【完結】生意気な義妹がいじめで引きこもりになったので優しくしたら激甘ブラコン化した話   作:崖の上のジェントルメン

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46.VS湯水(part6)

 

 

その日の昼休みも、当然いつものようにメグちゃんと一緒にいた。

 

屋上で二人、お弁当を食べながら話すことと言えば、やはり湯水のことだった。

 

「……すごいですね、湯水。演技とは思えないくらいの迫真さですね」

 

メグちゃんは俺の話を一通り聞いた後、そんな風に答えた。俺も購買で買った焼きそばパンを齧りながら、「そうだね、俺も正直度肝を抜かれたよ」と、率直な意見を述べた。

 

「人前で泣きわめくなんて、たとえ演技であろうとも、プライドの高いあいつが一番やりたくなさそうなことなのにな」

 

「……………………」

 

「だが、今までにない方法を使うようになったってことは、間違いなく本気ってことだ」

 

俺はパンを全部食べ尽くし、手についたパン粉を払って落とす。

 

「俺なんかにそこまでする価値があるなんて到底思えないが……湯水は何がなんでも、俺を手に入れたいらしい。しかし、なんでまたそんなことになったんだろうなあ……?」

 

「……………………」

 

メグちゃんが、何か言いたげに俺へ目配せをしてきた。だが、言うのを迷っているのだろうか、彼女の口は閉ざされたままだった。

 

「どうしたの?メグちゃん」

 

「……いや、あの……明さんを本気で狙うようになったきっかけ……たぶんこれじゃないかな?っていう心当たりが、ひとつだけあるんです」

 

「え!?メグちゃんに心当たりが!?」

 

「実は午前中の……国語が自習だった時のことなんですけど……。湯水がクラスメイトたちに話してたんです。『私はこの前、渡辺先輩に元カレから助けてもらった』って」

 

「!?」

 

「『元カレにしつこく付きまとわれてたところを、渡辺先輩が颯爽と助けてくれて、それで好きになっちゃった』……って、そう話してたんです」

 

「……………………」

 

メグちゃんは俺の目を見て、おそるおそる伺うようにして「これは本当のことなんですか?」と尋ねてきた。

 

「……ああ、確かに本当のことだ。湯水が元カレにだいぶしつこく付きまとわれてるのを、帰り際にたまたま見かけてな。最初はそのまま無視して帰ろうと思った。むしろ『日頃の行いが悪いからだ、ざまあみろ』なんて、醜い気持ちもあったりした。だけど……」

 

「だけど?」

 

「……そんな醜い気持ちを持った人間で、本当に良いんだろうか?って、そんな考えが頭をよぎったんだ。俺がじいさんになって……まあ、じいさんじゃないかもしれないけど、いつの日か死んだ時、母さんの前に出ていって……『母さん!俺は立派な人間だったよ!』って、胸を張って言えるだろうか?って、そう思ってさ……」

 

「……………………」

 

「人が嫌な目に遭っているのを、ざまあみろって思うような俺だったら、母さんの前で胸を張れる気がしないんだ。だから……湯水であっても、助けるべきだって。本当にただの、俺の自己満足だよ。俺が母さんの息子として恥ずかしくない人間でいたいっていう、本当にただそれだけなんだ。だけど、それが裏目に出ちまったな……」

 

「……………………」

 

「やらない方が良かったかもな……。こういう『表だって好きになったと言いやすいきっかけ』を、湯水に与えてしまった。そこをなにか……やつの戦略の一部に使われてしまっているのかも知れない。軽率なことをした……」

 

「……いえ、そんなことありません。明さんは、とても立派です」

 

「そうかな?」

 

「はい……」

 

その時、メグちゃんは突然、ぼろぼろと泣き出した。そして、「私……明さんのそういうところ、大好きです」と、声を震わせて言った。

 

俺はあまりに突然のことで、一瞬固まってしまった。何秒か経って、ようやく絞り出すように出てきた言葉は……「大丈夫?」という、なんともベタなものだった。

 

彼女は下唇を噛み締めて、すんすんと鼻をすすりながら話してくれた。

 

「……別れたらいいのにって、言われました」

 

「え?」

 

「クラスメイトたちから……『渡辺先輩は、湯水ちゃんと付き合うのがお似合い。平田さんじゃない』って、そう言われました」

 

「……………………」

 

「湯水さんも、明さんも、どっちもすごい人たちだから……すごい人たちがカップルになるべきだって……」

 

