【完結】生意気な義妹がいじめで引きこもりになったので優しくしたら激甘ブラコン化した話   作:崖の上のジェントルメン

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10.謝ること

『……(あきら)か?』

 

スマホ越しに聞こえる親父の声は……まるで全然知らない、赤の他人の声のように聞こえた。

 

現在、夜の八時。俺は自分の部屋で親父から電話を受けた。ベッドに腰を下ろして、暗い窓の外を眺めながら、耳にスマホを当てている。

 

『母さんに、水をかけたんだってな』

 

「……“美喜子さん”に、ね」

 

『ちゃんと謝りなさい。お前だって分別のある歳になったんだ。喧嘩するのは仕方ないが、限度がある』

 

「謝らない、って言ったらどうする?」

 

『おいおい、父さんを困らせないでくれよ。家族仲良くしておいてくれ』

 

「だったら、俺だけに謝らせるんじゃなくて、父さんが間に立って仲裁するくらいのことしてくれよ。仲良くしてほしいと、父さんが本当に願うなら」

 

『明、お父さんは忙しいんだ、分かるだろ?』

 

「いいや、俺には分からないよ。家族の仲を取り持つこと以上に、大事な仕事が本当にあるの?」

 

『…………………』

 

「ねえ、父さん。俺の言い分は……父さんからすれば、ガキくさい戯言で、父さんの仕事の邪魔をするほどのことじゃないかも知れない……。だけど、俺……寂しいんだよ。父さんも美喜子さんも、俺と美結を愛してくれてないって、今のままじゃ……どうしても思ってしまうよ」

 

『……でも、なあ。まあほら、明。愛されたいって思うなら、まず謝りなさい。美喜子さん、だいぶ怒ってたぞ。な?』

 

「……父さん」

 

『ちょっとまた会議が入るから。それじゃあな』

 

「ちょっと父さん!」

 

俺の叫びも虚しく、通話は切れてしまった。

 

「…………………」

 

俺は、スマホをぎゅっと握りしめて、腕を振り上げ、そのままぶん投げようと思った。……だけど、それもなんだか虚しく感じて、ふうと息を吐いて、ベッドへ仰向けに寝転んだ。

 

そして、右手を額に当てて……眼を閉じた。

 

「…………母さん。俺……母さんに生きててほしかった……。そうしたら、きっと俺も、美結も……………」

 

そこまで言った後に、俺は自分の発言がバカらしくて……自分で自分を苦笑した。

 

「母さんが生きてたら……俺、美結の兄貴になれなかったじゃん。なんだそれ……ちくしょう……………」

 

……………………

 

 

 

 

……コンコン

 

微睡みの中、微かに聞こえたノックの音に俺は起こされた。ぼやけた頭で「どうぞ」と言って答えると、ドアを開けたのは美結だった。

 

「お兄ちゃん……」

 

「……ん。美結、どうかしたか?」

 

「ううん、用事は何も……。ただ、お兄ちゃんのそばに居たくなったから」

 

「お、おう……そ、そっか。うむうむ、ならおいで?」

 

俺は平静を装ったが、内心かなり動揺していた。さっき……キスされそうになったことが、俺の心臓をバクバクと鳴らしていた。

 

美結は俺の隣に並んで寝転がり、身体を俺の方へ向けた。俺は天井を見つめながら、隣にいる美結へと告げた。

 

「…………美結。俺な、美喜子さんに謝ろうと思う」

 

「……え?」

 

「なんとなくだけど……。あの人、俺が学校とかでいない間、俺に対する鬱憤を美結に八つ当たりして晴らしそうな気がしてさ。自分に反抗してこない人間にそういうことしそうな感じあるんよな。だから、俺が美喜子さんの機嫌を損ねすぎると、美結が危ない目に遭うかも知れない」

 

「……それは、うん。そうかも」

 

「そうだよな。ま、普段美喜子さんは家にいないけどさ、家にいた時に美結が辛い目に遭うのも嫌だから……謝ろうかなって」

 

「でもお兄ちゃん……私のこと守るために、怒ってくれたのに……」

 

「そう。だけど、あまりに感情的になりすぎた。あそこでちゃんと冷静に……ヒートアップせずに対応できていれば、こうはならなかった。完全に俺の責任だよ。そこに関しては、俺も大人げないことした」

 

「…………………」

 

「もし、謝るもんかっていう俺の下らないプライドが原因で、美喜子さんと確執を作って……美結が嫌な目に遭ってしまったら……俺は、自分を許せなくなる。不要な争いの種を自ら作っても仕方ない。美結が家に居づらい理由を増やすことは……しちゃいけない」

 

そう言って、俺は上半身を起こした。さあ……謝るんなら早い内がいい……。美喜子さんの部屋に行くか……。行……く……か……。

 

「…………あーーー!ちくしょーーー!頭では謝るのが最善と分かってても!!ぜんっっっっぜん謝りたくねーーーーー!!」

 

