【完結】生意気な義妹がいじめで引きこもりになったので優しくしたら激甘ブラコン化した話   作:崖の上のジェントルメン

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56.なんで私は!

 

 

 

ザーーーーー……

 

 

……私とお兄ちゃんとメグは、雨の降る中、タクシーに乗ってとある産婦人科へと向かっていた。そこでママが出産して……そのまま、亡くなったと言う。

 

「……………………」

 

後部座席に三人いて、お兄ちゃんは右側に、メグは左側に座っていて、私はその真ん中に座っている。お兄ちゃんもメグも、そして私を含め誰も何も話さない。

 

「いや~最近雨がひどいですね~」

 

能天気に話しかけてくるのは、運転手のおじさん。気さくに話しかけてきてくれているのだが、今の私たちには……申し訳ないけれど、それがお節介にしかならなかった。

 

「年々、豪雨が強くなってますよね~。異常気象ですかね~」

 

「……そうですね、そうかも知れないですね」

 

運転手さんの言葉に、お兄ちゃんが力なく答えた。何も答えないのも失礼かなって、お兄ちゃんは思ったんだと思う。

 

……私はとても、お兄ちゃんみたいに他人へ気を使える状態じゃなかった。確かに、ママのことは嫌いで……二度と会いたくないと思ってた。だけど、いざ亡くなったと聴くと……胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちで……。

 

「……………………」

 

……ママは一体、どんな気持ちだったのだろう?寂しくはなかっただろうか?死ぬ時に……誰かそばにいてくれたんだろうか?

 

あの間男か、隆一パパか、そして……私の本当のパパか。せめて誰か一人でも、そばにいてくれただろうか?

 

……分からない。どれだけ想像を膨らませても、ママのそばに誰かがいる光景が、思い浮かばない。

 

「……………………」

 

生まれた赤ちゃんは……これからどうなるのかな?施設に預けられて……そのまま過ごすのかな。

 

できることなら、私たちで面倒をみたいけれど……でも、赤ちゃんを育てる勇気が、今の私にはない。

 

モヤモヤとする気持ちを抱えたまま、私たちは目的地についた。

 

産婦人科の入り口を抜けて、受付の方に事情を話すと、看護師さんからママが眠る部屋へと案内された。

 

カラカラと扉を開けると、部屋の中には城谷さんと柊さん、それから白衣を着た初老の男性のお医者さんがいた。

 

その三人は、ベッドを囲んで立っていて、みなそれぞれ、入ってきた私たちに眼をやった。

 

「美結ちゃん……」

 

城谷さんが、憂いを含んだ瞳で私を見つめる。私は黙ってぺこりと頭を下げた。

 

「……………………」

 

そのベッドには、顔に白い布を被せられた女性が横たわっていた。その人の元まで歩いていくと、お医者さんが私に尋ねてきた。

 

「娘さんの……美結様でお間違いないですか?」

 

「……はい、そうです」

 

お医者さんは神妙な顔つきで眼を閉じ、「14時19分に、永眠されました」と……私に向かってそう言った。

 

「……………………」

 

私は、その横たわっている女性……ママの顔へと、手を伸ばした。そして、顔に被せられた布をゆっくりと剥がした。

 

「!!」

 

……その時のショックは、たぶん、死ぬまで忘れないだろうなと思う。

 

ママの顔が、別人のようにやつれていた。ママは美人で、色白で、いろんな男の人と遊んでいた。そんな人が……目の下はくぼみ、頬はこけてやせ衰え、髪もボサボサに痛んでいた。

 

「……………………」

 

私はその光景から逃げるように、眼を瞑りながら布を被せた。

 

「美結……」

 

お兄ちゃんの声が後ろから聞こえた。そして、背中をさする手の感触があった。

 

「……あの」

 

私は眼を開けて、城谷さんの方へ顔を向けた。そして、「ここに、パパは来ませんでしたか?」と、そう問いかけた。

 

「パパ……っていうと、誰のパパ?」

 

「……三人です。私の本当のパパと、隆一パパ、それから……赤ちゃんのパパです」

 

私の問いを聞いた城谷さんは、眉をひそめてうつむいてしまった。その代わり、隣にいた柊さんが私へと答えた。

 

「まず、美結氏の父は……海外にいて戻っては来れないとのことです。それから、隆一は少し遅れてくる予定で……。子供の父である蛭田は、『そんな女知らない』と……そう言い捨てて以来、連絡がつかなくなりました。今、警察とともに行方を捜査中です」

 

「……………………」

 

