【完結】生意気な義妹がいじめで引きこもりになったので優しくしたら激甘ブラコン化した話   作:崖の上のジェントルメン

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31.帰宅

 

 

「……これから父さん、警察署に行くんだろ?」

 

お兄ちゃんは、隆一パパを真っ直ぐに見て言った。隆一パパの方も、その眼を真正面から受けていた。

 

「きっちり納得のいく処分を受けてきてほしい。あんたもきちんと裁かれる方が、変に許されるより救われるだろ?」

 

「…………ああ」

 

「……………………」

 

お兄ちゃんはしばらく黙った後、隆一パパに背を向けた。

 

「……これで、もう俺の言いたいことは終わったよ。時間を取らせてごめん」

 

「……いや、構わない。なんだか久しぶりに……お前と喋ったような気がするな」

 

「……………………」

 

お兄ちゃんはパパの方へ振り向くことなく、そのまま歩いていった。

 

髪からぽたぽたと、雨の滴が地面に落ちている。お兄ちゃんは頬に涙の後を残して、どこか切なそうに……遥か遠くを見るように空を仰ぎながら……真っ直ぐ私の元に帰ってきてくれた。

 

「……お兄ちゃん」

 

私がそう声をかけると、お兄ちゃんは私の方に顔を向けて、少しだけ口元を緩ませた。

 

「明くん…………」

 

城谷さんが、お兄ちゃんへ声をかける。お兄ちゃんは横目で城谷さんを一瞥した後、眼を伏せて「ありがとうございました」と告げた。

 

「父さんに言いたいこと、いろいろと言えました。俺も……母さんも」

 

「……………………」

 

「時間を取らせて……すみませんでした」

 

「……そんなこと」

 

「父さんを、よろしくお願いいたします……」

 

「……………………」

 

城谷さんと柊さんは顔を見合せて、黙って頷きあっていた。城谷さんが隆一パパの方へと歩いていき、隆一パパに助手席へ乗ってもらうよう話している。

 

「……………………」

 

ふと気がつくと、柊さんは私の方に視線を向けていた。そして、にこっと笑うと、ちらりとお兄ちゃんに目配せをした。

 

私は彼女の言いたい意図を読み取って……言葉にして返した。

 

「はい、柊さん……。私たち、これからも支えあって……生きていきます」

 

すると、柊さんは満足そうに頷いて、城谷さんと同じく、隆一パパのいるパトカーの方へと向かっていた。

 

そうして、城谷さんと柊さん、隆一パパを乗せたパトカーは、警察署へと向かい、去っていった。

 

「……………………」

 

しばらくの間、私たちはみんな無言だった。どんな言葉も今は上滑りしてしまうような気がして、何も言えなかった。

 

「……明さん、これ」

 

すっとお兄ちゃんの前にタオルを差し出してきたのは、メグだった。「児童相談所の方から借りました」と彼女は一言添えた。

 

さすがの気配り上手なメグだな、なんてことを思ったのと同時に、私も何かお兄ちゃんにしたいという焦りが生まれた。

 

「……ありがとう、メグちゃん」

 

お兄ちゃんは薄く笑うと、タオルを受け取って、濡れた髪と服を拭った。でもさすがに服は乾くのを待つしかないみたいで、肩から背中にかけて広く染みができていた。

 

「……………………」

 

雨に濡れて……寂しそうな、切なそうな……だけどどこか嬉しそうな、いろいろ混ざった表情を浮かべているお兄ちゃんに、私は場違いなドキドキを覚えた。

 

お兄ちゃんの真っ直ぐな言葉を聴いた上で、お兄ちゃんの気持ちを空想すると……お兄ちゃんのことがもっと素敵に思えて……。それに加えてこの雨が、なんだか妙にお兄ちゃんを色っぽく映らせる。これがいわゆる、『水も滴るいい男』なのかな?なんてことを思った。

 

「……美結?」

 

「え?な、なに?お兄ちゃん」

 

「いや……なんか、すごく見つめられてたから、何か……あったのかなって」

 

「う、ううん。なんでもないよ」

 

私ってば恥ずかしい。お兄ちゃんのこと、無意識の内にずっと見つめちゃってたんだ。

 

バカバカ、ドキドキするのはいいけど、今じゃないでしょ。そんな空気じゃないし、私がお兄ちゃんに……なにか、なにか……。

 

「……………………」

 

お兄ちゃんはタオルで顔を拭った後、ふう~……と大きく息を吐いた。

 

そして、ぱっと花が咲いたように笑って、「みんな!悪かったな!辛気臭い空気作っちゃって!」と朗らかな声で話した。

 

「お兄ちゃん……」

 

「明さん……」

 

「兄貴……」

 

「兄貴さん……」

 

「ははは!いいんだよみんな!俺はもうへっちゃらだって!さ、ちょっと遅くなっちゃったけど、飯食べに行こうぜ!」

 

……どうしていきなり、お兄ちゃんは明るく振る舞ってるんだろう?そう思って一瞬困惑したけど……。

 

