婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第93章 Taste of Tea

 そもそも公爵位は貴族社会に於いて異端の存在だ。

 王家に連なる血統でありながら基本的に国を治める王族ではなく臣下として扱われる。

 それでいて末席ながらも王位継承権を持ち、国に変事が起こった際には王の代行として振舞っても咎められない。

 国内に広大な領地と兵力を保有した第二の王家。

 警戒するべき獅子身中の蟲にして王家を護る槍にして盾。

 いつでも主君に成り代われる臣下、それが公爵位の特異性と言えよう。

 

 ホルファート王家がレッドグレイブ公爵家を設立した理由は様々だ。

 嫡流が途絶えた際の保険、王位継承争いに敗れた王族の受け入れ先、増加した国務に専念する為に王家直轄領の分割管理、王家と反抗的な領主貴族たちの橋渡し役。

 いずれにせよ、嫡流である王家にとって傍流の公爵家は初代レッドグレイブ公爵の頃から只管に扱い易い駒としての役割を担ってきた。

 王に為るに資格を有しても決して王に為れぬ者。

 歴代の公爵はそんな忸怩たる想いを抱きつつも長年に渡りホルファート王家を支えてきた。

 

 確執が起きたのは何時か定かではない。

 或いは公爵家が誕生した時点で騒乱の種は蒔かれていたのか。

 国土が広大となり社会が進歩発展すればそれに伴って執務は煩雑に増加し国王と側近だけで政を執り仕切るのは不可能となる。

 国王の意思に従い政を担う忠実な僕が必要となった、だが領主貴族は信用ならない。

 領主貴族の大部分は彼らが領地とする浮島を治めていた小国の王や部族の長の末裔だった。

 ホルファート王国を興した国祖達は元々この地で生まれ育った者ではない。

 流れ者の冒険者が版図を広げ、偶々ロストアイテムの力によって力で従えただけ。

 その事を領主貴族達は憶えていた。

 彼らを国政に参加させればいずれ自分達の都合良いように国政に干渉し始める。

 猜疑心に憑かれた当時の王と側近はいずれ領主貴族達を滅ぼす事を決意した。

 公爵家はそれまでの時間稼ぎさえすれば良い。

 

 やがて王都に住み宮廷で仕事を担う貴族達が生まれた。

 領地を持たず王家から与えられる位階と給金によって国家の運営を担当する新世代の貴族。

 ホルファート王家の直臣である彼らは宮廷貴族と呼ばれた。

 彼らは王家の意向に従い忠実に役目を果たす。

 目指すのはホルファート王国内に於いて王家の地位を確固たる物にする事。

 その手段は領主貴族達の力を削ぎ叛逆の芽を摘む為に嫌がらせじみた政策を敷くというものだった。

 学園の創立、女尊男卑思想の植え付け、過酷な税の取り立て、保有する飛行船の制限等々。

 それらは確かに一定の成果を挙げた。

 故に王家と宮廷貴族は気付かない、火種は依然として燻っている事を。

 

 国を治める為に必要な物は何か?

 戦時に於いては力であるのは言うまでもないだろう。

 ならば平時に於いては?

 力と法の支配は心まで従わせる事は出来ない、寧ろ叛心を煽るだけだ。

 重税を課され人と物の流れを制限されては水溜まりが淀んでいくように領主貴族が治める土地も発展が遅れ貧困に喘ぐ事となる。

 更に雑菌が繁殖するように王都で育ち歪んだ思想を植え付けた女が領主貴族に嫁ぎ伴侶を扱き下ろす。

 叛心は募り続け王都に住まう者達に向けられる。

 彼の者達に報復を、子の代孫の代になろうともホルファート王家への逆心を忘れる事なかれ。

 積もり続けた怨嗟は新たな指導者を求めた。

 より強く正統な王を、より清く正道の指導者を。

 

