【完結】生意気な義妹がいじめで引きこもりになったので優しくしたら激甘ブラコン化した話   作:崖の上のジェントルメン

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70.VS湯水(part20)

 

 

 

 

 

「……ああ、本当だね。結喜ちゃん、笑ってる」

 

俺は、美結と電話をしつつ、送られてきた結喜ちゃんの写真を眺めていた。

 

『湯水との件が落ち着いたら、会いに行きたいね』

 

電話越しにそう話す彼女の声は、慈愛に満ちたお母さんのようだった。

 

リビングのフローリングに腰を下ろし、結喜ちゃんの写真をじっと見つめる。開けた窓から、湿気を含んだ真夏の夜風が入り込む。

 

「そうだな、一緒に会いに行こうな」

 

俺がそう返すと、彼女は嬉しそうに『うん』と答えた。

 

それにしても……結喜ちゃんを引き取れるのは一体いつになるのだろう?俺が今年高校を卒業だから……すぐ就職すれば、里親として受け入れることができるんだろうか?一度、その辺りを調べてみないといけないな。

 

「あ、そうだ美結、俺明日……母さんと美喜子さんのお墓参り行ってくるよ。ちょうどお盆だしさ」

 

『うん、わかった。私も行きたいけど……やっぱり、ダメかな?』

 

「まあ、なるべく今は出歩かない方がいいよな……。来年の夏は、一緒に行こうな」

 

『うん。お兄ちゃんも気をつけてね』

 

「ああ。じゃあ、また明日、お墓参りが終わったころくらいに電話するよ」

 

『うん、わかった。何時くらいになりそう?』

 

「三時か四時には帰ってると思う」

 

『分かった、じゃあ待ってるね』

 

「ああ。じゃあ、お休み美結」

 

『お休みお兄ちゃん』

 

そうして、美結との電話を終えた。

 

美喜子さんは、結局渡辺家の墓に埋葬された。無縁仏になるのも可哀想だということで、父さんが受け入れたのだ。

 

だからあの墓には、母さんと美喜子さんが眠っている。

 

「……………………」

 

俺はスマホで音楽アプリを起動し、昔母さんが好きだった歌を流し始めた。

 

 

『優しい歌が好きで、ああ、あなたにも聴かせたい』

 

『このまま僕は、汗をかいて生きよう!ああ、いつまでも、このままさ』

 

 

スマホを床において、俺もごろんと仰向けに寝転んだ。自分の両手を後頭部に置いて枕にし、天井を見上げる。

 

「……美喜子さん、か」

 

そう言えばあの人は、一体どんな歌が好きだったんだろう?そんなことさえも知らないままに、あの人は亡くなってしまった。

 

……俺は、美結ほど美喜子さんに対して思い入れがあるわけじゃない。だけど、もっと違う方法を取れたんじゃないかって想いは……どうしても残る。

 

あの時はあれが最善だと分かっていても、心がそれを割り切れるわけじゃない。

 

 

『人は誰でも、挫けそうになるもの!ああ、僕だって、今だって』

 

『叫ばなければ!やりきれない思いを!ああ、大切に、捨てないで』

 

『人に優しく、してもらえないんだね』

 

『僕が言ってやる!でっかい声で言ってやる!頑張れって言ってやる!』

 

『聴こえるかい?頑張れ!!』

 

 

……静かな部屋の中に、ギターをかき鳴らす音が響き渡る。この曲を聴いていると、なぜか母さんの言葉を思い出される。

 

 

 

この世で優しい人は、お前一人だけよ

 

そう思えると、相手のことを許せるようになる。自分しか優しさがないのなら、相手に分け与えようと思えるようになる

 

そして、逆に自分が優しくされた時に……本当の意味で感謝できる。人の優しさに期待しない分、貰った時の喜びは誰よりも大きくなれる。人の優しさに誰よりも気付けるようになる

 

いい?明

 

自分のことだけを信じなさい

他人のことを愛するために

 

 

 

「……………………」

 

母さん……俺が、美喜子さんや湯水のことを思う度に、胸がチクチクと痛むのは……あなたの言葉通りに生きられないことへの、罪悪感かもしれません。

 

