【完結】生意気な義妹がいじめで引きこもりになったので優しくしたら激甘ブラコン化した話   作:崖の上のジェントルメン

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66.他人事

 

 

……テレビに校門前の落書きが放映されてから、瞬く間にそのニュースが広まった。

 

お兄ちゃんとメグの学校には、マスコミや野次馬がたくさん出てきて、とても困っているという。特にお兄ちゃんには、マスコミからの取材依頼なんかも来た。

 

学校で唯一『アキラ』という名前を持っているのは、お兄ちゃんだけだかららしい。当然お兄ちゃんはその依頼を断ったんだけど……ある日、お兄ちゃんが学校に登校している時、正門をくぐろうとしたその瞬間を狙って、突然マスコミがインタビューをしてきたらしい。

 

『全く酷いよなあ……。全然聞かされてないんだぜ?それ。個人情報もへったくれもないよ……』

 

お兄ちゃんは電話越しに、ため息混じりにそう答えていた。私はベッドに腰かけて、白いクッションを抱いてその話を聴いていた。

 

「大変だね……。そのインタビュー、結局どうしたの?」

 

『なんかカメラもまわってて、今中継中とか言うからさ、さすがに邪険にするとイメージ悪く言われそうで怖いし……渋々応じたよ』

 

「ど、どんなこと訊かれた?」

 

『なんか、この落書きに心当たりありますかー?とか、友達のいたずらですかー?とか、ほんとずけずけ聞いてくんの。まあ答えられる範囲で答えたけど……。はあ、さすがに先生に言って、もう立ち入り禁止にしてもらおうかな』

 

「そうだよね、それがいいと思う」

 

『心配かけてごめんな、美結』

 

「ううん、いいの」

 

『どうだい?そっちの暮らしは。もう慣れたかな?』

 

「……ううん、慣れない。お兄ちゃんがいない生活なんて、慣れたくないよ」

 

『……………………』

 

「柊さんも城谷さんも、優しくて大好きだけど、私はやっぱり、お兄ちゃんが一番好きなの」

 

『……………………』

 

「お兄ちゃん、私……」

 

『……なんだい?』

 

「……………………」

 

そこまで口にしておいて、私は……それ以上言うのを止めてしまった。

 

お兄ちゃんと一緒にいたいって、何度も言いたい。何回だって言いたい。でも、それは……お兄ちゃんの邪魔になっちゃうから。

 

せっかくお兄ちゃんが、私のためを思って……こうして安全な場所に連れてきてくれたんだから、その気持ちを……汲まないといけないよね。お兄ちゃんの気持ちを……無駄にしちゃいけないよね。

 

「ううん、ごめん、なんでもない」

 

私がそう言うと、『そうか?』って……いつものように、どことなく察しているお兄ちゃんの声が聞こえた。

 

「うん、大丈夫だから。ごめんね?」

 

『……美結』

 

「なに?」

 

『愛してるよ』

 

「!」

 

『……ん、なんか……あれだな。電話だとちょっと照れるな』

 

「……えへへ、ありがとうお兄ちゃん。私も愛してる」

 

……お兄ちゃんと付き合うようになってから、もう一年半が過ぎようとしてる。だけど、全然倦怠期がこない。むしろ日を増すごとに、お兄ちゃんのことが大好きになっていく。

 

『ごめん美結。そろそろ俺……バイトの時間だ』

 

「あ……うん、分かった」

 

『じゃあまたな、美結。今度また電話するよ』

 

「……うん」

 

『それじゃあ、切るな?バイバー……』

 

「あの、お兄ちゃん」

 

『お?どうした?』

 

「……………………」

 

『ん?大丈夫か?どうした?』

 

「……ううん、なんでもない。大丈夫」

 

『……美結、俺さ、帰ってきたらまた電話かけるけど、いい?』

 

「……!」

 

『俺も、美結の声聞きたいしさ……いいかな?』

 

「うん!待ってるね!」

 

『ああ!それじゃあ、行ってくるな!』

 

「うん、いってらっしゃい!」

 

……そうして、電話が切れた。

 

「……………………」

 

私は、ベッドに寝転がって、天井を見上げた。

 

胸に抱いているクッションを……さらにぎゅっと胸に寄せた。ふかふかのクッションだけど……やっぱり私は、お兄ちゃんのぎゅーが恋しい。

 

「はあ……お兄ちゃん」

 

いつも私の気持ちを……お兄ちゃんは察してくれる。私が寂しくて電話を切りたくないっていうのを分かって……また、『帰ってきたら電話する』って、そう言ってくれた。

 

そういう時、『美結が寂しそうだから』って言わずに、『俺が美結の声聞きたいから』って言ってくれるのが、すっごく嬉しい。寂しそうだから電話するってなると、私がお兄ちゃんに対して申し訳ない気持ちになる。でも、私の声が聞きたいって言ってくれると、純粋に喜んじゃう。嬉しくなっちゃう。そんな風に私の心持ちまで気遣ってくれるお兄ちゃんが……本当に好き。

 

