婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第98章 Divorce

「よかろう」

 

 父上の口から同意の言葉が紡がれる。

 時計を見れば長針が数周している事実に驚く。

 茶飲み話しては恐ろしく長い時間を消費していた。

 漸く半年以上も費やした厄介窮まる難題をどうにか纏め上げられた。

 その安堵に全身の力が抜けていく。

 だが改革案を実行したとして成功する保障は何処にも無い。

 何しろホルファート王国全体に国が関与する金融機関という初の試みだ。

 問題は山積みな上に、これから起こるであろう困難を考えれば出発点に辿り着いたに過ぎない。

 それでも意味のある第一歩だ。

 今この瞬間だけは喜びを噛み締めて良いだろう。

 カップに注がれた紅茶を啜る、既に熱を失い冷めた紅茶は渋みが増して苦い。

 

「お前達の考えは理解した、熟考に値する意見だと認めざる得ない。乱を起こすのも本意ではないからな」

「父上……」

「ありがとうございます父上」

 

 悲痛さを感じさせる兄上の声とは対照的に私の声は明らかに弾んでいた。

 やはり軍事面に於ける考察をリオンに任せたのが功を奏した。

 私と事前に話し合って決めた内容以外にも旧公国の侵攻まで考慮するのは予想外だった。

 旧公国を敗戦国と決めつけて戦力として活用する。

 昨年の戦争で公国軍に苦汁を嘗めさせられた者にしか分からない戦略と言って良いだろう。

 リオンは自身を臆病で才能に乏しく不器用だと思っているが私はそう思わない。

 臆病さ故に相手を侮らず可能性を探り続ける姿勢は好感が持てる。

 育ちが故に貴族社会の慣習に疎い部分は私が補える範囲だ。

 彼があまりに出来過ぎた夫ならば私の役目も無くなってしまう。

 私の知見が及ばない部分をリオンが助け、リオンの至らない部分を私が補佐する。

 数年間の夫婦生活を経て、漸くこれが私達にとって理想的な夫婦の形だと最近になって分かってきた。

 

「但し!代わりに条件を提示する。これに同意できないのならば私は王家に背く事、戦いを挑む事を厭わぬ」

「……お聞きします」

 

 浮かれる私に水を差すように父上が交渉を始める。

 やはりそう来たか。

 状況は未だホルファート王家とレッドグレイブ公爵家が国を二分して内乱が起きようとしたを辛うじて食い止めてただけに過ぎない。

 寧ろ公爵派としては実力行使も厭わない気勢を削がれた形だ。

 感情を向ける先、今回の企てに賛同した貴族の処分に対して折衷案を提示しなければ公爵派が引き下がる筈もない。

 公爵派に属した貴族は真っ当に領地を統治していた者達が殆どだ。

 ファンオース公国との二度に渡る戦争、滞りがちな恩賞、荒廃した領地。

 不測の事態故に追い詰められたが故に国を支配する王家に叛意を抱いた者達だ。

 戦争さえなければ責務を果たせた筈の貴族を罰すればどうなるか?

 公爵派の領主貴族だけではない、王家派の宮廷貴族や領主貴族の離反すら招きかねない。

 そして最終的な結論はホルファート王家は統治者に相応しくないという結論に至ってしまう。

 

「まず最初に現ホルファート王家には政務に対する介入を禁じてもらおう。その上で我々が擁立する新たな王を認め速やかに監禁する」

「無理です父上!」

「ならば交渉は決裂だ」

 

 私の言葉は父上の拒絶で阻まれた。

 王家と公爵家の仲裁に関し、ミレーヌ様とルーカス宰相からある程度の裁量権が私達に与えられてはいる。

 しかし、それでも父上の提示した条件は私達にの裁量権を王家が譲歩できる範囲をあまりにも超え過ぎていた。

 父上の要求である王家の権限剥奪、及び監禁がどの程度の物かは千差万別だ。

 単に政策会議に関われず貴族達の決定に判を押す程度に留まるか、それとも最低限の生活保障を約束する物か分からない。

 監禁に関しても離宮の一角にある王族専用の反省室に軟禁する軽い処分から陽の光も差し込まない監獄に幽閉まで幅が大き過ぎる。

 何れにせよ、ミレーヌ様とルーカス宰相が首を縦に振るとは到底思えない提案だった。

 

「条件を更に一つ付け加える」

「……お聞きしましょう」

「其方達の離婚だ」

「は?」

「……あ゛?」

 

 私とリオンの声が重なった。

 父上の提案が分からない。

 いや、分かった上で言葉の意味を頭が拒絶する。

 必死に動揺を隠そうとしても体の震えは止まらない。

 どうして? 何故?