私は、その先の言葉を、何も告げられずにいた。外で降る雨の音が、ただただ淡々と聞こえるばかりだった。

 

「……あの、美結ちゃん」

 

そんな中、今までずっと黙っていた城谷さんが、私に声をかけた。彼女の方へ目をやると、城谷さんは私に……くしゃくしゃに丸まった小さな紙切れ?を手渡してきた。

 

「これは……なんですか?城谷さん」

 

「……開けて見てくれる?」

 

「……………………」

 

 

城谷さんに言われた通りに、恐る恐る紙を開いていく。カサカサと音を立てて、その紙が本来の一枚紙へと戻っていく。

 

 

 

「……あ」

 

 

 

雨の音にかき消されるほど、私の声は小さかった。

 

その紙には、明らかに“私の文字”で、一言だけこう書いてあった。

 

 

『さようなら、私のママ』

 

 

 

「……………………」

 

そして……その文字の下、そこには、よれよれに歪んだ字で……こう追記されていた。

 

 

 

『ごめんね。ありがとお、みゆ』

 

 

 

「……………………」

 

固まっていた私に向かって、城谷さんが説明してくれた。

 

「美結ちゃん、それはね……お母さんがずっと持ってたものなの」

 

「……………………」

 

「陣痛が起きて出産する時でも、痛みのあまり気を失った時も、どんな時でも……美結ちゃんが渡したそのメモを握っていたみたい。だから、こんなにくしゃくしゃに……」

 

「……………………」

 

城谷さんの説明に、お医者さんがさらに言葉を繋げた。

 

「彼女はよく、私や看護師たちにあなたのことを話していました。『自分には一人娘がいる』『その子だけは私と繋がりを持ってくれていた』『自分の親も、友人も、付き合った男たちも、誰一人として私に連絡をくれなかったが、娘だけが……小さな手紙を私にくれたのだ』と、毎日毎日、そう話していました」

 

「……………………」

 

「美喜子様は出産前からかなり衰弱しており、歩行すらままならない体力で、出産も最悪の場合流産してしまうだろうというほどの状態だったのです。それが……美結様の手紙を手に握りしめる度に、何度も体力を持ちこたえて、無事……赤子を取り出すことができたのです。最期、そのお手紙に……美喜子様があなたへのお礼を書き連ねて、そのまま……お亡くなりになったのです」

 

……………………

 

………………

 

 

……私の脳内を、一気にあらゆる記憶が駆け巡った。

 

まず最初に思い出したのは、お兄ちゃんとのこと。

 

私が湯水に頬をぶたれたのを心配して、お兄ちゃんが私に薬をくれた。そのお金を返すと、お兄ちゃんはメモで『頬は大丈夫か?』と訊いてくれた。

 

それから私たちはメモのやり取りを続けて……少しずつ、少しずつ、心を近づけた。

 

 

『薬のお金、ありがとう。頬は大丈夫か?』

 

『うん』

 

『それは良かった。その頬は、何かにぶつけたのか?』

 

『そんなとこ』

 

『そうか、気を付けなよ』

 

『うん』

 

 

そして……そして、私が湯水に坊主にされて、引きこもってしまった時………

 

 

 

『俺、お前に何かしてやりたい』

 

 

 

……私は、あの言葉に救われた。お兄ちゃんがずっと、ずっとずっと私のことを気にかけてくれて、どんなに私に邪険にされても、諦めずに声をかけ続けてくれて、メモで繋がりを持ってくれて……。

 

……そうして思い出していった先にあるのは、私の記憶。ママがとうとう捕まった日に、私がママにこのメモを書いたあの時……

 

 

『ママ……あなたはいつもワガママで、おうちにいなくて、私はずっと無視されて……。だから、私、ずっとママのこと恨んでた。恨んで恨んで……どっか行っちゃえばいいってそう思ってたけど……』

 

『………………だけど、私……本当は、そんなあなたのことを、愛したかったのかも知れない。』

 

『派手で高級な料理店じゃなくていい。有名なブランドの服じゃなくていい。近所のファミレスで一緒にご飯を食べたり、近所の服屋さんで一緒に服を買ったり……そんなことを、してみたかった。親子として……ちゃんと繋がりを持ってみたかった。 』

 

『いざこうして離れる瞬間……私は、あの人があんまりにも悲しい人だったことに気づいて、どうしようもなく切なくなってしまった。』

 

『それはたぶん……あの人は、“お兄ちゃんに会わなかった私”だったような気がするから。 もしお兄ちゃんに会わずに、ずっとそのまま生きていたら…… 私はあなたのようになっていた気がします。 』

