【完結】生意気な義妹がいじめで引きこもりになったので優しくしたら激甘ブラコン化した話   作:崖の上のジェントルメン

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33.霧のような将来への不安(中編)

 

……私は、明さんの目の前で思わず泣いてしまった。別に泣きたいわけじゃないのに……。

 

今の私は、どうにも心のバランスがぐちゃぐちゃで……自分でもよく分からなくなっちゃっているみたい。

 

でも、その原因が受験だってことは、痛いほど分かってる。

 

先日、私は志望している高校の推薦入試があって……それに落ちた。先生からも『あなたなら大丈夫』ってお墨付きだったのに……。

 

先生や親からは、『結果は残念だけど、気持ちを切り替えて一般入試で頑張りなさい』と言われたけど……私、推薦で落ちて以来、どうにも怖くて仕方がないの……。

 

どこを探しても番号がなくて、胸がざわざわして落ち着かなくて……帰り道に何回も涙を拭いながら帰ったあの日のことがフラッシュバックして……。勉強にも支障が出ちゃって……。

 

今の時期、受験の過去問を解く機会が多いんだけれど、その答案用紙を見ただけで、ぶるぶると手が震える。

 

『受からなきゃ!いい点をとらなきゃ!』って想いがずっとあるのに、緊張しすぎてパニックになって……どんどん、点数が落ちていってる。それが余計に自分を追い詰めて……抜けられない悪循環に陥ってる。

 

このままじゃいけないと思って、どうにか心の安定を持ちたくて、思わず塾の帰り道……美結と明さんのおうちに向かってしまった。

 

すがるような想いで明さんに電話をして、家に入れてもらって………。

 

「……俺と、デートがしたい?」

 

明さんの尋ねる声が耳に届く。私はうつむいたまま、静かに頷いた。

 

『デートがしたい』というのは……明さんを見て、咄嗟に出ちゃった言葉だった。そもそも、こんな真夜中に明さん宅に来ること自体が咄嗟というか突然というか……。

 

私も自分が抑えられない。何をどうしたいかハッキリ分かってないけど、とにかく明さんに会いに来たらいい気がして……本当にそれだけの理由で……。

 

「……メグちゃん。俺のことを好きでいてくれるのはとても嬉しい。だけど、君とデートはできない」

 

明さんの、優しくて厳しい答えが返ってきた。

 

「俺は、美結のことが好きだ。好きな子を裏切ることはできない」

 

「……………………」

 

「それに、ここで君とデートしてしまうと、君に対しても失礼になる。気持ちがこもっていないデートをすることになってしまう」

 

「……………………」

 

「本当に、君の気持ちに応えられないことが心苦しいけど、それだけは俺の譲れない線引きで……」

 

「……分かってましたよ、明さん」

 

「え?」

 

「あなたが断るだろうなってことは、分かってました」

 

ココアから立つ湯気が、ゆらゆらと揺れている。

 

「私は…………ここで断ってくれるあなただから、好きなんだと思います」

 

「メグちゃん……」

 

「美結のことに一途で、いつも守ってあげてて、そして……私のことも、気遣ってくれて。本当の意味で誠実なあなたのそばにいると、とても安心できて……安らげて……。ふふふ、バカですよね。振り向いてもらえるはずのない……むしろ、振り向いてもらえないところを好きになっちゃう私って、ホントに…………」

 

「……………………」

 

「…………好きです、明さん」

 

気がつくと私は、眼から涙が止められないほど溢れていた。ぽたぽたとフローリングの床に涙の滴が落ちていくのを見て、『ああ、汚しちゃった。床を拭かなきゃ』……と、どこか冷めた気持ちが頭を掠めた。

 

「……メグちゃん、どうかしたの?」

 

「……………………」

 

「今の君は少し自暴自棄というか……心が落ち着いてないように思える。何か嫌なことでもあった?」

 

「……受験に、失敗……しちゃって

…………」

 

「…………!」

 

「推薦入試がこの前、あったんですけれど……」

 

私はことのあらましを明さんに話した。その間もずっと、私の視線は床に向いていた。時折聞こえる明さんの相づちが優しかった。

 

「……そうか、それでちょっと……いつもより元気がなかったのか」

 

全てを聞き終えた明さんは、「うーん、そうだなあ……」と言って唸っていた。

 

「明さんだったら、何か私に……言葉をくれそうな気がしたんです」

 

「言葉?」

 

「……ええ。何か……救いになるような言葉を」

 

「そうかな……。俺はそんな、大層な人間じゃないけどなあ……。それほど長く生きてもいないしさ」

 

そんな謙遜を言っているけど、私はいつも……明さんの言葉に胸を打たれてきた。

 

美結と仲直りした日に言われた、『喧嘩してあげてほしい』という言葉も、この前見た明さんのお父さんへ告げた『愛することにビビるな』も、ずーっと私の中で木霊してる。

 

