【完結】生意気な義妹がいじめで引きこもりになったので優しくしたら激甘ブラコン化した話   作:崖の上のジェントルメン

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21.いつの日か胸を張って

……お兄ちゃんは、柊さんの事務所から帰る道のりの間、ずっと険しい顔をしていた。

 

電車のホームから降りて、街を通って家へ向かう中、しばらく私たちは会話をしなかった。

 

お兄ちゃんの顔に浮かぶ表情は……怒りとか悲しみとか……いろんな感情が混ざりあったような感じで……それはいつだったか、私がお兄ちゃんへいじめのことを初めて話した時と、同じような表情だったように思える。

 

「お兄ちゃん」

 

「……ん、どうした?」

 

私が声をかけると、少しだけ表情を和らげてこっちを見てくれた。こういう時、お兄ちゃんのささやかな気遣いが感じられて……嬉しくなる。

 

「なにか考え事してるの?」

 

「……まあね。でも、今は考えがまとまらないから、後からゆっくり考えるよ」

 

「うん」

 

「さて!美結、せっかくだしご飯でも食べに行くか?もう結構いい時間だろ?」

 

確かに、もうだいぶ日が落ちている。これからご飯を作るとなると、結構夜遅くなってしまうかも。

 

「お兄ちゃんが良ければ、私はいいよ」

 

「そうかい?よし、じゃあそこのイタ飯でも行くか」

 

「イタ飯?」

 

「ん?ほら、イタリア料理のさ、パスタとかある……真っ直ぐ行った先にあるだろ?」

 

「いや、イタリア料理のこと、お兄ちゃんイタ飯って略すの?」

 

「え!?美結は略さねえ!?」

 

「う、うん……初めて聴いた」

 

「マジか…………」

 

「古い言い回しっぽいね。いわゆる死語ってやつ?」

 

「……そんなはずは……ある、かも、知れない……」

 

「なんか、時々お兄ちゃんって、ちょっと古い感じのノリあるよね」

 

「おっかしいなあ……ナウでヤングな若者なんだけどなあ」

 

「もー!今のは絶対狙ったでしょ!古すぎだってー!ちゃんと令和に生きてよお兄ちゃーん!」

 

私がそう突っ込むと、お兄ちゃんはケラケラ笑っていた。

 

「んー、そうか。言われてみると、この古いセンスは母さん譲りかもな~」

 

「博美ママの?」

 

「うん、母さんが結構古い歌とか、そういうの好きだったからさ。知らず知らずに影響受けてんのかも知れない」

 

「古い歌……例えば?」

 

「リンダリンダ~♪リンダリンダリンダ~♪」

 

「あ、それ聞いたことある。でも確かに、最近の歌ではないもんね」

 

「でも超好きなんだよなー!この歌!」

 

「ふふふ」

 

私はお兄ちゃんの険しかった顔がどんどん和らぐの見て、ひっそりと胸の中で安心していた。

 

 

 

「いらっしゃいませ」

 

私とお兄ちゃんは、小洒落たイタリア料理店に着いた。店員さんに二人だと告げると、店の奥のテーブルに案内された。

 

お兄ちゃんと対面して座るタイプの席で、私の左手側が壁で、右手側が通路を挟んで四人がけのテーブル席だった。

 

「さーて、何食べる?美結」

 

「んー……イカスミって食べたことないから、ちょっと挑戦してみようかな」

 

「おーいいな。じゃあ俺は……オーソドックスにトマトソースのパスタにするか」

 

「お兄ちゃん、王道が好き?」

 

「ん?まあ好きなのもあるけど……美結がイカスミ苦手だった時のために、交換しておける奴にしておこうと思ってさ」

 

「…………え?ほ、ほんとに?」

 

「うん。あれ?なんか変なこと言ったか?」

 

「ううん……そうじゃなくて。お兄ちゃん、なんか……いつも思うけど、気の遣い方イケメンすぎない?」

 

「えー?何言ってんだよ。このくらいの気遣い、オレにとっちゃ朝飯前だよ。あ、今は夕飯前だったか!わははは!」

 

なんともお気楽に話すお兄ちゃんだったけど、普段からそんな気遣いをしてるなんて……。私だったら頭パンクしちゃいそう。こういう場面でも、相手のことは関係なく、普通に自分の好きなもの選んじゃうだろうし……。

 

でもそうか、それくらい色んなことに気遣ってくれるお兄ちゃんだからこそ、生意気だった私のことも、見捨てないでいてくれたんだよね……。

 

「すみませーん!注文いいですかー?」

 

お兄ちゃんが店員さんを呼んで、二人分の料理を伝えた。それを聞いた店員さんは、伝票にメニューを書いていく。

 

「イカスミパスタとトマトソースパスタ……以上でよろしかったですか?」

 

「はい、お願いします」

 

「かしこまりました、少々お待ちください」

 

「ありがとうございます」

 

