【完結】生意気な義妹がいじめで引きこもりになったので優しくしたら激甘ブラコン化した話   作:崖の上のジェントルメン

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41.VS湯水(part3)

 

 

教卓の前でごちゃごちゃと授業をする教師の言葉など少しも聞かずに、私は窓の外を眺めていた。

 

微妙に曇っていて、いい天気などではない。その曇天具合を、ぼんやりと見つめている。

 

「……それじゃあ、次のところを~湯水さん!読んでくれる?」

 

教師から名指しされたので、バレないように舌打ちをして、席に座ったまま教科書を読み始めた。

 

「えーと……『彼の瞳は真っ直ぐに私を見つめる。その瞳から思わず逃げたくなったのは、私があんまりに臆病なせいだからです。』」

 

国語の教科書にある小説って、なんで毎回クソつまらないんだろう。読み上げながら、だんだんイライラしてくる。もちろん、そんな姿はおくびにも出さない。

 

「『私には何も愛される理由はない。愛される価値のある人間ではない。けれども、彼は私に好意を向けている。そんなことあっていいのだろうか。』」

 

読み上げつつ、私は渡辺と平田のことについて考えていた。

 

私が平田に声をかけたあの日以来、私にその仲を見せつけるかのように、いつも一緒にいるようになった。

 

昼休みも、放課後も、気がつくと二人は並んで歩いている。周りの生徒たちから茶々を飛ばされても、赤面して笑うばかり。

 

私が渡辺の方へ何度アプローチしても、全く靡かない。

 

「『私は彼に言った。なぜ私なんかを愛するの?すると彼は答えた。愛することに理由はないさ』」

 

この私をフるってことがどういうことか、あの渡辺には身をもって教えなければならない。脇役風情が、私のこと眼中にないなんて、あり得ない。

 

「『私は困惑した。なぜ愛されるのか分からないのに、愛をむけられることに恐怖した。止めて!私を愛さないで!』」

 

私は教科書を読みながら、平田の方へ目をやった。私の席から三つほど斜め前にいる彼女は……目の前の教科書を、ただじっと眺めているばかり。

 

「『私を、愛で支配しないで!そう叫んでから、彼から逃げ出した』」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……舞ちゃんが今度狙ってる人、イケメンなの?」

 

ファミレスで喜楽里が、テーブルにある山盛りのポテトを頬張りながら、対面に座る私へ尋ねる。

 

「別に、大した顔じゃない。芋っぽくてむしろ嫌い」

 

「へー、何点くらい?」

 

「どんなに甘く見積もっても、60点くらい。雰囲気だけなら悪くないけど、全体的に冴えない感じ」

 

私が粗方答えると、喜楽里の隣にいる澪が、「なんだってまた、そんな人を?舞って相当な面食いなのに」と、当然の疑問を投げ掛けてくる。

 

「周りの評判が良いのよ。優しいだの誠実だので、特に一年の子からね」

 

「へー、誠実ねえ」

 

「そういう人を落としたら、どんな風になるのか、ちょっと見てみたくなっただけ。幸いにもその先輩彼女がいるから、その彼女を捨ててまでも私へ寄ってくる姿を拝んでみたいなって、そう思ってるとこ」

 

「ははは!相変わらず舞は鬼だね~」

 

「でも、舞ちゃんなら絶対落とせるよ!」

 

「当たり前でしょ。私に落とせない男なんかいないから」

 

この澪と喜楽里は、中学時代からつるんでいる二人だ。彼女らとの付き合いは非常に楽だ。私がこの世の主人公であることを、ちゃんと分かっているから。

 

「でも、ちょっと思ったより頑固なやつで、まだデートに誘えてない」

 

「え!?あの舞がまだ一度も?」

 

「ムカつくわよね~。脇役風情が調子にのりやがって」

 

「どうするの舞ちゃん?“分からせてあげる”?」

 

「そうねえ……。いや、今回は先輩をどうこうするってよりは、彼女の方を攻めようかしら」

 

「どーするの?」

 

「ねーねー舞、こういうのは?適当な男を使って、先輩の彼女とヤッてもらって~。そこを写真におさめて、浮気の現場ってことにする。それを先輩に見せれば、一発で破局。そこで傷心中の先輩を舞がゲットする!みたいな」

 

「んー、それでもいいけど、できることなら『彼女がいる状態で私に振り向かせたい』のよね。私の方がランクが上って思わせたいのよ」

 

私は目の前にあるコーヒーを手にとって、それを口に含んだ。喜楽里と澪が顔を見合わせて、私に「じゃあどうするの?」と改めて尋ねた。

 

コーヒーをテーブルに置いて、私は二人に笑顔で告げた。

 

「友達になるのよ、先輩の彼女と」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……これは、意図的だと思った方が良いんだろうか?最近、やけに湯水は私に親しげに接してくるようになった。

