【完結】生意気な義妹がいじめで引きこもりになったので優しくしたら激甘ブラコン化した話   作:崖の上のジェントルメン

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2.思い出のハヤシライス

美結が家にやって来てから、俺の生活は激変した。

 

生意気なワガママ妹……もはやそれは、小さな女王様と言っていいくらいだった。

 

例えば、ある日こんなことがあった。

 

学校から帰宅した後、玄関前で靴を脱いでいた俺の元に、突然美結から「ちゃんと買ってきた?」と声をかけられる。なんのことか分からずキョトンとしていると、彼女はしかめっ面をしてさらに告げた。

 

「Limeで送ったじゃん。『帰り際にマック買ってきて』って」

 

「ええ?」

 

そう言われた俺はスマホを鞄から取り出し、Limeを確認する。確かに、その旨の連絡があっていたが……。

 

「美結、いきなりここでぽんと言われても困るよ。俺、普段から家以外ではスマホをあまり覗かないんだ。見てなかった俺も悪かったけど……何か頼む時は、ちゃんと電話してほしい。その方がお互い、すれ違いがなくて済むだろ?」

 

「はあ?通知見てないアンタが悪いんじゃん。とにかく、早く買ってきてよね」

 

「ええ?今から行けと?いやいや美結、マックはウチ近所にあるだろ?チャリで10分もすれば着く。もう自分で買いに行きなよ」

 

「本来アンタが買ってくるべきだったのに、買ってきてないんだからしょうがないじゃん。ていうか、美結とか名前で馴れ馴れしく呼ばないでよね。本当のお兄ちゃんにでもなったつもり?気色悪い」

 

美結はくるりと踵を返すと、「お腹空いてんだから早く行ってきて」と、吐き捨てるような台詞を残して、二階の自室へと上がっていった。

 

……と、まあこんな感じだ。こういうことがちょくちょくあった。

 

ただ、問題は美結だけではなかった。彼女の実母、美喜子さんも美結とよく似ていた。

 

彼女は専業主婦なのだが、ほとんど家事をやってくれない。台所に立った姿なんか、数えるほどしか見たことない。だいたい俺が自分で作るか、コンビニ弁当を買ってきたりするかのどちらかだった。

 

彼女の身体が悪くてご飯が作れない……とかならもちろん俺も仕方ないと思うが、当の美喜子さんは、ママ友と5000円近くするディナーに行って夜まで帰ってこないだけなのだ。まあ、簡単に言うと放任されていた。

 

しかも、時には翌朝帰ってきたりすることもある。最初の内は「みんなごめんね、遅くなっちゃった」と謝っていたが、その謝罪も1ヶ月もすればされなくなった。ぶっちゃけ俺は、美喜子さんは浮気してるんだろうなと思っているんだが、そこについて親父は何も言わない。美喜子さんも美結と同じくかなり美人だ。その美人さに、親父は盲目状態になっているのだろう。

 

美喜子さんは、美結を「前の旦那に甘やかされすぎたからワガママになった」と話していたが、俺としては美喜子さん自身の無自覚なワガママさを、美結も引き継いだだけだろうなと、心の中で思っていた。

 

「……こんなことなら、反対すべきだったかなあ?再婚のこと」

 

俺は自分の部屋で、制服のままベッドに横になって天井を仰いでいた。

 

俺自身は、親父が再婚することについては賛成派だった。五年前に母さんが亡くなってから、親父はずっと寂しそうだった。そういう意味では、こうして家が賑やかになるのは良いことなんだと思う。

 

だが俺は、やっぱり美結や美喜子さんとはウマが合わない。こればっかりはどうしようもない。

 

家が安らげないことの悲しさを胸に、俺は深いため息をついた。

 

 

 

「明!そいつぁ贅沢な悩みだぜ!」

 

興奮気味に話すのは、友人の圭。放課後の帰り道、一緒に歩く圭に妹たちのことを愚痴ったら、そんな風に返事をされた。

 

「贅沢、かな」

 

「あったり前よ!だって、可愛いんだろその子?」

 

「まあ、顔はな。でも中身は……」

 

「バカたれがー!顔さえよけりゃあなんだって許せるだろ!むしろ、可愛い女の子に振り回されるなんて……最高のシチュエーションだろ!」

 

「ちぇ、ルッキズムめ。心の美しさこそ最高の美だろうが」

 

「なんとでも言え!ちくしょー!俺も可愛い妹欲しいー!」

 

圭の声が空に響く。なんとまあ、自分の欲求に素直なヤツだろう。ある意味で、こういうヤツの方が幸せになれるのかも知れない。

 

「それじゃ、また明日な。お前の妹の写真絶対見せろよな!」

 

「撮らせてくれたらな。絶対ないだろうけど」

 

そう言って、十字路で圭と別れた俺は、バス停へと向かった。

 

……俺はこれから、どうやって家で過ごせばいいのだろう?

