【完結】生意気な義妹がいじめで引きこもりになったので優しくしたら激甘ブラコン化した話   作:崖の上のジェントルメン

51 / 85
51.VS湯水(part11)

 

 

 

私の対面に座る葵は、突然意味不明なことを言い出した。

 

「こういうこと言うの……あんまり好きじゃないんだけど……兄貴さんには、ちょっと気を付けた方がいいよ?あの人ね、結構な遊び人なの。何人もの女の子が、あの人のせいで泣かされるよ」

 

……は?え?何を言ってるの?この女。

 

アキラが、遊び人ですって?誠実さで人気を博してる、あのアキラが……?

 

(……ここは、探るしかない)

 

真実か否か、その二者択一から考えて、最もあり得る選択肢を絞っていく。

 

まず、嘘の場合。アキラが遊び人というのはデタラメで、この葵とかいう陰キャ女のついた嘘であったとしたら……。

 

(一口に嘘と言っても、意図的なものかどうかによって状況が変わる。もし意図的に嘘をつくとして、この女にメリットはあるかしら?)

 

考えられるのは、葵もアキラのことが好きで、私という泥棒猫を排除したい……という状況。この理由なら一応の筋が通る。しかし、葵には既に藤田という彼氏がいるし、葵には浮気性はなさそうに見える。冴えない雰囲気だし、そもそも彼氏がいること自体が驚きのこの女に、彼氏以外の男をゲットしようなんて考えは浮かばないはず。

 

であれば……意図的な嘘はないと結論付けられる。

 

次に意図的でない嘘……つまり、単なる噂だけで、事実アキラはそんな浮わついた男ではないという場合。噂を鵜呑みにしたバカな葵が、得意気に私へ語っているとしたら……

 

(いや、意図的であろうとそうでなかろうと、嘘であれば大した問題にはならないわ。大事なのは、これが真実……本当であった場合よ)

 

あのアキラが、女の子を泣かすですって……?

 

まだ付き合いは浅いけれど、あのアキラはそんな男ではないとはっきり言い切れる。私が16年生きてきた中で見た……最も誠実な人。それは私の、頭でも、心でも、そう理解できる。

 

であれば、やはりこれは事実とは言い難い。葵が誰かから聞いた、根拠のない噂を私に喋っているという状況……まずこれで間違いない。

 

(そうだ、アキラの人気に嫉妬した凡人が、アキラのことを陥れるために考えた悪評……それを垂れ流しているのね。そうよ、きっとそれだわ。それが巡り巡って、葵を通じて私に届いた……と。なんだ、こうして冷静になって考えてみれば、少しも頭を悩ます必要なんてなかったわ)

 

……と、そこまで考えたところで……私はようやく、自分の考えが“偏っている”ことに気がついた。

 

(……なんか私、変だ。なにか、あれ……?)

 

私は……アキラが遊び人であることを、嫌がってる…?

 

(だって、ちゃんとした事実を確認していないのに、『誠実な人だと頭でも心でも分かってる』とか……なんか、都合のいいようにアキラを解釈しようと……してる?)

 

え……なんで?なんで私は、アキラのことを……誠実って思いたいの?

 

誠実さなんて、私、笑ってたじゃない。アキラが彼女を捨てて私の方へやってくる様を拝んでやるって、そう思って……今までやってきたんじゃない。

 

そのためにこうして、デートという名の勝負をして……。そうよ、そのために勝負をしてるんじゃない。アキラを手に入れて、彼女を泣かせて、それからアキラを散々にこき使ってやるって……。

 

「……湯水さん?」

 

葵の言葉に、私はハッとした。うつむいてた顔を上げて、彼女を見る。

 

「大丈夫?湯水さん」

 

「……………………」

 

「そっか、ショックだったよね。気持ち分かるよ……。私もアキラさんがそんな人だったなんて、思いたくなかったから」

 

「……………………」

 

「兄貴さんってね?中学時代に三股してたり、セフレをたくさんつくってたり、とにかく女癖が悪いみたいで……」

 

