【完結】生意気な義妹がいじめで引きこもりになったので優しくしたら激甘ブラコン化した話   作:崖の上のジェントルメン

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57.『ゆっくりと苦しみをもって』

 

 

 

 

 

 

 

……深夜二十三時のこと。私と千秋ちゃんは、とあるバーで一緒に飲んでいた。

 

そこはお酒よりもケーキが主軸の女性向けバーで、薄明かりの下で物静かな雰囲気を楽しみつつ、ケーキとお酒を嗜むといった、そんなお店だった。

 

私と千秋ちゃんはカウンターに並んで座り、各々ケーキとお酒を目の前に置いている。千秋の前にはモンブランとハイボールで、私の前にはチーズケーキとレモンサワーがあった。

 

「……美結ちゃん」

 

私のぽつりと呟く独り言は、店内にうっすら流れるBGMにすらかき消さるほど、小さかった。

 

流れているBGMは、ジムノペディの第一番。寂寥感と哀愁のこもった、孤独なピアノの旋律が店内を包んでいる。この曲を聞いていると、吹奏楽部だった学生時代を思い出す。

 

「……ねえ、千秋ちゃん」

 

隣にいる彼女へ、私は声をかけた。千秋ちゃんはハイボールの中の氷がからんと溶ける様を見ながら、私へ「なに?」と返した。

 

「明くんと美結ちゃんは、なんていうか……本当に、苦しいことがたくさんあるよね。私、なんだかやりきれないな……」

 

「……………………」

 

「明くんも美結ちゃんも、若い内からお母さんを喪ってしまって……。美喜子の場合は自業自得なところも多いけど……でも、こんな最期はあんまりだよ……。美結ちゃんも明くんも、さすがに堪えちゃうって……」

 

「……………………」

 

「どうして神様は、あんなに良い子達をいじめるんだろう……?」

 

「……神なんていないよ、城谷ちゃん」

 

「千秋ちゃん……」

 

「もし本当にいるんであれば、私が絶対にぶん殴ってやる」

 

そう言って、千秋ちゃんはハイボールに口をつけた。コップの半分ほどまで飲み干すと、カンッと音を立てて置いた。

 

「……城谷ちゃん、私は……どうすれば良いんだろうか?」

 

「え……?」

 

千秋ちゃんは珍しく、とても弱々しい口調だった。いつも『私は鋼の女』なんて言って、無表情でなんでもへっちゃらって顔をしてる、あの千秋ちゃんが……。

 

「私は……城谷ちゃんも知ってる通り、いじめられっ子だったし……家庭環境も最悪だった。親もいじめっ子もみんな殺して、私も死んでやるって、何回思ったことか」

 

「……千秋ちゃん」

 

「自分がそんな人生だったから、余計に彼らのことが気にかかる。私が子どもの頃に、大人からしてほしかったことを……彼らに、してあげたいって」

 

「……………………」

 

「でも、なんか……分からなくなった。私は二人の幸せのために、美喜子を裁いた。二人から遠ざけて、美喜子に報いを受けさせた。でも……それで、それで本当に良かったんだろうか……?私は今日の美結氏を観て、そこがとんと分からなくなってしまった」

 

「……………………」

 

私たちの席から少し離れたテーブル席で、女性客が数人騒ぐ声が聞こえる。

 

「それでさー、彼氏がさー」

 

「はー!?それヤバいねー!」

 

「ねー!ちょっとおかしいよねー!」

 

……ケタケタと笑う彼女たちのいるところと、私たち二人のいるところが、同じ店内であるはずなのに、まるで別の世界にいるかのような……そんな場違い感を覚えていた。

 

「……ちくしょう、美喜子め。クズでバカの癖に……美結氏を悩ませやがって……」

 

千秋ちゃんはカウンターに肘をつき、手を額に当てて、眼を閉じた。

 

「独りぼっちになったのだって、どう考えても自分のせいじゃない。身から出た錆……孤独になって死んだって、ちっとも美結氏のせいなんかじゃない。あいつが最低のクソ野郎で、美結氏のことたくさん苦しめたから、今度は自分が苦しむ番になった……。それだけだって」

 

「ちょっと、千秋ちゃん……」

 

「あんたの杜撰な生き方のせいで、美結氏にたくさんしわ寄せが来るだろうってこと、少しは想像しておけよ。赤ちゃんだって美結氏が引き取ろうとしてるんだぞ。あんたがちゃんとしておけば、こんなことにはならなかったんだ。自己中で能無しのバカ女が……」

 

「千秋ちゃん、言いたくなる気持ちは分かるけど、美喜子はもう故人なんだから、そこまでにし……」

 

と、そこまで言いかけて、私の言葉は止まった。

 

「……………………」

 

千秋ちゃんの眼から、涙が溢れていた。唇をきゅっとつぐんで、何もかもを堪えるように泣いていた。

 

すん、すんと、千秋ちゃんの鼻をすする音が聞こえる。歯をぎりっと噛み締めて、肩を震わせている。

 

「本当にバカな女……。だって、美結氏の手紙は『さようなら』なのに。完全に縁を絶たれた言葉なのに。それすらも嬉しかったって……意味分かんない。頭おかしいんじゃないの?」

 

「……………………」

 

「あんたねえ、繋がりに餓えすぎだっての……。最期になってようやく、美結氏に謝罪と感謝ができるんなら、どうして生きている内にしなかったのよ……。あんた、最期まで自己中すぎんのよ……」

 

「……………………」

 

「ああ……もう。私としたことが……。この先の人生で、絶対泣いてたまるもんか、二度と泣くもんかって、そう誓ったのに…………」

 

……私は椅子ごと彼女のそばに近寄って、背中をゆっくりとさすった。

 

ジムノペディが、透明な旋律を静かに奏でていた。

 

 

 

 

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