 領主貴族達が王家に対する忠誠心を失った頃、王都でも変化が起こっていた。

 国内の平定を大義名分として領主貴族を虐げた宮廷貴族の増長は留まる事を知らない。

 彼らは自身の欲望を満たす為に王の威光を振り翳し政を意のままにする。

 賄賂を受け取って不正を見過ごし、身分を盾に他者を虐げ、不都合は全て王の責任とした。

 皮肉にも先に腐ったのは仮想敵と見做した領主貴族ではなく忠臣と扱った宮廷貴族。

 彼らは内心では王さえも見下していた。

 政を糺そうとする賢王など不都合な存在だ、寧ろ意のままの傀儡となる暗愚な王族こそ王に相応しい。

 時に闘争、時に酒、時に美食、時に賭け事、時に房事。

 正しき者を堕とせ、弱き者を生け贄に。

 王家の命脈を保つ為に宮廷貴族を優遇し領主貴族の力を削ぐ計略。

 それは宮廷貴族の腐敗と領主貴族の憤懣を徒に増やすだけで終わった。

 

 長きに渡るホルファート王国が腐敗が続いた頃、何人かの女性によって変革の兆しが齎される。

 一人は王妃ミレーヌ・ラファ・ホルファート。

 一人は平民出身の聖女オリヴィア。

 さらに一人は何者か、その女性の名は・・ ・ ・

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 コーデリアに案内されながら公爵邸の廊下を進む。

 日頃から太らないよう適度の運動を心掛けている筈なのだが、公爵邸の過剰な広さに些か辟易してしまう。

 バルトファルト領の生活に慣れきった肉体と精神は嘗てのアンジェリカ・ラファ・レッドグレイブと今のアンジェリカ・フォウ・バルトファルトの間に存在する埋めがたい溝を否応無しに認識させる。

 人間の体を構成する細胞は数年で総て置き換わるらしい。

 

 身も心も変わった私は本当に公爵家の者達とって愛するお嬢様本人なのか。

 それでもコーデリアがとりとめのない会話をしつつ父上と兄上が待つ部屋に案内してくれるのがありがたい。

 些か過保護な部分こそあるが常に私への配慮を欠かさないコーデリアをバルトファルト領に同行させず嫁いだ事がリオンに対する彼女の敵愾心を育んでしまったようだ。

 見合い話が持ち掛けられた時点の私自身さえ公爵家の人気取りで辺境の成り上がり者に嫁がされると思っていた。

 私を蔑む王都の貴族達の視線に辟易して護衛以外の同行者を伴わず公爵邸からバルトファルト領に向かった日を鮮明に憶えている。

 準備を整える数日間、熱心に世話を焼いてくれたのはコーデリアだった。

 もしコーデリアを同行させていたらリオンに対する態度も緩和されていただろうか?

 いや、私が訪れた頃のバルトファルト領は開拓事業が難航してた上に戦争の後遺症に苦しむリオンが最も荒んでいた時期だ。

 初対面の第一声が『帰れ』だったリオンとコーデリアが対面したら即座に私の手を引いて公爵邸に連れ帰っていただろう。

 あんな出会い方をした私とリオンがどうして仲睦まじい夫婦になれたのか?

 自分でも何故か分からないのが本音である。

 

「此方でございます」

 

 到着したのは公爵邸の応接室の一つ、賓客をもてなす最上級の一室だった。

 久々に当主とその娘が対面する場に応接室を選んだ。

 それは父上と兄上が私をレッドグレイブ家に連なる者ではなく、バルトファルト家の者として扱っている証明。

 貴族の婚姻は政略が絡む、他家に嫁ぐ娘を間諜として扱う親も居れば代替可能な物として扱う親も珍しくはない。

 特に爵位が上に為るほど政治的な意味合いは増し婚姻は政治の一手段、娘は使える駒となる。

 それでも心の何処かで以前と同じ家族として会えると思っていた。

 父上と兄上が私を愛していたのは事実であり、私もまた家族として愛している。

 そんな家族と対立しかねない道を選ぶ私は冷徹な女なのかもしれない。

 

「大丈夫かアンジェ?」

 

 リオンが私の顔を覗き込むようにを背を屈めた。

 何処となく不安になっている気配を察してくれたらしい。

 私が迷い悩む時限定で頭が冴えわたるのは特殊技能の域に入っている。

 気が利く時と利かない時の落差が激しすぎるのがリオンの欠点だ。

 