父さんとは、お互いに納得した関係を築くことができた。双方とも干渉はしないけど、決して忘れるわけじゃない。そんな形ができたけど……俺は美喜子さんに、そういうことができなかった。

 

確かに美喜子さんは酷い人だった。自分勝手だったし、横柄だったし、俺は嫌いだった。

 

「……でも、母さん。たぶんあなたは……『嫌いだからって愛さない理由にはならないでしょ?』って、そんな風に言いそうだね」

 

 

『優しさだけじゃ、人は愛せないから!』

 

『ああ、慰めてあげられない』

 

『期待外れの言葉を言う時に』

 

『心の中では!頑張れって言っている!』

 

『聞こえてほしい!あなたにも!』

 

頑張れ!!

 

 

 

……俺は、眼を瞑った。

 

窓から流れる風を感じながら……静かに、黙って泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ミーン、ミンミンミンミンミン……

 

 

爆音で鳴り響く蝉たちの合唱に包まれて、俺は墓地へと向かっていた。左手の甲で額の汗を拭い、シャツの腕を捲って、「ふう」と生ぬるいため息をつく。

 

右手には、お参り用に持ってきたお線香やお水入りのペットボトル、そしてお供え用のお花が入った透明のビニール袋を下げている。

 

夏か……。そう言えば、小さい頃はよくカブトムシを捕まえてたっけなあ。母さんと父さんに山へ連れてきてもらって、早朝からクヌギの樹を必死になって探したもんだ。

 

母さんはなぜだかこういう時、やけに勘が冴えてて、「明、きっとあそこの樹にいるよ」って指をさすと、本当にそこにいたりする。

 

「俺もいつか……美結や結喜ちゃんを、そして……俺たちの子どもを連れて、どこかに遊びに行くことがあるんだろうか」

 

いつかきっと、あるといいよなと……そう呟きながら俺は笑った。

 

「ふー……暑いなあ……」

 

閑静な住宅街を抜けて、少しばかり林の中にある砂利道を歩いた先に、あの墓地はあった。

 

「さて、えーと……」

 

立ち並ぶ墓石に刻まれる名前をひとつひとつ確認していき、渡辺家之墓を探す。

 

「……………………」

 

その時、俺はふいに、ある墓石の前で脚を止めた。

 

いや、止めたというか、止まらざるを得なかった。

 

「なんだ……これ」

 

その墓石は、あまりにも悲惨だった。

 

廃墟の壁にあるような、「おま◯こ」だの「セッ◯ス」だの、見るに絶えない卑猥な落書きがカラフルなスプレーで石全体に描かれており、備えられていた花は踏んづけられてぐしゃぐしゃになっているわ、線香は全部折られているわ……。とにかく、酷いという言葉では足りないくらいの荒らされようだった。

 

「……おい」

 

だが、俺が脚を止めた理由は、そのあまりの悲惨さにではない。そう……その墓石こそ、俺の……俺たちの家の……

 

 

「なんで渡辺家の墓が!!こんなことになってるんだよ!?」

 

 

俺の怒号が夏の空に響く。手に持っていたビニール袋を放り投げ、墓石のそばに直ぐ様かけよった。

 

「なんで…………なにが、どうして…………」

 

激しい怒りと噴き上がる悲しみに、手が震えた。

 

墓石に触れて、その落書きを指でなぞる。夏の暑さに煽られて、じりじりと熱くなった墓石が、俺の手の平を焼く。

 

意味がわからない。なんでこんなことになっているんだ?一体誰がこんなことを……?

 

「……………………いや、そうだよな。一人しかいねえよなあ……」

 

そう……そうだよ。

 

俺のことを……今、必死こいて嫌われようとしてるやつだ……。他の墓は無事で、この渡辺家の墓だけが被害を受けているのを見て……もう十分に、これ以上ないくらいに察しがつく。

 

本当にイカれた……あの女だ。人の心のないあのクソ野郎だ。

 

「湯水!!!てめえ……!!てめえよくもこの墓を!!!」

 

母さんたちの墓を!!よくも荒らしたな!!