「お兄ちゃん……」

 

俺は苦笑しながら、眼をぎゅっと瞑った。そして、腕組をしながら頭と口の回路を直結させて、思ったことを瞬時に言葉にするくらいの勢いで喋った。

 

「悔しい!悔しすぎるぞーー!!んがーーー!!くそったれがーーー!ん?待て!待て待て!こういう時は先に謝った方が絶対大人!絶対そっちのが懐が深い!そう!つまり先に謝った方が勝ち!勝ち!俺の勝ち!うん!よし行ってくるぜ美結!」

 

俺は無理やりテンションを上げて、このノリで美喜子さんの部屋へ突撃しに行った。怒りをテンションの高さで誤魔化す意味もあったが、こういう無敵な感じのテンションならなんでもクリアできそうな気がしたからだ。

 

部屋を出る際、せっかくなら美結を笑わせたいと思って、彼女の方へ顔を向けて「I'll be back!」と言ってサムズアップした。美結はちょっと笑ってくれた。

 

その愛らしい笑顔を糧に俺は行くぜ!どりゃーーーーー!待ってろよ若作り奥様ーーーーー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……お兄ちゃんは、ほんと見たことないテンションで部屋を出ていった。

 

「お兄ちゃん……凄いなあ」

 

あんな状況だったら……私なら謝るなんて選択肢、出てくる気さえしないもん。頑固に意地張って、相手が謝ってきたって許さない……みたいな、そんな風にだってなるのに。

 

「私のために、自分の意地を曲げて……謝ってくれて……。ああ、なんか……ずるいよ、お兄ちゃん」

 

どんどんどんどん、お兄ちゃんへの好きが積もっていく。好きって気持ちだけで、胸がパンクしてしまいそう。

 

「大好き……大好き……ホントに大好き……」

 

お兄ちゃんの布団に顔を埋めて、お兄ちゃんの匂いを嗅ぐ。ああ……好き……優しいお兄ちゃんの匂い……。

 

……お兄ちゃんがいなかったら、私って絶対大変なことになってたと思う。学校にも行けず、家にも居場所がなく、ただただ心をすり減らすだけの人生みたいな……そんな風になってた。

 

たとえ、ブラコンって笑われても構わない。私のお兄ちゃんは、私の人生を変えてくれた人。私が……生涯をかけて大好きでいたい人。

 

私に人生をくれたから、私の人生もお兄ちゃんにあげたい。

 

「……ふふ、私……変わったなあ」

 

何が一番変わったって、本気で人を好きになったことだと思う。本気で誰かを信じたいと思える相手がいると……なんだか、甘えたくなる。お兄ちゃんの懐の深さの中に、暖まっていたくなる。

 

お兄ちゃんの前に立つと、態度も言葉も甘えたいモードになっちゃう。だいぶ甘えん坊な私でもお兄ちゃんは受け入れてくれるので、どんどん沼に落ちちゃってる。

 

世の中のカップルが、みんな甘々バカップルになっちゃったりするのは、このせいなんだな~となんとなく思った。

 

 

 

 

「……I'll…………えーと、I'll be 今帰った」

 

お兄ちゃんが出ていった時と真逆で、すごいテンションの低い顔で帰ってきた。

 

I'll be backからただいまって言葉を作りたかったんだろうけど、全然上手くいかずに適当な言葉になってた。

 

「お兄ちゃん、どうだった……?」

 

「まあ、普通に許してはもらえたよ」

 

「ほっ……良かった」

 

「でもなんか、『親の言うことはちゃんと聞きなさい』って言われて、またカチンときちゃってさ、『いや、それは自分達で決めます』って返しちゃった」

 

お兄ちゃんはベッドに来て、私の隣に座ると、胡座をかいて腕組をした。

 

「下に出すぎると舐められるなと思って、『自分たちより長く生きて、人生経験豊富な美喜子さんたち親の言葉はもちろん尊敬します。ですが、それでも自分たちの自立性を促すためにも、言葉を鵜呑みにせず自分の意思で物事を決めたいと思います』って言ってやった。そんで、『もちろん何か迷った時はご意見賜りたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします』って頭下げて帰ってきた」

 

「ご、ご意見……」

 

「言われた言葉には敬意を払うけど、言うこと聞くかは自分たちで決めたいって言われたら、さすがに怒りにくいじゃん?無視したり邪険にしてるわけじゃないからさ。だから美喜子さん、すっごい苦虫潰した顔してたわ。けっけっけ、最後の最後に意地悪してやったぜ。親の言葉は絶対なんて、そんな気持ちはさらさらねえぞ」

 

お兄ちゃんが珍しく悪い顔して笑ってる。そのニヤニヤといたずらっ子みたいな笑顔が、私はなんだか好きだった。

 

「お兄ちゃんって、結構ドS?」

 

「へへへ、たまにそういういたずらはしたくなる」

 

「ふふふ」

 