「問題無い、心配させてすまないな」

「なら良かった」

「コーデリア、案内は此処までだ。ありがとう」

「お嬢様、私めに礼など必要ありません。バルトファルト卿、どうか、どうかお嬢様をよろしくお頼み申します」

「善処する」

「では御付きのお付きの方は控室まで案内します」

 

 リオンが鞄を受け取るとコーデリアと供廻りが私達から離れて行く。

 小さくなる後ろ姿から視線を外し応接室の扉へ向き直り、門環を用いて扉を数回叩く。

 

ゴンッ ゴンッ ゴンッ

 

 硬い木材製の扉と金属製の門環がぶつかる重低音が廊下に響き渡る。

 入室の許可が与えられるまでの数秒間、その僅かな時間が恐ろしく長い。

 扉が開き見知った男性が顔を出したのに合わせゆっくりと会釈する。

 

「来たか。久しぶりだなアンジェ、リオン君もよく来てくれた」

「久方ぶりですギルバートさん」

「兄上も御変わりないご様子で安心しました」

「堅苦しい挨拶は抜きにしよう、父上が御待ちになっている」

 

 男性は私の兄、レッドグレイブ公爵家嫡男ギルバート・ラファ・レッドグレイブだった。

 数年ぶりに顔を直接会わせた兄上は以前よりも存在に厚みが増したように感じられる。

 私が嫁いだ後に父上は公爵領の執務の大部分を兄上に譲渡した。

 傍から見れば嫡男の成長に伴い爵位の継承を準備していると思われる、事実私もそう思っていた一人だ。

 今なら分かる、父上が本格的に裏工作に専念し始めた影響で兄上が表向きの仕事である領主代行や外交を担っているに相違ない。

 まさか父上が王位を狙い始めていたとは露知らず、そして私とリオンの婚姻がその一環だったとは夢にも思わなかった。

 

 恐ろしい、生まれて初めて兄上が怖いと感じる。

 私の知る兄上はいつも優しい御人だ。

 気性が荒い私を宥め正しい方向に導くのは兄上の役目であり、仲が良い兄妹だと心の底から信じていた。

 だが父上が本当に王位を狙っているのなら嫡男である兄上が関与していない訳がない。

 どんな王国も力を用いて国を興す強大な初代の王、そして統治の為に国家機構を整える有能な二代目が必要だ。

 一代で国家の覇権を握るも引き継ぎに失敗し瞬く間に滅んだ国モドキは史書を紐解けば幾らでも実例が載っている。

 こうして私に笑いかける兄上が心の底で私を駒として見ていたかもしれない事実が否応なしに心を締め付けた。

 

 壁に掛けられた歴代公爵の肖像画、様々な蔵書が詰め込まれた本棚、天井から吊り下げられているシャンデリア、巧みな装飾が施されたソファーとテーブル。

 公爵邸の応接室は広さだけでバルトファルト邸のホール以上の大きさを誇り、調度品を売り払えば私達が住む屋敷が何軒建つか分からない。

 それだけ広い室内に居るのは私とリオンを除いて僅か二人。

 貴族にとって使用人は道具でありどんな情報を喋っても気にも留めない。

 なのに広々とした部屋に使用人が一人も居ないのは明らかにこの場が異常であると示している。

 この場で話す事を当事者以外が聞く事罷り成らぬ。

 暗にそうした意思表示をされていると思うと緊張してしまう。

 応接室の奥に向かって歩みを進めると白髪の男性が椅子に腰掛けて外を眺めていた。

 

「父上、アンジェとバルトファルト卿が参りました」

「うむ」

 

 立ち上がった男性がゆっくりと私達に振り替える。

 レッドグレイブ公爵ヴィンス・ラファ・レッドグレイブ。

 公爵家の当主にして敬愛する我が父。

 数年ぶりに顔を会わせた父上は目元や口端に皺こそ増えていたが以前と変わらず壮健に見えた。

 

「レッドグレイブ公爵に於かれましては清祥のこととお慶び申し上げます」

「日頃から公爵家よりの数々のお引き立てを賜り深謝申し上げます」

 

