【完結】生意気な義妹がいじめで引きこもりになったので優しくしたら激甘ブラコン化した話   作:崖の上のジェントルメン

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55.雨の再来

 

 

……ある休日の午後。私はメグを自宅に招いて、一緒にリビングで宿題をしていた。座布団の上に座り、テーブルに教科書を開いて、ノートにつらつらと書き連ねる。

 

窓の外は雨が降っていて、その雨音が部屋の中にも響いている。

 

「……………………」

 

メグが来てから1時間ほど経った頃、あらかた宿題が終わった私は、両手で頬杖をつきバルコニーに雨が降る様子を眺めていた。

 

「ねーねーメグ」

 

窓の方に顔を向けたまま、彼女に問いかけた。彼女の方もノートへ視線を向けながら、「んー?」と言って答えた。

 

「お兄ちゃんと一緒に登下校するって、どんな感じ?」

 

「明さんと?」

 

「うん」

 

「もちろん、楽しいよ?湯水について話すことが多いけど、わりと雑談もたくさんする。学校であった面白いこととか、オススメのアニメの話とか」

 

「ふーん……」

 

ちょっとだけ、メグに素っ気なく返事をした。

 

そんな時、なんとなく視線を感じた私は、メグの方へ頬杖をしたまま目を向けた。彼女の方も頬杖をしていて、左手で頬を支えながら、ニマニマと含みを持った笑顔を向けている。

 

「な、なに?メグ」

 

「やきもち、焼いちゃった?」

 

「……………………」

 

私の心を見透かされた恥ずかしさで、私の顔は熱くなった。

 

「だって!」と言って、私は口先を尖らせて、メグに文句を言ってやった。

 

「私だって、お兄ちゃんと登下校してみたいもん……!」

 

「ふふふ~!羨ましいでしょ~!明さんってね、いつも車道側を歩いてくれたり、生理で体調が悪いとすぐに気づいてくれたり、とっても優しいんだよ~!」

 

「やだ!ずるい!メグずるいよ!」

 

私がそう叫ぶと、メグが「ははは!」と声を上げて笑った。

 

「うーん!美結はやっぱり可愛いね♡」

 

「もう……メグのいじわる」

 

「ふふふ、ごめんごめん!」

 

ニコニコしたまま、メグは私にそう謝った。私は、彼女のこういうところが好きだった。

 

メグはいつも、『私が嫉妬しやすいように』してくれる。お兄ちゃんと一緒にいることを大っぴらに私へ自慢して、私がメグに嫉妬していることを告げやすくしてくれる。

 

ここでもし、メグが『美結、ごめんね?明さんと一緒に登下校しちゃって……』と本気で謝られたりしたら、私はメグに対して強く言えず、モヤモヤするやきもちを発散することもできないまま、なんとなく距離感も微妙に遠くなってしまう気がする。

 

だから、メグはあえて私を煽ってくれることで、私たちの間にわだかまりが残らないようにしてくれてる。

 

そしてその上で、メグはいつも決まって『だけどね?明さんはやっぱり美結が好きだよ』と、そんな風に言ってくれる。

 

「だけどね?美結。明さんはやっぱり、美結のことが好きだよ?」

 

ほら、今日もそう言ってくれてる。これがいつものお約束だった。

 

「明さんから話題になるのはね、美結のことが多いの。美結が昨日の晩ご飯に何々を作ってくれたとか、美結と今度どこどこに遊びに行く予定だとか、そういう話をたくさんしてくるの。だからね、明さんの彼女は、やっぱり美結なんだよ?」

 

「……もう、やっぱりメグはずるい」

 

そう、メグはホントにずるい。私とわだかまりを無くすようやきもちを焼かせてくれるけど、その後にちゃんとフォローしてくれる。自分だってお兄ちゃんのこと好きなのに、こんなにも私に気を使ってくれる彼女は、本当にすごいと思う。

 

「そう言えば、今日は明さんいないね。お出掛け?」

 

「うん、今日はバイト。前の……藤田さんのいるファミレスに復帰したんだって」

 

「そっか、児童相談所に一時期いたから、辞めてたもんね」

 

