れる。
エントランスだけでバルトファルト邸に匹敵広さだ、其処に響き渡る声量は巨大で耳に痛い程だ。
出迎えた者達は私が生まれる前から私の幼少期から公爵家に仕える古参の者達。
父上や兄上からの信用篤くレッドグレイブ家の運営に無くてはならない柱石と称しても過言ではない。
「お久しぶりですお嬢様、皆がお嬢様のご帰還を待ち侘びておりました」
公爵家使用人を代表して私達に近付いて来たのは眼鏡をかけたメイドだった。
「久しいなコーデリア、息災だったか」
「お嬢様もお変わりないご様子。いえ、更に美しさに磨きがかかったと愚考致します」
「相変わらず世辞が上手い」
「お世辞では御座いません!」
「私も嫁いだし、お前も実家に戻って良き夫を探しても良いんだぞ」
「お嬢様がお帰りになるまで公爵邸を離れる訳にはまいりません!」
コーデリア・フォウ・イーストンは長年に渡り公爵家に仕えて来たメイドの一人だ。
貴族出身で幼い頃から行儀見習いとして働いて、現在では公爵家のメイド長を勤めている。
公爵家に対する忠誠心が強いのは大変結構なのだが、帰省する度に公爵家へ戻るよう勧めるのが玉に瑕だった。
「分かった、分かったから落ち着いてくれ。それに今の私はバルトファルト子爵夫人であってレッドグレイブ公爵令嬢ではない」
「そんな!?公爵家に仕える者達は今でもアンジェリカ様はお嬢様です!」
「気持ちは嬉しいが控えてくれ」
「お嬢様があの愚物に一方的な婚約破棄をされて私達がどれほど怒りと悲しみに包まれたか!あまつさえヴィンス様のご命令で辺境の成り上がり貴族と婚約した時に失意のドン底に沈んだのです!婚約者の居る辺境へ向かうお嬢様を見送る事しか出来なかったのは私の人生で最も大きな後悔です!」
気まずそうにリオンが瞼を細めた、子爵家から同行した者達も渋面を晒している。
何せコーデリアはユリウス殿下を愚物と侮辱し、あまつさえリオンを成り上がり者と謗ったのだから。
コーデリアに悪意は無い、ただ本人としては幼少期から共に居た私の境遇に憤っただけだ。
看過するには度を越しており、かと言って私を慮った言動を咎めるのも気が引ける。
なまじコーデリア自身が貴族出身の令嬢で有能な女性だから始末に負えない。
王都に来る度に公爵家の者に陰口を叩かれるリオンも憐れだ。
「折角のご帰還ですのにライオネル様もアリエル様もご同行されないなんて!ヴィンス様はお孫様に会えるのを首を心待ちにしておりました!」
「……そうか、それはすまない事をしたな」
「お嬢様に似た利発な顔立ちの御二人を迎え入れる準備は何時でも出来ております!」
ひょっとしてこれは私とリオンの仲を引き裂こうとする父上の計略か?
或いは私と子供達を人質にしてリオンを傀儡とする事も考えられる。
いずれにしても他の者までバルトファルト家を軽んじるのを止めた方が良い。
私達の子が優秀なら「流石はアンジェリカ様の御子だ」、愚鈍ならば「やはり成り上がり者の血を引いている子は出来が悪い」と謗られる可能性がある。
何より横にいるリオンの落ち込んでいるのが分かる、表情は変えていないあれは心底落ち込んだ時の顔だ。
「嘆くなコーデリア、確かにリオンは至らぬ所も多々ある。だが武勇に優れ勤勉で謙虚だ。私の夫に相応しいと思わなければこうして結婚までしていない」
「昨年お嬢様の乗った飛行船が空賊に襲われたと聞いております!無事で済んだから良いものの下手をすれば命を失っていたかもしれないんですよ!?」
なるほど、そういう事か。
淑女の森を率いたゾラ一家と空賊が手を組んだ事件はかなりの情報規制が成された。
公にはユリウス殿下達が淑女の森の残党を討伐、リオンは領地に現れた空賊を討ったと別件で扱われる。
主犯がバルトファルト家の関係者、淑女の森を支援したと思われる他国の密偵、壊滅させた筈の淑女の森の残党が暗躍している事実。
それらを考慮した結果だがリオンに関する断片的な情報を繋ぎ合わせれば「領地に出没した空賊に妻を狙われ討伐した」となる。
統治能力を疑われたリオンは公爵家の婿に相応しくないと思われて公爵派の貴族から軽んじられる。
これはレッドグレイブ家との連絡を怠った私の落ち度だ、いずれリオンに対する評価を上げる必要があった。
私の横で無言になっているリオンに視線を移すと額に手を当て意気消沈している。
拙いな、リオンが落ち込んだまま父上との会談に臨んでは父上に押し切られ説得は失敗だ。