 

お前って……本当に本当に!!人の心がないんだな!!

 

俺の大切な人たちを傷つけて!!俺の大事な母さんたちの墓を荒らして!!とんでもねえ野郎だ!!

 

湯水!!湯水!!お前は絶対に許せない!!こんなことをして、タダで済むと思うなよ!!

 

「!!」

 

突然、背後から口許を押さえられた。口に当てられたのは、ハンカチサイズの布だった。この布には、なんらかの薬品が塗られているのだろう、人工的な甘ったるい臭いが鼻をついた。

 

声を出せなくされた上に、俺の腕を後ろへ回されて、身動きを取れなくされる。

 

(なんだ!?ま、まさか湯水か!?)

 

それにしては力が強すぎる気がする。もしかして……やつの仲間か?

 

「んー!んんんーーー!!」

 

逃げ出そうと必死になるが、いくつもの腕が俺の身体を背後から押さえているのがわかる。複数人に取り囲まれているのか……!!

 

(ちくしょう!!ちくしょう!!湯水ーーー!!!)

 

奴への怒りで、思わず涙がこぼれたのを最後に……俺の意識は、暗い微睡みの中へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ダメだ、全然繋がらない」

 

私は、お兄ちゃんへ通算三回目の電話をかけていた。その三回目とも、ずっとコールが鳴り続けるばかりで、お兄ちゃんは一向に電話へ出てくれなかった。

 

「忙しい……のかな?でも、もう夜の七時……。さすがにお墓参りも終わって、帰ってきてる時間のはず……」

 

焦りと不安で、寝室の中をうろちょろ歩く。スマホを凝視し、もう一度電話をかけようか迷う。

 

「何回もかけちゃうと、さすがに迷惑かな……。でも、お兄ちゃんのこと心配だし……うーん……」

 

眼をぎゅっと瞑り、目蓋の裏にお兄ちゃんを思い浮かべる。その中にいるお兄ちゃんに、『何回も電話してごめんね?』と話しかけてみた。

 

お兄ちゃんはニッコリと笑って、『心配してくれてありがとうな』と言ってくれた。

 

「……………………」

 

そうだよね……きっとお兄ちゃんなら、そう言ってくれるはず。よし、もう1度かけてみよう。

 

 

プルルルル、プルルルル

 

 

ごくりと生唾を飲みながら、お兄ちゃんへ電話をかける。

 

着信音の鳴る時間が長引いていく度に、胸のそわそわが増していく。気がつくと呼吸が浅くなっていて、自分が不安にかられていることが客観的に理解できる。

 

 

プルルルル、プルルルル

 

プルルルル、プルルルル

 

プルルルル………

 

 

……結局、四度目もお兄ちゃんは出なかった。Limeにも『大丈夫?』とか送っているのに、まるで反応がない。既読すらついていないので、お兄ちゃんはLimeアプリを開いてすらいないみたい。

 

「本当に大丈夫かな……?もしかして、事故とか…………」

 

自分の中で、不安な妄想が広がっていく。ひょっとすると、交通事故に遭ったとか、通り魔に遭ったとか、あるいは…………湯水に、遭ってしまったとか。

 

いやいやでも、それはないよね。湯水はあくまで、お兄ちゃんの周りの人を傷つけて、お兄ちゃんから嫌われようとしてる……。お兄ちゃん本人をどうこうしようってことは、たぶん……ない……はず。

 

「どうしよう……お兄ちゃん、大丈夫かな?お兄ちゃん、お兄ちゃん……」

 

あまりに怖くて泣きそうになってしまった。涙を目に溜めて、仕事に出掛けている柊さんへ電話をかけた。

 

『はい、もしもし?』

 

「あ、あの……柊さん?」

 

『美結氏、どうしました?』

 

「え、えと…………その、実は…………」

 

口の中が乾いてしまい、上手く言葉が出てこない。柊さんは『大丈夫、落ち着いてください』と、冷静ながらも優しい声色で話してくれた。

 

『何か、お皿でも割っちゃいました?』

 