「アキラはそんな人じゃない!」

 

私は手の平で机をバンッ!!と叩いて、思い切り叫んだ。

 

周りの人たちが、私たちの方へと視線を送る。それに気がついた私は、なんだか気まずくなって……手を机の下に引っ込めた。

 

「あ、葵先輩、すみませんでした……。私、取り乱しちゃって……」

 

「う、ううん。大丈夫、気にしてないから」

 

葵の言葉を受けて、私はひとまずクールダウンすることにした。胸に手を置き、深呼吸を二、三回繰り返す。

 

本当に……私、どうしたの?何をそんなに怒ってるの?

 

分からない、分からない、分からない……。

 

「……………………」

 

困惑していた私の元へ、アキラたちが帰ってきた。藤田は葵の隣へ、アキラは私の隣へと座る。

 

……それからアキラと藤田、葵の三人は食事をしながら談笑していたけれど、私はそれに加われなかった。ずっとアキラの……その噂のことを考えていた。

 

私の前にあるグラタンは少しも減ることなく、静かに湯気をゆらけてそこにあるだけ。

 

(いや、別に……いいじゃない、三股しようがセフレがいようが。私は自分の身体を売るなんてまっぴらごめんだったから、未だに処女だけど……彼氏が複数人いることはザラにあった)

 

そうよ、アキラだって相手が複数人いても良いじゃない。だいたい私、『今時恋人を一人しか持たないなんて古臭い。それはバカのすることだ』って、そんな風に思ってたじゃない。

 

そう言う意味では、アキラは今時の付き合い方をしてるってことよ。合理的で良いじゃない。彼は何も悪くないわ。

 

……そう、よね?アキラ……。

 

「……………………」

 

私は隣にいる彼へ、視線を送った。アキラは藤田や葵と話すことに夢中で、私の視線に気づかない。

 

……私は顔をうつむかせて、自分の気持ちを落ち着かせる。

 

そうよ。今はまだ、アキラには嫌われてるんだもの、視線に気がつかれなくて当然よ。別にいいのよ……今日、頑張って彼にアピールして……

 

「湯水」

 

突然、アキラから声をかけられた。顔をぱっと上げて、彼の顔を見る。

 

「どーしたんだよ湯水?なんか体調でも悪いのか?」

 

「え?」

 

「いや、ずっと黙ってるから、なにかあったのか?って」

 

「……あ、いや。なんでもないです。そのー、三人って仲良しなんだなーって、そう思ってただけですよ!」

 

私は、今までの人生でたくさん作り笑いをしてきた。そして、今この瞬間も……これまでやってきたのと同じように……作り笑いで答えた。

 

でも、その心の中は……色んな思いがゴチャ混ぜにされていて……訳が分からなくなっていた。

 

なんでアキラ……私が嫌いなくせに、私のこと気遣うのよ……。あなた、そういうところがずるいのよ……。

 

 

 

『そっか、ショックだったよね。気持ち分かるよ……。私もアキラさんがそんな人だったなんて、思いたくなかったから』

 

『兄貴さんってね?中学時代に三股してたり、セフレをたくさんつくってたり、とにかく女癖が悪いみたいで……』

 

 

 

「……あ~~~~もう!!!」

 

がしゃんっ!!

 

……机に手を激しく置いて、グラタンの皿が揺れた。その勢いのまま、私は席から立ち上がった。

 

「おい湯水、どうしたんだ?」

 

アキラと二人が私を見上げている。私は……アキラの顔へと視線を向けた。そして、彼を見下ろしながら「先輩、ちょっと良いですか?」と言って、彼に席を立つよう促した。

 

困惑する彼を他所に、私はアキラの手を強引に引いて、多目的トイレへと向かった。そこに二人で入って、鍵を閉める。

 

「お、おいおい湯水、変なことは止めてくれよな。やましいことをしてるんじゃないかって勘違いされるぞ」

 

「……………………」

 