 

正直、今まで女の子とちゃんと接することがなかった。彼女もいたことはないし、遊びに出かけられるほど仲の良い女友達もいない。そんな俺に、いきなり妹……女の子の家族ができても、接し方が分からない。お兄ちゃんレベル1くらいの雑魚だ。

 

ただでさえそんな状況なのに、あんな性格の妹だなんて……あまりに上級者向け過ぎる。お兄ちゃんレベル95くらいないと死ぬ。

 

「はあ……」

 

まあ、とりあえず険悪な仲になるのだけは避けよう。お互い、家に居づらくなるメリットがないからな……。

 

いや、そんなメリットデメリットでものを考えられたら、あんな生意気にはなれないか。ああ……疲れてきた。

 

そんなことを鬱々と考えていたら、帰りのバスが来たのでそれに乗り込んだ。

 

運転席の後ろから三席ほど横並びに席があり、真ん中の一席だけ空いていたので、俺はそこに座った。

 

……それが失敗だった。

 

「!」

 

なんと、こちら側の三席と同じ形で対面に三席が並んでおり、自分のちょうど真ん前に、美結がいた。

 

彼女はイヤホンをしながらスマホをいじっているので、気がついていない。

 

(……なんか、気づかれたら気まずいな)

 

素知らぬ顔をしておこうと思い、自分もスマホを取り出して、特に意味のないネットサーフィンを行った。

 

数駅か過ぎた頃、一人のおばあさんがバスに乗ってきた。だいぶ腰の曲がっており、歩くのも歩幅が小さくゆっくりであった。

 

(さすがに席、譲るか)

 

そう思い席を立とうとした時、先に席を立った者がいた。それは美結だった。

 

美結は、そのおばあさんに「席どうぞ」とか、「座りますか?」とか、そういうセリフを一切言わず、ただ黙って席を立ち、こちらに背を向けてつり革に捕まった。

 

ゆっくりと歩いていたおばあさんは、もともと美結が座っていた席に座った。おばあさんは、そこが初めから空席だったと思っているようで、美結に対して礼を言ったりすることはなかった。

 

「…………………」

 

バスが進み、自分が降りる駅のひとつ前の駅についた時、美結がバスから降りた。確か近くにコンビニがあったはずなので、そこで何か買うつもりなのだろう。

 

俺は結局、そのバスで美結と言葉を交わすどころか、目すらも合わせないまま終わった。

 

 

「……ただいま」

 

誰もいない、しんとした家に向かって挨拶をした。美喜子さんは当然今日も夜遅くになるだろうし、親父も最近は仕事で帰りが遅い。

 

俺は自分の鞄を部屋へ置いた後、台所へ行き晩御飯の支度を始めた。

 

作っているのはハヤシライス。俺、カレーよりもハヤシ派なんだよね。

 

(……そう言えば、今日は美結、何か自分で買うのかな?)

 

先ほどひとつ前のバス停で降りた彼女は、自分で何かお弁当でも買っているか、あるいはどこか食べに行くつもりなのか。

 

「…………………」

 

なんとなく気まぐれで、ハヤシライスをいつもより多めに作った。美結の分も少し考慮したからだ。

 

(たぶん食わないだろうけど、まあそれならそれで。余分に作る分にはさして手間でもないし、余るなら明日の俺の飯にでもしちまえ)

 

普段ならそんなことはしないが、今日に限って珍しく俺は、彼女の分も用意した。自分でもなぜ彼女のことまで気にかけたのか……その時はよく分かっていなかった。

 

俺は具材を二人分用意し、鍋に入れて煮込み始めた。

 

「ん?」

 

ふと、左手側から視線を感じたので、そちらの方に眼を切ると、いつの間にか帰っていた美結が立っていた。

 

俺が煮込んでいる鍋に視線を向けて、じっと見つめていた。

 

「今、ハヤシライス作ってるぞ。いるか?」

 

俺がそう話しかけると、美結は俺の方へ視線を変えた。

 

「あるの?私の分」

 

「まあ、一応。いらないならいらないで別にいいけど」

 

「……ふーん」

 

そう言って、美結はスタスタと台所の近くにあるトイレに入っていった。いるのかいらないのか不明のまま、曖昧な返事で終わったな……。

 

(とりあえず、あいつの分もよそっとくか)

 

俺は出来上がったハヤシライスを二皿用意し、食卓へと持っていった。

 

四角いそのテーブルにハヤシライスを置く。俺の分は手前の左手側の席に、美結の分を奥の右手側に置いた。そうすれば、対面せずに済むし、一番遠い座り方になる。

 

「いただきます」

 

一人手を合わせて、ハヤシライスを食べる。母さんが死んでから、俺はこんな夕飯を取るようになった。親父は美喜子さんと再婚したけど、結局夕飯は寂しいんだなと思い、若干憂鬱になった。

 

と、そんなことを思っていた矢先、美結が食卓にやってきた。俺の用意したハヤシライスの前に座り、黙って食べ始めた。

 

(へえ……)

 

俺は自分で彼女の分を準備しておきながら、内心食べるとは思っていなかった。まあ、食ってくれるならそれはそれで。

 