「い、いえ、そういうのではなくて……。あの、実はお兄ちゃんが、全然電話に出てくれなくて……」

 

『明氏がですか?』

 

「はい、Limeにも既読をつけてくれなくって……すっごく心配で」

 

『最後に連絡が取れたのはいつですか?』

 

「えーと、昨日の夜です。今日はお盆だからお墓参りに行くって言ってて、今日の三時か四時にはまた電話するって言って……それっきりです」

 

『三時か四時には連絡すると言いつつ、未だ音沙汰なし……ですか。美結氏へのレスポンスが早い明氏がそんなに遅いのは、ちょっと気になりますね。時間がずれ込むこと場合は、あの明氏なら一言くらい言ってきてくれそうですし……』

 

柊さんは電話越しに、『熱中症で倒れてるかも……?部屋を見に行くか?いや、しかし……』と、ぶつぶつ言いながらお兄ちゃんの状況を推理してる。

 

それから1分ほど経った時、『美結氏、こうしましょう』と言ってひとつの案を聞かせてくれた。

 

『私の方からも、明氏へ電話をしてみます。それが繋がらなかったら、明氏宅のマンションの管理人に部屋を訪ねてもらうよう依頼します』

 

「わ、分かりました」

 

『進展があったら、すぐ連絡しますね』

 

そうして、柊さんは電話を切った。

 

「……………………」

 

私はとにかく待つ他なかったので、ベッドに寝転び、スマホで時間を潰すことにした。

 

動画を観たり、無意味にネットサーフィンしてみたりといろいろ試すが、やっぱりお兄ちゃんのことが気になって、全然頭に入ってこない。どうしようもない焦燥感に急き立てられて、鼓動が徐々に激しさを増す。

 

「……お兄ちゃん」

 

スマホを観るのを止めて、枕元に置いた。天井を見上げたまま、幾度か深呼吸をしてみた。

 

「どうしよう……お風呂でも入ってようかな」

 

スマホを観る以外で気晴らし兼時間潰しとなる方法を、いろいろ考えてみた。料理とかでもよかったかも知れないけど、料理は包丁や火を使うので、ちょっと今の精神じゃ危ないかも知れないとそう思ったのだ。

 

それに、お風呂はリラックスできる場所でもある。今この焦燥感は、身体にも良くない気がするし、リラックスするのは大事かも。

 

「……よし、シャワーを浴びよう」

 

とにかくこの焦燥感を消したかった私は、スマホを握りしめて、お風呂場へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピリリリリ!ピリリリリ!

 

「!」

 

待ちに待った連絡が来たのは、私がお風呂で身体を洗っている時だった。

 

身体中にボディーソープを塗りたくったまま、お風呂場からすぐに出て、手の泡だけをバスタオルで拭って綺麗にし、脱衣場に置いてあるスマホを手に取る。

 

「はい!もしもし!」

 

私が電話を受理すると、柊さんが答えてくれた。

 

『美結氏、連絡が遅くなって申し訳ありません。今大丈夫ですか?』

 

「はい!」

 

私はその場でしゃがみこんで、柊さんの言葉を待った。

 

『どうです?美結氏。あれから明氏より連絡はありましたか?』

 

「い、いいえ。全く」

 

『……………………』

 

「柊さん……」

 

『……こちらの状況を、一から順序だてて話しますね。まず私も、明氏へ何度か電話をかけてみましたが、お出になられませんでした』

 

「柊さんの電話にも……」

 

『なので、さきほど美結氏にも申し上げた通り、明氏たちの住むマンションの管理人に連絡し、「熱中症で倒れてるかも知れないから」という理由で、部屋の中を見てもらいました。しかし、結局部屋の中に明氏はいませんでした』

 

「……………………」

 

『なんとなく嫌な予感がしたので、警察への捜索願を出させてもらいました。仰々しく感じるかも知れませんが、後から「やっぱりこうするべきだったか」となるよりは良いと判断したのです』

 

「あ、ありがとうございます……柊さん」

 

『いえいえ』

 

「……柊さんは、どう思ってますか?お兄ちゃんのこと……」

 

『……………………』

 