お兄ちゃんは笑って頭を軽く下げた。店員さんにも笑顔で……物腰柔らかいお兄ちゃんを、私は両手で頬杖をついて眺めていた。店員さんが去っていった後、お兄ちゃんは私に見られているのに気付いた。

 

「ん?なんだ美結、にやにやして」

 

「いや……お兄ちゃん、やっぱり優しいなあって」

 

「えー?なんだいきなり」

 

「さっきのイカスミの件もそうだけどさ、ほら、よく店員さんにも優しい対応する人が、ホントに優しい人って記事をネットで見るんだよね」

 

「あー、なんかよくあるよな」

 

「あれ、私ホントだと思うんだ。店員さんに横柄な人は、根本的に横柄なんだろうなって」

 

「そうだな~……確かに、自分より下っていうか……へりくだってる相手にデカイ態度取る人は、内弁慶的なあれなんだろうな」

 

「うんうん。だからさ、お兄ちゃんはやっぱり優しいなって思ったの」

 

「いやー、まあでも普通の対応じゃない?それに俺の場合、ファミレスでバイトしてるから、余計に店員さん側の気持ちが分かるというか……」

 

「そっか、それはあるかもね」

 

「そうそう、お互い気遣いあうのが一番平和!ラブアンドピース!」

 

「ふふふ」

 

……お兄ちゃんがニコニコして話しているのを見て、私も意図せずに笑みが溢れてくる。

 

こんな他愛もない話をする時が、いわゆる……平和で幸せな瞬間なのかも知れない。

 

 

「……でさー、私この前さ~」

 

その時、私は店内に響く……ある声が、無理やり私の耳の奥に届いた。

 

それは、本当にどこにでもいる若い女の子たちの声なんだけど……なぜか私は、ぴりっと嫌な空気が出ているのを感じた。

 

ふとお兄ちゃんから眼を逸らして、店内の方を確認する。入り口から、こっちに向かって三人の……同い年くらいの女の子たちが、店員さんに席を案内されている。

 

「!?」

 

……彼女たちの顔を確認した時、本当に……心臓が止まるかと思った。そこにいたのは、私をいじめた湯水たち三人だった。

 

しかも不運なことに……私たちの右手側……通路を挟んで隣のテーブル席……そこに店員さんから案内されて、彼女たちは座った。咄嗟に私は、彼女たちとは真逆の方……壁側へ顔を向けた。

 

「ねえ聴いてよ舞~!喜楽里がさー、バイト代全部はたいてお人形買ったんだって!やばいよね~」

 

「えー?いいじゃん別にー!個人のジユーでしょー?」

 

彼女たちは、会話に夢中で私に気づいていない。でも……いつ、バレるだろうか?そんなことを想像して、胸がズキズキと痛む。

 

「……?どうした?」

 

お兄ちゃんが心配そうに顔を覗かせてくる。私は……慎重に目配せをして、隣の席を見るようにお兄ちゃんへ伝えた。

 

それを受けて、お兄ちゃんが横目で隣を確認する。彼女たちを見たお兄ちゃんは、黙ったまま眼を見開いた。そして、口をきゅっと縛ると、彼女たちを見るのを止め、真正面へと向き直った。

 

お兄ちゃんはその後、ふうと息をはいて落ち着くと、何食わぬ顔で鞄からスマホを取り出し、それをいじりだした。

 

素知らぬ態度を決め込むのかな……?と思っていた矢先、私のスマホがバイブレーションした。確認してみると、お兄ちゃんからのLimeだった。

 

『どうする?店出るか?』

 

……私は、さすがに料理を注文しちゃった手前、ここで出るのも申し訳ないな……と、心の中で思っていた時、その心を読んだかのように、お兄ちゃんからLimeの追伸がきた。

 

『料理なら気にしないでいい。俺の方で金を払っておくから、先に出ておきな?』

 

「……………………」

 

おそるおそる、お兄ちゃんの方へ眼をやった。お兄ちゃんは私をじっと見つめたまま、黙って頷いた。

 

…………少しだけ悩んだけれど、私はもう、この緊張感に耐えられなくて、お兄ちゃんの言う通りにした。

 

震える呼吸を整えるため、深く息をはいてから、静かに席を立ち上がり……気配を完全に消して、ゆっくりと出口へ向かった。

 

湯水たちの横を通る時、本当に生きた心地がしなかった。右手が少しだけ彼女たちの机に触れた時、ひっ!と声に出そうだったのを、無理やり口を閉じて封じ込めた。

 

その私の後ろに、お兄ちゃんがぴったりとついてきた。お兄ちゃんはたぶん、自分を壁にして湯水たちに見られないようにしてくれてるんだと思う。

 

出口付近で、私とお兄ちゃんは別れた。お兄ちゃんはカウンターの店員に話しかけに行った。

 