 そんな疑問が次々と湧いては消えてゆく。

 

「まず『現王家の国政に対する不介入』。これは現時点に於ける全ての王族を対象とする。国王はもとより王子の末子や先王の血族に至るまでな。臣籍降下した者や他国に嫁いだ者を踏めれば膨大だが、その辺りは交渉で詰める事とする」

「……お待ちください、官職に就いている者を罷免し罪が無くとも監禁すると仰るのですか?」

「無論だ。先王弟には宰相を退いてもらおう。ユリウス殿下は身体拘束の上で脱走が困難な監獄で外部との連絡は一切禁ずる。妃殿下に関しては正式な離婚の上でレパルト連合王国にお戻り願おうか。無論、連合王国との同盟については今後も継続するつもりだ」

 

 父上の仰ってる条件に従えばホルファート王家は命の保障はされても王族として権利をほぼ失う。

 王族は勿論、王家派の貴族すら認めないだろう。

 特にユリウス殿下が私との婚約破棄の一件で王位継承権の序列が引き下げによって『己こそが次代の王』と息巻いているジェイク殿下を筆頭に側妃達が産んだ王子達も難色を示す。

 どう足掻いても王家派と公爵派の争いは起こってしまう。

 

「……譲歩するつもりなど毛頭ないように見えます。そうして王族を追放した後に誰が王座に据えるおつもりですか?」

「それこそ掃いて捨てる程もいる。現王がお忍びで下位貴族や平民の娘に産ませた非嫡出子が山のようにな」

「ッ」

 

 失念していた。

 現国王のローランド陛下は王国内で知らぬ者が居ないほど好色と知れ渡っている。

 正妃であるミレーヌ様がお目溢しされているお陰で表面化してないだけに過ぎず、ご落胤の数は十人では足りないと噂されていた。

 それが真実なら男子も何人かは居るだろう。

 現在の王位継承権を持つ王族を退け、公爵派にとって都合が良いご落胤を王に据える。

 後ろ盾の無い新王は貴族達の傀儡に成り果てる。

 下手に実家が後援者となっている第二王子以下の王位継承権保持者から選出するよりも遥かに都合の良い存在だ。

 

「身元の分からぬ者を王に据えるとは正気ですか?」

「正気だとも。身元の保証については陛下とユリウス殿下が手づから証明してくれる筈だ」

「陛下と殿下が?」

「あの愚王は性欲だけは英傑並みと来ている。私の手の者が確認しているだけでも相当数の隠し子を把握済みだ。加えて最近は殿下に命じそれらを逃がそうと画策していた」

「何故そのような真似を?」

「私の裏工作に気付いて妃殿下と姫をレパルト連合王国に帰そうとしていた。加えて愛人や隠し子に金を渡して逃がすつもりだったらしい。尤も慣れない裏仕事を息子に任せる辺り間の抜けた男だ。政を人任せにしてきたせいで人材を活かす術をまるで知らない」

 

 舌打ちしたい気持ちを懸命に抑えた。

 おそらくミレーヌ様との会談でユリウス殿下が話した玉璽の話に違いない。

 ローランド陛下がミレーヌ様とエリカ姫を逃がす以外にも様々な秘密工作を殿下に任せたと聞き及んでいる。

 嘗て王家の嫡男だった立場から父の愛人と隠し子の逃走準備や養育費をしなくてはならない殿下の凋落に悲哀を感じた。

 

「殿下の領分は政治や間諜ではなく戦闘だ。それこそバルトファルト卿が語ったように正面からの戦いこそ得手。コソコソと兵站じみた仕事を熟す才能は持ち合わせていない」

「……でしょうね」

「加えて愛人や隠し子の数は膨大だ。それらを人知れず逃がそうとしても飛行船の手配、生活費や養育費の用意で必ず何処かしらに動きが生じる。後はただ殿下を見張り続ければ事足りる」

「御慧眼に感服しました」

「褒められる部分など何も無い、あの男の身内贔屓と至らなさが足を引っ張ったに過ぎん」

 