「…………………」

 

美結は、スマホを机に置いてタップしながらハヤシライスを食べる。

 

正直、ムッとした。個人的に何か食べる時はスマホを触るのは好きじゃないタイプなんだ。マナーとして純粋に嫌だった。

 

(かと言って、注意しても聴かねえよなあ……きっと)

 

大方「お兄ちゃんぶるな」って悪態つかれるのがオチ。もうその未来が見えている。

 

「ねえ、なんでハヤシライスなの?」

 

突然、美結から話しかけられた。驚いた俺は「ふぁ?」と、ハヤシライスを口に含みながら間抜けな言葉で答えた。

 

「私、カレーのが好きなんだけど」

 

「ちぇ、作ってもらっておいて文句言うない。それに、俺はハヤシライスのが美味いと思う」

 

「えー?味覚おかしいんじゃないの?」

 

「ちょ!それは聞き捨てならないな!全国のハヤシライスファンに謝れ!」

 

「やーだ!カレーの方が美味しいもん」

 

そう言って、彼女は笑いながら「べ~!」と舌を出した。なんちゅー生意気な顔だ!無駄に可愛いのが余計腹立つ!

 

ちくしょう、逆襲してやるか。

 

「あ、おい美結。頬についてるぞ、ハヤシライス」

 

俺は咄嗟に小さな嘘をついた。俺の言葉を受けて、「え!?」と声を上げた美結は、直ぐ様スマホのインカメで自分の顔を確認する。しかし、どこについているのか分からず、困惑する。

 

「え?え?どこ?」

 

「残念、ついてなかったんだな」

 

「はー!?ウッザ!!マジ最悪ー!」

 

「いやー、まさかそんなに慌てるとはねえ。よほど自分のおキレイな顔が大事と見える」

 

完全に怒った美結は、「ホントありえない!」と言いながら、席を立って二階へ続く階段を登っていった。

 

「ククク、拗ねてやんの」

 

あの生意気娘を言い負かした優越感と、少し意地悪し過ぎたかなという若干の罪悪感を覚えながら、俺はハヤシライスを平らげた。

 

 

 

 

 

 

 

「……お兄ちゃん、どうしたの?」

 

美結にそう言われて、俺はハッとした。

 

現在、夜の七時。俺は美結と一緒にハヤシライスを食べていた。食卓の席に二人で横並びに座り、美結は心配そうな瞳で俺を見つめている。

 

「いや……美結と初めて一緒にご飯を食べたのって、このハヤシライスだったのを思い出してさ」

 

「うん、そうだよね。私もよく覚えてるよ」

 

「そう言えば、美結はカレーの方が好きだったんだよな。そっちにすれば良かったか」

 

「ううん、いいの。昔はカレーの方が好きだったけど……今は、ハヤシライスの方が好き」

 

「そう?」

 

「うん、だって……お兄ちゃんが好きな料理だから」

 

そう言って微笑む美結の、なんと愛らしいことか。俺は思わず口元が緩んで、美結の頭を撫でた。「えへへ」と、子猫が喉を鳴らすような声で、美結は喜んだ。

 

「……ねえ、お兄ちゃん。あの時どうして、私の分までハヤシライス、作ってくれたの?」

 

「ん?んー……美結のためにご飯を作ることに、理由が必要かい?」

 

「もう、お兄ちゃんてばキザだよね」

 

美結はにっこりと笑って、俺の肩に頭を寄せた。

 

そう……あの時俺は、美結がおばあさんのために席を譲ったのを見て……悪い子ではないんだと、そう思った。

 

おばあさんに声をかけることなく、黙ったままいた君が、ひどく不器用で……だけど……性根は何か良いものを持っている子だと思った。

 

そして、ハヤシライス……。なんとなくあの時の君なら、食べることはないだろうと思っていたけど、それでもなぜか……君は食べてくれた。しかも、俺と一緒の食卓で。

 

そう、君は……やろうと思えばハヤシライスを自分の部屋に持っていくこともできた。俺と一緒にご飯を食べなくたって良かった。そうしなかったのは……やっぱり君は、あの時から人恋しく、寂しい想いをしていたのかも知れない。

 

「……お兄ちゃん?大丈夫?」

 

またもや美結にそう言われて、俺は我に返った。美結はさっきと同じように心配そうに俺を見つめる。

 

「何か、考え事?良くないことでもあったの?」

 

「ううん、大丈夫だよ。さ、ハヤシライス食おうぜ。美喜子さんたちが帰ってくる前に」

 

「うん」

 

俺と美結は、それから一緒に仲良くハヤシライスを食べた。

 

「あ、美結。ほっぺたにハヤシライスが」

 

「え?うそうそ、どこに?」

 

「残念、嘘なんだな」

 

「えー?もうお兄ちゃんひどい~」

 

美結の笑った顔が、眩しかった。この笑顔を俺は絶対に守らないといけないなと、心に固く誓った。

 

 

 


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