 礼服を身に纏い恭しく拝礼するリオンと私、平服のまま挨拶の言葉を聞き入れる父上と兄上。

 装いと挨拶の言葉が如実に私達の関係を示している。

 公爵家にしてみれば子爵家など数ある下位貴族の一つに過ぎなかった。

 私達の必死の活動でさえ公爵家が本気を出せば闇に葬り去るなど造作もないだろう。

 この不利な状況から王家との和解を引き出す、最低でも王国内の復興に関して意見を具申しなければならない。

 あまりの難易度に眩暈さえ覚える。

 逆に父上は人の好さそうな笑みを浮かべ私達に相対しているが、弧を描いた瞼の奥から見える瞳が抜け目なく光を保ち続けていた。

 久々に会う娘を歓待するように見せかけて私達の真意を確かめる気だろう。

 つくづく貴族社会の業という物を肌で感じる。

 或いは私が腑抜けただけかもしれない。

 朴訥なバルトファルト家の面々と暮らす内に貴族として備える機微が鈍ったのか。

 自分の事はなるべく自分で熟す事を求められるが、常に人の視線を気にして暮らす王都の生活に比べると開放感に溢れ知らず知らず気が緩んでしまう環境だ。

 最早私は公爵家の人間として失格かもしれない。

 

「堅苦しい挨拶は抜きだ、久々の家族再会をまずは祝おうではないか」

「はい」

 

 兄上がハンドベルを鳴らし私達をソファーに座るよう促す。

 一方で父上は何も口にしない、値踏みするように私を見ている。

 

「随分と大きくなったな。そろそろ産み月か?」

「はい、あと半月もすれば産まれる予定です」

「出産予定日はあくまで目安だ、此方でも腕の良い産医を用意しているから安心しろ」

「ありがとうございます」

「だが、今はお前の来訪が何より大事だ」

「バルトファルト卿も遠慮しなくていい。気が強いアンジェの相手は疲れるだろう」

「そりゃもう、今は猫被ってますが普段はひどいもんですよ」

「リオン!」

 

 この場は夫婦協力して対応しなければならないのにどうしてお前が私を裏切る?

 軽口と言えどまるで私がお前を邪険に扱う悪妻だと思われたらどうするつもりだ。

 減らず口を叩きながらも会話する私達とは反対に父上は何も喋らない。

 寧ろ私達が会話を盛り上げようとするほど父上の笑みが無機質な物に変じていく。

 

「子供達は……」

「はい」

「子供達はどうしてる?」

「二人とも健康に育っています。今はもうすぐ産まれる弟か妹に興味津々です」

「ならば良い、子供が大過なく育つのは何よりだ」

「ありがとうございます」

「次に訪れる時は共に連れて来るがよい。私も久々に孫達の顔がみたい」

「わかりました」

「母親が長きに渡って家を空けては不安にもなろう。辺境は何かと不便が多い故、私も気が気でならぬ」

「……父上のご配慮、誠に痛み入ります」

 

 父上が発した言葉を耳して冷たい物が背中を流れる。

 暗にリオンと離れて行動し、ミレーヌ様と共に居た事を問い質しているのは明白だった。

 貴族にとって何より重要なのは情報だ。

 私がアトリー伯爵が主催するパーティーに参加した情報程度なら次の日の夜には耳聡い貴族達の許へ運ばれている筈だ。

 それらを踏まえて父上は私に真意を尋ねている。

 明確な警告だった。

 

 どう切り返した物か、必死に思考を巡らせていると台車を押した使用人が入室し私達に近付いて来る。

 台車の上にはティーセットが一式、そして私が好きな茶菓子が置かれていた。

 

「どれ、私が淹れよう」

「父上自らなさらずとも」

「いいからやらせろ、久々に家へ戻って来た娘に手づから茶を淹れて何が悪い」

 

 父上はそう呟くと楽し気に茶器を使って紅茶を淹れ始めた。

 表面上は穏やかな、しかし何処となく張り詰めた緊張感が室内に漂っている。

 人が敵を本気で仕留めようとする時に最も注意する事は殺気が相手に伝わらない事だ。

 相手と懇意になる事で相手の警戒心を解き、その瞬間まで味方を装う。

 如何にも実家に戻って来た娘を歓待するように振る舞いながら目の奥に鋭い光を宿した父上が恐ろしかった。

 

「レッドグレイブ領で採れた早摘みの茶葉を使っている。アンジェが来るからわざわざ取り寄せた」

「ありがとうございます」

「さぁ、いただこうか」

 