「すみません、ちょっと知人が危篤になったと連絡があって……すぐに帰らないと行けなくなって……。料理はまだいただいてないんですが、お代の方を支払いますので、良かったら店を出させてもらえると……」

 

そう説明しているお兄ちゃんを背に、私は外へと出ていった。出口を出た瞬間、さっきまでゆっくり歩いてた反動であるかのように、思い切り道を真っ直ぐに走った。彼女たちから少しでも遠ざかりたくて……勝手に足がそう動いていた。

 

「はあ……!はあ……!」

 

あんまり遠く行きすぎるとお兄ちゃんに迷惑がかかるので、20メートルほど直進したところで、私は立ち止まった。

 

「美結!」

 

お兄ちゃんが私の姿を見つけて、私のところまで走ってきてくれた。

 

「美結……大丈夫か?」

 

「お、お兄ちゃん……ごめんね。せっかく二人で……ゆっくりご飯……食べようとしてたのに……」

 

「何言ってんだ、悪いのはあいつらで、美結はなんにも悪くないさ。少しも気にしなくていい……」

 

「……………………」

 

「だいたい、いじめっ子が胸張って歩けるのがおかしいんだ。そうだろ?だから美結、お前は何も悪くないよ」

 

「……………………」

 

「本当だったら今すぐにでも!あいつらを俺がぶん殴って、全員丸坊主にしてやりたいとこだが、それじゃ……あいつらと同レベルだ。これからも城谷さんや柊さんに頼りながら、あいつらをきちんと!あくまで大人の対応として、きっちり裁いてやろうぜ!」

 

お兄ちゃんの言葉が、だんだんと荒くなる。いつも私のために怒ってくれるお兄ちゃんがいてくれて……私はなんだか泣きそうになっちゃった。本当に私って、恵まれてるんだろうな……。

 

そう、そんなお兄ちゃんに守ってもらってばっかりで……私は……。

 

「……私、全然成長してないや……」

 

「ん?」

 

「だっ……いつもお兄ちゃんに守ってもらってばっかりで……なにも、なにもできてなくて……」

 

「……………………」

 

お兄ちゃんは、私の肩をぽんぽんと叩いた。そして、にこっと笑うと、顎をくいっと前に出した。歩きながら話そう……と、そういう風に言っているのがわかった。

 

私がゆっくりと前に向かって歩くと、お兄ちゃんは私の左隣から右隣に移った。なんでだろう?と一瞬だけ思ったけど、右側が車道であることにすぐ気づいて、お兄ちゃんのしれっとした優しさに……また、泣きそうになっちゃった。

 

「美結、成長する人間がどんな人間か、分かるかい?」

 

お兄ちゃんのその問いかけに、私は静かに首を横に振った。

 

「これは俺の持論だけどさ……成長する人間っていうのは、『自分がまだまだ成長してないことを実感してる』人間だと思う」

 

「……………………」

 

「美結は、自分が成長できてないって自分で感じた。俺は全然そんなことないと思ってるけど、美結自身ではそう感じた。ということは、美結はこれからもっと……もっと強く、成長できるってことだ」

 

「……………………」

 

「だから、なんにも心配しなくていい。いつかあいつらの……湯水たちの前でも、俺と一緒に、堂々と胸張って歩こうぜ?」

 

「……うん」

 

「大丈夫だ、一緒に俺と成長しよう。きっと大丈夫だ」

 

「……………………」

 

私は……『一緒に』っていうのが、すごく嬉しかった。独りぼっちじゃないってこと……二人で頑張ろうって言ってくれてることが……私……すごく……。

 

「あ……」

 

その時、私はふいに、お兄ちゃんがご飯代を全部払ってくれてたことを思い出した。

 

「そうだ、お金……私の分……返すね」

 

「いらないよ、それも気にしないでいい。さ、家に帰ろう?一緒に家でご飯を食べよう」

 

「……………………」

 

「今日はそうだな……美結の好きなカレーを作ろう!スーパーでカツも買ってさ、カツカレーにして、豪勢にしちゃおうぜ!」

 

「……ううん」

 

「あ、あれ?カレー……嫌か?」

 

「私……ハヤシライスがいい……」

 

「……………………」

 

「お兄ちゃんのハヤシライスが、食べたい……」

 

「……そっか」

 

お兄ちゃんは、私の肩をぎゅっと抱いた。歩きながら、お兄ちゃんは優しい声で囁いた。

 

「たくさん作るからさ、遠慮せず……たくさん食べてくれよな」

 

「うん」

 

「美結、愛してるよ」

 

「…………うん」

 

私も愛してる……と、そうお兄ちゃんに言いたくて、言葉を出そうとしたけれど、声が震えて……何一つ言えなかった。

 

お兄ちゃんは、そんなの構わないよと言うかのように、私の背中をぽんぽんと、優しく叩いてくれた。

 

夕焼けが、泣きたくなるくらいに綺麗だった。

 

 


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