 父上が語る『あの男』が誰を指すかは明らかだった。

 慮る必要も最早ないと言わんばかりに顔を顰め口汚く罵る。

 それだけ陛下に対して長年の鬱憤が溜まり続けているのだろう、この場に陛下が現れたなら首を絞めかねない勢いだ。

 

「王の非嫡出子から最も無害で欲の無い男子を選び王として迎える。父があれでは期待薄だが仕方あるまい。新王は後宮から出る事無く子作りに専念してもらおう。幼少期から躾ければ愚王の種も少しは期待できる」

「それを王家が貴族達がお認めになると本気で御思いで?」

「逆に聞こうかアンジェ。王家派の忠誠心の対象はローランド・ラファ・ホルファートという個人か?それともホルファート王家か?」

「…………」

 

 痛い所を突かれ返す言葉が出て来ない。

 それはどうして父上が王家に対し逆心を抱いたか、何故に王位を求めたかの根本的な原因だ。

 

『ローランド・ラファ・ホルファートは決定的に王としての資質が欠けている』

 

 それは陛下の為人を知る殆どの者が確信する事実だった。

 口にするには余りに不敬な内容、しかしこの国の政治に携わるなら避けて通れない。

 如何にミレーヌ様が噂に名高い才媛だったとしても十代の若い娘が国政を執り仕切るなど異常だ。

 王が政務に携われないほどに重篤な病や怪我に苦しんでいるか、或いは政変や戦争といった緊急事態か。

 どちらにしても平時で頑健な肉体を持つ王が即位している国では在りえない状況。

 そんな状況が陛下が即位してから二十年以上も続いてきた。

 在りえない物が常態化し、何時しか人は正しい形を忘れ去る。

 全ての責が陛下にあるとは言えない、だが原因を辿っていけば間違いなく陛下に行き着いてしまう。

 

「断言しても良い、あの男個人に味方する貴族など王家派でも極々僅かだ。妃殿下や宰相が居るから辛うじて保っている派閥に過ぎん。寧ろアレ(・・)が居なくなった方がやりやすい、そう思ってる王家派はより良い傀儡を提示すれば喜んで私があの男を監獄へ圧し込めるのを見過ごすぞ」

「かもしれませんね」

「何も知らない非嫡出子から新王を選出する見返りに王家派の爵位の剥奪や財産の没収はしないと保障しよう」

「その代償に主君に対する処断を決行する、傍目には己が命可愛さに主君を売ったと見えますが」

「主に忠節を尽くすのもまた一つの道だろう。そのような貴族は貴重だ、家族に累が及ばないよう手配する。さて、尋ねようかアンジェ。私が此処まで王家派の貴族に対し寛容に出た場合、王家派の貴族は今の王家に付いて行くと思うかね?」

 

 やられた、完全にしてやられた。

 流石は父上だ、政に関しての狡猾さは私などまだまだ及ぶべくもない。

 粛々と仕事を熟す官僚にとって理不尽な人事や苛政を命じる暴君や独裁者で無い限りは誰が王でも大差ないと感じている。

 次期国王の座を争っている王子や後援者は内心で政治に無関心なローランド陛下の退位を求めていた。

 王家派の名の通りホルファート王家に対する忠節は在ってもローランド陛下に対する忠節はほぼ皆無だろう。

 神殿は王家と公爵家の争いを静観し、どちらが勝っても適当な理由を並べ媚び諂いつつ利を選ぶ。

 王国の大多数を占める平民は国王より聖女に熱狂している。

 この王国からホルファート王家の大部分が刷新されても然したる問題は無い、それが致命的だった。

 

「そこまで王家が憎いのですか?」

 

 口から出た言葉は咎めるような険しさを含んでいた。

 私とてホルファート王家に対し怒りや蔑みの感情を持っている。

 だが長きに渡るファンオース公国との争いが終結し、漸くこの国は前に進む機会を得たのだ。

 無理に争わずとも政道を糾す道は幾らでもある筈。

 敢えて王国を二分する争いを起こした父上に怒りが沸々と湧き上がる。

 

「憎いという段階は疾の昔に過ぎ去った。アレ(・・)らは国を蝕む病巣、早々に切除しなければ周囲を腐らせ全てを滅ぼす以外の役割しか持たん」

 

 父上の声はあらゆる負の感情を封じ込めていた箱から漏れ出した汚泥のように重く澱んでいた。

 どれだけの間、父上は王家に対する憤懣を抱きながら仕え続けたのだろうか?