「そうそう。一回諸事情で辞めちゃってるから、お兄ちゃん、申し訳なくて戻りにくかったみたいだけど、向こうの方から打診があったみたいなの」

 

「へ~、戻ってきてほしいみたいな?」

 

「うん。特に藤田さんがね、『戻ってきてほしいっす!』って。で、お店側も『仕事覚えてる人間が帰ってくるのはありがたい』ってことで、またお兄ちゃんを雇ったみたい」

 

「なるほどね~」

 

メグはポケットからスマホを取り出して、今の時刻を確認した。

 

「1時半か……。美結、お腹空いた?お昼食べてなかったよね?」

 

「うん、そう言えば食べ損ねてたかも」

 

「じゃあさ、明さんのバイト先、襲撃しちゃう?」

 

「え!?」

 

「お客さんとして行ってみない?明さんの接客してるとこ、絶対面白いと思う!」

 

メグが眼をキラキラ輝かせて、私の返事を伺ってる。

 

……バ、バイト先に?ど、どうしよう……ちょっと緊張しちゃうかも。

 

でも確かに、お兄ちゃんが『いらっしゃいませー』とか言ってる姿を覗いてみたい気持ちは、なんとなくあるかも。

 

「どうする美結、行ってみる?」

 

「……行って、みる」

 

「じゃあ、行こう!」

 

「行こう!」

 

そういうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

……お兄ちゃんのバイト先は、家からバスで三駅ほどのところにある。メグと二人で、雨降りの中傘をさしてファミレスへ向かう。

 

今まで意識してなかったけど、いざ今からご飯を食べるんだって思う気持ちが出ると、お腹が空いてくるから不思議だ。

 

「あ、ここだ」

 

該当のお店についた私たちは、入り口にある傘立てに傘を置き、引き戸を開けて、中へと進んだ。

 

入ってすぐのところにレジがあり、そこでいきなりお兄ちゃんが立っていた。レジの中にある金額を計算しているのか、やけに真剣な表情で電卓をうっていた。

 

お店に入る際に、ピロリロリン♪とファミレス特有の音がなる。お兄ちゃんはその音でお客が入ってきたことに気付き、ぱっと顔をあげて、満面の笑みを私たちに見せた。

 

「いらっしゃいませーええええ!?」

 

その満面の笑みは、「いらっしゃいませ」のところまで続いたが、私たちが誰か分かると、途端に眼をまんまるにして、口をあんぐりと開けて「せー」を伸ばしたまま「えええ!?」という感嘆の声に滑らかに変わった。

 

その様があんまりにも面白すぎて、私とメグは肩を震わせて笑った。

 

「お、おに、お兄ちゃん……!!驚きすぎだって…!!ははははは!!」

 

「明さん、予想以上の表情すぎてやばい!ふふふふふ……!」

 

お兄ちゃんは苦笑しながら、後頭部を掻いていた。そして、私たちの方へ近づいて「何かあったのかい?」と尋ねた。

 

「俺、終わるまでまだ少しかかるけど、何か緊急の用事だったかな?」

 

「ううん、ただお兄ちゃんに会いにきただけ」

 

「うん、ですです。明さんに会いにきただけですよー」

 

「……なーんかこっ恥ずかしいな~。すんごい間抜けなところを見られた気がする」

 

「いやいや、ナイスリアクションだったよお兄ちゃん」

 

「ちぇ、このヤロー」

 

「明さーん、私たちお客ですから、『このヤロー』なんて言ったらダメですよ~?」

 

「……これ、提案したのメグちゃんだなー?なんとなくそんな気がするぞー」

 

「おっ!さすが明さん!そうです、私です!」

 

「照れ臭いんだから、ほどほどにしてくれよ~」

 

「とかなんとか言って、明さん、嬉しそうじゃないですか。口元ニヤニヤしてますよ!」

 

「……嬉しいから恥ずかしいんじゃないか。もう、止めてくれって」

 

お兄ちゃんは頬を赤く染めて、ぷいっとそっぽを向いた。私もメグもその反応に満足して、二人で顔を見合わせて笑った。

 

「さてと、『いらっしゃいませお客様』。空いてるお席へどうぞ」

 

「「はーい」」

 