メグちゃんは手の甲で目をごしごしと拭う。肩が上下していて、呼吸が浅いことが容易に見て取れる。

 

「ごめんなさい……私が泣くなんて、意味わかんないですよね。でも、なんか……すっごく辛くって……」

 

「……………………」

 

「明さんとは、嘘の恋人ですけど…………でも、やっぱり、私は明さんが好きで……それで……」

 

「……メグちゃん」

 

「私、きっと平気だって思ってました。嘘の彼女だから、何を言われても平気だって。たぶん、湯水本人に言われるんだったら、私もへっちゃらだったと思います。でも、他の人からも言われるのが、こんなに辛いとは思わなくて……」

 

「……………………」

 

「ごめんなさい……思ったより、私、弱かったです…………」

 

俺は、気がつかぬ内に……歯を思い切り噛み締めていた。そして……目をつぶり、メグちゃんを抱きしめようと手をのばした。

 

だけど……美結の顔がどうしても目蓋の裏に現れて……その手は行き先を失った。美結以外の女の子を抱きしめるのは……やっぱり、いけない気がした。

 

どこにも行けなくなったその手は、そのまま空中で止まり、ぎゅっと拳を作って丸くなった。

 

「……ごめんね、メグちゃん…………俺のせいで……」

 

俺にできたのは、彼女に謝ることだけだった。メグちゃんは首を横に振って、少しだけ微笑んだ。

 

「明さんのせいじゃ、ないですよ……」

 

「だけど……俺が余計なことをしなければ……」

 

「いいんです。明さんは、明さんらしいことをされた。それでいいんです」

 

「……………………」

 

「大好きです、明さん」

 

彼女がうつむいて泣く様を、俺はただ見守る他なかった。

 

抱きしめられなくとも、せめて何かしようと思い、彼女の丸まった背中を静かにさすった。

 

彼女は黙ったまま、少しだけ嬉しそうに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そっか、メグ…………」

 

私は、お兄ちゃんからの話を聞いて、なんだか苦しくなった。メグは、メグ自身がお兄ちゃんを好きだからって理由もあるけど、私のために……お兄ちゃんと嘘の恋人を演じてくれてる。だから……メグが傷ついたのは、私のせいでもある……。

 

「……私、メグに謝らなきゃ」

 

「美結が?」

 

「だって、湯水から私のことを守るために……お兄ちゃんと嘘の恋人をしてくれてるんだもの。私のせいでも……あるもん」

 

「……………………」

 

お兄ちゃんは少しだけ考えた後、「絶対に美結のせいなんかじゃないと思うけど……」と、前置きしてからこう言った。

 

「メグちゃんには、一言声をかけてあげるといい。電話か何か……簡単でもいいから」

 

「うん」

 

「……それから、その。ごほん、実はまだ話には続きがあってさ……。ちょっとその……美結に謝らないといけないことがあって」

 

「謝らないといけないこと?」

 

「実はその……約束しちまった。湯水とのデート」

 

「え!?」

 

「とりあえず、話を続けてもいいかい?」

 

「う、うん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……湯水」

 

放課後、みなが帰宅するために下駄箱へ向かったり、あるいは部活のために体育館やグラウンドへ走ったりしている中、俺と湯水は廊下のど真ん中で対峙していた。

 

「渡辺先輩!」

 

湯水がキラキラと眼を輝かせ、両手を前で組んで俺の名を呼ぶ。

 

それに苛立ちつつも、俺は彼女へ言った。

 

「ちょっと、時間あるか?」

 

「はい!渡辺先輩のためならいくらでも時間作りますよ!」

 

「……………………」

 

「ところで、彼女は……平田さんは良かったんですか?」

 

「今日は先に帰ってもらった。長引くと迷惑かけちまうからな」

 

そうして俺は、湯水を連れて保健室へと向かった。今の時間帯は、保健室に先生がおらず、誰もいない場所なので密会には持ってこいなのだ。

 

扉を閉める前に、入り口前の廊下をキョロキョロ見て、誰もいないことを確認してから、ぴしゃりとその扉……引戸を閉じた。

 

「………なあ湯水」

 

保健室の真ん中に立つ彼女に向かって、俺は告げた。

 

「お前、一体なんで俺に……そこまで拘るんだ?」

 

「拘るとは?」

 

「なぜわざわざ、俺のクラスの前で……あんな真似をした?」

 