 おそらく私がこの世に生を受けるより遥か以前からだ。

 僅か二十歳を少し越えたばかりの小娘が容易く推し量れる物ではない。

 

「確かに先王は名君や賢王の類ではない。しかし、増長する貴族が国政に支障が出るほどに腐敗し悪政を敷いている現状を変えようとする気概を持ち合われておられた。問題は先王の弟も息子も王族としての務めから逃げ出そうとする輩だった事だ」

「御二方が今日の事態を招いたと仰られると?」

「情勢は刻一刻と変化する、私も王に間違いを一切認めないほど狭量な男ではない。王とて人だ、失態を犯すし道を誤る時もあるだろう。問題はあまりに不実な行いを重ね過ぎた事、私はもう彼らを信用できん」

 

 放たれていた怒気が諦観に変わっていく。

 父上も最初は王家に対して忠誠心や理想を持っていたのだろう。

 しかし見返りの無いまま相手に尽くすほど虚しい行為もない。

 期待してまた裏切られるぐらいなら最初から信じない方が楽だ。

 私自身も婚約者だったユリウス殿下に対し何度も諫言を行ったが聞き入られる事は無く、何時しか愛情は尽きてしまった。

 オリヴィアに対して決闘を挑んだ時は完全に自暴自棄になっていたなと今でも振り返って身悶えしてしまう。

 

「ルーカスは貴族の期待に応え王位に就くべきだった。だが奴は甥のローランドに譲り隠居を決め込んだ。完全に姿を晦ますなら納得も出来ようが学園の学園長などという道楽に現を抜かす。そのくせ妃殿下と繋がりが持ち助言を続ける。何もかもが中途半端、傍観者を気取り我々が足掻く姿を肴にでもする気か?」

「国の未来の為に後進の育成に尽力していた筈です。事実、オリヴィアの才能を見出したのは紛れもない功績でしょう」

「一つの功績で十の失態が相殺されると思わない事だ。それとて神殿との折衷や現王を支えながら出来たであろう」

「手厳しい事を仰いますね」

「やる気の無い甥の尻を妃殿下と共に蹴り上げるべきだったのだ。『代わりにお前がやれ』とローランドに罵られようと無視すれば良い。王位を押し付けられるのを嫌って逃げておきながら宰相位に就くぐらいなら最初からお目付け役として宮廷に残ればどれだけ王国に貢献できたか分からん」

 

 先王弟は悪人ではない、悪意が無い分質が悪いが。

 ただ他者に期待し事態を楽観視して状況を放置したのが混乱の原因となってしまった。

 宮廷貴族最高位の公爵として王を補佐し続ければレパルト連合王国から嫁がれたミレーヌ様の負担も減っただろうに。

 

「ユリウス殿下も問題だ。単なる愚者なら王位継承権を剥奪すればそれで済む。だがあの男は紛れもなく英雄だ。後先考えない力を持った愚者ほど恐ろしい者は居ない」

「まぁ馬鹿なのは否定しません。馬鹿なお陰で俺はアンジェと結婚できたんで感謝してます。空賊退治に協力してくれたからあんまり憎めないんですけど」

「貴殿にとってはそうであろう、私にとっては一時の恋心で可愛い娘を無碍にした挙句に婚約破棄を命じる政治を解さない若造だ。アレ(・・)が王に為らず娘を嫁がせる必要が無くなったのは公爵家どころか王国にとって僥倖としか言いようがない」

「容赦ないですね」

「尤もバルトファルト家に嫁がせたのは判断を誤ったと今しがた考えを改めた所だが」

「…………」

「力だけは人一倍の馬鹿は何を仕出かすか分からん。危険性を考慮すれば命を奪いたいだが監禁ですませるのは温情だと心得たまえ」

 

 リオンが不満そうに口を噤む。

 婚約破棄した頃は私も殿下も若く思慮が浅かった。

 もう少し穏便な解決方法が在った筈なのに模索する事を諦め一時の激情のまま行動し多方面に被害を及ぼしたのは紛れもない事実。

 損害を被った者からすればどれだけ相手が反省しても疑念がぬぐえない、寧ろ武功を挙げるほど危険視してしまうのは致し方ないだろう。

 私自身もこうしてリオンと結婚し子供達に囲まれる日々を送っているからこそ過去の蟠りに囚われたくないと思えるだけに過ぎない。

 

「最後にローランドだ。私はあの男を心の底から侮蔑している、奴の言葉に耳を傾けるぐらいなら夜泣きが止まらない赤子を数夜あやし続ける方を選ぶ。奴が今更どれだけ善行を積もうと評価する気は無い」