「お兄ちゃん……」

 

目にたまった涙を、クッションに埋めて隠した。もうお兄ちゃんと、かれこれ1ヶ月近く会えていない……。本当なら、もうそろそろ夏休みで、一緒にいろいろ遊べる時期だったのに……。

 

……でも、我慢しなきゃ、だよね。湯水の件が終わるまで、私はちゃんと身を隠して……お兄ちゃんを困らせるようなこと、しちゃいけない。本当は電話だってしすぎちゃいけないし、なるべく邪魔にならないようにしないと……。

 

「……はあ、とりあえず……夕飯、作ろっかな」

 

私はベッドから立ち上がり、のそのそと寝室を出た。

 

リビングでは、柊さんがソファに座り、バナナにかじりつきながら、テレビを凝視していた。

 

「柊さん」

 

私がそう言うと、バナナを咥えたまま彼女はこちらを向いた。

 

「ん、みゆし、おあおうごあいまふ」

 

「ふふ、おはようございますって……今起きたんですか?柊さん。もう夕方の18時ですよ?」

 

「ふぁい、さいいんねてなあったものえ」

 

「もう、あんまり無理しないでくださいね。寝溜めって本当は身体によくないんですよ?」

 

「しろあにちぁんにお、おんあじこといわれまふぃた。いお、きをふえまふ」

 

私は“柊語”に苦笑しつつ、キッチンに立った。ここのキッチンは、リビングとの間に壁がなく、キッチン側にあるカウンターからリビングのソファとテレビが見えるような構造になっている。

 

さーて、今日はどうしようかな……。キムチを買ってあるし、豚キムチとかにしようかな。余った豚は豚汁にして……。そうだ、ご飯って余ってたかな?

 

「あ、そう言えば美結氏」

 

「はい、なんですか?」

 

柊さんの問いかけに対して、おひつのご飯を確認しつつ答える。よし、三合くらいあるし、ちょうど良いかも。

 

「明氏がニュースに出てましたよ。先日の落書きについて」

 

「あ、さっきちょうど、お兄ちゃんから聞きました。なんでも無理やりインタビューを受けさせられたとか」

 

「ええ、録画してますんで、観てみますか?」

 

「録画……?」

 

私がそう言うと、柊さんは該当のニュースを流し始めた。私はキッチン側から、そのニュースに目をやった。

 

 

『南高校の正門前にて書かれた、謎の落書き。南高校には“アキラ”という名前の生徒が1人だけいるそうです』

 

 

落書きの映像がでかでかと映され、それに合わさってニュースキャスターが説明を入れていく。それが終わると画面が切り替わり、お兄ちゃんが映された。

 

『……………………』

 

画面に映るお兄ちゃんは、目に見えて面倒臭そうにしてた。眉をしかめて、口をへの字に曲げている。

 

でもなんだか……その時、久しぶりにお兄ちゃんに会えたような気がして、思わず……嬉しくなってしまった。

 

「知人がテレビに出ていると、なんだか不思議な気持ちになりますね」

 

柊さんの呟きに、私は「そうですね……」と、やや上の空気味に答えた。

 

 

『あなたがアキラさんですか?』

 

インタビュアーの質問に、お兄ちゃんは黙ってうなずく。

 

『あの落書きについて、何か心当たりは?』

 

『…………なんとなく、あります』

 

『ご友人のいたずらですか?』

 

『そういう類いのものじゃないです。俺の友達に、いたずらでこんなことする奴はいません』

 

『では、一体誰が?』

 

『……………………』

 

『ネットでは、付き合っていた元恋人や、ストーカーがやったのではないかと言われていますが、それについては?』

 

『……………………』

 

『この落書きを書いた方に対して、どう思っていますか?』

 

『……悲しいです』

 

『悲しい?』

 

『……………………』

 

『あの、具体的には、どういうところで悲しいと?』

 

『……それほどまでに、お前は誰からも愛されていなかったのかと……俺に依存する以外の術を知らないあいつの心境を想うと、悲しくて仕方ない』

 

『はあ……』

 

『………もう授業始まるんで、失礼します』

 

『え!?ちょっと!まだ回答がよく分からないのですがー!』

 

お兄ちゃんはインタビュアーさんの言葉を無視して、寂しそうな背中だけを残して去っていった。

 

「……………………」

 

「この明氏の対応が、ネットでかなり話題になっているみたいですよ」

 

「ネットで……」

 

私はポケットに入れていたスマホを取り出し、どんな感じで話題にされているのか見てみた。

 

SNSなんかでその話題を検索してみると、いろんな意見があった。

 

 

 

『いや、何この回答。ドラマ過ぎんでしょ』

 

『含みありすぎて草』

 

『ていうかアキラぶっさwwwwこりゃストーカーの女も大したことないな』

 

『これマスコミがひどいな……。さすがに訊きすぎ。男子生徒もこんなん訊かれても答えにくいだろ。先生ちゃんと守っとけよ』

 

『え、アキラくん意外とタイプかも。絶対優しそう』

 

