【完結】生意気な義妹がいじめで引きこもりになったので優しくしたら激甘ブラコン化した話   作:崖の上のジェントルメン

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71. VS湯水(part21)

 

 

 

 

 

 

 

 

「……く………………」

 

俺は、自分の身体に何者かが乗ってきた感触を覚えて、目を覚ました。

 

朧気な視界が、眼を開いていくごとに鮮明になっていく。目の前には、水色の髪の……ある女がいた。

 

そいつが誰なのか、考える間でもない。

 

「ふふふ、アキラ。おはよう」

 

……その女、湯水 舞は……まるで同棲カップルの朝かのような柔らかい言葉で挨拶を投げ掛けてきた。

 

「……………………」

 

視界がクリアーになるにつれ、自分の置かれている状況が次第に把握できてきた。

 

俺は、どうやらベッドに寝かされているらしい。そして、両腕を万歳の状態で上げられて、手首の辺りをロープで縛られている。当然足首も同様に縛られており、身動きが取れない状態だ。

 

そんな俺の身体……ちょうどヘソの上辺りに、湯水は股がっている。奴は学校の制服姿を着ていて、ニタニタと俺を見つめている。

 

辺りはぼんやりと暗く、部屋全体の様子はあまり分からない。唯一良く見えるのは、ベッドの近くに小さな机があり、そこに橙色に光るライトスタンドが置かれていて、部屋全体がムーディーな雰囲気を醸し出してるってことだけだ。

 

「……ここは、どこだ?」

 

俺の質問を受けて、湯水は笑った。

 

「どこだと思う?アキラ」

 

「……さあな。だが、気分が最悪な場所だってことは分かるぜ」

 

「ふふふふ」

 

彼女は上半身を折り曲げて、俺の身体に近づく。手の平でぺたぺたと俺の胸や腹……腕や脇の下を触り、恍惚とした顔で眺めている。

 

「好きよ、アキラ」

 

「…………本当に懲りない奴だよな、お前も」

 

「当たり前よ、私を誰だと思ってんの?」

 

「……………………」

 

「ねえアキラ、渡辺 美結とはセックスしたの?」

 

「……………………」

 

「そう、じゃああなた……童貞じゃないのね」

 

「……悪いかよ」

 

「そうね、せっかくなら……お互い初めて同士が良いじゃない?」

 

「ケッ、ウブな彼女みたいなセリフを吐くな。甘ったるすぎて胸焼けがするぜ」

 

「いやね、情熱的と言ってよ。私ほど熱い女はいないんだから」

 

「へっ、言ってろ」

 

湯水は口角をニッと上げた。そして、俺の顔に唇を近づけて来る。

 

「……………………」

 

俺は顔を横に向けて、奴の口づけを拒んだ。彼女の唇は俺の頬につけられた。ちゅっと可愛らしい音を立てているのが、憎たらしくて仕方なかった。

 

「まだ抵抗するの?」

 

湯水の勝ち誇ったような声色が、俺を苛立たせる。

 

「ふふふ、まあいいわ。抵抗してくれる方が、あなたらしくて好きよ」

 

彼女は俺から降りて、ベッドの脇に立った。

 

「食事を持ってくるわ」

 

「食事……?」

 

「ええ、お腹空いてるでしょう?」

 

「……いらねえよ。お前のことだ、とんでもないゲテモノとかに違いない」

 

「ふふふ、察しがいいわねアキラ。私も最初は、ミミズだのゲジゲジだのを持ってこようかと思ってたの」

 

「……………………」

 

「でも、もっと良いものを思い付いたわ。今から持ってくるわね」

 

そう言って、彼女は俺に背を向けて、部屋から出ていった。

 

「……くそっ!この!ちくしょう!」

 

腕を動かそうと踏ん張るが、全然びくともしない。どうやらロープは、ベッドそのものに縛り付けられていて、俺は仰向けに寝そべった状態から動けないようだ。

 

逃げられないという現実に、冷や汗が止まらない。こんなの、完璧に犯罪だぞ。

 

「ほら、アキラ。ご飯よ」

 

そうこうしている内に、やつが帰ってきた。持ってきた食事は、綺麗に作られたオムライスだった。お盆の上に皿があり、そこにオムライスが盛られている。

 

あれ……案外普通だなと、やや肩透かしを食らったような気分になった。

 

「ふふふ」

 

湯水は俺の腹の上にお盆を置いた。そして、ポケットからカッターを取り出すと……あろうことか、自分の右手の人差し指……その先をカッターで刺し、血を垂らした。

 