「それに、本当にこのトイレを使いたい人に迷惑をかける。俺とマンツーマンで話し合いたいことがあるのは分かるが、場所を変え……」

 

「アキラ、あなた平田の他に、彼女はいる?」

 

「は?」

 

私の唐突な質問に対して、アキラは眼をぱちくりとさせていた。

 

「な、何を言ってんだ?湯水……」

 

「答えて。いるの?いないの?」

 

「……そりゃ、いるわけないだろ。俺はメグちゃん一筋だぞ」

 

「本当に?嘘じゃないわよね?」

 

「嘘じゃねーよ。なんだ湯水?お前、まさか俺が他のやつと浮気してるんじゃないかって、そう思ってるのか?」

 

「……………………」

 

「あのなあ湯水、お前それは……だいぶお門違いだぞ?はっきり言うなら、お前こそが浮気相手になっちまってるんだよ。俺にはメグちゃんっていう大事な彼女がいるのに、お前の卑怯でくだらない勝負に付き合わされて、渋々デートしてるんだろうが」

 

「…………!」

 

「お前が俺のことを本当に好きかどうかは別にしてだ、お前は……俺の交遊関係に対して口出しできる立場じゃねえよ。むしろ、俺やメグちゃんがお前に対して怒ってるくらいなんだぞ。そこんとこ、わきまえとけよ」

 

……アキラの言葉が、胸に刺さる。

 

自分のしたいことが、やりたいことが、だんだん分からなくなってきた。私は一体、どうしてしまったというの?

 

「……………………」

 

……アキラは、呆れたように眉をしかめて、眼を伏せ……大きくため息をついた。それが余計に……私の心をざわつかせた。

 

「……もう戻るぞ、湯水」

 

そう言って、アキラは扉の鍵に手をかけようとしていた。その手を、咄嗟に私が掴んだ。

 

「……アキラ、あの……あなた、私のこと……今も、嫌い?」

 

「……ああ、嫌いだよ」

 

「……………………」

 

「お前こそどうなんだ?俺のことを、本当はどう思ってるんだ?」

 

「……………………」

 

「……ま、どうでもいいか。お前が俺のことを本当はどう思ってようが、俺がお前のことを嫌いなことに変わりはない」

 

…………………そう言って、アキラは私の手をほどいた。一瞬だけ私の方に眼をやったけど、すぐに前を向いて、そのままトイレから出ていった。私は一人、その場に立ち尽くして……少しも働かない自分の頭を、ひどく、恨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……タタンタタン

タタンタタン……

 

私は気がつくも、帰りの電車に揺られていた。独りで座席に座り、窓の外に見える夕焼けを、虚ろな気持ちで眺めていた。

 

……トイレでのくだりの後、デートがどんな風に進行したかまるで覚えていない。四人で水族館内をうろうろしたことだけは朧気にあるけど、アキラとどんな話をして……どんなことをしたのかはもう思い出せない。

 

「……はあ」

 

意味の分からないため息が、何回も何回も溢れてくる。煩わしい。面倒くさい。なんなのよこの気持ち。

 

(……気分、変えなきゃ)

 

私はこの気持ちから逃げるように、スマホとイヤホンを肩掛けのポーチから取り出して、音楽を聴く。

 

私には、これと言って好きな音楽があるわけじゃない。流行に追いつくために、バズった歌は一通り音楽アプリのプレイリストに入れて、カラオケとかで歌えるようにするために、歌詞を覚えるために聴いているだけ。

 

だから、好きじゃないけど聴いている音楽なんて、気分転換にもなりはしなかった。ただただ音がガチャガチャと耳に届いて、むしろ煩わしいとすら思っていた。

 

(まあ……こんな雑音でも無いよりはマシね)

 

そんな風に思いながら、数百曲入っているプレイリストをシャッフルして垂れ流していた。

 

 

 

『みんなはいい子だよ。自分はネコだよ。泣いたってミルクしかくれない……』

 

 

 