 

『それは逆に言うなら……もしかしたらあの人も、お兄ちゃんみたいにちゃんと愛してくれる人と出会っていたら……何か変われたんじゃないか、もう少し違った未来があったんじゃないかって……。』

 

『 もう私は……あなたとは、もう二度と会いません。きっとこれからの人生で、指先ひとつ触れ合うことはないでしょう。 でも、どこか遠くで……あなたがいつか、本当の愛が何か気づけることを、私は祈っています。』

 

 

 

 

……そんな気持ちで書き連ねた、『さようなら、私のママ』という言葉。

 

そして、ママは……『ありがとお、みゆ』って……

 

 

…………。

 

う………………

 

ううう

 

ううううううう

 

 

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

私は、ママの亡骸に顔を埋めて泣いた。喉が焼けんばかりに、胸が焦げんばかりに、心の底から泣いた。

 

「美結!」

 

「美結ちゃん!」

 

「美結氏!」

 

「美結、どうしたの!?」

 

みんなの心配する声が、私の耳に届く。

 

「ママ!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!」

 

私の中にある思いの丈を、思い切り爆発させた。

 

「私……!!ママをちゃんと愛してくれる人が出てきてほしいって想ってた!!私にとってのお兄ちゃんがいてくれるように!!ママにとっての誰かがいてくれたらいいなって、そう想ってた!!」

 

拳を、これでもかというほど握りしめる。

 

 

「どうして私が!!その誰かになれなかったんだろう!!」

 

 

……窓の外の雨が、強くなっているのが音でわかる。風がごうごうと鳴り、激しい雨が窓を打ち付ける。

 

「お兄ちゃんは私のこと、どんな時も見捨てないでいてくれた!!どんな時もメモをくれて元気付けてくれた!!だから立ち直れた!!私もママを……そんな風に愛せたら、もっと違う未来があったかもしれないのに!!いや……きっと違う未来が絶対にあるって分かっていたのに!!どうして肝心な時に他人任せにしたんだろう!!」

 

「美結ちゃん……」

 

「ママ!!ごめんね!こんな……!こんな小さなメモだけじゃなくて!!いっぱいいっぱい!!数え切れないほど手紙を書いてあげたらよかった!!こんな私の……あまりにも小さすぎる愛にすがらなくたって!片手で握りしめるくらい小さな愛じゃなくて、両手いっぱいに!溢れんばかりに愛したかった!出産の時だって、そばにいて手を握ってあげたかった!!」

 

「……美結氏」

 

「私にとってのお兄ちゃんがいてくれるように!!あなたにとっての私でありたかった!!なんで今それに気づいてしまったんだろう!!誰かがあなたを愛してくれたらいいななんて、他人任せじゃなくて……!!私が!!私こそがあなたを愛して、あなたに愛を教えたらよかった!!そうしたら!!もっと!もっとあなたを救えたのに!!」

 

「美結、あなた……」

 

「ママ!!一人にしてごめんなさい!!寂しい想いをさせてごめんなさい!!」

 

「……美結」

 

ママ!!私は……もっとあなたを愛したかった!!

 

 

 

 

 

「……………………」

 

私の背中を、何人もの手が優しく触れている。私は涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らし、顔中はびしゃびしゃになっている。

 

「……私、育てます」

 

ママに埋めていた顔をあげて、その場から立ちあがり、城谷さんを、柊さんを、メグを、そして……お兄ちゃんを見つめて言った。

 

「ママの子を、私が育てます」

 

「美結ちゃん……」

 

「私は……もう後悔したくない。愛したいと少しでも思うなら、全力を尽くしたい」

 

「……美結氏、水をさすようで申し訳ありませんが、今赤子は……もう施設に預ける手続きが済んでしまっています。親戚とはいえ、そこからさらに里親へとなると……成人していることや、一定の収入があることなど、ある程度の基準を満たすことを求められてしまいます……」

 

「それなら、それを満たせるよう頑張ります。そして絶対に……その子を迎えに行きます」

 

「美結…………」

 

「お兄ちゃんお願い、私と一緒に…………どうかママの大事な子を……」

 

「「……………………」」

 

それは、私の覚悟を決めた瞬間だった。私という人間の人生を、大きく変えたのだった。

 

ぎゅっと、くしゃくしゃになった手紙を握りしめる。その手紙は、仄かに暖かった。

 

『ああ、ママは生きていたんだな』と、心の奥でそう思った。

 

 

 

 

 

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