店員さんにそう言われた私たちは、窓際の席に座った。そこは四人がけのテーブル席で、私とメグは対面して腰掛けた。

 

「じゃあ、美結。ご飯食べよっか」

 

「うん」

 

テーブルにあるメニューを取って、二人で何を食べようか話し合う。あれが美味しそう、これが美味しそうと、いろんな料理に目移りしていた時、店員さんがお冷やを持ってきてくれた。その店員さんは、藤田さんだった。

 

「うっす!妹ちゃんに、メグっち!久しぶり!」

 

「お久しぶりです、藤田さん」

 

私がそう答えると、藤田さんはにっと口角を上げて笑った。その時、怪訝な顔をしたメグが彼に尋ねた。

 

「あれ?明さんはどうしたんですか?」

 

「兄貴は店長に呼ばれて、奥に行ったんだわ!だから代わりっつーことで、オレが来た!」

 

「店長に?どうしたんだろう?」

 

「わっかんね!まあ、たぶんなんかの仕事だべ!それにしても、兄貴羨ましいなー!オレも葵に『バイト先遊びに来てくれよー!』ってよく話すんだけどよー、恥ずかしいからヤダってんで、全然来てくんないだよなー」

 

「ふふふ、葵さんって確かにそんなイメージかも」

 

メグが藤田さんの嘆く姿を見て、クスクスと笑った。

 

私が藤田さんへ「バイト先に来てほしいタイプなんですね」と話すと、彼は何回もうなずいて「そりゃそうだぜー!」と言って胸を張った。

 

「だってよー!なんか楽しーじゃん!?オレもダチのバイト先とかよく遊び行くんだよな!なんかさ、ダチが普段見せない真面目ー!な感じが、めっちゃギャップ出てておもろいんよなー!」

 

「まあ、それは今回、私たちもやってみて思いましたね」

 

「まあ、兄貴の場合はあんま変わんないかもな!だいたいいつもの兄貴だし!」

 

「そうですね、お兄ちゃんは確かにそうかも」

 

「まあまあ!とりま飯食ってくれや!後から兄貴に料理持ってきてもらうからよ!」

 

「ふふふ、ありがとうございます」

 

私とメグは、去っていく藤田さんに頭を下げて、メニュー選びを再開した。

 

私がハンバーグ定食で、メグがナポリタン、そして二人でフライドポテトを山分けにすることにした私たちは、近くにいた女性の店員さんへ声をかけた。

 

「すみません、注文いいですか?」

 

「はい、どうぞ」

 

その店員さんは、黒髪ロングを後ろでポニーテールに結んだ、目付きの鋭い人だった。

 

「…………あれ?」

 

なんとなくその方に見覚えがあった私は、思わずじっとその人の顔を見つめてしまった。

 

「……ん?」

 

向こうも私の視線に気づいたらしく、私と目があった。そして、彼女の方も眉をひそめて、何かを思い出そうとしている雰囲気だった。

 

「あ、もしかして」

 

先に思い出したのは、その女性の方だった。私のことを指さすと、「あんた、渡辺の妹だよね?」と言ってきた。

 

「渡辺……って、もしかしなくても、渡辺 明のことですか?確かに私のお兄ちゃんですが……」

 

「そう。私は渡辺のバイト仲間の有馬って言うんだけど……あんた前に、一回だけ会ったよね?」

 

「……あ!ひょっとしてあの時の!」

 

そう、ここにきてようやく、私も彼女を思い出した。いつの日だったか、お兄ちゃんが風邪で寝込んでしまった時、藤田さんと一緒にお見舞いに来てくれた方だった。

 

小さなチョコをいくつかくれて、なんとなく……お兄ちゃんのことが気になっているんだろうなってことが雰囲気で伝わってきた、あの人だ。

 

「前は確か、お兄ちゃんのお見舞いに来てくれましたよね?あの時は、どうもありがとうございました」

 

「や……別に、お見舞いっていうか、ただ様子見に行っただけだし」

 

それがお見舞いと言うのでは?なんて、野暮な質問はしないでおいた。この有馬さんという方、自分の気持ちに素直じゃないけれど、根は良い人なんだろうな。

 

「それで、注文は?」

 