「あ、ごめんなさい……。私、渡辺先輩への想いが強すぎて……つい」

 

「御託はいい!湯水、お前はなぜ俺にそこまで執着するんだ!?」

 

……俺は、もう正面から湯水と向き合うことにした。メグちゃんに飛び火してしまった今、下手に湯水を泳がすのは危険だ。もちろん、懐に飛び込むのも同じくらい危険だが……相手にされるがまま、状況を動かさないまま硬直するのはより危険だと判断した。

 

今、俺のズボンのポケットにはスマホがあり、録音アプリが起動している。何か湯水が余計なことを口走ったら、すぐに証拠に残せる。

 

「前にも言ったじゃないですか、元カレからあなたが助けてくれたから……好きになっちゃったって」

 

けっ、しらばっくれやがって。

 

「……今ここには俺しかいない。いい加減、その仮面を外したらどうだ?」

 

「仮面って……そんな!私は本当にあなたのことが……!」

 

「いいか湯水、お前は俺に彼女がいると知りながら、あんな真似をしてきた……。明らかに『過剰すぎる演出』だ。周りにアピールするためとしか思えない。本当に俺のことが好きだったとしても、今お前が俺に見せている顔は……本物でないことくらい分かる!しおらしく可愛げのあるフリをしてるが、中身は……影から獲物を狙う蛇!人のものを奪うハイエナ!」

 

「……………………」

 

「本心を出してみろよ!素顔を見せてみろよ!それともなんだ?加工してない自撮り写真は人に見せられないタイプか?」

 

「……………………」

 

俺はここで、やつを煽れるだけ煽った。無論、こんな煽りであの湯水が本性を出してくるとは思っていない。これはあくまでジャブ……。向こうも軽く受け流すだろう。

 

そこからどう踏み込んでいくからは、やつの出方次第だ!絶対にその小綺麗な面の下……拝んでやるぞ!

 

「なあ!どうなんだよ湯水!黙ってばかりじゃ分からねえよ!」

 

俺がやつをじっと睨んでいると、湯水は「……ふーん、なるほどね」と言って、己の髪を耳にかけた。

 

そして、ニッ……と、口角を上げて、不敵な笑みを見せた。

 

「私のこと、よく観てるじゃない。“渡辺”」

 

「……………!」

 

「なんだかんだ言って、やっぱり本当は私のこと、好きなんでしょ」

 

湯水の雰囲気が、ガラリと変わった。可愛い子ぶった上目遣いが、すっと鋭い三白眼になり、ピンと張りつめるような緊張感を孕んだオーラが生まれた。

 

まさか……これが素顔?

 

「ねえ渡辺、そうなんでしょ?私のこと、本当は気になるんでしょ?」

 

「……アホンダラ、寝言は寝て言え。誰がお前なんか……」

 

「ふふふ」

 

「湯水、教えろよ。なんで俺なんだ?なぜ俺に執着する?なぜあんな……泣きわめくような醜態を晒してまで、俺に近づく?」

 

「あなたが欲しいからよ」

 

「だから!それがなぜかと聞いてんだ!」

 

湯水はまたもやニヤっと笑うと、カツカツと俺の前まで来て、腰に手を当てて顎をしゃくった。

 

「あなたが……私のことを嫌いだから」

 

「は?」

 

「私のことを嫌いだなんてほざく人間が、私に恋をして……服従する様を見たいのよ」

 

「……けっ、その汚ならしい本音を聞いた時点で、お前には一生『可愛い』の『か』……いや、『k』の字すら浮かばないだろうぜ」

 

「ええ、私も他の男たちにだったら、こんなこと言わないわ。不利なこと分かってるもの」

 

「ならなんで、俺には本音を語った?黙っておけばいいものを」

 

「……………………」

 

湯水はすっと真顔になって、ふいっと顔を横に切った。そして、「あなたが言ったんじゃない」と、小さな声で呟いた。

 

「は?俺が……なんだって?」

 

「あなたが本音で語れっていうから、本音を語ったんじゃない。文句ある?」

 

「……………………」

 

なんだ?何を言ってるんだ?こいつは……。

 

「とにかく、これ」

 

湯水はもう一度俺へ向き直ると、例のチケットを渡してきた。

 

「私とデートしなさい。必ず、私のことを惚れさせてみせるから」

 

「……………………」

 

「言っておくけど、断ったらあなたの彼女……平田 恵実になにがあっても知らないからね」

 

「……!彼女に何をするつもりだ!?」

 

「さあ?私は何もしないわよ?でも……生憎うちのクラスのモブキャラたちはバカばっかりだから、平田に何かしちゃうかも……?」

 

「鬼が……!」

 

「美少女に向かって、そんな口は聞かない方がいいわよ」

 

ムカつく野郎だ……!やっぱり、クラスメイトたちを操ってるのはこいつだったか!