 ティーポットから注がれた紅茶は透き通った金色をしていた。

 これは早春に摘まれた茶樹の新芽の用いた特性であり、茶葉は緑色でありながら淹れた際には全く別の色の茶になる。

 息を吹きかけ冷ましつつ口に含む。

 普段飲む紅茶のような味や喉ごしとは違う瑞々しく爽やかな風味が特徴だった。

 

「良い味ですね」

「あぁ、その年で最初に積まれた茶葉を味わえるのは領主の特権だ。何よりその年の収穫を考える上で重要な調査の一つと言っても良い」

 

 嘗て各々の領地の特産品を王家に献上するのは貴族の通例だった。

 味や量を度外視し、その年に採れた特産物を最も早く献上する事こそ王家に対する忠誠心とされる風習がほんの数年前まで大真面目に競っていたのだ。

 それもファンオース公国との戦争で廃れてしまった。

 戦争は人の身ならず国土も荒廃させる。

 田畑を耕し作物を収穫する者が居なくなれば必然的に生産量は減少し作物の質も低下する。

 まして領主が戦死した、或いは処罰され新しく受領した貴族は引継ぎだけで手一杯で品質の保持に至らない。

 こうした状況は今の王国の彼方此方で見受けられる光景だった。

 

「是非とも孫達にはこの茶を心ゆくまで味わって欲しかったのだがな」

「茶の味を理解するには幼過ぎます、もう少し成長してからが宜しいかと」

「何を言う、幼き頃より様々な体験をした方がより良き人生を歩めるに相違ないだろう」

 

 大仰に語る父上の仕草は家族との会話というよりも同じ派閥の帰属に対する演説に近い。

 

「公爵令嬢として育ったお前、そして英傑と名高いバルトファルト卿の間に生まれた子だぞ。やがては国を支える重要な柱石となろう。その為に必要な教育は惜しんではならん」

「私は子供達を甘やかして育てているつもりはありません、ただ人格が未発達な頃に過度な教育を施しても価値観を歪ませるだけと判断したまでです」

 

 つい父上を咎めるような口調になってしまった。

 確かに貴族にとって子供の早期教育は重要な課題だ。

 早くから子供の適性を見極めより優秀な男子を後継に選ぶ。

 そこに妥協や甘えは一切許されない、次代の当主が愚物で由緒正しき家を潰した例など枚挙に暇が無い。

 だが父上の発言にある『国』が何を指しているかが気に掛かる。

 ホルファート王国か、それとも父上が画策しているレッドグレイブ王国なのか。

 どちらの国かで発言の意味合いがまるで変ってしまう。

 

「ならばいっそ茶樹の株分けをしてみるか、是非とも孫達にはこの茶の味に慣れ親しんでもらいたい」

「……閣下、それは無理なご提案かと」

 

 己の考えを良案と語る父上に異を唱えたのはリオンだった。

 父上と私の会話に割り込んだ彼の真意が掴めず内心で驚きの声を上げてしまった。

 

「無理とは如何なる理由かね?」

「単純な話ですよ、作物とは育った場所によって味が全く違います。同じ木から落ちた種でも土の栄養、日照時間、寒暖差、雨量で同じ味を再現する事はほぼ不可能です。頂いた茶樹をうちの土地で育てても決してこの味にはならない」

「なるほど、生まれより育ち。君はそう言いたいのかね?」

「生まれは重要ですが同じぐらい育ちも重要であると私は考えています」

 

 悲鳴を上げたかった。

 リオンは単純に農作物の知恵で父上に話題を振ったと思っている。

 だが父上は絶対にそう受け取らないだろう。

 貴族という生き物は直接的な表現を嫌う、罵声や失言を悪意を以って広め相手を貶める方法が貴族の常套手段だから。

 故に迂遠的に、言葉を濁し、比喩表現を用いて会話を行う。

 父上が先程語った茶樹の株分け、これは単に父から娘への贈り物という意味ではない。

 株分けは血を分かつ意味を持ち公爵家から分かれた私とその子供達を指している。

 父上が熱心に孫の教育を口に出しているのはライオネルとアリエルとレッドグレイブ家に帰順するように教育しろ催促していたのだ。

 それをリオンは拒んだ、あまつさえ『育ちも重要』と口にした。

 つまりバルトファルト家はレッドグレイブ家に頭を下げても心までは従わず面従腹背だと捉えられかねない発言だった。

 貴族の機微に疎いリオンは時折こうした失態を犯す。

 