「なっ……!」

 

唖然とする俺を他所に、湯水は血のついた右手の人差し指で、オムライスにハートを描いた。

 

「はい、どうぞ♡」

 

湯水はスプーンでオムライスを一口分かき取り、俺の口へと運ぼうとする。

 

俺は顔がひきつりながらも、口は固く閉ざした。

 

「ほら、アキラ。食べてよ、私のこと……」

 

「……………………」

 

「このオムライスね……ケチャップライスのところも、私の血を混ぜたの。どう?気持ち悪い?嫌な気分になった?」

 

「……………………」

 

興奮して赤くなった顔で見つめる湯水に、俺はもうかける言葉が見つからなかった。

 

本当に、俺から嫌われることだけを望んでいる。一体どんな神経してたら、こんな人間になれるんだろう?意味が分からない。

 

うっ……。卵とケチャップと、生臭い鉄みたいな血の臭いに当てられて、頭がクラクラする……。

 

「……湯水、なんでお前は…………そんな人間になってしまったんだ」

 

俺は思わず、頭の中で考えていた言葉が口をついてしまった。

 

「何がお前を、そんなに歪ませた……?何が原因なんだ?」

 

「ふふふ、何を言ってるのよ。原因なんて、分かりきってるじゃない」

 

「……………?」

 

「原因はあなたよ、アキラ」

 

「!」

 

「この私に……この世で一番好きな人を作らせてしまった。あなたはもう少し、自分が罪深い人間であることを自覚した方がいいわ」

 

湯水はスプーンを自分の口に運び、オムライスを頬張った。そして、それを口に含んだまま、俺のそばに近寄った。

 

「ま、まさか湯水……!やめろ!止めてくれ!」

 

顔を横に切ろうとしたが、やつの両手が俺の顔を支え、動けなくした。そして……

 

 

俺の唇に、湯水は口づけをした。

 

 

「……んっ!んー!!」

 

口の中へ、ぐちゃぐちゃのオムライスが強引に押し込まれる。あまりの気持ち悪さで吐きそうになった俺は、「うぇっ!」とえずいた。

 

「んふー……!ふー!」

 

湯水の荒々しい鼻息が頬に当たる。奴が俺の顔をあまりにも強く掴むので、爪が肉に食い込み、チクチクと痛む。

 

「……っはあー!はあ、はあ……」

 

ようやく唇を離した湯水は、満足げに俺を見つめる。オムライスは完全に、俺の口へと移っていた。

 

「げえっ!おえ!」

 

なんとかオムライスを吐き出そうともがくが、湯水に顔を固定されているため、上手く外に出せない。

 

「……………………」

 

何分か格闘していたが、もうどうしようもなかったため……結局俺は、そのオムライスを飲み込んだ。喉から胸に伝っていく感覚がはっきりとわかった。口の回りに米粒がベタベタと何粒かついている。

 

(ごめん……美結………………)

 

彼女に対する罪悪感で、胸がいっぱいになった。湯水にキスを奪われたことが、本当に申し訳なくて……涙が溢れそうになった。

 

「アキラ……」

 

実に嬉しそうに微笑む湯水の顔が、心底恐ろしかった。奴は眼を細めて、もう一度俺へ口づけしようとした……その時だった。

 

ガチャリ……と、部屋の扉が開いた。仄暗い部屋の中に、廊下からの光が差し込む。

 

「誰!?」

 

湯水が直ぐ様、その扉の方を睨んだ。そこに立っていたのは、若い男だった。

 

(あいつ……あの男、確か、どこかで……)

 

自分の中の記憶を探る。どこかで見覚えがあるが……あいつは、一体……?

 

「あっ……」

 

そうか、確か前に……湯水へ執拗に絡んでた元カレだ……。名前は立花とか言ったっけ……?