 

メグちゃんがクラスメイトたちに『別れた方がいい』と言われて、追い詰めるきっかけをこいつが作った……。俺がここで断れば、メグちゃんの立場は余計に危うくなる。

 

湯水に対する物凄い腹立たしさと同時に……『ついに言いやがったな!』という、ある種の歓喜が沸き上がっていた。

 

今の会話も、スマホがバッチリ録音している。脅迫紛いのことを俺へ話した事実をゲットできた!もちろん、これだけでは美結へしたいじめを湯水に認めさせるほどの効力はないが……少なくとも、湯水がこういう女だということは記録できた。

 

「……………………」

 

俺はこの時、あるアイディアが浮かんできていた。

 

こいつのデートを……敢えて受けてみるか?

 

メグちゃんを守るためでも当然あるが……デートの最中に、もっと素顔をゲットできるかも知れない。そうなれば、より湯水を追い詰められる。湯水は幸いにも、俺には素顔を見せてきている。危険かも知れないが、これは非常にチャンスかもしれない。

 

「……わかったよ、湯水」

 

俺はなるべく苦々しい顔を作り、あいつに向かって言った。

 

「そのデート……受けてやるよ」

 

「“受けさせていただきます”……でしょう?」

 

「……調子のんなよ、この女狐が」

 

「ふふふ、まあいいわ。じゃあ決定ね」

 

彼女からチケットを受け取り、俺はそれを制服の胸ポケットにしまった。

 

「それにしてもなんだなあ、自分を嫌ってる俺を……よくもまあデートに誘いたいと思うもんだ。湯水様はドMのご趣味をお持ちと見える」

 

「……渡辺、好きの反対ってなに?」

 

「は?」

 

俺は唐突な彼女の質問に、思わず固まってしまった。そんな俺にお構い無しに、湯水は話を進める。

 

「好きの反対は嫌いではなく、無関心……なんて話、よく聞くじゃない。関心があることの対岸に立つのは、無視、無関心……」

 

「……………………」

 

「なら、嫌いの反対は?」

 

「!」

 

「今の理屈で行くなら、嫌いの反対もまた、無関心……」

 

「……何が言いたい?」

 

湯水は俺を真正面から見つめる。俺の目の奥……そのさらに向こう側に潜む何かを覗こうとするかのように。

 

「好きの反対は無関心。嫌いの反対も無関心。つまり、好きであることも、嫌いであることも、関心があることの証明」

 

「……………………」

 

「憎しみもまた、ひとつの繋がりなのよ。渡辺」

 

「……詩人でも目指してるのか?」

 

「最近あなたに会ったせいで、そんな考えをするようになったのよ」

 

「……………………」

 

「さ、もう話はいいでしょ。私は帰ることにするわ」

 

湯水は俺の横を通り過ぎて、保健室の入り口の引戸を開ける。その瞬間、廊下から保健室の中に向かって風が入る。

 

「覚悟しておきなさい」

 

俺の方へ振り向いた湯水は、風で髪をなびかせながら、不敵に笑った。

 

「あなたはこれから……私から眼を離せなくなる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

お兄ちゃんから全部を聞き終わった私は、しばらく何も告げられないでいた。

 

かなりの急展開というか……たった1日でそんなにたくさんの動きがあったなんて……。

 

肉じゃがから立つ湯気がゆらゆらと揺れる様を、お兄ちゃんがじっと見つめていた。

 

「ごめんな美結……湯水のデートにのってしまって」

 

「う、ううん!全然浮気なんかじゃないし、私は大丈夫だけど……お兄ちゃんこそ、大丈夫?湯水と面と向かって……いくことになるけど」

 

「ああ……貴重なチャンスを逃したくない」

 

「……………………」

 

「それに……大丈夫、俺たちにはたくさんの友だちがいる。みんなに協力を、仰いでみようと思う」

 

「協力?」

 

「うん」

 

お兄ちゃんは私の方へ眼を向けた。それは……覚悟を決めた鋭い眼差しだった。

 

「みんなで湯水と……戦おう」

 

 

 

 

 


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