ぶっきらぼうに訊かれる有馬さんに、私たちは各々注文を伝えた。「承知しました、少々お待ちください」と、またしてもぶっきらぼうな返事をした後、別のお客さんのオーダーを伺いに行った。

 

うーん、藤田さん。確かに楽しいです。お兄ちゃんの知り合いをたくさん見られるのは、なんだかワクワクします。

 

「ねえねえ美結」

 

ふと、対面に座るメグが、身を乗り出してこそこそと話しかけてきた。

 

「どうしたのメグ?」

 

「さっきの人ってさ、たぶん……明さんのこと好きだよね?」

 

「うん、私もそうだと思ってる」

 

「やばいね明さん、モテまくりだね」

 

「……まあでも、お兄ちゃんだもんね」

 

「だね」

 

そう言って、私たちはクスクス笑いあった。

 

 

 

 

 

 

 

……しばらくしてから、私たちの元に料理が運ばれてきた。それを食べながら、メグと他愛ない談笑をする。

 

「メグ、夏休みさ、どこか遊び行かない?」

 

「えー?もう夏休みの相談?気が早いねー」

 

「だって、6月って祝日全然ないし、雨ばっかりでつまんないし、夏のこと考えたくない?」

 

「まあ、それは分かるかも。あ、じゃあさ、ディステニーランド行こうよ!あそこ夏になると学生は安くなるんだよね!」

 

「あ、ディステニーか……」

 

「あれ?美結、イヤだった?」

 

「ん……えっと、実はお兄ちゃんとね、二人きりで行く約束してるの」

 

「二人きり?」

 

「ほら、お兄ちゃんが湯水とデートした場所がそこだから……。お兄ちゃんの思い出を、私で上書きしたいな……って」

 

「ん~!やっぱり美結は可愛いね♡」

 

「も、もう!止めてよ恥ずかしい」

 

「ふふふ」

 

「そう言えば、湯水の様子はどう?何か変化はある?」

 

「んー、最近絡んで来なくなったんだよね~。それがなんか不気味というか……何考えてるかわからなくて怖いんだよね」

 

「そっか……。何もしてこないならしてこないで、気になるのもイヤだね」

 

「そうだね」

 

……外から聴こえる雨音を片耳で聴きながら、メグとの雑談に花を咲かせる。

 

ふと気がつくと、店内にお客さんは私たち以外誰もいなかった。確かに今、お昼の14時半で、時間帯的にも微妙な頃だからなのだろう。

 

貸し切り気分の中、メグとの会話が盛り上がっていたその時、お兄ちゃんが現れた。

 

「……美結、メグちゃん」

 

お兄ちゃんはすでに私服に着替えていた。もうバイトは終わったんだろうか?

 

「あれ?お兄ちゃん、今日はもう店員さんじゃないの?」

 

「……そう、だね。もう今日は帰っていいって、店長から言われた」

 

……どことなく、お兄ちゃんの顔が暗い気がする。声にも覇気がなく、なんだか悲しそうにうつむいている。

 

メグもその雰囲気を察知したらしく、私と彼女で顔を見合わせた。

 

「明さん、どうかしたんですか?」

 

「……うん、ちょっと……」

 

「大丈夫……ですか?何か……良くないことでも?」

 

「……………………」

 

お兄ちゃんは唇を噛み締めると、私の方へ視線を向けた。

 

「美結、さっき城谷さんから電話があってな?美喜子さんが……お子さんを出産したみたいだ」

 

「え?ママが子どもを?」

 

そうか、確かにもうそんな時期になるんだ。いつの間にやらそんなに時間が経っていたことにも驚きだが……お兄ちゃんの次の言葉は、私の全身を……固まらせた。

 

「……それで、美喜子さんな?お子さんを産む時に無理が祟ったみたいで……。今しがた、亡くなったそうだ」

 

「え?」

 

「城谷さんから、良ければちょっと顔を出してもらえないか?って連絡があって……それで、店長に相談してたんだ」

 

「……………………」

 

「美結……もし君が良ければ……行かないか?城谷さんのところへ」

 

……雨の音が、店内に響く。それは、あまりにも静かだった。

 

 

 

 

 

 


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