「些か私怨が強過ぎでは」

「王妃になれなかったお前や辺境出身のバルトファルト卿は知らないかもしれんが、建国時から王家は領主貴族を警戒し続けている。大公家が独立し公国を名乗った時に警戒心が最高潮に達した。王立学園の設立、女尊男卑政策の全てが王家を存続させる為に執られた政策だ」

「妃殿下や宰相から聞き及んでいます」

「ならば話が速い。そうして何れ多くの貴族が潰される、あの愚王の血脈を遺す為にな。片や国も政も妻すら顧みない王とそれに追従する腐敗貴族、片や真っ当な統治を施しても王家の利にならないと切り捨てられる貴族。国に必要無いのは果たして何方だ?」

「だから陛下の連なる者は一人を残し処罰すると仰せになりますか」

「提出された決議に判を押すだけなら子供でも出来る。自分の才覚を弁えぬ虚けと馬鹿が争い国が乱れるより被害は少なくて済む」

「待ってください、確か陛下の隠し子は大量に居るんでしょ?そいつらはどうなるんですか?」

「辺境に向かう平民向けの定期船が空賊に襲われ荷物と乗客が消息不明になるなど珍しくもあるまい」

 

 大量に居る王の愛人と隠し子を秘密裏に処理する、それだけ力を父上とレッドグレイブ家は所持している。

 だからこそ陛下は秘密裏に愛人と隠し子を逃がそうと考えたのだろうが結果はこの通り。

 兄上は口元を抑え込み上げる吐き気を堪えている、リオンも眉を顰め露骨に不快感を示す。

 綺麗事だけでは貴族は生き残れない、時には政敵を年齢性別の垣根無く根絶やしするなど史書を紐解けば幾らでも記された出来事だ。

 そうまでしてローランド陛下を否定したいのだろう。

 この憎しみを癒すには積み重なった年月と同程度の時間が必要になるだろう。

 父上は亡くなるその瞬間まで王家に対する怨嗟を持ち続ける。

 その事実に恐れよりも憐みの方が勝った。

 

「分かりました。閣下がそこまで覚悟を決めているなら俺は止めるつもりはありません。陛下を煮るなり焼くなりお好きにしてくださって結構」

「我々が言えた物では無いが、君の王家や公爵家に対する忠節は何なんだ?」

「俺は家じゃなくて個人的な印象や義理で判断してますから。面倒事ばっか押し付ける王家は嫌いですし、どれだけ美人さんでも腹黒い王妃様とはお近づきになりたくない。反対に嫁の実家とは仲良くしたくて危ない橋を渡ろうとしてたら止めるつもりです」

「成程な、柵に捕らわれない自由な生き方だ。貴族の身でそれが出来るのは相応の力を持った者だけに許される。君は随分と自信家だな」

「生憎と俺は自分が優れてるなんて一度も思った事ありません。人より少しずる賢くて、ちょっと幸運なだけです。必死に生き足掻いてたらいつの間にかこんな所まで来てた、自分でもどうしてだか分かりません」

「この百年間、君以上に出世した新興貴族は居ないんだ。自信を持ちたまえ」

「ありがとうございます。それでさっきの続きですが」

 

 リオンと兄上が和やかな会話を続ける。

 いや、父上が発する怒気を無意識に回避しているだけだろう。

 明らかに不機嫌な父上に臆する事無くリオンは真正面から睨み返す。

 

「どうして俺とアンジェが離婚しなきゃいけないんですか?」

「政略結婚の意図など分かりきっている。それを理解できぬほど愚鈍だと思わんが」

「納得できないって言ってるんですよ」

 

 突然、腰に何かが絡みついて引き寄せられた。

 それがリオンの腕だと分かるまで暫し呆けてしまう。

 咎めるべく声をかけようとするもリオンの表情がいつになく厳しい物だ。

 結局、何も言えぬままリオンに抱きすくめられる。

 父上と兄上の前でこうした行いは控えて欲しいが嫌な気分ではない。

 