『こんな顔でも女の子からストーカーしてもらえるんか……』

 

『顔じゃなくてチ◯ポでモテる系のやつだわ』

 

『ストーカー被害か、大変だね。私も元カレにストーカーされた時はうざかったな~』

 

『回答が完全に厨二っすね(笑)』

 

『こいつ心当たり絶対なんとなくじゃないだろ』

 

『「悲しいです」って言えるのは、すごいですね。根が普通に良い子なんだと思います』

 

 

 

……本当に、いろいろ様々な……悪く言うと言いたい放題な感じでお兄ちゃんは話題にされてた。

 

「……………………」

 

お兄ちゃん……私、なんだか嫌だな。お兄ちゃんのこと何にも知らない人が、あーだこーだお兄ちゃんのこと喋ってて……。みんな、他人事って感じで……。

 

……それに、なんだかお兄ちゃん、ちょっとやつれてた。湯水とのことで、いろいろ溜め込んじゃってるところもあるんだと思う。

 

……なんだか、心配だな……。

 

「お兄ちゃん……」

 

モヤモヤした気持ちを抱えながら、私は夕飯の支度を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よお、有名人!」

 

学校の昼休み中。通りすがりに、全然知らない奴らから肩をぱんっと叩かれた。ニヤニヤと笑うそいつらは、俺が顔をしかめているのを見てより笑い、スタスタと去っていった。

 

俺のインタビューがテレビに出て以来、俺は以前よりさらに……悪い意味で注目を浴びるようになった。

 

俺を見かけると、女子からひそひそと噂話をされたり、男子からはこうして変にからかわれたりと、とにかく学校に居づらい。

 

「……………………」

 

そんなある日の昼休み、俺は担任の先生からヒアリングを受けた。使われていない教室で二人、机1人を挟んで向かい合いながら座った。

 

「渡辺」

 

先生がひとつ咳払いをしながら、話を始めた。

 

「あの校門前のいたずら書き……お前、本当に心当たりあるのか?」

 

「……………………」

 

「あるんだったら、先生にちゃんと誰なのか言ってくれ。毎度ああいうことをされるのは非常に困る」

 

「湯水ですよ、先生」

 

「なに?」

 

「今、絶賛不登校中の……湯水 舞ですよ」

 

「湯水って……あの一年生のか?」

 

「そうです。先生も見たことあるでしょう?湯水が俺をデートに誘いに来て……困らせてたことを」

 

そう、いつだったか湯水は、『デートに応じるまで動かない!』と言って俺にしがみついてたことがある。もちろん当時はそれが演技だったが……今となっては、もはや演技以上に恐ろしいことをしてくるようになった。

 

「ああ……なるほど、そう言えば」

 

先生もそのことは覚えているらしく、腕を組んで宙を見上げた。

 

「あいつは本当に異常ですよ、俺への執着心が強すぎる。俺も迷惑しています」

 

「……ふーむ」

 

「湯水をすぐに見つけるべきです。でないと、どんどん過激なことをし始める」

 

「……?お前、“すぐに見つけるべき”って……なんで湯水が家出中って知ってるんだ?先生たちしか知らないはずだぞ?」

 

「もうそんなの、学校中で噂になってますよ。湯水が家出して、俺に振り向いてもらうために落書きしてることも」

 

「……………………」

 

「先生、俺も自分の身は自分で守るつもりですが……先生方も、ちゃんと校内の治安は守ってもらいたい。だいたい、なんでマスコミが校内に入るのを許可したんですか。俺の個人情報が漏れること、分かってるはずです」

 

「いや……あれはだな、取材料が既に振り込まれてて、断るわけにもいかなかったからだ」

 

「は?取材料……?なんでそれを学校が貰ってるんですか。筋が通らない。百歩譲って俺が貰うならまだしも……」

 

「敷地内に立ち入りを許可するのは学校側だ。そうだろ?」

 

「……ひとつ言っておきますけど、生徒のこと舐めたら怒りますからね」

 

「なんだ渡辺、何を喧嘩腰に……」

 

「とりあえず先生、マスコミは今後学校へ入れないでください。もし次いれたりしたら、湯水のことをマスコミへ詳細に話しますからね」

 

「……!」

 

「先生たちとしては、あくまで部外者の落書きとして処理したいはずでしょ?学校の信用……イメージを損ねないように。内々の人間、それも生徒があんなことをしたなんて、表沙汰にはしたくないはず」

 

「分かった分かった、そう息を荒げるな」

 

先生は腕組をほどいて、俺をたしなめた。

 

「次からは必ず断る、これでいいだろ?」

 

「……………………」

 

俺はもう、呆れてものが言えなかった。何が“これでいいだろ?”だ、上から目線もいい加減にしろよ。先生って呼ばれたきゃ、それなりの態度を示したらどうだよ。

 

はあ……湯水、お前のせいで……ここ最近、人生で一番、人間のことが嫌いな時期になったよ。どいつもこいつも他人事……信頼できる人間は、本当に一握りだ。

 

ああ……美結。早く、君に会いたいな。

 

 

 


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