(そうか、さっき私がお兄ちゃんをドキドキしながら見つめていたのを……お兄ちゃんは私が心配してるって解釈して、それで……)

 

いや、事実心配……というか、なんて声をかけていいか分からなくて、みな固まっていたと思うんだけど、お兄ちゃんはそんな空気を壊そうとしてくれてる。

 

「俺、朝から何も食べてなくてさ~!結構、腹鳴ってるんだよなー!」

 

それがなんか……とってもお兄ちゃんだなって、そう思った。

 

「……うっす!そうすっね!飯行きましょ兄貴!」

 

その空気作りにすかさず乗ったのは藤田さん。持ち前の気さくな雰囲気で、お兄ちゃんと一緒に場を和ませてくれた。

 

「その前に兄貴!上着どっかで着替えないっすか?ゼッテー寒いっすよ?」

 

「うん、実は超寒い!一刻も早くお風呂に入りたい!」

 

「兄貴ー!先に飯の前にそっちっすよー!」

 

「はははは!いやーカッコつけすぎたなー!傘持って行ってりゃ良かったよー!」

 

二人が笑っているのを見て、私やメグ、葵さんもみんな、クスッと頬を緩めた。軽くなった空気が、私たちの周りを包む気がする。

 

空には、綺麗な虹が見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……児童相談所のシャワーと乾燥機を最後にお借りして、私たちはそこを後にした。

 

みんなで向かった先は、ファミレス。片方に横3人と、そこに対面したさらに横3人かけの、計6人かけテーブル席に案内された。

 

片方の3人かけに、私とお兄ちゃん。私が奥につめて、お兄ちゃんは通路側に座る。

 

私と対面しているのは、メグ。その隣に葵さん、さらにその隣が藤田さんという席順だった。

 

「えーと……私は、ほうれん草グラタンで」

 

「あ、私も美結と同じにしようかな。葵さんどうします?」

 

「私も暖かいのがいいな。よし、この激辛カツカレーにしよう。公平くんどうする?」

 

「オレはー!んー!このハンバーグセットの超特盛+ご飯セット大盛いくべ!兄貴!どうしますか!?」

 

「俺は……そうだな、イカスミパスタにしようかな」

 

各人の食べたいものを決めて、お兄ちゃんがまとめて店員さんに注文をする。

 

「葵!お前ホント激辛好きだよなー!」

 

藤田さんの言葉を皮切りに、みんなで談笑が始まった。

 

「んー、やっぱり辛くないと味しなくない?」

 

すました顔で言う葵さんを見て、他四人が絶句した。メグが「私、辛いのホント無理なんで……絶対葵さんのやつ食べられないと思います」と、青ざめた顔で言っていた。

 

「私もメグと同じで、辛いの苦手……。未だにお寿司のわさびも食べれません」

 

「葵はなんでそんな辛いの好きなんだー?なんかきっかけでもあったのかー?」

 

「きっかけって言うか……え?美味しくない?激辛。普通に」

 

「「普通ではないかな」」

 

四人の声が綺麗にハモッた。葵さんは訝しげな顔をして、「いやそれならね?」と言って藤田さんを指さした。

 

「公平くんの食べる量も、大概普通じゃないよ。ホント、お腹の中に底無し沼がないと無理だと思うくらい」

 

「えー?んなことねーと思うぞ!男ならフツーだって!」

 

「分かる……分かるよ葵さん。俺も藤田くんとバイトしてた時、賄いの食べる量ハンパなくて……驚きすぎて唖然としたもんな」

 

「ですよね?ほら、兄貴さんもこう言ってるよ」

 

「そーすっかねー?ゼッテーそんなことねーと思うんすけどなあ……」

 

藤田さんが納得いかない感じで腕を組む。私は葵さんに「そんなに凄いんですか?」と尋ねてみた。

 

「この前……クリスマスの時だったかな?公平くんと焼き肉の食べ放題に行ったんだけど……もうホントにびっくり!五人分をぺろっと食べた後に、チョコレートケーキをホールひとつ食べたの!」

 

「ええええええ!!?け、ケーキをホールで!?」

 

「焼き肉をあんなに食べた後でケーキのホールは、やっぱりおかしいよ公平くん。見てるこっちが胃もたれしたんだから……」

 

「いやいや!デザートは別腹っしょ!?」

 

「……藤田くん。君の場合、それは別腹と書いて異空間と読むよ」

 

……私たちはみな、さっきまでの空気が嘘のように……心穏やかに、気軽に談笑していた。みんなが各々良い人なのもあって、とても喋りやすい。居心地の良いところにいられる安心感に包まれて……私も思わず綻んだ。

 

「お待たせしました、イカスミパスタでございます」

 

そうこうしている内に、お兄ちゃんの料理が運ばれてきた。「美味しそうだな~」とお兄ちゃんははにかみながら、なぜか私の前にイカスミパスタを置いた。

 