「卿とアンジェの結婚は政略結婚だ、両家の利益があるから成立する」

「つまり、もう俺に用は無いって言いたいんですか」

「あの五人にこそ敵わぬが他の新興貴族や若い者達より遥かに秀でているとは認めた。だが、その力をレッドグレイブ家の為に使わぬのならアンジェを嫁がせる意味など無い」

「俺が裏切った、そう思ってるなら率直に言ってくださいよ」

「まさか愚王と女狐に従うとは。爵位か、それとも領地にでも釣られたか?」

「父上と言えども暴言が過ぎます。若輩ながらこの現状を少しでも打開しようと愚考した結果です」

「控えろアンジェ、父上に逆らうな」

「バルトファルト卿、貴殿の知見が中々に興味深い事は認めよう。その上で問う、ホルファート王家を潰す事に手を貸せ」

「……お断りします、泥沼の争いをしたいならご勝手に」

「ならばアンジェはレッドグレイブ家が引き取る、異論は一切認めん」

 

 誘拐事件の時にも感じた肌がひりつく感覚がすぐ隣から伝わって来て痛みすら感じる

 リオンと父上、双方が一歩も退かぬまま睨み合いが続く。

 父上は確かにリオンの力をお認めになっている。

 だが、その力をレッドグレイブ家の為に使わずあろうことかホルファート王家との和解を薦めてきた。

 寧ろリオンに目を掛けた分だけ憎しみも一入となっている事だろう。

 

「アンジェだけではない。既に生まれた双子とこれからアンジェが産む子もレッドグレイブ家が養育する」

「人質のつもりでしょうか?」

「つもりではない、人質だ。それを厭うのならば私に手を貸せ」

「王家と公爵家の争いに首を突っ込むつもりはありません」

「ならば大人しく我々が争う様を辺境から見ている事だな。貴殿が敵に回らぬよう妻子は保険とさせてもらおう」

「……過剰評価です、俺にそんな力は無い」

「貴殿に一国を差配する才は備わっていないだろう。しかし、その血に意味を見出す者が居らぬとも限らんのだ」

「何の事ですか?」

 

 やはり父上は宰相が仰ったようにリオンの先祖がリーア・バルトファルトだと気付いていた。

 その上で私を嫁がせレッドグレイブ家にバルトファルトの血を取り込もうと画策していたらしい。

 リオンは優れた男だが王に相応しいかと問われれば否だと断言できる。

 為政者として君臨する者は幼少期からの教育が重要になる。

 どう足掻いてもリオンを王に相応しく矯正するのは不可能だ。

 しかし私とリオンの子、或いは孫なら話は変わってくる。

 そうまでしてリオンやオリヴィアの血を取り込み王家を討ち倒す事に執念を燃やす父上に寒気すら感じた。

 

「私にとっても可愛い孫だ、無碍な扱いはしないと約束する。寧ろ辺境の地よりも遥かに素晴らしい環境だ。卿にとっても悪い話ではない」

「お断りだね、ライオネルもアリエルも俺達が育てる。産まれてくる子も同じだ。娘の嫁ぎ先まで口を出さないでもらおうか」

「嫡子が欲しいなら後妻を娶りたまえ、伯爵位となった卿なら嫁ぎたいと思う令嬢も多かろう」

「嫌だ、アンジェ以外の女を嫁にする気は無い」

「まさかレッドグレイブ公爵家と争う気か?」

「俺はレッドグレイブ家と喧嘩してでもアンジェが欲しい」

「愚かな、此処まで分別がつかぬとは」

 

 リオンの言葉を聞いているだけで体が熱を帯びていく。

 馬鹿かお前は?自分が何を言っているのか理解しているのか?

 そう思いながらも体が喜びで打ち震えてしまう。

 まったく、しょうがない旦那様だ。

 

「ダメなら奪うまでだ」

 

 リオンが礼服の内ポケットから何かを取り出しボタンのような部分を力強く押す。

 

「野郎共、仕事を始めるぞ」




バルトファルト夫妻、離婚の危機。
なので全力で抵抗します。
セリフの幾つかは原作小説10巻からの引用になります。
ヴィンスはローランドを討てる大義名分が欲しくてバルトファルトの血を求めてる節があります。
国作りよりも王家の叛逆に比重が寄ってるイメージです。
次章、戦闘開始。
待機してる原作キャラの出番です。

追記:依頼主様のリクエストに琉具(ryuugu)様、紫おん様、カナタ様にイラストを描いていただきました。ありがとうございます。

琉具(ryuugu)様 https://www.pixiv.net/artworks/120703027(成人向け注意
紫おん様 https://www.pixiv.net/artworks/120714293(成人向け注意
カナタ様 https://www.pixiv.net/artworks/120718755

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