 

「平田さん、次は体育だよね?」

 

眼をキラキラさせて、私の前にやってくる湯水へ、私は「そ、そうだね」と少しどもった口調で返す。

 

「一緒に体育館行こ?ほらほら!早く!」

 

「あ、う、うん……」

 

強引に手を引かれて、私は彼女と共に行動する。体育や理科などの教室を移動する授業や、クラスでペアを作る際なんかは必ず「平田さん!ペアになろう!」と言ってくる。そんな日が何日も続いた。

 

周りの人も、「なんで平田さん?」といった様子だった。その反応は当然だと思う。だって、私と湯水では、明らかに差があるんだもの。

 

湯水は本当に何でもできる超人で、運動も勉強も、本当に隙がない。私が必死こいて入ったこの学校も、湯水は受験の時にダントツトップで合格しているという話だ。もし美結をいじめた人だと知らなければ、私は普通に彼女のことを尊敬していたと思う。

 

顔はもちろんすっごく可愛いし、スタイルも綺麗。その上いろんな能力も高いなんて、私なんかが隣にいたら恥ずかしくなるくらいに……彼女はすごい。

 

「……………………」

 

……でも、その本性を知っているから、彼女と絶対に仲良くなる気はない。

 

私の心の中には、怒りと憎しみと、恐怖が渦巻いている。

 

彼女が見せるその笑顔の向こう側に、一体どんな思惑があるのだろう?まるで理解できない。真っ黒い闇の中に、手を無理やり引かれているような、そんな感覚だった。

 

 

「……うーん。確かに薄気味悪いな」

 

登校する途中、私は明さんにそのことを話した。明さんも眉間にしわを寄せて、冷や汗を頬に垂らしている。

 

「湯水が私と仲良くなるメリットって、一体なんなのでしょう?私の中の湯水は、もっとこう……私をいじめて陥れて、それから明さんを手に入れるような、そんな印象でしたが……」

 

「……一回、柊さんに相談してみるか。今度の土曜日、良かったらメグちゃんも一緒に柊さんの事務所に来ないかい?」

 

「分かりました!是非、お伺いさせてください」

 

明さんは私の答えに頷くと、「一応念のために言っておくね?」と前置きをして、話し始めた。

 

「湯水が美結をいじめた時は、他に二人の仲間がいた。SNSとかに出ている個人情報を考慮すると、おそらく三人は今、別々の学校にいる。でも交流自体はあるだろうから、湯水以外の二人にも警戒をしておいて欲しい」

 

「はい」

 

恋人同士の会話、なんてものには程遠い、暗くて重たい話だ。だけど、この問題を解決しないことには、私たちは本当の意味で、心置きなく笑いあえる日なんて来ないんだ。

 

「……………………」

 

頭の中に、美結の顔が浮かぶ。彼女がにっこり笑っている姿を、私は胸にこっそりと秘めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ほう、湯水が動き出しましたか」

 

あくる日の土曜日。私と明さんと美結は、柊 千秋さんという名の探偵の事務所へ訪問した。応接間のソファに、私たち訪問者が横並びで座り、それに対面する形で柊さんと向き合っている。

 

柊さんは前に一度だけ、美結たちが児童相談所を出る時に顔を見たことがあった。向こうも私を覚えていたらしく、自己紹介もほどほどに、私は湯水の現況について詳しく説明したのだった。

 

柊さんはバナナを(なぜか皮ごと)頬張りながら、上空の一点を見つめて、「……ははあ、そういうことか」と、誰に言うともなく呟いた。

 

「何か分かったんですか?」と、明さんが尋ねる。柊さんがバナナを最後まで食べ切ると、「彼女の目的って、何か分かりますか?」と尋ねられた。

 

私たち三人は顔を見合わせた後、美結が代表して「お兄ちゃんを手に入れるため……ですか?」と答えた。その答えに、柊さんはうんうんと何度か頷かれた。

 

「そうです、美結氏が言われた通り、彼女の目的は明氏を手に入れること。じゃあ、そもそもなぜ手に入れたいと思いますか?」

 

「なぜ……?」

 

「……俺を手に入れることは、他人より優位に立つことになるからですよね?」

 

明さんの回答に、柊さんは珍しくニッっと口角をあげて笑った。

 

「そう……明氏を手に入れることは、トロフィーを手にすることと同じです。今の明氏は、女の子たちが一目置くモテモテハーレムマン。そういう人間を手に入れるのが湯水の目的。つまりもっと言うなら、『他人より優位に立ちたい』というのが湯水の本音です」

 

「他人よりも……ですか」

 

「彼女は非常にプライドが高い。勉強や運動の面で優秀なのも、他人より優位でありたいということの象徴です」

 

「あの……柊さん」

 

「どうしました?メグ氏」

 