だから今回も、もしかしたら明さんに……背中を押してくれる言葉をもらえるんじゃないかって、そう思っていた。

 

「……ちょっと、待っててもらっていいかい?」

 

「え?」

 

私が顔を上げると、明さんはニコッと笑った。そして「少しだけだから」と言って、席を立ち、二階の階段を上がっていった。

 

ニ分か三分くらい経った後、二階から明さんと美結が降りてきた。彼女は眠そうに眼を擦っている。パジャマの美結を見るのは、初めてかも知れない。

 

「美結、すまんな。夜遅くに起こして」

 

「ううん、大丈夫……。メグ、どうぞいらっしゃい」

 

「う、うん。夜遅くにごめんね」

 

しょぼしょぼした眼で、美結は笑った。なんだかその光景がとても可愛くて、私は思わず微笑んでしまった。

 

明さんは、また私の隣に座り、美結は私の机を挟んで対面に座った。ぽ~……と上の空な美結の前に、明さんはそっとココアを置いた。

 

「メグちゃん、明日、時間あるかい?」

 

「明日……ですか?」

 

明日は平日の水曜日。当然、暇なんかじゃない。学校もあるし、さっきも言った通り受験勉強がある。3月にある試験に向けて、今頑張らなきゃいけなくて……。そのことを、明さんも分かっているはず。分かった上で、私にそう尋ねてきたと……。

 

「……なぜ、そんなこと尋ねるんですか?」

 

「一緒にさ、遠出してみない?俺と、美結と、メグちゃんの三人で」

 

「遠出……?」

 

「うん。今日はうちに泊まってもらってさ、明日の朝からみんなで出掛けよう」

 

「でも、私学校が……。ていうか、明さんだって学校ありますよね?」

 

「うん、サボろっかなって」

 

「サボる!?」

 

「もちろん、メグちゃんが決めてくれて構わない。俺がサボるのは俺の責任だけど、メグちゃんが学校をサボるのは、メグちゃんの責任になっちゃうからね」

 

「……ど、どこに向かうんですか?宛は一体……」

 

「いや、全然考えてないよ。足の向くまま気の向くまま、好きなところに向かうだけさ。まあ強いて言うなら、景色が綺麗なところがいいかな」

 

「……………………」

 

明さんは美結の方へ視線をやると、「美結はどうだ?一緒に行きたい?」と尋ねた。美結は眠たそうに眼を細めながら、こっくりと頷いた。

 

「み、美結……。あなただって試験あるでしょ?大丈夫なの?」

 

「私は……今はもう合格圏内だし、最近ちょっと根詰めすぎてキツかったから、気晴らししたいなって」

 

ふあぁ……と、美結は大きなあくびをひとつする。

 

「で、でも……学校サボるってそんな………………」

 

「今度の土日とかでもいいよ?ただ、なんとなくサボることにも意味がありそうな気がしてさ」

 

「サボることに……?」

 

「サボる場合は、メグちゃんの親にちゃんと連絡して、その上で出掛けよう。もちろん、普通に学校に行くっていうのでも構わないよ。これはただのお誘いだから」

 

「……………………」

 

「……大丈夫だよ、メグ」

 

美結は、うつらうつらとしながらも、私に向かってこう告げた。

 

「お兄ちゃんは、メグのことちゃんと考えて……きっと、そういうのに誘ってくれてると思うから……」

 

「……………………」

 

私は……その場で二十分以上悩んだ。ただ黙って床を見て、眉間にしわを寄せて、ぐるぐるぐるぐるいろんな思考が駆け巡っていった。その間、美結も明さんも、何も私に言わなかった。答えを急かすようなことは一切せず……ただ黙って私のことを待っていてくれた。

 

確かに私も……美結と同じく、根詰めすぎて息抜きが全然できていない。唯一直近であったのは、美結たちが児童相談所から帰ってきた時に、一緒にご飯を食べたあの日だけ。あの日もすぐに家に帰って、ずっと勉強し続けた。

 

でも今……ここで集中を解いちゃっていいのかな?今解いてしまうと、もうこの集中が戻ってこないような気がして……。

 

(……だけど、その集中自体が今どん詰まり……。悪循環になってるのも事実)

 

私のために、明さんが提案してくれたこと……受け入れてみても、いいだろうか。

 

私……私は……。

 

「……ふう」

 

ようやく口を開いたのは、押し黙ってから二十五分後のことだった。私は顔を上げて、明さんと美結を交互に見て、一言告げた。

 

「とりあえず……お母さんに連絡してみます」

 

それを聞いた明さんは、微笑みながら静かに首を縦に振った。

 

私はバッグに入れてたスマホを取り出して、母にかける。

 

『……はい、もしもし?』

 