 

「立花くん……何してるの?」

 

湯水は静かに……されど明かに怒気を含んだ声で告げた。

 

「い、いや、その、舞……」

 

立花はおどおどした様子で、こちらの部屋の中を眺めている。

 

「立花くん、私言ったわよね?ここには絶対入らないでって」

 

「……………………」

 

「聞こえないの?ここには入らないでと言ってるのよ。出ていきなさい、今すぐに」

 

「……………………」

 

何度説明しても、一向にその場から離れようとしない立花に、湯水がとうとうブチギレた。

 

 

「出ていけというのが聞こえないの!?このクズ!」

 

 

彼女は俺の腹の上にあったオムライスを、皿ごと彼に投げつけた。べちゃっ!と音を立てて、立花の胸辺りにヒットし、彼の服はべったりとご飯粒と卵に汚れた。

 

皿とオムライスの残骸が、びちゃびちゃカランッと、床に落ちる。

 

「次入ってきたら、あなたの目玉をくり抜くわよ」

 

「……………………」

 

そう言われて、ようやく立花は扉を閉めて、出ていった。

 

……俺は、ようやく終わった二人のやり取りに、心の底から安堵した。

 

「……はあ、全く」

 

湯水はくるりと俺の方へと向き直り、またにっこりと微笑みかけてきた。

 

「ごめんなさいね、彼、聞き分けのない脇役なのよ」

 

「……………………」

 

「オムライス、無駄になっちゃったわね。まあいいわ、また作ってあげるから。ね?アキラ」

 

「……………………」

 

さっきまで“目玉をくり抜くぞ”と凄んでいたのに……この変わり様。不気味という以外に、表現の方法が思い付かない。

 

「……湯水、お前はなぜ……そんなに歪んでしまったんだ?」

 

「……………………」

 

「なぜお前が俺を好きか?は、この際置いておく。一体何が、お前をそこまで過激にする?」

 

「…………喋ってほしい?」

 

「え?」

 

「私のこと、知りたい?」

 

「……あ、ああ」

 

「分かった、じゃあ話してあげる」

 

湯水は床に膝をついて、俺の胸の上に腕を組んで乗せた。その腕の上に顎を置き、俺を見つめながら話し始めた。

 

「私、本当はね、自分のことなんて好きじゃないの」

 

「……は?」

 

「自分のことが嫌いで嫌いで仕方なくて……それを誤魔化すために、必死なのよ」

 

「……………………」

 

……いや、まさか、そんなわけ……。あの『私は主人公!』って自信満々な湯水が、自分のことが嫌いだと……?日頃の言葉とあまりに矛盾している。

 

(俺を混乱させるための嘘か……?いや、それにしては真剣な眼差しだ。もしかして本当に……それが本音なのか?いやしかし、あの演技派の湯水のことだ、慎重にならねば……)

 

頭の中でぐるぐる思考が巡っているところを、さらに湯水が揺らしてくる。

 

「私は昔から、ずっと良い子であろうと思ってた。みんなから評価されたくて、良い子を演じてた。持て囃されるのは嬉しかったし、評価されるためにずっと頑張って生きていた」

 

「……………………」

 

「でも、なぜだか私は……ずっと苦しかった。こんなにも賞賛されているはずなのに、ぽっかりと心の中に穴が空いていた。その正体がずっと分からなかった」

 

「……………………」

 

「そのせいで、私は自分を責めた。こんなにもみんなが評価してくれてるのに、それに満足できない私は酷い子なんだと、そう想うようになった。そうして次第に、自分が嫌いになった。愛されてるはずなのに、その愛を信じられない自分が嫌になった」

 

「……………………」

 

「でも、自分が嫌いになればなるほど、それを誤魔化そうと必死になる。もっと賞賛されようと生き、もっと存在価値を感じようとして恋人をたくさん作った。見栄を張って強がって、自分に自信があるフリをして生きた。でも、心の奥底では自分を嫌っている。私はその本音と建前の捻れに苦しんで……ついに、いじめを始めた」

 

「いじめを……?」

 

「誰かをいじめていると、私は安心できる。『ああ、やっぱり私は悪い子なんだ、酷い子なんだ』って思えるから。いじめをすることで、私が私らしくいられる気がした。だから、愛されるために完璧な湯水 舞を取り繕って、自分を嫌いでいるために人をいじめた」

 

「……………………」

 

「だからね、アキラ。あなたが私を嫌いでいてくれると、安心するの。やっぱり私は酷い子なんだって思えるから」

 

「…………湯水」

 

「…………ふふふ!なんてね!そんなことあるわけないでしょ!」

 

湯水は突然笑いだすと、右手の人差し指で俺の頬をつんとついた。カッターで切れた指先についた血が、俺の頬にも少しついた。

 

「な……湯水、お前まさか……」

 

「そう、今のはあなたが好きそうなシチュエーションを、口からの出任せで語ってみただけよ。バカね~アキラ!私が私を嫌いなわけないでしょう?他の凡人ならいざ知らず、この完璧な美少女、湯水 舞様に限ってそれはないわ!」