「どこかで倒れてるとか、事故に巻き込まれたとか……」

 

『……私はもしかすると、湯水が絡んでるんじゃないかって思ってます』

 

「……………!」

 

『まだはっきりとした根拠はありませんが、なんとなく感じるこの胸のざわつきは……虫の知らせのような気がします』

 

「虫の知らせ……」

 

『実は、私は一点……今回の湯水の動きについて、ある疑問があったんです』

 

「疑問……ですか?」

 

『湯水は、明氏から嫌われるために動いている。だからずっと、明氏の周りに迷惑がかかるよう細工をしてきた。だけど、それではあまりに短絡的すぎる。なぜなら、結果が出ない行動だから』

 

「……………………」

 

『嫌がらせをし続けていけばいくほど、だんだんとその行動に足がつき始め、最終的に湯水が逮捕される未来はあらかた予想がつく。どんなに湯水が天才と言えど、全部の嫌がらせに全く証拠を残さないままでいられるとは思えないからです。これは言うなれば、犯人が誰か分かっているサスペンス小説のようなものですから。いろんな嫌がらせ行為が湯水と結びつけられるようになるので、証拠が出しやすくなってしまうんです』

 

確かに……。柊さんの言う通り、現に嫌がらせの実行犯だった澪や喜楽里は、柊さんに現場を発見されて捕まったわけだもんね。

 

『湯水もおそらく、そのことは把握している。となると、“いつか自分が捕まることは分かっていながら、明氏に迷惑をかけ続ける”というのは、あまりに彼女らしくないという疑問があったんです』

 

「湯水らしくない?」

 

『独占欲の強い湯水が、明氏と顔も合わせず、なんとなく明氏が嫌がっているのを想像して悦に浸ったまま、警察に確保されるのを受け入れるというのが、短絡的で彼女らしくない。今、改めて考えてみると……たとえば、明氏を誘拐して監禁し、散々嫌なことをして、その反応を目の前で楽しむ……くらいのことは、彼女ならやりそうだと思いませんか?』

 

「…………!!」

 

『どうせいつか捕まるのなら、目一杯明氏のことをいたぶりたい……。そういう理屈になる気がするんです。遠く離れた場所から「アキラ、今頃嫌がってるだろうな」と妄想に浸るのではなく、「ほらアキラ!嫌でしょう!?最悪でしょう!?」と、隣でめちゃくちゃに煽る方が、彼女らしく思いませんか?』

 

「……………………」

 

『そして……それを踏まえて考えると、さらにひとつ……思うことがありまして。「明氏の周りに嫌がらせをする」と言った湯水の宣言……。これ自体が、彼女のミスリードなのではないか?と』

 

「ミスリード……?な、なんでですか?」

 

『明氏の性格から考えると、「アキラの周りの人間に嫌がらせをする!」と言われたら、彼は絶対、自分を一人にしますよね?事実、今回そうなりました。美結氏も私たちのところへ預け、明氏は一人になった。この“一人になる”という状況を、湯水は作りたかったんじゃないか?と』

 

「…………!!もしかして……お兄ちゃんを誘拐しやすくするために、わざとそう誘導した……?」

 

『そうです、明氏が自分から一人になる状況に追い込み、気が熟したところで拐う。もしこれを意図的に湯水がしていたとすれば……あの女は、とんでもない怪物です』

 

「……………………」

 

心臓が、冷えた手でぎゅっと捕まれたような、そんな気味悪さに襲われていた。

 

もし……もし本当に、湯水の狙いどおりのことが起きてるなら、お兄ちゃんは今頃……。

 

「やだ……お兄ちゃん、やだ……!」

 

がくがくと身体が震え始めた。頭に浮かぶ恐ろしい空想を必死にかき消すため、眼をぎゅっと瞑る。

 

しかし、それでも消すことはできなかった。目蓋の裏に、お兄ちゃんと……湯水の姿が浮かんでしまったから。

 

 

『アキラは、私のもの』

 

 

湯水の歪んだ笑顔が、私の脳裏に……消えるのことのない幻影を残した。

 

 

 

 

 

 


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