スマホでお母さんに電話をかけた私は、緊張で高鳴る胸を抑えつつ、「母さん、少しだけいいかな?」と言って話し始めた。

 

「私……ちょっと、今日いきなりなんだけど……友達の家に泊まろうかなって」

 

『ええ?随分いきなりね』

 

「うん。それで……あの、明日、学校をちょっと、お休みしたいなって」

 

『メグ!?あなた何言ってるのよ!学校があるでしょ?』

 

「…………えと、あの……」

 

『メグ、あなた大丈夫?あんまり言いたくないけれど、悪いお友達とは付き合っちゃダメよ?』

 

「違うよ!そんなんじゃない……」

 

『でも、話を聞くだけじゃ、そんな風に思っちゃうわよ?』

 

「……………………」

 

『メグ、ゆっくりで良いから全部話してごらんなさい?あなた時々、気持ちが前に出すぎちゃうことあるから』

 

「……うん」

 

私は何回か深呼吸をして、事情を1から説明した。

 

「私……この前推薦に落ちちゃってから、受験が怖くて……うまく、勉強できてないの。過去問の点数もどんどん落ちてて……どうしたらいいのか、分からなくて」

 

『…………………』

 

「それで、この……どうしようもない感覚を、その……どうにか止めたくて。ほら、私が時々話してるでしょ?美結って友達のこと」

 

『うん、美結ちゃんね。私も分かるわ』

 

「美結にね、お兄さんがいるんだけど……その人とも私、仲良くて」

 

『それも時々話してるわね。明さんだっけ?』

 

「そう。その明さんに、どうしたらいいか相談してみたの。そしたら、『明日一緒に気張らしに出掛けないか?』って」

 

『…………………』

 

「明さんが言うには、『サボることにも意味があると思う』って、そう言ってて……」

 

『…………サボることにねえ…………』

 

「ねえママ、美結と明さんには、信頼できる人たちなの。だから大丈夫だと思うから……」

 

『…………メグ、あなたは行きたいの?』

 

「え?」

 

『お友達に誘われて、強引に付き合わされてるわけじゃないのよね?あなた自身がちゃんと行きたいと思っているから、私に連絡してるのよね?』

 

「…………うん」

 

私がそう答えると、しばらく間があいた。なんて言われるのか分からなくて、その沈黙の時間、私は固唾を飲んで答えを待った。

 

『……メグ』

 

「な、なに?」

 

『くれぐれも、美結ちゃんや明さんに迷惑のかからないようにね?』

 

「……!じゃあ、母さん!」

 

『お父さんや学校へは、私から上手く言っておくから。あなたは気兼ねなく、お出かけしてらっしゃい』

 

「母さん……本当に、ありがとう」

 

『私も実はね、心配してたの。あなたが近頃、どんどん元気がなくなってて。気にかかってはいたのだけど、勉強の邪魔しちゃいけないと思って、声をかけるにかけれなくてね』

 

「……………………」

 

『それにしても……まさか堂々とサボる宣言をされるとは、夢にも思わなかったわね』

 

「あの……明さんが事前に、お母さんに言っておいたら?って言ってたから……」

 

『ふふふ、そうなのね。なら明さんは確かに、信頼できる人だわ』

 

「え?」

 

『だって、普通親にサボりの連絡しなって言わないじゃない。ちゃんと筋を通される人なのね』

 

「……うん、明さんは……そういう人だから」

 

『メグが明さんにお熱になってる理由も、なんとなく分かったわ』

 

「え!?お、お熱って……!?」

 

『あら、あなたバレてないと思ってたの?あなたが明さんの話をする時、いっつもウキウキで、眼がキラキラしてるんだもの』

 

お母さんの眼は誤魔化せないわよ?と言って、電話口で笑っていた。

 

確かに時々、母には美結と明さんのことを話したりしていたけど……バレちゃってたんだ。恥ずかしい……。

 

目の前にいる明さんが、照れ臭そうに頭を掻いている。

 

『それじゃあ、帰ってくるのは明日になるのね』

 

「うん。ごめんね母さん、いきなりサボるなんて話しちゃって」

 

『いいのよ。私も学生の頃は授業が面倒臭くて、友達とバックレたりしてたもの』

 

「ええ?あの真面目な母さんが?」

 

『若い頃っていうのはそんなものよ。あなたは私よりもっと真面目だから、あんまりそういうの無いだろうなと思ってたけど。でも良いのよ、そういう経験も大人になってからじゃできないものね』

 

「……………………」

 

『それじゃあお休み、メグ。ゆっくり羽を伸ばしてきなさい』

 

「うん、ありがとう。お休み……」

 

そうして、私は電話を切った。「良いお母さんだね」と、明さんの呟く声が聞こえた。

 

私は口角を上げて、「はい」と、明さんの呟きに小さく返した。

 

 

 

 


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