 

「くっ……この野郎。からかいやがって」

 

「ふふふ」

 

「……………………」

 

……俺は、湯水の本心が分からない。

 

いつもいつも、本音を隠したりちょっとだけ見せたりして、人を惑わし困らせる。

 

だが……今の湯水の言葉は……直感的にだが、彼女の発したSOSのように感じた。

 

取り繕っているはずなのに、人をいじめる矛盾。愛されたいはずなのに、嫌われようとする矛盾。そうした様々な捻れの中に……微かな孤独感が匂った。

 

(……いや、いやいや待て待て、俺今ひょっとして……湯水に同情しようとしてなかったか?ダメだダメだ、なに考えてんだよ全く……。これだから俺は甘いんだよ。こいつは、美結やいろんな人たちをいじめたサイコパス野郎だ。俺の家の墓を荒らし、たくさんの人を傷つけてきた最低の女だ。同情の余地なんてまるでない。まるでないんだ……)

 

そう自分を納得させようとするが、俺の脳裏には……母さんの言葉が響いていた。

 

 

 

『いい?明』

 

『この世で優しいのは、お前一人だけよ』

 

 

 

(母さん……俺には無理だよ。湯水にまで優しくなれないよ。だって、今までずっと……俺が湯水に変に関わったせいで、みんなが苦しむ羽目になったんだ。俺が立花から湯水を助けなければ、メグちゃんはクラスメイトたちから嫌なことを言われずに済んだ。俺がデートに応じなければ、湯水は俺を好きにならずに済んだ。美結もメグちゃんも藤田くんも葵ちゃんも、そして柊さんも城谷さんも、みんなに迷惑をかけてしまった……。俺が甘くて、非情に成りきれずにいたから、こんな目にあったんだ)

 

そうだよ……母さんたちのお墓だって、こいつに荒らされたんだ。こいつに優しくする必要なんてないよ。俺は……俺は……。

 

 

 

『ママ!!私は……もっとあなたを愛したかった!!』

 

 

 

「…………!!」

 

逡巡していた俺の脳裏に過ったのは、美結の言葉だった。

 

美喜子さんを亡くしたその日、もっと愛せたはずの母を見捨ててしまった後悔の言葉……。

 

そして、それと同時に、“俺の言葉”も頭をかすめて言った。

 

 

 

『愛することにびびってんじゃねえええええ!!』

 

 

 

……俺が父さんに向けて放った言葉を、いもが土から引きずり出されるようにして、思い出されていく。

 

……くそ。

 

くそ、くそ、くそ!ちくしょう!分かってるんだよ俺だって!!ここで後悔しないためには、湯水にだって心を開くべきなんだってことくらい、俺も分かってる!!

 

でも!!でも湯水は!!湯水はみんなを苦しめた!!優しくなんかしたくない!!俺はこいつが憎い!憎い!憎いんだ!!

 

だけど!そんな気持ちじゃシコリが残るって分かってる!!罪悪感を覚えちまう甘っちょろいタイプだって、自分で分かってる!!こういう甘ったれなところを利用されることも理解しているのに、それを止められない!!

 

あーーーもう!!なんでこんなに!!こんなに!!こんなに俺はバカなんだろう!!

 

ちくしょう!!ちくしょう!!ちくしょうーーー!!!

 

「……………………」

 

……俺の頭の中で大合戦が起きていることも知らずに、湯水は「どうしたの?」と呑気に尋ねてきた。

 

俺は深いため息をついた後、彼女に向かって……こう言った。

 

「……湯水」

 

「なに?アキラ」

 

「その指先……さっきカッターで切っただろ?ちゃんと消毒して……絆創膏もしておけよ」

 

「……………………」

 

湯水は、きょとんとしていた。眼をまんまるにして、しばらく俺を見つめていた。

 

「……ふふ、ふふふ、ふふふふ」

 

だが、しばらくすると、彼女は本当におかしそうに……肩を震わせて笑った。

 

「そうね、絆創膏……しておくわ」

 

「……………………」

 

「あなた、本当に優しいわね。そういうところ、大好きよ」

 

「……………………」

 

「だから、いつか……いつかその優しさで……」

 

湯水は顔を横に倒して、俺の胸に頬を乗せ……今まで観たことないくらいに和らいだ笑顔で告げた。そして……その後で、口許には笑みを残したまま、どこか哀しそうに眉をひそめた。

 

「私のこと、殺してね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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