「え?お兄ちゃん、なんで?これお兄ちゃんのだよ?」

 

「ん、いやほら……前に美結がさ、食べたがってたじゃん?一口どうだ?」

 

「……!」

 

そう……それは確か、柊さんの事務所に初めて訪れた日の帰り道。お兄ちゃんとレストランでご飯を食べようとしたけれど、湯水たちが現れて、急遽店を出てしまった時のこと……。

 

確かにその時、私はイカスミパスタを食べたことがなかったので、店員さんにそう注文していた。あの時食べ損なったことをお兄ちゃんは覚えてくれただけじゃなく、私にどんな味か教えてくれようと……頼んでくれたんだ。

 

「……いいの?お兄ちゃん」

 

「もちろん!」

 

「……………………」

 

こういうところで、私……お兄ちゃんにすっごくキュンキュンしちゃう。ホントにずるい。私のいろんなこと覚えててくれて……こうして優しく気遣ってくれて……。

 

思わずキスしたくなるくらい、胸が熱くなっちゃったけど、なんとかそれを堪えた。代わりに私はお兄ちゃんに真っ直ぐ笑顔を見せて、「ありがとう」と言った。

 

私はお兄ちゃんからフォークを受け取って、初めてイカスミパスタを食べた。なるほど……海鮮のソースをパスタにまぶした感じ。癖があるけど、好きな方かも。

 

「うん、美味しい」

 

「そうかそうか、良かった」

 

お兄ちゃんもそう言うと、にっこりと笑ってくれた。そうして、私はお兄ちゃんにフォークを返した。

 

そんなやり取りをしている間、私を含め、他のみんなの食事も運ばれてきた。みんなで各々好きなものを食べた。葵さんのカレーは絶対一口食べたら悶えて火を吹きそうなほど赤くて、藤田さんの山盛りご飯は、漫画に出てきそうなほど盛られてて。そんなみんなの食べる風景を楽しみながら、談笑を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

私たちは食事を終えて、何時間もダベった後、夕方の四時ごろに店を出た。

 

「……それじゃあみんな、今日はありがとうな」

 

お兄ちゃんがそう言うと、藤田さんが「全然いいっすよ!」と答えて笑った。

 

「今度、またみんなで集まりましょうや!」

 

「ああ、またその時に」

 

「それでは失礼します。兄貴さん、美結さん、メグさん」

 

「また会いましょう、みなさん」

 

各々の道へと向かっていく三人を、私とお兄ちゃんは夕方の中、黙って眺めていた。

 

みんなの背中が見えなくなった当たりで、「俺たちも帰ろう」とお兄ちゃんが言った。

 

そうして私たちは、約1ヶ月ぶりに我が家に帰ってた。

 

玄関の扉を開けて「ただいまー」と、私とお兄ちゃんは誰もいない……仄暗い家の中に告げた。

 

「……ホントに、久しぶりだな」

 

「そうだね」

 

お兄ちゃんが玄関の扉を閉めた瞬間……私はお兄ちゃんに抱きついた。

 

「お?美結、どうした?」

 

「……………………」

 

私はしばらくぎゅっとした後、顔を上げて、お兄ちゃんの両頬を手で包み……爪先立ちをしながらキスをした。

 

「……………………」

 

ゆっくりと唇を離すと、お兄ちゃんは若干びっくりした顔で……頬を赤く染めて、私を見つめた。

 

「ど、どうした?美結」

 

「……我慢、できなくなっちゃって」

 

「我慢……?」

 

「うん」

 

そう言って、私はまたキスをした。

 

「……お兄ちゃんが大好きって気持ちを、我慢できなくなったの」

 

「……………………」

 

「私たち、ようやく……本当の二人っきりになれたね」

 

「……ああ、そうだな」

 

「こうなれたのは、お兄ちゃんが私のこと、守ってくれたからだよ」

 

「そんなことない。美結もとても努力したし……柊さんや城谷さんたちの協力があってできたことさ。そうだろ?」

 

「ふふふ……」

 

私はお兄ちゃんの眼を真っ直ぐに見つめた。鼻先がふれ合うほど私たちは近くにいて……。お互いの吐息がかかる度に、心臓が跳ねるくらいドキドキした。

 

「これからも私たち、ずっと一緒だよ?」

 

「ああ、もちろん」

 

「苦しいことも、寂しい想いも、悲しい思い出も、私たちで一緒に乗り越えて……一緒に、生きたい」

 

「うん…………」

 

「……ふふ、お兄ちゃん。なんだか照れてるね」

 

「いや……ちょっと恥ずかしくなってさ、美結にこんなに……想いをぶつけられちゃって」

 

「うふふ、まだまだ。まだまだ足りないよ?」

 

「美結……」

 

「お兄ちゃん、愛してる」

 

「ああ、俺も美結、君を愛してるよ……」

 

私はもう一度、お兄ちゃんに三度目のキスをした。

 

これからも私たちが、ずっと一緒にいられることを夢見ながら。

 


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