「……まあでも、そうだな。実際俺もいきなり怒ったりしてさ、悪かったところもあるし……美結のためでもあったけど……謝ったのは俺自身の、胸のつっかえを取るためでもあったのかも知れない」

 

「そっか」

 

「うん」

 

お兄ちゃんは後頭部を掻きながら、「まだまだ俺もガキンチョだな……」ってポツリと言った。

 

「そんなことない……お兄ちゃんは、絶対私なんかより大人だよ」

 

「ん……ふふ、慰めてくれてありがとうな、美結」

 

お兄ちゃんは私の頭に手を置いて、優しく撫でてくれた。

 

「そうだ、美結がいじめられてたことについては、俺……結局美喜子さんには話さなかった。一瞬、話してしまおうかなとも思ったけど、美結が話しにくそうにしてたし、あまり安易に口にだすのもどうかと思ってさ。どう?美結。俺づてでもあまり話してほしくない?」

 

「なんていうか……本当はお兄ちゃんづてでも話した方がいいんだろうけど……怖いの。ママからどんなこと言われるのか分からないから……。『そんなことで落ち込むな』とか、『それくらいで休むなんて』って言われたらどうしようって、思っちゃって……」

 

「うんうん……。分かった、じゃあまだ話さなくていいか」

 

「うん、ありがとう」

 

私とお兄ちゃんは、お互い見つめあって微笑んだ。

 

…………私……私も、お兄ちゃんみたいに、大人になりたい。たとえ相手が言いにくい相手でも……ちゃんと自分の非を見つめて謝れる……そんな人に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お兄ちゃん系の彼氏欲しすぎてヤバい』

 

「えい……投稿っと」

 

私はその日、あるイラストと一緒に、その呟きをSNSへ投稿した。

 

それは、優しい顔をしたお兄ちゃん系の少年。イメージは、あの時キーホルダーを拾ってくれたあの人……。

 

「はあ…………私、ちょっとおかしくなっちゃったかも」

 

スマホを胸に抱いて、椅子に深く腰かける。そして、天井を仰いでぼー…………と、あの時のことを何回も頭の中でリピートした。

 

 

『じゃあ、この学校を受験する予定なんですか?』

 

『なら、ここ合格したら、俺は先輩になるんですね』

 

『それじゃあ、また会いましょう』

 

 

……なんだろう、この……同級生とかには絶対ない……すごい深い包容力。やっぱり年上の人って素敵。

 

名前も知らないのに……いや、名前も知らないからこそ、ちょっと夢見ちゃうのかも知れない。

 

「ふ~……。今は……23時か~」

 

イラストを描いてて、いつもより遅くなっちゃった。でも、前まではわりとこのくらいの時間まで起きてること多かった。

 

それは、美結がよく電話をかけてきたから。

 

「最近かかってこないな……」

 

毎日毎日かかってきてたのに、なんでだろう?

 

……まあ別に、かかってこないことにこしたことないけど。お陰でこうしてゆっくりいられるんだし。

 

「…………………」

 

でも……ちょっとだけ気になる。あんなにたくさん喋りかけてきたのに、ピタッとなくなっちゃって。もともと気まぐれなタイプだったけど……あまりにも無さすぎないかな?

 

「……いやいや、良いじゃんなくて。心配なんかしなくていいよ」

 

私は首を横に振って、眼を閉じた。そう、こういう私のお人好しで……押しに弱いとこを、いつも人に利用されちゃうんだから。

 

大方、彼氏でもできて私への電話どころじゃないってだけ。あんな子、心配するだけムダムダ。

 

たとえ私のことが何かのきっかけで嫌いになってたとしても、構うもんか。長電とウザ絡みされるよりよっぽどマシ。

 

「……はあ。あの先輩と……また会えるチャンス、ないかな」

 

またキーホルダーを落としてみようかな……なんて、少女漫画みたいなことを考えていた、そんな時だった。

 

私のスマホに着信が入った。こんな夜遅くに誰だろう?と思い、スマホを取って「もしもし?」と返した。

 

『…………あの、メグ?』

 

…………相手は、美結だった。私はまた面倒な時間にかけてきて……と、内心毒づいたが、それを表に出すわけにもいかず、「久しぶりじゃん、どうしたの?」とだけ返した。こんなことなら、早く連絡先ブロックしておくんだった。連絡来ないしちょっと気が抜けてた……。まあいいや、この電話が終わったらもうブロックさせてもらおう。いい加減、こっちも疲れたって。

 

『…………今、時間……大丈夫?』

 

「え?あ……まあ、うん、大丈夫だよ?」

 

美結にしては、珍しい問いかけだった。今まで私の時間のこと気にしたりしなかったのに。それに、なんだか声も弱々しい……。本当に、あの美結なの?

 

『……私、あの、メグに……謝らないといけないこと、たくさんあったから…………』

 

そう言って、美結は話し始めた。

 

 


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