「なるほど、面白い男だな卿は。園芸ではなく農耕に詳しい貴族など実に珍しい」

「何せ当主自ら今日食べる作物を育てなければ生きていけない名ばかりの貧乏貴族の家系でしたから」

「悪い事ではない。貴族の家に生まれた時点で己の人生が安泰だと思い込んでいる愚物がこの国には多過ぎる。そうした輩は作物を育てる術を熟知している君に教えを乞うべきだな」

「過分な評価痛み入ります」

 

 それは褒め言葉ではない、父上の嫌味だと気付けリオン。

 父上は能力がある者を評価するが無礼な行いを看過するほど甘いお方ではない。

 今までの失言を笑いながら許してるのは単に私の夫という一点だけを考慮した結果だ。

 リオンがこれ以上の失言を放つ前に話を進める必要がある。

 

「此度の論功行賞で我が夫の陞爵に於きましては父上の御推挙があった旨、誠に感謝申し上げます。夫婦共々、父上のご厚情に御礼申し上げます」

 

 やや性急に頭を下げるとリオンも後から私に倣う。

 幾度も父上に謝意を伝えた上で話を切り出す。

 

「かまわん、此度のバルトファルト卿の陞爵については他の貴族からも推挙があった。単なる力押しの輩なら反対の声が挙がっただろう」

「それでも無位無官から伯爵位、第四階位は異例かと」

「王家は公爵家に借りがある。それに力ある者を冷遇するほど愚かでもあるまい」

 

 借りがあるのはレッドグレイブ家ではなくバルトファルト家でしょう?

 嘗てこの王国の勃興に尽力したリーア・バルトファルトと初代聖女アン。

 失われた英雄の子孫が他国の侵攻を退けるというあまりにも出来過ぎた事実に王家は恐れを抱いている。

 何らかの形で報いなければ、粗略に扱えば報復が起きるのでは。

 国祖達が闇に葬った筈の真実が巡り巡ってこの状況を齎した。

 王国の真実を利用して叛意を抱いている父上も狡猾だが。

 私とてホルファート王国に対する忠誠心などとっくに枯渇している。

 王家と公爵家の和解に尽力してるのはリオンと子供達をこの因果から解放したいだけだ。

 なんと浅ましく手前勝手な女だろう。

 国の趨勢など無視して愛する夫と我が子の幸せの為なら実の父にさえ叛逆する。

 そんな自分が不思議と嫌いではなかった。

 

「これで私達は国政に於いて一定の発言権を持つと言えますね」

「増長するな、男爵家は歴史が長くとも爵位は低い。子爵家はバルトファルト卿の実力のみに依存している。勝手な振る舞いを身を滅ぼすだけだぞ」

「ですが事実です」

 

 王国に於いて上位貴族は伯爵位からだ。

 政の要となる大臣に就任するには最低でも伯爵位でなければならない。

 貴族としての実績の差こそあるが形式上だけならリオンは大臣であるアトリー伯爵に並んだ。

 故に有力貴族達が集う場に於いて議案を提出する権限を持ったのだ。

 

「ヴィンス・ラファ・レッドグレイブ公爵に提出したき草案がございます」

 

 後戻り出来ない言葉を私は口にした。




会談への前振り回です。
ハーメルンへのサイバー攻撃の影響で投稿が遅れました。(泣
メイン話は次回へ持ち越しです。
嫌味たらしい貴族同士の会話が中々に難しくて悩みます。
もっとウィットに富んだ応酬をしたかった。
精進あるのみ。

追記:依頼主様のリクエストで馬鳥件様、ianzky様、Hile ロレンス様にイラストを描いていただきました。ありがとうございます。

馬鳥件様 https://skeb.jp/@eni_112234/works/6
Hile ロレンス様 https://www.pixiv.net/artworks/119781746
ianzky様 https://www.pixiv.net/artworks/119794042 +
https://www.pixiv.net/artworks/119794101

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