恥を忍んでリオンの印象を変え鼓舞しなくては。
「あの事件はローズブレイド家を狙ったもので私は巻き込まれただけだ。リオンだけに非がある訳ではない」
「お嬢様の身に危険があっただけでもひどい過失です!」
「その場を見てないお前達は知らないだろう。リオンはなかなかの戦術家で腕も立つ。私達の救助に空賊を強襲した時の活躍は素晴らしかったぞ」
「お許しに為さるのですか!?」
「愛する女を助ける為に部下を率いて空賊の飛行船に乗り込むなど誰にも出来る芸当ではない。流石は武勇で爵位を賜ったバルトファルト卿、惚れ直すには十分な理由だ」
エントランスに集まった者達からどよめきが起きる。
「何よりリオンは私に心底惚れている。レッドグレイブ家の横槍が無くとも妾や側室を娶るつもりは無いと婚約した頃から誓っている」
「本当ですかバルトファルト子爵!?」
「いや、まぁ、確かにその通りだけどさ」
其処で言葉に詰まるから公爵邸で使用人達に軽んじられるのだリオン。
とは言えリオンの生い立ち故に仕方ない部分も多い。
公爵邸で働く者の多くは数代に渡ってレッドグレイブ家に仕え続けた家系の者か、或いは身元が確かな貴族の令息令嬢が行儀見習いとして働いている者が殆どである。
乳飲み子だった私を知る者さえ居る、そんな公爵邸で働く者に対し平民同然に育ち礼儀作法も未熟なリオンが気後れするのは致し方あるまい。
「気取らず朴訥な性格も実に良い。戦場では公国軍に外道騎士と謗られ畏怖される程の手練手管を用いるのに私に対しては臆病な子犬のように懐いてくれる。彼の腕に抱かれるとあらゆる災厄から護られていると錯覚するほど優しく温かだ」
「お嬢様がそこまで仰るなんて……」
「血を繋ぐのが他家に嫁いだ女の使命とはいえ、好意の無い男に肌を許すほど私は安い女ではない。どうやら私達の相性は大層素晴らしいようだ」
そっとリオンに顎に手を添えて優しく撫でながら艶然と微笑む。
動揺は使用人全体に広まり会話が途切れない。
恐らく今日中に私とリオンの関係は脚色付きで公爵邸に広まるだろう。
「あまりリオンを虐めてくれるな。私の大切な夫故、揶揄う程度にしてくれ」
「わ、わかりました」
「さぁ、話は此処までだ。早く父上と兄上の許へ案内してくれ」
数回手を鳴らして催促するとエントランスに集まった者が散り散りに己の仕事に向かう。
バルトファルト領から同行した護衛数名もエントランス脇の控室に案内される。
遺ったのは私とリオンとコーデリア、鞄を持った侍従だけ。
「お嬢様、ヴィンス様とギルバート様がお待ちかねです。案内させていただきます」
「分かった」
コーデリアの案内で公爵邸の廊下を進む、チラチラと私達を窺う視線が幾度もコーデリアから向けられた。
「おい、アンジェ」
「何だリオン?」
「どうしてあんな事言ったんだよ」
「あんなとはどれを指している」
「さっきの発言全部」
どうやらリオンは私の発言全てが不満らしい。
我ながら言い過ぎた自覚はある、だからと言って謝る気は一切無い。
「肝心な時に怖気づくリオンが悪い。これから父上を説得するのにお前に落ち込まれたら上手くいくものも上手くいかなくなる」
「やり過ぎだぞ、バルトファルト家を仕切ってるのはアンジェって思われるぞ」
「違うのか?」
「……違いません」
「私の尻に敷かれるのは本望だろう」
「二人きりならな。人前で大っぴらに言われたら流石に困る」
「なら堂々としていろ。平時のお前と戦場のお前でまるで別人じゃないか」
「嫌いになった?」
「弱い部分を見せるのは私と子供達の前だけにしろ」
長い廊下を歩きながら他愛ない会話を続ける。
願わくば、また穏やかな気持ちで公爵邸を訪ねる未来を訪れるように。
公爵邸来訪、次回より政治パートに移ります。
リオンに対する王国貴族の視線は厳しいので公爵邸の使用人も評価キツめです。
原作小説3巻のリオンと今作リオンの爵位は同じですがルクシオンの有無やオリヴィア&攻略対象がイベントを熟したのであくまで常人レベルの評価です。
コーデリアさんの言動がキツいですが、お嬢様LOVEな彼女にとって今作リオンはアンジェの婚約者として力不足と判断しました。
悪役令嬢と外道騎士の説得(という名の脅し)が上手く書ける事を祈りながら。
意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。