「湯水は、他人より優位に立ちたいがために明さんを欲しがっているんですよね?ならなぜ、私と仲良くするのですか?私は言わば、彼女からすれば邪魔なライバル。そういう人間は、すぐにでも排除してしまいそうなのに……」

 

「ええ、そこですよメグ氏。ここが湯水を理解する上での、大事なポイントです」

 

「ポイント……?」

 

「湯水は、優位に立ちたいんです。“誰よりも”……ね」

 

「……………………」

 

「メグ氏、あなたは湯水に対して、どんな印象を抱いていますか?湯水がいじめをしていると知らないというていで、話をしてみてください」

 

「え……っと、そうですね……」

 

 

 

『もし美結をいじめた人だと知らなければ、私は普通に彼女のことを尊敬していたと思う。

 

顔はもちろんすっごく可愛いし、スタイルも綺麗。その上いろんな能力も高いなんて、私なんかが隣にいたら恥ずかしくなるくらいに……彼女はすごい。』

 

 

 

……私は、自分が思っていたことを素直に話した。いじめをする人間という点を除けば、本当に彼女は優秀な女の子だ。

 

ただ、その『いじめをする』という一点で、彼女のすべてを悪意に感じてしまう。そのことを柊さんへ伝えた。

 

「良いですね、“私なんか”というところが特にいい」

 

柊さんの言葉に、私たちは首を傾げるばかりだった。

 

「いいですか、メグ氏は湯水氏へ劣等感を抱いていますよね?自分よりも湯水は凄いと。そんな時、もし湯水が明氏へ今まで以上に接近してきたら、メグ氏はどう思いますか?」

 

「あ、焦ると思います。湯水に彼氏を……明さんを取られるんじゃないかって……」

 

「そう!それです!湯水は、メグ氏と接近することで、メグ氏に嫌と言うほど見せつけようとしているんです。自分がいかに優秀で、ランクが上かってことを。そして、彼氏にとって自分より魅力的な人がいることを」

 

それを聞いた美結が、柊さんに確認の意味で答えた。

 

「……えっと、じゃあメグに『湯水の方が上だ』って思わせて、引き下がるようにしてるってことですか?『渡辺 明には、メグよりも湯水が似合っている』みたいな、そんな風に思わせるために」

 

「それもひとつあるでしょうが、それは比較的温和な状況です。湯水が一番狙っているのはおそらく、優秀な自分の姿をメグ氏に見せつけて、メグ氏が悔しくなって湯水に嫉妬し、何か醜い一面を見せた時……明氏へそのことを告げ口して、メグ氏を失望させる……と、そんな段取りです」

 

「醜い一面って、具体的にはどんな……」

 

「たとえば、湯水の悪口を言うとかですね。でもその1つの悪口を、10倍にも100倍にもして明氏へ伝えるのでしょう」

 

「なんで湯水は、そんな遠回りなことを……」

 

「単にメグ氏を明氏から引き離すのは、面白くないと感じたのでしょう。『自分がいかに優れているか』をメグ氏に見せつけ、明氏を自分の方へと引き込み、その上で二人を破局させたいと、そういう企みだと私は睨んでいます。この方法なら、自分の身を全く汚さず、メグ氏が自滅してくれます」

 

「……………………」

 

美結と柊さんのやり取りを聞いて、私は思わず、閉じた口の中で歯を食い縛った。

 

「……柊さん、私……これからどうしたらいいですか?」

 

「メグ氏、あなたにとって恋愛ってなんですか?」

 

「え?」

 

「あなたは明氏に美結氏がいると知りながらも、明氏を好いています。そこに、彼からの見返りを求めていないですよね?」

 

「ま、まあ……そ、そうですけど……」

 

みんなに公言しているとは言え、こうもはっきりと気持ちを公にされると、さすがに私も恥ずかしかった。

 

「そんなあなたにとって、自分が明氏に相応しいかどうかとか、そんなこと思いますか?」

 

「……いいえ、思いません。明さんには、美結がいる」

 

「ええ、だからメグ氏、あなたはそのままでいいんです。そのまま、明氏と接していてください。湯水の戦略を振り切れるには、メグ氏こそが適任です」

 

「私が……適任……」

 

柊さんは、いつになく真剣な声色と眼で、私たちに語りかける。

 

「私は常々思っています。人生とは、愛されることよりも、愛することだと。湯水はそのことを知らないままの、寂しい人間なんです」

 

……寂しい人間。

 

なんとなくそのフレーズが、私の頭から離れなかった。きっとこの言葉は、私を含め、美結や明さんの中にも……木霊していっていると思う。

 

あんなにちやほやされているのに、彼女はずっと孤独なのだろうか。

 

(本当の愛って、何なのだろう?)

 

私の中に産まれた問いかけが、私自身へと告げられた。

 

 

 

 

 


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