ふと、何曲目かの音楽が耳に入った時、私は「ん?」と、思わず独り言が口からこぼれた。こんな曲、入れたっけ?もう曲名すら覚えていないが……不思議とその歌が、私の耳にすんなりと入ってきた。

 

 

 

『独りで寝転んで、途中で放りなげて、誰かがおとしたわけじゃない』

 

『自分で勝手にすすんで、していることだから、なんにも……言わない』

 

『黙って、黙って、抱いて……』

 

『鏡のない世界で』

 

 

 

「……………………」

 

……別に、私には好きな歌なんてない。好みがあると、すぐ流行に追いつけなくなる。だから今までそんなものなかった。

 

……だけど私は、今この曲をリピート再生することにした。好きになったわけじゃない。ただ、静かで聴き心地がいいから……。それだけだから……。

 

 

 

『あなたは穏やかに過ごすことを、孤独や寂しさと同じって言ってから……』

 

『うんざりするような、呆れ返るような、やる気のなさで……ゴメンネ……』

 

 

 

この曲を聴きながら、私は目蓋を閉じた。その暗闇の向こう側に、アキラの顔が見える。

 

(アキラ……私のこと、本当に嫌い?)

 

心の中で彼にそう問いかける。すると、「ああ、嫌いだよ」と、心の中のアキラは言った。私は……そうよね、いいのよ別に。私だってあなたなんか嫌いよと、そう返事をした。

 

 

 

『……姿を現した、このボクを……』

 

『嫌いにならないで、このボクを……』

 

 

 

『黙って、抱いて』

 

『壊れやすいものを……』

 

『嫌って、嫌って、愛せない……』

 

『黙って、黙って』

 

『途中で放りなげて、壊す……』

 

『鏡のない世界で……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ありがとうね、藤田くん、葵ちゃん」

 

兄貴さんはそう言って、ボクたちに頭を下げた。

 

今、ボクたちは三人並んで帰路を歩んでいる。夕暮れの街並みは赤く染まり、車の走る音や人々の騒ぐ声がどこそかしこから聞こえてくる。

 

「特に葵ちゃんには、俺がいない時に湯水へいろいろ話してくれたり……。俺の嫌な噂を流すなんて汚れ役をさせてしまって、ごめんよ」

 

「いえいえ、全然私は平気ですよ。兄貴さんには、公平くんもお世話になってますから」

 

ボクがそう答えると、兄貴さんはにっこりと微笑んでくれた。

 

……だけど、その後兄貴さんは、なんだか物悲しそうにうつむいて、自分の足元を見つめながら歩いていた。

 

「兄貴ー!どうしたんすか?腹でも減りました?」

 

公平くんがそう尋ねると、兄貴さんはゆっくり口を開いた。

 

「……俺、ちょっと言い過ぎた気がするんだ」

 

「言い過ぎた?何をっすか?」

 

「……湯水に対して、ちょっと……キツイ物言いになったんじゃないかって」

 

「んー?なんて言ったんすか?」

 

「いや……まあ、湯水が『私のこと嫌いか?』って訊くから、そうだって返して……」

 

「いやいや、フツーっしょ!?だって、あいつ兄貴の妹ちゃんいじめてた奴なんでしょ?嫌いなのはトーゼンっすよ!」

 

「うん、私もそう思います。彼女に同情の余地はないですよ。兄貴さんが憂いる必要なんて……」

 

「……………………」

 

ボクたちの言葉を受けても、兄貴さんの悲しい顔は晴れなかった。

 

ボクと公平くんが顔を見合わせていると、兄貴さんがぽつりと……一言だけ呟いた。

 

「……母さん、俺……どうしたらいいのかな?」

 

「「……………………」」

 

ボクも公平くんも、その言葉には一言も返せなかった。だって、兄貴さんが返事をしてほしい人物は、ボクたちじゃないから。

 

……夕暮れの騒がしい街を、私たちは黙って歩く。周りの騒がしさと相反するように、心の中はしんと静まり返っていた。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。